やらなきゃいけない事は解っている。
今を無為に過ごす訳にはいかないことも。
頭では解っているのだが・・・・・・
アキトの迷いに関係なく。
日は昇り、日は沈む。
ナデシコの運用も軍やネルガルの意向通りに行われ、いくつもの戦闘が消化された。
戦闘の消化という言い方は不謹慎との誹りを受けるかも知れない。
しかし、ナデシコクルー全員がそう思っていた。
戦闘に命がかかっていない訳ではない。
バッタやジョロもフィールドを強化してきており、以前よりも手強い。
何かミスが有れば大惨事という事態だって無かったわけではない。
しかしナデシコはさしたる被害もなく連戦連勝、クルーの死者も皆無、日々の戦闘がルーチンワークになってきていた。
艦内のそんな空気に最初に気が付いたのは、流石と言うべきか、ジュンであった。
「 | ユリカ、気を付けた方がいいよ。」 |
しかし彼もユリカにそう言う留まった。
クルーの気持ちがゆるんできているとは言ってもそれによるミスは無く、ここで下手にお説教をしても反発を買うだけである。
「 | うん・・・・・・でも、どうしたら良いのかな・・・・・・」 |
ユリカは優秀とは言ってもまだ21歳。
流石に手に余る。
そこでフクベに相談した。
かつての猛将、今は昼行灯。
一部ではそう評されるほどに好々爺然として常に一歩引いていたフクベであったが、彼自身はユリカとジュンの能力を完全に信頼し1歩下がって艦内を俯瞰していた。
当然艦内のだれた雰囲気には気がついていたのだが、ユリカとジュンが自ら気がつくことを信じて待っていた。
だから彼らの相談はフクベにとって嬉しく、出来の良い弟子を持った心境であった。
最も、彼らの手に余ることも解っていたので、フクベはこう言った。
「 | なら、ワシが嫌われ役を引き受けよう。」 |
以降艦内のあちこちで説教をして歩くフクベ。
クルーはフクベに対して不満を抱いたが、表だっては何も言えない。
そんなフクベにユリカとジュンは当然として、他にも感謝する人間が居た。
ウリバタケである。
彼はすぐにフクベの意図を察し、その夜の内に秘蔵のブランデーを持ってフクベに頭を下げた。
「 | 申し訳ない! 本当ならウチの奴らは俺が怒鳴らなきゃならねえところを・・・・・・」 |
フクベはしかし笑って頭を上げさせ、その夜はささやかな2人の酒宴となった。
もちろん、何かが起これば全クルーが自然に解ることだ。
しかしここは戦艦。
何かがあったときには全員が死亡と言うことも有り得るのである。
それを解っている人間は、今の所ナデシコでは極少数派であった。
ウリバタケは整備にはプライドを持っている。
自分たちのちょっとしたミスが取り返しの付かないことに直結することを知っている。
だからこそ、すぐにフクベの意図に気が付いたのだった。
アキトはフクベに既に3回ほど説教されていた。
説教されること自体は自分でも納得している。
自分はコックであるが、同時にパイロットなのだ。
パイロットの仕事は使徒向かい合わせである。
しかし。
解ってはいても、どうしようもなかった。
自分がこの船に乗ったのは何故なんだろう?
確かにあの「悪夢」を打ち壊したかった。
でも、それで本当にあの悪夢を壊せるのだろうか?
