熱気でむせかえるような、薄暗く狭い室内。
汗だくになった男二人が向かい合っている。

「・・・・・・もう駄目だよ、ガイ・・・・・・」

「弱音を吐くな!
そんなんじゃ明日の大会に勝てないぞ!」

「何の大会だよ・・・・・・」

アキトの声はかなり枯れてきている。
ガイの声は普段と変わらず。

「おら!
もう一回行くぞ!
もっと腹から声を出せ!」

言われて、しぶしぶアキトもやり始める。

「「ゲキガンフレアー!」」

ガイに強引に引っ張ってこられたカラオケルーム。
「特訓」とは、これだったりする。

「・・・・・・もう、勘弁してくれよ・・・・・・・」

涙目で訴えるアキトに、

「まだまだ!
さあ、もう一丁!」

ガイは全然取り合わない。

深夜まで続いた「特訓」。
徐々にアキトもハイになっていく。
「羞恥心」という強固な牙城が、「疲労」によって徐々に崩されていく。

日付が変わってようやくガイは言う。

「よし、ここでの修行は終わりだ!」

  ・・・・・・修行だったのか?

というツッコミを入れる気力すら残っていないアキト。

「明日はシミュレーターでこの訓練の成果を試すからな!」

というわけで、合計3日をガイに付き合わされたアキト。

この特訓によりアキトは、

  必殺技「ゲキガンフレアー」を修得した。

  必殺技「ガイ・スーパーナッパー」を修得した。

  人として大切な何か」を少し失った。

・・・・・・合掌。

 

 


 

機動戦艦ナデシコ2次SS

ダンシング・イン・ザ・ダーク

 

第15話  「前 日」

 


 

 

元から表情の乏しいルリ。
落ち込んだからといってパッと見は普段とは変わらない。

しかし、だからといって誰も気が付かないわけではないのがナデシコ。
だからこそ、ルリはこの船がだんだん好きになっていた。かけがえの無いほどに。
もちろん、そのことにルリ自信が気が付くのはずっと後になってのこと。

とにかく、ルリの様子の変化に気が付いたのはミナトだった。

「なんかあったのかしらね、ルリルリ。」

女子トイレの鏡の前で、口紅を塗り直しながらミナトが言う。

「え?そうですかぁ?」

と、こちらはファンデーションの状態を鏡でチェックしているメグミ。

「私は全然気が付かなかったですけど?」

「む・・・・うーん、はっきりとじゃないけど、なんかまたあの子無表情になってきてない?」

口紅を塗り終わり、最後に唇をすりあわせてから、ミナトが言う。

「なーんか有ったと思うのよね。絶対に。」

その目は確信に満ちていた。

「言われてみればそうかも・・・・・・」

そばかすの辺りをチェックしながらメグミも同意する。

「でも、ルリちゃんに聞いてもとぼけられそうですよね。」

うーん・・・・・・

二人とも悩んでしまう。
確かにルリなら、素直に相談なんて出来ないだろうし、何かあっても自分たちにそう簡単にうち明けたりしないだろう。

「・・・・・・艦長にも聞いてみるかな?」

「ええ!あの艦長にですか!」

ミナトの正気を疑うメグミ。

「うん、結構その方が良いと思うのよ、あたし。」

ミナトにも根拠はない。
でも、なんとなくあの艦長なら、と思っている。
メグミもその辺は解らなくもないのだが・・・・・・

「うん!あとで艦長に話してみよっと!」

メグミの心配をよそに、ミナトはもう決めてしまったようだった。

 

 

 

 

「え? そうなの?ユリカ全然気が付かなかった!」

ユリカは心底驚いた様子で、目を丸くしている。

「「はぁ・・・・・・」」

やっぱり、と思ってため息を付く二人。

「でもでも、ユリカとルリちゃんいつも一緒なんだから、何かあったら言ってくれると思ってたのに・・・・・」

そういうユリカにミナトが諭す。

「あのね、艦長。
ルリルリってそんなタイプじゃないでしょ?
あの子は周りが気を付けてあげないとため込むタイプなんだから。」

「そっかぁ。
うん、そうですね。
私もこれからルリちゃんの様子にも気を付けなくっちゃ。」

何の気無しに「にも」などと言う辺り、さすがユリカである。

「・・・・・・それでね、ルリルリって聞かれて実は、なんて答えるタイプじゃないし、かと言って放っておけないし・・・・・・
なにか良い方法が無いかな、って艦長に相談したいんだけど・・・・・・」

