機動戦艦ナデシコ2次SS

ダンシング・イン・ザ・ダーク

 

第2話  「現 実」

 


 

ナデシコに乗ることが決まったのは良いとして、当面の困った問題が残った。

生活。

ナデシコの出航までには、まだ1年近くの時間がある。
そしてその1年を無為に過ごすことの出来ないアキトと、雇った以上は水準の働きを期待したいプロスペクター。
当然、アキトの出航までの生活も、訓練を前提としたものになる。

 

「ちょっと、食事に行きませんか?」

だからプロスペクターがそう言ったのは、まずはコックのしての感覚を見るためであった。
まあ、アキトの訪問によって夕食がとれなかったのも大きな理由ではあったが。

 

2人がやってきたのは雪谷食堂であった。

「いらっしゃい!・・・・お?あんたかい?」

店主――――夢の中ではサイゾウさんと呼ばれていた――――とプロスペクターは、既知の関係らしい。
当然なのかも知れないが、何か意外な感じのするアキトであった。

 

「ラーメンと餃子、チャーハンを2人前ずつ・・・・・で、宜しいですよね?テンカワさん」

「あ、はい。」

少しぼーっとしていたアキトはあわてて返事をした。

「あいよ!」

店主が威勢の良い返事を返す。
店内に客はまばら。
先ほどのピークは終わったようだ。

 

 

「それでテンカワさん、あなたはコック兼パイロットとして働いていただくことになりますが・・・・・問題はパイロットとしての勤務ですね。
正直、しっかりした訓練と教育を受けていただかないと、せいぜい切り捨てのおとり任務しかこなせないと思います。」

その言葉に、アキトは引っかかる物を感じた。

「切り捨て、って?」

しかしプロスペクターは、当然のように続ける。

「つまり、死ぬことを前提としたおとり役ですよ。
IFSというのは、自分の思ったとおりに機体を操ることができるのは確かなんですが、逆に言えばその当人の出来ることしか出来ないわけです。」

コップの水を一気に喉に流し込み、プロスペクターは言う。

「戦場での身のこなし方、戦い方、効果的な武器の使用法。
それらは訓練と実戦で培われるわけですが。あなたはその訓練を受けていない。
そんな人間を戦場に出したら、死ぬだけです。」

淡々と語るプロスペクターの言葉にハッとするアキト。
夢では、自分は楽々と、初めて乗る機体を操作していた。
あれは、逃げ出したい必死さと偶然であったのでは、と思う。
少なくとも、状況は変わった。
今回自分がエステバリスに乗り込むのは、任務としてであろう。
その状況で、自分にどの程度のことが出来るのか・・・・・・・

 

「お待ちどうさん!」

店主が料理を運んで来たことで、アキトの思考は打ちきられた。

 

「さ、難しい話は後にして、とりあえずは食べましょう。」

 

 

 

 

食事が始まると、会話は無くなった。
アキトのせいだ。
アキトは箸を持つなり、ひたすらに食べた。
がつがつと掻き込むではなく、良く味わいながら、いかにも食べるのが楽しそうに。
腹も空いていたのだろうが、それ以上に、食べる事への喜びに満ちた食事の仕方であった。

アキトにしてみると、食べ物が愛しくて仕方がなかった。
ここに使われている食材は、火星の物より、遙かに上質の物である。
素材の味が違う。
そして、料理したのは、夢の中での、自分の師匠であった1人だ。
さらに。生々しい悪夢は、アキトに味覚があることのすばらしさを実感させてくれていた。

かつては当たり前のことだった。ものを食べれば味がするということは。
しかし、あの悪夢の後初めてのこの食事。
味がわかることのありがたみを知った。泣きたいほどに。
全ての料理が愛おしく思える。
それは、アキトがあの悪夢を見たことを感謝できる、今のところ唯一の点であった。

 

やがて。

一滴の汁も残さず空になったラーメンどんぶりと、ひとかけらの米粒も残らない皿とがアキトの前に残った。

 

 

