アキトさんは、覚悟を決めると同時に、ちゃんと私との約束を守ろうとしてくれていました。
どう転んでも自分たちの損にならないように。
イネスさんの悪知恵だって笑ってましたが、確かに狡賢さにかけては私も脱帽です。
「悪人ですね」
「あら、お言葉ね、ホシノ・ルリ。あなたみたいに直接的に脅迫するよりましよ」
「知ってたんですか?」
プロスさんにお願いしてアキトさんに会えるまで、時間がかかったものですから。
ま、確かに直接的過ぎるとは思いましたけど。
ちょっと混乱していたんだから仕方ないよね。
「オモイカネに聞いたわ」
イネスさんはコーヒーとホットミルクを机に置きます。
どうでもいいけど、実験器具使ってコーヒーいれるの、どうかと思いますよ。
「いいじゃない。ガラスは変な臭みが出なくていいのよ」
「ですが、私のミルクくらいカップで出してもらえると嬉しいんですけどね」
「あら、このビーカーお気に召さなかった?高かったのよ」
値段の問題なんですか・・・。それ、違うと思います。

「それはいいとして」
よくはないんですけどね。
「とにかくあなたのやり方じゃ、危険すぎるから、私が代替案をだしてあげただけよ。単なる方法論でしかないけど」
イネスさんはおいしそうにコーヒーを啜ります。
私だってコーヒーくらい飲めるんだけどな。
「相転移エンジンの始動キーが艦長の手にあるからって、核パルスエンジンを使うとはね。あれだって暴走させたら大変なことになるのよ」
「その後のことを考えれば、むしろ相転移エンジンより質悪いですから」
「あっさりと言うわね。そりゃ、自分の身より会社の利益を優先させる人間なんていないけど。自分たちまで死んじゃうじゃない」
「アキトさんのボソンジャンプがありますし、イネスさんが言ったように、最悪の状況なんてこないことがわかってましたからね」
「まったく・・・性悪小娘でテロリストなんて、救いようがないわね」
そう言ってイネスさんが笑います。
否定はしませんけど、表現が気に食わないですね。

「狡猾で、説明と結婚してるおばさんよりもましだと思います」
イネスさんの顔色が変わりましたね。
ちょっと効き過ぎましたか。
「私はまだ22よ」
「戸籍では29ですね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ルリちゃん」
「何でしょう」
「やっぱりあなたとは1度はっきり決着をつけるべきだと思うわ」
「受けて立ちましょう。年なんだから無理はしないで下さいね、おばさん」
「・・・・・・」










「お待ちしてましたよ。私の予想より遅かったですね」
プロスは臆せずに微笑すら湛えて言う。
「艦長が代表ですか?」
「はい」
「では、まずおかけ下さい」

代表団は慌てるかと思ったプロスが落ち着き払い、あまつさえ待っていたという言葉に面食らってしまった。
最終的には力技で強引に認めさせようとしたのだが、完全に毒気を抜かれた様子である。
独りホウメイだけがまるで予期していたかのように、
「さ、もう大丈夫だよ。皆職場に戻った方がいいんじゃないか」
と、班長以外の人員を返してしまった。
 
