2195年 火星へチューリップ侵攻、連合軍第1艦隊全滅。フクベ・ジン以下全員死亡。
     ユートピア・コロニー他、全コロニー消滅。生存者なし。
     蜥蜴戦争勃発
2196年 ネルガル重工、新造戦艦を民間船籍で就航させる。
     機動戦艦ナデシコ、出航。
2197年 テンカワ・アキト他2名を加え、連合軍指揮下で再出航。
     火星で生存者を発見。
     第2次火星大戦で連合軍勝利。
     カキツバタ、チューリップに飲み込まれる。
     10月、カキツバタ、敵チューリップより出現。生体ボソンジャンプに成功。
     ネルガル・ショック起こる。
2198年 ナデシコはアスカ・インダストリーへ、シャクヤクはクリムゾンへ、カトレアは連合軍へ売却。
     第5次月面奪還作戦成功。
     カキツバタ及び連合軍一部部隊が、木連との和平を求めて艦隊を離脱。
     ナデシコ、ボソン砲試験戦艦『かんなづき』と交戦、撃退に成功。
     和平交渉失敗。全滅。カキツバタ撃沈。
     ナデシコのエステバリスパイロット、ヤマダ・ジロウ戦死。
2199年 第3次火星大戦。
     ナデシコにより、遺跡の中枢部、マス・ドライバーで外宇宙へ。
     捜索隊が組まれるも、未だ発見できず。
     木連で『熱血革命』起こる。
     新木星連合発足。地球と和平協定締結。
     草壁・北辰らは戦争犯罪人として現在係争中。
     ジャンプが容易になったことから新木連との間に共同研究の協定を結ぶ。
     それに伴い、ILJA(International Long-range Jamp Assosiation)発足。





2199年9月。
火星、ユートピア・コロニー。
完全に復興されたBブロック居住地域に面した人造湖。
夕焼けを背に、2つの影が並ぶ。

1つは学校帰りなのだろう。
セーラー服に身を包み、美しい蒼銀の髪をツインテールに結わえた少女。
もう1つは、その少女の手を取り、ジーンズ姿の青年。
少女と繋いだ手の反対の手には、買い物籠を下げている。

「平和、ですね」
黙っていると、人形かと見間違うほどの容姿を持つ少女、ホシノ・ルリがそっと言う。
ルリは3月の和平協定後、イネス、アキト、ラピスと4人で火星で暮らし、イネスの勧めもあって5月から開校された中学校に通っていた。
「そうだね。ところで、学校はどう?」
アキトが尋ねる。
自然な笑顔を見せ、アキトに答える。
「そうですね・・・勉強はやっぱり、簡単すぎますけど」
「はは、そうだろうね」
「でも、楽しいです。同年代の子たちと話すのって、新鮮です」
アキトも満足げに頷く。
「アキトさんは、どうですか?」
ルリは少し気になっていた。
ナデシコクルーで火星に移住している者は、彼ら以外にはいない。
師匠である、ホウメイやサイゾウも地球にいる。
アキトは1人で、料理の腕を磨かなければならないのだ。

「うん。大丈夫だよ。市民タワーの洋食屋、前にバイトしてた所だし、シェフもホウメイさんやサイゾウさんとまではいかないけど、やっぱり凄い腕だよ」
アキトの笑顔に、幸せで胸が一杯になる、ルリ。
穏やかな日々。
この生活がいつまでも続けばいい。

少しの沈黙があって、自然に唇を重ねる2人。
夕焼けが火星の大地を更に赤く染める。
2人の影は、人造湖に長く伸びていた。





「けっ結婚、してくれませんか」
「は?」
この世の終わりのような表情で、イネスに告げる。
そもそも、こんな時期に火星へやって来ること自体、おかしかったのだが、まさかそんなことを考えているとはさすがのイネスも予想だにしていなかった。
間の抜けた返事を返したまま、固まったままのイネスと、微動だにしないヒラヤマをランドセルを背負ったままラピスが不思議そうに眺める。
「イネス・・・ご飯は?」
返ってこない答えに諦めて、ラピスはアキトを探す。





