「それで、どうなんですか?ナノマシンの方は」
「だめね」
「そうですか」
医務室に向かいながら、気になっていたことを聞いてみたんですが。
私とアキトさんのナノマシンは、イネスさんでも解明できないみたいです。
「訳のわからない構成ばっかり。物質も、神経回路への伝達パターンも、まったく理解できないわ」
お手上げの仕草で溜息。
「それは、遺跡の技術だからってことですか」
「そうね」
「なら、結局は遺跡の本体を研究しないと、どうしようもないんですね」
「まあ、早く火星が奪還されることを祈るしかないわね」
「もうすぐ、ですよ」
連合軍は火星攻略の準備をほぼ終えています。
月面を回復したことで、地球―月のラインは安定、月―火星間の補給ラインも厚くなりました。
地球の第3艦隊に余裕ができたことから、連合軍は新たな艦隊編成に着手。
青色吐息の第1艦隊への増援として、第4艦隊を編成しました。

第3艦隊旗艦『ゆうがお』の同型艦、ゆうがお級9隻を大隊旗艦とした、リアトリス級戦艦、巡洋艦、駆逐艦、空母、機動兵器を詰め込んだ大艦隊です。
第4艦隊旗艦『はまゆう』を中心とした空母2、巡洋艦20、駆逐艦80から成る第1大隊。
この空母に搭載されている機動兵器は、艦隊防衛を主任務とした編隊で、前線には出ません。
第2大隊から第5大隊までが、通常編成で、ゆうがお級1を旗艦とした、リアトリス級8、巡洋艦35、駆逐艦120で編成された主力部隊です。
第6大隊と第7大隊は戦闘母艦編成で、同じくゆうがお級を旗艦としますが、空母5、巡洋艦5と駆逐艦40で構成された小隊が3個小隊ついています。機動兵器搭載総数は1個大隊で160を超えるという非常識な規模。
第8大隊は今回新たに建造された、ミサイル艦を導入した重火力部隊。
あっちこっちからかき集め、それでも足りないので連邦政府に泣きついてアスカ、ネルガル、マーベリック、クリムゾンの4大企業に発注。
ゆうがお級やリアトリス級はネルガルの独占だけど、機動兵器部門をアスカに売り渡したので、そこではアスカの独壇場。
クリムゾンやマーベリックも頑張ったみたいだけど、駆逐艦や空母の一部技術くらいしか軍需産業には食い込んでないから、結局アスカの独り勝ち。
ヒラヤマさんから受注総額を聞いて、溜息が出ました。
どうせ税金から出てるんだから、社員にもっと還元しろって整備班を中心としたクルーが騒いだ結果、特別ボーナスが出ることになったのは余談ですけど。

何にしろ、艦船1,217隻、機動兵器448、戦闘艇1,360の巨大艦隊。
総勢46,231名。
この他に補給部隊やら何やら。

こんなの、本当に運用できるのかな。



「私が直接、極冠遺跡に行ければいいんだけどね」
「私が行きましょうか?」
「どうやって?万が一ジャンプアウトに失敗した場合、どうなるか全くわからないのよ。それに、仮想空間には行けても、遺跡内部には入れないでしょう」
そう言えばそうですね。
あれ?でも。
「アキトさんは行けたんですよね?」
オモイカネにインストールした木連のロジックコードは、アキトさんが遺跡から持ち帰った資材を元に作った、って言ってたはずです。
「ちゃんと聞いてなかったの?遺跡本体には近づけないって言ってたでしょう。あの子が行ったのは、遺跡内部。演算ユニットではないわ」
「でも、内部に入れたんなら・・・」
「あの巨大な遺跡はね、演算ユニットのための防衛装置だけでできているのよ。ナデシコ一隻を守るのに全ての連合艦隊を終結させてるみたいなものよ。分厚いディストーションフィールドで何層にも覆われているから、外部からの進入はほぼ不可能。と言って内部にも厳重なロックがかけられているから、本体に近づくのはいくらアキトでも・・・」
じゃあ、アキトさんが行ったのは、本体の近くまで、ってこと?
「そうよ。どうしても近寄れない場所、そこが本体であろうことは明らかなんだけど、仮想空間から行ってもそこにはジャンプアウトできないみたいね」
「それなら、私もそこまでは行けるわけですよね。機材を持ってジャンプすれば、ある程度までは研究できると思います」
私だって、それなりの能力はあります。
イネスさんだけに負担をかけるのも悪いですし。

