『アキト・・・・・・・・・』



『・・・・・ナデシコ』










ナデシコは月面を離れ、第4艦隊の先遣隊と共に火星に向かっています。
「おい!んな扱いしたら、柔肌に傷がつくだろうが!!」
格納庫では、火星での戦闘用に搬入されたミルトニアの空戦フレームとアサルトピットの調整中。
警戒宙域に入るまではブリッジも暇なので、私もアキトさんと一緒にその様子を見学してます。
機動兵器の外装って、柔肌なの?

「セイヤさん、どうっスか」
「おう、テンカワ。後はお前がシミュレーションしてみろ。ついでだからIFS端末もちょっといじったからよ。で、ルリルリはこっちな。こいつでモニタできるからよ」
・・・ウリバタケさん、私もついてくること見越してたって対応ですね。
手際よすぎます。
「そりゃ、火星に近づくまでブリッジも暇だろうしな。そうすりゃ、ルリルリのいるとこっつったらテンカワのとこだろ?」
確かにそうです。
「まったく・・・おあついこって」
溜息混じりに、アキトさんを軽く小突いていくウリバタケさん。
やだ・・・ちょっと赤くなったかも知れません。
こういうのはちょっと・・・慣れませんね、なかなか。
「じゃ、ルリちゃん、リンクチェックよろしく」
「あ、はい。頑張ってください、アキトさん」
「ぷっ・・・戦闘行くんじゃないんだよ?」
それもそうですね。
「じゃあ、なんて言えばいいんでしょうか」
アキトさん、そんなに真面目に考え込まなくても・・・。
「う〜ん・・・ないな」
「じゃあ、頑張ってください」
「はは・・うん、頑張ってくるよ」



『え?なに?ルリちゃん』
「は?」
どうしたんでしょう。
モニタには特に異常は認められませんが。
「どうかしましたか?アキトさん」
『え?ルリちゃんが呼んだんじゃないの?』
「いえ、私は別に。空耳ですか?」
『そう?変だなあ・・・やけにはっきり聞こえたんだけど・・・』
「私の声、でした?」
『う〜ん、前のルリちゃんの声だった、って言った方がいいのかなあ、あんまり抑揚がなくて・・・』
そんなにひどい声だったでしょうか。
そりゃ、愛想はよくなかったと思うけど。
メグミさんの件もあるし、ちょっと意地悪してみましょうか。

「そんな・・・アキトさん、ひどい・・・」
俯き加減に。
『うおわっ!る、ルリちゃん、ごめん、そんなつもりじゃあ・・・』
「・・・・・・・・・」
『いや、単に客観的な聞き取る側の受け取り方の問題であって、いや、その、・・・』
アキトさん、無理に難しい単語使おうとして余計混乱してますね。
『今のルリちゃんの声は、可愛いよ、いや、だからって前が可愛くないとかそういうわけじゃないんだけど・・・』
可哀想なので、この辺で勘弁してあげましょう。
でも、最近わかったんですが、私ってべたべたするの、嫌いじゃないみたいなんですよね。
もちろんそれは、アキトさん限定ですけど。
だから。
一言だけ、言ってくれたら。
「メグミさん、よりも?」
ホウメイさんに言われるまでもなく、結構やきもち妬きなんです。
去年、ミナトさんと内緒話してた時のも結局私のやきもちだった。
意外、でしたけど。
『ええっ?!そんな、オペレーターと通信士じゃあ、能力も違うんだし比較する方が・・・』
「やっぱり、私の声なんて冷たくて機械的だから、メグミさんみたいな優しくて可愛らしい声の方がいいんですね・・・」
だめ押し。
オモイカネ、ちょっと協力してね。
《完璧》
ありがと。
『あああっ!ルリちゃん、何も泣かなくても・・・』
え?
そこまでやったの?オモイカネ。
《当然》
・・・・・・ま、いいけど。
「私じゃ、アキトさんの好きな声、出せないし・・・」
もういっちょ。
これでノックアウト。
『・・・・・・あ、いや、俺はルリちゃんの声、好きだよ』
「声、だけ?」
『?!・・・・・・ぜ、全部好きだってば・・・』
ふふ。やっぱり嬉しい。
でも、自分でハメときながら、なんか、恥ずかしい。
複雑なんですね、人を好きになるって。
まだまだ私にはわからないことばかりです。
だって、私少女ですから。





