「敵の策源地の一つがわかりました」
7月中旬の蒸暑い日。エアコンの効いたこの地下施設ではよく季節感を喪失する事がある。
彼の前に現れた少女―――ホシノ・ルリも例外では無く、防弾機能を兼ね備えた黒コートをいつものように着こなしていた。
「本当か、ルリちゃん?」
彼、テンカワ・アキトはこの報を待ち望んでいた。とうとう具体的に一歩踏み出せるのだ。彼の復讐の一歩が。
「はい。分析にはオモイカネも参加して、その結果97%の確率で敵の物資集積倉庫群兼研究施設と出ました。
敵の本陣に一歩近づくので、今度の襲撃からは気が抜けなくなりますね。もう少し分析と偵察を進めたいと思ってます」
もっとも今までとて一度も気を抜いた事は無いのだが。より用心が必要なレベルに到達したと言う事だ。
今までのようにただの「関連施設」を襲うのとは訳が違う。研究施設と言っても大規模で、かつ警備も厳しかろう。
はじめて敵兵士、あるいは敵工作員と交戦する事にもなる。準備はいくらしてもし足りないほどだ。
「そうか・・・・・・とうとう来たんだな、この時が」
手をぎゅっと握り締め、彼は思索におちる。ここまで来るのに結構時間が掛かったのだ。
ただ闇雲に突き進めばいいというものでは無かったし、これからもそうだろう。
彼はなんとしても手がかりを得るつもりだった。ユリカを取り戻し、奴らを叩き潰す為の―――
Bride of darkness
第8話 『薄桃色の少女』
水槽。透明な液体。その中に、彼女は浮かんでいた。
肺まで入り込んだその液体から直接酸素をもらい。まるで死んだように眠っている彼女。
そう。彼女の意識は実験の時以外に必要とされていなかった。だから、こうして眠らされている。
まるでモルモットを扱うかのように。いや、モルモット以上に彼女は不幸だ。心があるのだから。
だが、その心ももはや死にかけていた。
入れ物たる身体の方で行われる数々の実験。それはあまりに苛酷。
その苛酷さに、まず彼女の心はダメージを防ぐ為に閉じられた。
次に、何の外的刺激の無い世界への逃避。それは、彼女のアイゼンティティをじわりと崩壊させていく。
他者と自分。それを区別する事が段々難しくなってくる。
少なくとも他者それぞれの間の区別がもうほとんどつかなくなって久しい。
彼女にとって外界は苦痛そのもの。他者はみな、彼女を利用して実験を行う者達。
いや。ただ一人だけ。あの爬虫類のような眼を自分に向けてくる男だけは、別―――
彼は彼女に何もしない。だが、何もしないにも関わらず、恐怖と圧迫感を彼から彼女は受け取った。
彼女を一度ここに移す為に誘拐した。それ以外は何の接点も持たないはずなのに、彼を見ると彼女の心は凍りつく。
そしてそのお陰で、彼女の心にはまだ辛うじて感情というものが残されていた。おかしな事ではあるが―――
水槽の中で目を覚ます彼女。ここに来る前から、10年以上も昔から彼女の毎日はこの中ではじまっている。
一度も外に出た事が無い。水槽を出てもほとんど同じ部屋で、実験ばかりが行われてきた。
世の中には朝と夜という概念があるらしい。だが、彼女はそれを知識として持つだけで、一度も体感した事は無い。
この壁の向こう側には広い世界と透き通る青空があるらしい。でも、彼女の瞳は一度もそれを映した事は無い。
彼女の世界は狭かった。この部屋だけ。科学者達だけ。そして例外として、編み笠の男。
社会に出る事さえ期待されていない。それどころか、奴隷のような労働さえ、期待されていなかった。
彼女に期待されているのは、ただその身体のみ。データ採りと実験の素体としての役割だけ。
百科事典はIFS越しに全て補助脳に格納されている。法律だって、全部知っている。情報としては。
だが、それを自分や他人の為に利用する機会を持つ事自体、彼女にはありえない。
水槽の水位が下がる。液体を肺から吐き出して、彼女はうずくまった。立つ為の体力消費さえ彼女には惜しい。
水槽のケースが開き、彼女は引っ張り出される。科学者の一人が彼女の腕に注射を打ち込む。
食事の代わりだ。これでも前いたところなら、チューブで一応食べさせてもらえたのだが。
科学の進歩は人に幸せをもたらすと信じ込んでいる者がいる。
22世紀最後の年の今ですら、科学者達の多くがそう信じ込んでやまない。
だが。彼女の待遇を見てそれが言えるだろうか?彼女は少なくとも、科学の進歩とやらのせいで常に辛い目にあっている。
彼女も普通に生まれれば、普通の女の子として生活が出来た。
けれど、生まれなかった。そして、科学者達のエゴで彼女の身は二転三転としたのだ。
たとえ科学に技術が進歩したとしても、扱う側の精神性が向上しなければそこには不幸が生まれる。その例であろう。
科学者達はいつも彼女に対して乱暴だった。
薄桃色の、透き通るようで綺麗な髪。それを引っ掴んで彼女を引き摺り、拘束台に括りつける。
繊細できめ細かい白い肌。その上に無造作に電極やシール、コードを貼り付けてゆく。
ほんの少しでも彼女が嫌がる素振りを見せたら、容赦無く殴りつけてくる。
あまりに発育が悪いので、両腕両足を拘束して、無理やり機械で引き伸ばしてきた事もあった。
ともかく。この科学者達はいつもそうだ。自分に娘がいても、こんな事をするつもりなのかもしれない。
