憎しみの持続。
条件によってはこれほど困難なことはない。
どんな強い憎しみもその後の人生が幸せで有れば、やがて薄れていく。
人を憎むことは苦痛を伴う。
膨大なエネルギーが消耗される。
何時しか現状に満足し憎しみを忘れていく。
臥薪嘗胆という故事が有るが、憎しみの持続のためには、絶え間ない苦難が必要であろう。

今の俺達の苦難は、奴らの所為だ!

その思いこそが憎しみを持続させる。
それこそ、時間を超え、世代を越えて。



機動戦艦ナデシコ2次SS

ダンシング・イン・ザ・ダーク

 

第20話  「木 連」


月臣元一郎は木連の中でも辺境と言えるコロニーに生まれた。
そのコロニーは小惑星から『プラント』へ供給する鉱物資源を採掘するための極小さなもので、中央から遠く離れているせいか生活は貧しく、周りの人々も荒んでいた。
幼い頃から元一朗は食べるために盗みを働いたりした。
盗みの成功率は良くて4分の1程度。
失敗した場合、大人達は幼い子供に対しても容赦なくリンチをくわえた。

「畜生!畜生!畜生!!」

ボロボロにされた幼い元一朗には、憎しみしかなかった。
情けがない大人達への憎しみ。
空腹に耐えられない自分の身体への憎しみ。
そして。
自分たちをこんな境遇へ追いやった『憎き地球人ども』への憎しみ。

両親は既に居ない。
父親は採掘時の事故で死んだという。
母親は幼い元一朗を捨てどこかに流れていった。
このままでは元一朗は墜ちるところまで墜ちるしかない。

そんなとき。
荒んだ元一朗の横っ面をひっぱたくような事件があった。
たまたま『獲物』を探して町をうろついていた元一朗は、街頭のTVが流す映像を何となく見た。

『郷土の英雄!
草壁春樹少佐、奇跡の出世!』

精悍な若い男の笑顔と共に、そんなアナウンサーの声が聞こえた。

『今日は我が木連の期待の新星、草壁春樹少佐にお越し頂きました。
少佐、宜しくお願いいたします。』

『草壁です、宜しくお願いします。』

『早速ですが、少佐は我が木連の中でも最も生活が苦しいと言われているα17コロニーのご出身とか。』

『はい。
そこで浮浪児でした。
それこそ、生きるためなら何でもするような生活で。』

答える草壁の表情は暗く苦さがあった。

『辛い幼少期だったんですね。
でもどうやってそこから今の地位まではい上がったんですか?』

『10歳の時、町でたまたま幼年士官学校の募集ポスターを見かけました。
恥ずかしながら字は読めなかったんですが、何となく食えそうな匂いがしたんですよ。
それで、飛びつきました。』

『後で知ったのですが、そのポスターは私のような浮浪児の救済を目的とした物だったんだそうです。
それでも私は食べ物と教育にありつけました。』

『そこで色々勉強できました。
何故我々はこんな苦しい生活を強いられるのか、とか。
月で我々の祖先を地球の奴らがどんな卑劣な手段で追放したのか。
やっとたどり着いた火星に何故核を打ち込まれなくてはならないのか!
その後この木星にたどり着くまでにどれほどの憂き目を見たのか!!』

話している内に怒りに興奮してくる若き草壁。
純粋に、自分たちの境遇に怒っている。
その姿に元一朗は共感した。

『地球の奴らは我々のことなんか忘れているのかも知れない。
でも我々は忘れることなんか出来ない!
なぜなら我々にとっては100年前ではなく今の憎しみなのだから!』

気が付けば草壁は涙を流していた。
自分自身の舐めた辛酸を思いだしているのだろう。
そして、気が付けば元一朗も泣いていた。

『我々は地球の奴らに復讐しない限り前に進めない!
ならば奴らを踏みつけて前に進もうではないか!
私はそのためなら・・・・・・
木連の仲間のためなら、死んだっていい!』

ぶる!

