「・・・・・・こんな要求、本気で僕が受け入れると思うかい?」
いつもと変わらぬ口調、語気。そして笑顔で、彼、アカツキ・ナガレは問うた。
だが―――その目付きは鋭い。鷹のようなそれが捉えたもの、それは黄金の瞳だった。
「受け入れた方が賢明です。アキトさんの事実を知っている私が社会に野放しになるよりは、
私をアキトさんあわせて援助して、自陣営に取り込んでしまった方が、ネルガルの利益にはなるはずです」
ルリの提示した書類を机の上に投げ出す彼。
「話にならないね。どうして僕達ネルガルが、君らの為に身銭を切って援助しないといけないのかい?」
「アキトさん一人と、私を含めた二人。経費的にはあまり変わらないはずですが」
「戦力にならない君の為に数十億も出す気にはなれないんだけど?」
ルリの望み。アキトと共に今だ正体の掴めぬ謎の組織への復讐を行うという事。
だが、アカツキにとってはそれは規定の路線の実現を否定される事であり、無理な相談だった。
「なら、全て終わってから、私を実験に使ってください。そうすれば経費に対してある程度の補填は効く事でしょう。
お金の問題なら、デイトレードでネルガルの為に稼いであげます。特に問題は無いはずですが。
どうせネルガルにとっても私は道具のはず、使うのに躊躇う事は「いい加減にしたまえ!!」」
はじめてアカツキは拳を机にたたきつけた。今までとは打って変わって、その瞳はルリを睨みつけている。
「この・・・・・・!さっきから優しくしていれば、付け上がって・・・・・・っ!!
ともかくだ、ネルガルには君を援助するつもりが無い。このままここに居続けるなら力ずくで「どうぞ」」
冷たい言葉。アカツキはハッとしたように彼女を見つめる。彼女は―――言葉とは裏腹に笑みを浮かべていた。
「その場合、私の身がどうなろうと構わないって事ですね。また、あの研究所に戻されてしまうかもしれません」
「・・・・・・ちっ」
怒りをぶつけるところが無い。アカツキの負けのようだ。ルリの要求を呑まざるを得ない・・・・・・。
「好きにすればいい。ただ、言葉は忘れないでいて欲しいな。全て終わったら君の身は僕達の物だからね」
「御随意に。では」
ちょこんと一礼して、会長室を出て行くルリ。その背中を、ただアカツキは見つめるだけだったが―――
「・・・・・・ふふ。そうかい、でもそれもこれも全部君の身が耐えられるならば、だけどね」
不敵に微笑むと、彼は手元の端末の上で手を踊らせたのだった。
Bride of darkness
第4話 『戦場の前』
「はぁっ、はぁっ・・・・・・」
「ぐっ、ううっ・・・・・・ふぅっ」
「気を抜くなっ!!貴様らは体力から足りんのだからな」
1ヶ月後。ネルガル本社地下施設、深度580m。
月研究所と並び最も設備の充実している研究所群が、ジオフロントとなって配置されている
この巨大な空間の一角は、今完全な機密指定を受けていた。
単純な面積だけでも10ha以上、この一角にある建物では現在、非常に私的かつ特別な訓練が行われていた。
所狭しと並ぶ各種トレーニング機材、広い柔道場、起伏の激しいランニングコース。
そしてたった今、障害物を多数置いたランニングコースで、2人の男女が必死の形相で走っていた。
テンカワ・アキト。イネス・フレサンジュ特製の黒い大き目のバイザーを身につけ、視覚の40%を補う事に成功した彼。
その横では、ホシノ・ルリがウエイトをたっぷりと付けたマントを身につけて、引き摺る様に身を前へと進めている。
「はぁっ!はぁっ・・・・・・だ、め」
苦しそうな息をあげて、ルリが床へと倒れこむ。
元々彼女はインドア派で体力をつけようという努力を一切してこなかったので、
この訓練を始めてからは何かと遅れがちだった。それでも、1ヶ月前と比べると見違えるようになったのだが。
「ルリちゃん!?」
