明日の作戦行動を控え、ナデシコには衝撃が走っています。
艦長が、木星蜥蜴の正体についての艦内放送を流したことで。

「・・・火星方面へ逃げ込んだ独立派に対して連合政府と軍が下した決定は、『征討』でした。当時の国連軍宇宙艦隊により、火星宙域への航路を塞がれたことを知った独立派の人々は、進路を変え木星方面へ。
・・・その後の行方は非公式文書にもありません。
月の独立運動への干渉を抹消したい政府は全ての記録からその事実を消し、彼らのことは忘れ去られていきました。ですが、政財界のトップ、特に高度政治意思決定に関わる立場の人間は、全てを知っていたのです。
隠しきれる事実はありません。また、この話はあくまで可能性でしかありません。けれども、かなりの確率である以上、私たちは今後人間と戦い、殺していかなければならない事実に向き合う可能性も高いのです。
皆さん、作戦は明日決行されます。それまでに自分の考えをまとめておいてください。退艦希望者がいれば、私のところまで申し出てくだされば、アスカからの一方的契約解除という形で契約を破棄します。その上でガッサンディシティから地球までアスカのシャトルで送ります。
私の覚悟はできています。できれば皆さんと一緒に最後まで戦い続けたい。和平が来る日まで。ですが、皆さんの意思も尊重したいとも思っています。
ナデシコは艦内時間で明朝0600をもって作戦行動に入ります。それまでに決断をお願いします」



「イネスさん」
私はあることに思い当たって、隣にいるイネスさんに呼びかけます。
「オモイカネのハッキング能力の強化を図った時、『マニュアル管制へ変えさせる』って言ってましたよね」
「気づいたのね。そう、かなり前から予想はしていたわ。まあ、ハッキングに成功して、その後の状況分析をしてみないとまだ何とも言えないけどね」
「何回かハッキングには成功していますよ」
「ハッキング自体は成功してるけど、私の推測を裏付けられるものではないわ。これまで落とした戦艦は全て無人。恐怖感から来る戦場での行動様式が見られていないもの」
イネスさんの言葉を理解した私は、次の考えに移ります。

艦長は何故気がついたんでしょう。
作戦説明の後、医務室でイネスさんと会話していましたから、その前。
艦隊本部での艦長の言動は・・・。
「オモイカネ、マスケリンクレーターとドランブルコロニー間の地形図を出して」
≪了解≫
艦長は確か、『戦場選定に関しても問題がある』って言ってた。
そしてヤハタ中佐は、絶対にそこでは戦闘がない、とも。
そこにあるのは、確か・・・。

≪アポロ11号着陸点です。1969年7月20日に人類が月へ降り立った最初の一歩が記されています≫

木星蜥蜴が月の独立派だった人たちなら、その場所を汚すようなことはしない、そういうことですね。
「さすがは艦長ですね」
小声で呟いたつもりだったんですが、メグミさんに聞きつけられてしまいました。
「ん?艦長がどうしたの、ルリちゃん」
かいつまんで説明すると、メグミさんは、
「艦長がねえ・・・普段は一緒になってばかやってるように見えるけどね」
「それはいいんだけど、メグちゃんはどうするの?」
ミナトさんが会話に入ってきました。
「私、中途半端なまま、ナデシコを降りたくありませんから。ほんとは人と戦うの、すごく嫌ですけど、だからと言って逃げ出したら何のためにナデシコに乗ったのかわからなくなっちゃいます」
「そうだね。ルリちゃんは?」
「・・・私はアキトさんとイネスさんのいるところにいます」
それだけです。
アスカとの契約も、敵が人間かどうかも関係ありません。
アキトさんは、私を、ナデシコを守りたいって言ってました。
だから私も、アキトさんを、ナデシコを守ります。
そりゃ、平和な方がいいに決まってるけど、ナデシコを脅かす敵が存在する以上、それが誰であろうと倒さなければならない。
今、私の目の前にある事実はそれだけ。
自分がいくら仲良くしようって言ったって、相手がその気にならなければこちらが死ぬだけです。
曖昧な理想や夢に縋って生きられるほど、世の中甘くない。

「私も残るよ。メグちゃんやルリちゃんと同じ、自分たちが生きるためにね」
ブリッジクルーで退艦者はいないようですね。
でも、他の部署は大丈夫なのかな。
ちょっと心配です。





結局、誰一人退艦者を出すことなく、ナデシコは作戦時間を迎えました。
みんな、ショックではあったみたいだけど、まだ実際に対人戦闘を行っていないってのも大きかったのかな。
アキトさんやイネスさんと話す時間はなかったけど、あの2人が降りるはずありませんから。

