「・・・ゆ、油断し・・た・・・」
ジュンがうめく。
「どうして・・・ただの水が・・・」
ミナトが床に這いつくばる。
イズミとヒカルは既に意識を失っている。
そしてばたばたと倒れて行くクルーたち。





「一体何があったんだ・・・?」
特設された茶室の惨状を目の当たりにした、アキトさんの呟き。
「ああ、アキトもルリちゃんも、その辺の液体に触れないように注意してね」
「どうしたんですか、これは」
アキトさんが背後にかばってくれているので、顔だけ出して、陣頭指揮をとっているイネスさんに尋ねます。
「まあ・・・『毒茶』って言えばいいのかしらね」
「はあ」
「艦長が木連との接触に備えて、向こうの文化を理解してもらおうとしたのはいいんだけど、何故か普通に点てたはずのお茶が化学反応を起こしたらしいわね」
そう説明する間にも、科学班に指示を出し続けています。
処理に当っているスタッフは、全員、対化学兵器用の防護服に身を固め、茶道具などを消毒して回っているんですが、そこまで毒性が強いんですか。
「・・・どうやったらお茶を化学変化させられるんだ?」
「・・・さあ?」
「・・・よかったね、遅れて」
「・・・はい」
つまり、艦長はイネスさんの頭脳をも上回る薬物製造技術を持っていた、と。
無理やり納得しておきましょう。





大惨事の茶室(というより化学実験室、でしょうか)を後に、私とアキトさんはシミュレーションルームへ。
アキトさんの専用機、ミルトニアの攻撃サポートプログラムをチェックするためです。
とは言え、そのプログラムの大半はIFSリンクに関するものです。
攻撃サポート、というよりはIFSフィードバック処理プログラムのアップグレードと言った方がいいかも知れませんが。私とオモイカネで何度もテストはしましたが、いきなり本体にインストールするわけにはいきませんから。

「あれ?誰か訓練してるのかな」
シミュレーションルームにある筐体の、01と02に使用中を示すパイロットランプが点っています。
哨戒中とは言え、制空権は確保した月宙域のこと、敵と遭遇する可能性は著しく低下していますからパイロットは待機になっていませんでした。
だから、全員艦長のお茶会に参加していると思っていたのですが。
「リョーコさんとヤマダさんですね」
近寄ってそれぞれの戦闘スクリーンを見ると、『01-SUBARU』『02-YAMADA』となっています。
「そうみたいだね。ちょうどいいから見てみよう」
「フォーメーション変更の確認ですかね」
「多分ね。リョーコさんが戦闘指揮を執ることに固定したからね」
スクリーンには01が赤、02が青い点で示されています。
ステージは火星、ユートピアコロニー南の丘陵地帯で、2機とも陸戦フレーム、固定武装のイミディエットナイフとラピッドライフル。
光点は2つとも丘を利用しながらポジショニングを探っている様子。
遮蔽物から敵機が覗く、一瞬の隙を見計らって威嚇射撃を入れながら、接近するチャンスを窺っています。

「変だな」
じっと見ていたアキトさんの呟きに、聞き返します。
「何がですか?」
「ヤマダが接近戦を仕掛けようとしていない。いや、正確に言えばリョーコさんが仕掛けさせようと誘ってるんだけど、それに乗ってないんだよ」
アキトさんはスクリーンから目を離さずに言います。
言われて私もよく見てみるのですが、確かに、リョーコさんの位置取りは誘っているようにも見えます。
「いいことじゃないですか。ヤマダさんの被撃墜率はトップでしたから」
「うん。そうなんだけどね。ただ、どうしていきなり攻撃パターンを変えたんだろうって・・・あっ」
アキトさんが小さく叫んだ時、青い点が急旋回をして曲線を描きながら赤い点に迫ります。
遮蔽物を利用して、上手く右後方より迫るコースで、赤い点が反応した一瞬にチャフを撒いて反転。
横移動で丘の影に隠れると、そのまま緩い傾斜を駆け上り、センサーが攪乱された01の上空へ。
けれども、さすがにエステリーダーのリョーコさんを完全に騙しきれず、赤い点も即座に反応して斜め上からライフルを乱射しながら降下してくる02の落下地点を越えて直進。
空中では動きの悪い陸戦フレームの背後に突進する形でポジションを取り、態勢を整えようとする02へライフルを叩き込みます。
「へえ・・・」
アキトさんがうなった時には、02はスラスターを吹かして地面に突っ込むように加速して降下していました。
「上昇せずに降下したか・・・」
「無茶しますね」
「・・・うん。でもリョーコさんが取った行動も同じだからね」
「変に避けるより、ディストーションフィールドを信用して突撃した方が被害が少ないってことですか」
「そうだね。ミルトニアじゃこうは行かないなあ・・・」
「回避し切れますからね」
「いや、どっちかと言うと俺、こういう場面では慎重になっちゃうからね。ここまで思いきった行動を取れないんじゃないかな」
アキトさんが苦笑している間に、2つの点は再び接近し、結局、
「ありゃ・・・相打ちか」
スクリーンには頭部を打ち抜かれた02と、アサルトピットを庇うようにして両腕部を破損した01が映っていました。