「うまかったっス!」

実に幸せそうに言うアキトを見て、プロスペクターと店主は笑うしかなかった。

「兄ちゃん、ありがとうよ。それだけうまそうに食って貰えれば、料理人として本望だぜ。」

店主が、少し照れくさそうに言う。
プロスペクターはプロスペクターで、感心していた。

「実に、食べ物に愛情のある食べっぷりでしたね。
あなた、いい料理人になれますよ。」

プロスペクターのその言葉を聞いた店主が、少し驚いて聞いてくる。

「ほう?兄ちゃん、料理人なのかい?」

「いや、まだ見習いっス。
火星でも買い出しと皿洗いばかりでした。」

さすがに照れくさそうに、鼻の頭を描きながらアキトは応えた。

「火星?そうか。・・・・・・・・今はどこで働いているんだ?」

「今は、さっきプロスペクターさんに雇っていただいたばかりで・・・・・」

 

すると、プロスペクターが切り出した。

「実はそのことでご相談が有るのですが。
テンカワさん、失礼ながらあなたは半人前です。
コックとしても、パイロットとしても。
従って、あなたを雇うことは、本来1流の人間を集めている私の方針に反することなんです。」

不安げにこちらを見るアキトに、さらに続けていう。

「従って、あなたには修行と訓練をして頂かなくてはなりません。
料理人の修行と、パイロットとしての訓練を。

ハッキリ言って並ではないですよ?どちらか片方だけでも。
従ってもう一度お聞きします。

本当にやりますか?」

アキトは即答した。

「やります!
俺は、逃げるわけにはいかないんです。」

 

まっすぐな目。

迷いはない目。

その目を見て、プロスペクターも納得する。

そして。

 

「事情は良くわかんねぇが、旦那、この兄ちゃんをウチに預けてくんないかな?
とにかく目が気に入った。是非、仕込んでみてぇ。」

店主がアキトをまっすぐ見ながらプロスペクターに言う。
するとプロスペクターは微笑んで、

「それは嬉しい申し出です。
実は私も、そのことをお願いしようかと思っていました。
ただ・・・・・パイロットとしての訓練を受けていただきたいので、休み時間で良いので、1日に最低2時間、お時間を頂きたい。」

店主に異存は無かった。

「かまわねえ。」

そして、ふと気が付く。

「悪い。お前の気持ちを無視しちまってた。
で、どうだい?ここで働かないか?」

むろんアキトに文句はない。願ったりの事だ。

「いえ、こちらこそお願いします、サイゾウさん!」

名乗りもしないのに自分の名前を呼ばれたことについて、サイゾウは気が付かなかった。

「おうよ。早速今日からここに寝泊まりしな。」

プロスペクターだけは、そのことに気が付いたようだったが・・・・・

 

 

 

長い1日が終わった。

1日の始まりは、いつもと同じだった。
いつものように起き、いつものように顔を洗い、いつものように飯を食い・・・・・
そしていつものように買い出しを店長に言われ、その出先で日常が終わった。
木星トカゲの来襲。
シェルターへの避難。
アイちゃんとの出会いと別れ。

そして。

「俺は逃げるわけには行かない。
あんな未来を受け入れたくはないから・・・・・・・」

 

 

翌日から始まった生活は、やはり単調な物であった。
しかし、違いが一つ。
アキト自身の必死さが違った。

朝は6時に起床。
サイゾウの分を含めて、2人分の朝食を準備した後、軽くトレーニング。
ジョギングと腹筋・腕立て伏せをこなす。

7時半にサイゾウと朝食。
朝食に限らず、2人の全てのまかないはアキトがやっているが、それはサイゾウに味を見て貰う試験でもある。

8時半より仕込み開始。
アキトの仕事は、当初は洗い物と皮むきである。
最初は、何でも一律に皮をむくアキトに、サイゾウの怒声が飛んだ。

「馬鹿野郎!ちゃんと野菜と相談して仕事をしろ!
なんでも同じようにやるんじゃねえ!」

始めは何のことかわからなかったアキトだが・・・・・そのうち、試しにむいた皮を食べてみて、やっとわかった。
そのうち、一つ一つの野菜の顔が見えてきた。
疲れている野菜、ぴちぴちしている野菜、熟し切った野菜。
その顔が見えてきたとき、サイゾウの怒声は止んだ。