「それは無理よ」
あっさり、ですね。
「どうしてですか」
「テニシアン島の時もそうだったけど、アキト以外の人間があれほど長距離のジャンプをするとなると、いくらあなたでもタイムラグが生じるわ。アキトと一緒に演算だけの空間に行ってもそうなのだから、更に内部にまで侵入するとなると、さっきも言ったけど、ジャンプアウトに失敗する可能性がある。それに、あなたは遺跡内部をイメージできないでしょう」
それもそうですが、でも、アキトさんだって遺跡内部のイメージなんてできないはず。
行ったことのない場所のイメージなんて、不可能じゃ・・・。
「アキトは別。あの子のナノマシンは純粋に遺跡のしか入ってないから。相性、かしらね。本体以外の遺跡内だったら何処へでも自由にジャンプできるのよ、イメージ湧かなくても」
「えっ?!」
「あら、知らなかったの?IFSの違いがわかったんだから、それくらい気付いてると思ってたけど。アキトから何も聞いてないのね」
驚き、と言うより、アキトさんが何も言ってくれないのが、ちょっと・・・。
後でじっくり『説明』してもらいましょう。イネスさんに聞くのは怖いですから。

「そもそも仮想空間ですら時間のズレを生じたのだから、遺跡そのものにジャンプすることは勧められないわね。あなたのイメージ伝達を完全に遮断して、アキトと一緒に行くならいいけどまだそんな装置は出来ていないしね」
「そうですか。・・・それにしても、あの仮想空間って何なんですか?」

真っ白で、何もない空間。
無機質でも有機的でもない、誰もいないのに誰かの意識を感じる、不思議なところ。
あの後、アキトさんと一度だけ行きましたが、相変わらず時間も距離も、何もない場所でした。
色んな人の意識が混在して頭の中に直接流れ込んでくる。
煩いはずなのに、落ち着いてしまう、そんな場所。
「遺跡が作り出した仮想空間、じゃ納得できないみたいね」
当然です。
そもそも、イネスさんがこんなチャンスを逃すこと自体が、おかしいです。
私としても聞きたくないのですが、他に答えてくれそうな人はいませんし。
アキトさんは・・・・・・無駄ですし。
「推測でしかないけどね。コンピューターで言うところの仮想メモリ、ってところかな」
「やっぱり実在はしないんですね」
「だから仮想だって言ってるでしょ。遺跡には現在・過去・未来の概念が存在しないと思われるわ。だから、演算された人間、いえ、古代火星人たちの意識や記憶がないまぜになって存在し続けている。存在し続けているっていうのも正確ではないわね、時間が存在しないのだから。ともかく、あなたたちの頭に流れ込んでくる意識は、彼らのもので、もちろんあなたたちのジャンプのログもあそこに累積されていっていると推測されるわ」
「じゃあ、その意識から古代火星人の知識を拾うこともできるんじゃないですか?」
「それができればとっくにやってるわ。ルリちゃんよりはっきり捉えているアキトでさえ、ぼんやりした感覚でしか感じないのよ?どうやって拾えって言うのよ」
まあ、確かにそうですね。
私は感じることすら『感じている気がする』程度ですから。
すると、ナノマシンの解析は自力でやるしかないってことですか・・・。

「まあ、方法がないわけじゃないけどね」
「え、あるんですか?」
思わず声が大きくなります。
ナノマシンが解明できれば、アキトさんや私は安心して暮らせるんですから。

「リンクするのよ」
「りんく?遺跡とですか?どうやって?危険はないんですか?」

ああっ!

・・・・・・はあ、・・・諦めますか。

「せ・つ・め・い、が聞きたいのね?」










・・・・・・久しぶりに、フル稼働で聞いてしまいました。
もう。
今日はアキトさんとお話もしてないのに。
あれだけ説明した後で、研究のアシストさせるなんて、労働基準法違反も甚だしいです。
今日はアキトさんに会えなさそうです。
はあ。最近、朝の挨拶くらいしかしてないな・・・。

だけど・・・。

イネスさんの話、アキトさんに話した方がいいんでしょうか。
『決断はあなたに任せるわ。私は、ちょっと・・・』
辛そうなイネスさんの表情に、何も言い返せなかった。
ずっとアキトさんを見守ってきたイネスさんが、言い出せることでないのは、私にもわかります。
でも、私だって嫌。
言った後の、アキトさんの反応が手に取るようにわかるから。
・・・・・・アキトさんはきっと、迷わない。