勿論いるはずが無いが。人との付き合い方が下手くそだから、彼女にもこんな酷薄な待遇を与えられるのだろう。
「ホシノ・ルリには逃げられちゃったからねぇ・・・・・・。貴女で埋め合わせをしないといけないのよ」
女の科学者の言葉。主任と呼ばれていて、たまに来る優男風の科学者とかなり親しげに話している事がある。
ともかく彼女ははじめてこの時『ホシノ・ルリ』という存在を知った。
知ったからといって何の感慨も浮かばなかったのだが。『ホシノ・ルリ』が実験を受けようが受けまいが、彼女には関係が無い。
ただ、この言葉の以後、より彼女に対する待遇は苛烈になった。
その点で、僅かに残る彼女の意識は『ホシノ・ルリ』に対して少々の悪感情を抱いている―――かもしれなかった。
しれないというのは、彼女にとって僅かに残った意識というのは荷物そのものであり、存在そのものを否定したいものだから、
意識で何を思っていようが関わりが無いという事なのだ。何も考えずにいたいのだ。そうすれば苛烈なものも苛烈で無くなる。
要は彼女自身、自分が動物や人形である事に志向しているのだ。その方がずっと楽だからだ。
だが彼女は人であるので、人でしかありえない。育ち方が何であろうと結果として人として目覚めてしまっているので、苦しむ。
もっともそれは科学者達がそう仕向けたのだが。本当に彼女が人形であると、あまりに面白みが無いからだ。
口では「試験体、人形」と言っていても、本当に無抵抗の人形を扱うのではあまりに味気がなさすぎる。
どうせ人間を扱うのなら、人間として苦痛に喘ぐ姿を見た方が面白いと言う事だろう。
それなので彼女に知識や情報を与えてきた。その為に彼女は歪んだ精神ではあるが、人となってしまった。
女科学者の手にスイッチが握られているのを見て、何の感慨も抱かずにはいられない。
(怖い・・・・・・やめて、もうやめて。痛いのは、嫌。ずっと辛いのは、もう嫌・・・・・・)
死にかけた心が微かに思う事。それはこの境遇から逃げ出したいという事だけだった。
勿論ただ逃げるだけでは、捕まる。どこに行っても実験だけされる。
だから、死んでしまいたい。心が死ねばいい。辛いのから逃げられるのなら、感情なんていらない―――
恐怖と苦痛に満ちた一日が終わる。
水槽の中に戻されながら、その実彼女は安堵していた。
とりあえずこれで、痛くは無い。肌にまとわりつく液体の感覚はいつまでも慣れないけど―――
苦しいのは嫌。痛いのも嫌。だから、ずっとこの水槽で眠っていたかった・・・・・・
「ナデシコBの建造は工程30%まで終了しました。また、ナデシコフリート試作艦ユーチャリスも月秘匿1番ドッグで建造中です。
・・・・・・恐らく昨今の情勢から言えば、ユーチャリスが採用される見通しはゼロだから、アキト君達に渡す事になるでしょうね」
ネルガル会長室。少数の人間によって策謀が行われる世界にいくつかあるポイントの、ここは重要な一ヶ所だ。
後世の歴史家達は言う―――この巨大な黒檀の机から数々のアイディアは産出され、歴史を紡ぎ出したと。
まあそれはともかく。後世で無くともこの現場に立ち会う者達は皆、自分達こそが歴史を作る事を誰よりも知っていた。
今は落ち目だが、逆転に向けて着々と戦略は積み上げられている。そして只今もまさにそうだ。
「ユーチャリスの件はそれでいい。あれは完全な実験戦艦、ナデシコBが来るべきナデシコCのデータ採りを目的とするなら、
ユーチャリスは次世代の武装を試す為の艦だからね。無駄は駄目だけど、金に糸目をつける必要は無いよ。
それに、今の情勢をひっくりかえせれば、ナデシコフリート採用の可能性はぐんと高まる。
その時の為にもナデシコフリート中枢艦の一番艦たるユーチャリスは、一隻で戦況をひっくり返せるぐらいの艦じゃないとね」
アカツキは道楽男である。だがしかし、経営戦略をいわばゲームとして扱えるほどの、一流の経営者でもある。
彼の視線は綺麗な受付嬢や売り出し中のアイドルに向きつつ、ちゃんとその先の事もどうやら見えているようなのだ。
「統合軍の中に謎の敵勢力が隠れているのは間違いないわ。つまり、一度蜂起が起これば、統合軍はガタガタになる。
その間に私達が宇宙軍と共に勢力を回復して、ナデシコフリートを中心に売り込んで軍需産業界の覇権を握る・・・・・・
まあ、理想的に決まれば素晴らしい成果になるでしょうね。アルストロメリア計画もおおむね上手く行っているし。
でも、何より私達には問題があるはずよ?ナデシコB及びCのメインオペレーターをどうするのか、めどはついたの?」
それはアカツキの担当だった。エリナがイネスと共に兵器関連の充実を担当し、彼はプロスペクターと共に人材の方を担当する。
だが、おおむね言ってこれは進んでいなかった。微かにアカツキの顔色が悪くなるあたりから、それはわかる。
「いや、てんで駄目だね」
「あっさり言うのね」
「だってルリ君しかいなかったんだから、どうしようも無いじゃないか。
どうやら社長派が一人、ルリ君と同じようなIFS強化体質者を持っていたようだけど、それも行方不明だし。
ワンマンオペレーション艦とは言うけれど、本当にワンマンで運用するには、ルリ君で無いと無理なのさ」
いくつか開くフライウインドウ。それらにワンマンオペレーションに必要な能力が数々示される。
