「どうぞ」

予感はしていた。彼の感情は大体彼女の中に流れ込んでくる。

彼は、自分を捨てる。それがいかに自分の為だろうと、もうこれでおしまいなのだ。

室内に入ってくる、黒尽くめの男。彼の瞳を、彼女は真っ直ぐに見つめる。

不意に視線を逸らす彼。やはり彼の方からだった。優しすぎるのだ、彼は・・・・・・

「ルリちゃん・・・・・・」

「捨てないで下さい、なんて言えないんでしょうね」

文字通り固まる彼に、彼女は感情を感じさせない声で続ける。

「役にたたない道具でしたから。私は、アキトさんの役には立てない。だから、捨てられて当然です」

「・・・・・・俺は、君に幸せになって欲しいんだ」

結局彼が言えた事は、それだけだった。しばらくその意味を斟酌するように沈黙した後、ルリは告げる。

「・・・・・・一人にさせてください。整理します」



























Bride of darkness



第15話 『Blaze of Love』











「・・・・・・なんて馬鹿な事を!」

フロア全体に響く女性の声。続いて駆け出す足音が続く。

「エリナ女史、どこにいかれるのです?」

並んで走りながら問いかけるプロスペクター。隣を走る女性の顔は真剣さがあまって引きつっている。

「決まってるわよ、ルリちゃんとアキトくんの所よ!」

「仕事中ですが・・・・・・」

「仕事以上に大事な事でしょ!」





なんて馬鹿な事を―――エリナの中で想いが跳ね返る。本当に馬鹿な事だった。

アキトはルリに直接、彼女を復讐から外す事を告げに行ったという。それがどんな結果を生むかなど、エリナには至極当然に思えた。

だが、アキトはわかっていなかった。一人にされた女が、男に心を捧げきってしまっている女が捨てられた時、どうするのかを。

彼はあまりに鈍感すぎた。自分が愛されている事に気付かなかったのだ。それこそが、最大の罪である。

エリナはそんな彼を糺すつもりだった。一人の女として、彼を修正してやろうとも思う。

彼女にはラピスに対する罪悪感がある。だからこそ、同じ事を、同じ気分をルリには味あわせたくなかったのだ。

それなのに、愚かなテンカワ・アキト。これではルリがあまりにかわいそうだった。

(・・・・・・いえ、それは違うわね。私がラピスにした事の顛末を、アキト君に教えていれば、こんな事には)

それでも、アキトの鈍感さには舌打ちしたくなった。周りから見ればどう考えてもルリの気持ちは一つに見えるのに、だ。

当人だけが気付かない。あるいは恋や愛はそんなものかもしれないが、しかしそれにしても許せない事だった。

大体だ、一度「君を離さない」と言い切っているのだ。「君が好きだ」とさえも。エリナは確かに7月7日の顛末をビデオで見ていた。

それなのに今更相手の事を想ってとはいえ、捨てるとは。そんな事をされれば、どんな女性でも深く傷ついてしまう。

そんな事さえも彼はわかっていなかった。もしかしたら、あの時の言葉もその場しのぎのものだったのだろうか?

