「第71特務部隊、第1次跳躍実験を兼ね出撃しました」

「うむ、結構だ」

無限に続く暗闇。冷酷なまでの零度の世界。

その中、尚も熱い意志でこの世界を包み込もうとする者達があった。

己の為。または理想の為。いずれにせよ、信念は行動を正当化する、そう信じる者達だ。

小惑星帯の一角に陣取り、いわば孤立しているようにも見える彼らこそ、その実『世界の中心』―――

「しかし妨害者とは。閣下の理想を理解せん者達が多すぎますな」

「仕方あるまい。我々は彼らからすれば"悪"なのだからな」

純和風の部屋。どうして辺境にこれほどの設備が整った基地があるのだろうか?

潤沢な物資。全てはヒサゴプランという『大いなる計画』を隠れ蓑にした、彼らの逆襲計画。

その計画に賛同する者達の多さと、この計画の緻密さ、壮大さの為せる業である。

「だがしかし、次元跳躍は新たなる秩序の礎となるものだ。少数の犠牲はやむを得ん。

彼らが我々に反抗するという。ならば、なるべく多く苦しむ前に死を以って彼らの労に報いるのも、

一つの慈悲というものだろう。世の中には死よりも苦しいものがある事を知らずに済むのだからな」

座敷で木連軍人の制服を身につけ、端然と座す壮年の男。草壁春樹元木連中将である。

その彼の前にいるのは数名の青年士官。そして、彼らの前に浮かぶフライウインドウ―――空間窓には、

白銀に輝く女性の像の映像と、いくつかの報告書が示されていた・・・・・・





「それにしても閣下。かの男と魔女を援護している者達は一体?」

「ネルガル・・・・・・と決め付けたいところだが、そうもいくまい。証拠も存在せぬ。

重要なのは我々に反抗する勢力であると言う事のみだ。この件は諸君らの中にしまい、一兵卒には知らせるな」

「はっ。ですが、知らせるなというその訳は?」

「・・・・・・我々の存在はまだ表に出るわけにはいかぬ。何度も言うが多少の犠牲はやむを得んのだ。

"乙案"が発動するその日まで、彼らに対する備えは全て諜報部でのみ対処する事とする」

・・・・・・結果として草壁の判断は自らの敗北に繋がる事になる。

自分達の正体が明らかにならぬよう、こちらからの攻撃を控える。それはある意味間違いでは無い判断だった。

だがしかし、あまりに彼は軽視しすぎていたのかもしれない。「人の執念」を。





熱く血をたぎらせ、猪突猛進果敢な攻めを旨とする所のある木連軍人の中で、少し彼は変わった人物だった。

彼はただの正義漢でも無ければ、己の利益だけを図る小人物でも無い。しいて言うなら、冷徹な国家主義者という所だろう。

常に打算をめぐらせ勝つ為には手段を選ばない。大衆や兵達を煽りたてるが、自身は常に冷静。

聖典たるゲキガンガーすら彼にとっては道具であった。汚い暗殺も行った。白鳥九十九の件などはそうだ。

だがしかしながら、私生活そのものは清廉潔白である事は間違いが無かった。贅沢も確かにしない。

それは事実上の最高指導者だからかもしれない。確かに信念だけで動いても、それを補強する道具、戦力が無ければならない。

だが少しく彼は現実をかなり冷めた眼で観察しているようだった。あらゆるものが計算で成り立っているようにさえ感じられる。

それ故彼は大きなミスをした事はただ一度、『熱血クーデター』のみで済んできたのかもしれない。

いやそれすらも実のところ現状新連合の暗部に深く食い込んでいる事を鑑みれば計算のうちだったのかもしれなかった。





今のところ彼の計算は収支があっていた。抵抗者が出てくるだろう事も当然計算のうちだ。

被害を被ってはいるが、それすらも『火星の後継者』本体ではなくクリムゾンが肩代わりをしている形になっている。

昨今多少は煩くなったので北辰に任せたが―――ともかく、まったく彼の計算は揺るぎが無いはずだった。

その彼であるから、「人の思い」などと言う物が力に変わる事までは、計算のうちに入れられなかった。

そしてそれに足を掬われる事になる事を、また彼よりも更に深い読みをしている人物がいる事を、この時は予想だにしていなかった。



























Bride of darkness