「マキビ・ハリって子はどうなの?あの子もIFS系の強化体質者でしょう」
「マキビ君は駄目だね。そもそも彼は来るべき未来、一般人がよりIFSに適応できるようにというテーマで
遺伝子改良を受けた、いわば実証例としての強化体質者だからね。
ルリ君のような量産やコストを無視してひたすら能力を追求した実験例としての強化体質者には
能力面で及ばないよ。ほら、姿外見も全然違う」
マキビ・ハリとホシノ・ルリの等身大映像が映し出される。比較して、確かに明らかだった。
「そうね、ルリちゃんは黄金の瞳に銀の髪、人間というよりも妖精、別の生物として作られた趣があるわね」
一方マキビ・ハリは「普通の」外見である。碧い瞳の奥や黒髪の一部に煌きみたいなのはあるが、一般人と変わらない。
エリナも納得したようだ。残念ながらワンマンオペレーションシステムは、まだどんなオペレーターにでも扱えるというほどには、
システムとして成熟していない。一度も実戦を経験した事のないシステムだからだ。
「マキビ君はサブオペレーターとして用意しているけど、やはりシステム本体を全て扱わせるのは避けたい。
ああ、ルリ君がアキト君の復讐の手伝いを諦めてくれればよかったんだけどねえ」
「・・・・・・それだと、ユーチャリスは誰が操縦するのかしら。まさか置物にしておくつもり?」
「まさか。こうなった以上、ユーチャリスは完成次第ルリ君の物だよ。ナデシコB以上にデータを集めてもらわないと困るし」
とはいえ、これは随分先の話である。ユーチャリスの完成は早くて来年1月だからだ。
「完全ワンマンオペレーション艦兼次世代グラビティブラスト砲艦、そしてハッキングを手段とする戦艦。
実際ナデシコBを諦めても問題は無いんだけど。ナデシコBは宇宙軍に提供する約束を一年も前にしちゃったからねぇ」
約束は反故に出来ない。そしてどうせナデシコBが建造される以上、ナデシコBも有効に利用したいところだった。
勿論この場合の有効利用とは「宣伝としての」利用である。そしてそれはナデシコBの次、ナデシコCにも言える事だった。
ナデシコCの建造案はまだ複数存在するが、一応今のところ有力なのは、相転移砲艦と情報処理戦艦である。
最終的にはこの2案が合わさって、条約下唯一の(相転移砲"使用"は終戦条約で禁じられている)
旗艦型(情報処理能力が高いので、旗艦に使用できる)相転移砲装備戦艦となるだろう。
どちらにしてもディストーションブレードは3本装備、強力な重力波通信装置がブレードに備え付けられ、
極めて強力な情報戦闘艦、ハッキングを武器とする戦艦となる。
その為にホシノ・ルリ級のIFS強化体質者が必要なのは勿論、圧倒的な戦果を挙げる事が確定的なので、
『アイドル』も必要となるのだ。この点マキビ・ハリだと(少年愛の)女性人気はともかく役者不足になってしまう。
『アイドル』擁する新型艦が敵をまとめて制し、それをネルガルが売り込む。これがナデシコCにまつわる(広告)戦略である。
これを問題なく実現させる為に、すなわち『アイドル』に元々それなりに著名なホシノ・ルリをもってくる為に。
アカツキはアキトの手伝いをする事をルリに諦めさせようと、色々と画策したのだが―――全て裏目に出てしまった。
結局彼女は様々な試練に耐え切り、アキトの手伝いをするようになってしまった。
この為、当然『アイドル』は別の人間を持ってこなければならないのだが・・・・・・
「まったく、どうしたものかな」
彼の下に一つの報が齎されたのは、数日後の事だった。
凍えるぐらいに冷徹な瞳。金色の輝きがスコープの中で軽くきらめく。
対物スナイパーライフル。大口径の12.7mm×99重機関銃弾を使用するこれの射程は1.8km以上。
一応車両や建造物を狙う為のライフルだが、その長大な射程距離は敵の射程圏外から攻撃できるので
対人用のライフルとしても使用される事が多い。いや、その使用法がスナイパーにとっては正しい。
法律及び条約では対人使用は禁じられており、行った者はそれだけで最高刑死刑の重犯罪に問われるのだが、
彼女―――ホシノ・ルリにとって法律などあって無いようなものである。
そんな法律を守ってこちらが殺されるような事は避ける。彼女の今生きる世界はそういう世界である。
特殊工程で作り出された倍率可変式50倍スコープ。赤外線探知も可能な、それだけで100万円もする代物。
それを覗き込み、ターゲットに狙いをつける。防弾コートを着込んだ兵士。手にはブルパップ式の突撃銃。
10倍から走査し、兵士の胸で30倍に引き上げる。細かく心臓の付近をしっかりと狙い定めた。
「この作戦は強襲殲滅でいきます」
数時間前、機内。いくつか浮かんだフライウインドウ、その中概要図を指し示しながら、彼女は解説した。
「敵戦力は2個歩兵小隊。これらのうち常に2個分隊が施設周囲の警戒にあたっているので、
今までのように襲撃に気付かれないで敵の数だけを減らす事は出来ません。
まず私が先行してS1ポイントに布陣。ここから短期で正門方面の敵一個分隊をアーマーライトで掃滅します」
アーマーライトとはこの場合、彼女の使用する対物スナイパーライフルを意味する。
「次に裏門方面B1からB4を私が高エネルギーミサイルランチャーで、B5とB6をアキトさんが攻撃して、
