「全部公表しちゃいましょう」
ユリカが明るく放言する。
会議室に集まったメンバーは開いた口が塞がらない。

「ちょっと待ってよ、ユリカ。それじゃあ何のためにテンカワ君やイネスさんが・・・」
「だって、もうばれちゃったんだよ?」
「いや、それはそうだけど・・・」
ジュンが慌てるが、ユリカの方針は翻らない。
「そうね、全部ばらしちゃいましょうか」
えっと驚く顔が見つめる先、発言者はイネスだった。

「艦長の言う通り、ここまでばれちゃったらもう、どうにもならないわ。私としては本当はこの戦争が何とか落ち着いたら、って思ってたんだけど」
「地球圏の経済が滅茶苦茶になりますからね」
「そうよ。ただ、カキツバタの出現でそうもいかなくなったわね」
「ああ、カキツバタには生存者もいたから・・・」
「これで生体ボソンジャンプの研究は飛躍的に進むわ。ネルガルと連合軍独占の下でね」
だいぶ前から知っていた3人が話をどんどん進めていく傍らで、ユリカとプロス以外の人間はただ聞いているしかない様子で立っている。
「現在、どこまで研究は進んでいるんですか?説明して・・・」
「うわああっ!」
「だめですっ!メグミさん!」
アキトとルリの悲鳴を他所に、イネスは笑みを浮かべる。
事情を知らないクルーは皆、何事かという顔で3人を見つめている。

「ふふふふふ・・・『説明』しましょう!」



「・・・・・・で、その結果、以前も説明したけれどチューリップを組成している物質、鉱石であると思われるチューリップ・クリスタル、C.C.と命名されたものが、ボソンジャンプを行う際のジャンプフィールドを形成する。それが何らかの方法でジャンプ時にジャンパーのイメージ、もしくは意識を受け取り、対象空間にボソンジャンプさせる。この時ガンマ線や・・・ってちょっと、聞いてるの?」
「・・・・・・」
説明から2時間が経ち、会議室にいる全員が、煤けた表情でイネスを見る。

「つまり、そのC.C.があればチューリップの介在なしにジャンプができる、というわけですね」
ユリカが眠そうな声で答える。
「さすが艦長ね。その通りよ」
「姉さん」
「なによ、アキト」
「それだけの説明に2時間も必要なのか?」
「追求こそ科学者の命であり、そこにこそ存在理由があるのよ」

「まあ、それはともかく、問題はジャンパーとしての体質の解明、なんですね」
復活したルリ。
「そうね。それも大体掴んでいるわ。火星のナノマシンよ」
「火星のナノマシン?」
ジュンが鸚鵡返しに聞く。
「そう。先史時代の技術が詰まった遺跡。これが火星中にある大気や土壌に含まれるナノマシンに干渉して、アキトやルリちゃんのナノマシンに近いものを作り上げたってことよ。まあ、全部が全部というわけじゃないし、完全にアキトのナノマシンと同じじゃないからチューリップを介しないとジャンプできないみたいね」
イネスの言葉に、視線がアキトとルリに集まる。
「う〜ん、ルリちゃんまでジャンパーだったなんて、ねえ。びっくりですよね、ミナトさん」
「そうよね〜。ルリルリがねえ・・・」
メグミとミナトが話し合う横で、ウリバタケが、
「そのことはネルガルもつかんでねーんだろう?なら、公表する意義はありそうだな」
イネスが話している間中、怪しげな模型を作っていた割には聞いていたらしい。
「そうですよね〜。独占するはずだった技術のためにナデシコやシャクヤク作ったんだもんね」
「投下した資本は、その技術を応用した商品で回収するはずでしたからな。むろん、このナデシコはその試作第一号というわけでして」
「既に連合軍に売りつけて荒稼ぎしているんだから、事ここに至っては、独占による資本回収が完了する前に潰しておく必要があるわ。ナノマシンの件で火星の生存者や火星そのものに興味が向くはずだから、多用しなければアキトが執拗に狙われる可能性はこれまでより低くなってるわ。公表するなら早めの方がいい」
「でもでもお〜、ナデシコはどうなっちゃうのかなあ〜」
艦長だけあって、自分の船の行く末は気になるらしい。
ユリカが拗ねたような疑問を投げかける。

