「ここが、ユートピア・コロニー・・・・」
ルリの声は、火星の風に飛ばされていく。
「・・・こんなに復興されてたんだ・・・」
アキトも感無量といった風に呟き、そのまま言葉もなく立ちすくむ。
木星からの襲撃で廃墟と化したユートピア・コロニー。
ナデシコが生存者を発見して脱出した後、連合軍によって基地と、それの維持管理や勤務者の生活する場所として、急ピッチの復興がなされていた。
未だ中央タワーなどは復元されていないが、周辺の生活・工業ブロックはほぼ原状に復帰している。
宇宙港から更に北へ5Kmの地点に、連合軍第1艦隊が駐屯している。
それらを中心に、半径120Kmが地球の勢力圏となっている。
オリンポス山に近い、アマゾニス平原やエリシウム平原にもコロニーはあったのだが、現在は木連の完全な勢力下に置かれている。
シルチスを背後に控えたユートピアが、基地建設には最適だったということだ。

アキトとルリは、ミルトニア空戦フレームの試運転を兼ねて、ユートピア・コロニーを見下ろすシルチスの麓に来ている。
『ナデシコ一番星コンテスト』は、最後の最後であっさり決着がついた。
乱入したルリが、2位以下に大差をつけて圧勝。
2位は同着でミスマル・ユリカ、メグミ・レイナード、ハルカ・ミナトの3名が並んだ。
ルリが休暇だけを要求したため、公平な(?)じゃんけんの結果、アイドルデビュー権はメグミが獲得した。
『ずるいよ〜オモイカネのえこ贔屓だ〜』
ユリカやメグミを中心とした、出場者の主張も、もっともだろう。
ライティング、スモーク、CGによるステージ設営、ブリッジモニタの全てを駆使したアングル、等々。
果ては記録映像を用いたフラッシュバックまで。
ナデシコ艦内の426全ての目が、ルリに集まってしまったのだから。
ちなみに、『ルリ連』の会員が5倍に膨れ上がって、会費徴収でウリバタケが大儲けしたのは、余談である。
『はっはっはっ!バレンタインの借金を取り返したぜ!』
・・・やれやれ。

「でも、良かったの?副賞断っちゃって」
風に遮られないよう、気持ち大きな声で、隣のルリに話し掛ける。
「アイドルデビューして欲しいですか?」
「う・・・それはちょっと・・・」
逆に聞き返され、返事に詰まるアキト。
「私が欲しかったのは、休暇だけですから」
「そっか」
そう言ったきり、2人とも視線をユートピア・コロニーに向け続ける。

なぜ、ユートピア・コロニーに行かないのか。
簡単な話、ミルトニアが動かなくなってしまったから。
「これが姉さんの言ってた、歴史の修正力なのかな?」
「そうかも知れません。歩いていける距離じゃありませんし、原因不明ですから」
「ボソンジャンプ・・・は使いたくないな」
「そうですね。さすがにちょっと怖いです」
つまり、打つ手無し。
だから、こうして2人で遠くからユートピア・コロニーを眺めている。
「ルリちゃん、とりあえず、ミルトニアに入ってようか」
「・・・はい」
吹き荒ぶ風に閉口した2人は、ミルトニアのアサルトピットに収まると、一息入れる。
全周モニタで見渡す火星の大地は、赤く、荒れていた。
アキトが脱出したころは、農業プラントの緑や、人造湖の青がかなりの広さで広がっていたのだが、現在はユートピア・コロニー周辺だけだ。
単色の大地を見つめながら、ふと思い出したルリが呟く。
「イネスさんはわかってたんでしょうね」
何もかも見透かされているようで、敵わないという思いと共に、ちょっと悔しい気もする。
「・・・そうだね。ボソンジャンプ実験なら俺とルリちゃんが一番安全で確実だからね」
ちょっと考えて、アキトは続ける。
「それに・・セイヤさんがまた賭けしてたし」
「え?」
ルリには初耳だった。
『ルリ連』会費でぼろ儲けしたのは知っていたが。
「姉さん、エントリーしてないのにルリちゃんに賭けてたよ」
「はあ、それって成立するんですか?」
「うん、セイヤさんもそう思って『ただで儲けさせてくれるようなもんだ』って喜んでたんだけど・・・」
「成立、しちゃったんですね」
「・・・これがなけりゃリリーちゃん2200が完成したのに、ってわけわかんないこと言ってたなあ」
アキトはわからないようだったが、ルリには覚えがあった。
(リリーちゃんって・・・あれですか。ウリバタケさん、まだ経費ちょろまかしてたんですね・・・)

