第3次火星大戦は、膠着状態に入っていた。
いや、正確に言えば、地球・木連とも手の打ちようもなく。
連合軍は、ユートピア平原の背後に聳える、大シルテイス山脈を抑えたところで立ち止まり。
木連はアルシアからアスクレイス山までの防衛ラインを死守するつもりで出撃、同様に一時停止。

「一体、どうしろと言うんだ?」
連合軍第1艦隊提督が渋面で言い放つと、
「この大艦隊をどうしてくれるのだ」
第4艦隊提督も呆れ果てる。

「う〜ん、まあ、結果おーらいってことだね」
ユリカは脳天気に喜んでいた。
「でもさあ。ここまでは上手く行ったけど、これからどうするの?」
ミナトが頬杖をつきながら尋ねる。
ナデシコは極冠遺跡最深部で、動きを止めていた。





ミルトニアのジャンプ後、ボース粒子を検出しているはずの連合艦隊、木連双方に一時停戦を提案、というより脅迫。
イネスの指示で、ルリが四苦八苦しながらも何とか遺跡のディストーションフィールドを解除して、ナデシコは遺跡へ。
再びディストーションフィールドで防御すると、再度通信を送った。
『遺跡はナデシコが頂いちゃいました!ぶいっ』
お気楽ぶり全開で両陣営に呼びかけるユリカ。
ウィンドウの向こうで連合艦隊提督や草壁が、こめかみをひくつかせているのを見たクルーは、どうしてわざわざ喧嘩を売ってるような言い方なんだろう、と思ったが。
『ユリカだから、ね・・・』
全てを悟りきっているようなジュンの言葉に、素直に納得した。

それはともかく。
ラピスが融合していないとは言え、遺跡最深部までは誰もジャンプできない。
そして演算ユニットはナデシコが抑えている。
そこに何があるのか、は外にいる誰も知らない。
そこで。

『ですから、みなさん、戦闘しないでくださいね〜。ユリカからのお願いでしたあ!・・・って、へ?』
何で私が・・・と思いながら、ユリカに耳打ちするメグミ。
『ふんふん、・・・・・・ええっ?!そんなものが?すっご〜い、ユリカ、もうびっくり〜!』
わざとらしく驚くユリカ。
ウィンドウに映らない場所では、クルーが溜息をついていた。
が、様子が見えない連合軍、木連にしてみれば下手な芝居でも、気になって仕方がない。
『なんてことでしょう!ジャンプしたクルーを追ってきたら、とんでもないものを見つけてしまいました。どうしよう』
棒読み。
『なんだ、ありゃ?』
『あれ、ウリピー知らないの?昔のアニメだよ。ル○ンV世カ○オストロの城ってので、銭○警部がああやって言うの』
『・・・誰だよ、艦長にそんなもん見せたのは』
『イズミちゃん』
『へ?・・・・・・い、意外だ・・・』





「う〜ん、そうだ、ナデシコに乗せて、このまま外宇宙にまで飛ばしちゃうってのはどう?」
「却下ね」
イネス、ユリカを一刀両断。
「ええ〜、なんで〜、どーしてえ〜?」
「あのね、艦長。艦橋部だけで地球に戻る気でいるんでしょうけど、死ぬわよ、120%確実に」
「うっ・・・でもでも、連合軍の軍人さんたちが拾ってくれるかな〜、なんて」
「これだけのことやらかしておいて?いいとこ無視、ね」
「だよなあ。下手すりゃ連合軍に撃ち落とされたりしてよ」
ウリバタケがイネスに賛成する。
そこに、リョーコがユリカに加勢。
「じゃあ、アスカに迎えに来てもらえばいいじゃねーか」
『いやあ、すまん』
「課長?!」
『説得に失敗しちまった。地球へ持って帰れだと』
「と、いうわけみたいね〜」
ミナトは呑気な声を出す。
「それに、ナデシコに乗せてたら、いつかは確実に発見されるよ、ユリカ」
「うう・・・そっかあ・・・」
「お、じゃあ、遺跡に相転移エンジンくっつけて、ってのはどうよ?」
「あら、それはいい考えね」
「だろ〜?」
「でも、イネスさん、相転移エンジンなんて何処にあるの?」
「遺跡の中探せば、あるかも知れないよね」
「問題は大気圏離脱するまでの動力を・・・」