「へえ、本当に先生になったんだねえ」
厨房で包丁を研ぎながらホウメイが笑う。
『日々平穏』ホウメイの店だ。
カウンターに腰掛けたミナトも笑って言う。
「ホウメイさんまで疑ってたんだ。私ってそんなにばかに見えるの?プロスさん」
ミナトをスカウトしたのはプロスだ。
その責任を取れと言わんばかりの発言に、プロスも苦笑する。
「いやいや・・・皆さんも見る目がありませんな」
「ま、ナデシコに乗ってりゃね。ルリ坊じゃないけど、ばかばっかな船だからね」
ホウメイの言葉に、ミナトが思い出したようにハンドバックをまさぐる。
「そうだ、ルリルリと言えばさ・・・ほら、これ」
どれどれ、と覗き込む2人。
ミナトが取り出した写真には、ルリとアキトが並んで写っている。
制服姿のルリが、ユートピア・コロニーの市民タワーをバックに、アキトの腕にしがみついて真っ赤になっている写真だ。
「ふふ、ルリルリったら、真っ赤になっちゃって」
「でも、これを送ってきたということは、余程嬉しかったんでしょうなあ。照れてはいますが」
「そうだね。テンカワもだらしない顔だね。やれやれ、あんなの弟子にするんじゃなかったよ」





ヒラツカ・シティ。
高級住宅街が立ち並ぶ町並みを見下ろすように、高台に屋敷が建っている。
閑静な町並みから更に外れた屋敷は、広大な庭に池が作られ、獅子威しの音が上質な静謐に時折アクセントをつける、はずなのだが。

「ゆうりくわあ〜〜〜!」
屋敷の主、ミスマル・コウイチロウ連合軍第3艦隊提督の声が響き渡る。
「なぜだ?!どこが気に喰わんと言うのだ?!」
「嫌ったら、嫌です!お父様は娘の自主性を尊重してくれないのですか?!」
頬を膨らませたユリカが睨みつける。
「う・・・それは、だな・・・しかし!」
一瞬、自分の娘ながらその年不相応の愛らしさに怯んだコウイチロウが、劣勢を挽回しようと語気を強める。
「連合軍なら、いつでもパパと一緒にいられるんだぞ〜?」
「ユリカは子供じゃありません。自分の仕事は自分で決められます!」
「アオイ君・・・君も何とか言ってくれんか?」
弱りきったコウイチロウは、隣で呆然としていたジュンに助けを求める。
「へ?あ、あの、その・・・」
「ジュン君は私と一緒に行ってくれるんだよね?オストリカに」
「なにいい〜〜!」
「行こう、ジュン君」
さっさと荷物を持って車に乗り込むユリカ。
酸欠の魚状態で口をぱくぱくとさせているコウイチロウに、軽く会釈をすると、ジュンが運転席に乗り込む。
「・・・いいのかなあ、本当に」
「いいのいいの。さ、新しい戦艦が私を呼んでるわ!ジュン君、出航!」
「いや、車なんだからさ・・・」





「リョーコお、本当に連合軍に?」
「ああ。俺は戦いが好きらしいや。ま、性分って奴だな」
「勝負が好き・・・勝負、ん・・・」
「はあ・・・」
リョーコとヒカルが溜息をつく。
修行に出る、突然言い出したイズミの送別会で集まったはずが、何故かヒカルの原稿にベタ塗りをしている。
「でもさあ。イズミちゃん、どこに行くつもりなの?」
「部屋の中で笑う・・・インド、あは・・・」
「わかんねーよ」





「あれ?」
「どうしたの?メグミちゃん」
マネージャーが、運転席から聞き返す。
「あ、はい。何か、あそこの人が、知り合いに似てるなって」
ハンドルに覆い被さるようにして、数台前の横断歩道を覗き込む。
「・・・って、あの怪しげな人のこと?」
「はい・・・ま、まさか、ね」
「あはは、あんな人が知り合いなんて、メグミちゃんのイメージに傷がついちゃうわよ。さ、急ぎましょう。スケジュールは一杯なんだから」
「そうですね」


「ふふふ・・・これさえあれば、俺のリリーちゃん2200は完成する・・・くくく」
怪しげな包みを抱えたウリバタケだった。
・・・違法機材、か?





