ガイの死で一番堪えて見えたのは、意外にもルリだった。
顔さえ会わせれば、些細なことでも喧嘩していた2人。
性格も価値観も違う2人だけに、誰もが根本的に相性が悪いのだと思っていた。
しかし、今更ながらに全員が知る。
ルリにとってガイとは、つまらないことでも喧嘩できる歳の差を超えた友人だったのだと。
ユリカはあの休暇の日々、才蔵が言っていた「喧嘩友達」という言葉を思い出していた。
大切な知人の死の死。
その痛みは時間だけが洗い流してくれる。
忘れられない大切な人であろうと、忘れなければ人は生きていけない。
だからユリカはルリが立ち直るまでずっとそばに居ようと思った。
その夜。
「 | ・・・・・・なんですか? その荷物は・・・・・・」 |
ルリが部屋のドアを開けると、大荷物を持ったユリカが立っていた。
「 | 今日からしばらく宜しくね、ルリちゃん♪」 |
「 | ・・・・・・」 |
ともかくしばらくは同居するようだ。
ガイの死から誰よりも早く立ち直ったように見えたのは、意外にもアキトだった。
もちろん完全に立ち直ったわけではないだろう。
昨日の戦闘が終わりエステバリスのコクピットから降りてきたアキトは幽鬼のような表情だった。
全ての歯車が狂い、全ての不幸が押し寄せてきて潰されそうになっているような、そんな顔だった。
周りもそんなアキトを気遣い、ホウメイなどはしばらく食堂を休むようにと連絡を入れた。
しかしアキトは翌日には食堂に顔を出した。
「 | アキトさん!」 |
驚くサユリ。
そんなサユリに苦笑し、
「 | 心配かけてごめん。 でもさ、落ち込んでたらガイにはり倒されると思って。」 |
そしてその日いつものように働くアキト。
だが火を落とし後片付けが終わり、ホウメイガールズが全員上がった後、アキトはホウメイを呼び止めた。
「 | お疲れの所申し訳無いっす。 プロスさんも交えてのお話があるんです。」 |
その真剣な顔にホウメイは了解し、連れだってプロスの部屋を訪れた。
「 | おやおや、珍しい顔ぶれですな。」 |
急な来客にも迷惑なそぶりさえ見せず、いつものようににこやかにプロスペクターは二人を招き入れた。
プロスが3人分のお茶を入れ、2人に差し出す。
「 | それで、どういったご用件です?」 |
湯飲みを一口すすった後にプロスが切り出した。
ホウメイも黙ってアキトを見る。
アキトは、懐から一通の便箋を取り出し、ホウメイに手渡す。
その便箋の表には「辞職願い」と書いてあった。
流石に驚くホウメイとプロスに、アキトは話し始めた。
「 | 今日付けで食堂勤務を辞めさせてください。 勝手言って申し訳無いっす。 でもガイが死んだ今、俺にはやらなきゃならないことがあるんです。」 |
真剣に、まっすぐに二人を見てアキトは話す。
「 | ガイが居なくなってもナデシコはまた戦場に行くでしょう。 でもガイの穴なんか誰にも埋められない。 それでも、誰かが少しでも埋めなきゃ、みんながガイみたいに死んでしまう!」 |
「 | 俺は本当に半人前っす。 コックとしてもパイロットとしても。 でももう半人前だと駄目なんです。 だから、お願いします!」 |
アキトは立ち上がり、2人に深々と頭を下げた。
アキトが考えた末の結論だと言うことは二人にも解った。
だからホウメイは、
「 | 解ったよ。 これは預かっておく。 しっかりやるんだよ。」 |
といい、プロスは
「 | ネルガルとしても助かります。 お願いしますね、テンカワさん。」 |
そう言ってアキトに頭を下げた。
ナデシコはその後多忙を極めた。
負け戦からの撤退戦というのは当然無傷では済まない。
傷ついた船体の修理、補給、軍の体制建て直しの為の協議、負傷兵の治療。
一般クルーでも敗戦のショックを忘れるかのような忙しさであり、ましてブリッジクルーなら食事の時間も満足にとれないほどだった。
多忙さは痛みを忘れさせるための時間を加速してくれる。