格納庫奥、整備班控え室。「テンカワ・・・大変だな、お前も」

厨房、休憩室。「ルリ坊・・・あんた、十分大人の女になったよ・・・」

ブリッジ前A-13C通路。「ルリルリったら、お姉さん嬉しいわ」

第2作戦室。「ねえ、ジュン君。私思うんだけどさあ、ルリちゃんがこんなに明るくなったのって・・・」
同、艦長隣。「・・・明るく、って言うより狡猾、って感じがするけど」
同、副長向い。「・・・ドクターでしょうなあ。これを流して楽しんでるのも、あの方しかおりませんな」





うう・・・。
それにしてもイネスさん、一体どうやったらここまでナデシコ艦内の状況を把握できるんでしょう。
私だってオモイカネにアクセスしてなければ難しいのに。



さて、ナデシコは火星に向かっているんですが、いつ敵襲に遭うかわからなかった前回に比べ、かなりだらけてます。
制空権を確保している航路を、しかも連合軍第4艦隊特別遊撃部隊と同行ですから余裕があるのも仕方ないんだけど。
「ルリさん」
「何ですか?」
今日のブリッジ待機は私と副長。
それから戦闘要員待機でヒカルさんです。
アキトさんじゃないのは残念ですけど、アキトさんには厨房勤務がありますから。
あんまりわがままは言えません。

まあ、艦長じゃないから、いつもほどだらけた空気はありませんが、ヒカルさんは漫画描いてます。
夜勤との交代まで後3時間。
プロスさんが来たのは、一番気の緩む時間帯でした。
「つかぬことを伺いますが・・・ルリさんが一番欲しいものって何ですか?」
突然ですね。
え、と・・・欲しいもの、・・・欲しい物、欲しい者?どっちだろう。
「何でも構いませんよ。ちょっとしたアンケートですから」
そう言われても。
「別に。何もありません」
「う〜む、困りましたな・・・概念的なものでも構わないんですが」
「困る?」
「いえいえ、で、何かありませんか?」
ないものはないのよね。
安心できる生活、ってのは曖昧すぎるだろうし。
「すいません。やっぱりないです」
「そうですか。では、っと・・・」
・・・プロスさん、それ、宇宙算盤ですよね。
データベース機能つきなんですか?

「あ〜、ヒカルさんは・・・」
どうしたんでしょうね。
今度はヒカルさんに聞いてます。
何か企んでます?プロスさん。





「ルリさんだけは、まあ、予想通りというか、何と言うか・・・」
『そうか・・・で、イネスさんの許可は?』
「それは大丈夫よ。何の問題もないわ。それに、アスカだってそろそろデータが欲しいんじゃない?」
『手厳しいな。まあ、これで生体ボソンジャンプ研究に弾みがつけばいいんだが』
「しかし、本当に安全なのですか?ディストーションフィールドがあるとは言え・・・」
「カキツバタが跳んだでしょう。それに、人体実験も済んでるわ」
「えっ?!」
『ご自分で、ですか?』
「まあ、ね。距離にして3,405mまでならOKよ」
「時間はどうなのです?」
「3日。ジャンプによるタイムパラドックス修正に関するデータも欲しいから、丁度いいわ」
『では、プロスペクターさん、実施に関しては任せます』
「はい。お任せください」





「一番星?!」
「そう!一番星です!」
ブリッジに響く疑問の声に、艦長が楽しそうに繰り返します。
「でもさあ、アイドルになんてなりたくないって人は参加しないんじゃない?だとすると、そんなに参加者がいるとは思えないなあ」
「え〜?そうですか?私は興味ありますけど。って言うか、絶対参加します」
疑問視する割には、ミナトさんも乗り気ですね。
通販のウィンドウ、見えてますよ。
「もちろん、優勝商品はそれだけではありません」
プロスさん。
優勝商品・・・この間聞いてきたのはそのためですか。
「優勝者には何と!丸1日、何人でも好きなメンバー全員と過ごす、有給休暇をプレゼントします!しかも費用は全額アスカ持ち!」
『「おおおおおお〜」』
それはすごいけど・・・話がうますぎませんか?
あ、でも、みなさんそこまで考えてませんね。