「ルリさん」
傍観していたアキト、ルリ、ラピスの所へ、プロスがやってくる。
「何ですか」
「ドクターは、本気で言ってるんでしょうか」
「遊んでるだけだと思いますよ」
「そうでしょうなあ・・・」
プロスもルリも、イネスが真剣にクルーの提案を検討しているとは思っていない。
そこへ、2人の考えていたことを読み取ったアキトが加わる。
「でも、プロスさん。慣性の法則で飛ばすのはいいけど、どうやって宇宙へ?」
「テンカワさんはネルガルの研究所へは?」
「え?行ったことは・・・あ、そうか」
「アキト、何?」
「マス・ドライバーだよ、ラピス」
「升どらいばー?」
「?何か、発音が変だな」
「アキトさん、どうします?そろそろ止めますか?」
「そうだね。このままだと、俺たちここから出られないし」





「艦長」
「どうした?三郎太」
「一体、どうなるんでしょうか」
真剣な表情で言う。
源八郎は珍しく困った表情を見せる。
「さあ、な」
答えが出せない訳ではない。
ただ、三郎太が尋ねた内容が、『この戦いは』ではなく、『木連は』であったことがわかっているから、困ったのだ。
彼らの目的。
一度、刃を交えた相手だからわかる。
恐らくこの戦争の元凶である遺跡を、破壊してしまうつもりだろう。
そうすれば和平とまでは行かなくとも、戦争の目的が失われ、休戦状態にはなるだろう。
死んだ九十九も、その志が活かされて満足するだろう。
では、自分たちは。
そこまで考えた源八郎は、呟く。
「北辰まで投入したか・・・我々の目的はいったい、何なのだろうか・・・」
聞き取れるかどうかの小さな声に、三郎太が反応した。

「そのことですが・・・北辰というのは一体何なんですか?あれほど巨大なマジンを操るとは」
あの禍々しさはただごとではない。
テツジンの中にいても、その感覚は三郎太を不快にさせた。
あのあと戦域を離脱したのかどうか、確認はできなかったが、あのまま地球人たちになぶり殺しにされた方がいい、そんな感じがした。

源八郎は軽く頭を振ると、三郎太に目を向ける。
いつ戦闘が再開しても出撃できるよう、戦闘服(とは言っても20世紀日本の学生服なのだが)のままである。
ゲキガンガー3のパイロット服と同じデザインのものだ。
源八郎などは軽い抵抗を覚えるのだが、生粋のエリートほど幼い頃からゲキガンガーで教育を受けているためか、九十九や元一郎、三郎太は何の抵抗も感じずに着こなして(?)いる。

(正義について考えさせるには・・・象徴的だな)
ふと思うと、口を開く。
「草壁閣下の私設部隊だ」
「それは月臣少佐から伺っております。それがどんな組織なのか、自分はそれを・・・」
「暗殺部隊、だよ、三郎太」
「は?」
三郎太は目を丸くする。
正義の優人部隊に、最も相応しくない部隊だ。
「すると、彼らは優人部隊では・・・」
「いや、彼らも草壁閣下直属の優人部隊だ。表向きはな」
「しかし、それでは我々の正義に反します。我々優人部隊の使命は、正義の秩序を回復すること、そして正義の戦いとは如何なる場合でも・・・」
正義、の言葉に自嘲的な響きが含まれる。
無人兵器で火星を奇襲しておいて、正々堂々とは言えない。
源八郎は気付いただろうか。
「だから言っただろう。表向きは、と。我ら優人部隊の中でも彼らの存在を知っているものは少ないが」
三郎太は言葉もない。
白鳥を誣告した自分が、そのために正義の意味を見失い、この戦いでその答えを改めて見つけようと思っていた。
だが、現実は。
「木連人、いや、人であることを捨てた外道の者たちだ。お前にも覚えがあろう、あの最高評議会議長の不審死のことを。あれも奴らの仕事だ。あのおかげで火星侵攻が決まり、優人部隊も血気盛んになったものだが」
突きつけられる木連の正義に、三郎太は暗澹たる気持ちで九十九の和平への想いを思い浮かべていた。



『高杉、俺はな、木連の勝利だけが地球人類の贖罪になるとは思っていない』
『それは・・・失礼ですが、甘いのではありませんか。悪逆非道な地球人類は根絶やしにしてこそ贖罪となるのではないでしょうか』
『根絶やし、か。そんなことは可能なのか?』
『それは・・・優人部隊はそのための部隊です』
『そうか?優人部隊は殺戮のために存在しているのか?』
『・・・・・・・・・』
『高杉、よく考えてみろ。特定人類の滅亡など、簡単にできるものではない。我らの祖先を全滅させようとしたのは、それが20,000人で、しかも宇宙空間に浮かんだシャトルに乗っていたからだ。今や地球人口は月面やコロニーを合わせ、100億人だ。それに』
『?』
『復讐は復讐しか生まない』
『ですがっ!』
『優人部隊は正義の部隊だ。無益な殺生はしない。だが、実際はどうだ?無人兵器がやったこととは言え、火星の人類を全滅させた。過去の地球人と同じではないのか?』
『・・・・・・・・・』
『地球人の大半は、どうして木星に人類がいるのか知らない。知ったらどう思うか、それを俺は杜若で知った』
『少佐・・・』
『悪いのは歴史を捻じ曲げてきた過去の地球政府であり、地球人類全体ではない。それでもお前は、何も知らない一般人に銃を向けられるのか?』
『自分は・・・誇りある木連軍人です。木連のためであれば・・・』
『地球人類を全滅させた後、そこに何が残る。人っ子1人いない地球で、木連はどうする?』