敵の動きを封じます。この時点で敵は正門からA2ポイントにかけて主力を集結し、臨戦態勢に入るでしょう。
アキトさんは・・・・・・危険ですが、正門から侵入、敵をひきつけて下さい。
その間に私はA4方面に移動、裏門付近の敵を全滅させてから、A2に向かいます。
敵の集結が遅い場合はA4に向かう前にS2に移動、スナイパーライフルの残弾でA1の敵をなるべく減らします。
スナイパーライフル及びランチャーはS1かS2に放棄。ヘリの回収点に近いので、後で回収できると思います。
アキトさんはいよいよ危険になったら、A3にボソンジャンプ。このイメージを参照してください」
一つのフライウインドウがアキトの前に示される。施設の一角がそこには映し出されていた。
「A3で合流後、目標点であるA5に向かいます。建物内なので、2ルートに別れる事にします。
アキトさんはMルート。主に警備兵が相手になると思いますが、建物内の敵はサブマシンガンが武装の中心なので、
コートを駆使すれば無傷で切り抜けられると思います。防弾コートはイネスさんによれば、突撃銃にも耐えられるそうですから。
私はNルート。敵はほとんどいないはずですが、場合によってはA6に敵がいるかもしれません。
その場合敵は防弾アーマー装備かもしれないので、手こずる可能性があります。
アキトさんは基本的に私を待たずにA5に侵入。あとは・・・・・・任せます」
彼女の組み立てた作戦。それに一切口出しをしないアキト。
彼は彼で、月臣とゴートから特殊作戦のイロハを余す事無く教わっており、立案できるはずなのだが。
彼女の顔を立てようというのが、どうやら彼の考えらしかった。
800メートルほど離れた敵の心臓を的確に狙いながら―――銃の性能には自信がある。整備も怠りが無い。
彼女はもう片方の目で怠りなく状況を確認する。ざっと見て、敵施設に大きな動きはない。
たぶんこの作戦は上手くいく―――そんな気がしていた。勿論気を緩めたりはしないが。だが、実感としてだ。
今回も最初の時と同じように一人として生かさずに皆殺しにする。今回は間違いなく敵になる者達だけだから、心も痛まない。
不意にローター音。施設の一角からヘリコプターが飛び立つ。
もしかして、情報が漏れた―――彼女の身に緊張の軽い漣が奔る。だが、ヘリコプターは小型で、数人しか乗れないようだ。
そして彼女の姿を発見したふうも無く、遠くの海の方に遠ざかってゆく。勿論、撃墜などしようが無い。
あるいはこのライフルなら可能だが、作戦の前提を崩す事になるのでそんな事はするはずも無かった。
再び集中。移動した兵士を追いかけて、銃口を合わせる。心臓部、確実な死を相手に齎せる場所だ。
小さく軽いアラーム音。時間だ。彼女は躊躇いなく引き金をひく。
重い反動、マズルブレーキから少量だが煙と炎が噴き出す。サイレンサーでも消しきれない動作音。
銃弾は敵兵士の、少しずれて腹部に命中。だが、凄まじい威力の50口径弾は敵の肉体を無残に引き裂く。
非人道的兵器として対人使用が禁じられる事だけはあった。2発腹部に命中すれば、相手の身体は真っ二つになっただろう。
いずれにせよ防弾コートなど無視して腹から胸にかけて大穴が開き。ショックで後ろに吹き飛んで。男は即死した。
まだ敵はこちらの存在に気付いていないようだった。彼女は今度は700メートルほど先の敵兵士に銃口を向ける。
同じく突撃銃(アサルトライフル)装備の防弾コート付き。一般的な軍兵士の装備である。
胸の中央に狙いをつけて、発砲。重い反動を両腕で受け止めて、銃弾は真っ直ぐな軌道を描いて―――腰に命中。
腰骨と背骨を粉砕し、ショック死に至らしめる。だがその肉体は、敵同僚の方に跳ねていった―――気付かれた。
敵の動きが慌しくなる。そしてルリの動きも。今度は前ほど時間をかけずに発砲。
それでも訓練しつづけた彼女の腕は確かで(銃の性能も素晴らしく)、右腕の付け根にあたってもぎ取ってゆく。
続けて3連射。1発が外れ、2発が敵兵に命中。1人は確実に即死する。
ここにおいて敵もこちらの位置に気付きはじめる。彼女はライフルをその場に置くと、ランチャーに飛びつく。
くるくると地面を転がって移動。機関銃の銃弾が、奥の斜面に命中する。流石に彼女の姿を見つける事は出来ないらしい。
ランチャーを構え。まずは機関銃の据えつけられたB2ポイントへ。兵士が射手含め4人ほど周囲にいる。
発射。凄まじい轟音があたりに響き渡る。続けて爆発の音響。機関銃を含め敵を吹き飛ばした。
次にランチャーに手早く次弾を装填し、B1へ。続けてB3・B4も攻撃。あわせて15名ぐらいを無力化する。
持ってきたランチャーの弾数は4発。12kgもある対物スナイパーライフル、自動小銃などを含めてここまで運ぶのには苦労した。
2回も背中に沢山背負って、この場所まで運び込んだのだ。ライフルは本体価格だけでも120万円を超えるから是非回収したい。
敵が右往左往しながら、予測どおり正門方面へ集まりはじめる。爆風は主に裏門から起こっているという事もある。
だが少数の敵が彼女に近づいてくる。時間はあまりない、スナイパーライフルを握って、残弾4発を全て発射する。
立ち上がる。黒いコートに付着した埃を払う事も無く、彼女は自動小銃を手に取り走り始める。