そうだとしたら、彼女は彼を許すつもりが無かった。何という最低な男だろう。

流石にそんな事は無いと信じたい。ただ、家族を愛するが故にとった判断であるとも。

だけど、わかって欲しかった。いかに女性というものが脆いものなのかを。





地下に行くのには多数のエレベーターを乗り継がなければならない。

また途中に検問所もある。その手続きの最中、これらの時間が全て惜しく感じられた。

エレベーターの中に駆け込み、ボタンを乱暴に押す。途中乗ってこようとした男性研究者を突き飛ばす。

「途中搭乗禁止のコードとかは無いの!?」

「そんな事をおっしゃられても・・・・・・」

肩で息をするエリナに対して、涼しげな顔のプロスペクター。基礎体力の差がよく現れている。

地下100mで再び乗り換える。特殊なコードを打ち込まないと入れない区画にあるエレベーターで、ここでも時間を取られた。

ボタンに向けて文字通り拳を叩きつけて。意志が反映されてかどうか、凄まじいスピードで下り始めるエレベーター。

「はぁ、はぁ・・・・・・。ったく、どうして5分もかかるのよ!」

「警備上及び機密保持上仕方の無い事かと「そんな事聞いてるんじゃないわよ!!」」

これ以上上司の怒りに触れるのはプロスペクターとしても避けたいところだった。黙って付いていく彼。

地下500m。自動車をつかまえてアキト達のいる施設へと急ぐ。といってもここから更に3kmも離れた場所にあるのだ。

東京の区まるまる一つが入るこの地下空間がネルガルの本拠そのものなのだ。時間がかかるのは当然である。

「早くしなさい!車ぶっ壊してもいいから、とにかく急ぐのよ」

1分45秒後、施設前に着く。車から飛び降りるように飛び出すと、入口へと駆け込む。





2分後。彼女はまずアキトを発見した。早速飛びつかんほどの勢いで彼に向かって突き進む彼。

「どうした・・・・・・うぐっ!」

背中を壁に打ち付ける。勢いあまった体当たりを喰らって、しばらく呻く彼。だが、彼女には関係が無かった。

「ルリちゃんは!?話して、どうなったのよ!」

「ぅ・・・・・・。いや、どうしてそんなに急いでいるのか「馬鹿、早く話しなさい!!」・・・・・・整理したい事があるって、ぐっ!」

ぱちん。甲高い音があたりに響く。エリナが彼の左頬を力いっぱい平手で打ったのだ。

「何言ってるの!早く、早くするのよ!ルリちゃんが、ルリちゃん・・・・・・

地面に崩れ落ちる彼女。流石に体力を使い果たしたらしい、しばらく呆然としている彼だったが。

「わからないのですか、テンカワさん。貴方がどんな事をしたのか」

プロスペクターの視線は、鋭かった。いつもの人の良さは何処かへと消え去ってしまっている。

その視線を意味をやっと読み解いて、彼は身を翻してルリの病室へと向かった・・・・・・






























何かを置く音。木製の机の上に、記録片がある。

次に、引き出しを引く音。白い手が中に伸び、何かを取り出した。

蒼銀色の髪が翻る。白い手に堅く握られたのは、室内灯に照らされてきらめく、刃。

エリナの予想通りだった。ルリは今まさに死のうとしていた。黄金色の瞳が刃のきらめきを眺めている。

(本当は一人で気付かれないように死ぬべきだと、わかってます。でも・・・・・・貴方にだけはわかって欲しかったんです)

結局一人ぼっちでは死ねそうに無かった。今度アキトが彼女を見る時は、冷たい死骸となっているだろう。

本当なら彼を傷つけるような事は避けたかった。だけど、どうしても我慢できなかったのだ。

彼に、最後でいいから気付いて欲しかった。自分が、彼の事をどう思っているのか―――





ナイフの刃を胸にぴたりとあてる。こういう時にも学習は生きる、刃の切先は心臓を示していた。

心臓を一突きすれば、どんな人でも助からない。脳以上に確実なキルゾーンである。

「・・・・・・必要とされない。なら、せめて夢をずっと見ていたいから」

ごめんなさい―――心の中で、一言呟く。誰に謝ったのか、自分でも分不明だった。

瞳を閉じ、最後にうっすらと感じる光を抱きながら、彼女は腕に力を込めた―――









冷たい切先を、胸は感じるはずだった。だけど、その感覚が無い。

腕に負荷がかかっている。むしろ刃は遠ざかっているようだった。うっすらと眼をあける・・・・・・

ねじ切られるように、ナイフが手から離れる。黒手袋ごしだが、刃に触れて血を流す手―――

彼がいた。彼女の、本当に求めていた人が―――もしかしたら、こうなるのを望んでいたのでは無いだろうか?

