機動戦艦ナデシコ2次SS

ダンシング・イン・ザ・ダーク

 

第10話  「胡 蝶」

 


 

中国の古い話であるが。
ある男が、自分が蝶になった夢を見たそうである。

目が覚めたその男は、果たしてどっちが現実なのか解らなくなったという。
今の自分は、ひょっとして蝶が見ている夢では無いのか。
本当の自分は蝶ではないのか。

『胡蝶の夢』という話である。

 

 

 

 

「・・・・・・長い夢だった・・・・・・・」

アキトはゆっくりと語り始めた。

「長い夢だった。
夢の中でオレはお前と出会って、やっぱりナデシコに乗り込んだよ。
初めは鬱陶しくて・・・・・・でも、気が付いたら、オレはお前のことを目で追っていて・・・・・」

うつむき加減で話し始めたアキトを、ユリカは正座して、真剣に聞いていた。

「火星で遺跡を飛ばした俺達は軍に拘束されたけど、幸せに、毎日楽しく過ごしたよ」

「やがて俺達3人は一緒に暮らし始め・・・・・・」

「そして、俺達は結婚したんだ。」

それを聞いたユリカは目を輝かせ、ほとんど陶酔した表情になった。
傍らにいたルリはそれを見て眉をぴくりと動かしたが・・・・・・何も言わなかった。

「みんなに祝福された、幸せな結婚式だったよ。
翌日俺達は、二人が出会った火星に新婚旅行に旅立って、・・・・・・」

 

 

そこで、アキトは押し黙った。

 

 

「?・・・・・・アキト?・・・・・」

「・・・・・・そこで全てが終わったんだ!」

 

 

 

 

 

 

全てを聞き終えたユリカには、言葉もなかった。

それは夢なんでしょ?

そう言いたかったが、

「どっちが現実だか解らないんだ。
夢では、オレは今も復讐の鬼だ。
血で血を洗い、北辰達を殺すことだけを考え・・・・・・・
目が覚めたら幸せなこの世界だ。」

「ここにはルリちゃんがいる。ユリカがいる。みんながいる。
オレは復讐鬼でなくても生きていける。]

「でも、オレの中で夢でのオレが騒ぐんだ。
あの悪夢を繰り替えさせはしないと。」

「お前を見たとき、オレはすぐに抱きしめたかったよ。
愛しさで胸が張り裂けそうだった。 」

「でも。
その思いは、本当にオレの物なのか?
夢での記憶に流されているだけじゃないのか。
そう思うと、怖くて言い出せなかった。」

「夢でもお前は切れ者ではあったけど、俺を追いかけて失敗していた。
でも、オレに会わなかった今のお前は、これまで見事な艦長ぶりだ。」

 

 

 

「オレは、お前を不幸にするだけの男かも知れない・・・・・」

 

 

「そんなこと無いよ、アキト!
ユリカは・・・」

 

「オレはお前を守れなかったんだ!
仮死状態にされたお前を救い出すことも出来ずに、自分は奴らに良いようにおもちゃにされ・・・・・・
お前に失敗ばかりさせ、守ることも出来なかったオレは!」

 

 

 

 

 

 

後は言葉が続かなかった。
アキトはもとより、ユリカも、ルリも言葉がなかった。

 

 

 

 

 

結局、あの後は誰も一言も発しないまま、お開きとなった。

重苦しい夜。

寝苦しい夜。

それぞれの夜がどんな物であったかは想像に難くない。

 

 

 

そして、朝が来た。

 

 

 

 

 

それぞれに無力感を背負ったルリとユリカの表情は暗かった。
このところようやくうち解け始めたルリの顔が能面のようになっているのを見てミナトやメグミは心配したが、何も言わなかった。
簡単に相談に乗れるような悩みでは無いようであったから。
ジュンも、ただ黙々と仕事をこなすユリカに、近寄りがたいような物を感じていた。
怖いというのではないが・・・・・・
ただ、迂闊に近寄ると、ユリカが壊れてしまうような、そんな危うさを感じていた。
重苦しいブリッジに空気までもが凝固したかのようであった。

 

 

 

 

昼が来て、ようやくユリカが一言言った。

「よし!決めた!」

周りがびくっとなる。

「あ、皆さん、お昼です。
ここは私とルリちゃんで残りますから、皆さんはお食事に行ってください。」

「いや、でも・・・・・」

ジュンやミナトが異論を挟もうとするのを手を挙げることで制し、ユリカは続ける。

「いいよね、ルリちゃん。」

「はい。」

かくして、ユリカとルリを除いたブリッジクルーはいなくなった。
最後にジュンが扉をくぐり、戸が閉まったとき、全員が深いため息を付いた。

 

 

 

 

 

 