元一朗は身震いした。
そうだ。
オレだって死んでもいい!

『私と同じ思いの少年達が居るなら、今すぐ幼年士官学校の門を叩いて欲しい。
一緒に、憎き地球人を倒そうじゃないか!』

元一朗はすぐさま辺りを探した。
そして、すぐに見付かった。
建物の壁に貼られた古ぼけたポスターが。
奇しくも元一朗10歳。
もしかしたら、草壁と同じポスターを見たのかも知れない。



100年前の月の独立戦争。
独立派は地球政府の内部干渉により内乱となり、破れた1派は火星へと逃れた。
まだテラフォーミングが始まったばかりの火星だが、それでもたどり着いた人々は安堵し、そこに根付いて生きていこうとした。
それから2年。
なんとか作物の栽培も成功し、初めて火星生まれの子供が誕生した頃。
地球政府は火星に月の独立派が逃れていることを知った。
もし彼らが地球と連絡するような事になった場合、地球の月への陰湿な干渉が発覚する可能性がある。
幸い人数は一コロニー分、まとまって生活しているらしい・・・・・・
地球政府は彼らの完全抹消を決めた。

核の飛来に気が付いたとき、人々はパニックになった。
それでもなんとか宇宙船に乗り込み、飛び立ったのだが・・・・・
準備の不十分な出立、目的地も決まらない航海は人々の心を打ちのめした。

長い航海。
それもほぼ素人によって運航される船。
燃料の尽きる船。
故障によって生命維持が出来なくなる船。
隕石に衝突する船。
いつの間にか艦船は1/3に減っていた。
絶望が全員の心を満たし始めた頃。
偶然が彼らを助けた。

彼らは古代の遺産、『都市』にたどり着いた。


安心して呼吸が出来るというのがこれほど幸せなことだとは、誰もが思いもしなかった。
『都市』には食料のプラントはなかったが、やっと生きて行けそうな希望を誰もが抱いた。
食料は当面生き残った船の食料再生プラントが全て。
しかし、それでも生きていける。

生きるための戦いの日々。
辛く、果てしない戦い。
堪え忍ぶだけなどという日々に耐えられる人間はほとんど居ない。
しかし娯楽と言うほどの余裕は無い。
それでも、人は生活の中に娯楽を求める。
仕事が終わった時間帯に3時間ほど、誰かが持っていたビデオディスクを放映する簡易TV放送が始まった。
ドラマ、映画、そしてアニメ。
独立運動に関わっていたのは当時15歳から30歳くらいの世代が多く、全員が今や20歳過ぎになっていた。
それでも彼らの子供達も産まれており、アニメ放送は子供達のためにと始まったのだが・・・・・
その中にあった「ゲキガンガー」という熱血ロボットアニメに、なぜだか大人達までもがはまってしまった。
勧善懲悪、ご都合主義、暑苦しい熱血。
本来なら大人達は敬遠するようなアニメである。
しかし、このアニメは面白かった。
小手先の設定とオタク受けしかねらえない片寄った世界観というそれまでのアニメからの脱却と原点回帰――――本当に面白いアニメを作りたいという制作者サイドの熱意――――が画面から溢れている。
初めは子供に付き合って見ていた親たちがはまり、次第にその輪が広がり、やがてくじけそうになる自分たちを鼓舞する聖典であると言われるようになった。

ゲキガンガーははじめ全話揃っていた。
欠落したエピソードなどは無かった。
男というのは収集癖があり、「とりあえず全部揃える」という行動をとる。
一行の中にはアニメファンが数人居り、彼らがコレクションの欠落を放置するわけがないのだ。
しかし。
たとえばどんな名作でも、身内をガンでなくした者にとってガン患者のドラマは見れない。
家族を無くした者に家族の死を扱ったドラマは見れない。
あまりにも見るのが辛いからだ。
木星に移住してきた彼らは、これまで地球政府の汚いやり方、非人道的な暴挙に晒されてきた。
決して許せない敵、それが地球なのである。
ところが彼らの聖典であるゲキガンガーでは敵との心の交流が描かれている。
同じ人間、必ず理解し合えると言わんばかりに。

そんなわけがあるか!

