ナデシコはネルガルにとって、その時点での総力を挙げて作られた実験艦である。
その制作には多分に相転移エンジンの実験的な部分が多い。
そのナデシコでのデータを盛り込み、より完成度が上がったのがシャクヤクとカキツバタであった。

「会長、私はカキツバタには、能力的にも人格的にも1流の乗組員を集めます!」

カキツバタの艤装がはじまった頃、有能なるネルガル会長秘書エリナ・キンジョウ・ウォンは会長であるアカツキ・ナガレにそう宣言した。
エリナにとっては、(将来自分がトップに立つ)ネルガルの象徴が、あのナデシコであることに我慢がならない。

  いい加減で緊張感の欠片もなくてだらしなくて人格的に問題があって・・・・・・
  特にあの艦長!
  のへらーっと脳天気に笑ってるんじゃないわよ、全く!

・・・・・・以上の様なエリナの感情には、自分と正反対の、女の子女の子したユリカへの反発とあこがれが混ざった物であるが、当人は決して認めないであろう。

「ネルガルと言えば、今はあのナデシコがイメージです。
しかし『あの』クルー達の船が何時までもボロを出さずにいられるわけがありません!
私は新しい『ネルガルの旗艦』として、カキツバタをコーディネイトして見せます!」

鼻息も荒く言うエリナ。
昨日のナデシコの華々しい初陣が各メディアによって大々的に取り上げられているのを見て、焦りを感じているのかも知れない。
そんなエリナにアカツキは、

「ふうん、ま、いいよ。
やってみて頂戴。」

至極お気楽にそれを了承する。
エリナの能力を信頼しているのと、さほど彼の感心を惹くような事でも無かったからである。
しかし、アカツキは後に大いに後悔することになった。



 

電波SS
(ダンシング・イン・ザ・ダーク外伝)

「それいけ!エリナさん!」

 


「ふん、私はあんなお気楽な船みたいなクルーは集めないわ!」

エリナは鼻息も荒く、今日もクルー集めに奔走している。
現在ナデシコクルーは木星蜥蜴の正体を知り意気消沈中。
このままでは何時ボロを出し、ネルガルの評価を落とすとも限らない。
エリナは人格的にも能力的にもナデシコクルー以上の人材を捜して回った。
幸い?カキツバタのクルーは宇宙軍からも登用できる。
既に秘密裏に、カキツバタの軍への貸し出しが軍とネルガルとの間で決定済みであるからだ。
エリナは人材データバンクを漁り、めぼしい人間を見つけては直接本人及びその上司を口説きに歩いた。
通常の業務は遅延無くこなした上での明らかなオーバーワークだが、エリナはそれを苦にせず、今日も元気に走り回っている。

「それでは契約成立ですね。これから宜しくお願いいたします。」

エリナはとうとう自分の満足いく人材を集めきった。
一人一人の人物を自分の目で確かめ、自分で直接交渉し、口説き落とした。

 

 

 

 

・・・・・・しかし、そのことが問題を生むとは、神ならぬエリナに解るはずもない。

 

 

 

1ヶ月後。
エリナは達成感と充実感に満ちた表情で、カキツバタの進水式に出席していた。

「エリナ君、お疲れさま」

隣に立つアカツキがエリナに慰労の言葉をかける。
今、眼前のカキツバタの前には、彼女が苦心して集めたエリートクルー達が整然と並んでいる。
どの顔からも才気と気迫と、気品すら溢れている様に見える。
全員元の職場でも最高の評価を与えられていた人間である。

  ふん、見てなさい、ナデシコ!
  これからあなた達は、このカキツバタの影に霞むのよ!

エリナの口元が知らず笑みの形を作る。
端から見るとその微笑みは、まるで女王のようであったという。

エリナが集めた人材は、男女問わず優秀であった。
それこそ、オリジナル・ナデシコクルーに勝るとも劣らない人材である。
人格面も問題はない。

しかし。
・・・・・・全員がエリナ萌えで、エリナの側で働きたいから志願した者ばかりであった。

後にして思えば、エリナ自身が自分の足で口説き回ったのが悪かったのかも知れない。
理知的でまっすぐに未来を見つめるエリナの目。
理路整然と、しかし情熱の言葉を紡ぐエリナの口。
何度も相対する、非常に整い覇気に溢れたエリナの顔。
何度も口説きに現れるエリナと会う内に、彼らはすっかりエリナ萌えになってしまった。

彼らは自然発生的にエリナ・ラブ・チーム(通称E.L.T.)を結成。
結成と同時にメンバーである通信士ら有志がエリナ放送局を設立。
メイン番組「今日のエリナ様」は爆発的な人気を誇ることとなる。

