今は午後6時です。
アスカ船籍の戦艦としてヨコスカを出航してから、ナデシコは来る日も来る日も、ただ試験の毎日。
「だ〜っ!もう2ヶ月だぞ!いつまで地球にいりゃいいんだ!」
夕食時の食堂に、ヤマダさんの暑苦しい叫び声が響き渡ります。
ですが、満席の誰もが振り向こうともしません。
ここ1ヶ月くらい繰り返された日常風景ですから。

「まったくだぜ。こう平和だと腕が鈍っちまう」
リョーコさんが、牡蠣フライを頬張りながら同調します。
「リョーコお、口に入れたまま話すのって、むぐ、お行儀悪いよお〜」
「なら、おめーもそうだろうが」
確かにパイロットの皆さんには、フラストレーションが溜まる毎日でしょうね。
ここ半月はナデシコ自体の試験が中心で、模擬戦すら行っていません。

「仕方ねえだろ?電装系の変更もあったし、相転移エンジンだってアスカの改良型試作品積んでんだからよ。いざ宇宙へって時にどか〜んじゃ、話になんねえだろう」
「そうね。大気圏内でないとできない実験もあるしね」
そう広くない食堂の奥、青い制服の一団からウリバタケさんが大声で返し、それに合わせるようにイネスさん。
この2人、『実験』『改造』に関してはウマが合います。
「でもよ、そんなの出航前にやっときゃいいじゃねえかよ」
ヤマダさんはまだ苛々が抜けてないようですね。
かなり不満そうに、箸で茶碗のふちを叩きながら言います。
「ECFEM広域散布の戦略実験なんて、実験室のどこでやれって言うのよ」
イネスさんが振り向きもせずに言うと、艦長もケーキをコーヒーで流し込んで参加します。
「技術実験だけじゃないんですよ。戦術情報に関するデータも集めないといけませんから」
「そうは言ってもなあ・・・」
「ああ、この俺のゲキガン・シュ・・・」
「それはいらねーんだよ!」
騒ぎ出すヤマダさんを、睨みで撃退し、艦長にその視線のまま、
「俺たちはパイロットだぜ。模擬戦でも何でもやらしてもらわねえと、いざって時にナデシコ落とされたら困るだろう?」
と、リョーコさんがそれでも抑えた声で言います。
「う、そんなこと言われても・・・」
艦長、だいぶ困っていますね。
仕方ないので助けてあげましょう。

「模擬戦、やりますか?」
パイロットの皆さん、特にヤマダさんとリョーコさんが喜色満面で振り向きます。
「おおっ!できるのか?!」
「やるやる、やるぞ、おい、ルリ、空戦か?」
ほんとに血の気が多いですね。
私は既にやる気満々の2人を無視して、青い制服に近づきます。
「ウリバタケさん」
「聞いてたよ。ま、しょーがねーな。おい、お前ら行くぞ」
整備班を促して去るウリバタケさんと、格納庫へ駆けていくリョーコさんとヤマダさんを見送りながら、
「ルリちゃん、あれ試すの?まだ試作テストも終わってないんじゃ・・・」
「暴発したりはしませんから、大丈夫ですよ。艦長」
「そう?ま、いいかな・・・」
「そうです。どうせヤマダさんですし」
「・・・ルリちゃんって、性格変わったよね」
「そうですか?」
「そうだよ」
「そうですか?」
「そうだよ」
「そうですか?」
「そうだよ」
「そうですか?」
「そうだよ」
「そうですか?」
「そうだよ」
「そうですか。アキトさんが危険な目に合わなければそれでいいだけなんですけど」
「・・・だから変わったって言ってるんだけどな」





『うおおりゃああ!』
『くうっ!ちくしょう!近寄れやしねえ!』
ヤマダさんとリョーコさんが、夜間戦闘の模擬戦を行っています。
「へえ。結構いいんじゃない?」
「そうね、バッタ君たちには有効かもね」
ヒカルさんとイズミさんが、その様子を見ながら感想を言い合っています。
リョーコさんのエステはいつものカスタム機ですが、ヤマダさんのは追加装甲を取り付けたものです。
ナデシコ防衛と援護用に整備班が作ったオリジナル。
木星蜥蜴の無人兵器は5機が一体となって目標に接近、目前で散開して攻撃してきますので、殴り合いやパレットガンではあんまり効率がよくありません。
だから、ナデシコに近づいて散開する前にまとめて落としちゃおうって、安直な考えで作ったものなんだけど、イズミさんが言ったようにバッタ相手なら結構いけるかも。
左腕に取り付けた拡散型パルスレーザーカノンが、広域放射されるものなんだけど、リョーコさんが避けるのに精一杯なんだから、無人兵器なら確実にお陀仏です。

「ナデシコに固定された防衛システムでは、ああは行きませんからなあ」
プロスさんも感心してます。
ナデシコから受けた重力波エネルギーを、エステから直接カノンに取り込むので、長時間戦闘が可能です。
その分ジェネレーターが大きくなって動きが遅くなりますが、当然のことながら、固定武装よりも機動性ははるかに上。
そもそもナデシコは民間船なので、法律上、兵装は厳しく制限されています。
以前の月宙域での戦闘で、物量作戦で突撃してくる無人兵器を落としきれず、かなり苦戦した経験からの発案だったんですが。
なかなかいいです。