「・・・・・・どうしてです?どうして、私を死なせてくれないんですか?」

だが、口は素直では無かった。心では、こうしてくれた事を嬉しくさえ思っているのに・・・・・・

「役立たない私。でも、言ったはずです。一人では生きていけないって。こうするしか、無いんです」

「・・・・・・どうしてなんだ!どうして、ルリちゃんは俺に全て捧げようとするんだ!」

苦痛の籠もった声。刺すような眼を彼女に向けてくる。真剣だが、真実を捉えることの無い、瞳。

ああ、アキトさんはやっぱりわからないんだ―――優しいから。優しいから、逆に好意に気付かないんだ。







我慢する事が、お互いの為にならない。やっと、彼女もわかりはじめた。

真実を告げるべきだった。その上で、全て判断は彼に委ねるべきだった。

たとえその結果彼を縛ってしまう事になったとしても。これ以上、想いを心に秘める事は無理だった。







「・・・・・・決まってるじゃないですか」

「え?」

やっぱり、わかっていない。彼の優しさは鈍感さ。鈍いから、優しくしていられる―――

「好きなんです。アキトさんの事が。好きだから、愛しているから。大事に思っているからに、決まってるじゃないですか」

きょとんとしているアキト。血を流す右手を優しく包みながら、彼女は平生と変わらない声色で続ける。

「どうせ、わかっていなかったんでしょうね。アキトさんって、鈍感ですから。ユリカさんみたいに、積極的にアピールしない限り、

永遠にわかってくれないような気すらするぐらい、鈍感。でも、代わりにとても優しい人・・・・・・

どうして私がアキトさんの事を好きになったのか、アキトさんには少しもわかりはしない。自然に、優しい人だから。

だから・・・・・・だから、いつの間にか、アキトさんを愛してさえいる私がいました。それだけの事なんです」

本当に、復讐なんか似合わない人。争いの渦中に身を置くのには、全然向いてなんていやしない。

自然に、鈍感だけど人に優しさを振りまくのが似合う人だった。そんな彼を、彼女は置いておけはしなかった。

それで復讐に手を貸した。むしろ、自分が彼の代わりに手を汚したくさえなった。そして―――愛しくなった。

気付いてくれない事に、時に不満を抱く事もあった。でも、その度に思いなおした。

鈍感なままの、でも優しいままの。変わらない「アキトさん」でいて欲しかったから。

けれど、それはどだい無理な話だったようだ。こうして今、想いを話してしまった。お互いに変わらない事なんて、出来るはずがなかった。

「だから、その想いをずっと抱いていたかった・・・・・・死んでしまえば、もう二度と私が変わる事も無い。

私の中のアキトさんが変わる事もありません。私を必要とされないのなら、せめて私はこうして・・・・・・」

「だからって、死ぬなんて!」

「・・・・・・側にいたいんです。ずっと。それが私にとって唯一の幸せ。アキトさんの側にいる事以外は、何も望みなんて無いんです。

本当は望んじゃいけないことかもしれません。だって、アキトさんにはユリカさんがいるから。

でも、それでも私は・・・・・・ずっと側にいたかった。どんなに辛くても、苦しくても。ただ、側にいたい・・・・・・」





想いは、話した。たぶん、受け入れられる事の無い想い。だけど、これでよかった。

彼女の中で、何かがすっきりと消え去った。話したくても話せない想いを吐き出せて、清々しくもあった。

このまま受け入れられずに死ぬとしても、悪い気分じゃない気がした。

(どうして、今まで話さなかったんだろう・・・・・・?ユリカさんへの罪悪感から、なのかな)

よくはわからなかった。だけど、何かがあったのだろう。こうして話せる機会を持てた事を、素直に喜ぶべきだった。

澄んだ瞳で彼のそれをじっと見つめる彼女。その心境は、瞳と同じく澄み切って晴れていた。







「・・・・・・俺って」

やがて、彼の口よりこぼれる言葉。頬が、微かに紅くなっている。

「とんでもない馬鹿だから・・・・・・君の気持ちに気付いてあげられなかった。

そうか、ルリちゃんは俺なんかの事をそんなにまで好きだったのか・・・・・・ごめんね、本当に気付いてなかったんだ」

彼は、無論ルリを愛してはいた。ただし、家族として。家族として大事に思い、家族として彼女を扱っていた。

だから、彼にとってルリとは家族、妹に過ぎなかった。ルリにとっての彼は、そうでは無いのにも関わらず―――

「どうしてこんなに近くに、俺の事だけを想ってくれる女性がいたのに・・・・・・もう手の届きそうの無い人にこだわっていたんだろう?