納得した訳ではない。
それで地球人への見方が変わった訳でもない。
だが、その後の機動兵器パイロットの末期の叫びを聞き、そして今、撫子は両軍に停戦を求めている。
地球軍に所属しながら、地球軍へ遺跡を渡すまいとして。
彼らの望むもの、和平。
九十九の遺志も、地球人類の手によって受け継がれるのかも知れない。
同じ木連人である自分たちでなく。

それは嫌だ。
和平の主導権などどうでもいい。
問題は、自分が死に追いやった九十九の遺志を、自分たちが継げないことだ。

「艦長!自分は!」

じっと三郎太を見る源八郎。
そこに強い意志の力を見た源八郎は、何も言わず、ゆめみづきに通信を繋ぐよう、通信手に指示した。





『じゃ、皆さん、邪魔したらお仕置きよ』
これ以上ないくらいに戦場に似合わない言い方で、ユリカが全軍への通信を締める。
そしてブリッジクルーを見渡すと、
「じゃ、行きましょう!アルシアへ!」
「了解!」
ブリッジクルーが唱和し、ナデシコの相転移エンジンが吼える。
遺跡内を上昇し、ディストーションフィールドを越えたところで反転、アルシア溝へ向かう。
ネルガル重工オリンポス研究所所属の、マス・ドライバーがある場所だ。
重力圏を脱出しやすいように、地球と同じで赤道付近に設置された、巨大射出装置。
本来ならば、マス・キャッチャーへの射出を行うためのものだが、設定次第ではキャッチャーのない所へ打ち出すことも可能である。
そこから遺跡の演算ユニットを打ち出し、外宇宙へ向けて慣性飛行させようと言うのだ。
冥王星までのラグランジュポイントとスペースダスト、及び小惑星と隕石の予測進路は算出してある。
それらに遭遇しないよう、太陽系から出してしまえば地球・木連ともに手が出せない。
演算ユニットに時間や空間の概念はない、と言うイネスの説明を信じれば、ボソンジャンプ自体は可能だが、現在の技術以上のジャンプは人類の手で研究するしかなくなる。
そうすれば、地球―木連の無益な戦争も無くなるだろう。
両陣営が和解し、上手く行って和平まで辿り着けば、この戦争によってここまで市民間に浸透したジャンプ技術を、人体実験などで解明しようなどという手段は、どちらも取れないはずだ。
かなり乱暴だが、今のナデシコではそこまでできれば上出来ではないか。

「終わりますかな、これで」
プロスがユリカに言う。
「終わればいいな、ってだけですよ、プロスさん」
「成る程、成り行き任せ、ナデシコらしいですな」
珍しく、白い歯を見せて笑うプロス。
「でも、ユリカ。マス・ドライバーに積み替えしている間に攻撃を受けたら?」
ここまできても、やはりジュンはジュンだった。
「大丈夫だよ、ジュン君。ナデシコの相転移エンジンを暴走させるぞ〜って脅しておけば。それで本当に壊れるかどうかなんて誰にもわからないし。で、あとは全速力で逃げちゃうだけだもん」
ジュンは気楽に言うユリカに、言おうとして開きかけた口を微笑みに結ぶ。
「そうだね。それはとても・・・ユリカらしいよ」





「まあ、行き当たりばったりって感じだがな」
格納庫でミルトニアの整備―というよりは既に分解であるが―をしていたウリバタケが言う。
「そんなもんじゃないっスか、ナデシコなんだから」
「違いねえ。テンカワ、お前、これで安心しきってちゃ駄目だぜ。これからもルリルリを守っていかなきゃならねえんだからよ」
アキトは、ウリバタケを見つめる。
アキトが身分を明かした時、ホウメイやミナト、ユリカとともに先頭にたってナデシコクルーを説得したのは、ウリバタケだった。
本人の言う通り、ルリのためではあるのだろうが、だからこそアキトには嬉しかった。
「セイヤさん・・・ありがとうございました」
「ばかやろ。まだ終わっちゃいねえよ」
少し照れながらアキトを小突く。