もちろん、カキツバタのクルーは男性ばかりではない。ナデシコに比べ比率は低いが、ちゃんと女性クルーもいる。
女性クルーは盛り上がる男性陣を冷ややかに見て・・・・・・
は、いなかった。
なんと、女性クルーも全員がエリナを「お姉さま」と慕うメンバーであり、むしろ男性クルーを食う勢いで盛り上がっていた。
何はともあれ、各員がてんでバラバラな所があるナデシコクルーに比べると、カキツバタクルーは確かに強固に繋がっていた。
エリナ萌えという絆で。

 

 

 

 

  どうも最近、妙な視線を常に感じるのよね・・・・・・

エリナはまとわりつく視線を感じ、不快だった。
書類を処理してるとき、食事をしているとき、会長と話しているとき・・・・・・
常に視線を感じる。
まさか、自分の集めた『優秀な』スタッフ達が、全能力を使って自分を隠し撮りしている所為だとは夢にも思わない。

ぱらぴらぽーん♪

なにやら陽気な音楽と共に、カキツバタ全クルーの前にウインドウが開く。

「皆さん、お待たせしました。
『今日のエリナ様』の時間です。」

うおおおおおっ!

いつもは真面目で黙々と職務をこなすクルーも、このときばかりは熱狂の雄叫びを上げる。

「今日、エリナ様は、午前中は書類整理、お昼はネルガル会長と共に中華のランチ、その後はネルガル会長とともに宇宙軍へ打ち合わせに行かれました。」

ナレーションに合わせてウインドウには隠し撮りされたエリナの動画が映し出された。

「お姉さま・・・・・今日も素敵ですぅ・・・・・・」

「ああ、エリナお姉さま、アタシはお姉さまのためだけに今日も頑張りました!」

映し出されるエリナに、頬を染めながら熱っぽく語りかける女性クルー達。

「エリナ様!
自分は今日、ノルマ以上の訓練をこなしたで有ります!」

と、赤くなりながらもウインドウに向かって敬礼するパイロット。

「はああ・・・・・・」

じっとウインドウを見つめながら吐息する艦長(汗)

この時間、カキツバタは幸せの絶頂であった。

このままであれば何も問題はなく、カキツバタは外から見た分には模範的で優秀な船との評価を確立したであろう。
しかし。
有るクルーの一言から微妙に歯車が狂っていく。

その日もカキツバタは「今日のエリナ様」で陶酔の時間に浸っていた。

はふうぅ・・・・・・

ため息が艦内にこだまする。

「でもさ、このアカツキって男、目がイヤらしくねぇ?」

ぼそっと。
本当にぼそっと、ある整備班員がウインドウに映し出されたアカツキ(エリナの向こうに写っていた)を指さし言う。

「あ、そうそう!
コイツ、この間のビデオでもエリナお姉さまの胸元ノゾキ込んでたのよ!」

たまたま格納庫に伝票を渡しに来ていた事務員B子が怒ったように言う。

「コイツ、学生の時は『大関スケコマシ』って言われるくらいの女ったらしだったらしいじゃねぇか。」

「エリナ様にセクハラしてるんじゃねぇだろうな?」

「なんか許せねぇな・・・・・・」

「ああ、許せねぇ・・・・・・」

火の粉は急速に広がりつつあった。
もはや勢いを止めることは出来ないくらいに。
3日後にはE.L.T.初の派閥である「A.S.S.(アカツキ・死ね死ね団)」が設立され、アカツキの撲殺を目標に活動を開始した。

作用が有れば反作用があるのは世の常である。
アカツキの存在を快くは思わない物の、ネルガル会長の座を狙うエリナのためにここは自重すべき、という穏健派が、A.S.S.に遅れること2日で派閥を結成した。
その名を「S.E.N.T.(サークル「エリナ様をネルガルのトップにつけよう」)」と言う。
以降カキツバタの艦内ではこの2派の、闇に紛れた戦いが繰り広げられる。
初めはお互いエリナ好きという共通点もあり、単なる口論でしかなかった。
しかし、エリナ好きであるが故に譲れない一線が明確に存在する以上、口論はエスカレートし、次第に実力行使、流血沙汰にまで発展するのにさして時間はかからなかった。
極最初の段階で、「異性と諍いを起こした者はその名前をエリナ様に報告し、強制退艦」という艦長命令があったためにセクハラ等の問題は起きなかったが、同性同士の容赦ない争い、特に女性同士の凄絶ないじめ合いは背筋を凍らしむ物があったという。