「くうう〜っ!行けると思ったんだがなあ」
「おっしゃ!これで2勝ずつだぜ、ヤマダ!決着・・・って、珍しいな」
リョーコさんが私に気づいて、驚いた表情で言います。
「どうも」
「ミルトニアの新しいプログラムでシミュレーションしようと思ってね。それにしても・・・」
アキトさんが言葉を切るのを察したように、リョーコさんが答える。
「ああ、ヤマダが急にシミュレーションやろうって言い出してよ。まあ、お茶なんて堅苦しいのも何だしさ」
『お茶』の言葉で私たちは目を合わせます。
「どうかしたのか?」
「いや、行かなくて正解だよ、2人とも」
「そうですね。あれはお茶会なんて高尚なものではありません」
「?」
リョーコさんもヤマダさんも不思議そうに目を合わせます。
「それはいいとしてさ、ヤマダ、戦闘方法試してんのか?」
「ああ、まあな。ゲキガンガーも臨機応変に戦うものだ」
相変わらず『ゲキガンガー』ですか。
アキトさんも苦笑しています。
「折角だからお前もやってくか?テンカワ」
リョーコさんの誘いに、私の方を見ます。
「うん、でも・・・」
「大丈夫ですよ。シミュレーターにはインストール済みです。オモイカネ相手よりはいいデータが取れそうですし」
私が答えると、アキトさんは嬉しそうな顔になります。
やっぱり、やりたかったんですね。
「そう?じゃ、やろうか」

「オモイカネ、データの収集忘れないで」
3人が筐体に潜り込むのを確認して、オモイカネに指示します。
《準備はOK》
ミルトニア専用のシミュレーターなんてありませんから、設定だけをミルトニアのものにしてあります。
一応、ミルトニア設定以外のノーマルエステのデータも欲しいですね。
「他のエステの方もよろしく」
言ったのと同時にスクリーンに宇宙空間が表れ、3機のバトルロイヤルが始まりました。



1戦目。
1分18秒、ヤマダ機、テンカワ機により沈黙。
2分34秒、テンカワ機、リョーコ機に殴られ沈黙。

「ライフルで殴るなんてありかよ!」
「ばか言ってんじゃねえ、テンカワ!実戦では何でもありだ」
「2人で楽しみやがって!もう1戦だ!」



2戦目。
58秒、リョーコ機、テンカワ機に追い詰められ、ヤマダ機に激突。

「てめえ!ヤマダ!あんなところでうろちょろしてんじゃねえ!」
「何だとおっ!センサーがいかれてんじゃねえのか?!」
「まあまあ、2人とも。実戦じゃなくてよかったじゃん」
「やかましいっ!」
「もう1戦だっ!」



3戦目。
2分03秒、テンカワ機、リョーコ機とヤマダ機からたこ殴り。
2分10秒、ヤマダ機、勝ち誇ってるところをリョーコ機に蹴飛ばされて沈黙。

「あのなあ・・・お礼参りじゃないんだからさあ」
「リョーコ、てめえ!汚ねえぞ!」
「油断してる方が悪い!」
「2人とも・・・俺の話聞いてる?」



4戦目。
48秒、リョーコ機、テンカワ機のクローで串刺し。
52秒、そのリョーコ機をぶつけられてヤマダ機、沈黙。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・あの、どうしたの、2人とも」
「・・・行くぜ、テンカワ」