0600時に作戦行動開始。
第2艦隊第8遊撃部隊として、第2陣から出撃。
北極方面から迂回してルモニエクレーター方面へ。
小規模な戦闘を幾つかこなし、ルモニエのチューリップへ向かう本隊から離れ、静かの海へ。

ちなみに、同じナデシコ級であるシャクヤク、カキツバタ、カトレアは別部隊。
シャクヤクなんかはクリムゾンが手続きに手間取っていたので、機動兵器を搭載していません。
第2艦隊主力部隊の中で、旗艦の護衛艦として何とか参戦、って感じ。
カキツバタはさすがに母体がネルガルだけあって、分離したネルガル重工に機動兵器部門を再生、今回は月面フレームとか言う新フレームを導入して参戦しています。
そのカキツバタと共に、相転移砲を備えたカトレアは機動性を活かしてチューリップ殲滅に奔走中。
作戦開始から僅か3時間なのに、既に2つのチューリップを消してしまいました。
そんなに凄いのかな。相転移砲って。





作戦開始から5時間。
今、1100時です。
さほど大きな戦闘もなく、ナデシコはA-11ポイント、アポロ11号着陸地点を過ぎ、ドランブルコロニーへ向かっています。
「ドランブルコロニーから熱源反応。無人兵器50、戦艦10がこちらへ向かってきます。相対速度からあと15分で接触します」
メグミさんの報告に、艦長がやっぱり、と呟きました。
ナデシコは戦域速度で向かっていますが、接触時間から考えても向こうはゆっくり過ぎます。
「ユリカ、やっぱり敵はA-11を避けたいらしいね」
「うん。ここは押し込んで殲滅してしまいましょう!メグミさん、エステバリス隊、発進」
「イズミさんの兵装はどうしますか?」
プロスさんがもっともなことを聞きます。
ウリバタケさんが開発した遠距離攻撃用追加フレームは、元々遠距離射撃が得意なイズミさんが担当しています。
リョーコさんやヤマダさんでは、どうせ突撃してしまうのは、試験で確認済みですし。
かといって、アキトさんやヒカルさんにすると、オールレンジ戦闘を臨機応変に器用にこなす2人の特性を殺してしまいます。
「ナデシコの護衛は不要です。C兵装で出してください」
「了解」

「アキトさん」
『どうしたの?ルリちゃん』
「えっと、その・・・気をつけてください」
『ん?ああ、わかった、頑張るよ。・・テンカワ機、出ます!』
アキトさんのミルトニアが出撃していきます。



アスカ・インダストリー製機動兵器、ミルトニア。
1ヶ月前、試験を終えたプロトタイプを受領した機体です。
ネルガルCUIを吸収して機動兵器部門を強化したアスカが、この蜥蜴戦争が始まった直後から研究していたX-05CUを、3年かけて開発ナンバーから解放した機体。
アサルトピットなどの基本コンセプトはエステと変わらないんですが、機動性を重視して新型推進装置を多用した結果、装甲が多少犠牲になってしまっています。
兵装はイミディエットナイフを長くしたイミディエットブレードと、ワイヤードフィストの代わりに装備されている両腕の格納式アンカークロー、それに今までと同じフィールドランサーが近接戦闘用。
中長距離戦闘には、他のエステと同じくラピッドライフルを用います。
これは、イズミさんのカノンと違って、実弾を使うものに1機だけ別の兵装を用意すると経費が嵩むからとプロスさんが言っていました。
確かにそうかも知れないけど、アスカも意外とけち?
以前のアキトさんが乗っていたエステと同じく、カラーリングはピンク。

アキトさんが乗ることになった理由は、装甲がエステより弱いから。
機動性と攻撃力を重視しているのだから、本来ならリョーコさんかヤマダさんが適しているんでしょうが、リョーコさんはともかくヤマダさんは猪突猛進、避けることをあまり考えていません。
それじゃあミルトニアの機動性を活かせませんから。
それに、エステほどの厚い装甲を持たないミルトニアは、近接格闘戦と中距離射撃のコンビネーション、ヒットアンドアウェイで戦わなければなりません。
ヒカルさんも得意ですが、アキトさんならもっと確実に実行できます。
最悪、ボソンジャンプがありますから。
イネスさんは難色を示しましたが、ヒラヤマさんから送られた機動性に関する詳細レポートと、アキトさんたっての希望で、多用はしないとの条件付きでしぶしぶ承諾しました。

私としても、さっきまでの小規模な戦闘で実力は見たとは言え、実戦運用がこの作戦が初めてと言う機体ではやはり心配です。
だから、言ったんですが。

「ルリルリ、やっぱりアキト君が心配なんだ」
ミナトさん、どうしてそんなに嬉しそうなんです?
「当たり前じゃないですか。家族なんですから」
「ふ〜ん。お姉さんに今更そんな建前言わなくたっていいのに。バレンタインにもチョコレートあげたんだしさ」
ちょっと、ミナトさん。
メグミさんが恨めしそうに睨んでるんですけど。
あ、艦長も思い出して泣きそうな顔になってますね。
・・・まあ、自業自得ですが。
「戦闘中ですよ」
「ん、ルリルリも赤いの治してね」
う、私、顔赤いですか・・・?