結局彼女はあの後―――アキトに破滅的な心を救ってもらった後も、別にする事自体は変わらなかった。
むしろ彼女は自分が肯定された事により、安心して今までよりもより派手に敵や障害になる人間を殺せる
―――そうとさえ思っていた。人の感情などそんなものであるかもしれない。
3名の敵がこちらに気付き、突撃小銃を撃ってくる。狙いはそう悪くない。
傍らの岩に着弾し、飛び散った破片がコートにあたって音を立てる。
彼女は岩陰に隠れると、まず一番近くまで迫った、青年風の敵兵に銃口を向ける。
発砲。一発目は右腕に命中。だが、怯まずに撃ってくる。向こうも防弾コート装備で、弾の勢いが殺がれたのだ。
すかさず次弾を撃ち込む。今度は胸に命中、切れた大動脈から血を噴き出し、もがきながら地面へと沈む敵兵。
特に感慨を抱く事も無く三発目。今度は精密射撃で一撃で下士官らしい男の胸を射抜く。
糸が切れた操り人形と同じように地面に崩れ落ちる男を一瞥もせずに、3点射。残りの一人も確実に仕留める。
彼女の腕は非常によかった。恐らく一流の射手にも引けをとりはしないだろう。実戦を経験している分上かもしれない。
その為に3人一斉に襲い掛かっても彼女を一時的に止める事しか出来なかった。5人は必要だっただろう、見誤ったのだ。
ともかくまだ呻いている2人の兵士に止めを刺した後、彼女は施設裏、A4ポイントへと駆け足で向かったのだった。
一方こちらは正門。物凄い射撃戦が繰り広げられている。
ルリの精密射撃により1個警戒分隊は壊滅したが、しかし未だに15名からなる敵が施設中央ビル入口A2ポイントで頑張っていた。
それに対してアキトは正門A1ポイント付近に陣取り、こちらも自動小銃で対抗する。
訓練の成果は―――出ていたと言っても良い。ゴートによる銃器の扱い、そして遮蔽物の使い方のレクチャーを実践している。
けれど、たった1人では押され気味なのは仕方の無い事だろう。元々彼は陽動を担当している訳でもある。
とりあえず相手の重機関銃座は全て叩き潰した。重機関銃の威力があると、遮蔽物もあまり意味をなさないからである。
ルリの使った対物スナイパーライフルもそうだが、50口径弾はコンクリートですら障子紙のように射抜いてしまう。
拳銃や短機関銃(サブマシンガン)は相手にする必要が無い。防弾コートにヘルメット、バイザーは
ほぼ完璧にこれらを防ぎきる事が出来るからだ。拳銃弾の威力はマグナムでさえ実際には大きなものとは言えない。
多少問題なのは今相手が使っている突撃銃に軽機関銃。これらの弾は5.56mm×45の軍用標準弾を使用しており
(連合軍も木連も同じ標準弾を使用していた。これは20世紀のNATO規格からの持ち越しなのだ)
イネス特製の防弾黒コートやヘルメットはともかく、顔面に来る物は全て有効打になってしまう。
それが総計15丁。これでは容易く正門を突破する事など出来るはずが無かった。
正門の分厚いコンクリートを背にして、時折応戦。カートリッジを1回替えて、3人ほどは撃ち倒した。
命中率、威力。それはこのスナイパー用にも使用できる自動小銃の方が敵の使う突撃銃よりも分がある。
敵もこの黒コート程では無いが、胸に防弾プレートを仕込んだ防弾仕様の制服を着てはいる。
ただしプレートが防げるのは精々突撃銃まで。7.62mm×51のこの自動小銃の弾は威力不足ながら貫通はする。
そうなると胸は重要な器官、血管の集まりであるから、ほぼ確実に致命傷になるのだ。少なくとも戦闘継続は出来ない。
アスファルトの上を銃弾が跳ね回る。巻き上げられた破片と埃が視界をたまに遮る。
「・・・・・・そろそろだな」
そろそろだ。この位置からだと敵を殲滅するのは困難だが、より高台に位置すれば、敵を一気に掃滅できる。
位置取りは重要で、その為にあらかじめ脅威となりうる高台の重機関銃座などは叩き潰してある。
敵の銃弾の嵐が弱まる。弾倉交換の瞬間が重なる事があるのだ。彼は影より躍り出て、自動小銃を構える。
3点射で軽機関銃を持つ男を斃す。すかさず来る敵の反撃を建物の影でやり過ごして―――脳裡にイメージを描く。
「・・・・・・ジャンプ」
A3と呼称されたポイントは正門の南西に位置する。施設内で、ちょっとした高台だ。
ボソンのきらめき。姿を現した彼に、そこに陣取り警戒にあたっていた3人の兵士は驚愕の表情を浮べていた。
それはそうだ。A級ジャンパーは既に公式には皆死に絶えた事になっている。
その他のジャンパーでもこういったジャンプは可能ではあるが、基本的にジャンプはチューリップを通して行うもの―――
急には反応を起こせない敵に、満を持している彼は襲い掛かる。フルオート射撃、2人をたちまち撃ち倒した。
残る一人が慌てて突撃銃を彼に向けて射撃―――しようとしたところで、側面から頭を撃ち抜かれて絶命する。
脳の一部と骨の破片が路上に飛び散る。銃による射撃がどれほど残酷であるか、その証明ともいえる光景だ。
「お待たせしました、アキトさん」
両手に大きなライフルを抱えたルリ。彼女は小柄だから、銃がより大きめに見える。
「いや、ちょうどいいタイミングだった」
自動小銃の弾倉を換え、尚正門付近に彼がいると思い込んでいるA2ポイントの敵集団に銃口を向ける。
ちょっとした高台であるので、伏せていても丸見えだった。総数12名。