でも、だから、嫌です。
ボソンジャンプが公になったからといって、非合法組織や各国の諜報部員、更にはテロリストなどが私たちを狙ってくる可能性は確かに高いです。
ナデシコにいる限り、その危険性はありませんが、戦争はいつか終わる。
火星奪還が成功したら、和平は更に身近なものになる。
平和になるのはいいことだけど、そういう意味では、ずっとナデシコに乗っていたい。
アスカが戦争終結後もナデシコを運用し続けるのであれば、ヒラヤマさんが何とかしてくれるかも知れないけど、遺跡を確保した後では、データ収集のためだけにナデシコを運用するのはコストがかかり過ぎる。
軍に供出して、データ回収の契約を結んだ方が、メリットが大きいに決まってます。
戦艦建造するために、データ収集の終わった戦艦を運用するなんて、ナンセンスだもの。
恐らく、新型の試験戦艦は建造するでしょうから、それに乗れるようにしてもらった方が手っ取り早いかも。
で、そのままボソンジャンプとナノマシン研究を急いだ方がいい。
うん、一番現実的。
それがいいです。
そうしましょう。
絶対に、アキトさんに言ってはいけない。
「オモイカネ」
《・・・医務室での会話ですか?》
「察しがいいのね。うん、お願いね」
《はい。消去します》

これで、いい。
消極的だけど、私にだって失いたくないものができたから。





あふ・・・。
・・・眠いです。
すっごく。
朝は苦手です。眠いから。
私の最大の欠点、低血圧。
イネスさんになんとか改善してもらおうと思ったこともありますが。

『低血圧なら、血を入れて高血圧にしてしまいましょう』
って、わけわかんないこと言いながら、巨大な注射器出してきたので逃げちゃいました。
ほんと、ばか、なんだから。

さて、今は朝の7時です。
昨日はちょっと悩んでしまって、就寝時間が遅くなったのが痛いですね。
ん〜・・・。
まだ眠いですけど、朝食は抜かないこと、約束してますから。
それに、そろそろ・・・。

『ピッ』

『おはよう、ルリちゃん。起きてた?』
ほら、ね。
さすがはコックさんだけあって、アキトさんは朝に強いです。
アスカの所属になってから、私の夜勤はなくなりました。
この間のように、よっぽどのことがなければ、昼間の通常シフトです。
だから、夜勤明けでない時は必ずアキトさんがモーニング・コールをしてくれてます。

ほんとは、私がしたいんですけど。
こればっかりは・・・。

「はい。おはようございます、アキトさん」
『はは、まだ寝ぼけた顔してるね』
「えっ?!」
慌てて寝癖を直そうと髪に手をやると、コミュニケのアキトさんが微笑んで、
『ええっと、ま、そんなとこも・・・か、可愛いよ』
ううっ・・・。
アキトさんてば・・・。
顔が熱くなっちゃいます・・・。
「もうっ、アキトさん」
『は、はは・・・え〜と、じゃ、待ってるからね』
もう・・・多分、イネスさんかミナトさんですね。
アキトさんに言わせたのは。
・・・完全に目が覚めちゃいました、悔しいけど。

今日はアキトさんとお話できるかな。
昨日もメグミさんとばかり話して・・・・。
ちょっと苛つきぎみですから、私。



明日までドッグで整備中のナデシコは、人口密度が低いです。
以前の月面作戦の時のように連合軍のウィテロ基地ではなく、ガッサンディシティにあるアスカのドッグに係留されてますから、下艦して市街に泊まっているクルーが半分以上いますから。

ちなみに、ナデシコで最も高級取りなのは、イネスさんです。
アスカ・インダストリー開発課上級顧問、ナデシコ専属医、更に私の専属担当者などなど。
乗員名簿を開くと、肩書きだけでスクロールしなければなりませんから。
次に、私、ホシノ・ルリ。
オモイカネ専属オペレーターとして。
それから、艦長、副長、パイロット(手取りではアキトさんを除いて)、ウリバタケさん、整備班の順です。
整備班の給料は、他の班長より高いんです。
それは、こういう時に、ナデシコを降りられないから。
皆がちょっとした休暇を取る時も、整備班だけは残ってナデシコやエステ、ミルトニアの整備をしなければなりません。
ほんと、ご苦労様です。
それにしても、プロスさんって、一体何者なんでしょう。
私のハッキングをガードするなんて。