4週間近く経ったとき、一段落着いたブリッジクルーの女性陣達は総出で久しぶりに食堂に食べに来た。
「 | ひっさしぶりの、アキトのご飯〜♪」 |
ユリカが歌い出さんばかりに喜んでいた。
そんなユリカを見ながら、ルリも多少の気まずさが有りつつも、アキトと和解しようと思い弾んでいた。
『やっぱりアレは私の八つ当たりですよね・・・・・・』
しかし、久しぶりに来てみれば食堂にアキトの姿はない。
「 | テンカワなら4週間前にここを辞めたよ。 まあ、辞めたって言っても長期休暇って事にしているけどね。」 |
ホウメイがそう言った。
「 | ・・・・・・そう、なんですか・・・・・・。」 |
呆然とした顔をするユリカとルリ。
久々の食堂の料理も2人には味が解らなかった。
アキトはひたすら訓練していた。
自分の非力さを知った。
だから強くなりたい。
せめて、護りたい人を護れるくらいに。
その思いでがむしゃらに訓練した。
シミュレーターではリョーコやヒカル、イズミとも一対一ならなんとか闘えるようになった。
もっとも戦場で1対1などはそうそうあり得ないし、彼女らの真価はトリオでチームを組んだときにある。
今更ながら彼女らの「チーム」と互角に渡り合ったガイの凄さを噛み締めるアキト。
しかし、やるしかない。
もうガイは居ないのだから。
この1ヶ月の根を詰めた訓練で、アキトは頬が少しこけた。
目標(ガイ)は未だ手の届かない領域に有る。
焦りがどうしても生まれる。
「 | あいつとタメ張ろうなんて無理だぜ・・・・・・」 |
リョーコが気遣ってアキトに言うが、
「 | うん、解ってるんだけどね。」 |
アキトはそう笑ってまた訓練に戻る。
彼が選んだのは修羅の道かもしれない。
しかし、後悔しないために、彼はその道に踏み込もうとしていた。
ルリ達が来たのはそんな時だった。
アキトの様子を見に来たルリは、思わず腹が立った。
料理の道を捨てて戦闘訓練をするアキト。
自分に料理のおいしさを教えてくれたアキトは居ない。
そう思ったとき、ルリはズカズカと中に入り、アキトを平手打ちした。
「 | なにやってるんですか! 食堂辞めて、ずうっとこんな所でこんな事して!」 |
感情がたかぶる。
なんで、この人は!
その思いがルリを逆上させ、アキトを罵倒させる。
「 | そんなに『ヤマダさん』みたいになりたいんですか? 格好付けて、一人で死んで! 残された人のことも考えないで! そんなの、バカみたいです。」 |
言った後ルリはしまったと思う。
こんな事言いたいわけじゃない。
アキトに、自分の好きなアキトに戻って欲しい。
笑顔の優しい「アキトさん」に。
しかし、ルリの謝罪の言葉が喉まで出てきたとき、アキトが遮った。
「 | ルリちゃんに今更解って貰おうとは思わないよ。 俺は決めただけだから。」 |
静かに、しかしアキトは怒っていた。
ルリなら解ってくれると漠然と思っていたのが裏切られたと感じたからかもしれない。
「 | 俺は確かに未来らしい夢を見たよ。 でもそれで俺自身に何が出来た? 俺は何も出来てはいない! 現にガイは死んだ。 次は誰だ?ユリカか?ルリちゃんか? また目の前で誰かが死ぬのを俺は見てるだけなのか? 半端なコック兼パイロットなんて甘えた立場で!」 |
話していく内にアキトは激昂してきた。
違うんです、
そう言いたげなルリの様子にも気付かずに。
「 | ふざけるな! 俺はあんなのはもう真っ平だ! だから俺は戦う、そう決めた。 それについて君にどうこういわれる筋合いはない!」 |
そこまで言い切って、アキトは気が付いた。
ルリは泣いていた。
ただ、ただ子供のように。
気まずくなり、しかしかける言葉が見つからず・・・・・・
そんな自分が情けなくて、アキトはその場を去った。
アキトが去った後、ユリカ達がルリをなだめたが、ルリはただ泣き続けた。
アキトはルリとの喧嘩を悔やんでいた。
あの子にあそこまで言うこと無かった、そう後悔した。
あれほど仲良くしていたのに、なんでこんな事になったのだろう?