そんな考えが逃げでしかないことも解っている。
しかし、あの数ヶ月の幸せな日々の後、アキトは今の自分が虚空の中にいるような気分を味わっていた。
ユリカとルリもそんなアキトの様子に気が付いた。
だから、いつものように夜アキトの部屋でお茶会をやっているときに切り出すことにした。
「 | でもユリカさん、もしアキトさんが話したがらなかったら、やっぱりくすぐるんですか?」 |
ふと気になってルリが尋ねると、ユリカは真っ赤になって一人でイヤンイヤンし始めた。
「 | ルリちゃんのえっちぃ〜♪ アキトは男の子なんだからそんなこと出来ないよ〜♪」 |
そう言われると何故かルリも赤くなり、しかしなんだか馬鹿らしくもなり・・・・・・
「 | ・・・・・・バカ」 |
久しぶりにそうつぶやいた。
2人の期待に反し?、アキトはあっさりと答えた。
アキトにとっても、ちょうど誰かに聞いて貰いたい時だったからだろう。
本当に幸せだと思った地球での休暇の日々。
なぜずっとあのままでは駄目なのだろうという思い。
やるべき事は解っているのに、どうしても後ろを振り返ってしまう自分。
そして、見なくなった『夢』。
アキトが話すのをじっと聞いていたユリカとルリ。
アキトの気持ちは2人にもよく解った。
そして、アキトは2人にこう言った。
「 | ・・・・・・なあ、みんなで船を降りないか?」 |
と。
ユリカはアキトが誘ってくれたことに一瞬だけ嬉しそうな顔をしたが・・・・・・
やがて辛そうに、うつむき加減で答えた。
「 | アキトが降りたいなら、仕方ないと思う。 でも、ユリカは一緒には降りれない。」 |
ショックな顔をするアキト。
ユリカなら無条件でついてきてくれると思いこんでいたから。
そんなアキトに、ユリカは振り絞った笑顔で更に言う。
「 | だって、・・・・・・ユリカはナデシコの艦長さんだから。」 |
あ、と思った。
そうだった。
こいつはなんだかんだ言っても、自分の責務は真剣に果たそうとするやつだった。
『夢』でも、自分がナデシコをクビになったクリスマスの時、こいつは自分を必死に引き留めようとはしたが職務を放棄してついてこようとはしなかったんだった。
そしてルリも。
「 | アキトさんの気持ちはなんとなく解ります。 でも、私も降りれません。 私はネルガルに買われた身ですから。」 |
その言葉にハッとなるアキトとユリカ。
「 | ごめん、ルリちゃん・・・・・・」 |
アキトは思わず謝る。
「 | いいえ、気にしないでください。 でも・・・・・・アキトさんが降りたいなら、降りた方が良いと思います。 一番危険にさらされているのはパイロットの皆さんですから。」 |
ルリは気にした風もなくそう言った。
本音では2人ともアキトを止めたい。
しかしアキトは元々ガイやリョーコ達のようなエリートパイロットであるわけでもない。
訓練や努力を続けても、現状での評価は中くらいなのだ。(それでも大した物である。元々はただのコック見習い、戦闘行為とは全く縁の無い存在だったのだから)
昨今のどこか集中力を欠いたアキトなら早晩敵に撃墜されるおそれがあることを事実として2人は知っていた。
実際何度か危ない場面もあった。
2人にとってアキトを永遠に失うという事の方がよほど怖かった。
アキトは自分が情けなかった。
ただ単に自分が甘えているのだという自覚があるだけに、今の2人の毅然とした態度がまぶしかった。
同時にわずかに失望も感じていた。
2人なら、無条件で自分と一緒に船を降りてくれるという気がしていた。
だがそれに失望したわけではない。
自分が2人のことを解っていなかったと言うことに、だ。
ユリカがいくら一見ちゃらんぽらんにしていても芯の通った女であることを失念していた。
ルリがどういう身の上かを完全に忘れていた。
甘い夢を見るのは簡単だったが、現実を忘れていた。
火星でうまく事を運んだくらいでいい気になっていたと思った。
現実はよほど厳しい。
「 | ごめん、ユリカ、ルリちゃん・・・・・・」 |
アキトは消え入るような声でそう言った。
「 | 悪いけど1人にしてくれないかな・・・・・・」 |
「 | うん」 |
「 | はい・・・・・・」 |
2人が出ていった後、アキトは眠れぬ夜を過ごす。
「 | 2人に心配ばかりかけて、甘ったれてて・・・・・・ 情けないな、俺・・・・・・」 |
ごろりと横になって、天井を見上げながらつぶやく。
「 | でも、駄目なんだ。 どうしてもやる気にならない・・・・・・」 |
そんなある日。
ナデシコは急な客人を迎え入れた。
ピースランド国王の使者。