2人の自動小銃の銃口が火を噴く。立て続けに。セミオートの射撃だが、全弾を撃ち尽くす勢いで。
100メートルほど離れた敵は大部分彼らに気付かずに絶命した。一部は気付き、撃ってくるがもう遅い。
苛烈かつ精密な中距離の射撃が次々に兵士達の身体に命中し、確実に生命を奪っていった。
あまりに一方的であるので、半ば自分がゲームとか、演習などをしている気にさえなってしまう。
勿論、これは実戦だ。敵は確かに血を流し、恨み言をいいながら死んでゆく。相手は、人間なのだ。
「・・・・・・A2ポイントの脅威は沈黙しました。ここまではまったく予定通りです」
敵兵を全部撃ち抜いてから。ほとんど空になった弾倉を交換し、余った弾を空になった弾倉の中に入れて。
彼女の報告に彼は頷いた。どこか虚しい気分―――敵の構成員を殺したからといって、彼の気分が晴れる訳では無いが。
むしろ嫌な苦味を感じるが、続きをはじめなければならない。はじめた戦は終わるまで放棄する訳にはいかないからだ。
「建物内に突入するよ、ルリちゃん」
建物の中を進む。
闇の中、ほんの少しだけ灯る非常灯の明かりが銀のきらめきを照らし出す。
不気味なまでに静かな建物。まるで誰もいないかのような。
彼女は足音を立てない独特の歩き方を行っていたから、文字通り物音一つすらしないのだ。
少しだけ。ほんの少しだけだが、嫌な感じがする。
暗がりの通路交差点。敵にとっては絶好のポイントの気がする。
「・・・・・・!」
発見。すかさず自動小銃を構えて連射―――だが、銃弾ははじかれた。
不意に敵が発砲。手にあるのは彼女と同じく自動小銃。辛うじて身を捻って、物陰へ。
「防弾アーマー・・・・・・」
嫌な事になった。防弾アーマーは軍歩兵の一部に装備されているもので、小銃弾すら弾く装甲を持っている。
つまり、自動小銃が効かない。その代わり全備重量50kgにもなるので、敵の動きも遅いのだが。
左腕に小銃弾がかする。これ以上時間をかける訳にもいかない。敵はこちらに止めを刺そうと着実に近づいてくる―――
物陰から躍り出て、背中をすぐ後ろの壁につけて。彼女は何かを両手で構えた。発砲。
凄まじい反動に肩と腕が悲鳴をあげる。痛い―――だが、相手の方がもっと痛いようだった。
アーマーの中央。大きな穴があいて、背中まで貫通している。敵兵士は呻き声をあげながら地面に倒れ臥した。
その顔面に自動小銃を一発。残酷なようだが完全を期すためだ。
彼女が構えたものは全長45cmぐらいの代物で、単発の銃。右腰のホルスターに収めていたものだ。
「・・・・・・流石に、ひ弱な私には堪えますね」
特に負担の掛かった右肩をさすりながらホルスターにそれを収めなおす彼女。
単発の銃。だが、その使用弾薬は12.7mm×99、重機関銃に使われる50口径弾。
自動小銃の7.62mm×51に比べるとその威力は6倍以上。アーマーと言えども貫通するわけだ。
ただし反動も6倍以上。対物スナイパーライフルのようには重さが無いので、その反動はもろに彼女の両腕が受け止める事になる。
連合軍用に少数生産されたS&W社製のこの銃だったが、結局扱える人間自体があまり多くないという代物だった。
「余計な時間が掛かってしまいましたか・・・・・・」
テンカワ・アキトは修羅と化していた。
人体実験を行う実験区画。そこで彼はまさに今、最後の科学者を残酷に撃ち殺したところだった。
いつもは優しくルリを見つめる漆黒の瞳が燃えている。
どうしても―――そう、どうしてもこいつらを許す事だけは出来なかった。
こいつらのせいで何人もの火星の生き残りが死んでいった。それも、人としての扱いを受けずに。
その復讐の一端を、今ここで彼は晴らしたのだった。部屋には17体の白衣を身につけた死体が転がっている。
血に濡れた床。それを踏みしめて、彼はあるカプセルの前に立った。
「これは・・・・・・ルリちゃん!?」
燃えていた瞳の炎が、おさまる。彼の視界に入ったのは、カプセルの中に浮く美少女だった。
長い髪、低めの背。今の騒ぎで起きたのか、眠そうな瞳が彼を見つめている―――その色は、黄金。
何一つ服を与えられる事も無く、全裸で彼女は水中に浮いていた。手首と足首にはコードが巻きついている。
「こいつら、ルリちゃんのような娘をこんな風に・・・・・・」
「そうだ、全ては栄光ある研究の礎の為」
ぞっとするような、低い声。彼は振り向き、その男の姿を認める。
編み笠、時代錯誤な純和風のマント。紅の義眼。右手に短刀を握るその男の姿を―――彼は知っていた。
新婚旅行に向かうシャトルの中で。人体実験の時、研究者の傍らで。
自分とユリカを拉致した張本人。幸せをずたずたに引き裂いた男。その名を、研究者達は呼んでいた―――
「北辰!」
「今流行の死神とは貴様の事であったか、テンカワ・アキトよ。よく生きていたものだ」
北辰の眼が細められる。まるで獲物を狙う猫のように。
「もっとも貴様一人では武器も満足に揃えられまい。裏に組織がついておるようだな、未熟者よ」
「・・・・・・ユリカを返してもらう」
「ならん。貴様の妻は今立派に研究の礎となって活躍しておるからな」
「貴様、ユリカに何を・・・・・・」
怒りが沸々と湧き起こってくる。自動小銃を向けて引き金をひこうとした、その時。
それは凄まじい勢いだった。眼にも留まらぬ速さ。一瞬後、彼の身体は壁に叩き付けられていた。