「それは大丈夫だ。ネルガルが弱体化すればナデシコの実験艦としての運用は難しくなる。プロトタイプのナデシコは規格外だから結構金がかかるからな。だから、その後はアスカがインダストリーの方で引き取ってくれる話になってる」
アキトが皆の不安を吹き飛ばすように、しっかりした口調で言い切る。
ヒラヤマからの打診はある。
財務力から言っても、今は軍需産業をネルガルに牛耳られてるとは言え、伝統企業だけに体質は強い。ナデシコ1隻の運用なら可能なはずだ。
データや理論だけでなく、技術を満載した本体となれば利用価値も高いだろう。
「だが、問題は技術面だぜ?アスカにナデシコを整備できる技術情報があるのか?」
ウリバタケが整備班長らしい不安を口にする。
「大丈夫ですよ、セイヤさん。アスカにはもう・・・」
「ナデシコの技術データは送ってありますから」
アキトの言葉に続いてルリが答える。
「そうか、なら安心だな。ま、細かいところは俺たちがしっかりサポートしてやらあな」
「これからは色んな企業が火星を目指すようになるわね。木星蜥蜴も慌てるんじゃないかしら」
楽しむように言うイネス。



報道は『ボソンジャンプ』と『遺跡の技術』、それに『ネルガル』『連合軍』で覆い尽くされた。










5日後からのニュースは地球圏に大パニックを引き起こした。
『ネルガル、機密情報のために軍と結託』
『連合軍の本当の目的は遺跡』
『第1次火星大戦での遺族、軍と政府・ネルガルを相手に訴訟の構え』
『民間人の安全より技術を優先』
『ネルガル役員、半数が辞任へ』
『株価大暴落、社長引責辞任』
『連合政府、軍の刷新を求める』
などなど、枚挙に暇がない。

軍の指揮系統は乱れ、木星蜥蜴の活動を活発化させた。
火星では遺跡と補給ラインを維持するだけで精一杯のところまで追い込まれ、現在は月面奪還作戦どころではない。
世論はネルガルと連合軍の癒着を許すはずもなく、どちらも上層部の入れ替えで事を収めようとしたが、ネルガルはともかく、連合軍はそれでは済まされなかった。
連合議会でも穏健派が巻き返しを図り、下院の解散総選挙が議決された。
タカ派が勢力を縮小させれば連合軍の改組が行われるのは必定だ。
経済は一時麻痺状態に陥ったが、現在は安定し、緩やかな不況ラインを辿っている。
ネルガルショックと呼ばれている、JIA(Japan Intelligence Association)から発せられた極秘情報は瞬く間に地球圏全体を駆け抜け、最大企業グループ・ネルガルを解体寸前に追い詰め、改組目前まで連合軍を追い込んでいる。

実験艦の運用どころではなくなったネルガルは、カキツバタのみを確保し、ナデシコをアスカ・インダストリーへ、シャクヤクをクリムゾン・グループへ、そしてナデシコシリーズ最新ナンバーのカトレアを連合政府へ売却した。
アスカ・インダストリーは事前にイネスやアキトから得ていた技術と合わせ、最新鋭戦艦としてナデシコを改修、クルーと正式にアスカ・インダストリー社員として契約を結び、公開された技術情報の実地試験と、もちろんそれ以上の技術情報を得るために、ナデシコを再就航させる予定でいる。
アスカの弱点は機動兵器開発だったが、ネルガル傘下で機動兵器を担当していたネルガルCUI(Conbat Unit Industry)を吸収合併したため、ナデシコに搭載されているエステバリスの運用に問題がなくなったことと併せ、機動兵器分野でのネルガルへの猛追の準備を始めている。