元々単なるテーマパークであったピースランドだが、この150年間に行った事業展開がことごとく成功、レジャーのみならず金融界においてもかつてのスイス銀行並の信頼と実績を誇るに至る。
80年ほど前にある島を全部買い取り、一大レジャー島兼金融都市として、「ピースランド」という島が生まれた。
その後その島を領有していた某国への長期にわたる工作の結果国家として独立した。
この事件は世論を沸かせ、賛否両論が噴出した。
税金対策の極みという悪評が多かったが、元々1つの島を1企業が所有している状態で国が警察を派遣するのには否定的意見が大きく、ピースランドは自身を護るため自前の警護団を用意していたことが世論の納得につながった。
どういうことかというと、もっと規模を小さくして考えるとおわかりいただけるかと思う。
つまり、如何に広大な敷地と大勢の従業員を抱える企業であっても、その敷地内に国家が警察を常駐させるわけにはいかないのである。
それが許されるなら各家庭に1人警官を常駐させろということになる。
なので現実のどの企業も防犯は自前のガードマンで行っている。
しかし金融業も担うピースランドではその富を狙う犯罪者が多い。
何か事件が起これば警察も動いてくれるだろうが、そもそも事件が起こらないように体制を整えたい。
まして、離島なのである。
単なるガードマンでは凶悪化する現代犯罪には抗しきれない。
そこで自警団というべき物が生まれるのは自明であろう。
問題はピースランドが島一つであるということだ。
自警団も最初は警察程度の規模であったが、そのうちに海軍が生まれ、空軍が生まれた。
国家の義務の一つに国民への安全保障があるが、ピースランドは自前でそれを行っているのである。
他にも離島という事で国家の恩恵はほとんど受けていなかった。
その辺が独立賛同につながった。
余談だが平安時代に生まれた武士というのは、元々自分の土地を護るために武装した農民であった。
国家が義務を放棄した平安時代、自らを自らで護らなくては生きていけなかったからである。
その武士が貴族の非現実な体制を否定して建てた政権が鎌倉幕府である。
さらに蛇足になるが、当時は商人も自分たちの安全を自分たちで守らなくてはならない。
商売で扱う富は周りからの良い標的であるからだ。
そこで武装した商人を「悪党」という。
有名な楠木正成はその「悪党」の出である。
話を戻そう。
そうやって成り立ったピースランド王国。
レジャー施設としての知名度に加え、自前で軍隊を持っている安心無比な金融機関の信頼はかつてのスイス銀行と並ぶほどであった。
結果世界中の雑多な金がここに集まり、それが国家としても地位を盤石な物とした。
しかし現国王は長らく子宝に恵まれず・・・・・・
詳しくはTV版を参照して貰いたいが、ルリはそのピースランド王国のお姫様だというのだ。
使者はルリに告げる。
「 | ルリ姫、何卒、我が国王陛下にお会い願いまする。」 |
しかしルリは。
「 | ・・・・・・しばらく考えさせてください。」 |
ただそれだけを言った。
自分が何者なのか。
ルリにとっての一番の謎だった。
ルリという名前は幼いときから付いていた。
しかしホシノという苗字は後から付いた物である。
苗字。
英語ではファミリー・ネームというらしい。
しかしルリにとってホシノという苗字はファミリーを連想させる物ではない。
大人の都合で、あくまでその方が便宜上良いからというだけで付けられた苗字。
ここは自分の家ではない。
この人達は自分の家族ではない。
昔のことを思うとき、ルリには何故か思い出される光景があった。
チチ。
ハハ。
同じような顔をした同年齢の子供達。
そして、水の音。
不確かな、それでいて確かにあったと思える記憶。
だけどオモイカネに何度聞いても解らなかった記憶。
それが、拍子抜けするほどアッサリと目の前に突き出された。
何回も。
何十回も。
何百回、何千回、何万回もオモイカネにアクセスして、それでも解らなかった答えが。
自分があれほど求めて手に入らなかった答えが、他人の手によって手に入る。
そのことにルリは虚脱感と徒労感を覚えた。
しかし、今のむなしさはそれだけでは無かった。
その正体をルリは考え・・・・・・
不意に思い当たった。
『・・・・・・アキトさんは、知っていたんじゃ?』
うじうじとしたアキトが続いています。
ここで終わってまたしばらく続きが無いというのも辛いので、一気に次話を書きます。
というわけで、次話の更新は最近になく早いですよ〜
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