夕焼けの草原。
風が草花の間を通り抜ける。
傾いた赤い日差しが野原を黄金に染める。誰しも人は自分の帰る場所のイメージを持っている。
ある者にとっては蛍光灯に照らされた食卓テーブルであろう。
また別のあるものにとっては犬小屋のある小さな庭であろう。
アキトにとっては・・・・・・この夕焼けに染まった草原がそうであった。研究の忙しかった両親は帰宅も深夜になることが多かった。
アキトはだから、友達がみんな家に帰った後も一人で遊んでいた。
草原で一人遊ぶアキトを夕日が染め上げる。
両親が死に、施設に引き取られた後もアキトはこの時間、ここに来ていた。楽しい思い出なのかどうか、アキトにも解らない。
しかし、「帰る場所」と聞いてアキトが思い浮かべるのはこの風景であった。
機動戦艦ナデシコ2次SS
ダンシング・イン・ザ・ダーク
第14話 「鈍 痛」
優れた作品は、時としてそれを見た者の人生観をも変えるときがある。
優れた作品は、何度か見直したときに初めて解るものがある時がある。
ヤマダ・ジロウ(ダイゴウジ・ガイ)は今、そんなことを思っていた。
客観的に言えば、単にその作品に「ハマっているだけ」なのだが、そんなことはこの男には関係ない。「オレも生まれ変わるときが来たのだ!
さあ、特訓だ!」そう言って珍しくトレーニングルームにこもることを決めたガイ。
・・・・・・ちなみにその時ガイが観ていたビデオとは、
ゲキガンガー3第12話「大逆転!!ゲキガン・ヌンチャク」
であったらしい。
「ねえルリちゃん。
最近アキト変じゃない?」唐突にユリカはルリにそう言った。
サツキミドリ2号を出てから4日後。
月に向かってきたチューリップを破壊するという任務を終えたナデシコは、現在ネルガルの月ドックへと向かっている途中である。
数々の小事件を乗り越えた所為かクルーの動きにまとまりが出てきており、その点非常に満足のいく戦いであったのだが・・・・・・「私はいつもと変わらないと思いますけど?」
泡立てたスポンジで左腕をこすりながらルリが答える。
ここは大浴場。
戦闘を終えたクルー達は当直の者を除いて全員がくつろぎの時間を楽しんでいる。ユリカとルリはなんだかんだと一緒に行動することが多い。
と言ってもルリがユリカに付いて回ると言うことはなく、ユリカの方が「天真爛漫な笑顔」で「ルリちゃーん」と誘うのだが。
ルリにしても断る理由がない時は誘いに乗るので、結果としてルリにとってユリカは最も一緒に行動する事が多い相手となっている。
最も2人だけという事もほとんど無く、例えば今回もミナトとメグミが一緒だったりする。「うーん、ユリカの気のせいかなぁ・・・・・・」
トリートメントを終えたユリカが髪をまとめながら言う。
「そうですよ、きっと。」
そう言いながらも、手はせっせと体を洗うルリ。
お腹を洗い終え、今は右足を洗っている。「ほーんと、艦長はアキト君アキト君ね。」
髪をタオルで揉むように拭きながらミナトが言う。
「はい!
だってアキトはユリカの王子様ですから♪」ようやく髪をまとめ上げたユリカが何の疑問もない顔で答える。
「はいはい・・・・・・」
洗顔クリームをおでこと鼻の頭とほっぺたと顎に付けつつ、呆れた声を上げるメグミ。
「あ!ルリルリ!
またリンスしていないでしょ!」ミナトが少し怒ったようにルリに言う。
「はい。
だって面倒ですから。」こともなげに言うルリ。
「だめだよルリちゃん!
長い髪はちゃんと手入れしないとすぐに痛むんだから!」そう言いながら、洗顔クリームを点付けしたままの状態でリンスを溶くため洗面器にお湯を入れるメグミ。
「あ、ユリカの使ってるこのリンスがお薦めだよ♪」
と、メグミに容器を手渡すユリカ。
「あ、これ、アタシも今度買ってみようと思ってたんです!」
「いいですよ、このリンス♪」
「へえ、あたしも試してみようかなぁ。」
そう言いながらルリの頭にリンスする3人。
その後4人でサウナに行くと、リョーコ達3人娘が入ってきたが、ここは省略しよう。横1列に並んで牛乳を飲む。
「「「「「「「ぷはーっ!」」」」」」」
風呂上がりの牛乳は格別であろう。
「あ、ルリルリ、手は腰にね♪」
両手で牛乳瓶を持っていたルリにミナトが注意する。
しばしバスタオル1枚でイスに座って涼んだ後、ようやくそれぞれの部屋に戻っていった。なんとなく、ルリは風に当たりたいと思った。
風呂上がりで体が火照っているのもあるが、完全に空調で温度管理が成されている宇宙船に乗っていると、たまにもの凄く風を欲しくなる時がある。そうだ、あそこに行ってみよう。
ルリはお風呂セットを抱えたまま展望室に行った。
展望室にルリが入ると、眼前に広大な草原が広がった。
「!」
思わず目を見開くルリ。
草を揺らす風が気持ち良い。
まさにこういう場所にルリは来たかった。でも、誰が?