第10話 『勝者無き戦い』











「隊長、全員揃いました。いつでもいけます」

通信越しに入ってくる声。狭い空間の中では抑えられたそれもはっきりと聞こえる。

多数のパネル、ウインドウ。レーダースクリーン内で複雑な動きをする、一つの光点。

それを"彼"は見つめていた。辛抱強く。まさに獲物を狙う豹の心境である。

「慌てるな。餌に喰らい付いたぐらいでは大魚を逃す。針まで飲ませるが肝要よ」

「・・・・・・その為には味方すら道具として使う、ですな」

別の男の声。隊の中では最年長だったか、"彼"よりも年齢はいくつか上だ。

「そうだ。これも理想の為・・・・・・」

レーダースクリーンの中で、緑色の光点が次々に消えゆく。今、最後の一つが消えた。

次に黄色の光点がぶつりぶつりと喪われてゆく。巨大な建物が壊れ、地を揺るがす音が、ここまで届いてくる。

7割が消える。そろそろだ、"彼"はその眺めの舌をぺろりと出すと、じっくりと唇を舐めとる・・・・・・

「いくぞ。"捉"」













ぴぴっ。コクピットの中に響くアラームに、彼の意識は引き戻された。

破壊の限りを尽くし。この基地でもはや生きている者はいないはずだ。二度と使えないぐらいまで、蹂躙し尽したのだ。

彼、テンカワ・アキトは今の今までその破壊に没頭していた。敵の歩兵を踏み潰し、滑走路に穴を開ける。

全てを焦土と化す。燃え続ける大量の燃料の為に、空は夜にも関わらず夕方ぐらいには明るい。

だがしかし、それもたった今まで。これより彼を待つのは、狩る側から狩られる側への転落―――

「ボソン反応、七つだと」

彼を囲むように何かが転移してくる。とっさに後ろに下がる彼。次の瞬間、凄まじい爆発がフィールドを叩いた。





「ぐうっ・・・・・・くっ」

ミサイル多数が地面に命中し、煙幕を作り上げる。一瞬喪われる視界。姿勢を立て直すのに精一杯な彼。

煙が晴れた時、彼の目の前には左翼から右翼にかけて機体がずらりと並んでいた。

6機までは灰色と黄系の色の組み合わせ。達磨に手が付いたような形。空中に浮遊している。

中央の一機のみ、紅。血を全身に纏ったような、人型の―――だが、彼はこんな機体など一度も目にした事が無かった。

「敵の新型?しかし、クリムゾンですら・・・・・・っ!」

独り言を言う間も無かった。敵が一斉に近づいてくる。その動きは非常に統制がとれていた。

スラスター全開。空にいる敵に対して地上で迎え撃つのは危険だ。後方に下がり、やり過ごそうとする。

エステバリスは快速の機体だ。宇宙でのステルンクーゲルはともかく、他の相手ならまず振り切れるはずだった。

だが―――相手は異常に速い。あっという間に3機の敵が追いついてくる。

見れば、足から炎を噴出していた。燃料式のスラスター、持続力はともかく加速性能は圧倒的に相手の方が上だ。

「くっ・・・・・・だが銃が無ければこちらのものだ」

敵はどの機体でさえ機銃やハンドガンを持っている様子が無かった。接近戦でなければいくら数が多かろうと勝てるはず―――

だが、その彼の目論見は極めて甘いとしか言いようが無かった。全てが彼の予測の上を行く、それは敵だったのだ。

ハンドカノンを連射。同時に右手のショートラピッドライフルも。一番先頭の敵の中央部を狙い―――全て外れた。

まるで魔術でも使っているかのような避け方だった。彼の射線を相手は完全に読んでいたのだ。

頭をこちらに向けて、くるくると回転。すると、まるで蝶が舞うかのようにするすると弾幕の外に逃れる。





追撃をかけようとして、だが彼にはその余裕が無かった。別の機体が正面に入ってくる。

「ちっ!」

ハンドカノンを連射。今度は命中。だが、全て弾かれた。

「ディストーションフィールド!」

重力波反応が微かに検出されていた。いつもは積尸気と同じようにディストーションフィールドを持たないが、

しかし緊急時だけ、正面だけに展開できる仕組みになっているらしい。

だが、それ以上分析を行っている暇は無かった。先程するすると彼の横をすり抜けて行った機体が、後ろにいる。

その右手が翻る。とっさに避けて―――それは細長い槍のようだった。どういう時代錯誤の装備だろうか?




