「ちょっと、お話ししていいですか?」
ホシノ・ルリ一世一代の賭け、です。
いえ、失敗は許されませんから一応準備はしています。
『妹』から逃れるには、いつか通らなければならない道。
でも、失敗は家族ですらなくなることを表すんですから、慎重です。
『ルリルリ、大丈夫よ。ちゃんと調べはついてるんだから』
私自身が確認したのではないので、そりゃちょっと心配だけど。
イネスさん、艦長、ミナトさん、メグミさん、それにホウメイさんまでもがそう言うんですから、ここは頼ってみようってわけで。
こういうことって、よくわからないし。
経験者にお任せした方が安心です。
「うん、構わないけど」
アキトさん、ようやく落ち着いたみたいですね。
エレベーターを降りて、居住ブロックの端、休憩所まで歩きます。
ベンチに腰を下ろすと、アキトさんが自動販売機でジュースを買ってきてくれて。
こういうところ、まめですね。
「はい、ルリちゃん」
「ありがとうございます」
ふう。
やっぱり緊張はします。
隣にアキトさんがいる、なんて珍しいことじゃないのに。
今日はなんか違う。
落ち着かないと、こんなチャンスはそう滅多にあるものではありません。
数少ないチャンスを完全にモノにしないと、って艦長も言ってましたし。
でも。
それでも、心臓がばくばくいっちゃってる。
胸がきりきりするし。
こんな思いするくらいなら、確かめない方がいいのかな。
分かれ道で迷ってる私。
このままの方がいいっていう私と、このままじゃ、精神衛生上良くないって言い張る私がいて。
でも、どっちもどっち。
このままでいる道は、見通しはいいんだけど、痛そうな砂利道を裸足で歩かなきゃならない。
このままじゃだめって方は、平坦だけど、入り口から真っ暗。先なんて見えない。
どうすればいいんだろう。
砂利道は、嫌です。
痛いのは嫌。
このまま、痛いまま歩いていくなんてできない。
でも。
・・・・・・・・・。
怖い。
すごく、怖い。
ミナトさんもイネスさんも、皆、ずるい。
『大丈夫』なんて言っておいて、だけど、他人の気持ちなんてわかるわけない。
『誰もが通る道なんだから』なんて、そんなの、もう通っちゃった人の余裕、ってだけじゃない。
ずるい。
私、こんな思いしたくない。
どうして私ばっかりこんな思いしなきゃいけないんだろう。
どうして、こんなに怖い思いしなきゃならないの?
嫌。
絶対、不公平だ。
やっぱり、こんなのは嫌。
こんな怖い思いするくらいなら、痛い方がいい。
ルリちゃん。
どうしたんだろう。
泣きそうな顔になって、さっきから缶のプルトップを弄んでる。
やっぱり、家族だと思ってた人からあんなこと言われて、軽蔑してるのかな。
それでも仕方ないよな。
色んなこと積み重ねて、やっとほんとに家族らしくなってきたのに。
姉さんとふざけて牽制しあったり、笑いあったり文句言ったり。
ようやくルリちゃんが年相応の笑顔やわがままを見せてくれるようになったのに。
それを壊したのは、俺。
・・・どうしようもないな。
こんな気持ちになるくらいなら、どうしてルリちゃんのこと、家族だなんて言ったんだ?
わざわざ傷つけるために。
偽善者だよ、本当に。
ルリちゃんを絶対に傷つけないか、傷つけるくらいなら最初から家族なんて言わないか。
どうしてどちらかを選べなかったんだ。
どうして気付いちまったんだ。
どうして隠し通せなかったんだ。
ルリちゃんに嫌われるのは、もう、仕方がないことかも知れない。
全ては俺の心の弱さが招いたことだから。
もう俺にできることなんて、謝ることしかない。
せめてルリちゃんが、これ以上人間を嫌わないように。
それも、欺瞞だな。
嘘ばっかりだ。
わかってたんだ、ほんとは。
最初から、何もかも。
こうなることだって、いつか起こり得ることだって、予測してたはずだ。
それでも、ルリちゃんを家族として扱った。
最初から嘘だらけだったんだ、俺は。
ナデシコに乗り込む時も。
テニシアン島まで隠していたこと。
最大の嘘は、あれだな。
マキビ・ハリ君。
ミナトさんに、『ルリルリも弟ができたみたいで、まんざらでもないんじゃないかな』って言われた時。
本当は『良かった』なんて思っちゃいなかったんだ。
ルリちゃんの目が他の誰かに向くのは、嫌だった。
それが、小さい子であっても。
そんなみっともない考えを認めたくなくて、かっこつけてただけだ。
7歳も年下なんだから、ってことに拘り過ぎて。
自分は正常な男だ、って。
認めないことの方がみっともない。
心の底ではルリちゃんを誰にも渡したくないくせに、上辺だけ取り繕って。
それで結局、ルリちゃんを傷つけて。
何やってんだろう、俺って。
・・・アキトさん、怖いよ・・・。
・・・私、どうすればいいんですか?