しばらく、沈黙がコックピットを支配する。
アキトは以前の生活を思い出しながら、ルリは想像しながら、最大望遠で捉えたユートピア・コロニーを小さなウィンドウで眺めている。
(戦争、か・・・。そんなもんで人生狂わされることがあるなんて思ってもいなかったな・・・)
アキトは胸中に複雑な思いをしまいこみ、苦笑する。
(狂った、わけじゃないか。予定調和の人生なんてないしな。それに・・・)
じっと横のルリを見つめる。
ぼんやりと外の景色を眺めている。
こんな放心したようなルリがいるのも、戦争があったからなのかも知れない。
戦争があったからこそ、ナデシコに乗艦したわけで。
オモイカネにしても、戦艦のAIにならなければ商業用になっていたかも知れない。
企業にマシンチャイルドを付属として売りつけるわけにもいかず、その場合は次のAIとの実験の毎日が続いていただろう。
戦争、そしてアキトやイネスと出会わなければ、ルリにはそんな日々がいつ果てるともなく訪れ続けていたかも知れないのだ。
そう言った意味では、戦争はよかったのかも知れない。
不謹慎だと思いながらも、アキトは、
(結局、自分たちのことが一番大事なんだよな・・・人間って)
そう思う。
それでいいのだとも思う。
自分を大事にできない人間が、他人を労われるはずがない。
自分が幸せだと思えない人間が、他人を幸せにできるとも思えない。
今のアキトは、戦争中でも、自分がその最中にいてさえ、幸せだと思える。
ルリがいるから。
イネスがいるから。
それでいいんだ、そう思うアキトだった。
だから自信を持って、ルリを幸せにする、と言い切れるのだから。

小石が飛んできたのだろう、外板に当たって、小さな音を響かせる。
その音で、ふと我に返ったルリが、アキトの視線に気付く。
心なし頬を赤らめて、聞く。
「どうかしました?アキトさん」

「いや、別に。何でもないよ」
アキトはいつものように動揺するでもなく、微笑みながら答える。
その言い方があまりにも自然だったのか、ルリはそれ以上気にせずに、再びウィンドウに視線を落とす。

ルリも同じことを考えている。

アキトさんとイネスさんに会わなかったら、私、マシンチャイルドのままでしたね。
自分の動作さえ一切無駄を省いた、効率第一主義。
食事は満腹中枢を癒すことだけ考えて。
栄養補給とは全く別のものだと。
でも。
できればユートピア・コロニーにいたアキトさんたちにも会いたかったな。
全てを失った2人が、それでも真っ直ぐに生きてこられたのは、お互いを信じあっていたから。
羨ましい、ですね。
そんな気持ちを持つことができたのも、2人のおかげ、いえ、ナデシコのおかげでもありますね。
戦争がなければ、私は単なるAI操作が得意なだけの、むしろAI操作しかできない人形のままだったでしょう。
ばかばっかだけど、すごく人間的なナデシコ。
だけど、ナデシコの魅力に気付いたのはやっぱりアキトさんのおかげ、かな。
この戦争が終わったらどうなるのか、それはわからないけど、不安はない。
わからないことが私を不安にさせた頃とは違う。
私も少しは成長したってこと。

夕焼けに大気調整用のナノマシンが反射する。
虹がかかったようにきらきらして、きれい。
地表は太陽の赤を映し出して、火星の大地が燃える。

こうして黙っているだけでも、全然不安にならない。
火星の風景は荒んでるけど、アキトさんが横にいるから、怖いとも思わない。
これから先、どんなことがあってもアキトさんを信じていればいい。
一緒に戦っていけばいい。
今の私には、それが唯一の真実だから。

