空。闇に瞬く光。

見上げるたびに溜息をつきたくなる。自分がひどく矮小な存在に思えるのだ。

人殺し。星が囁いてきた、お前は自分の欲望の為にだけで人を殺せる。殺人鬼だと。

そして今。自分の指は引き金に掛かっている。いつでも、知らない人を殺せるように―――



























Bride of darkness



第7話 『Ruri, Waltz of her heart』











「どうしてこんな価値の無い施設を襲うのかな?」

書類の置かれる音。テーブル越しに彼女を見つめてくる漆黒の瞳。

冷静な、澄んだ瞳。これより人殺しをしていく者には到底思えない、優しい眼差し。

彼女―――ホシノ・ルリの心が疼く。その眼差しをずっと向けられたくて頑張ったのに。

その眼差しは、今の彼女には重荷だった。優しさを向けられる価値が、自分には無いから―――

「私達にとって初めての実戦です。そして、ネルガル実働部隊の援助も受けないとアキトさんは決めました」

「ああ。ここまで散々世話になったけど、やはり自分でやりたいと思っている。

今、ネルガルシークレットサービスは再編中だし、これから援助はなるべく受けない方針だけど・・・・・・」

「私達は何だかんだ言って素人です。だから、初戦から苦戦悪戦とか、そう言う事は避けていく必要があります。

アキトさんはネルガルの援助を借りるのに反対のようですが、私はパートナーとして利用できる物を全部使う義務があります。

だから、ネルガル情報部よりの情報を検討して、プロスさんとゴートさんの賛同もあり、この施設を最初の目標にしました」





ルリの声は冷静そのもの。ナデシコに乗っていた最初の頃の彼女に面持ちが似ているように、彼には思えた。

彼は不意に心配になる。やはり、彼女を自分の復讐に引き入れるべきでは無かった、そう心の中では後悔している。

3ヶ月前、引き離されてから彼女は変わってしまった。そして、1週間前。それは決定的になった。

目の前で震える彼女。血に濡れている彼女の両手。

辛かったに違いない。なのに、彼女はただ小刻みに震えるだけで―――嗚咽一つ漏らさなかった。





それからルリは彼の下に戻ってきた。だが、それからずっと、一度も笑わない。

どこか機嫌を伺うかのような表情でたまにこちらを見つめ、それ以外は口を利く事も無く、無表情で過ごす。

彼はどうしていいかわからなかった。昔のようにこちらが気安く声を掛けて、それで立ち直ってくれるようには見えなかった。

訓練の事もある。あまり時間も取れなくて、彼は結果的にこの頃ルリと長い時間いる事自体が無かった。

自分が果たして彼女をどうすればいいのか?それすら、決められずにいた。

決められないうちに彼女は似合わない人殺しになり、彼の復讐に付き合う事になってしまった。

こうなったのは、全て彼の責任。少なくとも、彼自身はそう思っていた―――

「わかった。ルリちゃんが考えたんだ、そうしよう。ネルガルとの関係もルリちゃんに任せるよ。

本当は俺がしなくちゃいけない事だけど、何せ俺、頭悪いから・・・・・・」

「アキトさんにはアキトさんの役割があります。私を必要なところで使えばいいんです」

(それは違うよ、ルリちゃん・・・・・・ルリちゃんは決して俺の道具なんかじゃない)

言葉は、出なかった。言っても、儚く消えてしまいそうに思えた。

彼女は完全に自身を殺そうとしている。それを彼は、とどめる事が出来ない。

(俺って最低な奴だな・・・・・・。心の奥底で、ルリちゃんが道具なら役立つ、そう思っているに違いないのだから)

そう、彼自身が自分を卑下する結果にもなる訳である。ともかく現在、2人の状態は最悪といえた。

お互いの事を思っているのに、希薄な関係。自身への無力感。

「作戦の概略について説明します」

自身の裡にある己への嫌悪。それを隠し通すように、彼女の声の成分はより冷たさを増した。






























黄金の瞳。輝きの片方をレンズに合わせ、その向こうを覗きみる。

フェンスの向こうにある、10haぐらいの研究施設。機材の動く音が断続的にする事から、工場も兼ねている。

どうやら機動兵器の開発をここは行っているようだった。ただし、登録されていない、非合法の。

「敵がA級ジャンパーを集めているなら、何らかの形でボソンジャンプが戦力として生かされると考えられます。

今回の襲撃で、機動兵器の開発を妨害すると共に、機動兵器のデータ、特にジャンプフィールド発生装置の有無を調べます」

ルリ自身が語った言葉。別に完全に無駄な事を、2人はするわけでは無かった。

(無益な殺傷は、アキトさんにはさせられない・・・・・・。私が必要なら無実の民間人でも殺せばいいだけだから)