君が俺の事をこうして一人の男として愛していてくれたのに、俺は君に何もしてあげられなかった。

それどころか、こんな風に苦労をかけて、泣かせてしまって、自殺未遂までさせて。俺って、本当に馬鹿だな」

彼の左手が彼女の頭に伸びる。軽く撫でる。右手の出血はほとんど止まりつつあった。

「俺、決めたよ。君が俺を愛してくれるのなら、俺も君ただ一人を愛する」

「・・・・・・同情はよしてください」

「同情なんかじゃない。本当言うと、ずっと君の事が気になっていた。でも、恋愛感情を抱いてるなんてわからなかったんだ。

でも・・・・・・俺は君が好きだ。愛されて嬉しいし、愛したいと思う。ずっと、今度こそ側から離さない」





・・・・・・これは夢?自問自答する彼女。

いや、夢じゃない。彼の体温を感じる。彼は、彼女を受け入れてくれると言う。

こうなる事をずっと望んでいた。でも、叶わない夢だと思っていた。彼には、愛する人が既にいるから。

もしかしたら、いやこれは横取りである。ミスマル・ユリカがいない間に、自分が彼の横を陣取ったのだから。

けれど、だからといって。彼の体温を感じない場所で生きる事は出来ない。

彼が愛しくて。愛しくて愛しくて。想い続けて、やっと差し伸べられた片手。この片手を、永遠に握り続けていたい―――






























「うぅーん・・・・・・」

頭が重い。霞む視界、瞳が光を求めて彷徨う。

なんだか、空が飛べそうなぐらいどうでもいい気分だった。昨日の事を一切覚えていないのだ。

夢の中では実際に空を飛んでいたような気がする。背中から羽が生えて、まるで妖精のように。

「・・・・・・喉かわいた」

シーツをどかそうとして、気付いた。どういうわけか、裸なのだ。自分の白い肌が眼に入る。

ふと隣に眼を向ける。同じく上半身裸、だが身体の各所に傷を負った男が、すやすやと寝息を立てていた。

「アキトさん・・・・・・。そうね、そうだったのよね」

昨夜の事を思い出して、微かに頬を紅く染める彼女。

(もうこれで、二度とアキトさんが私から離れる事は無い・・・・・・嬉しい)