そう彼が思ったとき、左膝に何かが命中。凄まじい揺れがコクピットを襲った。

3機目、彼の真横に位置した敵が投げつけた槍のような杖。それが命中したのだ。

アラートの数々。鞭打ちになるまで揺さぶられた彼が堪えて顔を向けた時、赤字の表示の数々が彼に現実を教える。

「そんな!」

左足の膝から先が潰れて千切れ跳んでしまっていた。ディストーションフィールドがあるにも関わらず、である。

つまり相手の投げてつけてきた杖はフィールドをどういうわけか貫通、膝から先をもぎ取っていったのだ。

先程杖を投げつけた2機はそれぞれ杖を回収しに行っている。だが、彼に休む間は無かった。

まだ正面で頑張っている1機に別の3機が加わって、一斉にミサイルを撃ってきたのだ。

「くっ・・・・・・」

背中のスラスターをふかし、上昇。ミサイルから距離をとりながら、ハンドカノンとショートラピッドライフルを向ける。

射撃。だが、左膝を喪ったのは痛かった。姿勢が定まらない。無駄弾を消費するうちに、ラピッドライフルが弾切れになる。

ハンドカノンで迎撃。なんとか全部を撃ち落す。けれど、敵は別にミサイルを攻撃に使ったわけでは無かった。

結論から言えば、今この瞬間、彼はボソンジャンプで逃げるべきだった。だが、その機を彼は逸してしまったのである。

数秒後、後ろに回りこんで来た敵機。うち2機が銛を撃つように杖を投げつけてくる。何とか回避。

しかし敵は尚も巧妙だった。左側面、杖を投げつける敵。なんとか身を捩って、ショートラピッドライフルを盾代わりにする。

爆発。凄まじい爆発音とアラートの音が混じってコクピットの中に鳴り響く。弾切れとはいえ、液体炸薬は残っているのだ。

右肩が外れかけるほどの衝撃を受ける。突き飛ばされるように空に舞い上がる彼。全然コントロールが効かない。

怪我の功名とでも言おうか、このお陰で別の敵がコクピットに向かって投げつけた杖は下を通過していったが―――





先程のミサイルが爆発した付近はまだ晴れていない。その中から煙を縫うように現れたのは、紅の機体。

突き出される右腕。目の前に迫る攻撃―――死の恐怖。アキトの身に漣が奔る。

スローモーションのようにすら見える。時が止まったようにも。恐怖が、彼を凍てつかせたのだ。

手の中にある杖。錫杖だ、やっと彼の目に槍のようなものの正体が映る。だが、あまりに鈍いこの機体、思うように動かない。

僅かに、ほんの僅かだけ動いた左腕。重心が動いて、奇跡的にコクピット直撃を避ける。

だが―――この一撃で機体は致命的な損傷を受けた。左腕がハンドカノンごと、紅い機体の攻撃でもぎ取られてしまったのだ。





地面に叩きつけられる彼の機体。かつては滑走路の司令塔だった残骸に突っ込む。

コクピットの中で跳ね回り、内壁に何度も叩きつけられる彼。流石の黒コートもこの衝撃は吸収できなかった。

両腕に胸を打撲。額が切れたらしく、血が右目の中に入り込む―――リンクで回復した視界が、昔のようにぼやけ始める。

痛覚はほとんど死んでいるから、まだ気絶はしなかった。だが、凄まじいショックは身体の内部から彼を傷つける。

「うぅ・・・・・・」

割れたヘルメットをどけて、左目でアラートの内容を読み取る。

機体大破。FCS異常、武装全壊。全スタビライザーに深刻な異常。胸部第1装甲板損壊。機体の放棄を推奨・・・・・・

アラートの向こう側、半分死んだスクリーンに映った光景。敵は完全に無傷だった。

無傷で投げつけた錫杖を回収して、紅い機体を中心に完璧に彼を半包囲している。逃げ道は、無い。

「くぅ。ジャンプしか、無いのか」

『・・・・・・くくく。愚かなり復讐人、罠に掛かった烏よ』

「北辰・・・・・・」

紅い機体よりの全周波通信。音声で入ってきたのは、間違いなく北辰の声だった。

彼の敵、仇。ふつふつと湧き上がる怒り、だが、今の彼に出来る事は何一つなかった。

武器が無い。両腕が事実上無く、片脚だけ。ディストーションフィールドはまだあるが、ほとんど無意味だ。





罠に嵌められた。敵はあえてこのような襲いやすい拠点を作り出して、彼を誘い込んだのだ。

うっそうと繁った森を東に持ち、しかも盆地。乾燥地帯のこの中央アジアには極めて珍しい地形だ。

