機動戦艦ナデシコ2次SS

ダンシング・イン・ザ・ダーク

 

第3話  「水 音」

 


 

小さい頃の記憶は無い。

ただ、水の音が好きだった。

全てが霞がかった記憶の中で、水の音だけが鮮明だから。

 

 

私の生活は、ここと、家との2つだけ。

ここでの私はモルモット。

家での私は居候。

 

 

私は私の家族が嫌い。

私は私の仕事が嫌い。

私は私自身が嫌い。

 

 

昨日も私はここにいた。

今も私はここにいる。

明日も私はここにいるだろう。

 

 

ここの場所を見つけてから、私は私の居場所を見つけた。

ここは私だけの場所。

ここには私以外の人は来ない。


 

ふと気が付くと、誰かがここに近づいてくる。

煩わしい。

せっかくここは私だけの場所だったのに。

 

まだ若い男の人。

今まで見たことは無いはず。

といっても、私はここの人たちの事なんて、覚える気はないけど。

 

 

 

「ここ、座って良いかな?」

 

そういって、その人は私を見て、固まってしまった。
きっと、私の髪と目を見て驚いたのだろう。
ああ、煩わしい・・・・・・・

 

そう思っていたら、その人は、驚いたようにこういった。

 

 

「ルリちゃん・・・・・・・」



 

 

広い庭。

気分良くアキトは玉砂利を踏み、池の側のベンチへと歩いていった。
誰かが居るようだが、これだけ大きなベンチだ。問題ないだろう。

とにかく気持ちの良い庭だった。
柔らかな木漏れ日を顔に感じ、水音や小鳥のさえずりを耳にし、水面をはねる鯉に目を奪われる内に、アキトは目標であったベンチに着いた。
座る前に先客に挨拶しよう。

「ここ、座って良いかな?」

そう話しかけて相手を見て、アキトは固まった。
銀色の髪。金色の瞳。白磁の肌。
夢で、僅かの間家族として暮らしたことのある少女。

 

 

「ルリちゃん・・・・・・・」

 

思わず、口に出してしまった。





「あ、ごめんね。俺はテンカワ・アキト。
アキトって呼んでくれて良いよ。」

あわてて自己紹介をするアキト。
しかし、ルリはバリバリの警戒心で、

「よろしく、テンカワさん。」

と応える。

「あ、座るんでしたらどうぞ。
大きなベンチですし、私の物って訳じゃないし、問題有りません。」

一応、そう言うルリ。
アキトのことを新人の研究員か何かだと思いこんでいる。
そんなことは知らず、

『やっぱ、いきなり名前を呼ばれたら、警戒されるよなぁ』

などと反省したアキトは、気まずい空気を追いやろうと、ルリに話しかけた。

「俺、ここには毎週土曜日に来てるんだ。
ネルガルとの約束で、ある実験に協力するために。

ただ、ここの連中の目と来たら、俺のことモルモットみたいに見るからさ。
嫌になって、休み時間にここに来たんだ。」

そこまで聞いて、そして、アキトの何気ない不器用な様子を見て、ルリは彼が研究員などでは無いことを知った。
しかし、それならば何故自分の名前を知っているのか。

余計に怪しさ大爆発である。

「何故私の名前を知っているんですか?」


 

 

休憩時間には、長すぎて事情を話せないと言うことで、昼休みにまた会うことを(アキトに一方的に)約束させられたルリ。
ルリの、この時点でのアキトの印象は、
「怪しい男の人」
であった。

アキトの方は、ルリは夢で会った懐かしい家族である。
家族という物に縁の薄いアキトにとって、家族に対するあこがれは強い。
彼にとっては、既にルリは大切な妹であった。

昼休み。
アキトが弁当を持って中庭に来ると、ルリは既にベンチで食事を始めていた。

「ごめん、待たせちゃったかな?」

するとルリは、ちらりとアキトを一瞥し、

「別に待ってません。
私はいつもここで食事をしているだけです。
第一さっきも、あなたが勝手に、一方的に言っただけです。」

と冷たく言い放つ。
アキトは苦笑するしかない。

「それで、ここの研究員でもないあなたが、どうして私のことを知っているんですか?」

ルリとしては、さっさと話を聞いて、この「自分だけの場所」から彼に出ていって欲しかった。
従って、さっさと喋らせたかったのである。

「うん、実はね。・・・・・・・」

自分の弁当を広げながらアキトが語りだしたのは、かつてプロスペクターに話したのと同じ内容。
悪夢の内容は未だアキトにとって色あせず、またここに来ては調書を取られたりもしているため、かなり整理された話し方が出来た。

 

ルリは黙って聞いていた。
突拍子もない話ではあるが、奇妙に自分の知っている事実と一致する。
それに、彼は自分の悪夢がネルガルの資料になっているという。
事実関係は、後でハッキングすれば、簡単に確認できるだろう。

 