5戦目。
1分12秒、テンカワ機、ヤマダ機をライフルで撃破。
2分32秒、リョーコ機、テンカワ機のイミディエットブレードで沈黙。



「・・・納得いかねえ」
「へ?」
「全くだ。だが、テンカワ、お前急に動きがよくなったな」
リョーコさんが悔しそうに、それでもアキトさんの機動性を認めます。
「元々ミルトニアは0G戦に特化した機体ですから。それと新しくインストールしたIFSが、補助スラスター制御をカバーしたんです」
「それって、ミルトニア専用なのか?」
リョーコさんの気持ちはわかりますが。
「と、言うよりはアキトさん専用です」
「かあ〜、まったく、当てられちまうぜ」
リョーコさんが額に手を当てて天を仰ぎます。
全面的に否定はしませんけどね、恥ずかしくなっちゃうからあんまりそういうこと言わないでください。
「・・・アキトさんのIFSでないと、対応しきれないってだけです」
「そうなのか?」
「はい。試してみますか?03がミルトニア設定になってますけど」

と、いうことで。
アキトさんのエステに搭乗するのはリョーコさん、ステージは火星。
アキトさんはノーマルプログラムの陸戦で、バトル開始。

「うおおっ!何だこりゃ!」
リョーコさん、IFSを経由してくる情報量に対処しきれず、38秒で撃沈。

次。
ステージは同じ。
搭乗者はヤマダさん。
「よっしゃあ!見てろよ、テンカワ!」
「・・・いいけど、動いてないぞ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・だああっ!訳わからん!」
ヤマダさん、24秒、自滅。



「何なんだ?ありゃあ・・・」
リョーコさんがため息をつきながら私に聞いてきます。
アキトさんのIFSは火星遺跡の未知のナノマシンで構成されています。
ボソンジャンプを可能にするだけでなく、情報の処理速度が通常のパイロット用IFSとは桁違いですから。
「私のIFSより早いですから」
「すると、テンカワもオペレーションできるってのか?」
「はい。可能でしょうね。100の情報を処理するのに、私のIFSで1秒だとするとパイロット用IFSで8.3秒、アキトさんのIFSは0.2秒です」
「すると、テンカワの回避率が通常のエステでも高いのは・・・」
「IFSのフィードバック処理に余裕があるためです」
普通のパイロットがエステやオペレーターからの情報処理を行う間に、処理を終えたアキトさんなら行動に移っています。
その違いが回避率に表れるわけです。
「ナノマシンの話は聞いてたけどな・・・そんな効果まであったとは」
私が気づいたのも最近ですけどね。
アキトさんが全然言ってくれないから、ジャンプ用のナノマシンとしか考えてませんでしたよ。
「いや、それはその、悪かったよ・・・」
「テンカワも大事なとこで抜けてるよな。お前ほんっとに諜報部員なのか?」
「ははは・・・」
「ははは、じゃありません。私が気づいたからよかったものの、これがイネスさんだったらどんな実験されてたかわかりませんよ」
「うっ」
リョーコさんまで固まってしまいました。
2人とも、きょろきょろと辺りを見回します。
「大丈夫ですよ。今頃思わぬサンプルに狂喜してるでしょうから」
「あ、ああ、そうなの・・・?」
でも・・・・。
もしかしたら気が付いているかも知れませんね。
あの人の頭脳は普通じゃありませんから。

「はい。イネスさんが『あれ』を消毒するだけで終わらせるはずがないじゃないですか」
「確かに・・・」
2人とも納得してくれたみたいですね。
じゃあ、先に進みましょうか。

「でもよ、何で気づいたんだ?テンカワ本人が気づいてなかったんだろ?」
「うん、そうだよね。俺もIFS使った操縦ってこんなもんなんだとしか思わなかったからね」
はあ。まったくアキトさんはぼけぼけですね。
仕方ありません。
「アキトさんと私に共通していることがありますよね」
「ボソンジャンプ?」
「いえ。瞳の色です」
「あ・・・」
「何だよ、それ」
リョーコさんがわからないのは仕方のないこと。
「あ〜、つまり、それは・・・」
アキトさんがコンタクトを外し、表れる金色の瞳。
「おっお前、それっ・・・」
「うん、別に隠す必要もなかったんだけどね。何か、癖で毎日つけちゃうんだよね」
「他のマシンチャイルドにこの傾向はありません。ウィトロ基地で会ったカキツバタのオペレーターも、茶色の瞳でした。すると、私がオモイカネとリンクできるのは・・・」
「・・・金の目、つまりそのナノマシンの影響ってことか」
「そうです。私がマシンチャイルドの最高傑作と呼ばれるのは、ネルガルの研究が成功したのではなく、アキトさんと同じナノマシンが入っているから」
リョーコさんも納得したようです。
しきりに頷いて、私とアキトさんを見比べていましたが、
「ふ〜ん、こうやって並んでると、本当に兄妹みたいだな」