好きなメンバー全員って・・・。
パイロットが全員いなくなったらどうするつもりなんですか?
「それは大丈夫よ」
「いっ・・・イネスさん?一体どこから・・・」
「愚問よ。メグミちゃん」
「はあ」
「さて、では説明するわね。パイロットが全員いなくなろうが、ブリッジクルーが一人残らず休暇を取ろうが、全く問題ない方法があります。しかも、それは、人類未踏の世界への一歩となる、記念すべき休暇となるでしょう。つまり、それというのは・・・」
「ボソンジャンプで過去へ跳ぶんですね」
イネスさん、勝手に私とアキトさんの映像流すのが悪いんですよ。
ジト目で睨んだってだめです。
「え?ルリルリ?どういうこと?」
「はい、『説明』しましょう。ボソンジャンプは時間移動です。イメージを伝達することで過去へ跳び、遺跡の演算によって現代へ時間を移動させられるわけです。ですから、火星に到着してから敵襲のない日を選んでジャンプすれば、誰がいなかろうと問題ないわけですね。生体ジャンプはアキトさんと私ならC.C.もディストーションフィールドも不要ですが、他の人たちも、ディストーションフィールドに守られた上でジャンプフィールドを作れば、不可能ではありません」
「その、ディストーションフィールドはどうするの?」
「それは、残念ながら私からは説明できません」
「ふふふ。作ってあるわよ。小型のディストーションフィールド発生装置を」
『そう!このウリバタケ印の・・・』
「安全性は保障するわ。過去に跳ぶだけだからアキトのイメージも正確よ。安心してくれていいわ。但し、アキトのイメージ伝達を邪魔しないように、これをつけてもらうけど」
『そう!これこそウリ・・・』
「現在検知されているあらゆる脳波を遮断するわ」
ウリバタケさん・・・哀れですね。
たった2秒しか出番がないなんて。
それにしても。
「ほえ〜、いつの間に・・・」
艦長が代弁してくれましたか。
「私だって遊んでたわけじゃないのよ。木連のデータやアキト、ルリちゃんのデータを検証して自分で実験してみたんだから」

「でも、同軸上に同じ人間が存在するというのは危険じゃないんですか?」
全員がアスカ持ちの休暇で一杯の中、一人冷静な副長が尋ねます。
「私が試したのは、ガッサンディからウィテロへの2日前へ跳ぶジャンプ。アキトのナビゲートでね。その時間軸の私はガッサンディのナデシコにいたはずなんだけど、どうやっても連絡がとれなかったわ。どうやら強制力が働くと考えた方がよさそうね。今回は火星の、通信ができなくても直接会うことができる状況下でのタイムパラドックス修正の可能性を試す意味合いもあるのよ」
「ふ〜ん、面白そう」
いいのかな、本当に。
まあ、イネスさんが許可を出した以上、アキトさんに危険が及ぶことがないのは確実だからいいんだけど。
「アキトさんは、それでいいんですか?」
パイロットシートでにこやかに様子を見ているアキトさん。
「うん。心配いらないよ。ボソンジャンプが特別なものでなくなるのはいいことだし、姉さんが大丈夫だって言うんだから、危険はないんじゃないかな」
確かに、自他ともに認める、地球圏最高の頭脳ではあるんですが。
「本当はボソンジャンプそのものを失くすことができれば最高なんだけど、万一それが不可能だった時のことを考えるとね」
「・・・そうですね。これでアキトさんが特別な存在でなくなればいいんですけど」
「ルリちゃんにとっては特別な存在じゃないんだ?」
「そ、そんなことは・・・!」
「そっか・・・特別じゃない方がいいのか・・・」
暗い表情のアキトさん。
そんな表情をされると・・・。