イネスさん。
ミナトさん。
艦長。
メグミさん。
ホウメイさん。
オモイカネ。
お願い・・・教えて・・・。
《ルリ。指、怪我しますよ》
え?
あ・・・。
あれ・・・?
どうしよう。
指が動かない。
「ルリちゃん、貸して」
「え、・・・はい」
かしゅっ。
「はい」
「あ・・・ありがとう・・・」
オモイカネ、ありがとう。
ちょっと落ち着いたみたい。
でも、怖いのは変わらない。
いつもと変わらない、優しいアキトさんだけど、私の行動1つでそれを永久に失ってしまうかも知れない。
本当なら、いつもの私なら、もっとちゃんと事前調査をしてから行動するんだけど、今の私は結構切羽詰ってるみたいだから。
だから、ミナトさんたちの口車に乗っちゃって。
『アキト君ならわかってくれるよ』
『それくらいわからないの?ホシノ・ルリ?』
ミナトさん。本当にわかってくれてるんでしょうか?
イネスさん。やっぱり私にはわかりません。
『ファイトだよ、ルリちゃん』
『女の子はねえ、度胸よ、度胸。当たって砕けろ、よ』
艦長。私、あなたのようにはなれないかも知れません。
メグミさん。砕けたくありません。
だって、アキトさんの笑顔を失うのは、嫌。
暖かい手に触れられなくなるのは、絶対、嫌。
いつでも私を見守ってくれてた、あの金色の瞳を失いたくない。
だけど、それが他の誰かに向けられる日がいつか来るなんてことは、考えるだけでも嫌です。
無限ループ。
結局、答えなんて見つけられないまま、ここまできちゃったけど。
ここでもただ、足踏みをするばかりの私がいる。
ナデシコで、アキトさんやイネスさんと一緒にいて、一体私何を得てきたんだろうって。
ホシノ・ルリは、少しでも変わったの?なんて。
何も変わってない、やっぱり人と触れ合うのが怖くて、それでもどこかでわかって欲しいって思う私がいて。
その私を押し込めようとしてる、自分。
無表情の中に、泣き顔を隠しているだけの、ホシノ・ルリ。
そんな自分から抜け出したかったのに。
・・・やっぱり、俺は・・・。
ごめん、ルリちゃん。
初めから嘘ばかりついてたのは、俺自身。
ごめん、姉さん。
きっと『そんな子に育てた覚えはない』って言われるんだろうな。
姉さんには叱られてばかりだ。
でも、本当のこと言った時だけは、自分の意見は言っても俺の主張を否定したりはしなかったよね。
コックになりたいって言った時も。
ルリちゃんのこと、一生を賭けて守らなければならないのならそうする覚悟はある、って言った時も。
そう、確かに全ては俺が曖昧にして、誤魔化し続けた結果。
だから、俺から言わなきゃならないよな。
つき通せないような嘘なら、隠さなきゃよかったんだから。
これ以上上塗りし続けても、ルリちゃんにも姉さんにも軽蔑されるだけ。
だから。
もう、決めよう。
例えルリちゃんに嫌われても、本当の気持ちだけはちゃんと伝えよう。
「ルリちゃん」
「あ、はい」
アキトさん、すごい真剣な顔してる。
どうしよう。
どんなこと言うつもりなんだろう。
やっぱり怖いよ・・・。
「ルリちゃん、・・・・・・ごめん」
「え?」
「ルリちゃんの気持ちも考えないで、あんなこと言って。迷惑だったよね。家族だと思っていた人からあんなひどいこと言われるなんて。きっと、すごく驚いたと思う。そんな目で見られてたんだって、ショックだったと思う。でも、姉さんや、ルリちゃんに優しくしてくれるナデシコのクルーのことまで、不信感持たないで欲しいんだ。皆は純粋にルリちゃんのことを思ってるんだから・・・」
アキトさん。
・・・何を言ってるの?
「・・・だって、ルリちゃんのこと、そんな風にばかり見てたわけじゃないんだ。これだけは信じて欲しい。俺のこと軽蔑しても構わないけど、ルリちゃんのことを家族みたいに大事だと思っていたことは嘘じゃないんだ・・・」
何?
アキトさん、もしかして。
「・・・俺、鈍感だから、女の子の気持ちなんてわからなくて。お兄さんみたいな人からそんな気持ちでいられた、そんな時のショックを想像できなかったんだ。だから・・・」
私の気持ち、全然気付いてない?
そんなに・・・。
そんなに、私って、どうでもいい存在なの・・・?
「ルリちゃん、俺、ルリちゃんのこと・・・」
「ばかっ!」
「えっ?!・・・あっ、る、ルリちゃんっ!」
機動戦艦ナデシコ
another side
Monochrome
43 Confession
木連との戦争には目もくれず。
ちょっとの騒動と、ちょっと幸せな予感でナデシコは進む。
《あとがき》
まあ、ここまできたら何も言いません。
後は管理人様にお任せしましょう(また、逃げ)
b83yrの感想
あ〜〜〜〜〜〜〜良い所で切れてる〜〜〜〜〜〜〜<身もだえ中
と、一読者としての本音丸だしの感想をしてみたりして(笑)