妹、ですか。
「ルリちゃん?」
はっ。
「え?何ですか?」
「いや、何か無表情に黙り込んじゃったから、どうしたのかと」
いけません。つい感情的になってしまいました。
「そんでよ、その辺の事情はよくわかったけどよ。そこまでとはいかなくてもエステのグレードアップはできねえのか?」
「エステバリスのプログラムは今ので完成形ですから。これ以上はいじりようがありません」
「つまり、後はパイロットの腕次第ってか」
「はい」
「か〜、言ってくれるぜ」
「リョーコさん、ルリちゃんはそんなつもりじゃ・・・」
「いや、わかってるって。おい、ヤマダ、燃え尽きてる場合じゃないだろ」
アキトさんが庇ってくれたのが嬉しくて、ぼうっとしている間に、リョーコさんが燃え尽きて座り込んでいたヤマダさんの襟を掴んで引き上げます。
「ちくしょう・・・」
ヤマダさん、よほど悔しかったんでしょうか。
「どうしたんだ?ヤマダ」
アキトさんも心配そうに声をかけます。
「そうだぜ。そんなに悔しがるほどでもねえよ。ミルトニアが相手だったのと、フォーメーションがいつもと違ったからな。お前の腕だって充分じゃねえか」

「だめだっ!」
?!
・・・びっくりしました。
突然、叫ぶんだもの。

「・・・ヤマダ?」
アキトさん、心配そうです。
「俺は必ず生きて帰らなくちゃならねえんだ。約束したからよ」
「そう、だな・・・」
え?
アキトさん?
そうだな、って、知ってるんですか?
「何だよ、テンカワ。ヤマダの約束って」
リョーコさんも同じこと思ったみたいですね。
「え、いや、生きて帰ることって一番大事なことだなあって」
嘘くさいですね。
また何か隠してます?アキトさん。
「る、ルリちゃん・・・ほんとだって。そんな睨まなくても・・・」





「そうですか。それで」
「まあ、ヤマダに目標ができたのはいいことだと思って。あいつ、今まで無目的にただ突っ走ってただけだったから」
「あのままじゃいずれ死んでましたね」
「うん。誰一人欠けることなくまた地球に戻りたいからね。戦争がいつまで続くのかわからないけど、できればこの戦争が終わるまで、全員無事で・・・」
「結構早く終わるかもしれないわよ」

突然、説明おばさん登場、ですか。
まあ、艦長の毒物によって、生死の境を彷徨ってる人たちの様子を見に医務室へ向かう途中ですから、出会うこと自体は無理はないですけど。
「副長たちはどうしたんですか?」
私の質問に、不敵な笑みで答えます。
「私を誰だと思っているの?神が人に与え給うた、最高の頭脳、人類の希望よ」
「・・・・・・」
「ちゃんと新らしい劇薬として特許を申請しといたわ」
「そういうことじゃなくって!」
アキトさんの叫びも平然として受け流します。
・・・さすが、というところですか。
いえ、『あれ』を解明した速さではなく、特許申請までしているところが、ですが。
「あら、何が聞きたいの?」
「だから・・・」
「劇薬の効果について?」
「いや、そうじゃなくって・・・」
「しょうがないわね。売上でちゃんとおごってあげるから」
「いや、だからさ・・・」
「あら、がちがちにプロテクトかけてあった、ルリちゃんのスリーサイズのこと?」
なっ?!
「どどど、どうやってあのプロテクトをっ?!」
「い、いや、それは、知りたい・・・・じゃ、なくって!」
「アキトさんっ?!」
「ああ、戦争がどうして早く終わるかってことね」
あっさり言うなっ!

はっ、いけません、冷静にならなくては。
「それだよ、それ!」
いけません!イネスさんの口元が怪しい動きを・・・。

「さあ、どうしてかしら?」

駄目です!アキトさん!

罠ですっ!

「アキトさん、だめっ!わ・・・」
「説明しろ!」

「しましょう!」










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




37 Human beings progress.

悲劇の撃鉄は起こされた。








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《あとがき》

何の悲劇でしょうね(笑)。

b83yrの感想
戦争が早く終る理由・・・・
そうか、ユリカの毒茶で、木連の幹部を毒殺すれば、元々は普通の御茶だから証拠も残らない!!
って、違いますよね?(苦笑)



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