それはともかく、そんなわけで今朝もナデシコ食堂は空いてます。
整備班の夜勤クルーが眠そうな顔でトレーを片している以外には、補給班の人が数名。
いつもは大騒ぎしながら食べている艦長やブリッジクルーもいません。
珍しくナデシコに残っているミナトさんも、朝は弱いですからね。



「どうしましょうか・・・焼き魚定食もいいですが、朝定の温泉卵も捨てがたいですね・・・」
やっぱり生卵より、温泉卵です。
でも、せっかく補給で月面養殖とは言え、新鮮な魚も入ってることですし。

入り口の食券売り場で迷ってると、
「おはよ、ルリちゃん」
「あ、メグミさん。おはようございます」
メグミさん、何だかご機嫌ですね。
しばらく沈んでたみたいですけど、ようやく吹っ切れたようですね。
「あ、アキトさ〜ん、お願いしま〜す!」
「メグミさん。おはよ。・・・元気になったみたいだね」
「ええ、おかげさまで。・・・アキトさん?」
「ん?なに?」
「もうナデシコに乗って2年ですよ?さん付けなんて、他人行儀すぎません?」
「え?でも・・・」
「ふふふ。これからは『ちゃん』付けで呼んでくださいね」
「え、いや、それは・・・」

・・・・・・・・・・・・。

「ヤマダのことは・・・」
「・・・大丈夫です。何か、いいな、って思ってたんで、やっぱりちょっと沈んじゃいましたけど、もう大丈夫です。悲しんでたって、彼は帰ってこないから」
「そう・・・よかったよ。メグミさんが元気になって」
「もう、アキトさん。さっき言ったじゃないですか」
「え、あ、・・・・・え〜と、メグミ、ちゃん?」
「うん!ばっちり!」
「は、はははは・・・・」

・・・・・・・・・・・・。

「ははは・・・・・・・・・る、ルリちゃんっ?!」
「・・・・・・・・・・・・」

「・・・あ、じ、じゃあ、アキトさん、お願いします〜!」

メグミさん。
逃げましたね。

「あ、あの・・・ルリちゃん?」
「・・・嬉しそうですね。アキトさん」
「いや、そんな・・・」

「お〜い、テンカワ。オーダー入ったの・・・か・・い?・・・ルリ坊?どうしたんだい、朝っぱらから怖い顔して」
「何でもありません。ホウメイさん、これ、お願いします」
「え?テンカワじゃなくていいのかい?」
「はい。ホウメイさんの方が『美味しい』ですから」
ホウメイさんに食券を渡すと、さっさとテーブルに向かいます。
背後からアキトさんの声がしますが、無視です。
何だかもやもやしますから。





「テンカワ・・・ルリ坊って、あんなにやきもち妬きだったんだねえ・・・」
「・・・・・・・・・はあ」










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome





47 She says, "Although I feel sad, he doesn't revive any longer."

始まりの地、火星。
そこは終わりの地となるのだろうか。











《あとがき》

・・・遺跡本体が演算ユニットだって話、ここまでであったっけ?
ま、いっか。

「いい加減ですね」
あ、ルリさん。
「また読者さんから突っ込まれたいんですか?」
あ〜いや、その〜・・・・。
「それに、メグミさんがアキトさんを・・・」
あ、それは大丈夫。何たってメグミだから。
反動でこれまで以上に明るくなってるだけ。
「それならいいですけど・・・」
まだ何かご不満でも?
「いえ、アキトさんとらぶらぶな関係になった以上、もうこのSS続ける必要ないんじゃないですか?」
い、痛いところを・・・・・。

b83yrの感想
いえいえ、らぶらぶな関係になった後でも、二人を見てる読者が恥ずかしさにごろごろと転げまわるような展開を見せてもらえるかもしれない期待ってモノが残ってますよ(にやり)
・・・・・・・・・b83yrって、らぶらぶ好きのらぶらぶあれるぎ〜なのに、ルリとアキトに限って耐えられるんだよねえ、何故か(苦笑)
そうそう、人前でいちゃついてるのは、「馬鹿っぷる」ですが、二人っきりの時にいちゃつく分には問題ないですな(にやり)
 


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