「ぐふっ」
「未熟者が。銃をその手に取っただけで強くなれると、そう思い違いでもしたか」
体当たりと一閃。それによって自動小銃が二つに割れていた。凄まじい威力の刃風。
「しかし残念だ。流行の死神とやらはもう少し出来る奴だと思っていたのだが」
短刀を引きつけ真っ直ぐに構える北辰。確実に次の一閃で、彼を殺す構えだった。
「所詮は未熟者よ。手間を取る必要すら無い・・・・・・さらばだ、テンカワ・アキト」
突き出した短刀、その根元に何かが絡まるかのように命中する。その瞬間、短刀が吹き飛び折れる。
「何っ!」
跳び退り、研究室の壁の一角に陣取る北辰。その目の前にいたのは、ルリだった。
右腕でしっかり近接戦闘に向く44口径の拳銃を構え。発砲。北辰は辛うじて身を捩ってかわす。
「・・・・・・アキトさん達を誘拐したのも、あなただったんですね」
左手の中にあるのは、単分子ワイヤーを使用したワイヤーカッター。鋼鉄だろうと切り裂く恐怖の装備である。
「電子の妖精、ホシノ・ルリ・・・・・・そうか、貴様か。貴様こそが真の死神である、か」
ぴったりと壁に身を寄せる北辰。格闘はし辛くなるが、糸使いの糸を防ぐには有効な手段である。錘が壁に遮られるからだ。
「どう呼ばれていようと構いませんが。貴方達の目的はなんなんです?」
「ふ。答える義理など無いな。だがしかし、一つ宣言しておいてもいいかもしれぬ」
「宣言?」
「我々は『火星の後継者』だ。古代遺跡を受け継ぐは我らという・・・・・・くっ」
ほんの少しの気の緩みを見て取って発砲。避けきれなかった北辰のマントの一角が破れる。北辰は尚壁に張り付いている。
ルリが意外な強敵である事を見て取ったらしい。無論格闘で負けるはずは無いが、にやりと唇をゆがめたあたり、"楽しそう"だ。
「3日前に我が方の大型輸送機を爆破墜落させたのは見事な手腕だったが・・・・・・今日はいささか詰めが甘かったな」
壁に向かって拳を叩き付ける北辰。その瞬間、その部分が暴力的なまでの光を発した。
思わず身構えるルリ。北辰の高笑いがあたりに響く。
「妖精に助けられたな、未熟者。また会おう」
光が消え去った後。分厚い壁には外まで見通せる大穴が開き、北辰の姿は跡形も無く消え去っていた。
「逃がしてしまいましたね」
ルリの呟き。だが、致し方なかった。
さすが『火星の後継者』とやらの工作員の長、このような場所にも退路を確保していたのだ。
退く事を知る男。だからこそ今後もずっと苦戦しそうだ―――ルリの感想である。
「いや。今日は生命があっただけ、儲け物だと思う。ありがとう、ルリちゃん」
そう言いながら苦い物が胸の中に広がるアキト。
(あの男が言うとおりだ。俺は未熟すぎた、ルリちゃんに頼りすぎていたんだ・・・・・・)
北辰の言う『未熟』はまた別の意味なのだが、まだこの時の彼はその意味に気付く事は無かった。
「いえ。それよりも、このカプセルの女の子。開けますよ?」
そういって殊更事務的な口調で告げてカプセルを開ける為にパネルを操作する彼女。
内心、実はかなり照れくさかった。彼にこうも面と向かって褒められると、思わず顔が紅くなりそうになる。
羊水のような液体がカプセルから抜ける。ぷしゅ、軽い音を立てて開く。
よろめく薄桃色の髪の少女。それをそっとアキトが支える・・・・・・
「・・・・・・また、私をどこか連れてくの?実験する?」
一言目。怯えた声で囁くように訊く少女。さまよう黄金の瞳をルリは見つめていた。
(私と同じ・・・・・・同じように作られて、ずっとあんな目に遭って。怯えてる)
相手の気持ちが痛いようにわかる。ずっと自分の受けたあの2週間みたいな事をされ続けて、心底怯えきってしまっているのだ。
「そんな事はしない。君を大事にするよ」
その言葉の意味がわかったのだろうか?あるいは、アキトの体温が気持ちよかったのだろうか?
少しだけ安心した風に眼を細める少女。それでも、まだ微かな震えは止まっていない。単純に寒いのだ。
アキトは軽く少女を自分から離すと、黒コートを脱いで彼女にかける。そして、彼女に視線を合わせて問う。
「ずっとずっと、みんな君を大事にする。君を・・・・・・って、名前教えてくれるかな?」
「名前?」
「そう、名前」
困った風の少女。彼女は名前という概念は勿論知っている。だが―――
「名前なんて、無い。ずっと形式番号で呼ばれてた。私、人間じゃ無いって。ここでは、被験体23番」
そっと抱きしめる彼。機械的な声で繰り返えそうとする彼女の声が、止まる。
(優しいから。どんな格好をしていても優しいから。誰でもなつくのかもしれません。私も・・・・・・)
その様子を見つめるルリに、一瞬だけアキトの視線が向けられる。それに気付いていぶかしむ彼女。
だが、アキトにとっては意味のある行為だった。一つの確信に達した彼は、少女の髪を撫でながら告げる。
(昔の、ナデシコの時のようなルリちゃん。あのルリちゃんになって欲しいから。そして、ルリちゃんにも気付いて欲しいから)
「なら、俺が君に名前をあげよう」
「私に?」
「そう、君は人だから・・・・・・ラピス・ラズリ。どうかな?」
ラピスラズリ。それは瑠璃の洋名。
(私と同じ?だから、私の名前を・・・・・・。もしかして、この娘と私は同じなの?)