穏やかな1日が暮れようとしている。
大地に足がつき、機械音も、警報も鳴らない毎日。
本当に穏やかで、平和な日々。

「それにしてもさ」
無言でアキトへ顔を向ける、ルリ。
「地球政府も結構間抜けだよな」
「そうですね」
ルリは思わず苦笑した。
遺跡を研究するための法律は制備していたものの、所有権を明示していなかったのだ。
と言うよりは、各国、企業の思惑が入り乱れて連邦議会が紛糾していたと言った方がよい。
やっとのことで法案が議会を通過した時には、遺跡はマス・ドライバーで打ち出された後だった。
ほぞを噛んだ連邦政府だが、不遡及原則により、ナデシコクルーを処罰することもできない。
遺跡所有権関連法は、まったくの無駄な法律となってしまった。

「でも、その間抜けな政府のおかげで、この生活を得られたんだから感謝ですよね」
ルリが微笑む。
その顔は、3年前とは全くの別人だ。
アキトの知る限りで最も昔のルリとも違う。
眩しそうにルリの笑顔を見ていたアキトは、
「そうだね、本当に・・・」
そう言うのがやっとだった。

「どうかしました?アキトさん」
訝しげに覗きこむルリから、慌てて視線を外す。
「い、いや、何でもないよ、ルリちゃん」
「嘘。何か隠してません?」
「ほんとだって。あ、そ、それよりさ、今晩のおかずは何がいい?」
わざとらしく話題を逸らすアキトに、ルリは。
「チキンライスがいいです」
「い?あのさ、ルリちゃん・・・それ、一昨日も食べたじゃない・・・」
「でも、ラピスも大好きだって言ってましたし」
アキトは溜息をつく。
「はあ・・・2人とも、何でこんなに偏食かなあ・・・」
「偏食じゃないですよ。好物なだけです」
「・・・同じことじゃないかなあ」





「これからは、この時間の私の人生を生きろ、そういうことなのね・・・」
ヒラヤマが去ったマンションの自室で、イネスは写真に呟く。
『2198/3/25』
その日付と共に、裏には写真に写った人物たちの名前が記されている。
イネス自身の筆跡で。
『前列左から、エリナ・キンジョウ・ウォン、白鳥ユキナ、ホシノ・ルリ・・・・』
『後列左から、アカツキ・ナガレ、ゴート・ホーリー、フクベ・ジン・・・』

イネスは写真を手にしたまま、傍らのデータディスクを再生機に挿入する。
静かな機動音とともに、イネスの声が流れる。

『これを聞いているということは、私は記憶が戻って、そして失いかけているわね。けれど、悲しまないで。過去への精神体ボソンジャンプが成功したと言うことだから。5歳の私かしら?それとも、成長した私?』
静謐を、イネスの声だけが破っていく。

『・・・ジャンプ体質にはなっていない筈よ。恐らく、アキト君のジャンプ体質の原因も・・・』

『・・・ディストーションフィールドの原理はわかったわね。では、グラビティブラストの理論を・・・』

次々と明かされていく技術情報。
そして。

『知識や経験を残したまま再生を繰り返すこと。それは人類の夢。しかもそれをボソンジャンプで過去を変えるためにやるのだから、無謀な賭けとも言えることだわ。
だから恐らく、私、いえ、あなたはゆっくりと思い出し、そして歴史を変えるごとに忘れていく。
きっと、現在の技術を完全に過去で再生することも難しいくらい、記憶を失っていくでしょう。
けれど、もう一度言うわ。