歯車がかみ合わない。
何かに悪意を持って弄ばれている気がする。
しかし、あそこまで言ってしまった以上、もう嫌われただろう・・・・・・
そう思い、アキトはただやりきれなさを噛み締めた。
ルリは全てが嫌になっていた。
初めて自分が幸せを感じたのはアキトさんが現れてからだった。
なのに、あんな事まで言ったら、もうアキトさんには会えない。
きっと、もう嫌われている・・・・・・
あれほど楽しかった世界が、今はもう見たくもない。
ただロボットのように日々の作業をする。
ルリはもう死んだような状態だった。
二人ともに悔いているが、二人ともにもう駄目だと諦め・・・・・・
そうやっている内に1ヶ月も経った。
そんなある日の昼前、アキトはホウメイに呼び出された。
「 | なにやってんだい、お前は!」 |
いきなり怒鳴られるアキト。
「 | 喧嘩の理由は聞かないよ! でもお前、あんな子を泣かせっぱなしで、よく平気でいられるね!」 |
どうやらルリとのことがホウメイの耳にも入ったらしい。
「 | 何はともあれ、お前の方が年上で大人なんだ。 さっさとお前からあやまりに行きな!」 |
「 | でも俺、今更なんて言ってルリちゃんに会えばいいか・・・・・・」 |
ホウメイの剣幕に圧されながらも、しどろもどろに言うアキト。
そんなアキトに、ホウメイはなおも叱咤する。」
「 | 情けないやつだね! 怖がるのは当たって砕けてからにしな! 砕ける前から怖がってたって何も出来やしないよ!」 |
暴論であろう。
しかし正論が全て正しいわけでも、暴論が全て間違っているわけでもない。
「 | 女の子の機嫌を取りたいなら食べ物を持って行きな。 お前さんはコックだろ?」 |
「 | ・・・・・・うっす!」 |
ようやく決心したアキト。
真剣に、久々の料理をする。
料理をしながらアキトは忘れようとしていた事を思い出していた。
料理の楽しさ。
料理のすばらしさ。
そういえばルリと仲良くなれたのも料理のお陰だった。
俺はむきになって焦っていたのかもな・・・・・・・
料理が出来上がるときには、アキトはそんな風に思った。
「 | それじゃ、行ってくるっす!」 |
久々に岡持を持って出前に行くアキトを見送った後、ホウメイは一人苦笑した。
「 | まったく、野暮だねぇ。 女の子に持っていってあげる料理が、なんでチキンライスなんだか。」 |
しかしそれもアキトらしい。
ふとホウメイが気が付くと、ユリカとミナトとメグミがおそるおそる覗き込んでいた。
「 | うまくいったよ! テンカワはもう行ったから、はいっといで。」 |
どうやら仕掛け人はこの3人らしい。
吹っ切ったつもりでブリッジに来たアキトだったが、ドアの前でやはり躊躇してしまう。
「 | ええい!迷っててもしょうがない!」 |
思い切って中にはいる。
ブリッジには何故かルリ一人だった。
コンソールの前で、青白い顔で無心にオモイカネを操作しているルリ。
アキトは見ているだけで痛々しく思う。
「 | こんにちは、ルリちゃん。 出前に来たんだけど・・・・・・」 |
アキトが声をかけると、ちょっと遅れてゆっくりと振り向き。
ルリは驚いたような顔をした。
「 | ・・・・・・アキトさん?」 |
アキトは思い切って言う。
「 | ごめん!ルリちゃん! こないだのことも、今までのことも、本当にごめん! 俺、自分のことしか考えてなかった。 自分勝手で、ルリちゃんを傷つけて・・・・・・」 |
「 | アキトさん!」 |
言いかけたアキトは、ルリの声に言葉に詰まる。
「 | ルリちゃん・・・・・・」 |
目から涙を溢れさせ、アキトを見るルリ。
その顔を見たとき、急にアキトの心臓は高鳴った。
以前は女性として意識していなかった。
可愛い妹、それがアキトのルリへの想いだった。
しかし、しばらくまともに顔を合わせていなかった間に、妹だとしか思っていなかった目の前の少女はいつの間にか綺麗になっていた。
そういえば今年こそ一緒に祝えなかったが、ルリももう13歳だった。
何時までも子供ではない、思春期の階段を昇り始めていた少女。
そのことに、そのことに初めて気が付き、アキトはドキッとした。
何か気の利いたことを言おうとしていたのだが・・・・・・
頭が真っ白になり、何も言えない。
ただ口を開けたまま、赤くなってルリを見つめるアキト。
ルリもアキトにただ見つめられている内に、次第に心臓が高鳴る。
気が付けば頬が熱い。
今までとは違う、なにか別の想い。
苦しくて、切なくて、でも暖かく心地よい想いが胸に溢れる。
え?なに・・・・・これ?