その考えが相当傲慢なものである事に彼女は気付いているかどうか。

彼が復讐を行う以上、どうしても巻き込まれる人間は出る。それすらも全て自分の責任に果たして出来ると思っているのか。

彼女の考えはあまりに自己犠牲に傾きすぎて、その実彼の為になっていない恐れがある。

そしてその事に彼女は恐らく気付いていない。気付けるほど、自分に余裕が無いのだ。

ただ、彼の役に立とうとして。自分の為に彼の側にいるわけでは無い事を証明しようとして。







引き金に指をかける。敵の警備兵の数は精々1個分隊程度、大した事が無い。

恐らく警備兵の側もただ企業を護るつもりでやっているだけだろう。厳密には敵組織の一員ですら無いはずだ。

言わば、罪の無い人々。研究者達すら、委託で機動兵器関連の開発をしているだけかもしれない。いや、多分そうだ。

だが、彼女は容赦するつもりが無かった。こちらの路の上にある存在なら、排除する。

その考え方が、敵がアキトやユリカを利用した理屈と似通っている事に彼女は当然気付いてはいる。

けれど、全ては彼の復讐の為だった。それが今の彼女の中では免罪符として通ってしまっているのだ。哀しい事に。

戦略上必要なポイントを叩き、まだ謎多い敵を妨害する。開発中の敵機動兵器を全て破壊するのだ・・・・・・。





10人ほど。それぞれ丸見えの位置。ある兵士などは小銃を壁にかけて、煙草を暢気に吸っている。

作戦は結構単純だった。偵察より敵戦力は基本的に表に出ている分だけ。それを先行したルリが狙撃で始末する。

裏口からそのまま彼女は突入。建物のコントロールを奪って敵が逃げられないようにする。

その上で正面からアキトが突入。残存兵力を片付け、研究施設に向かうのだが―――恐らくもう誰もいないだろう。

理由は簡単だった。何故ならここの兵士は全て―――







軽快な音で鳴るアラーム。時間だ。

ライフルの銃口を300m先の警備兵に狙いをつける。少壮の、ベテランだが警備員上がりという感じの男。

スポーツ眼鏡をかけている。装備はサブマシンガン、拳銃に警棒だけ。彼女の敵では無い。

引き金を絞る。一瞬後、音も無く弾丸が飛び出し、音も無く男の頭を吹き飛ばした。血が後ろの壁にこびりつく。

彼の死に、まだ誰も気付いていない。気付かない位置の敵から削ったのだから、当然である。

次はまだ若々しい青年。多分高校出の、警備員に成り立てというところか?彼女ともそう年齢は変わらない。

彼女は無言のまま、270m先の青年の頭中央にサイレンサー付き狙撃ライフルの銃口をあわせる。

慣れてない様子の青年、いや少年。銃が手についていない。無意味に右手で振っている―――

後ろの壁に咲いた血の華。ウラニウム・フルメタルジャケット弾の高貫徹力の前には人体など脆いものだった。

「・・・・・・」

続けて射撃。今度は520m先、20代女の警備兵、というよりも警備員。

まだ、誰もルリに気付いていない。今度の女も、表情をほとんど変える事も出来ずに絶命した。

この高台、林からは何もかもが全て見通せてしまう。兵士達の位置、様子。"孤立"している者は既に皆殺しにした。

いや、殺しといえるだろうか?彼女の場合、もはやそれは作業、仕草の一部にしか過ぎなくなっているのかもしれない。

そう、軽く自分を疑う―――よくない。今は作戦の遂行だ、自分が組み立てた作戦の・・・・・・





突如正門付近、警備員詰所あたりで発生する大爆発。

騒然とした施設内。この攻撃で5人の正門警備にあたっていた者達が即死している。

僅かに残った4名ほどの警備兵達が集まってくる。手にはサブマシンガン、一応誰もがチョッキは着ている。

「一体何が?」

「くっ、どうしてこんな工場なんかが」

「無駄口はやめろ!警戒にあたるんだ、襲撃者は複数いるぞ!」

とりあえず二人一組でチームを組み、南北両方の搬入路から施設中央の建物へと向かう。

だが―――死神は既に彼らの喉元に鎌を押し付けていたのだ・・・・・・





片方のチーム。彼らは施設北を警戒しながら歩みを進めていた。どちらも30代ぐらいの男である。

だが陣形などはとれていない。両方が共に同じ方向を警戒してしまったりしている。

仕方ないだろう、彼らは警備会社の一般の警備員なのだ。サブマシンガンがあるので兵士として扱われているが。

「いったいなんだっていうんだ。こんな工場、襲った所で何も得る物があるはずがねぇのに」

「テロ屋さんは何考えてるかわからないな。しかし、こっちは多分大丈夫・・・・・・!」

爆発音、背中からである。もしかして、いや、まさか。

先程まで話していた2人が、死んだというのか!?





