「や、ルリさん。調子はどう?」
「まあまあです」
「そうか、いや、普通が一番!はははは」
はははは、じゃ、ありません。
ていうか、どうしてヒラヤマさんわざわざここまで来てご飯食べるんですか?
「あの、課長?今日は休みなんじゃあ・・・」
「だから来てやったんじゃないか。お前も料理の腕が奮えていいだろうが」
「そりゃ、まあ・・・沢山いた方がやりがいもありますけど」
「お、今日の味噌汁は豆腐とわかめか。うんうん、シンプルなのが一番だよな」
困惑するアキトさんを尻目に、お鍋を覗き込んで1人で合点してます。
折角のお休みに、ヨコハマの自宅からハヤマまでわざわざ朝ご飯食べに来たんですか?
だいいち、まだ8時ですよ。
一体何時に起きてきたんでしょう。

「あら、ヒラヤマさん。今日は何?」
イネスさんも何か言ってくださ・・・って、あなたも朝早くから何作ってたんですか。
「ああ、これ?たった今完成した新種のナノマシンで、投与すればIFSフィードバックレベルが飛躍的に向上、更に効率的に補助脳を形成することによって、使用者の感情に・・・」
「ほ、ほらっ!できたよ、課長もお腹空いたんじゃないですか?!」
「お、おう、じゃあ、ご相伴に預かるとするか!」
「そうですね!わ、私もお腹空きましたから」
絶対にイネスさんの望む効果なんかありません。
そもそも、試験管の口から煙が出てますし。
それで慌てて説明を止めさせようとしたんですが、ヒラヤマさん、だいぶイネスさんのことがわかってきたみたいですね。
説明を中断させられて相当不満そうですが、三大欲求には勝てないらしく。
でも・・・、いつか人間の三大欲求を超越しそうで恐いです。

取り敢えず、謎の闖入者を加えた4人でテーブルを囲みます。
相変わらず、アキトさんの手料理は絶品です。
「そういや、この家ではテンカワしか料理しないんだな」
静かな朝食の時間を打ち破って、ヒラヤマさんが思い出したように言い出します。
答えたのはアキトさん。
「いや、ルリちゃんのは知らないけど、姉さんのは料理って言わないから・・・」
「?」
ギロリ、と擬音が聞こえそうな眼差しを向けるイネスさん。
事実なだけに言葉にして抗議はしませんが。
「そうですね。イネスさんのは料理って言いません。実験です」
「はあ?」
「ここに来てから、アキトさんがイネスさんに料理をさせない理由がわかりました」
「だろう。あれはどうにもなあ・・・」
着いていけないヒラヤマさんに、
「説明、してあげましょう」
ちょっと『説明』を強調して。
イネスさん、あんまり怒ると皺ができますよ。
「アキトさんがいない時に、お昼を作ってもらったんです。スパゲッティ・ジェノベーゼってやつ。パスタから手作りだったみたいですけど」
「そりゃ、すごいなあ」
ヒラヤマさん、感心するのは全部聞いてからでも遅くないですよ。

「パスタ、動いてましたけどね」
「・・・・・・」
「バジリコ、紫でしたし」
「・・・・・・」
「どうやったらオリーブオイルがマーブル模様になるか、わかります?ヒラヤマさん」
「・・・・・・」
「あれは絶対何かの実験です。100%確実に」
「・・・・・・」

「ちょっと、ホシノ・ルリ。あなたが人のこと言えると思って?」
こめかみをぴくぴくさせながら、イネスさん、反撃です。

・・・そこを突かれると、ちょっと痛いですね。
「へえ、ルリさんも作れないのか」
・・・・・・聞き捨てなりませんね。
作れない、じゃありません。
作らないだけです。
やれば絶対に作れる・・・はずです。計算では。
「そうよね。12歳なら料理の手伝いなんかで、みようみまねでも作り始める年よね」
くっ、イネスさん。
29歳で黒魔術的料理作る人よりましです。
勝ち誇ったような顔つきがむかつきます。
でも、ここで怒ったら負けですから。
「・・・別に。そんなのは人それぞれだと思いますけど」
「そうよねえ。人それぞれよね。でも」
にやりと唇を歪めます。
猛烈にやな予感がするんですけど。
「折角コックがいるって言うのに、教えてもらおうともしないんだから、ま、相当自信があるのか向上心皆無か、どっちかよね」
「それなら、イネスさんだってそうじゃないですか」
「あら、アキトが子供の頃、ご飯作ってあげてたの、私よ。ねえ、アキト」
「うん・・・まあ、ちゃんと作れば作れるんだよな、姉さんは・・・」
うう・・・アキトさんを巻き込むとは、卑怯です。
と言うより、『姉さんは』って何ですか、『は』って!