「ドクター」
「何かしら」
食堂では、ホウメイがイネスに声をかけていた。
「こんな所で呑気に食事してていいのかい?大仕事なんだろう」
本気で心配している様子ではない。
「大丈夫、準備はもうできてるわ。後はマス・ドライバーの設定をルリちゃんが間違わなければいいだけ。だから私にはもう仕事はないのよ」
サンドウィッチを平らげると、ホウメイが出したコーヒーに手を伸ばす。
「うーん、いい香りね。・・・この香りともお別れだと思うと、ちょっと寂しいわね」
「ははは、まだ終わっちゃいないだろう?技術公開されたと言ってもボソンジャンプは魅力的な技術だからねえ。これからもテンカワのお守りは続くんだろ?」
クスリと微笑むと、イネスは答える。
「いいえ。これからはアキトが守ってくれるわ」
ホウメイも頬を緩める。
「そうだね。ナデシコに乗った時よりは余裕もできてさ。ルリ坊も安心だね」
イネスも笑顔を返すと、コーヒーの礼を言って、席を立った。

出口へ向かうイネスの呟きは、誰にも聞かれることなく。
「・・・本当に終わるのなら、私も終わりにしなくちゃね。もう、殆ど思い出せないし・・・」





「ル〜リルリっ」
ミナトが、出し抜けに明るい声で呼びかける。
「何ですか」
ルリは務めて平静を装う。
ミナトがこういう声で呼びかける時は、だいたいろくなことがない。
アキトとのことをからかう時の声だから。
「ルリルリはさ、この戦争が終わったらどうするの?」
やっぱり。ルリは心の中で呟く。
「ミナトさんはどうするんですか?」
「ん?そうねえ・・・もう社長秘書には戻れないしね。先生でもやろうかな」
「ええっ?!ミナトさんって、教員免許持ってるんですか?」
通信士席から、メグミが驚いた声をあげる。
「あら、メグちゃん。何か信じられないって感じね」
「あ、いえ、そういうわけじゃないんですけど・・・」
「メグちゃんはどうするの?」
気にした様子もなく、ミナトはメグミに聞く。
「私は、そうですねえ。声優に戻りますね」
ルリは2人の会話を聞きながら、自分のことを考えている。

イネス、アキト、ラピス。
新しい、家族。
アスカへ移籍する時の休暇。
あの時の生活に、ラピスが加わる。
ナデシコを離れるのは寂しいけど、
(悪くない、な)
戦争が完全に終わるのかどうかわからない。
けれど、新造戦艦のこともあり、ナデシコは確実にその任を終える。
オペレーターとして、楽しかったのかと言われれば、
『わかりません』
そう答えるだろう。
では、ナデシコクルーとしては。
『楽しかった』
きっとそう答える。

これからはきっと、新しい人生が待っている。
そのことに胸躍る気分になれるようになったのも、ナデシコに乗ったおかげだから。










「みんな、ありがとう」
ユリカが満面の笑みを浮かべて言う。
演算ユニットはマス・ドライバーに収まり、後は射出するだけだ。
連合軍や木連が進路算出する前に打ち上げなければならない。
ユリカは一言で済ませた。

クルーは全員、神妙な面持ちで、だが笑顔でその様子を眺めている。
2196年6月から、既に2年半が経っていた。
それぞれの人生に占める年月としては、決して長くはない。
だが、その時間以上のものを、それぞれが得ていた。

「じゃあ・・・」
ユリカはルリに向き直る。
「マス・ドライバー、発射!」
「発射します」

2199年2月。
遺跡の演算ユニットは、外宇宙へ向けて飛び立った。










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome





54 A wish in the conclusion of war

終幕。そして、彼らは。











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《あとがき》

最終話、終了です。
TV版をなぞって来た『Monochrome』も、エピローグで全てを明かして終了。
では、エピローグへ。

b83yrの感想

今回で最終回・・と思ったらエピローグもあるそうでして
ちなみに、多くの読者の皆さんが思ったかも知れない最大の謎
らいるさんの執筆ペースは、なんであんなに早かったのだろう?は・・・そろそろ明かして良いのだろうか?
一部の人は、知ってるだろうけど(笑)
 
さて、このお話全般的に感じたのは、安易に最強主人公にしない、安易にキャラを壊さないの作品の面白さです
そして、ほとんどのSSで、『ユリカ=アキトを追い掛け回す』のがお約束なのに、アキトに恋愛感情を持たないユリカ
多くのルリ×アキトSSで、ユリカはルリの『恋敵にすらなれていない』気がしているのですが
でも、このお話の中でのユリカは、『恋敵ではないユリカ』になっていて、その事でかえってユリカのキャラが活きている
『恋敵にすらなれていない』と『恋敵ではない』の違いが良く解ります
 
今回はなんて真面目な感想なんだろう、次回は不真面目なキャラコメもするか(おいっ)
 

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