気をとられた、次の瞬間だった。黒髪の男の方が叫び声もあげられずに倒れ臥す。

背中まで突き抜けた3発の銃弾。防弾チョッキは拳銃弾にしか耐える事が事実上出来ないのだ。

つまり、襲撃者はテロリストにしては重武装。拳銃弾を使用するサブマシンガンでは無い。

金髪に染めた男が振り向く。その瞳に映ったのは、黒コートを着込んだ少女の姿―――

「な、なんだと・・・・・・ぐふっ」

ルリの両腕、しっかりとホールドされた自動小銃。その銃口が火を噴いた。





あらかじめ潜入し、南側の通路にワイヤー使用の爆破の仕掛けをしておいた彼女。他にも警報装置をいくつか無力化している。

そうしてから高台に陣取り、まずは正門方面の警備兵を一掃。次に裏門方面の警備兵を殲滅したのだ。

一発の使い捨て歩兵用高エネルギーミサイルランチャーと、狙撃にも使えるように特注品仕様の自動小銃。

自動小銃の連射機能は性能限界にまで高めている。反動の関係からライフル弾を使用する小銃は連射に向かないが、

彼女はこの制御が出来るように鍛えられている。突撃銃や、あるいは短機関銃(サブマシンガン)など使う必要が無い。

ライフル弾を防げるボディアーマーは一応存在はするが、軍でも重武装の歩兵ぐらいしか装備しない。あまりに重すぎるのだ。

そもそも軍でも基本は突撃銃である。一般兵が扱うには自動小銃の反動は大きすぎる。







こうして全ては彼女の目論見どおりに進んでゆく。

(アキトさんの手を汚れさせる必要は無い。アキトさんは、純粋に復讐だけ出来れば)

ここの兵士は皆彼女の手で殺されるのだ。そうすれば、無実の殺人に彼が心を痛める必要も無い―――

本気でそう思い込んでいる彼女を止める手立ては無かった。何故なら、相手に対してあまりに強すぎるから。







非武装の職員達を全て射殺して。彼女は研究フロアへと歩みを進める。

夕方のこの時刻、まず確実に全ての研究者がいる。

入口のほとんどを吹き飛ばし通行不能にして、彼女はただ一つ残された入口から堂々と侵入していった。

ライフルで研究者達を追い立てて。一箇所に整列させる。そこに現れたのはアキト。

「ルリちゃん」

「後は頼みます。ここはどうやら機動兵器専門だったみたいですね」

研究者10名とアキトを置いて、制御卓に向かう彼女。早速データを端末と自身のIFS補助脳に落とし込んだ。

「・・・・・・これですね。コードネーム『シシキ』。何かオリジナルがある様子ですが」

「私達は知らないんだ!ただジャンプ装置を付けられる機体を作れと言う事だけで」

初老の研究者の言い分。恐らくそれは正しいだろう。ただ、クリムゾン本社からそう命令されたに違いない。

この施設の存在が非合法である事自体、この研究者達は気にもしていないだろう。

大体非合法といっても、ただ兵器工場としての登録をしていないだけ、知っていてもその程度の認識か。

「オリジナルの情報はありませんね。ただ、フレーム基礎案はいくつかある様子でした」

「そうか・・・・・・もういいだろう、帰還するぞ」

そう言って部屋を出てゆくアキト。ルリとお揃いの黒コートが怪しい雰囲気を出しているが、しかし心まで黒い訳では無い。

(そう、それでいいんです。アキトさんは、アキトさんだけは純粋でいてくれれば)