でもね。そろそろ・・・。

『あ〜!こらっ!ヤマダ!突っ込んじゃあ意味ねーだろーが!』
ウリバタケさんが怒鳴ります。
「やっぱり、パイロットの人選に問題あったんじゃないかなあ」
副長も呆れてメインウィンドウの、羽交い絞めにされたヤマダ機を見て呟きます。
「機動性が課題、かなあ」
「でもさあ、艦長。防御用なんだからあれでいいんじゃないの」
「敵も進化しますから。戦争がいつまで続くかわかりませんが、こちらも現状で満足するわけにはいきません」
艦長の真面目な一言が、この実験の最後を締め括りました。










2198年、春。
ナデシコは赤道上から宇宙へ飛び立つ。










「ウィテロ基地へ通信。入港許可を」
「はい。ウィテロ基地応答願います。こちらアスカ・インダストリー所属、AIX-001N機動戦艦ナデシコ。入港許可をお願いいたします」
艦長の指示で、メグミさんがウィテロへ連絡を取ります。
「艦長、入港許可下りました」
「了解です。ミナトさん、入港手順はノーマルで。ルリちゃん、周辺の策敵状況は?」
「異常なし」
「メグミさん、着底後、全艦通信の準備をお願いします」
「了解」
ナデシコは湿りの海に面した、連合軍ウィテロ基地に入港します。
第5次月面奪回作戦に参加するために。





「現在、雨の海方面で小規模な戦闘が繰り返されています。先日もティモカリスの前進基地が陥落、ディオファントスコロニーにも批難命令が出され、一般市民はガッサンディシティへ集められています」
「ふ〜ん。すると、月面のどの位が制圧されてることになるの?」
「地球から見て月の裏側はほぼ完全に敵勢力下にあります。極冠と豊かの海、危難の海、晴れの海方面は抑えられていますので、南はアルザケールクレーターでの小競り合い、北はアリアデウス谷を挟んで睨み合い。まあ、北極のメランクレーター基地を北限、ミーとカプアヌスのラインを南限、東側はドランブル基地が奪われましたのでアグリッパとゴダンの防衛ラインで、ヘウェリウスシティとガッサンディシティ、アリステュロスシティ、コペルニクス研究区域あたりを守るので限界ってとこです。凡そ1/6くらいしか残っていませんね」
「はあ・・・そうなんだ。(ぜんっぜんわかんないわ)・・・」

ウィテロ基地の通路を中央棟へ歩きながら、ミナトさんに説明しているんですが、まるでわからないって顔です。
地球に住んでる人って、知り合いが月に住んでなきゃあんまり衛星の地理にまで興味持たないから、まあ当然なのかも知れません。
「それじゃあ連合軍の改組なんて、やってる場合じゃないのもわかるけどね」
「そうですね。軍がそのまま残ろうが、作戦さえきちんとしていれば問題ないですけど」
「それなんだけどさ、今回は大艦隊なんでしょ?あんまり軍に縛られるのも嫌よね」
「大丈夫だと思いますよ。ナデシコは遊撃部隊としての参加だそうですから」
「そうなの?」
「はい。ネルガルのカキツバタも、この間復帰したクリムゾンのシャクヤクにしても民間船ですから、有無を言わせず軍に従わせられることはありません」
「じゃあ、ナデシコシリーズは皆自由に戦闘するってことになるのかな」
「いいえ、カトレアだけは連合軍所属ですから」
そこまで話すと、リニア乗降場に着きました。
プラットフォームには、ぱらぱらと軍人さんの姿が見えるくらい。

直径42Kmにも及ぶクレーターに作られたウィテロ基地は、完全な軍事コロニーです。
中央部の月方面第2艦隊本部から放射状に伸びたリニアウェイで第1から第6までの各ドッグや、研究棟、保管庫、居住ブロックなどの各施設を結んでいます。
ナデシコは北西部の第3ドッグに入港し、係留区域から中央棟へ行き、それから高速リニアウェイで作戦本部のある中央ブロックへ。
リニアで5分くらいなんだけど、面倒。
他のブリッジクルーは既に先発のリニアに乗ったみたいで、迎撃管制システムの設定をしていた私と、付き合ってくれていたミナトさんだけ遅れちゃったみたいです。

外輪山にはフィールド発生装置が置かれ、クレーター全体をディストーションフィールドで防御するようになっているから、よほどのことがなければ大丈夫。
と思ったんだけど、作戦本部へ向かうのは代表だけなので、念には念を入れて、って気合入れ過ぎたかな。
今回、戦闘班からはリョーコさんが代表で参加するので。
アキトさんがナデシコに残るのなら、ちゃんと安全策を打って置かないといけませんから。


『A linear arrives. Since it gets off ahead, those who ride need to wait in a back entrainment space.』
構内放送が流れると同時に、白い車体が滑り込みます。
100人乗り位の短い車体の前方から降りる人たちを眺めていると、ミナトさんが何かに気づいたように、
「あ、あれ。カキツバタの制服じゃない?」
そう言われて見ると、白い軍服に混じって、ちょっと前まで着慣れていたネルガル戦艦の乗員服が見えます。
「そうですね」
別に何の感慨も湧かないので、適当に相槌をうったんですが。
列の中にいた、私より3、4歳下くらいの子供が走って来ます。

「あ、あの!ホシノ・ルリさんですか?」
何でしょう。
こんな子供に知り合いはいません。
「そうよ。あなたは?」
私が黙っていると、ミナトさんが答えました。
すると、その少年は急にもじもじし始めます。
一体、何なんですか?