そして中央アジアというのは軍の基地があまり多くない。その為襲撃は簡単なのだが、その代わり戦闘に気付かれる事も無い。

つまり、この状況を打破する要因が起きる事も、まずありえないのだ。彼は完全に孤立している。





『妖精一人いないだけでこのざまか。復讐など貴様には手に余るものだったな』

揺ぎ無く錫杖を構える北辰。耳障りのする言葉が、彼の意識に残る。

『全ては覚悟が足りぬ故の結果よ。貴様は所詮女と同衾する事しか出来ぬ、屑のような男だ』

「くっ・・・・・・」

怒りで頭が沸騰しそうだ。だが、不意に気付く―――自分はもうジャンプで逃げる事すら出来ないと言う事に。

エネルギー残量の所に目をやって、驚愕に目が点になる。エネルギーはもうほとんど底をついていた。

そう、こうなるように―――エネルギーが切れて機体ごとのジャンプが出来なくなるように、

北辰はあえて彼に基地を襲わせたのだ。非常に狡猾としか言い様が無い。

勿論、個人だけでジャンプをすればまだ逃げるチャンスはあった。

それを防ぐ為、ジャンプに集中させない為に、北辰はあえてこれほど無意味に話している。

『だが、屑のような貴様の人生もこれで終わりだ。さらばだ、テンカワ・アキト』

急変する鋭さで錫杖を突き出してくる北辰。未練がましく残る右脚とスラスターで飛び上がり、抵抗する彼。

だが、北辰が狙ったのははじめからその右脚だった。もぎ取られ、もはやコントロールも出来ずに空を舞う彼。

「動力反応消失・・・・・・これまでなのか、俺は」

エネルギー残量ゼロ、スラスターが切れ、モニターが暗転する。直後加わる衝撃、アサルトピットに亀裂が入る。

だが、この胸の最終装甲を抉る打撃で彼の意識は途切れた。もう、何か考える事すら、出来ない―――






























「アキトさん・・・・・・」

悲痛そうに顔を歪めて、両手を胸の前に祈るように組み。

頭に包帯を巻き、輸血用の管とマスクに覆われた男の前で、ルリは頭をたれていた。

傍らでは不安そうに彼女の袖を引っ張る少女。黄金の瞳が頼りなく揺れている、ラピス。

「ルリ、アキト死んじゃうの?」

掠れるようなか細い声で囁くラピス。細すぎる腕が震えている。

「ううん、ラピス。でも・・・・・・」

少なくとも死んではいない。外傷もさほど酷くは無い。だが、加えられたショックが大きすぎたのだ。

幸いにして内臓の損傷そのものは大きくない―――とはイネスの説明にあった。けれど、それは幸いにしか過ぎない。

もしこのショックに耐え切れずに死ぬ事があれば、快癒までの時間の長短など意味の無いものになるのだ。

「もうお休みなさい、ラピス。アキトさんも起きていたらそう言いますよ」

今はまだ夜中。子供の起きていていい時間帯では無い。もっともラピスは見た目以上に歳をとっているのだが。

見た目がルリより背が低くて子供みたいに儚いと、子供扱いしてしまうのだ。

「・・・・・・眠れない」

「寝ない娘はアキトさんに嫌われますよ」

随分これまで接触を断っていた割にはお姉さんらしい言動を取るルリ。

やはり自分がしっかりしていないと、ラピスにとってもかわいそうだとわかっているのだろうか。

不安に震えたいのは、実際彼女の方なのだ。だからこそ、あえて自分を律しようとする。

「さあ、お休みなさい。アキトさんは私が見ているから絶対に大丈夫」

「・・・・・・うん」

すごすごと、だが今にもその場で崩れ落ちそうな足取りでドアの向こう側に消えるラピス。





しばらくたって、誰も居ない事を確認してから。

不意に震え始める彼女。握り締めた両手がいっそう白くなる。堅く閉じられる瞼。

「・・・・・・ごめんなさい。私が、私がもっと早く到着していたなら」

かすれた声。不安が昂じて言葉が震える。

彼女の中にあるのは、絶望にさえ近い不安と、ひたすらの懺悔。早く目覚めて欲しいという感情。

「はじめて不安になるまで一歩も動こうとしませんでした。早く敵の意図に気付いて、止めるべきだった。

そうじゃなくても、一緒にいくべきでした。そうしなかったから、私がそうしなかったから・・・・・・」

全部自分のせいだった。客観的には彼女が彼を救ったのだが、少なくとも彼女にとっては、全部自分が悪かったのだ。