しばらく通路を並んで歩く2人。だが不意に思い出したようにルリは言い残して路を引き返した。

「あ、引き出すの忘れてたデータがありました。アキトさんはA3ポイントで待っていてください」

嘘だった。彼女にはしなければいけない事がある。ただ、それを彼に見せたくないのだ。

研究フロアに再び入り込む彼女。何人かの科学者達が外部と連絡を取ろうと端末を手にとっている

―――無駄だ。通信ケーブルに無線LANは全て切断破壊している。

「お、お前さん・・・・・・」

先程の初老の科学者。どうやら、彼はこれからルリがどうするのかわかったようである。

だが、遅すぎた。この研究フロアから真っ先に逃げ出さなかったのは、彼らの落ち度である。

もっとも逃げていたところで、ほぼ一本道では恐らく全員捕捉されて―――

「・・・・・・お休みなさい」






























見てしまった。彼は自室で頭を抱えながら、例の光景を思い出す。

ルリの様子がおかしかった。だから、彼は彼女の指示を守らずに、彼女をつけたのだ。

そして、見てしまった。

特に罪の無い科学者達を皆殺しにする所を。自分達の正体が敵に明かされないようにする、それだけの為に。

無表情に銃口を向け、確実に心臓を撃ち抜いていく。それはまさに『作業』だった。

驚きと恐怖に顔を歪める科学者に開発者。最後に残ったのは、彼女とそう歳が変わらないように見える、女性。

「ど、どうして?私達、何も悪い事をしていないのに!」

悲痛な声。恐らくMIAを飛び級で卒業してすぐここに就職したのだろう、怯えた表情には幼ささえ残る。

「・・・・・・私と、アキトさんの為です。死んでください」

胸に自動小銃を押し付け、引き金を引く。若い女性技術者の身体から力が抜けて、地面に崩れ落ちる。







彼はどうしていいのかわからなかった。

ルリを止めれば良かったのか。それとも、彼女を叱ればよかったのか。

だけど結局今の今まで、何も出来ていなかった。見て見ない振りをしていた。

自分のしようとしている復讐というものが、いかに狂気を必要とするのか、彼女に教えられた気がする。

(ルリちゃんが手を汚せば、自分は手を汚さなくて済む・・・・・・そんな風に心のどこかで考えている俺がいた)

自分のせいだという事はわかりきっていた。自分がルリを受け入れて、復讐につき合わせているのだ。

その結果、彼女は「らしく」なくなった。冷たい殺人鬼を演じなければならなくなった。





なんとしても彼女を元に戻したかった。

だが、方法が見つからない。彼女はどうしても自分についてこようとする。無理をしようとする。

(一つだけある。俺が復讐を諦める事だ)

けれど、それだけは出来ない。ユリカを取り戻す事を諦め、火星の人々の無念を晴らさずに、自分は生きてはいけない。

ならばどうすればいいだろう?自分が彼女を突き放せばいいのか?

自分が彼女に嫌われればいいのだろうか?いや、そんな事は出来そうにない。自分も、彼女も。

彼女自身を変えるしかないのだ。彼に付いていく事が至上価値となっている、彼女の内面をだ。







困った。彼は椅子の上で背伸びをする。

その時不意に目に入ってきたもの。今まであまり気にした事が無かったが、壁にカレンダーが掛かっている。

「しまった。全然カレンダーめくってない」

『5月』の表示のままのそれ。今日で7月。1枚めくって、2枚目をめくって―――彼の目線が一箇所に固定された。






























今日の作戦。2度目の行動はアキトが参加できなかった。

イネス・フレサンジュの定期健診と月臣及びゴートとの打ち合わせに出席する為で、

この為ルリだけが東京より遥か遠くに離れて敵に相対している。





今度も小さな目標。非合法にCCを保管している倉庫群を襲って殲滅するのだ。

CCの他にも多数の武器弾薬、中には明らかに統合軍向けでは無いステルンクーゲルもある倉庫。

これらの全てを破壊する。爆薬は持ちきれないので、倉庫に元々置いてある物を利用する事になる。







こんな場所に敵がいるはずも無く。分散して20名ぐらいの警備兵が例によっているだけだ。

気配を消して近づいてゆく彼女。既に3名の巡回中の警備兵を"消して"いる。

警備兵の詰め所。その周囲に爆薬を仕掛ける。これで32ヶ所に爆薬を仕掛け終わった。

小柄な彼女は有利だ。草むらで身をほとんど隠せるし、狭いコンテナの間も通り抜けられる。

そしてボソンジャンプ。倉庫群にボース粒子検出装置など置いてあるはずが無いから、

文字通り奇襲の道具としてほとんど無制限に使える。CCが組み込まれたベルトを巻いているのだ。

(後は機動兵器の周囲に焼夷爆弾を仕掛けて、全て終わり)