さすがに諦め気味に、それでも用件を伝えたミナト。
隣でメグミはこめかみを抑えているが。

「あ、それなら良い方法が有りますよ。
私にどーんと任せちゃってくださーい!」

そう言って胸をどんと叩くユリカ。

「まずはですね・・・・・・」

ユリカの説明を聞いている内に顔に無数の縦線が入るミナトとメグミ。

「か、艦長・・・・・・」

「それはちょっと・・・・・・」

なんとか思い止まらせようとしかける2人に、ユリカは、

「大丈夫ですって!
任せといてください!」

そう言いながら右手でぶいの字を作って見せたのだった。

 

 

 

オモイカネの設計は本当に大した物だとルリは思う。
人格を持ち、考え、行動?するオモイカネ。
ルリを慕い、懐いているオモイカネは、ルリにとって大切な友人であり、兄弟であり、分身でもある。
このところの悩みもあり、そのことを忘れて没頭できるオモイカネとの時間がルリは増えてきた。
そして今もルリはIFSを介してオモイカネの中に入り込んでいる。

そこに。

「ルリちゃん、一寸いいかな?」

不意に聞こえたその声で現実世界に引き戻されるルリ。
外界に焦点を合わせて見てみると、自分の横に3人が立っていた。
ミナト、メグミ、そして・・・・・・

「艦長・・・・・・」

「お仕事中ゴメンね。一寸ユリカ達に付き合って欲しいんだ。」

煩わしい。
そう思ったが、

「はい、いいですよ。」

そう言ってルリは席を立った。

 

 

 

「うーーーーーん・・・・・・」

「なんだい、テンカワ。
牛みたいにさっきからうなって。」

朝から思いだしだかのように首をひねりつつうなるアキトに、ホウメイが呆れたように言う。

「いや、ここ何日かルリちゃん来ないなって。」

毎日お昼には必ず来ていたルリ。
それが、この2,3日全く姿を見せない。
心配になったアキトが部屋に尋ねていったが、ドアフォンで

「何でもありません。
ちょっと忙しい物ですから。」

と言って顔も見せてくれなかった。
思えば最後に会ったのは展望室で話したときが最後だ。
しかし、別に喧嘩をしたわけでもないし・・・・・・
アキトにはさっぱりと解らない。

「ふうん・・・・・・
まあ、本当に忙しいだけなのかも知れないよ。
テンカワだってそうなんだろ?」

ルリの悩みまでは知る由のないホウメイはそう言う。
実際アキトも、後10日で火星に向かうナデシコの為に打ち合わせで忙しくなっていた。

「そうなんすよね。」

ルリもオペレーターなので忙しいのだろう。
アキトもそう割り切ることにした。
ただ、会えなくて寂しいのはどうしようもないが。

「ほら、お前は昼から抜けるんだから、今の内にその分働きな!」

そう言うホウメイに苦笑し、アキトも仕事に没頭することになった。

 

 

 

ナデシコは艦長と言っても特別に私室が広いわけではない。
だが、艦長室のオプションは充実している。

クローゼットと本棚はムクの木で作られた高級品。
女性艦長と言うことで鏡台もシンプルながら1級品が置かれている。
アカツキの指示なのかもしれないが、だとすればアカツキらしい行き届きぶりである。
ピアノまで置いてあるのはどうかと思うが、なんとなくユリカらしい。
あちこちに座っている、おそらく名前が付いているだろうぬいぐるみ達。
壁に貼られた特別大きな写真は家族全員の写真。
他にもコルクボードに沢山の写真が貼られている。

ベッドの頭の方には2つの写真立てがある。
一つは優しそうでたおやかな夫人が小さな女の子と写っていた。
そしてもう一つには幼いカップル・・・・・・天真爛漫な女の子と無愛想な男の子が写っていた。

その写真をちらっとみて。
ルリは部屋の真ん中のテーブルの前に座った。
左にはミナト、右のにはメグミが座った。
そして、正面のユリカがいきなり切り出す。

「ルリちゃん、何か悩んでるでしょう!」

  いきなりかい!