しかし、「未来の夢」などをそう簡単に信じることは、普通の人間には出来ない。
だから、

「偶然ではないんですか?」

とルリが聞くのは、至極当然の反応である。

「俺にとっても偶然であった方が良いんだよ・・・・・・
だけど、何もしなければ、あの悪夢は現実の未来になるかも知れない。
それは受け入れたくないから。
だから、あがくことしかできないけど。
あがいて、もがいて、何とか未来を変えたいと思っている。」

そう言ったアキトの顔は、一点をまっすぐに見つめた迷いのない物であった。

 

 

「かなり怪しいけど・・・・・変な人ではなさそうですね」

ルリは率直な感想を述べ、ようやくアキトに興味を持った。
ルリにとっては、初めて他人に興味を持った瞬間であった。

昼休みも終わりに近づいた頃。
アキトはふと気が付いた。

「ここは、こんなに気持ちが良いところなのに、誰も来ないんだね。」

ルリは当然という顔をして応える。

「ここの人たちは、研究の虫ですから。
自分の研究以外のことには興味がないですし、時間があったら自分の研究のために使うようです。
だから、今まで私しかここを利用する人はいませんでした。」

アキトもそれは納得したようで、

「ふうん・・・・そんな人間だから、人のことを平気でモルモット扱いできるんだろうな。」

と言う。怒りを滲ませた声で。
そして、うってかわって、明るい口調で、

「じゃあ、ここならルリちゃんとゆっくり話せるね。
来週は俺がお弁当を作ってきてあげるよ。」

と、当然のように言う。

 

「・・・・・・は?」

ルリは目が点になった。

「あ、大丈夫。
ルリちゃんの好き嫌いは知っているつもりだし。
まだ見習いのコックだから、大した物は作れないけど、頑張って作ってくるから。」

「いや、そうじゃなくて・・・・・・」

「あ、もうこんな時間だ。
ごめん、ルリちゃん、俺訓練があるから。
じゃ、また来週だね。」

そう言って、手を振って去っていくアキトを、呆気にとられつつ見送りながら。
ルリは、ようやく我に返り、やっと呟いた。

 

 

「・・・・・・・・バカ?」




 

 

その後のアキトの様子は、どこか違っていた。
なにか、生活に張りが出来たようだ、とサイゾウは思った。

「女かな・・・・・」

というサイゾウの直感は、当たらずといえど遠からずである。

女と言うより、家族が出来た喜びが、今のアキトの生活の張りである。
まあ、あくまでアキトの一方的な思いで、ルリ自身は迷惑なのだが。

それまで結構憂鬱そうだったネルガルの研究室へ行く朝、張り切って可愛らしいお弁当を作っているアキトを見て、サイゾウは確信した。
これは、絶対に女がらみだと。

『しかし、普通は女が弁当を作るもんだぞ、アキト・・・・・』

その思いは口に出さず、ただ出かけるアキトを

「頑張ってこい!」

と激励するサイゾウであった。

 

 

アキトと別れてから、ルリはルリで、アキトの発言の裏を取っていた。
むろん、ハッキングである。
結果、アキトの言ったことが真実らしい証拠を山のように見つけ、逆に頭を抱えていた。

「勘弁して・・・・・・・漫画じゃないんだから・・・・・・・・・」

それから調べたのは、アキトの正体。
これも、何の変哲のない男だと言うことがわかった。
ただ、家族が居ない。自分と同じように。
家族という物への強いあこがれと、夢とやらで自分と家族だったことが、彼が自分に近づいてきた理由らしい。
そのルリの推測は(サイゾウの直感と違って)正解であった。

「ということは・・・・・・しばらくは、週に1度我慢の日が来ますね・・・・・・」

ため息をつくルリであった。

 

 

 

午前の中休み。
やはりルリは居た。中庭のベンチに。

「おはよう、ルリちゃん。」

アキトに気が付くと、ルリは軽くため息を付き、挨拶を返す。

「おはようございます、テンカワさん。」

その様子に苦笑しながらも、アキトは用件を言う。

「いや、今は俺も時間がないから、すぐに退散するよ。
実は、約束通りお弁当を作ってきたから、お昼に一緒に食べようって言いに来たんだ。
じゃあね。」

そう言うと、きびすを返して去っていくアキト。
ルリは例によってぽかんとしているしか無かった。

 

「うーん、そう言えば、ルリちゃんって元々人付き合いが苦手だものな。
あまり、急になれなれしくすると、嫌われるか・・・・・・」

一人でぶつぶつ反省するアキトであった。

 

 

 

 

昼休み。
紙袋を2つ持ったアキトが、ルリのいるベンチにやってきた。

「あの、テンカワさん。私、ご飯とかは苦手なんですけど。」

そう言うルリに、

「大丈夫。俺の手作りだけど、ちゃんとルリちゃんの好きな物だよ?」

そういって、アキトは紙袋をルリに手渡した。
おそるおそるルリが紙袋を開け、中身を取り出すと・・・・・・
手作りのハンバーガーとポテト、そしてウーロン茶の缶が入っていた。

「なにせ、半人前のコックだから、嫌だったら残してね。」

そう言うアキトに見守られ、おそるおそる口を付けるルリ。
咀嚼し、飲み込み、・・・・・・・・・

 

