孫子の兵法に曰く。


凡そ用兵の法は
国を全うするを上となし、国を破るはこれに次ぐ。
軍を全うするを上となし、軍を破るはこれに次ぐ。
旅を全うするを上となし、旅を破るはこれに次ぐ。
卒を全うするを上となし、卒を破るはこれに次ぐ。
伍を全うするを上となし、伍を破るはこれに次ぐ。
この故に、百戦百勝は善の善なるものにあらざるなり。
戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる物なり。

(なるべく無傷で相手の領土や人間を手に入れるのが上策であり、
 力ずくで戦って手に入れるのは下策である。
 それでは領土が荒廃し味方の兵も疲弊し、勝利のうまみが無くなる)

『謀功篇第三』

兵は拙速なるを聞くも、未だ功久なるを賭ざるなり。

(戦争とは莫大な予算と資源、人材を消耗する物である。
 故に、その時間は短ければ短い程良い。
 短期戦のためには戦争の目的を制限する必要がある。
 また、徹底的な戦果を求めると戦争が長引き、国力を消耗することになる。
 1つの勝敗にこだわることなく、とにかく短期で終われせるべきなのだ、)

『作戦編』


機動戦艦ナデシコ2次SS

ダンシング・イン・ザ・ダーク

 

第16話  「指 揮」



〜火星到着1ヶ月半前〜

ナデシコはあと数日で宇宙に飛び立つ。
アキトの部屋にユリカとルリが連れ立って遊びに来ていた。
お菓子をつまみながらの他愛のない会話の後。
ユリカがおもむろに切り出した。

「アキト、相談が有るんだけど・・・・・・」

ユリカにしては言いずらそうなその表情に怪訝な顔をするアキトとルリ。

「・・・・・・なんだよ?」

アキトが促すと、ようやくユリカは切りだした。

「あのさ、アキト。
ナデシコを火星までボソンジャンプで飛ばせられる?」

「・・・・・・なんで?」

あまりに突拍子もない話しに目が点になるアキト。

「通常航行で火星に行くのはどう考えても無謀なの。
だって、ナデシコ艦隊じゃなくてナデシコ1隻での行動だし。
戦闘をし続けて移動してたら敵さんに目的地を教えるようなものだし、迎え撃つ準備もさせちゃうし。
ナデシコ一艦だけでそんな航海してたら、アキトの『夢』みたいに何も出来ずに逃げ帰るのが関の山だと思うの。
ううん、その前に無事火星に着けるかどうかも怪しいわ。」

「「・・・・・・」」

話を聞く内に考え込むアキトとルリ。

「でも、ボソンジャンプでいきなり飛べれば敵さんの不意を突けるし。
特に出発ギリギリまで地球の周りで戦っていれば、蜥蜴さん達も私たちの目的は防衛だと思うじゃない?
私たちが火星に行く頃にはカキツバタとシャクヤクが前線に居る頃だし。」
現在「多少のトラブル」は有ったようだが、カキツバタもシャクヤクも発進のカウントダウンが始まっている。

「さらに火星での目的を2つに絞れば無事に帰れる公算も高くなるの。
本当は1つだけの方が良いんだけど、1つだとナデシコが火星に行く意味がなくなっちゃうから。」

「2つの目的ですか?」

ルリが首を傾げる。

「そう。
1つはユートピア・コロニーの生き残りの人たちの救出。
ネルガルにしたら本当の目的のカモフラージュなんでしょうけどね。
もう一つは、アキトの言う『遺跡』の奪取。
遺跡を抑えちゃえば蜥蜴さん達の戦争目的がなくなっちゃうでしょ?」