いけません、冷静に、冷静に。
「やっぱり女性は料理の腕だよなあ・・・」
ヒラヤマさん。
口は災いの元、って諺、身を持って知らしめてあげましょうか?
「でも、ルリちゃんにはまだ早いよ」
アキトさんまで・・・。
「でもあなたにご飯を作ってあげてたの、私が12歳くらいの時からよ」
横目で私をちらちら見ながら言うイネスさん。

くう・・・ここで引いたら天才美少女オペレーター(自称)の名が泣きます。
「私だって・・・」
小さく呟いた私の言葉を、聞き逃すような人ではありませんでした。
「ふうん、私だって、ねえ・・・・・・あなたが、どうしたの?」
「まあまあ、姉さん」
「ふーむ、いや、女性の手料理ってのはどんなに高級な食事より価値があるもんだよなあ・・・」
「あら、今度ご馳走しましょうか」
「ええっ?!本当ですか。そりゃあもう、是非!」
「そんなもんっスかねえ」
「テンカワ、お前だって以前、研修所のイハラの愛妻弁当を羨ましがってたじゃないか」
「はあ、まあそりゃ自分で作って自分で食べるより、いいなあって思って」
「そりゃあ、お前、愛妻弁当ってのは愛情が違うからな」
「ああ、それならルリちゃんの料理は美味しくないわね」

切れました。
いえ、もうトサカにきました。
ぷっつんです。

「わかりました!作ろうじゃないですか。いえ、もう絶対作ります。ええ、それはもう誰が何と言おうと作るんです!」
その瞬間、イネスさんの目がしてやったりと細まったことは言うまでもありません。





「ルリちゃん、いきなりそれは難しいんじゃ・・・」
「問題ありません」
「いや、でも最初は普通の家庭料理から入った方がいいと思うんだけど・・・」
「やります」
「・・・そうですか・・・」
結局、イネスさんにしてやられた私は、その日の夕食を作ることになってしまいました。
乗せられたのは癪ですが、大丈夫です。
愛情が決め手なら、絶対美味しいはずですから。

ただ、作るものがちょっと。
売り言葉に買い言葉、イネスさんの、
『フランス料理なら私が得意だしね。そうね、スペイン料理かイタリア料理でも作ってくれるんでしょう』
に、かちんときた私。
『そ、それはもちろん、イネスさんのフランス料理を軽く超えるものを作りますから』
って言っちゃったもんだから、今更カレーライスだの、火星丼だのは作れません。
調整中のオモイカネは使えないので、マンションの端末からネットで料理を検索して。
アドバイスするつもりだったアキトさんの、
『お、これ美味そう』
の一言でメニューは決まりました。

えー、まずは。
鯛のペッパーマリネ、サザエのエスカルゴ風。
サラダは、鴨とクレソンのサラダ。
メインはバレンシア風パエリア。
さすがにデザートは止めておきましょう。
いくら何でも初めての料理でそこまでは、ね。
何だかいろんな地方の料理が混ざってますが、まあ、いいとして。





「ちょっと、ルリちゃん」
一緒に買出しに出かけたアキトさんが、お店の前で私を引き止めます。
「何ですか」
「何ですかって・・・こんな所で買うの?」
「はい。調べたらここが一番いいそうですから」
食材は重要ですよね。だから、高級食材が置いてあるお店を探したんですけど。
「いいってったって、ここは高すぎて・・・」
「大丈夫ですよ。お金なら。私、お給料手付かずですから」
何か、アキトさんが考え込んでます。
「他に使い途もないから、こういう時にいいもの買おうと思いまして」
「う〜ん・・・」
「どうしたんですか?早く行きましょう」
「いや、ルリちゃん、ちょっと俺の方に付き合ってよ」
「え?」
問い質す暇もなく、そのまま駅の方へずんずん歩いていきます。
手を繋いでくれるのは嬉しいんですけど、どこへ行くんでしょう。



「アキトさん、ここは?」
「市場さ」
「それはわかりますが・・・業者でないと買えませんよ?」
「大丈夫。ついておいで」
昼過ぎですから、もう水揚げやセリなんかはとっくに終わって。
あんまり人影もありません。
そんな周りの様子を気にかける風でもなく、アキトさんと私は市場の外れの方へ。