初めての心境に戸惑いながらもアキトから目をはずせない。
そのまま、真っ赤になった二人は固まって見つめ合った。
しばらく顔を合わしたままのアキトとルリ。
お互い真っ赤になって何も言えない。
それでも、お互いに何か言わなきゃ、と焦る気持ちはある。
ついに意を決して、口を開く。
「 | 「あの・・・・・・」」 |
しかし、同時に発せられた言葉と言葉がぶつかる。
お互いにまた黙り、2人は更に赤くなった。
それでも何とかしゃべるアキト。
「 | あ、あのさ、チキンライスさめちゃうから・・・・・・」 |
「 | あ、は、はい!」 |
その後二人は何も話さなかった。
いつもより時間の流れが遅く感じ、お互いに無言。
ルリには味なんか解らない。
それでも、最後に皿を下げてお互いろくに話さないまま帰っていっても。
二人ともに、なにかくすぐったいような高揚感に満ちあふれていた。
その日以降も、以前のようには2人が話すようにはならなかった。
挨拶はする。
話もする。
でも、以前のように仲むつまじい『兄妹』ではなくなった。
しかしそれでも。
ルリは前とは違う気持ちでアキトを目で追いかけるようになった。
アキトも前とは違う気持ちでルリを目で追いかけるようになった。
たまに目があったとき、二人ともに頬が染まった。
そして、二人ともただそれだけで、なにか幸せだった。
ただアキトの本当の悩みは始まったばかりだった。
「 | 俺は・・・・・・俺はロリコンなのか?」 |
ルリに女性としてときめいてしまう自分に、ルリと別れ一人になったときなど深刻に悩んでしまうアキトだった。
はじめのシリアスさは後半どっかに消えてますが(笑)
この話はルリ×アキトなので、言ってしまえば今までの全話がその前振りです。
「え?そんな話聞いてないよ!」
と思った方、原案がb83yrさんだという時点で気が付いてください(笑)
でも、いきなりルリとアキトがラブラブになるようなら、それは単なるロリコン小説でしょうし、かといって普通に考えたらルリとアキトって仲の良い兄妹以上になるわけがありません。
それで私が考えていたのは、熱血漫画のパターン。
本気でぶつかり合って、お互いに怒って、喧嘩して。
その後なら雨降って地固まっても自然かも、とか思いました。
ルリ×アキトの話って、ルリとアキトが本気で喧嘩する話って見たこと無いんですけど、それなのにくっつくって変に感じるんですよ。
本気でぶつかり合って、喧嘩したり泣いたりして、それでもくっつくからカップルでしょう?
少なくてもTV版のユリカとアキトはそう言う描き方されています。
まあ、その場合ルリを動かすのに非常に苦労する訳なんですが・・・・・・
さらに、ずうっと一緒にいたらそれこそ兄妹以上にお互いを思うはずがない。
幸いルリは成長期(ピー以外)ですから、月単位でろくに会えない期間があったら、ルリの成長ではっとする瞬間があり得るんじゃ?
とも考えたんです。
それでも最大の敵はルリの年齢なんですけどねぇ・・・・・・
とにかくやっとルリ×アキトのスタートラインに立てました。
あと2話で終わりますが、ほんと、ここまで長かったです・・・・・
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