ユリカの言葉にルリはうなずく。
内心ユリカの凄さに舌を巻くが。

アキトはしばし考えるが、やがて返事をした。

「解った。
だけど、ユリカも手伝えよ。」

「私が?」

きょとんとするユリカ。

「ああ、ユリカも火星生まれだろ?
オレ一人でジャンプするより、ユリカにもイメージして貰った方が確実だ。」

言いながらアキトは夢でのことを思い出す。

  お前がジャンパーでなければ、あんな目に遭わせずにすんだのにな・・・・・

その思いは胸に痛みをもたらす。

「そっか・・・・・そうだね。うん。わかった♪」

しかしユリカは気が付かずに返事をした。

翌日、ユリカはプロスペクターに作戦を話し、ネルガルとの意向の調整をお願いした。
ネルガルにしたら渡りに船の話である。
なにせ、「危険な人体実験」を「被験者自らが」希望したのだから。
ネルガルはすぐに了承した。
ユリカは早速ジュンに相談しようとしたのだが、彼は再起不能状態のまっただ中であったため(第12話 「停滞」)、実際に検討を始められたのはジュンの復帰の2日後であった。

「ユリカ、それは危険じゃないのかい?
ボクは艦を危険な実験に使うのは反対だよ。」

当然ながらそういうジュンを説得し、納得させなければならないユリカ。
ジュンを説得できないなら、他のクルーに納得して貰うなど不可能であろう。
ジュン自身も「補佐役」としてそういう役回りを敢えて演じている。

  ユリカをちゃんと補佐出来るのはボクしかいないんだから・・・・・・

アキトとの殴り合い以来、ジュンはその点だけは吹っ切れた。
だからユリカへのツッコミも厳しい。

「危険なのはどのみち一緒よ。
だって、そもそも戦艦1隻で敵の占領下の火星まで行くというのが間違いなんだから。
ネルガルの技術者さん達はこの船の性能を過信してるけど、チューリップからいくらでも追加で出てくる蜥蜴さん相手に性能だけで勝てるわけ無いもの。」

そういうユリカも当初はこのナデシコの力を信じ切っていた。
アキトの夢の話を聞くまでは。
しかしアキトの夢での、火星での結末を聞き、それが過信に過ぎないことを悟ったのであった。

「数の力か・・・・・・」

ジュンも軍人である。
その辺の理屈は良く解った。

「あのね、ジュン君。
この船のみんなの能力は確かに超1流なのは証明されてるわ。
でも、軍人じゃないの。みんな。
これから何ヶ月もかけて火星に行ったとして、火星は今蜥蜴さん達の占領下でしょ?
宇宙軍の最前線からも遙かに離れちゃってるから援軍も補給も絶対に無いし。
四六時中敵さんの影に怯える毎日になるわ。
そんな中で軍人でない人たちが、孤立無援で戦い抜くことが出来ると思う?
なんの訓練も受けてないんだよ、軍人としては。」

それでもここ1ヶ月くらいは実戦を戦ってきたのだが、しかし「たかが1ヶ月」くらいである。

「確かにね。」

軍隊の規律と訓練は有事に於いて如何に上からの命令を遅延無くこなすかを目的にしている。
仮にも敵地に赴く戦艦のクルーなら全員が十分な訓練を受けておくべきなのだが、「1民間企業であるネルガルが私的に保有し運営する」という前提がそれを不可能にしている。技術的なスペシャリストは多いが、戦争のスペシャリスト言えばフクベとゴート位なのだ。

ネルガルもアキトの夢を参考に、例えば命令系統の明確化はしてくれた。
アキトの夢のだと、本来オブザーバーでしかないフクベやムネタケがユリカの上になっており、ユリカを無視して命令を下す場合があった。
しかしそのことを踏まえたフクベは、これまでユリカに聞かれない限り決して自分の意見を述べないようにしている。ムネタケは初めから外された。
またプロスペクターも夢ではユリカを無視してフクベに頼る事が有ったが、そのことの弊害をわきまえクルーの前ではユリカを立てるようにしている。
であるから、夢とは違い、艦長ならごく当たり前の権限が今のユリカには有る。
しかしそれでも、クルーの性質の問題は如何ともしがたい。