 

「・・・・・おいしいです、とても。」

驚いたように言うルリに、アキトは満面の笑顔を向けた。

「良かった。口にあったようだね。」

後は、食べ物が無くなるまで、二人とも黙々と食べた。

 

 

 

 

他愛のないおしゃべりの後、アキトはルリに尋ねる。

「良かったら、またお弁当を作ってくるけど、いいかな?」

するとルリは、

「あの、とてもおいしかったんですけど、いいんですか?私なんかのために・・・・」

と、少々困ったように言う。
アキトはそんなルリに、

「あのさ、俺も料理人だから、誰かの為に料理を作る事は大好きなんだ。
それに、今回はルリちゃんのおいしい顔を見たくて作って、そして、ルリちゃんのおいしい顔を見れたよ。
だから、俺としては、ルリちゃんのために、またぜひ作りたいんだけど、ダメかな?」

と優しく言った。

 

「・・・・・・・・・

あの、じゃあ、お願いします。」

 

少し顔を赤くしてそう言ったルリは、年齢相応の少女に見えた。


 

 

 

1週間置きのメニューであり、アキトの家族への思いがこもったメニュー。
始めは、ルリの好きな―――というより、抵抗の少ない―――ジャンクフード系のもの、ホットドック、サンドイッチ、ハンバーガーを中心としたメニューから、
そのうちご飯物をライスバーガーなどで取り入れていった。

半年後には、チキンライスがルリのお気に入りになり。

ご飯物が食べられるようになった頃、ルリの呼び方は「テンカワさん」から「アキトさん」に変わった。

 

初めてルリが「アキトさん」と呼んだのは、つい、うっかりであった。
そのころには、ルリの中でアキトは「変な男の人」ではなく、「会うのが楽しみな人」に変わっていった。
それにしても、ルリは狼狽した。
なにか、いきなり馴れ馴れしくしたようで。
しかし、アキトの嬉しそうな顔を見ている内に・・・・・
それからずっと「アキトさん」である。

 

久々にやってきたエリナ・キンジョウ・ウォンが、たまたま通りかかった廊下から、中庭で楽しげに話し合うアキトとルリの姿を見かけたのは、全くの偶然であった。
自分には決して見せない笑顔をしているアキトを見て、エリナはこう思ったという。

 

 

「なによ、アイツ、ロリコンだったんだ!」

 

 

 

 

契約によりルリがナデシコオペレーターとして、ナデシココンピューター「オモイカネ」の調整のためにサセボにやってきたのは、出航2ヶ月前のことであった。
最終的な調整は、オペレーターであるルリ自身が行うためである。
また、1ヶ月後には各スタッフが集合し始めるため、それまでにメインコンピューターであるオモイカネを仕上げる必要もあり、ルリだけは早く着任した。

ルリにとっては嬉しいことであった。

嫌な研究所から解放され、アキトに毎日会える所に行くのだから。
恋愛感情はルリには無いが、初めて自分を人間として受け入れてくれ、また幸せな気持ちにしてくれるアキトは、初めての大切な存在であった。

アキトはサセボにやってきたルリの引っ越しを手伝い、終わった後雪谷食堂に一緒に来た。

サイゾウは、アキトの張りの原因がこの少女であったことに気が付くと、アキトに言った。

 

 

 

「お前・・・・・・犯罪だぞ。」

 

 

 

 

「違いますって・・・・・・・・(涙)」

 

 

 

 

 

 

ナデシコ出航1ヶ月前。
アキトもナデシコスタッフとしての業務に専念するため、雪谷食堂を退職することにした。

「サイゾウさん、お世話になりました。」

深々と頭を下げるアキト。
サイゾウは、照れくさそうにアキトに言葉を贈った。

「お前はまだ半人前だ。
でもな、初めて会ったときと同じく、心から料理が好きなヤツだ。
いいか、これからも精進するんだぞ!」

ぶっきらぼうだが、心からのサイゾウの激励に、アキトは涙が出そうになった。
涙をグッとこらえ、そのまま、

「いってきます!」

元気な声で、そう言った。
そんなアキトに、サイゾウは、

「あのな、アキト。

俺は、個人の色恋沙汰にどうこう言うつもりはねえが・・・・・

今手を出したら、犯罪だからな!」

 

 

 

 

「だから、違いますって・・・・・・・(滝涙)」

 

 

こらえていた物とは違う涙が止まらないアキトであった。

 

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<あとがき>

ルリって、TV版の初期は可愛くない餓鬼だと思うんですよ。

言葉遣いもぞんざいだったし。

結構、周りも最初は「子供だから」って見ていたと思うんです。

で、そんな感じを出したかったんですが、うまくいっているかなぁ・・・・・・

言葉使いは丁寧にしました。「〜だよ」とか、どうもルリっぽくなかったんで。

 

という前置きをしておいて・・・・・・・

今回も、ナデシコ出航しませんでした!

次回、少なくてもナデシコは「登場」します!

ただ、出航までいけるかどうかは不明です!

でわ!

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