「う〜む、やはり動きがいいですなあ・・・」
プロスさんが唸っています。
「でも、バッタやジョロならともかく、機動兵器同士の殴り合いだと、やっぱり不安ですね」
副長がミルトニアのデータを参照しながら言います。
「推力でどこまでカバーしきれるか、にかかってるという訳ですな」
「そうですね。ディストーションフィールド出力もエステと変わりませんから」
『おいおい、紙や木でできてる訳じゃねーぞ。強度そのものはエステよか上だぜ』
どこで聞いていたのか、ウリバタケさんがコミュニケを通して、副長とプロスさんの会話に参加します。
「でも、機体がスリムになった分、装甲の厚みはないんですよね」
『まあな。2層下は駆動系だからな。だがまあ、そうそう突き破られるものでもねーよ。乱戦で何度も喰らったらやばいってくらいなもんだ』
「なかなか期待が持てそうな兵器ということですな。それにテンカワさんがそうそうやられることもないでしょう」
「回避能力はパイロット中でも屈指ですからね」
それに私がサポートプログラム、入れてますからね。
「逃げるのだけは、ね」
メグミさん・・・まあ、ありていに言えばそうなんですが。
だけど、バレンタインの悲劇は自業自得でしょうに。

そんな会話をしている内に、エステバリス隊とナデシコの攻撃でドランブルコロニーの敵基地は壊滅、西の地球圏勢力下とルモニエ、アリステュロスシティとの回廊を確保しました。



「ヤハタ中佐の作戦以上ですな」
「ええ。読み通り、北部からここへ回り込もうとした敵艦隊も、晴れの海に着いた所で全滅できましたし。敵が本気でA-11ポイント周辺で戦闘しないとわかった以上、2陣本隊や第3陣の到着まで待ってられませんから」
「すると艦長、この後は?」
「もちろん、晴れの海へ転進、敵艦隊を足止めしてルモニエに向かわせません。メグミさん、ルモニエの戦況は?」
「チューリップからの艦隊にてこずっているようです。カトレアは予定通りチューリップ2基を殲滅、現在上空でチューリップ飛来に備えて警戒中。カキツバタはこちらに向かっています。現在はナデシコとの相対位置で3-0-8、2600Kmです」
「了解です。ミナトさん、ナデシコを晴れの海へ」
「はいは〜い、まかせて」
「ルリちゃん、ハッキング用意、忘れないでね」
「了解」
こうしてナデシコは、次の戦場となる静かの海へ向かいました。










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




31 Op."Recaptures the moon" Vth

晴れの海東岸、ルモニエクレーター。
月面最後のチューリップを巡り、激戦が繰り広げられていた。








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《あとがき》

うわ、短っ!
何かエピソードでも入れて長くしようと思ったんですが。

ああ、ネタがない・・・(泣)。


b83yrの感想
どうも、メールのやり取りによると、らいるさんは、キャラコメで例の外道を出して欲しいらしい
と言う訳で
今回のゲストは、『頑張れ、ユリカさん』よりアキト君で〜す♪
「おいっ(怒)」
あれっ、怒ってる?
「当り前だろ、外道って言ったら普通は」
でも、ユリカ、ルリ、ラピスと3人も手を付けてりゃ十分外道の資格はあるけど?(にやり)
「うっ・・・・さっ、さあ、感想イッテミヨウ(汗)」
まあ、気にするな、『最低を貫き通す』君に好感持ってる人も多いんだから・・敵も多そうだが(苦笑)
・・ん?
「・・・・・・」<読んでるらしい
どうしたの?
「いや、ユリカって結構やるんだなって、ルリちゃんの補佐も良い感じだし」
それゃ、艦長に選ばれるぐらいだし、それなりの実力は持ってる筈だよ
「あんたもこれくらいユリカの活躍を書いてやって欲しいな、期待はしてないが」
うっ、もしや、外道扱いされたし返しか?(汗)
「しかし・・・バレンタインの悲劇か・・・まだ良い方だよな・・・・こっちは悲劇どころか惨劇だったし(遠い目)」
うっ、もしかして、ユリカさんの手作りチョコを?(汗)
「聞くな・・・思い出したくも無い・・・(涙)」
 


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