彼らは激昂する。

理解し合えるというならなぜ我々の生活を守りたかっただけの月の独立戦争に奴らは干渉した?

そこから逃れて火星でささやかに、穏やかに暮らそうとした我々に核を打ち込んだのは何故だ?

それとも俺達が悪かったというのか?
地球の奴らを満足させるために死んでいた方が良かったのか?

如何にゲキガンガーと言っても、こんな馬鹿げたエピソードが許せるか!!

そうやって物語は欠落していった。
彼らにとっての心地よいエピソードが残った結果。

「悪の地球は滅びて当然!
ゲキガンガーは正義が悪を討ち滅ぼす物語だ。」

という解釈によって広く親しまれていくことになる。



木連は正式名称を「木星圏・ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星国家間反地球共同連合体」という。
木星にたどり着いた彼らは古代遺跡のプラントを中心にコロニー国家を作り、基本的に各々のコロニーは自活・自治が前提で発展してきた。
古代遺跡の生産能力は凄まじく、数年の研究の後の稼働以来物質面に限っては彼らの需要を完璧に満たした。
しかし。
食料生産についてはその機能は遺跡には無かった。
いや、もしかしたら有るのかも知れないが、彼らにはそれが何処なのか理解できなかった。
なので脱出の時の宇宙船の食料再生プラントが唯一の供給源になったのは先に述べたとおりである。
しかし彼らの乗ってきた船は雑多なものであった。
元々きちんとした移民計画の元に専用の船で船団を組んでの移住ではない。
月でも火星でも緊急の脱出で、追われて来たのである。
当然船も寄せ集めであり、完全な食料再生プラントを装備し乗員の数十年分、乗員以上の人数に供給できる客船も数隻あったが、多くは緊急時用の簡易プラントであった。
また人間は無から有を産み出す事は出来ない。
食料再生と言っても生産の元が無ければ何も生み出せないのである。
クローニング技術で動植物を増やすにも、増やす=育てるまでの滋養を与えなくてはならない。
だから移住当時の木連の食糧事情は最悪であったという。

事に深刻な影響を受けたのは女性達であった。
生命体としては男性よりも女性の方が強い。
不謹慎な例えかも知れないが、旅客機の事故でも生存者は女性の方が圧倒的に多い。
自然界に於いても然りで、雄は雌よりも多い比率で誕生するのはその生命力の違いによる。雄の死亡率の方が雌の死亡率よりも高いのだ。
しかし女性は月経があり、男性よりも多くの鉄分補給が不可欠である。
だが初期の再生食料は多くが鉄分の足りないものばかりであり、多くの女性が慢性的な貧血となった。
また女性は体内にて子供を育む。
己の栄養を胎児に分け与え、育てていく。
しかし肝心の食料が足りない。
10数年後食糧供給プラントが改新されるまでに多くの女性達が命を落としていったという。
手をこまねいているしか出来ない男達は己のふがいなさを呪い。
しかしせめて自分たちの出来る限りをしようと、己の食料を女性達に分け与えた。
女性は慈しむべきもの。
その思いは男達に深く根付いた。