後ろから近づいてくる話し声。警備兵か、あるいは職員か。コンテナの陰に身を隠す。

傍らを通り過ぎてゆく2人の男達。武装は無いから、一般人か職員かである。

そのまま彼女に気付かずに向こうに去って行く。命拾いをした2人だった。

こちらに目線を向けていたのなら、高性能サイレンサー付きの自動小銃で音も無く射殺されるところだったのだ。





コンテナ群の一角にたどり着く彼女。この中に偽装されたステルンクーゲルが5機ほど存在する。

この5機を破壊するのは手間が掛かる。だが、別に破壊しなくても、この偽装が無意味になればいいのだ。

ここが火事になって調査が入ったときステルンクーゲルがそのままあれば、クリムゾンもそのままこの機体を

謎の敵性組織に渡す事が出来なくなる。それで作戦目的は達成される事になるだろう。

それ故に周りに仕掛けるのは調達したオイルと手榴弾の組み合わせの時限爆弾である。

それらを全て仕掛け終わった後、彼女は倉庫群の外、2kmほど離れた高台をイメージする。

リンクによってアキトと繋がった彼女。アキトのジャンプイメージ能力を肩代わりに利用する事によって、

彼女はA級ジャンパーとしての能力も獲得する事が出来た。もっともまだ慣れてないので精々数km先ぐらいにしか使わないが。







こうして高台。静けさが辺りを包む中、彼女は腰から小さめの筐体を取り出す。

いくつかついているボタン。そのうち一番上のそれをためらいも無く押し込む。

しばらくは何の変化も無かった。だが、次第に闇を破って倉庫のあちこちから火の手が上がる。

慌てて飛び出そうとする警備兵達。それを見越して、彼女は2番目のボタンを押し込む。

警備兵の詰め所が爆破される。だがそれも2km先からだと小さな光の点にしか見えない。

その中で何人も死んだというのに。彼女の心は一切痛まなかった。痛もうとしなかった。

炎が倉庫全体を嘗め尽くした頃。彼女は最後のボタンを押し込んだ。

あちこちで同時発生の大爆発。燃料タンクに引火して凄まじい大音響と共に倉庫群はあらかた吹き飛んだ。

これで全てお終いである。巧みに火事に見せかけた為、これがただの放火で無くテロである事に気付くまで、

相手は相当な時間を必要とする事だろう。





2km先からでも押し寄せる熱と光、風。

それに蒼銀色の髪をなびかせながら、彼女は去っていった。






























夜の大洋、その上空を飛ぶ小さなVTOL機。

その僅かな客席にて、いつもはツインテールに統べている髪を解いて、ルリは頭を座席に預けていた。

黄金の瞳に映るのは、ただどこまでも暗い海。それは、彼女の心中と同じくしていた。

ひどい疲労感。大して身体を使った訳でも無いのに。それなのに、目は冴えて眠れない。

手に残る嫌な感覚が消えない。そう、人殺しなのだ、彼女は・・・・・・。

(最悪ですね。目的の為にはこれほど冷血になれる。敵の工作員となんら変わるところが無い)

そんな自虐の考えが心に浮かんでは、消える。

その何度目か、彼女は不意に横に何か感覚を感じた。





頭にそっと突きつけられようとする銃口。それを認識した瞬間、彼女の身体は意識せずに動いていた。

疲れているとは思えない動きで身体が座席より離れる。発砲音、彼女の左腕に灼熱感。

だが構わず右手は腰に動き、拳銃を取り出す。相手のどてっぱらに押し付け、発砲。

崩れ落ちる相手―――よく見ると、それはネルガルシークレットサービスの一員、この機の操縦士だった。

男の瞳が憎々しげに、彼女のそれを刺すように見つめてくる。

「・・・・・・どこの誰に指示されたんです?それにどれほどの金額を提示されて、ネルガルを裏切ったんですか?」

彼女の言葉に、吐き捨てるように男は答えた。

「誰の指示でもねぇ。貴様を、俺の妹を殺した貴様を殺したかった、それのどこに、うっ・・・・・・理由が必要なんだ?