思わずツッコミを入れたくなるのをグッとこらえるミナトとメグミ。

  ぴくっ

ルリはかすかに反応したが、

「いいえ、別に。」

しれっとした顔でそう流した。
しかし。

「うーん、やっぱりかぁ。
仕方有りません!
ミナトさん!メグミさん!」

ユリカのその声で2人はわっしとルリを押さえ込んだ。

「な、何を・・・・・・」

「ごめんねぇ、ルリルリ」

「ルリちゃんゴメンね。艦長命令なの。」

本当にすまなそうな顔で謝る2人を見て不安が増大するルリ。
そのルリににじり寄るユリカ。

「ルリちゃん、覚悟はい〜い?」

手をわしわしとしながらユリカがルリに迫っていった。



30分後。

「はあ、はあ、はあ・・・・・・・」

汗まみれになり、涙と涎で顔がべとべとになったルリ。
衣服は乱れ、茫然自失である。

「そっか・・・・・・」

ユリカ達3人は深刻な顔。

あれから30分、ルリはくすぐられ続けた。
ルリが白状するまで。

「はあ、はあ、はあ」

息も荒いままにルリはキッと3人をにらみつける。

「な、何てことするんですか!」

もう絶対に許さない。
ルリの顔がそう言っていた。

「だってルリちゃん、こうでもしないと白状しなかったでしょ?」

ユリカはしれっと言う。

「だからって!
やって良いことと悪いことがあるじゃないですか!」

ルリの怒りは間もなく頂点に達しようとしている。

「でもルリちゃん、いい顔になったよ?」

「・・・・・・はい?」

目が点になるルリ。

「ルリちゃん、さっきまでお面みたいな顔だったんだから。
そんな顔より、今の怒ってるルリちゃんの方が何倍も可愛いよ♪」

笑顔でそういうユリカ。
なんだかその顔を見るとルリは拍子抜けしてしまう。

「あのね、ルリちゃん。
ユリカもルリちゃんの様子に全然気が付かなかったんだ。
いっつも一緒に居るのにね。」

そう言って寂しそうな顔をするユリカ。

「気が付いたのはミナトさんが教えてくれたから。
ユリカはルリちゃんのお姉さんのつもりだったけど、全然駄目。」

「でも、それは・・・・・・」

言いかけるルリに。

「だから、ルリちゃんと一緒♪」

ユリカはそう言った。
ミナトが続けて言う。

「あたしがルリルリの様子に気が付いたのもたまたまよ。
でも、艦長やあたしが気が付かなくても誰かが気が付いたと思うわ。
ここはそういう船なんだから。」

「ルリちゃん、あたしたちは一人じゃないんだよ。」

メグミはそう言って笑った。

「悩みってね、一人で抱えてるとどんどん重たくなるんだよ。
でも、誰かにうち明けると、軽くなったでしょ?」

「・・・・・・はい」

ミナトにそう言われ、ルリは頬を染めながらもうなずいた。

「だからね、一人で抱え込んだら駄目だよ、ルリちゃん。
私たちは悩みの解決は出来ないかも知れないけど、一緒に抱えてあげるから。」

「はい。」

ユリカの言葉に素直にうなずく。

「あ、ルリちゃん、あれだけ笑ったらお腹空いたでしょ?
みんなでご飯食べに行こ♪」

その言葉に少し頬が引きつったが。

食堂への道すがら。

「でもユリカさん、もうくすぐるのは止めてくださいね。」

そうくぎを刺すルリに、

「ルリちゃんが素直に話してくれたらね♪」

ユリカはそう答えた。

 