静かな、時間。
アキトさんといるだけで、安心できる時間。
それだけで、今の私は満足してる。
何もしなくとも。
口にしなくとも。
沈黙がこんなにも優しいものだなんて、初めて知りました。





辺りを夕闇が包み始め。
「さて、と。ユートピア・コロニーには近付けないし・・・他の場所になら行けるかな?」
そう言ってシートに座り直すと、ミルトニアの計器を確認し始める。
ルリも、横の補助シートからIFSに手を伸ばすと機体チェックを入れた。
「まだ、駄目みたいです」
「ルリちゃん。ミルトニアで移動するのは無理だよ。俺たちがミルトニアを移動させればいいんじゃない?」
アキトが微笑む。
「あ、そうでしたね。それにしても・・・」
「ん?」
IFSボールから手を離して、ルリが言う。
「こうして過去にくることができても・・・やっぱり歴史は変えられないんですね」
「そうだね。でもさ、歴史を変えられる力なんて、俺はいらないな。それじゃあ自分が何のために努力してきたのか、わかんなくなっちゃうから」
ルリも思わず微笑む。
「そうですね」
「うん。だから、これでよかったんだよ。姉さんも多分、それはわかってるんじゃないかな」
「確認、なんでしょうね。修正力が働くことの」
「だろうね。だから、実験は成功だよ。・・・休暇は何だったのかわからなくなっちゃったけどね」
苦笑しながら言うアキト。
ルリはゆっくりとかぶりを振る。
「いえ。楽しかったです」
「そうかい?ただ黙ってユートピア・コロニーを見てただけの気がするけど」
何故か、自分が悪かったような気がする。
アキトにとっては故郷の復興を見るのは嬉しかったが、ルリにはどうだろうか。
旧に復する故郷の姿に懐かしさが込み上げ、つい黙って見つめ続けてしまった。
折角の休暇を無駄にしてしまったかな。
そんな想いでルリに言ってのだが。
「黙っていても・・・」
小さく呟くルリ。
アキトはルリを見つめたまま、次の言葉を待つ。

「・・・アキトさんと一緒だったから」
「ルリちゃん・・・」
恥ずかしさに俯くルリの手に、そっと右手を重ねる。
小さな肩が、微かに動く。

暖かい、手。
小さな、白い手。
その実感が、普段はそうと感じさせない、ルリの幼さをアキトの胸に思い起こさせる。
そしてアキトは動けなくなる。

「・・・アキトさん?」

不安に金の瞳が揺れる。
その瞳には、同じ色の瞳を映して。

「ルリちゃん」
「・・・はい?」
金色に真摯な色を重ねて、ルリに問う。
「俺は一生、ルリちゃんを守りたい」
「アキト、さん?」
「それも違うな・・・ルリちゃんと助け合って生きていきたい」
ルリは黙ってアキトの瞳を見つめる。

上手く言葉を紡げず、アキトは少しずつ、言葉を繋げていく。
「学歴なんてない」
「得意なものだって、ちょっと料理ができるくらいだし」
「ボソンジャンプなんて何の役にも立たない」
「もしかしたら、このIFSにしか利用価値なんてないかも知れない」
「でも、それでも・・・」
「夢、はある」
「ルリちゃんと2人で、小さな洋食屋を開いて」
「平凡だけど、幸せな人生を送りたい」

ルリは黙って、一生懸命に繋げるアキトを見続けている。

「こんな俺なんかでいいのなら・・・」
「アキトさん」
不意にルリがアキトの言葉を遮る。

「『私なんか』って言うな、そう言ったの、アキトさんですよね」
「・・・・・・・・・」
「そう言わなくさせたのは、アキトさんです。私を変えたのはアキトさん、あなたです。なのに、そんなアキトさんが『俺なんか』って言うんですか」
ルリの顔に、笑みはない。
真剣な表情に、ついアキトは飲み込まれてしまう。

「私にとって、アキトさんは一番なんです。ううん、たった一人の大事な人です。そんなに自信、ないんですか?」

「私をこんな風に変えておいて、まだ私に下駄を預けようとするなんて、ずるいです。私もう、子供じゃありません。人形でもありません。愛するってこと、まだわからないかも知れないけど、もう淡い初恋のままじゃ終われないんです」