必死だったのだ。だから、こうなってしまった。一度歯止めがはずれてしまったからともいえる。

彼の気をずっと自分に向けさせる為に、一線を越えてしまった。

あまりに相手の気を向かせるのに必死で、行為の間の事を彼女はほとんど覚えていなかった。





隣の彼を起こさないようにベッドからそっと床に降りる。

絨毯の上に散らばる下着と寝着。下着だけを手にとって身につける。

テーブルの上に置いてある白磁の水差し。逆さにおいてあるグラスを上に返して、中身を入れる。

ミネラルウォーターを一気に飲み干す。たくさん汗をかいたのだから、身体にしみこむように水が消えていく。

「・・・・・・んっ。ご馳走さま」

グラスをテーブルに置き、今度はクローゼットへ。新しい下着と白のワンピースを出して、更衣スペースに入る。

身につけたばかりの下着を脱ぎ捨てて。鏡に映る自分は、いつに無く大人っぽく見えた。

艶やかな蒼銀色の長髪。それをひるがえして、シャワールームの中へ。早速栓を捻って、湯を浴びせかける。

汗で微かにてかる肌を湯に浸して。微かに疲労感の残る身体を温める。

「ふぅ・・・・・・これで、もうずっと、アキトさんと一緒・・・・・・」

少しだけ、いやかなり大きな懸念はある。自分達を見て、ユリカはどう思うか、である。

だがしかし、この時彼女はある意味幸せの絶頂にあったから、その事を深く考える事が出来ていなかった。

シャワールームから出て、タオルで全身を拭い。ワンピースに身を包んだ時には、彼女は既に"少女"だった。





・・・・・・一連の出来事が彼女にとって大いなる後悔になろう事を、誰が予見していたというのだろう。






























22世紀最後の秋は過ぎ行く。色褪せる景色の中、人は歩みを早くしてゆくのだ。

木々が色付き、葉が落ちる。そしてその落ち葉が道端から消え去るまで、多くの時は必要とされなかった。

そして、初雪。クリスマスソングの鳴り響く街中。冬は今まさにはじまろうとしている―――





「ナデシコBは明後日ロールアウトされます。現在ラピス・ラズリ、マキビ・ハリ両名による調整が行われている最中です」

今朝は寒かった。夜を徹して降り続いた雪が珍しく積もり、今も東京の街は白い化粧で彩られている。

その様子はこの会長室からではよくわかった。南面に透過壁が採用されており、街を一望できる。

もはや秋は過ぎ去っていた。北風は強く、冷たい息吹が街を吹き抜ける。クリスマスが無ければやってられない季節だ。

「結構結構。ナデシコBが完成となれば、いよいよこちらの計画も始動しはじめる事になる。

ヒサゴプランなんていうもので火星の後継者を偽装したクリムゾンに鉄槌を下して、一気にシェアを取り戻す時がね」

「調子に乗るのは結構よ。でもちゃんと全て終わった後の根回しは出来てるの?」

ファイルを小脇に抱えた黒髪の女性、エリナの問いに、ソファーに足を組んで座った男、アカツキは事もなげに答える。

「勿論さ。各種分野で現状のクリムゾン製の製品に代替出来るだけの製品を用意してある。

この点については君の方が詳しいだろう?イネス博士と君の担当分野のはずなんだから」

「そうよ、私が聞きたいのは、アキト君達の処遇よ。全て終わった後、正体が明かされたらいかがするつもり?」

「その点も抜かりなく。テンカワ君達と僕達との関係には確証があがらないように工作済みさ。

いざって時は痛みはあの2人に味わってもらう事になるけど、復讐をする以上そういう事には覚悟があるはずだよね」

彼は冷血な人物であるのだろうか?もしこの言葉だけ聞いたのならば、誰もがそう判断する事だろう。

だが、実際にはただ冷血な人間では無い事を、秘書の彼女はよく知っていた。

会長であるから、まずは会社の事を。次に、人の希望を叶える。今回の件はその両方が実は合致した例なのだ。