一方のシャクヤクを引き取ったクリムゾンは、公開情報とネルガルからの仕様書に基づいてシャクヤクに利用されているテクノロジーの吸収に追われている。
一部にネルガルの特許技術が使われている為、それらを取り外し完全に自社技術で改修を行うアスカと違い、ネルガルとの特許契約に関して担当者レベルで詰めるところまで合意ができていないのである。
軍需産業へのシェア争奪戦に参加するのは、それらが片付いた後になるだろう。



ネルガルはそれでも地球圏最大のグループである。
抜け目なく基礎特許技術を取得して、連合軍向けの機動兵器をアスカに売り渡し、その売却益を損失に補填するとともに、戦艦の不要な各国軍向けに陸戦兵器の開発を始めている。重工部門の破綻は免れ、未だシェア第2位を確保している。
アスカ側も基礎技術を諦め、応用技術での特許を申請しているが、当分はネルガルとのシェア争いは続きそうである。

地球圏が大混乱に見舞われている中、木星蜥蜴はそんなことに頓着せず、ここぞとばかりに大攻勢をかけてくる。
火星では遺跡の維持、月面では火星防衛への補給ライン中継基地とコロニーを守るのみ。
地球でも防衛ラインを強化し、侵入を防ぐことしかできない。
連合軍の現場では、経済戦争を早く終結させて新鋭戦艦や機動兵器の投入を待ち望む声が日に日に大きくなり、佐官クラスは不満解消のために忙殺される日々を過ごしている。





「ナデシコはこれより地球へ向かいます」
公表から3ヶ月、年は改まって2198年1月5日のことだった。
コミュニケとスクリーンを通して全艦に流されたユリカの報告に、クルーは全員、ほっとしたような表情を浮かべる。
それもそのはずで、公表後、予想外の世論の批難の嵐が起き、ネルガル重工の屋台骨がいきなり傾ぎ始めたのである。
画策したナデシコ自体も慌てるほどの急展開だった。
補給や補充は連合軍の作戦に参加していたため、軍の補給路や基地を利用していたが、エステやナデシコの部品等はネルガルでなければ供給できない。
そのネルガルの本社が倒産の危機に見舞われたのだから、ナデシコへの補給も随分おざなりになっていた。

ジャンプを成功させたカキツバタや最新鋭のカトレアはともかく、初期プロトタイプで連合軍へ生贄状態で差し出したナデシコに関わっている場合ではなかったのだ。
カキツバタの確保が重工の戦艦担当部門においては最優先事項となり、ナデシコは放って置かれた、というのが正しい表現だろう。
そんな訳で、碌な補給もできないまま、月の連合艦隊に付き合って戦闘していたのだから、乗組員、特にナデシコやエステの消耗状況に直に接している整備班やルリはとてつもなく不安だった。
戦闘班などは、
『いつ分解するかわからないエステで宇宙空間に出られるかっ!』
と、リョーコが出撃拒否までする始末。
アキトも解体整備ができず、
『出撃の度に遺書書きたくなったよ』
とぼやきまくりであった。

それでも艦内で一触即発、などという事態が起きなかったのは、アキトの処分の件でクルーの気持ちが1つにまとまったからだろう。

「とは言え、これほど危機的な事態を招いたのも私たちのせいですけどね」
医務室で餅を噛み下しながらルリが言う。
ナデシコは地球降下後、連合軍ヨコスカドッグへ向かう途中である。
「う〜ん、だけどまあ、しょうがないんじゃない?・・・にしても、いつまで餅喰わなきゃならないんだ?」
「我慢なさい。仕方ないでしょう、補給できなくて保存食しかないんだから。いいじゃないの、正月らしくて」
「私、チキンライスが食べたい」
「そうだよね・・・それにしてもさあ・・・」
アキトが不意に表情を変える。