「ルリちゃん、相談があるんだけど、いいかな?」

周りが居なくなったのを確認した後。
ユリカは意を決した表情で、ルリのコンソールまで降り、そう言った。

「・・・・・・なんでしょう?」

ルリはユリカには目もくれず、言葉だけで応じた。

「アキトのこと。
多分、ルリちゃんにしか相談できないから。」

ユリカのその言葉に、ようやくルリはユリカを見上げた。

 

 

 

 

「テンカワ。お前、今日は休みな。」

朝、アキトの顔を見るなり、ホウメイはそう告げた。

「え?でも・・・・・」

アキトは訳が分からない。

「今のお前は料理が出来る顔をしていない。
何があったか知らないけど、最悪の顔だよ。
今のお前に厨房に立たせるわけには行かないね。
今日はいいから、明日もう少しマシな顔になって来な。」

ホウメイの言葉は厳しい。
アキトはそのまま追い出されてしまった。

 

 

 

帰された理由が納得できないアキトは、部屋には戻らず、そのままトレーニング室に隠る。

「何だって言うんだ!」

昨晩の余波もあり、ホウメイの態度に理不尽さを感じるばかりのアキト。
行き場のない怒りを忘れるかのように汗を流す。

1年もの間真面目にトレーニングを続けてきたアキトの身体は、多少のオーバーワークくらいは平気である。
が、ヤケになっているアキトは「かなりの」オーバーワークをしてしまい、ぶっ倒れてしまった。

はあ、はあ、はあ・・・・・・

アキトしかいないトレーニングルームには、荒い呼吸の音がやけに大きく響いた。

「何やってるんだ、オレは・・・・・」

自嘲と共に起きあがろうとするが、間接という間接が笑っていた。
自分の身体がこれほど重たく感じたのは、アキトは初めてだった。
残りカスのような体力を振り絞り、引きずる様にして、休憩用のベンチに向かい。
倒れ込むようにして横になった。
それでも、何とか鞄を開け、毎日の癖で作って置いたドリンクを探り出し、口に含む。
貪るようにしてドリンクを飲んでいる内に、自分が朝食すら食べていなかった事を思い出した。
倒れて当然だったのだ。

「バカか、オレは。」

ようやく頭が冷え。
そして、ホウメイが自分を追い出した理由も何となく解った気がした。

「・・・・・・明日は、ちゃんとしていこう。」

 

 

 

 

 

 

どのくらいの時間が経ったのだろうか。
アキトの全身を筋肉痛が襲い始めた。
体を動かそうとすると襲ってくる痛み。
しかし、痛みは有るが、先ほどまでとは違い、身体は動くようになってきた。

よろつきながらシャワー室に行き、熱いシャワーを浴びる。
漸く身体がほぐれた。

「飯、食わなきゃ・・・・・」

服を着、食堂に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

「ほう、少しはシャンとしたようだね。
明日からまた頼むよ。」

珍しく客として来たアキトを一目見るなり、ホウメイはそう言い、豪快に笑った。

やっぱ、かなわないな、とアキトは思う。

そこに、遅い昼食を取りにお客が来た。
2人の女性が。

 

 

 

 

 

 

「あのさ、ユリカには、正直アキトの苦しさを判ってあげることは出来ないと思うんだ。ううん、ユリカだけじゃない。
ルリちゃんにも、誰にもアキトの苦しみを判ってあげることは出来ないと思うの。」

ユリカの言うことは、ルリも感じていたことであった。
しかし、ルリは腹が立った。
あれほどアキトは苦しんでいるのに、ユリカはアキトを見捨てるというのか。
知らず、ユリカを見る目が冷たくなるルリ。

ユリカは、そんなルリの視線には気が付かない。
そのまま話し続ける。

「人が、人のことを解ってあげられるなんて、うぬぼれかもしてないって、そんなことを考えて、昨日は眠れなかった。
アキトはどんなに苦しかったんだろう、どんなに辛かったんだろう。
色々想像して・・・・・・・・
でも、どんなに考えても、それはユリカの想像なの。
そう思うと、悲しくなった・・・・・・」

その気持ちはルリにも解る。
ルリも、何度同じ事を考えただろう。

「どうすればよいのか解らない。
それで、ユリカ、今日もさっきまでずうっと考えていたの。
でも、さっき決めたんだ。」

ここで、ユリカはまっすぐルリを見た。
迷いのない、まっすぐな目で。

「アキトの気持ちを解ることは出来ないけど、アキトのやりたいことを助けることは出来ると思うの。
だって、ユリカは艦長さんだし、ルリちゃんはオペレーターさんだし。」

虚をつかれるルリ。
ルリは、こういう考え方をしたことは無い。
アキトのことを、何とか解ろうとしているばかりであった。

「私たちが協力すれば、アキトの悪夢を壊すことが出来る。
私たちだけじゃない、ナデシコのみんなや、ネルガルにも協力して貰えば、絶対に出来るわ。
こんな事、絶対に一人じゃできないんだし。
あと・・・・・・ユリカが良い艦長さんなら、アキトの言っていたユリカを不幸にするって言うのも否定できるし。」