誰かが設定しない限りは風景のビジョンも風も出ない。
そう思って草原を見回すと、アキトが寝っ転がっていた。
ただボケッとしながら、夕日を眺めているアキト。
かさっ
頭の上の方で音がして、見上げるとルリが立っていた。
「ルリちゃん・・・・・・」
「こんにちは。」
そう言ってルリはアキトの横にちょこんと座った。
ふわ
風に運ばれてきた香りがアキトの鼻腔をくすぐる。
「いい匂いだね、ルリちゃん。」
そう言って寝っ転がったままルリを見見上げるアキト。
そう言えばルリは髪を下ろしたまま、いつものように髪留めでまとめてはいない。「そっか。
髪を下ろしたルリちゃんって、オレ、初めて見るよ。」言われてルリは右手を髪に当て、
「変ですか?」
と聞く。
アキトは、「いや、こう言うルリちゃんも可愛いよ。」
そう言って笑った。
少し頬を染め、目線をアキトからそらすルリ。
しばし、そのまま黙り込む二人。「そう言えばアキトさん、何かありました?
ユリカさんが心配していましたけど。」目線をそらしたまま、ルリがアキトに尋ねる。
別に深い意味はない。何となく今日有った事を手近な話題にしただけであった。
しかし。「・・・・・・」
アキトの返事はない。
気になってルリがアキトの方を覗き見ると、アキトは鼻の頭を掻いていた。「・・・・・・まいったなぁ。
自分では変わった態度をとっていないつもりだったのに。
ユリカのヤツにはばれてたんだ・・・・・・」少し照れくさそうな顔のアキト。
「何かあったんですか?」
胸にチクリとした痛みと焦燥を感じながらルリが問う。
自分は全く気が付かず、またユリカのアキトアキトの1つだと思っていただけに、驚くルリ。「実はさ・・・・・・」
そう言ってアキトが語った内容によって、ルリは更に驚き、落ち込むことになる。
食堂でユリカ達が盛り上がり、その後女性クルー会議を開いたあの日。
逃げ出したアキトはプロスペクターからの通信に呼び出された。「失礼します。」
挨拶しながら入るプロスペクターの執務室。
この部屋だけは見事に「会社」だと、入るたびにアキトは思う。「すみませんね、テンカワさん。
お呼び出ししてしまって。」そう言ってアキトにコーヒーを勧めるプロスペクター。
「あ、どうもっす。」
アキトはミルクのみをカップに注ぎ、一口すすった。
うまいコーヒーなのかも知れないが、どうもこの会社会社した雰囲気の部屋は居づらい。
なので、「あの、話ってなんすか?」
アキトは早々に用件を切り出した。
プロスペクターはウインドウを1つ開いた。
そこに写っていたのは・・・・・・「アカツキ!」
ネルガル会長のアカツキ・ナガレ本人であった。
「やあテンカワ君、久しぶりだねぇ。
君の活躍は色々聞いてるよ。」そうにこやかに挨拶するアカツキ。
「ネルガルの商売も順調そうじゃないか。」
アキトもそう切り返す。
「いやいや、君たちの活躍のお陰だよ。
相転移エンジン戦艦の優位性を君たちが証明してくれたお陰で、ネルガルは他社に大して圧倒的なシェアを占めることが出来そうなんだ。」ここでアカツキは表情を引き締める。
「だから、これからが危険になると思う。
『奴ら』も必死になるだろうからね。生き残りを賭けて。
既に色々動いてるようだよ、あちこちで。」口では殊勝なことを言ってても、顔と口調が不敵だぞ。
よほどそう突っ込もうかと思ったアキトだが、やめておいた。
「さて、本題に入るよ。
・・・・・・結論から言うから、良く聞いてくれ。
君の夢に出てきたイネス・フレサンジュという女性は存在しないというのが、ここ1年のネルガルの調査の結論だ。」聞き流しかけて。
アキトは固まった。「・・・・・・存在しない?