彼が傷つくのに耐えられない彼女。大事な宝物みたいなもの。無条件で護らなければいけないものだった。

その為に自分がいる、自分が彼の剣になり、鎧になるはずだった。そう誓って彼の近くにいるのだから。

彼は優しかった。道具になどならないでいいと言った。捨てる事は無いとまで言ってくれた。

だからこそだ、彼女にとって彼は生きる価値そのものだった。

「・・・・・・目を覚ましてください、アキトさん。私、アキトさんがいなくなったら、どうすればいいのかわからないんです」

ひたすら祈りを捧げる彼女。既に彼女の心は彼のものだった。彼女の心には、他の物は一切無い。

復讐心すら。元々家族だった、ユリカを想う心すら、彼女の心には存在しない。

彼がそうしたいから、それを手伝う。彼の側にいたいから、ユリカを救う。

別にユリカが嫌いな訳では無い。家族だから、勿論側にいたい。でも、何よりも、いや彼女の全てがアキトに向いていた。

別に一切科学者達を憎んでいない訳では無い。だが、それは復讐心に変わるほど、強い感情では無かった。

戦う理由は全て彼がいるからだった。心情的に迷子になった彼女には、行く手を照らす光がどうしても必要なのだ。





「・・・・・・私、アキトさんが好きです」

恐る恐る、おずおずと。眠ったアキトに語りかける彼女。細かく震え続ける身体。悲痛な、静かでいて何かを訴えかけるような声。

「アキトさんがいないと、生きていけない。どうしようもなく、身体がアキトさんを求めるんです。

いけない女だと思います。アキトさんにはユリカさんがいて、ずっとアキトさんの瞳も、ユリカさんの方に向いていて・・・・・・

こういうのを横恋慕って言うんでしょう。でも、どうしても・・・・・・アキトさんの側にいたいんです。

いつも優しい笑顔をアキトさんはくれます。大事な思い出も、アキトさんにもらいました。人になれたのも、アキトさんのお陰。

だから、いちどくらいは、本当の意味でアキトさんの役に立ちたいんです。こんな、ただの"性能"だけじゃなくて。

それが、言わば女として役に立つ、そういう事だとわかりきっていてこんな事を言う私。不潔で愛される価値の無い女かもしれません。

本当は私だけをアキトさんに見てもらいたいだけ・・・・・・なのかもしれません。でも、どうしても私、求める気持ちが止められなくて。

アキトさんじゃないと駄目なんです。だから、目を覚まして。私を見て・・・・・・」

乙女の捧げる祈り、秘かな、だが痛いほど一途な恋。黄金のきらめきの先で、愛しき人が振り向く日はいつか―――






























「ったくよぉ、いつまで待たせやがるんだ」

広い格納庫に響く"女"の声。凛々しい顔つきの、荒削りなだけで実はそれなりの美女である。

キャットウォークを歩きながら、傍らにいるスパナを握った"職人"に文句を一通り並べ立てている。

「本当は2日の予定が今日入れて4日に伸びやがった。シックルで待ってる連中をもっと鍛え上げねえとなんねえってのに。

新入りもいるし、なるべく早く基地に戻りてぇってのによ・・・・・・」

月基地。いくつか月には基地が存在するが、『月基地』と単純に言った場合は、連合宇宙軍のフォン・ブラウン市基地の事である。

ネルガル系の企業がずらっと並ぶ都市であり、基地含めてネルガル及び宇宙軍の、東京と並ぶもう一つの拠点だ。

落ち目とはいえネルガルの職員が10万、宇宙軍の人員が8万。240隻もの艦を抱える宇宙最大の拠点でもある。

その一角、ネルガルの第4開発ハンガーにて。その方面では著名な統合軍中尉スバル・リョーコと『燃える技師』ウリバタケ・セイヤが

並んで歩いている事を、数百名の兵士及び技術者達が確認している。

「すまんな、中尉殿」

「お前に言われると何かむずむずすんだよなぁ・・・・・・前どおりリョーコでいい」

「じゃあリョーコちゃん。まったくすまん、2日前にどうしても外せない仕事が入ってな、調整が遅れちまったんだ。

まあそいつのお陰でとりあえずデータ採りは終わってるし、後は軍最高のパイロットの評価を採りたくてな」

「わーってるよ、そんなこたぁ。で、俺を待ってるエステってのはどれなんだ?」