「一人で走れ、テンカワ・アキト!お前一人で戦い抜く、そういった覚悟をつけろ」
つかつかと歩み寄ってきた男。白い制服、長い黒髪。ゲキガンガーの『海燕ジョー』にかなり似ている背格好。
彼の名前は月臣元一朗。元木連中佐で―――今は、『ネルガルの犬』。会長付きガードマンである。
もっともネルガルにおける会長秘書・ガードマンというのは、エリナを除くと皆シークレットサービスの指揮官であり、
この男もまた、ネルガルにおいて重要な地位を占める男である。勿論、影の部分で、だが。
ルリが心配ながら先に進むアキト。性格こそ暗めにはなったが、どうやらルリに関してはやはり別のようである。
一方ルリ。汗ばむ全身、辛そうに息をつき、顔が蒼白になっている。
その彼女の華奢な腕を掴むと、月臣は無理やり立たせた。
「ふん。だから女は根性が無いというのだ。テンカワの手伝いは諦める事だな」
口からついで出たのは、励ましでは無く、蔑み。
「まともな覚悟も持たん癖にこの世界に飛び込もうなど、百年早い!」
ルリを放り投げるように手を離す月臣。彼女の身が地面に叩きつけられる。
ひきつって―――だが、結局動かない彼女の口元。言い返そうとして、言い返せない。
自分がどうしようもなく体力が無い事をわかっているから。実力で見返さなければいけないから。
「ふん、どうした。俺が憎いのだろう?お前に辛くあたる俺が。
不満があるならここから出て行ってもいいんだぞ?テンカワはお前がいない方がやりやすそうだからな」
「・・・・・・くっ」
きっ、ルリが口元を引き締める。腕を震わせながら上半身を起こし、震える足を踏みしめて立ち上がる。
引き摺るように身を運んでいく彼女、その背中を見つめる月臣・・・・・・
「まだまだ諦めそうにないですなぁ、月臣君」
「プロス殿か・・・・・・まあ、彼女は相当テンカワに入れ込んでいるようだからな」
彼女の姿が見えなくなってから現れたのは今日も赤ベストが決まっているプロスペクター。
「それにしても、貴方も似合わぬ仕事を押し付けられて、大変のようです」
「やはり貴方はお分かりか。確かに自分は教師役などに似合わぬ性格だ。
そしていかに必要があるとはいえ・・・・・・結構きつくてな、御宝たる女性にああも厳しく接するのは。
だが、頼まれた以上、彼と彼女を戦場で生き残れるまでには鍛える。それは約束しよう」
「ふむ、期待してますよ。で、今日は一つ相談がありまして」
「相談?」
小会議室。防諜が完璧になされたこの部屋で、2人は書類を交えて検討を重ねる。
「そうですか。やはりルリさんに男のような戦い方を求めるのは無理、ですか」
「わかっていた事だと思うが、プロス殿。どれほど鍛えても女性は女性、男にはなれぬ。
この1ヶ月の成長ぶりは正直驚いているが、しかしそれでもテンカワとは体力レベルに差がありすぎるからな。
やはり彼女は支援任務、例えば戦艦の操船や砲戦型機動兵器を扱わせるのが良いだろう。
しかし、敵基地内部での戦闘を彼女に期待しないでいいかといえば」
「そうではありませんな。1人と2人では出来る事に大きな差がありますから。
テンカワさんと並べて戦える―――まではいかなくても、白兵戦で敵兵に遅れをとるようだと、
ルリさんの生命そのものが危なくなってくる・・・・・・。彼女の性格から、一人安全な所で見ている事は出来ないでしょうし」
「そういう訳で、彼女の戦いのスタイルを考える必要がある。
私が見るに女性でもそれなりに白兵戦をこなすには、ある技能を身につけた方が良いと思われるが・・・・・・」
「とおっしゃると?」
プロスペクターが金縁眼鏡をくいっとあげる。彼が真剣になる時の、それはサインだ。
「暗殺術、だ」
古今東西、歴史上には綺羅星の如く偉人が存在する。
だが、その裏でそれを上回る数の、それを支えた影の者達がいるのもまたあたりまえの事実である。