「失礼、この子はマキビ・ハリ。カキツバタのオペレーターだ」
黙っていた私に代わってミナトさんが答えたように、ゆっくり近づいてきた男性が少年の代わりに言います。
去年までのミスマル艦長と同じ制服なんですが・・・・・・。

・・・・・・。

・・・・・・中年男性が着ていい服じゃありませんね。
カキツバタの艦長であることがわかりましたが、でも、だから何だと言うんでしょうか。
「彼はホシノさんに憧れていてね。前回、あんなことがなければ月で会えたはずなんだが、ネルガル・ショックでそれが流れてしまったんで、今回の作戦を楽しみにしていたんだよ」
はあ。
そうですか。
「あれ、ハーリー君」
ミナトさんがまた何か気づいたようです。
でも、何ですか、『ハーリー』って。
カキツバタの艦長さんも驚いた顔してますよ。
「どうしてその呼び方を知ってるんです?」
「え?だってハリハリじゃおかしいし。でも、カキツバタでそう呼ばれてるんなら丁度よかったね」
艶然と微笑むミナトさんに、頬を染めてますね。
随分マセた子のようです。
私が彼くらいの時は、男性どころか、他人全般に興味を持たなかったもんですが。
「ね、ハーリー君の目ってさあ、ルリルリに近い色してるねえ」
え?
私と?
金の眼ってことですか。
・・・確かに、そうですね。
でも完全ではなく、ゴールデンロッドってところですか。

覗き込んだ私を見て、更に顔を赤くしていますが・・・何を考えているんです?
「あ、あの・・・僕、ルリさんの後輩に当るんです」
「じゃあ、ネルガルの・・・」
ミナトさん、別に気を使わなくたっていいですよ。
研究施設での実験なんて、もう気にしてませんから。
「はい。それで、ナデシコで活躍してるルリさんにひと目お会いしたくて・・・」
「へえ〜、ルリルリ、もてもてだ」
「怒りますよ、ミナトさん」
「・・・・・・こわ」
私、マセた子供は好きじゃありません。
まあ、マセてない子供であろうと好きじゃありませんが。
とにかく、その『ルリさん』って何ですか。
初対面の人間に対して使う呼び名ではありません。

「リニアが出るので、失礼します」
まだからかい足りないのか、ミナトさんが名残惜しそうですが、私はずんずんと先に行きます。

ハーリー君とやらが、少し悲しげな声をあげましたが、無視です。
「ね、ルリルリ。可愛い子だったねえ」
「そうですか」
「あれ、ルリルリはそう思わないの?」
「いきなり名前で呼ぶなんて失礼です」
「ふ〜ん。でもさあ、アキト君に対しても最初はそんな反応だったよねえ。正体不明だったからってのもあるかも知れないけどさ。ルリルリって気になる子には冷たくしちゃうタイプなのかなあ」
リニアの扉が閉まった途端、ミナトさんが、ばかなことを言ってきます。
「そんなことありません」
「そう?でも、ルリルリの弟みたいな感じだったね」

弟、ですか?
・・・・・・。
弟なら、悪くはないですけど。

ちょっと悪いことしてしまいましたかね。



それにしてもミナトさん、人のことばっかり、本当に好奇心が強いですね。










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




29 The child similar to me.

「はあ・・・ルリさん、きれいだったなあ」
「ほお、ハーリー。惚れたか」
「んなっ?!な、ななななな!」
「落ち着けよ、まずは。でも、ありゃあ、お前に惚れそうにはないがなあ・・・」
「うわあああああんっ艦長のばかああーーーー!」
「・・・・・・まあ、まだ子供だし。どっちも。ってハーリーいないか」




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《あとがき》

えー、カキツバタの艦長ですが。
名前、ありません(笑)。
というか言えないんです。
理由は・・・
えーと、Monochrome完結時に(汗)。


b83yrの感想

どうやら、本格的に戦闘が始りそうな気配が
優秀って事にはなってるけど、スーパーキャラって訳じゃ無い『艦長ミスマルユリカ』の活躍に一寸期待したいかも
主人公最強主義のスーパーアキト君じゃ、その手の話はまず見れないし

ハーリー君は・・・ここでもフラレルんだねえ
まあ、ルリ以外とくっ付く分には構わないから、フラレタ事を今後の糧としてハーリー君はハーリー君の幸せを見つけて下さい(笑)

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