「あ、ネルガルはすぐに了承してくれたよ♪」

だから問題ないよ、という表情のユリカ。
しかしジュンは首を振る。

「ネルガルが了承するのは当然じゃないかな?
だって、貴重な人体実験のデータを提供するって、被験者が自分で言ってるようなものだし。」

そういうジュンを説得するのには資料による裏付けが無ければならない。
幸い?ジュンが閉じこもっている間にネルガルは惜しげもなくボソンジャンプに付いての資料を渡してくれた。
その資料には、アキト以外の生身の生物がボソンジャンプすることは不可能ということ、しかしディストーション・フィールドを張った中にいる生物は無事ボソンジャンプ出来たことなどが書かれていた。
ネルガルはその実験のために相転移エンジンの試作型まで投入している。
ディストーション・フィールドの実験のために。
実験に使ったのは、小型艦に相転移エンジン1基を搭載し必要な改造を施した「ミニナデシコ」と言える船である。
元々はナデシコを作る過程での実験艦で、相転移エンジンのテストベッドであったこの船を使って数回の実験(人体実験を含む)をし、被験者に異常がなかったことがデータにあった。
内容のほとんどがアキトの『夢』の話の追試であり、そして裏付けであった。

「この資料から、ナデシコが最大出力でディストーション・フィールドを貼っていれば、無事に火星までボソンジャンプできるはずなの。
それこそ、通常航路を行くよりは安全の確立は高くなると思うわ。」

ユリカのその言葉にジュンも納得した。
実際、通常航路が安全という保証は無い。
火星は木星蜥蜴の占領下にあり、そこにナデシコ1隻で行くというのがそもそも無茶な話なのだ。
アキトの『夢』では、無事火星までは行けたようだが、その後は散々に敵にやられたようであるし。
すでに未来を変えるためのアクションを起こした後でもあるし、未来は変わっている可能性が高い。
ナデシコが無事に通常航路で火星にたどり着ける可能性もかなり低いのである。

「わかった、協力するよ、ユリカ。」

そう言ったジュンに、

「ありがとう、ジュン君♪」

まばゆいばかりの笑顔で礼を言うユリカ。

  か・・・・・かわいい!

ジュンが懲りもせずに萌えたことは言うまでもない。

 

 

 

〜約1ヶ月前〜

戦闘が終わり、補給と報告のために月ドックへと向かうナデシコ。
その中、主要幹部による会議が開かれた。
ユリカの提案の検討である。

「でもよぉ・・・・・・
大丈夫なのか?」

説明を聞いたウリバタケの不安げな疑問は、居合わせた全員の不安である。
しかしユリカは自信を持って断言する。

「ネルガルの資料とアキトの夢を考えれば大丈夫と断言できます。」

そう言うユリカの発言に合わせてジュンが資料をウインドウに映していく。

「それに、通常航行が安全だとは決して思わないでください。
これから通常航行で火星に向かうというのは、敵さんに私たちの行動を教えながら航行することになります。
敵さんも当然迎撃の準備を整えてくるでしょう。
彼らにはチューリップが有ります。
チューリップがある限り彼らはいくらでも援軍を送り出せます。
時間をかけてもたもたしていたらナデシコは敵さんに囲まれてしまうでしょう。」

ユリカの言葉に考え込む一同。

「火星に行くのはナデシコ1隻なんです。
艦隊を組んで拠点を確保しながら行くわけではないんです。」

艦隊で、失地回復のための戦いなら、攻め入った所までの補給線は当然確保される。
援軍も期待できよう。
しかしナデシコの場合は違う。

「ですから、戦いは避けられるだけ避けたい。
火星滞在の時間を極力短くし、即時撤退する。
それが今回の作戦の要です。
そのためのボソンジャンプなんです。」

一同に反対意見はない。
多少の不安はあるが、納得した、という感じである。

「そのためには目的を2つに限定します。」

言いながら右手でぶいの字を作るユリカ。意味は『ぶい』ではなく『2つ』である。

「1つはユートピアコロニーの生き残りの人たちの救出。
ナデシコは火星のユートピアコロニーにまず行きます。
そこでアキトの夢の通りに生き残りの人たちを発見したら救助します。」