一人心の闇を彷徨って、怯えている。自分もそうである事に気付いている彼女。
もしかして、この薄桃色の髪の少女は鏡なのではないだろうか―――自問自答する彼女。
「ラピス・・・・・・うん」
こくりと頷く。薄桃色の髪の少女、その黄金の瞳がアキトの顔を見上げる。
バイザーをとった、本来の彼の顔。そして彼女を見つめてくる瞳。
自分だけを純粋に見てくれる。他の人とは違う。
彼女の心は彼の虜になった。自然と付いて行く気に、なったのだ。
人生のはじまりは唐突に。人形であるはずだった彼女も、人として生きる事をいつかは知る。
どれほど時代が移り変わってゆくとしても、結局人を変えるのは人の温もりなのかもしれない。
何にせよ。この日からはじまる事になったのだ、ラピス・ラズリという少女にとっての日常は・・・・・・
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あとがき
ラピス登場の一話でした。ついでにアキトの敵手、北辰もですが。
それ以外の話は第7話と第9話に割り振って、なるべく無駄を削ぎ落とした格好になっています。
まあともかく。らぴらぴ、かわいいですね〜♪この一話が来るのを書きながらですが待っていたりしました。
個人的にルリと並ぶぐらいラピスは大好きなので、とても描写も細かかったりします。
仕草のいちいちを描写したり、あの儚げな感じを出したり、実力不足ながら頑張ってます。
何しろらぴらぴですからね。あのらぴらぴですから、もうそれはそれは(かなり謎)。
今後数話この話も続いていきますが、ルリルリとアキト君の関係の帰着と同じぐらい、
らぴらぴがどう社会に適応していくのか(いかない説も無きにしも非ずですが)描いていきたいと思ってます。
・・・・・・機動兵器の登場は次話になりました。楽しみにしていた皆様ごめんなさい(ぺこり)。
まあ実際機動兵器戦よりはルリルリの内面を描く方が重要だったりもするようなしないような(言い訳)。
で。内面といえばアキト君ですが、彼はこの話ではあまり黒くありません。
勿論復讐を決意していますし、今後色々な事があるでしょうから、彼の精神はダメージを被るでしょうが、
しかしながらルリが側にいる限り、彼が劇場版のようにまで黒くなる事は無いでしょう。
ルリがもし復讐の初期からいたのなら。そういった前提で書いていくと、アキトの雰囲気も色々と変わってきます。
(実際家族であるルリが側にいたら、彼自身ルリの為に頑張って元通りのままでいようとすると思うんですよね)
その代わり、ルリが少し暗めになっていますが―――まあ、ちゃんとアキト×ルリにはなりますから、御安心を(誰に言っている?)。
それでは。次回もアキト×ルリで行こう!
結局話として大きくなってしまうんですよね、このあたりの話は。
まだまだ機動兵器=ブラックサレナにまつわる話も書かないといけないし、結構話全体は大きくなりそうです。
初期のダイエットという目標はどこにいったんだろう―――そうお思いの方もいらっしゃるでしょうが、
まああまりに内容がすけすけでは、見かけだけの美人になってしまいますからね。
・・・・・・内面からの美人目指して頑張るぞーっ!!(と一人盛り上がるリベレーターでした)
b83yrの感想
ハーリー、立場良くなりそうにないなあ、まあ、私が出してもそんなに待遇良くはならないけど、精々、いじめられもしないけど活躍も出来ない程度で
時々、『この人は、キャラの好き嫌いってモノが解ってないなあ』と思わせる人が居て、それは、『キャラの性格』だけでは決まらない
キャラはどこまでいってもキャラであって、『現実の人間』とは違う
キャラには、『キャラの製作者』が居て、『そのキャラを作った背景に感じられる、製作者の意図』ってモノもある
で、『製作者の意図』に反発を感じられてしまったキャラは、『どんなキャラを、どんな性格で、どんな役割を持たせ、どれだけ活躍させ、どんな話を作ろうと』一切関係無く嫌われてしまう
『作品として出来が良ければ良い程、そのキャラが良い奴であればあるほど』かえって『キャラの背景の製作者の意図』への反発が強くなる事すらある
ちなみに、この場合の『製作者の意図』は、『実際の製作者の意図』では無くて、『読者には『こんな風に見えたという』製作者の意図』なんで、当然、読者と製作者のズレは出ますが
ダイエットというものは、『ただ痩せる事自体』が目的ではなくて、『なんの為にやるのか?』が重要
『体型を良くして、他人から良くみられたい』とか『健康の維持』こそが、『本来の目的』なのであって、それを忘れてしまえば、かえって害になる
『出すべき所は出し、引っ込めるべ所は引っ込める』ようにしないと
でも、人の好みはそれぞれであって、世の中には、『貧乳の方が好き』なんて人も居る訳です(注、私の事では無いぞ)
貧乳好きとまではいかなくても、でか過ぎる胸はキモイから嫌いって人も多いですし
大切なのは、そこら辺りのバランス感覚
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