10時。
スープの煮込み中に、アキトは買い出しに行く。
同じく始めは、買ってきた物についてサイゾウに怒られてばかりだった。

11時。
雪谷食堂の開店。
12時近くからピークが来る。

14時。
やっと昼の修羅場が終わる。
これからトレーニングの時間である。
体力作りのため、ランニングで、サセボ基地内のトレーニングルームへ向かう。
トレーニングの基本は、自分の体を使っての、武術―――柔道・合気道・剣道等―――の修練である。
IFSとは、あくまで「自分のイメージを機械にフィードバックする物」である。
つまり、フィードバックするべき身のこなしのイメージが出来なければ、当然己の機体は撃破される。
そして、そのイメージを養うには、やはり己の体を使った訓練が、最も確実である。

大柄なムッツリ顔の男――――夢ではゴート・ホーリーと呼ばれ、現実でも同じ名前――――が指導に当たってくれた。

17時。
訓練を終え、仕込みのための買い出しによってから、雪谷食堂に帰宅。
夜の営業準備。

21時。
閉店。
明日の料理のための下ごしらえと、店内清掃。

23時。
就寝。


 

 

週に1度の雪谷食堂の定休日には、別メニューがある。
大体、ネルガルのボソンジャンプ実験の被験者として(といっても、半分以上はアキトの悪夢の詳しい調書作り。アキトの悪夢は、確実にネルガルに役立っていた。)午前中を過ごす。

エリナ・キンジョウ・ウォンとの出会いは、印象的であった。
キャリアを全面ににじみ出させたキツイ印象の美女。
しかし、アキトは全く彼女に好感を持てなかった。

「あなたがテンカワ・アキト君?
私はエリナ・キンジョウ・ウォン。ネルガルの会長秘書をしているわ。」

自信にあふれた魅惑的な女性のはずである。
しかし、何が引っかかるのか、アキトは返事もせず彼女を凝視した。

「あなた、火星からボソンジャンプをしてきた可能性があるんですってね。
凄いわ。
ぜひ、ウチの実験とデータ取りに協力して欲しいのよ。」

夢の中では、感謝のしようのないくらいに世話になり、迷惑をかけた女性。
その記憶はあるものの、なぜアキトは彼女に嫌悪を抱くのか・・・・・

 

目だ。
唐突に気が付いた。
まるでモルモットを見るような目。
決して、対等の人間を見るような目ではない。
今の彼女にとって、俺は興味深いモルモットでしかない。
そのことに、やるせなさと諦め、そして怒りを感じた。

 

エリナはエリナで、睨むような目で、こちらを凝視するアキトに、不快感を感じた。

『なんなの、コイツ』

自分を睨んだまま、何も話さないアキト。
ついに業を煮やし、一言言ってやろうとエリナが口を開きかけたとき。

「実験には協力するよ。
今の俺には、ネルガルの協力が必要だから。」

そう言って、アキトはさっさと立ち去ってしまった。
ぽかんとしていたエリナは、やがて我に返り、今度は口に出して言う。

 

「何なのよ、あいつは!」

 

 

 

 

 

十何週目かの定休日の日。
いつものように研究所に着き、午前中の実験が終わる。
午後はシミュレーターによるエステバリスの操縦訓練である。

いつもは、ネルガルの技士が立ち会ってくれていたのだが、今日はもう一人、別の若い男が居た。
服装からするとパイロットなのだろう。軽薄そうな外見ながら、俊敏な動きをしそうな体格である。
アキトはその男に近づき、開口一番にこういった。

 

 

 

 

 

 

 

「ネルガルの会長って、暇なのか?アカツキ。」

 

 

 

 

ひくっ

 

 

 