ここでこれまで押し黙っていたゴートが口を開く。

「しかしテンカワの夢の話では、彼らはナデシコに乗るのを拒んだのではないですか?」

フクベに気を使いながらも、それだけは気になるゴート。
火星の人たちがごねて、そのために時間を浪費してはやりきれない物がある。

「その場合は『多少強引な手段』を使って強制的に連行しちゃいます。
手段はゴートさんにお任せしちゃいますが、麻酔弾でも何でも使って、縛り上げてでも乗せちゃってください。」

ユリカは真剣な眼差しでゴートに言う。
つまり、その場合の実行部隊はゴートだと言っているのだ。

「・・・・・・解りました。」

素直に頷くゴート。
それを確認してからユリカは続ける。

「もう一つの目的は『遺跡』の奪取です。
蜥蜴さん達が火星を狙った1番の理由も『遺跡』でしょうから、戦争の目的を私たちが押さえちゃいましょう。」

頷くプロスペクター。
実際、無理を押してネルガルが戦艦を火星に送るのもそれが目的だ。

「とにかく火星に着いたら時間との勝負です。
遅くても6時間以内に滞在時間を納めるよう、皆さんのご協力をお願いいたします。」

更に翌日、艦内放送によって全クルーに計画がうち明けられた。
その日より各部署での計画が作られ、途中整備班ノゾキ事件により10日ほど計画が遅延したが、着実に準備が進められた。

 

 

 

〜火星への出発当日〜

「ボソンジャンプ5分前。
CC散布!」

ルリの声と共にナデシコの周りにCCがばらまかれる。

「CC散布、良し!
ディストーション・フィールド最大出力で展開!」

艦内のどの部署も緊張に包まれている。

「艦長、アキトさん。準備整いました。」

「ありがとう。」

「ありがと♪ ルリちゃん♪」

ユリカとアキトは展望室にいた。
どうせボソンジャンプを始めたら勝手に飛んでしまうのだ。
ならば初めからここにいた方が良い。

「じゃあ、ユリカ。
イメージするんだ。
ユートピアコロニーを。」

アキトの指示に、

「うん!」

そう言って目をつむるユリカ。
やがて二人の体にナノマシン紋様が浮かび・・・・・・

 

 

 

 

漆黒の宇宙からいきなり赤い大地に景色が変わった。

 

 

 

 

「現在位置、火星ユートピアコロニー上空。
ボソンジャンプ成功しました。」

ルリの声が艦内に響くと共に、歓声がこだました。

「うおお!」

「よ、よかったぁ・・・・・・」

しかし一番はしゃくはずのユリカは真剣な表情でこう告げる。

「皆さん、敵地のまっただ中に入りました。
これからは1秒の遅延が命取りになると思ってください。」

流石にシーンとなるクルー。

「ゴートさん、住民の探索を開始してください。」

「了解です。」

ふとアキトは気が付いた。
ユリカの顔は青ざめ、声もやや震えている。

「・・・・・・どうした?ユリカ。」

アキトが尋ねるとユリカはこわばった笑顔を作って答えた。

「・・・・・・うん、やっぱり怖いんだ。
だって、アキトの夢だと、私たちは何も出来ずに逃げ帰ったわけだから・・・・・・」

見れば、手も真っ白になるくらい強く握っている。

「ユリカ・・・・・・」

「駄目だよね、私。」

そう言いながら涙ぐむユリカ。
そのユリカの頭を優しくポンと叩きながらアキトは言った。

「ばーか。
大丈夫だよ、お前一人じゃないんだから。」

「・・・・・・うん」

そう言って目をこするユリカを、アキトは可愛いと思った。

 

 

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<あとがき>

(名雪風に)

火星〜

火星だよ〜



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