食堂に入ったルリをアキトは本当に嬉しそうな顔で迎えた。

やっぱりこれで良かったのかも・・・・・

ルリはそう思った。

アキトの笑顔と、

「アキトったらルリちゃんにばっかりにこにこして!
ユリカ、ぷんぷん〜!」

と拗ねるユリカの顔を見て。
心の棘が抜けた訳ではないのだが。

 

 

 

翌日。

「ゲキガンフレアー!!」

そう叫んでバッタをなぎ倒していくアキトの姿を、硬直して見守るクルー達の姿があった。

「アキト君、性格変わっていない?」

おそるおそるそう聞くミナトに答えられる者はいなかった。

「やるじゃねーか、アキト!
そんじゃ、今度はあれいくか!」

陽気なガイ(ヤマダ・ジロウ)の声がコミュニケから聞こえると、

「ああ、解った!ガイ!!」

アキトの勇ましい返事も聞こえた。

そして。

「「ダブルゲキガンフレアー!!!!」」

 

・・・・・・

 

「・・・・・・敵、完全に沈黙しました」

ルリの声が、静まりかえったブリッジに響いたという。

この日アキトは自己のスコアを大幅に更新したという。


格納庫に戻ったアキトたちのエステバリスを遠巻きに見つめる整備班員達。

  ひそひそひそ・・・・・・・

声を潜めて囁き合うその音声を拾ってみよう。

「・・・・・・あいつ、何か悪いもんでも食ったんじゃねぇか?」

「バカ言うな!あいつはコックなんだから、俺達も同じモン食ってるだろう!」

「でもよ・・・・・・」

  プシュッ

アキトの機体のコクピットが開く音が響くと同時に、しんと静まる整備班達。
そこにユリカやルリ達も走ってくる。

「「アキト(さん)〜!」」

そこに。

「やったじゃねえか、アキト!
オレ様の特訓の成果があったな!」

その瞬間全てを悟る一同。

 

 

「「「「「「「「ヤマダ(さん)!」」」」」」」」

 

「ダイゴウジ・ガイだ!!」

 

 

後にアキトが皆に語った事によれば、大声で技の名前を叫ぶ事によって不思議と気持ちが落ち着き、冷静に戦えたという。

「まあ声を出す訓練は軍隊でもやってるからな。
集中と発散とを兼ね備えた良い方法なのかも知れない。」

そういうゴートの言葉によって納得する一同。

  でも恥ずかしいけど・・・・・・

言外に共通の思いを滲ませながら。



さらに8日後。

艦内にミスマル・ユリカの放送が響いた。

「皆さん、皆さんのおかげでナデシコは無事テスト航行を終えました。
ありがとうございます。」

地球(大気圏内)と宇宙での戦闘は、ナデシコとネルガルにとっては重要な実験であった。
実験と言っても、実戦であるが。

最後の整備と補給を終えたナデシコ。

「いよいよ本艦は火星に行きます。
ここまで全員無事に来れたのも皆さんのおかげです。
ありがとうございます。」

艦内各部にウインドウで、そう言って頭を下げるユリカが映し出された。
自然と背筋が伸びるクルー達。

「これから敵の占領下に向かいます。
皆さん、頑張って行きましょう〜♪」

  おい

内心ツッコミを入れるクルー。
まあ、程良く緊張もしたし、ユリカらしい挨拶かも。

「それでは、進路を火星へ!
ナデシコ発進!」

「ナデシコ発進」

ユリカの声にルリが復唱する。

  いよいよか・・・・・・

展望室で火星の方角を見つめながら、アキトは一人星を見ていた。

 

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<あとがき>

エピソードの取捨選択っていつも迷います。

 

なーんてことをいいながら、次回ついに火星です♪

ああ、やっと火星なんだ!

これで連載止まっても格好がつく!

なにせ火星はナデシコSSのトレーダー分岐点ですからねぇ♪

などという心の声が聞こえてくるのは、果たして気のせいなんでしょうか?(笑)

 

チャットでの会話で私に知恵を授けてくださったb83yrさんに感謝いたします。
お陰様で「かけ声」の理論付けが出来ました。

それでは、また次回。

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