「アキトさんに守ってもらうだけじゃ、嫌です。私だってアキトさんを守りたい。子供みたいにただ一緒にいたいってだけじゃないから」

「私にこんな想いさせたの、アキトさんじゃないですか」

「それでも逃げるんなら、優しくなんてして欲しくなかった。初恋のまま終わらせてくれればよかった。・・・だから!」
「ごめん、ルリちゃん」

次第に興奮していくルリを、アキトの一言が止める。
さっきとは違う意味で、頬を染めたルリの口が戸惑う。

「・・・そうだね。さっき自信持ってルリちゃんを幸せにするって決めたばっかなのに・・・」

ルリの手を強く、けれども優しく握り締める。
「ルリちゃん、ずっと一緒にいたい。もうルリちゃん以外、俺の人生で考えられないんだ」

「一生、そばにいてくれ」

ミルトニアの時が止まり、けれども外には夜の帳が下りる。
風は変わらず強く吹き、けれどもミルトニアには穏やかな時間が静止する。

ルリの金色の瞳が濡れ、次の瞬間、涙と共に声が漏れる。
「・・・はい。アキトさん」

ミルトニアのコックピットで、2つの影が、それとわからないように近づき。
長い時間。
ゆっくりとお互いの距離を確かめ合うかのように。

2人がナデシコ出会ってから、2年半。
その長い時間を確かめるように、ゆっくりと近づく。
そうして。



唇を重ね。

とても長い時間。

2人の影はお互いを確かめ合っていた。










どれくらいの時間が経ったのだろう。

火星は完全に闇に覆われている。
燃えたつような赤い地表も夜の冷気に冷やされ、ミルトニアはシルチスの麓、小高い丘に佇んでいる。

重ねあっていた唇を離すと、金の瞳がお互いの色を映し合う。

しばらく、見詰め合う2人。
言葉もなく。



沈黙を破ったのは、ミルトニアだった。

ブン・・・
低い駆動音が静かなコックピットに響き、止まっていた2人が反応する。
IFSボールに手をやったルリが、確認する。
「あ。・・・アキトさん、バックパックへの電力供給、繋がったみたいです」
「そうかあ。じゃあ、ジャンプできるね」
「はい。どうしますか?」
夜が明ける前に、元の時間にジャンプしなければならない。
が、彼らなら、もう一度巻き戻すことも可能だ。

「うん・・・ルリちゃんはどうしたい?」
少し逡巡したルリが、言い難そうに、
「もう少しこのままでいたいですけど・・・」
「・・・そうだね。ミルトニアの機嫌が悪くなっても困るしね」
アキトの笑顔にはにかむルリ。
まだ顔の火照りが残っている。
それを紛らわすかのように、ジャンプのオペレートに取り掛かる。
「じ、じゃあ、準備、始めますね」
「あ、うん・・・?」
動きを止めるアキトに、ルリが怪訝な顔で尋ねる。
「どうかしました?」
「あ、いや・・・何か変だな。この間もあったけど・・・」
「何がですか?」
「う〜ん・・・誰かに呼ばれた気がするんだよな。やっぱ空耳なんだろうけど」
アキトは少しの間、思い出そうとしていたが、徒労に終わる。
「ま、気にしてもしょうがないな。ルリちゃん、行けそう?」
「はい。ジャンプフィールド生成。行けます」
「じゃ、帰ろうか。ナデシコへ」
「はい」



「ジャンプ」

シルチスの丘には、ボソンの淡い光が瞬き、闇に溶け込んでいった。










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome





50 Utopia Colony

そして、暗転。













《あとがき》

いよいよ50話。
00〜50で合計51話ですか。
感想を頂けたので、勢いに任せて書いちゃいましたけど、
・・・・・むむ・・粗が多い(苦笑)。

感想の数=やる気になります。
恵まれないSS書きに感想を!(形振りかまわなくなってるし)

b83yrの感想
感想か、私も募集してみようかな、恵まれないSS書きだし(笑)
今回の感想は
『よしっ、いいぞアキト!!』
ですか♪
 

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