その中、暗殺者―――闇に消え人殺しを生業にする者達は人類が暦を持ったときより存在し、
なかには歴史を変えるような者達もいた。権力者達の選択肢には彼らの使用がいつもあったのだ。
22世紀現在、暗殺者と言っても色々な系統があり、例えばプロスペクターも元は著名な暗殺者である。
ネルガルシークレットサービスは暗殺者や諜報員の集まりであり、これもまた一つの形でもある、
だが、「暗殺術」を使用する人間は意外に少ない。暗器、薬殺の知識、ナイフの扱いに長けた人間達は、だ。
彼らはいわゆるスーパーマンみたいなもので、一人で地味ながら何でも出来る、それが条件みたいなものなのだ。
月臣の言った「暗殺術」とはまさにそれ。ある程度の柔術の心得を体得し、何か一つ暗器を使用し、
ナイフや短刀、場合によってはペンやその逆の長刀で人を極めて静かに殺す事が出来る、
そういった総合的な技能そのものを指しているのだ。
勿論それらにはバランスの良い身体つきと高い知性、知能が必要とされる。
ルリの場合知性、知能は十分だが、バランスの良い身体つきかは疑問であり、まだまだ不足は多いが―――
「なるほど。確かに暗殺術がいいでしょうな。より効率良く、少ない体力で敵を殺すには」
「暗殺術」は特に理、科学的な思考や合理的な動きを求められる技能である。
勿論他の武術なども(西洋東洋の価値観あわせた)合理的な動きこそが極めるのには必要となってくるが、
より暗殺術は高い次元で―――それこそ、力だけあっても仕方が無い、無意味な技能なのだ。
ルリの場合体格がひ弱でどれほど鍛えてもある程度以上にはならないだろうが、
そういった状態で最も力を生かせるとしたら、それは暗殺術という事になる。
そして、もう一つルリには暗殺術が適している、そう判断された理由があった・・・・・・
「彼女はテンカワに対して一途だ。あるいはその為であればとてつもない精神力を発揮する。
そして彼の為であれば、どれほど汚い手段であれ、敵を陥れ殺す事に躊躇いが無いだろう」
「・・・・・・ひどい大人ですな、我々は。ですが、こうするしかありませんか」
「彼女は修羅の路へと足を踏み入れた。生き残るには覚悟もそうだが、やはり技能が無ければならない」
「生命が無ければやり直しも出来ませんからなぁ」
他人を躊躇い無く殺し、それでいて正気を保つには相当な精神力を必要とする。
そして、暗殺にはよりそれを要求される場面が多い。
何日でも相手をその場で待つ、それでいて狙った獲物は逃がさない。スナイパーと同じくする忍耐。
美しくない、より吐き気がするような人殺しを躊躇わないだけの。狡猾であろうとする為の精神力。
常に理性的に行動する。それでいて正気を保ち続ける。その為には、何か理由が無ければいけない。
アキトの場合は強い復讐心がある。だが、ルリはそこまで強いものは持ち合わせていない。
しかし、彼女は代わりに持つ物があった。それは、家族、言い換えてアキトへの強い想いだ。
彼の為なら生命すら捨てられる。自分よりも彼の方がずっと、いや何よりも重要。
月臣とプロスは例の映像―――アキトにナイフを握らせて、自分の胸へと導いた、その場面の映像を見ていた。
それがあるから、彼女にこの暗殺術が向いている。そう月臣は判断したのである。
そしてプロスペクターは、アカツキの目標どおり彼女に復讐の路を諦めさせるには、
最後に特に精神力を必要とする役割、その為の訓練を行わせるしかないと判断したのだ。
だが、それにしても彼らにはまだ大きな課題があった。
それはひどく難しい事。それだけで数ヶ月を必要としてしまう事。
「・・・・・・教師役、見つけるのが一苦労ですな」
急旋回。左に身を捩る。吐き出された弾―――彼女の傍らを過ぎ去ってゆく。
構える。レールキャノンの先を紅い機体に合わせて。一瞬のうちに発射。
(・・・・・・避けられた!あっ!!)