妹は、サーシャはなぁ・・・・・・独学でMIAに、頑張ってな・・・工学博士になった、のに。貴様の、せい・・・・・・で」

瞳の焦点が喪われる。最後にありったけの憎しみをルリの腕を掴む両手に込め、事切れる男。









彼女は思い出していた。この前の襲撃を。それで、自分がした事を。

そしてどうしようもなく、虚しかった。自分を嘲笑いたかった。

復讐は更なる復讐を呼ぶと言う。ましてや彼女はただの殺人鬼。こうなるのは、自然の流れだった。

「・・・・・・」

銃弾の抉った左腕。流れ出る血。わずかだが穴の開いた飛行機。気圧が乱れつつある室内。

それらの全てが、どうでもよいような気がした。このまま死ぬのが自然だと、そうとさえ思った。

だが、身体は心と別に動いた。応急キットから包帯を出して、傷口を塞ぐ。テープとプラスチック片でとりあえず開いた穴を処理する。

勿論気圧差があるから長く保つはずも無い。けれど、全てがほとんど作業として行っている彼女には、

それらのいちいちを考える余裕は無かった。心は凍り付いているのに、身体は動いているのだ。

操縦者を殺したので、機体のコントロールは喪われている。操縦席につく彼女。

「・・・・・・このまま死んだ方がいいのに。生きてる価値なんて、無いのだから」

哀しい事を呟きながら、身体は動く。飛行機など動かした事は無いが、マニュアルは当然知識として頭の中に入っている。

彼女の補助脳には事典に載っている事は勿論、必要となりうる事柄全てに関する情報が網羅されているのだ。

だが―――そんな事に彼女の心は価値を見出すわけも無く。ただ自分を責め続ける。

すぐに死ねと。お前は生きている価値が無いのだと。アキトさんの道具でさえも不適格な癖に、と。

そういう風に考える間にも、操縦桿をどうにか扱ってコースを安定させると、後は自動運転に切り替える。

そして手がキーボードを叩き、ネルガル本社に不時着に関して要請を出していた。

後は気圧差で弱まった機体がネルガル本社まで保つかどうかだが―――彼女にはもうそんな事に関する興味は無かった。

紅く染まりつつある包帯。痛む切り傷を右手で押える。

「私が殺した。死ぬべきなのに、生きてる。私には、幸せになる資格は無い・・・・・・」

傷よりも疼くのは、心。急に眠くなる。眠って何も考えずにいたい―――






























2日後。結局後は問題なく帰還し、傷も癒えたルリ。

だが彼女の心は深く抉られていた。そして今、隣にいる人物を見て―――

「ルリちゃん、今日はちょっと君に付き合って欲しいんだ」

テンカワ・アキト。彼女は彼の道具になろうとした。だけど、このざまだ。

結局なりきれるはずもない。心は痛むし、不完全だし―――彼女はその事実にも絶望していた。

「・・・・・・はい」

一人にしておいて欲しかった。しかし、彼の言葉には逆らうはずも無い。

彼女の存在意義は全て彼次第。彼が「必要ない」と一言でもいえば、彼女はもう生存している意味が無くなる―――

だから、嫌われないようにしていた。役立つように、必死に努力していた。

でも、駄目のようだった。復讐は復讐を呼ぶ。彼女のやった事で、彼が狙われる事にもなりかねない。

(もしかして、今日で捨てられる・・・・・・?無能で足手纏いだから。嫌われてるから・・・・・・)