相変らずの男言葉。姿が無くて、声が高くなかったら、文字通り男と勘違いしてしまうだろう。

「ふっふっふ、その言葉を待ってたんだ」

「前置きはいいから、ちゃっちゃと見せてくれ」

ぱちんと指を鳴らすウリバタケ。すると(明らかに誰かが用意して)ハンガーの一角の照明が付き、機体が姿を現す。

注視するとマントみたいなのを羽織っていて、それがぱさりと落ちると同時に、機体が見えるようになったのだ。





「わっ!」

「ふっふっふ。これがウリバタケ謹製、装甲強化型エステバリスだぁ!!

胸部に装甲を追加して、巨大な機動用ウイングを付けた、入魂の一作だぜ」

リョーコのパーソナルカラーである紅の機体。肩にはごてごてと追加装甲にバーニア3つと直線状の翼が付き、

足回りにも装甲が付いている。そして左手には、ちょうど「テンカワSpl」に付いていたのと同じハンドカノンを装備している。

「どうだ、声も出まい。俺様の、俺様による、俺様・・・・・・じゃ無く、リョーコちゃんの為の機体だからな!」

やけに芝居がかって話すウリバタケ。だが正直、リョーコは呆れていた。

「・・・・・・この機体を隠してたステルスシートの方が使えそうだけどな」

がくっ。あやうくキャットウォークからずり落ちそうになる彼。尚もリョーコの指摘は続く。

「大体これ、もはやエステじゃねぇだろ。重力波アンテナもたった一つしかねぇし、バッテリーに頼りすぎてる。

しかも装甲のせいで特に足回りの格闘がかなり難しくなってるし・・・・・・俺の"エスカス"の方が使えそうな気が」

"エスカス"とはエステバリスカスタムのリョーコなりの呼び方である。

「ま、まあ。採用するかしねぇかはリョーコちゃんの自由だがな。とりあえず2日間はこれのテストパイロットを務めてもらうぜ」

「・・・・・・はぁ」

溜息を付く彼女。まさかこの機体が実戦に投入されるなどどは、この時の彼女には予想も出来ない事だった。






























「・・・・・・お前がしくじるとは、本当に珍しい事だな」

「申し訳ありません。処罰は覚悟しております」

ほとんど同時刻。月からは数億km離れた宙域にて。

世界の果てにして中心。よくわからない位置にあるこの座敷にて、2人は向き直っていた。

「・・・・・・構わん。彼らを殺すも生かすもお前の判断で行くとよい。

こちらはまだ大きく動く事は出来ぬ。叩き潰すにしても小出しにしか戦力は抽出出来ないからな」

上級指揮官用の制服を着こなした男、草壁と、編み笠の男、北辰。

表と裏。彼らは互いに不可分の存在としてある。どちらかが欠ければ、実力は発揮されきらない。

「真の敗北はこちらの手の内を明かす事にある。そうでなければ、いくら戦場で負け続けても構わん。

それよりはお前の身こそ私は心配だからな。計画の遂行には、お前がいなければ困る」

「・・・・・・御意」

「では、何も無ければ下がってよろしい」







公式には存在しない割には、いやどのコロニーよりも盛んなこの地。

工廠では弾薬小火器類は勿論、機動兵器積尸気の量産、果ては艦艇さえ作り出されている。

本当にこれが地を潜る組織の力なのだろうか?資材の輸送手段は?艦艇や兵器の隠し場所は?

勿論、北辰は全て知っている。メインターミナルコロニー『アマテラス』他、幾つものターミナルコロニーより、

秘匿されて航路が引っ張られていると言う事を。この小惑星もまた、一つのターミナルコロニーなのだ。

その為にクリムゾン他反ネルガル企業群より今日も潤沢な物資と資材が届いている。

世界の果てにして中心である所以である。





自室に向かいながら、数日前の顛末を思い出す彼。

握り締めた手が白い。自分の犯したミス、迷いに憤っているのがよくわかる。

本来なら、迷わず殺すべきだった。敵は敵なのだ、捕虜にする意義は無い。

皆殺しにしてきたのが彼の流儀であり、またそうしなければ自分が殺されるのだが―――









右肩以外の四肢をもぎ取られ、最終装甲板さえ傷つき、エネルギーを喪って墜ちていく敵機。

地面にたたきつけられ、もはや動こうともしない。彼は、勝利していた。

(この程度に過ぎないとは・・・・・・つまらん。実につまらん)