激しく揺れる空間。身体。右腕の反応が無い。駆動系がひどく軋んでいる。
反撃の手段を喪った彼女。敵機が近づいてきて、彼女のアサルトピットにレールキャノンを突きつけ―――
「きゃあぁぁぁっ!!!」
5Gを超える強さで左右前後上下に揺さぶれれる彼女。思わず悲鳴が口を割って出る。
這い出すようにシミュレーターより出る彼女、ホシノ・ルリ。ここ数ヶ月の特訓も、まだまだのようだ。
「流石にリョーコちゃん相手はきついか・・・・・・」
傍らで見ていたアキトの呟き。
「・・・・・・ふぅ。正確にはリョーコさんのデータ相手に、です」
どれほど復讐に機動兵器の操縦テクニックが必要であるか、今だわかってはいないが、
この数ヶ月、ずっとルリはエステバリスの操縦訓練を毎日欠かさず行っていた。
だが、やはり急にできるものでは無いらしい。超一流のパイロットであるリョーコのデータ相手にだと、
今のところは勝率1割ほど。勿論相手が本物のリョーコなら、確実に彼女は負けるに違いない。
ちなみにアキトはデータ相手なら絶対に勝てる。ただし、本物相手では、今は五分五分に出来るかどうか、だろうか。
「機械、レーダーや、あるいはカメラ越しの映像に頼りすぎなのかもしれないな、ルリちゃんは」
「え?」
「俺が五感を喪ったからという事もあるが・・・・・・IFS越しにデータで受け取るようにして、それで戦うようにすれば、
よりタイムラグ無しに戦えるんじゃないか?後は、もっと武術を極めればより自然に戦えるようになる」
IFSの使い方には確かにそのようなもの―――視覚や聴覚をデータで肩代わりする、というものがあった。
そうすればタイムラグが無くなり、コンマ数秒レベルで早く対応できるようになる。
今だかつてそのような使用法をした事があるのはアキトだけだが―――考えてみればルリにも出来るはずだ。
何しろルリのIFSは普通のものでは無いから。また彼女はIFSの操作に最も慣れている人間だ。
そしてこの方法が最終的にはルリの戦闘能力を飛躍的なまでに上昇させる事になる。
だが、そんなに簡単に強くなれれば誰も苦労しない。
2週間後。筐体の中で悲鳴を上げ続けるルリがいた。
「見えない・・・・・・そこっ!?ああっ!」
目には黒い布、耳栓をつけ、ただIFSだけからの情報で戦う彼女。
だが当然そんな事が簡単にいくはずも無く。2週間で一度もデータのリョーコに勝利していない。
「はぁ、はぁ・・・・・・映像が途切れる」
集中力が無いのか、あるいはやはりいつも視覚がある以上視覚に頼ってしまうのか。
しっかりとレーダー、カメラ、その他の情報は入ってくる。むしろ彼女の特別なオペレーター用IFSならまだ全然余裕があるぐらいだ。
だが、続かない。無意識のうちに全ての感覚回路を開き続ける事は出来ないのだ。
それでデータとはいえ、二流パイロットでは決して勝てない相手。意識がとられた瞬間に世界が闇に包まれる。
「うっ、きゃあぁぁっ!!」
エステバリスの手がアサルトピットにめり込む。凄まじい揺れの後、機体が動かなくなった。
「駄目か。日常から目隠しする訳にもいかないから、これは慣れるしか無いのかもしれないな」
「う、うぅ。これじゃ本当、私、アキトさんの足手、纏い・・・・・・」
床に倒れる彼女。ここ毎日彼女は無理ばかりしていた。そっとその身を抱き上げる彼。
「いや、嬉しいよ。ルリちゃんがこんなに俺なんかの為に頑張ってくれるなんて・・・・・・」
そっと気を喪った彼女の蒼銀色の髪を梳く彼。その目線には確かな労わりと優しさがある。
「でも、本当は。ルリちゃん、君にだけは幸せになって欲しいんだ」
新年を越えて、2200年。22世紀最後の年。
「はぁ、はぁ・・・・・・」
「どうした、もう終わりか?」
柔道場。木連式柔の現世最大の達人月臣元一朗は不敵な笑みを浮かべて屹立している。
彼が鷹のような眼で見つめる先。そこには身体をくの字に曲げて虫の息をあげる少女―――ルリである。
「非力なのに力で投げようとするからいけないと言っている。
柔は理なり。そして無駄に捻りを入れるものでもない。初動は限りなく直線的に動かないと敵に遅れをとる。
それにしても・・・・・・覚えの悪い奴め。テンカワは既に甲級の技に取り掛かっているというに」
「・・・・・・ごめんなさい」
「何に対して謝っている?お前の出来が悪かろうと俺は構わん。お前が勝手に死ぬだけだからな。
もしやお前はテンカワに謝っているのか?愚か者め、口だけで何かなると思っているのか?」
月臣の口調は平静そのもの。それだけに言葉一つ一つがルリの心の中に突き刺さる。
(私、やっぱり駄目な女・・・・・・アキトさんの人形にすらなれないの?)