「ほら、あそこ」
アキトさんが指差す先には、露店みたいな小さな小屋がたくさん並んでる一画。
「仕入れたものをその場で売ってる店もあるんだよ」
そう言って店先を物色し始め、
「ほら、魚はね、鱗とか眼を見て鮮度を確認するんだ。・・・あ、おじさん、これ」
「魚によっては鰭の具合とかも見なきゃいけないんだけど、それは今度ね」
「ほら、ルリちゃん。同じ種類でも、ここ。よく見て」
私は取り敢えずアキトさんの説明を聞きながら、後をついて回ります。
「あ、あの、アキトさん?」
「ん?何、ルリちゃん」
どうせ野菜とか買わなきゃいけないのに、何でわざわざ魚市場まで来たのか、聞いておかないと訳がわかりません。
「どうしてあのお店じゃ駄目なんですか?あそこの方が・・・」
「高いものといいものは違うんだよ、ルリちゃん」
「え?」
何だか今日は聞き返すことが多い日です。
でも、アキトさん真面目な顔してるし。
「ルリちゃんはお金、たくさん貰ってるよね。だから幾らでも高いものは買えるけど、本当にいいものかどうかって、お金だけで計れるものじゃないんだよ。こういう時にいいものを、って気持ちはわかるし、それが悪いことだとも言わない。でもね、ルリちゃんは高級な料理が作りたいんじゃなくて、美味しい料理を作りたいんだろ?」
言ってることはわかります。
「はい。そうですけど」
「料理なら美味しい料理、プレゼントなら心がこもった物、本当に大事なものって、値段じゃないと思うよ」

そっか。
アキトさんが言いたかったこと、わかりました。
「それにね、値段が安くたっていいものはたくさんあるんだからさ。はは、貧乏性なだけかも知れないけどね」
苦笑いしながら、
「ルリちゃんくらいの時って、孤児院の不味い飯ばっか食ってたし、お小遣いなんてなかったからね。できるだけお金使わないように、ってことしか考えなくなっちゃったのかな」
笑って言うアキトさんに、ちょっと胸が痛みます。
私は、殊『もの』に限って言えば、恵まれすぎています。
お給料は艦長より高いし、必要なものは全て手に入ります。
だから、お金を得る、使うってことを真面目に考えたことなかったけど。
アキトさんは、好奇心が強くて一番欲しいものもある時代に、何も買えなかったんですよね。
イネスさんが教えてくれたこと、思い出してしまいました。
全てを失って、望むことすら適わなかった少年時代。
唯一残った、夢。
コックになること。
それすら、木星蜥蜴の侵攻で奪われて。
サセボの食堂で住み込みの見習。
貧乏と苦労の連続だったアキトさんからすれば、私の方が恵まれてるのかも。
「わかりました、アキトさん。料理で大事なのは高級な食材じゃないんですね。見分け方、教えてください」

嬉しそうなアキトさんの横顔を見ながら、それでも。
私も、大事なこと、わかりかけてるんですよ。アキトさん。










「おおっ!こりゃすごい!」
ヒラヤマさん・・・いえ、もういいです。別に。
好きなだけいてください。
「・・・見掛けだおしでなければいいけどね」
「姉さん、食べてもいないのにそれはないんじゃあ・・・」
「いいんですよ、アキトさん。味が証明してくれますから」
そう言ってイネスさんを見ます。
「勝ち誇るのは早くてよ。食べてみなくちゃわからないわ」
「ええ、もちろんです。だからどうぞ、食べてから感想言ってください」
いえ、もう私は勝ち誇ってます。
確かに、最初からこのメニューは厳しかったみたいで、私の手はバンソーコだらけです。

しかし、しかしです!
アキトさんのお墨付ですから。
さて、イネスさん。
負け犬の遠吠えをどうぞ。










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




26 During a vacation.―5,Feb

「ふっ・・・やるわね、ホシノ・ルリ」
「もう敗北宣言ですか?・・・・・・ふっ」
「くっ・・・明日の夕食で決着つけてあげるわ!」
「姉さん・・・真面目に作るんだろうな・・・」







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《あとがき》

なんと!

今回のゲストキャラはあの人です!

b83yrの感想

やっぱ、「普通の人」のアキトって良いよなあ
私が、ルリ×アキトの好きな大きな理由は、『普通の人と結ばれて、普通の生活を送るルリ』が一番幸せそうに見えるからだし

さて、、今回のゲストは
アオイジュン君〜〜
「僕?」
いや、なんとなくね、ヒラヤマさんとイネスさんの関係が、ユリカさんとがジュン君に関係に近いモノになりそうな気がするんで(苦笑)
「僕と同じ立場って(汗)、ううっ、ヒラヤマさん同情します(T_T)」
まあ、あくまで「気がする」ってだけで、まだ解からないけどね
ちなみに、このジュン君にはついては、どのSSのって事はないです
だって、どのSSでも目立たないから違いなんて解からないし(苦笑)
ただ、私の方では場合によってはユリカ×ジュンでも良いかなとは思ってはいるが
「えっ、本当に?」
おや、嬉しそうだねえ、でも、その場合はユキナちゃんはどうするのかな?(にやり)
「そっ、それはその(汗)」
ジュン君は、そんな事になったらアキト君以上に優柔不断そうだねえ(にやり)
それに・・
君ぐらい、「白鳥ユキナの尻に引かれる」姿が似合う男は私的に居ないし
実に迷うよ、うん
「なっ、なんか、嬉しくない・・・・(汗)」

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