「え、い、いえ・・・アキトさんは特別です・・・」

あっ?!
「・・・仕返し、ですか?」
「うん」
もうっ・・・。
ずるいです。その笑顔は。





だらけてたナデシコに、一時の活況が戻ってきました。
それにしても。
いくら火星まで暇だからって、こんなにエントリーしなくたって・・・。

『エントリーナンバー、56番!生活班のミズシマ・エミさんですっ!』
プロスさんもノリノリだし。
アイドルデビューに釣られたのが半分、残り半分は、好きな人と過ごせる有給休暇とボソンジャンプに釣られたのね。
意外とナデシコ艦内で付き合ってる人が多いみたい。

《ルリは出ないの?》
煩いです。オモイカネ。
「だって・・・私、あんなとこに出たことない・・・」
《あらゆる経験は最初の段階での勇気の有無》
「そんなことわかってる。でも・・・」
《要因分析。劣等感・・・優越感・・・羞恥心・・・》
「もういい。わかってるから」
《では、なぜ?》
「それは・・・」
《検索・・・・・・テンカワ・アキト》
「性格悪くなりましたね、オモイカネ」
《誉め言葉?》
「わかってるくせに」

はあ。
『ナデシコ一番星コンテスト』が始まりましたが、私は独り、ブリッジでお留守番。
だって、芸なんてない。
みんな、歌ったり踊ったり、以前の私だったら『ばか』で済ませちゃうんだろうけど、今はちょっと羨ましい。
堂々と人前であんな格好できるんだもの。

『おおっと!これは!』
ウリバタケさん、いつの間に・・・。
『さすがはナデシコ最高のバデー!ハルカ・ミナトさんの票が伸びてるぞおっ!』

誰にも邪魔されずに(特にイネスさんの監視)、休暇を取れるのは魅力的だけど。
《やっぱり、出場しますか?》
「・・・・・・ううん。いい」
《どうして?テンカワ・アキトと2人きりで過ごせる時間は貴重です》
「まあ、ね。でも、アキトさんがそれを望んでいるかどうかは・・・」
《調査結果》
「え?」
《前日のテンカワ・アキト。
・・・・・・表示。》

『そっか。ボソンジャンプ使えば、そんなことも可能なんだな・・・』
これ、昨日のアキトさん?
シミュレーターで空戦フレームの訓練するって言ってたけど・・・。
そっか、必ずデータが取れるところだから。
オモイカネ、やりますね。
『ユートピア・コロニーか・・・ルリちゃんにゆっくり見せてあげたいなあ・・・でも、ルリちゃんが出るとは思えないし。かと言って、優勝してないのに勝手にジャンプして連れてく訳にもいかないよな・・・』

これは・・・。
《ルリと一緒にユートピア・コロニーで過ごしたいということ》
「・・・オモイカネ」
《スタンバイ・OK》
「ありがとう」



『さあ!ラストを飾るのはこの方!
トリも大トリ、エントリーナンバー1578番ミスマル・ユリカさんです!
宇宙に咲いた百合の花。みんな虜の可憐さで、今日も魅せますいちばん星!
それでは歌って頂きましょう!『私らしく』!』

副長・・・性格変わってません?

《ルリ?水着の用意は?》
「え・・・着なきゃだめ?」
《規定では》
「・・・やっぱり?」



『私の未来を〜 みつーけた〜くて〜』

『ありがとうございました〜〜〜〜!』

ピッ!

「突然ですが、歌います」










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome





49 Is the day of a decisive battle near?

「守りーたい やーくそーく〜 交ーわすくーちびーるに〜」
ミルトニアの中で、アキトも歌っていた。










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《あとがき》

『あなたの一番になりたい』でもよかったんですけど。
あれはアキトとどうこうなっていないからこそ味が出るんであって。
なので、『For a Brand new day』にしちゃいました。

b83yrの感想
ふと、ユリカに『あなたの一番になりたい』を歌わしたらどうだろう?とか思ってしまった
後は、もし、チャンスがあれば、ユキナ辺りも
二人とも、普段は明るくてストレートに気持ちを伝える方だから、かえってギャップが出て面白いかも
 


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