「止めを刺せ」

多数で少数を叩き潰すのが彼の戦い方だ。だがしかし、ごくたまに互角の敵手と戦いたくもなる。

この男、テンカワ・アキトにも密やかにそれを期待していたのだが―――見込み違いだったようだ。

よく粘りはした。さすが初期からのエステバリスライダー、一流の乗り手だけはある。だが、それだけだった。

彼は冷静な眼で動かなくなった敵機に止めを刺しに行く僚機達を見ていた―――その時に、異変は生じた。





ボソン反応。直後に姿を現した、新しい敵。その両手が翻る。

次の瞬間、先頭をいく3機の四肢の一部がちぎれとんだ。散開する味方。

切っ先はほとんど見えなかった。だが、彼にはわかった。

「糸使い・・・・・・妖精か」

生身で一度引っかかっている。しかし、それだけだ。二度と自分には通用しないだろう。

それがわかっているのか、新しく現れた改造エステバリス―――実験機に見える、実戦にはほとんど耐えられないだろう

―――はその一撃を喰らわせただけで、あとは一目散にテンカワ・アキトの機体に向かった。

彼に対して背中を晒しているその機体。はっきり言って、殺すのは簡単だった。手にある錫杖だけで十分だ。

だがこの時、彼の頭の中を雑念がよぎった。





「なるべくホシノ・ルリは再度確保してくださいな、北辰殿」





優男の言葉。それを思い出して一瞬躊躇った、それで終わりだった。

妖精の機体はテンカワ・アキトの機体に飛びつくと、早速ボソンジャンプで逃げてしまった。

残されたのはボソンのきらめき。大魚を、彼は逸してしまったのだった・・・・・・









「愚かな・・・・・・」

研究者の言葉を戦いの最中に思い出すとは。まだまだ彼も精進が足りないのかもしれない。

あの時に殺しておけば―――これからそう思い続ける事になると思うと、後悔の念は募る。

「・・・・・・次は必ず殺す。テンカワ・アキト、そしてホシノ・ルリ。首を洗って待っているがいい」

それが彼の決意。火は大きくなる前に消すべきだ―――たとえ火傷するとしても。































「いや、ホント困りましたなぁ」

オフィスにて。赤ベストを整える彼特有の仕草をしながら、プロスペクターは目の前の少女にぼやいてみせた。

「テンカワさんにお渡しした機体は大破、ルリさんが乗られた機体も動力系統が焼ききれてしまってまして。

あの機体は実験機だから実戦には使えないと何度か説明したはずでしたが」

「・・・・・・ごめんなさい」

ぺこりと一礼。その通り、ルリは勝手にアルストロメリア試作一号機を持ち出して使用したのだ。

ひそかに作らせていたワイヤーカッターを持たせ、そのお陰でどうにかアキトは助かったのだが、

しかし彼女自身は元々厳禁されていたものに手を出した訳だから、処罰は覚悟していた。

「あ、いや。お陰でテンカワさんのお命は助かったわけで。結果オーライです。

ですが問題は山積していまして。あなた方に引き渡せる機体が一切無くなってしまったのですよ。

その上で現在このような情報が入りまして・・・・・・」

ルリの前に映し出されたフライウインドウ。そこにはかなり大きめの施設が映し出されていた。

文字情報もあわせて読んで―――彼女は軽く目を見開く。これはかなり重要な手がかりだった。

「ボソンジャンプの研究施設ですか」

「だけではなく、テンカワさんが襲われた機体の設計もまたここで行われていたようですな。

クリムゾンの有する最大の秘密研究施設。ネルガルは数年来この施設の在り処を捜し求めていましたが、

ついにその位置を発見する事が出来たのです。ですが、しかし・・・・・・」

「戦力が無いと」

この会話の文脈からして、そういう推測は成立する。

「はい。テンカワさんは重体、機体は無し。ネルガルシークレットサービス実働部隊以外、手駒が無くて」

「それは大変ですね」

大変だった。シークレットサービス実働部隊はアキト救出より1年以上経った今もまだ万全の状態までは回復していない。

「そこでルリさんにはスナイパーとして、実働部隊にこの作戦に限り加わっていただきたい、それが今日呼び出した目的でして」

「・・・・・・私よりずっと相応しい人材はいると思うのですが」

ルリの感想だった。彼女は確かに優秀な射手だが、しかしネルガルの中で他にそういった人間がいないとは考えづらい。