存在しないってのは、どう言うことだ?」あまりに突拍子もないアカツキの言葉。
アキトの感情はパニックを起こし、それは怒りの感情として発露しかけた。
しかし、アカツキはそのアキトの様子を見ぬ振りをして、淡々と続ける。「まず、フレサンジュというネルガルの研究者夫婦は実在した。
しかし、この夫婦には実の子供も養子も存在しない。
また、ネルガルの関係者でイネス・フレサンジュという人物も存在しなかった。」聞きながらアキトは力一杯手を握っていた。
耐えるために。「次に我々は君から聞いたイネスなる人物の特徴を持つ人間を徹底調査した。
政府のIDデータバンクにまでアクセスしてね。
条件は『ユートピア・コロニーにいたアイという少女と同じDNAパターンを持つ女性』。
しかし、それでも該当する人物は存在しなかった。
調査範囲を全地球圏にまで広げたが、やはり該当者は無しだ。」ふう・・・・・・
息を吐き出すアキト。「それで調査団は結論づけた。
イネス・フレサンジュに相当する人間は存在しない、と。」「・・・・・・解った。
ありがとう、アカツキ。」そう言って力無く微笑むアキト。
「この報告書のコピーは次の整備の時に渡すけど・・・・・」
そういうアカツキに、
「いや、いらないよ。」
と断るアキト。
「・・・・・・全ては、火星に行ったらはっきりするさ。」
そう言って、アキトは部屋を後にした。
話を聞いている間中、ルリには声も出せなかった。
ショックだった。
自分が何も気が付かなかったということが。
ユリカは気が付いていたのに。「ショックはショックだったけど・・・・・・・
でもさ、落ち込んでばっかりってのも格好悪いから。
だからなるべく普通にしてたんだけどなあ。」そう言いながらぽりぽりと頬を掻くアキト。
照れくさいけどまんざらでもない、そんな表情で。
そのアキトの表情を見て、ルリは痛みを覚える。「でも、やっぱり嬉しいよ。
こうやって見ててくれる人が居たり、側にいてくれる人が居るのってさ。」アキトがそう言った途端。
ルリは衝動的にアキトの背中に抱きついた。
おぶさるように、しがみつくように。「ルリちゃん?」
アキトが呼んでもルリは何も言わない。
だから、アキトも何も言わなかった。「ごめんなさい、それじゃ。」
ようやくアキトから離れたルリは、お風呂セットを持ってそそくさと展望室を出ていった。
「あ、ああ・・・・・・」
アキトは呆然と見送る。
ふわり、と風がルリの香りをアキトの鼻に送る。「いい匂いだったな・・・・・・」
そして思い出す。
小さなルリが必死でしがみついていた背中の感触を。「・・・・・・そうだな、落ち込んでなんて居られないさ。」
護りたい存在が自分には居る。
今度こそ、自分は護り抜いてやる!
この船のみんなを。
そして、あの小さくて柔らかな女の子を。柔らかかったなぁ・・・・・・
ふとアキトは背中の感触を思い出した。
子供らしいぷよぷよの腕。
流れてくる湯上がりの良い香り。
そして。
『頼りなく、儚げな』二つの物体。・
・
・
・
・
・
「わ〜〜〜〜〜!
オレは何を思いだしているんだ!」顔が紅潮し熱くなっている。
今までルリを『女性』として意識したことがなかっただけに、この不意打ちにアキトは思いっきり狼狽する。「お、オレはロリコンじゃな〜い!」
そう言ってしばらく1人であたふたしていた。
しばし後、ようやく我に返ったアキト。
「・・・・・・訓練でもして、汗を流すか。」
そう言って展望室を後にした。
かなり後日になってアキトは気が付いた。
あれが、初めてルリを女性として意識した瞬間だったのだと。
部屋に戻ったルリは、とりあえずドライヤーで髪を乾かし始めた。
櫛で髪をとかしながらドライヤーの風を当て。
鏡を見ながら思う。ユリカさんには敵わないのかな・・・・・・
一寸性格は『アレ』なところがあるけど、みんなに慕われる艦長のユリカ。
方や自分は、相変わらずの子供。
ユリカが気が付いたアキトの様子に自分が全く気が付かなかったというのは、ルリにとっていろんな事を考えさせられるキッカケとなった。
情報処理の能力で自分に敵う人間は居ない。
でも、それが何なのだろう?
なにか、自分には本当に取り柄というのは有るのだろうか?
人として、自分が必要とされる事が有るのだろうか?ドライヤーのスイッチを切り、櫛と一緒に片づける。
着ていた服を脱ぎ、クリーニング用の袋に入れ。
パジャマを着てベッドに横になる。
いつもよりも早い消灯。
今日は眠れそうな気がしない。
それでも、ルリは目を瞑った。「よう、アキト!
どうした? 顔が赤いぞ?」「何でもない!」
トレーニング・ルームには珍しくガイが居た。
「どうしたんだ?
ガイが真面目にトレーニングなんて珍しいな。」話を逸らす気持ちもあったのか、アキトが尋ねる。
「いやあ、暇でな。」
そういうガイだが、妙に熱心にトレーニングしている。
「そうだ!
アキト、一緒に特訓しよう!」何を思ったのか、いきなりそういうガイ。
「はい?」
さすがに付いていけず、目が点になるアキト。
「お前にオレの必殺技を伝授してやるから。
よし、早速今から特訓だ!」そう言ってアキトを引っ張っていくガイ。
「おい、特訓って、どこに・・・・・・」
「カラオケルームだ。
さあ、急げ、アキト!」ちなみにカラオケルームは遊技場の一画にある。
「おいおい・・・・・・」
その後深夜までカラオケルームにガイとアキトの声が響いたという・・・・・・
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<あとがき>久々にルリ×アキトっぽくしてみました。
たまにこう言うのも書かないと、私自身が忘れちゃいそうで(笑)あと、無意味に入浴シーンにこだわってみました(笑)
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