悲しまないで。

それは大切な人、お兄ちゃんを救えることの予言。
膨大なナノマシンで苦しみ抜いた末に死んでしまったあの人を。
彼を追ってしまったホシノ・ルリ、ラピス・ラズリを。

大切なナデシコクルーを、救ってあげて。
あなたが存在し、これを聞いているということは、この時間軸の私は存在しない。
同じ時間軸上の未来の同一人物は存在できないから。
でも、それでも私は満足するでしょう。
大切な人を失った時間軸になど、未練はないから。
いえ、あなたは今、幸せなのかしら。
このデータディスクの内容も、あなたは忘れていく。
それでいいわ。
アキト君を、ルリちゃんを、艦長を、ラピスを、救ってくれてありがとう。
記憶を留めておくだけでも大変だったでしょう。
本当に、お疲れさま。
これからは、あなたの人生を生きて。
そして、大切な人を見失わないで。
私はあなたの未来で、幸せな人生をやり直せる。
それで満足。

さあ、聞き終わったらディスクを破棄してね。
あなたに、もう過去は、そして、辛い未来は必要ないのだから。
幸せになりましょうね、イネス・フレサンジュ。
いえ・・・アイちゃん。

さよなら・・・・・・・』


聞き終わったイネスの頬に、涙が一筋、光る。
「チャンスをくれてありがとう・・・未来の私」
涙に濡れた瞳で微笑むと、写真に火を点ける。

2196年にコック兼パイロットのテンカワ・アキトを乗せて。
ビッグ・バリアを抜けて。
サツキミドリの後で実感した、死。
ユートピア・コロニーで救えなかった人たち。
乗艦したイネス・フレサンジュ。
提督に守られてチューリップへ入ったナデシコ。
アカツキ・ナガレとエリナ・キンジョウ・ウォン。
ネルガルの企み。
北極海・テニシアン島・クルスク工業地帯。
ルリの初めての『ありがとう』
クリスマス、そしてアキトとメグミの下艦。
水の音。
新艦長コンテスト。
紛れ込む侵入者。
葬り去られる善意。
自分たちの居場所。
熱血、友情、努力、人の数だけの正義。
アキトとユリカのキス。
そしてボソンジャンプ。
遺跡を載せて消えていったナデシコ。

・・・シャトルの爆破。
the prince of darkness。
ナデシコC、ユーチャリス・・・

大切な者。

失う痛み。

数々の思い出が、塗り替えられて失われた歴史が、完全に消滅した。

「さよなら・・・」





人造湖の向こう岸に、灯が入る。
湖面を渡る風に、ルリの髪が靡く。
「夢・・・」
「え?」
「夢は、もう大丈夫なんですか?」
不安げにルリが聞く。
アキトは笑って、ルリの不安を拭い去る。
「ああ、もう全然見ないよ。どんなのだったかも忘れかけてるし」
2人、同時に微笑む。

大切なのは、今。
この瞬間。
家族の時間。

対岸の灯火が、列を作って湖の輪郭を浮き出させる。
薄暗くなり始め、空気がひんやりと肌をなでる。

風に乗ってラピスの声が聞こえる。
「ラピス」

小さな人影が2人に並び、
「アキト、ご飯」
アキトとルリは顔を見合わせて笑う。
「そうだね、お腹空いたかい?ラピス」
こくんと頷くラピスの手を取り、アキトはルリに笑いかける。
「帰ろっか。俺たちの家に」
ルリも、ラピスの空いている手を握ると、2人にこれ以上ない笑顔を見せる。

「はい、アキトさん」













機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




Epilogue Sep,2199

そして。
ひとつの物語は終り、また続いていく。
新しい、ささやかな人生の一幕へと。















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《あとがき》

ごめんなさい、もう1本お付き合いください。

b83yrの感想
 
再構成かと思ったら、実は逆行だったんですね、この話
今回の感想は最小限にしてエピローグ2へ進みましょう
 


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