「数の問題です。これは月臣君からの依頼でもありまして、私としてはなるべく彼の希望に添うように・・・・・・」

「わかりました。アキトさんもこの話を聞いたら、勿論参加したでしょう。

この身が必要とされているのなら、至らない身ですが微力を尽くします」





こうして彼女はネルガルシークレットサービスとの共同作戦に参加する事となった・・・・・・


































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あとがき(軽量仕様)




第10話、アキト君がこてんぱんにやられてしまうお話でした。

個人の力というのは小さなものでして、彼もまた集団を前には勝てなかった訳です。

問題なのはルリルリの方で、彼女は今のところ敗北の洗礼を浴びてはいませんが

―――さて、次話あたりでどうなるかは、作者のみ知るところであります。

次話はルリルリ行動記とらぴらぴの二本立てで進めていきたいと思ってます。





予定よりも内容を軽くした第10話ですが、結局あまり一話に内容を詰め込みすぎるのも、

読む側にせよ、書く側にせよ複雑になってわかりづらくなってしまうようなんですよね。

というわけで、第10話は軽量仕様となりました。そして、あとがきもあまり重くするのはあれなので―――






―――次回もアキト×ルリで行こう!




・・・・・・とか言いつつちゃっかり黒塗りは書いていたりする。

この話を書いている時、高校の友人達とボウリングに行ったのですが、その帰りにシューティングゲームをやりまして。

実際やってみるとあたらないあたらない。10発撃って1発しかあたらないという情けない状態でした(涙)。

一方防衛大学校に『採用』(合格ではない)されて結局行かなかった友人の方はめちゃくちゃ上手くて。

話を聞くと二度目だと言う事だったのですが―――やはり向く人は向く人なりに、才能があるんでしょうね・・・・・・

まったく何を言いたいのか謎な事を打ちながらあとがきにするりべれーたーでした。


b83yrの感想

草壁っていうのも、良く解らんキャラでして

はっきりとしているのは、『火星の後継者のリーダー』だって事

でまあ、あれだけの事を起こした人間なんだから、それなりのカリスマ性を備えている筈・・・・・・・とは、思うんだけど、ちと、思い出してみてください

『オウム真理教の教祖』 『どこぞの『民主主義人民共和国』の将軍様』

この辺りの連中に、『カリスマ性』なんて感じます?

でも、『信者』は居る訳です、正直、私にはあんな連中信じるなんて理解不能ですが、居るモノは居るという『現実』は間違いなくあるんだから

「まあ、そういうもんでしょ、信者にしか解らない『何か』があるんでしょ」

とでも言われてしまえば、それまでですが

それでも、どうも、二次創作の誰の草壁像をみても、しっくり来ない、『本編の草壁だけ』見てても、それだけのカリスマ性を備えているようには見えない

正直言うと『自分のSSでの草壁像』ですら、しっくり来て無いんです

仕方ない事だとは思うんですよ、そもそも、草壁の出番自体が少ないし、こういうキャラは、『結果から逆算して行った、草壁像』にならざる得ないんだから

でも、数学なら結果から逆算して元の方程式を見つける事も出来ますが、それでも、『途中の計算式が間違っていたら』正しい、元の式にたどり着く事は出来ないでしょ

そして、人の世ってモノは、もっと複雑な上に『誤算』がつき物な訳です

話はわき道に反れますが、時々、『結果がこうだったから、こいつの意図はこうだっ!!』と決め付けた発言する人も居ますが、私はそういう人見てると呆れてしまいます

『あんたの人生には、『誤算』は無かったの?、』

『自分の意図を意図の通りに伝えられなくて、困った経験も無いの?』

『他人の意図を勘違いしてしまったような事は無いの?』

『自分の体験』だけでも、『結果から逆算して、意図をきめつける』事の危うさぐらい、想像出来そうなモノなんですが

『解らないモノを解らないモノとして扱う』ことだって、大切な事でしょうに

で、元の話に戻ります

『この作品の中での』草壁像としては、これで良いですし、問題は感じないんですが・・・

まあ、これは私の個人的な感想なので

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