ありもしない疑念が心の中に次々と浮かぶ。去年の8月の出来事は、彼女の心に強い怯えを作り出していた。

全てはその怯え、絶望からきざしている。どんな理性的で客観的な判断も、今の彼女の心には意味を持たない。







外見は平静に、だが心の中は怯えに荒れ狂いながら。彼女は彼の後をついてゆく。

狭い通路から、広い部屋へ。彼女がドアを通った瞬間、多数の発破音が連鎖して響く。

思わず無い銃を求めて腰のあたりに右手がさまよってしまうルリだったが、続いて沸き起こった声にまたも驚く。

「「「誕生日おめでとう、(ホシノ)・ルリ(ちゃん)」」」

「た、誕生日・・・・・・」

今日は7月7日。自分の誕生日である事を、彼女は失念していた。

そもそも一度も祝ってもらった事が無く、そういったパーティーがある事を知識でしか知らなかったのだ。

「そう。誕生日おめでとう、ルリちゃん」

結局彼、テンカワ・アキトが思いつくのはこういった事に過ぎない。だが、少なくとも悪くは無いだろう。

困惑したまま、彼女はテーブルにつく。その目の前に差し出されたのは、大きめのケーキ。

蝋燭が15本立っている。勿論、彼女はどうしていいかわからない。

「「「「「Happy birthday dear Ruri, Happy birthday to you♪」」」」」

「ふぅ、って息でかき消すんだよ。ルリちゃん」

「こう、ですか?」

アキトに促されて、蝋燭をやっとかき消す彼女。その瞬間人数こそ少ないものの、盛大な拍手が沸き起こる。

「いやぁ、めでたいねぇ。ルリ君ももう15歳か。そろそろ正式にネルガルの方へと・・・・・・うぐっ」

アカツキに肘鉄を食らわせたのはエリナ。その横でお決まりの白衣のイネスが、そしてゴートにプロスペクター、月臣までいる。

「誕生日の席でそういう無粋な事はやめなさい。で、ルリちゃん誕生日本当におめでとう」

「誕生日・・・・・・私の、祝ってくれるんですか?」

まだ混乱から立ち直っていない彼女。何しろ先程まで暗い事をずっと考えていた彼女なのだ。

環境の激変にやすやすと対応できるものでは無い。

「何の役にもたってないのに、どうして?」

「役とかそういう問題じゃないわね。誰だって身の回りの人が健やかに育ったら、それだけで嬉しいものなの。

あまり貴女自身は気に留めていなかったでしょうけど、貴女の事を好いてる人は多いのよ、ルリちゃん」

イネスの説明(極超短縮バージョン)に半ばぼけっとしながら、頷く彼女。

「さあさあ皆さん、堅苦しいのはここまでにしまして。主賓をもてなすのがパーティーというものです」

プロスペクターの音頭の元、彼女の誕生日パーティー兼食事会ははじまったのだった。






























その後歌を歌ったり飲み会などを経て。

食堂には幾つかの泥酔体とルリに押し付けたプレゼントが転がるばかりとなった、夜。





彼女は終始どこか浮かない顔だった。

祝ってくれるのは、嬉しい。自分を喜ばせようとみんな努力してくれるのにも。

だけど、本当に自分にその価値があるのか。そう考えると、どうしても気持ちは乗り切れなかった。

ただ同情して自分の誕生日会を開いてくれたのかもしれない。本当は厄介払いをしたいのかもしれない。

そんな事さえ考えてしまう自分。そしてそんな自分がどんどんと嫌になっていく。





疲れていた。結局自分は『いいお嬢さん』を演じなければならなかったのだから。

それ以外の役回りは期待されてないのだ。大声で「私を放っておいて下さい」と喚くわけにもいかなかった。

気に入られつづけるように。だが、彼女の中では消しがたい疑問が大きくなってくる。

「ルリちゃん」

振り向く―――そうだ、この人とは隣同士の寝室。だから、今も一緒。

「楽しかったかい?」

優しい笑顔。対照的に彼女の心は沈む。どうして、どうしてこの人は私に笑顔を向けるの?

私をどうして受け入れてくれる?何も私は、彼に与える事が出来ないのに―――

「はい」

それから無言。20mほど歩いて。不意に彼の手が、彼女の左肩に乗せられた。





「・・・・・・もう、無理するのはよした方がいいよ、ルリちゃん」

彼女の心がジャンプする。表情は凍りつき、黄金の瞳は彼を見ているようで見ていない。

「なんというか、最近らしくないよ。いつもそう、辛そうな顔をして」

「・・・・・・アキトさんの勘違いです。私、別に何も「嘘はやめてくれ」」

彼女の口が閉ざされる。その身体は細かく震えだし、その震えが腕越しに彼にも伝わる。

「俺、見てしまった。見ちゃったんだ・・・・・・君が、俺の為に罪の無い人々を殺すところを」

ルリの身体がびくっ、と震える。やがてこぼれだしたのは、弱気な言葉。

「見られていた・・・・・・こんな女。アキトさんは私の事が、嫌い」

「そんな事無いよ!」

今にもどこか消えいってしまいそうなルリ。その彼女をなんとかしてこの場に引きとめようと、彼は彼女の身体を揺する。

「俺はルリちゃんが好きだ。そんな事で嫌ったりなんてしない。それに、あの時・・・・・・ルリちゃんは辛そうだった」

「私が・・・・・・?」

よくわからないという風に首をかしげる彼女。心が痛みに麻痺している、彼はそれを感じ取った。

その心を揺り動かす為に。彼は真摯に彼女に告げる。自分の思うところを―――

「今まで俺がやってこれたのはルリちゃんのお陰だ。でも、いつも犠牲を君に強いるばかりで。

君を見ようともしてこなかった。鈍感すぎたんだ、俺。君の気持ちを一度も斟酌しなかった。

そして、そんなこんなで今日みたいな事態になってしまったんだ」





はじめてだった。アキトの脳裏に、彼女の感情が流れ込んでくる。

これまで、アキトのものが彼女に流入するばかりで―――だが、ルリの心は揺れ動いていた。

隠し通してきたものが、どんどんと漏れていく。あるいは、彼女自身、どこかわかってもらいたかったのかもしれない。

その負の感情。どうしようも無い怯えが、今の彼には手に取るようにわかった。





「ごめんね、ルリちゃん。俺が勝手な事ばかり言って、それでいて俺が馬鹿だから。現実を見ようとしなかったから。

君を復讐につき合わせて、それでいて君だけに全部押し付けてしまった。

本当は俺が一人でしなければいけなかった事なのに。結局手が汚れたのは、ルリちゃんだけだった・・・・・・」

「そうしたかったんです。そうする以外、私に生きてる価値は無いから」

「違う!」

がしっ、彼が彼女を抱きしめる。とっさの事で、彼女は彼になすがままとなった。

「そんな事無い!ルリちゃんは俺の道具なんかじゃない!ルリちゃんはそうじゃ無くても生きていけるはずだ!」

「・・・・・・でも、他にどうするっていうんです?」

気ののらない風の、目線と表情。自嘲の笑みが彼女の顔を彩る―――

「アキトさん以外、私に誰がいるっていうんですか?