「アスカですら把握してなかった悪巧みが、あんなにあったなんてなあ・・・」
「カキツバタに乗っていた火星生存者の三分の一が実験で命を落としてたなんて・・・」
ルリも表情を曇らせる。
自分たちが発見した生存者だ。できることなら助けたかった。
もう少し早く公表していれば、その後悔がアキトの胸を刺す。
「過ぎたことを悔やむのは止めなさい、2人とも。後悔ではなく、反省をして次に活かすことの方が大事よ」
「・・・そうですね」
ルリが頷く。
自分はこれまでそうしてきた。
但し、それは自分のことについてだけだったが。
他人のことまで考えて行動するようになってからは、つい後悔もしてしまう。

「で、どうするの。長期休暇」
イネスが話題を変える。
ドッグに入港すれば、クルーには1ヶ月の長期休暇が待っている。
ナデシコの改修とクルーの再契約手続きのためだ。
他のクルーは以前のように下艦して自宅に戻るのだろうが、アキトとイネスには地球に帰る場所はない。
ルリにしても人間研究所へ帰るなど、まっぴらだった。
「そうだなあ・・・どうしよっか、ルリちゃん」
「イネスさんはどうするんですか?」
アキトが当然のように言ってくれたことが、内心では嬉しいのだが、それを隠すためか敢えてイネスに聞く。
「一応、ヒラヤマさんには言っといたけど」
「何を?」
「私たちの部屋を用意してくれないかってことよ」
「ふ〜ん。で?」
「用意してくれるそうよ」
「なら、いいんじゃない?そこに泊まれば」
「ルリちゃんはいいの?」
自分の部屋はあるのだろうか、と不安に思っていたルリは急に話を振られて、どぎまぎする。
「えっ?あ、私の部屋、も・・・?」
口篭もりながら尋ねるルリに、イネスが呆れたように言う。
「当たり前じゃないの。あなた、まだお客さん気分でいるみたいね」
「なに?そんなこと心配してたの?」
アキトとイネスの言葉に、ルリは全ての不安が吹き飛んだような気持ちになる。

明日はヨコスカ。
少しの休息が待っていた。









機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome






23 People who see objective ... Aren't you ringleader?

ボソンジャンプ研究は連合政府が中心となって、監視機関が設立された。
遺跡を巡る木星蜥蜴と地球の戦いはまだ続くが、ナデシコは一時の休息に入った。








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《あとがき》

ちょっと休憩。

前半部分が終了、って感じです。
まあ、半分ではないんですが。(前半と後半のどちらが長いかは、秘密ということで)
少し戦闘や全体的な流れを離れ、日常風景を描いていきます。
外伝、にはなりません。
ルリやアキトの成長という側面からは、本編のストーリーと言えるでしょうから。

それが側面なら主題は何だ?!

もちろん、『テンカワ・ルリ』ですよ(にやり)。


b83yrの感想

やはり、ここは、『テンカワ・ルリ』のファンサイトですからね(にやり)

「あの・・」
あっ、『瑠璃とルリ』の方のルリちゃん
「こちらの私なら、紆余曲折あってもアキトさんと結ばれて、『テンカワ・ルリ』でしょうけど、私の方はどうなるんです?」
「瑠璃さんと、アキトさんに引き取られて、「養子」として『テンカワ姓』を名乗るなんてオチじゃ?」
いや、そういうつもりは全然無いんだけど
「じゃあ、私に、瑠璃さんを裏切らせるんですか?、それも嫌なんですけど」
それは、私も嫌だそ、それに、読者の人も瑠璃さんを裏切るルリちゃんなんて見たくないと思うし
「まさか、私をアキトさん以外と・・・」
それは、たとえ読者が望もうと、私が嫌っ(きっぱり)
「それと、前からずっと思ってるんですけど」
何?
「これ感想じゃなくて、自分のSSの宣伝になってません?」
うっそう言えば(汗)
「ばか・・」

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