 

アカツキの顔が引きつった。

初対面である。アキトとアカツキは。
アキトにすれば、夢の記憶(不思議と色あせず、しっかりと記憶に残っていた)のお陰で、アカツキの名前と正体を知ってはいるのだが、それにしても、ここまで不躾な事を言ったのは、心底呆れたからである。
やがて、自分でもそのことに気が付き、あわてて謝罪する。

「あ、ごめん!俺、つい・・・・・」

その「つい」というところで、再びアカツキの顔がひくついたが、それは良しとしよう。
僅かの間で自分を取り戻したアカツキが、ようやく挨拶をする。

「初めまして、テンカワ君。君はもう知っているのだろうけど、アカツキ・ナガレ。
君に興味があって、ここまで来た。」

そう言って苦笑し、

「まあ、暇なわけではないのだけどね。
それにしても、本当に知っているんだね。僕のことまで。」

「いや、夢なんだとは思うんだけど。
不思議と、いつまでも色褪せずに、鮮明なんだ。
ただ、やっぱり事情を知らない人間なら変に思うだろうし、気を付けるよ。
・・・・えっと、アカツキさん」

申し訳なさそうに言うアキトに対し、アカツキは右手を差し出し、笑って応える。

「アカツキで良いよ。お忍びだし。
君も、その方が良いだろう?
ところで、知っていると思うけど、僕はこれでも結構なパイロットでね。
君のシミュレーションの相手に来たんだ。」

実際は、ネルガルの秘密を知るアキトの品定めでもあるのだろうが。
それと、エリナからの報告に興味を引かれたのもあるだろう。
しかしアキトは全く気が付かず。好意として受け止めた。

「こちらこそ宜しく頼むよ、アカツキ」

 

 

 

対戦シミュレーションの結果は、アカツキの圧勝であった。
まだまだ、アキトの未熟な戦い方では、同じエステならアカツキの敵ではなかった。

「くそ!まだ俺はこんなものか・・・・・・」

思い知らされた気がする。
アカツキは、

「なあに、君はまだ数週間しか訓練していないんだろう?当たり前だよ。」

と慰めてくれたが。
この日より、アキトの訓練に一層厳しさが増した。

 

 

 

 

更に数週間後。

午前の実験の中休み、アキトは気晴らしに庭に出てみた。

アキトはどうしても、ネルガルの実験スタッフになじめない。
理由はハッキリしている。アキトを人間として見ていない目をしているからだ。
初対面の時のエリナと同じに。
そして、その目は、嫌でもアキトに、あの悪夢の中で自分に施された実験を思い出させる。
研究室にいると息が詰まる。
そう思い、長くはない休憩時間に、中庭に出てきたのであった。

さすがに、巨大企業たるネルガルの施設である。
和風の中庭は、見事な物であった。
大きい池にはミニチュアの滝から水が落ち、中には鯉が泳いでいる。
程良く乱雑に配された木々が、日差しを柔らかくしている。
アキトは大きく息を吸い、吐いた。
建物の中とは違う、すがすがしい気分になれた。

 

ふと見ると。池の畔に長めのベンチがあった。
誰か居るようだが、自分もあそこに座ってくつろぎたい。
そう思い、アキトはあるいていった。

 

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<あとがき>

久々にSSを書いた私。

久々過ぎて、ペースが上がらない(笑)

作品の中の時間もやたらスローペースで、未だにナデシコは発進しません(泣)

 

エヴァの監督である庵野さんが、ファーストガンダムを褒め称えていました。

第1話で、主人公がロボットに乗り、戦うまでをあれほどスムーズに描いた作品はない、と。

そのコメントを読んだときも納得しましたが、今現在、第2話にもなって、ナデシコすら発進できない作品を書いていると、非常に納得します(涙)

目標は、逆行物の墓場と言われるトレーダー分岐点、「火星脱出」ですね。

そこまで書けば、挫折しても言い訳が立ちそうで(笑)

・・・・・・いや、この作品、逆行物では無いんですが。

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