「戦うのなら黙って立て。言葉など戦士には贅沢だ」
(私、私・・・・・・。アキトさんの為に生命を捨てるって、そう約束した)
全身が悲鳴をあげている。毎日鍛錬に鍛錬を重ねている。彼女の細身の身体は折れそうだ。
だが、立ち上がる。震える脚に鞭打って、月臣に向かっていった。
(なんと大した女性だ、ルリ君は)
口では何かと憎まれ口を叩きながらも、その実月臣は毎日が驚きの連続でもあった。
まず第一が覚えの良さ。毎日毎日、成長が手に取るようにわかる。このような者は、他にテンカワ以外いない。
次に常軌を逸した真剣さ。月臣自身、彼の師匠から木連式柔を習う時、これほどまでに真剣だった事は無かった。
倒れても立ち上がる。文字通り気を喪うまでは鍛錬をやめようともしない。
強さへの強い願望。目的達成こそが自分の存在意義だと信じて疑わない強固さ。
(よほど誘拐されていた2週間が地獄だったのか。これほど辛い鍛錬でも根をあげぬとは・・・・・・。
彼女の心は強い。決心も固い。テンカワとの復讐への路を諦めさせるのは、ほとんど無理か)
「ふん。その程度か、お前の覚悟とやらも子供騙しのものに過ぎないな。
本当はテンカワの隣に居たいだけなんだろう?そして、ただ寝室で可愛がってもらいたいだけなんだろう?」
「・・・・・・!そんな事、かはっ」
鳩尾に一撃を加える。ずるり、彼女の身が崩れ落ちた。
口から出た少量の血が、畳を汚している。やりすぎてしまったようだ。
彼は彼女の身を抱えると、医務室へと届けた。気を喪い、ベッドに横たわった彼女に一言。
「悪役は俺に似合わんのかもしれんな」
「・・・・・・ふむ。"彼"ですか」
「はい。"彼"以外に考えられません」
大男からの報告、そして書類、フライウインドウに目を通すプロスペクター。
「上手くいけばルリ君を諦めさせる事が出来るかもしれませんねぇ。
でも、正直この手は使いたくなかったのですが・・・・・・。"彼"の弟子の死亡率、知っていますかな?」
「はい、確認されているだけで弟子の死亡率90%以上。実際はほぼ全てが死んでいるものと思われます。
更にその全てがどうやら"彼"に師事している間―――すなわち、"彼"に殺されたようです」
「まあ我々がいるからルリさんの身に万が一という事は無いでしょうが。
ひどいトラウマを心に負う事になってしまう、そんな事は避けたいものです。
ふむ、どうした事か・・・・・・ゴート君はどう思いますかな?」
「この際危険を冒すのもやむなしかと。この図表を見てください」
そこに記されていたのは、ホシノ・ルリが"彼"に師事した場合とそうで無い場合の死亡率の比較だった。
それによると、敵の戦力・規模にもよるが"彼"に師事した場合の方が死亡率平均20%、
一方そうでない方は平均90%以上。ほとんどの場合で彼女は生命を落とすと考えられていた。
「ふむ、これほどの差の開きとは」
「前者の場合、ルリ君がテンカワと共に復讐をする事を諦めるという可能性が含まれています。
つまり、ルリ君をなるべく生かす為には、もはや"彼"に助力を仰ぐ他無いわけです。
尚、この試算はオモイカネがここ2週間全力を尽くして出したものですから、信頼性は高いかと」
「・・・・・・。わかりました、月臣君を呼んでください。それと、エリナさんに資金調達を依頼しておきましょう」
ネパール、ヒマラヤ山麓。
広大な自然保護地区が広がるここは、21世紀中頃よりの努力もあってかつての麗しさを取り戻している。
空気は完全に澄み渡り、空は限りなく碧く。その元で、少数の人々が土地を耕す。
今、車が通るには狭い、だが人が通るのには十分な高原の道を2人の男が歩みを進めていた。
「本当にここでいいのだろうか、プロス殿?」
「間違いありません。引退して2年、"彼"は今療養を兼ねてここで農業を営んでいます」
「療養?」
月臣の問いに重々しく答えるプロスペクター。