最後の台詞は、決心をみなぎらせた目で、ユリカは呟くように言った。

 

 

ああ、こういう人だから、夢でのアキトさんはユリカさんを選んだんだ・・・・・・

 

ルリは感動した。
そして、ユリカに対するアキト絡みのわだかまりが消え、初めてユリカを信頼した。

 

 

「艦長・・・・・・」

「どう、ルリちゃん、一緒にアキトを助けようよ。」

「はい。」

 

 

 

 

ぐううぅぅぅぅぅ・・・・・・

 

 

 

 

感動を打ち破ったのは、ユリカのお腹の虫だった。

しばしの沈黙。
そして。

「あ、あはははははは・・・・・・
昨晩から、何も食べて無くて・・・・・」

笑ってごまかすユリカ。顔は真っ赤だ。

「私もです。お腹、すきましたね。」

ルリもそう言って、お腹を押さえる。

お互い顔を見合わせ、やがてどちらとも無く笑い出した。

 

 

 

 

 

 

 

二人が、先ほどまでとは打って変わって明るく話しているのを見て、戻ってきたジュン達は驚き、安心した。

「あ、おかえりなさい。
ジュン君、後お願いできるかな?
ユリカ達もう、お腹ぺこぺこなの。」

「あ、ああ。いいよ。」

「ホント?じゃ、お願いね。
行こ♪ルリちゃん♪」

「はい。それでは、お願いしますね。」

 

 

 

 

そして二人は、ナデシコ食堂に向かった。

 

 

 

「あ、アキト・・・・・・」

「アキトさん・・・・・・」

「ユリカ、ルリちゃん・・・・・・」

 

食堂で3人は出会った。
一瞬、重い空気が流れた。

しかし。

「アキト、一寸お話があるんだけど、いいかな。
あ、ホウメイさん、私は火星丼とチャーシュー麺をお願いします。
ルリちゃんは?」

「私も同じ物をお願いします」

二人がすぐに注文を済ますのを見て、アキトもあわてて、

「あ、ああ。
オレも同じ物をお願いします。」

ホウメイにそう注文した。

「じゃあ、そこの休憩室で話そうか。
ホウメイさん、すぐに戻りますので、お願いしますね。」

ユリカの言葉に、

「あいよ!」

ホウメイも短く応じた。
3人が出ていった後、ホウメイは呟く。

「長い話になりそうだね・・・・・・・」

 

 

 

 

 

誰もいない休憩室。

「で、話って何だ?」

アキトは少しぶっきらぼうに、ユリカに聞く。
昨日の自分の態度を思い出し、今は少し恥ずかしいと思っているからだ。

「うん、あのね、さっきルリちゃんとも相談したんだけど、・・・・・・」

そう言ってユリカは話し始めた。

「・・・・・・って思ったんだ。
ルリちゃんに相談したら、ルリちゃんも賛成してくれたの。
アキト、私たちに協力させて。
一緒に、アキトの見た夢を壊そうよ。」

ユリカはまっすぐにアキトを見て話した。
ルリも、同じくまっすぐにアキトを見ていた。

アキトは、そんな2人をまともに見れない。

 

 

 

オレは・・・・一人で悲劇の主人公やって・・・・・・

 

 

 

自分が無性に情けなかった。
こんなにも、ユリカとルリに心配をかけたことに。

そして、泣きたいくらいに嬉しかった。
こんなにも、ユリカとルリが、自分を思ってくれたことに。

 

 

 

「・・・・・・アキト?」

「・・・・・・アキトさん?」

 

心配そうな2人の声。
ひょっとして、今度こそアキトを怒らせたのかと思う。

 

 

すると。

 

 

がば!

 

 

アキトは2人を抱きしめた。

 

 

 

「ごめん、ユリカ。

ごめん、ルリちゃん・・・・・・」

 

 

ただ、それだけ言うのが精一杯のアキト。

 

 

「ううん・・・・・・」

「アキトさんは、何も悪くないです・・・・・・」

 

 

 

 

 

「ラーメン、きっと伸びちゃったね。」

「ホウメイさんに悪いことしましたね・・・・・・」

少し、と言いながら、大分時間が経った。

「ああ。でも、腹減ったな・・・・・」

口々にそう言いながら、食堂に入ると。

「ああ、ちょうど良かったよ。
今できるところさ。」

ホウメイはそう言って、面を湯通しし始めた。
既に準備は万端、アキトたちを待っていてくれたらしい。

 

「すみません・・・・・・」

頭を下げると、

「何がだい?」

ホウメイはとぼけて、呵々と笑った。
3人にとって、その昼食の味は忘れられない物となった。

 

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<あとがき>

ようやく、後少しで「未来を変える」為の準備が終わります。

無駄に長いぞ、この連載(笑)

10話にもなって、まだ宇宙にすら飛び立ってません(遠い目)



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