私には、もう誰もいない。私が生きていくには、こうするしかなかったんです。

アキトさんの側じゃないと、嫌。そうで無いと私、私・・・・・・死んじゃいます。嫌なんです」

何を言っているのか、彼女自身最後はわからなかった。うわ言のように"嫌"を繰り返しているだけである。





そんな彼女を優しく抱きしめて―――彼もまた、どうするべきか決めかねていた。

だが、自然と身体は動く。ルリの心が泣いている、なら自分が出来る事は―――

彼女の髪を軽く梳き上げながら、彼は言う。

「そうだったんだ、ごめんね。本当にごめん・・・・・・。

でも、俺はルリちゃんを捨てないよ。捨てるつもりなんて、ないから」

「・・・・・・どうせ、私は役立たず。なら、いつかは」

「役立たずかもしれない。だけど、捨てないよ」

「・・・・・・え?」

息が詰まるほど強く抱きしめ。彼は内心大きく息を吸い込んでから―――決心をつけて耳に囁いた。

「どうしてルリちゃんを俺が捨てなきゃいけない?ルリちゃんみたいな綺麗で、純真な女の子が俺なんかを慕ってくれている。

それなのにどうして捨てなきゃいけないんだ?ルリちゃん、たとえ君が嫌だと言っても、俺は君を離さないよ」







結果から言えば、この発言が彼女の精神、ボロボロに傷ついた心を救った。

だが同時に彼への依存をより一層強めさせる結果にもなってしまったのだ。

けれど―――他に何が出来たというのだろう、彼に?







「アキト、さん・・・・・・」

「だからもう無理しないで。一人で全部背負おうとしてはいけない。

もともと俺が求めた戦いなんだ。汚れるなら、君だけじゃなく俺も汚れないといけない。

わかったなら、もうそんなに震えていないで。俺の側を離れないでくれ」

こくり。彼女はまるで人形のように素直に頷いた。

彼女の心は今までの負担もあり、彼の差し伸べた手にすがってしまった。

もうただの道具でいたくない―――そんな風にさえ、この時の彼女は思っていた。









いつまでも抱き合っている男と女。軽く乱れ、男の左手に掛かる蒼銀色の長髪。

これからの2人の関係を予言するような、それは光景だった。

































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あとがき




ちょうど間ぐらいの話が終わりました。ルリが一層アキトにべったりになる為の話ですね。

彼は恋愛にはとかく甲斐性の無い青年ですが、自分はやる時はやる男だと思ってます。

それでこんな役回りになった訳ですが―――まあ、ベタな言葉だったので、わかりやすかったかと。

(わかる人はわかっているかもしれませんが、ルリの内心の問題はちっとも解決されていなかったりします。

彼がやったのはいわば対症療法みたいなものでして。ルリがまともに戻るかどうかは、まだ未知数です)

さてと、気付いている人は気付いていると思いますが、この話のルリは劇場版におけるラピス化しています。

どうしてそうなったかと言えば、彼女の受けた心的外傷とアキトの為にずっと生活すれば、

ラピスに似てくるだろうな、と個人的に思ったからです。

さてお立会い。ルリルリがラピスの役回りをこなすとなると問題になってくるのはラピスです。

ラピスがルリの役割をこなすのか、あるいは銀色姉妹となるのか。





散々お待たせしましたが、らぴらぴは次話登場です!

この為に第7話はくどくならないようにも(手抜きとも言う)色々とカットしてきましたが、

それもここまでです。次話からとうとうナデシコらしく機動兵器も大登場ですよ、奥さん!

やっと前置きが終わり、外道の北辰さんやマッドなヤマサキ博士も大活躍の予感(書いている本人が言う言葉では無い)。

コンパクトに纏めつつ、ちゃんと厳選して彼らの活躍をば書いていきますので、お楽しみに!





それでは。次回もアキト×ルリで行こう!




うーん、実際このお話は第8話に入れると巨大になりすぎるものを分けて書いたものです。

ですので、かなり前半は濃く、後半(アキト×ルリ)は唐突です。でも、まあ早く出したかったので(おい)。

時間は限られてますし、これからもどしどしと骨格以外はダイエットして、

それでいて見るに価値ある作品を書いていきたいと思います。

・・・・・・ダイエットの効果、本当に現れているかな(苦笑)。


b83yrの感想

復讐は復讐呼ぶとは言います

ですが、復讐を完全に否定してしまえば、『最初に復讐されるようなマネをした連中』は、何の罪も償う事無くそのままです

こうなれば最初に悪い事した連中は、やり得、やりたい放題なんて事になりかねない

良いんですか、これって?

この問題に、納得のいく答えをくれた人は、見た事がありません

現実離れした、『頭の中にお花畑でも咲いてるのか、こいつは』と人を呆れさせるような事を言って、『答えたつもり』になってる『人道主義者?』なら居ますが

『答えが出ない』からこそ、争い事は泥沼化もするんですよねえ

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