「・・・・・・結局はアキト君達次第ね。今は彼らの復讐が成功するように、積極的に援助する他無いわ」

別に援助をしたくない訳では無い。冷静な彼女の口調からは勘違いしやすいが、彼女自身はアキトに肩入れしている。

「その援助の一環、そして僕達の希望の星であるユーチャリスはどうなっているのかな?」

「予定より3日遅れています。電子機器類のナデシコC規格部品の調達にミスが生じたみたいです。

・・・・・・変に急がせるのは良くないわね。戦闘力そのものはナデシコBや来るべきCよりも上の艦をつくっているのだから」

「ネルガルにとって『第2のスキャパレリ・プロジェクト』だからねぇ。

まあいい、完成が遅れている間に、プロス君には宇宙における敵性勢力の走査と分析を進めさせておこう」

機密費と会長警備費の推移は表面上数年前から変わっていない。だが、現実には実体は小国の予算にも匹敵する。

非公式の投機などによる隠された莫大な収益は惜しげもなくユーチャリス他計画の遂行の為に注がれているのだ。

もっともユーチャリス建造の場合は来るべきナデシコCと部品を大部分共有化する事により、意外に安価なのだが。

このプロジェクト、一連の計画は表にこそ出ず、全貌を知る者は僅か片手の指ほどだが、

重要性は遺跡、ボソンジャンプのコントロールユニットを回収する計画でもあったスキャパレリ・プロジェクトに同等する。

「・・・・・・やっぱり『火星の後継者』は宇宙に本拠があるのかしら?」

「だろうね。そして、どうやら『ヒサゴプラン』を隠れ蓑にして組織が散らばっているみたいだね」

「インターネットみたいな分散思考を取り入れているって事?」

「だけど、必ず核はある。意志伝達はこれまでの反応から決して早くは無いけど、中枢で命令を出している人間がいるようだ。

多分それは、前も言ったけど元木連中将草壁春樹さ。彼とその属僚は必ず一塊で行動しているはずだから、

その尻尾を掴んで敵の中枢を制するか、あるいは敵に蜂起させて姿を露にさせるか。いずれか2手の作戦がとれるわけだ」

そして、とりあえずは前者を目指す事にしている。アキトなどはその為に行動しているわけだ。

ただ、それは表向きの話。アカツキ自身は余人にこそ語った事は無いが、後者となる事を望んでいた。

その方が敵を根こそぎ殲滅する事が出来る。『火星の後継者』と反ネルガル企業群との関係が明らかになるわけで、

一気に勢力を逆転せしめる事が出来るのだ。勿論、前者に比べれば大きなリスクを背負う事になるのだが。

「・・・・・・ともかく、何もかもユーチャリスが無事完成してからの話ね」

「ナデシコCのもう一つの形だ、よろしく頼むよ、エリナ君」






























「全アヴィオニクス起動。艦内ディストーション・ブロック、全区画アクティブ」

「艦相転移エンジン1番2番始動、出力20%」

「FCSコンタクト。エンジンよりチェンバーへエネルギーチューブ接続」

「オモイカネ・ダッシュ、コネクト。艦内全システムオールグリーン」

機器に次々と光が灯る。そして、艦橋全てを覆い尽くすスクリーンが透き通り、外を映し出す。

いくつも浮かぶフライウインドウ。彼女の周りには、ウインドウの半球が出来ていた。

勿論、全てが見えるわけでは無い。足の下や背中に表示されるウインドウはとりあえず表示されているだけ。

彼女が情報を得る先は乗員の言葉と、右手を載せているIFSボール。データが直接彼女の中に流れ込んでくる。

情報の海。だが、気持ちは悪くない。むしろ母や、あるいは何かもっと大きなものに抱かれているような気分にもなれた。

(大丈夫、ラピス?)

優しい娘だ、オモイカネ・ダッシュは。オモイカネの記憶を引き継ぎつつ、人格は女性のものに変えられている。

いつでも彼女の事を気遣ってくれる。今でも向こうが勝手に張り合っている、マキビ・ハリとは大違いだ。

(うん、ありがと)