さて。
食料再生プラントは宇宙船の物を使っておりその能力に大きくばらつきが有ることは先に述べた。
宇宙船は再生能力を基準に各コロニーで平等になるように分配されようと試みられたが、数に限りがありそううまくはいかない。
また数を増やす以前に鉄分の問題があり・・・・・・専門の研究家が居なかったため原因はすぐに解ったもののプラントの改新に多大な時間がかかったので(将来的な増産よりも当面の女性の死亡率低下が優先されたのは当然であろう)、食糧事情はなかなか改善されず。
そして、最初の宇宙船の割り当てがそのまま各コロニーの食料自給能力となり、各コロニーの格差を生んだ。
冒頭に述べたように憎しみの持続には絶え間ない苦しみが必要である。
しかしコロニー間の格差は憎しみに温度差を誕生させた。
辺境の貧しいコロニーで辛酸をなめた草壁と月臣。
裕福なコロニーで生活している人々。
その両者の間には、同じ「反地球」でも温度差があるのである。

中央の、裕福なコロニーの中堅軍人の家庭と言えば木連ではエリート階層である。
そんな家庭に生まれたのが白鳥九十九・ユキナの兄妹であった。

幼年士官学校で月臣は猛烈に勉強した。
そして厳しい鍛錬により己を鍛え上げた。
入学時ロクに文字も読めなかった彼は今や文武両道に於いてトップクラスであった。
しかし、彼の上には常に一人の男が居た。
月臣がどんなに努力しても敵わない相手。
全ての成績で常に1歩先を行く男。
優しげな笑顔で周りに慕われ可愛がられるその男を、月臣は嫌いだった。

「ふん。
坊ちゃん育ちがいい気になりやがって。」

しかし、そうは言っても、どんな努力をしても彼には敵わない。

「オレはこんな所でモタついていられないんだ!」

早く一人前になりたい。
そして草壁中佐(昇進した)とともに理想を遂げるんだ!
その思いでがむしゃらに突っ走る月臣。
そんな彼の前に立ちはだかる男。

「オレはあいつが嫌いだ!」

ある時月臣は親友の秋山源八郎にそう言ったことがある。
秋山は艦隊シミュレーションにおける秀才で、「豪快で緻密」な性格は周りに好かれていた。
月臣やその男とは違い得意教科にムラがあるが、得意な分野ではトップを脅かす成績を上げていた。

「うーん、いいやつなんだけどなぁ・・・・・」

秋山はそう答える。
その男と何度か交流のある秋山はそういうしかない。
その時の印象では、実に気持ちの良い男であった。

「ふん・・・・・・」

月臣はそれ以降その話題には触れなかった。
秋山も何も言わなかった。
人間関係に不器用な所があるこの親友は、口でいくら言っても納得しない事を知っているからだ。
思えば自分との出会いも、初めは衝突だったな、と秋山は思い出す。
些細なことで殴り合い、そして和解した。
それ以降無二の親友となったのだ。

「切っ掛けが有ればコイツのことだ、あいつとも親友になるかもな」

なんとなく秋山はそう思っていた。

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<あとがき>

前に「2ちゃんねる」というところで、木連で無くなっているゲキガンガーのエピソードは敵と仲良くなる物ばかりだ、というのがあったんです。
2ちゃんねると言うところは私はほとんど見ないんですが(見方がそもそも解りません。あの膨大なスレの中からどうやって目的のスレにたどり着けるのか見当も付きませんから)、その時は知人に場所を教えて貰って見に行けたんです。

いやあ、世の中には頭の良い人って居るんですねぇ。凄いですよ。

言われてみてなるほどと思いました。
というわけで、そのネタを使わせていただきました。
独自解釈は加えていますがそのスレが無ければ思い浮かばなかったネタです。

さて、木連の説明みたいな今回のDDでした。
非常に説明的で読みづらかったかも知れません(反省)
でも世界観のためには書きたいな、と以前から思っていたので、思い切って書いちゃいました。

ところで今回から投稿という形式になります。
HP管理者のb83yrさんにはご迷惑をおかけしますね。

書き上がったのは12月30日AM0:30なんですが、私のHPで公開しても2日しか公開できないですし、今回からの投稿にします。

読者の皆様、ご迷惑やご面倒をおかけしますが、そういった次第です。
よろしければ今後ともお読み下さいませ。

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