「"彼"は幼い日から病弱の身でしたので。特に現在は肺と心臓に持病を抱えています」
「何故そこまでお詳しいのか?」
「・・・・・・同僚でしたから」
「同僚?」
「はい。一応"彼"はフリーという事になっていますが、実際はネルガル前会長お抱えの暗殺者でした。
ネルガルの全盛期をつくり、クリムゾン他反ネルガル勢力を抑えていたのは、"彼"の破壊活動があったからです。
そして・・・・・・"彼"と私は幼馴染でして。ずっと"彼"とは一緒でした―――15年前までは」
そう最後に呟いた彼の顔。いつもと同じ笑みを湛えている―――だが、月臣はそれに触れられなかった。
何か深い悲しみ、憤り。その他もろもろの感情がそこにある事を、敏感に読み取ったからである。
西に傾きつつある太陽。光に多少紅いものが混ざってくる。
それがヒマラヤの稜線をくっきりと照らし出し、天に向け聳え立つ荘厳な山を装飾する。
なるほど、日本で見る山とは違うな―――コロニーシップ出身の月臣は内心頷いた。
山はまるで剣。雪は白き壁。確かにこれは人に大きな感銘を与えるものだった。
そして、越えたくもなる。何千何万もの登山家が挑むだけの理由は、ある。
やがて見えてきた小屋。近づくと、それがそれなりに佇まいを持った家だとわかる。
何しろ壮大な空間の中に家一つ。小屋に見えても仕方ない。
「この家ですな」
「はい。そしてあれが、"彼"です」
プロスペクターの目先、100メートル。
彼らの訪れを待ち構えていたかのように、一人の男が長い杖を片手に屹立していた・・・・・・
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あとがき
ルリ訓練編の前編です。必死になって頑張っているルリを描いてみました。
まあ、最後は思わせぶりな終わらせ方でしたが、お約束みたいなものですから。
"彼"がどういう人物で、何をルリにするのか。
今心待ちにしているとしたら、貴方は作者の術中にあります(笑)。
貴方の予想通りの人物かどうか。あるいは別の貴方の思った人物か。
訓練編はあと2話なので、その2話で存分に"彼"を描けたらよいなと思ってます。
まあ、基本的には作者の趣味が前面に出た人物・・・・・・になるか、なぁ?(微妙に弱気)
第5話は微妙に読むのが辛くなる話かもしれませんが、どうぞ継続してお読みくださいませ。
例の如く余計な一言。
我らのルリルリをどう扱うか、それぞれのSS作者さんで結構課題のこの問題。
自分の場合、趣味が悪いのか、それとも性格が悪いのか。少年漫画のノリでルリルリには
どんどん試練を与えちゃいますが、それだけでこれからSSを書いていくと展開が固定されてしまいますね。
なので、新しい企画とか、また立てていたりします。手を広げすぎない範囲で、ですが。
それでは。次回もアキト×ルリで行こう!
今回の執筆にはあまり時間が無くて、かなり駆け足で行ってしまいました。
で、オリキャラが出てきてしまいますが・・・・・・あまり活躍させるつもりは個人的には無いんだけど、
でもきっとオリキャラに感情移入しちゃうんだろうなぁ・・・・・・。
ぶつぶつと今日も独り言を言うりべれーたーでした。
b83yrの感想
カップリングって物を見る時、やっぱ、『お互いがお互いの為に』って物が有った方が見ていて気持ちが良い物です
『厳しさ』だって、『たんなる我侭の正当化』と『お互いを思いやるが故の厳しさ』では、全く違う訳でして
オリキャラは、オリキャラその物に問題があるんじゃなくて、『そのオリキャラが話を面白くしてくれるかどうか?』が問題
出せば間違い、出さなければ正解って訳でもないし、その逆でもない
読者は、『作品全体として』面白くなってくれればついて来てくれるし、つまらなければ、とっととそんな作品は見捨てます
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