カキツバタのクルーはエリナが足を棒にして探し回っただけに確かに優秀であった。
このような騒ぎを内包しつつ、各地での戦闘では1つのミスも無かったのだから。
しかしS.E.N.T.設立から3週間後の水曜日、ついにカキツバタは補給のために寄ったサセボドッグから予定の期日が過ぎても飛び立つことはなかった。

「・・・・・・エリナ君、何か荒廃していないかい?」

カキツバタが飛ばなかった翌日、たまたま近くを視察に来ていたアカツキとエリナがカキツバタを慰問に訪れた。
しかし出迎えの一人もなく、艦内に入れば謎のスプレー文字やビラが貼られ・・・・・・
これが本当に2ヶ月前に出航した、あのカキツバタと同じなのかと疑ってしまう。
そこに。
1人の女性クルーがよろよろと現れた。
やや幼い感じのする小柄で可愛い彼女は、しかしアカツキやエリナの存在に気が付かず、その場に倒れ込んでしまう。

「ちょ、一寸貴方、大丈夫?」

あわてて抱き起こすエリナ。
そのエリナの顔を見て、一瞬信じられないという顔をし、そしてボロボロと涙が溢れる女性クルー。

「あ・・・・・あうう・・・・・・エリナお姉さまぁ・・・・・・」

  お姉さま?(汗)

何か引っかかる物を感じるが、それはさておき。
エリナは彼女を介抱しながら尋ねる。

「一体この船に何があったの?
まさか、細菌兵器とかじゃ・・・・・・」

しかし彼女はひしっとエリナに抱きつき、泣きじゃくりながら、

「えぐ・・・・・・あたし、もう駄目かと思いましたぁ・・・・・・・
でも、エリナお姉さまにこうやって会えるなんて・・・・・・
幸せですぅ・・・・・・」

  だからお姉さまって、何?(滝汗)

そうツッコミを入れようとしたエリナより先に、アカツキが茶々を入れる。

「ふぅん、エリナ君、全く浮いた噂を聞かないと思ったら、この子のお姉さまだったからなんだねぇ。」

うんうん、と、一人納得するアカツキ。

「アカツキ君、あなたねぇ!」

激昂しかけるエリナ。
しかし彼女よりも早く動く者が居た。
例の女性クルーである。

「姦賊、アカツキ・ナガレぇ!」

そう叫びながら彼女はアカツキを押し倒し、馬乗りになった。

「エリナお姉さまをたぶらかそうとする不埒者!
このあたしが・・・・・・」

と。
そこまで言って、彼女は気を失った。



「私の責任です!申し訳御座いません!」

ネルガル会長室。
ここに、平身低頭頭を下げるエリナと、

「ああ、いいよいいよ、終わったことなんだから。」

そう言って笑うあかつきの姿があった。

あの後、とりあえずアカツキとエリナはネルガル・シークレット・サービスを呼び、カキツバタ内部の徹底調査をさせた。
その結果解った恐るべき真実にエリナは顔色を失い、アカツキも背中に汗をかいた。
何にせよ、表沙汰に出る前で良かった。
そう思いながらも、カキツバタクルーへの処分は2階級降格及び半年間給与50%カット(もちろん軍上層部との協議の結果である。彼らは全員軍人なので)ときびしい物となった。
もっとも、クルーにとって一番堪えたのは、「今日のエリナ様」の全VTR没収であったという。
責任を感じたエリナは自らも辞表を提出したがその場でアカツキに破り捨てられ、それでは収まらないエリナの為に半年間の給与60%カットを提示。
ようやく騒動は幕を閉じた。

なおアカツキは、没収した「今日のエリナ様」のVTRに、ネルガル・シークレット・サービスが作成した特製映像を付加した物をひそかに作成、カキツバタの主立ったクルーに内密に渡すことにより、ひそかにカキツバタクルーの懐柔・私兵化に成功しつつある。

『ま、買収は企業家の得意技だからねぇ』

そんなことはおくびにも出さずに、アカツキはエリナに言う。

「エリナ君、君はやっぱり相当に魅力的なんだねぇ。」

それを聞き、このところようやく立ち直ってきたエリナはアカツキをにらみつけた。

「アカツキ君、それはセクハラよ!」

余談だが、この事件を切っ掛けにエリナがユリカのことをやや好意的に見るようになったという。
人間、同じような苦労をした相手にはある種のシンパシィを感じる物らしい。

 

 

 

なにはともあれ、合掌。

 

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<あとがき>

このところ本編に活躍の場がないアカツキとエリナです。
彼らはこんな事やってたんですねぇ(笑)

ま、このこと以外にも企業として重要なプロジェクトを進行しています、彼ら。
その話は本編で書きましょう(遠い目)



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