「大尉、全て大丈夫のようだね」

彼女の上官兼教育役のアオイ・ジュン少佐。人の良い、だが宇宙軍若手将校きっての逸材である。

ナデシコの事もよく知っている。今回ラピスと並んでナデシコBを指揮するのに相応しい青年だった。

「はい。いつでも出港可能」

手短に答える。彼女の後ろに設けられたシート(艦長なのに補助シートである)で頷くジュン。

「それじゃあ。ナデシコB、発進」





英雄の艦として知られるナデシコ、栄光の艦としてのナデシコCの間の艦。

ナデシコBはこうして産まれた。






























月に来ていた。

かつて人類がまだ地上にのみ逼塞している頃。月は自然界の神秘の象徴であった。

そして現に地球に人を可住せしめているのが、衛星たる月であった。潮汐は月の賜物だ。

その月に一般人でもいとも簡単にたどり着けるようになってから、100年。時は流れた。

人類は力を手にした。それも、科学の正統な発展の結果では無い、力を。

メカニズム全体から見れば第2種の永久機関として機能する相転移エンジン。どこにでも転移できるボソンジャンプ。

手にした力はあまりに大きなものであったのかもしれない。『大いなる計画』を地球連合に遂行せしめるほどに。

『大いなる計画』の第1期構築、『ヒサゴプラン』。人類はより高みを目指す為に、あるいは急いているのかもしれない。





それでも、月は周る。月は、優しいその光で人を照らし出してくれる。

白い地。太陽の光を乱反射する、だが眼に優しい場所。いつ見ても、綺麗だ。

「そろそろ着くわよ、ルリちゃん」

「はい」

シャトル外の障壁が下がる。そうだ、彼女達は非公然の存在なのだ。

景色が見えなくなり、少しだけ残念な気持ちになる。

「シャトルは第48番発着口に着くわ。その後はずっと車に乗ってもらう事になるから」

「わかってます。お任せします、エリナさん」

用事があるから、自分が必要とされているから、今ここにいる。彼女は勿論、よくわかっていた。







月面都市=フォン・ブラウン市は150年前より建設され続け、今も領域の広がる月の中心である。

人口250万人。月表面が『木星蜥蜴』に制圧されていた時期は人口も減っていたが、現在は回復している。

統合軍はこの都市を利用していないが、連合軍、特に宇宙軍はこの都市を東京、横須賀と並ぶ本拠としている。

太陽圏最大の造船施設群、造兵廠。軍需用のみでは無く、民需民生の生産も盛んだ。

その最大生産能力は未知数。見えている部分だけでもルール、日本太平洋ベルトと並ぶ、世界三大工業地帯だ。

この世界三大工業地帯を押えるのが、ネルガル。たとえ落ち目でも、他の工業地帯ほぼ全てを反ネルガルに押えられようとも、

この古くからの工業地帯を押える事で、言われている程ネルガルの力は相対的にしろ落ちた訳では決して無かった。

強大な生産力。それを支えるのは1万2000平方キロに及ぶ高性能太陽電池パネルと大戦後に設けられた12基の相転移エンジン。

特に後者の設置の結果、月面都市は膨大な電力を手に入れ、地球上とほぼ同じ0.9Gを保てるようになった。





進化を続ける都市。その中、ルリとアキトを乗せ、エリナ自ら運転する車はひたすら下層を目指した。

都市は主に下層へと伸びる。だが、宇宙港や造艦廠区画とは逆の方向でもある。

やがてネルガルの研究所正門をくぐり、エレベーターで車ごと一気に700m地下へ。

そこで車を降り、自動の、だが厳しいセキュリティチェックをくぐって。一つの広大な暗がりへと彼女らは出る。

その闇は本当に深かった。狭い部屋では無い事は、感覚でよくわかる。

「ここは、エリナ?」

アキトの問いに、彼女は軽く息を吸って―――





突如の光。あふれるばかりの力が押し寄せてくる。

一瞬掲げた腕。左手の指の隙間。そこに映された、巨大な艦影。

「これは・・・・・・」

ルリの呟きに応えるように。そしてまるで歌を歌い上げるかのように。エリナは告げた。

「既知人類最高の艦、ユーチャリスよ」


































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あとがき(短縮仕様)




やっとユーチャリスが登場しました。やっとですね、ホント。

これからは超スリリング(?)な展開の連続になる事をお約束します。道具はほとんど揃いましたから。

後はブラックサレナですが、それも次話登場です。これはもう確約しちゃいましょう。思い切って。

戦闘、戦闘。また戦闘。そしてユリカ救出へ。ネルガルの逆転にも条件が揃いつつあります。

さて、次話予告。敵「火星の後継者」の拠点を虚空に見つけ出すアキト達。

宇宙用にエステバリスを特化改造し追加装甲板をつけたブラックサレナを駆る彼。

そしてそれをユーチャリスから支えるルリ。その2人の行方には、やはりあの黒い影が。

第16話、舞台は虚空へ。お楽しみに(と一応言ってみます←おい)





やっとルリとアキトがくっ付きましたね。勿論思わせぶりな終わり方付きですが。

まあとりあえず今のルリにとっては幸せでしょうね。想い人と結ばれる女性は幸せです。

そうじゃない例は多いし、なにせ彼女には強すぎる"ライバル"がいましたから。

でも何にせよ、幸福は簡単に不幸にも転じます。そのあたりはまあ、皆さんお分かりかと思われますが。

この問題については以上にしておきます。停滞した流れは打破し、物語は展開部を迎えます。






それでは。次回もアキト×ルリで行こう!




今度は「ドラクエ5」をやってクリアーしました。いや、もう天空の花嫁万歳!(謎)

そういえば何となく「闇の花嫁」と語感というか似てますね。無意識下に意識でもしたのでしょうかね。

まあRPGでも主人公やヒロインは何かしら苦労するみたいですし、同じ物語の小説もまた、

苦労がデフォにならざるを得ないかと、ちょっと言い訳がましく。

とりあえず今度の5話はそういった苦労とか、心理的描写とかは控えめになって、

どちらかといえば活劇が中心になります。だって、歴史を動かすのは個人の行動ですし(かなり謎)

まあどうにか。どうにかこうにか全26話を完成させる為に一歩一歩進んでいきます。

―――以上、りべれーたーの手記より引用。



b83yrの感想

ルリとユリカの事も、火星の後継者の事も、やっと『本戦の勝負』が始まるようです

今までは、本戦の勝負というよりも、『本戦前の予選』とか『本戦勝負の前の準備期間』って印象でしたから

次話へ進む

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