「では、まず署名を頂きましょうか」
「ええっ?!何でそのことを・・・」
ユリカが驚きの声をあげる。
気づかれないように集めたつもりだったのだが。
「ふーん、さすがだな。全てお見通しってことか」
ウリバタケが感心したようにぼそりと言うが、続けて、
「艦長、油断はしない方がいいぜ。まだどっちに転ぶかわかんねえんだからよ」
「そうですね。では、まずこの署名を」
ユリカが差し出したのは、『テンカワ・アキトの処分反対署名』だった。
古風にも、電子署名を使っていないものだ。
「やはり、そうでしょうなあ」
「・・・・・・」
プロスの口から決定が発せられていない。
油断はできないとのウリバタケの注意通り、ユリカは慎重に出方をうかがう構えだ。
「理由をお聞きしましょう」
表情を変えずに、メンバーを交互に見つめながら言う。
「まず第1に、テンカワさんが明白な敵対行動をとっていないこと、第2に、諜報部員でありながらナデシコの作戦情報自体を漏らした証拠がないこと、第3に、ナデシコの危急を救ったのがテンカワさんであること、第4に・・・」
「随分ありますな」
「ナデシコクルーは総意によってテンカワさんの方針に賛意を表明するからです」
プロスの言葉を完全に無視して一気に話すと、ユリカはプロスの言葉を待つ。
「艦長、あなたの行動はネルガルとの契約に反しています。乗員の生命に危険が及ばない限り、我が社の経営方針に則った行動策定に従う、と4条3項にあったと思いますが?」
眼鏡を右手の指で軽く押し上げながら、ユリカに問う。
対するユリカも臆さない。
視線を正面から受けとめて、極めて明るく言い放つ。
「但し書きにはこうあります。『但し、乗員の総意に基づく合意の上であることを明示できる場合はこの限りではない』。そうですよね」
だから、この署名を用意したのである。
「そうですね、確かにそう書いてあります。ですが、もう1つ。ネルガルの利益に反した行動を採る事は明白な背任行為となります。こちらは契約書以上の効力がありますが」
アキトの方針はネルガルの企業利益を明らかに損なうものである。
ネルガルが独占しようとしているボソンジャンプ技術及び理論を、他企業にも公開しようというのだから。
「署名添付の書類を見てください」
ユリカの言葉に従って、書類を手にするプロス。
一言一句を確かめるようにゆっくりと読み進める。

その場に残った各班の代表者も、固唾を飲んでナデシコの総意を代表する艦長と、ネルガルの企業方針を代弁するプロスとの交渉の行方を見守っている。
読み終えたプロスが一同を見まわす。
そして、ゆっくり口を開いた。










ブリッジに戻る前に、格納庫に寄ります。
いざと言う時のために、私とイネスさんの脱出用シャトルを確保するためです。
どうしてもネルガルが引かなかった場合や、イネスさんの読みが外れた場合は3人で脱出してしまえばいい。
私の、『核パルスエンジン暴走爆発テロ作戦』はいくらなんでも実行に移すつもりはありませんし。

もちろん、私だってナデシコを離れたくはありません。
ですが、それ以上に家族と離れるなんて絶対に嫌です。
アキトさんも、最悪の状況になった時はって、賛成してくれましたし。

ナデシコの艦載機は、艦底部に取り付けられた強襲揚陸艇「ヒナギク」と、後部格納庫にあるシャトルが3機だけです。
ヒナギクはブリッジからでしか発進操作ができませんし、シャトルでは途中で木星蜥蜴に出会ったらこの世とおさらばになっちゃいます。
とは言え、エステじゃ3人も乗れませんし。
アキトさんと私だけなら、ボソンジャンプで逃げることも可能ですが、イネスさんはそうも行きません。
それに、私も遺跡の仮想空間に入り込めただけで、必ずジャンプできるという保証はありませんし。
生体ボソンジャンプは危険が大きすぎます。
イネスさんの『説明』(あまり使いたくない言葉ですね。口にしなくてもイネスさんが・・・って、ええっ?!)

『呼んだかしら?』
「い、いえ・・・」
『そう。変ね。確かに説明って聞こえたんだけど』
「そ、そうですか・・・聞こえたって、どこから・・・」
『あら、全艦監視はあなただけの特権じゃないのよ?』

はっきり言って。
怖いです。
いえ、説明好きもここまで来ると、怖さを通り越して変な爽やかさすら覚えます。

『ま、いいわ』
コミュニケのウィンドウは消えましたが、一体何だったんでしょう。
すっかり思考回路を乱されてしまいました。

そうです、ボソンジャンプです。
とにかく、それによると、チューリップからチューリップへと通り抜けることによってジャンプする。つまり、チューリップがボソンジャンプのゲートになるのだということ。
ただ、それで全てが解決するわけでなく、チューリップを使っても体質的に合わない人間もいるかも知れないし、他にも何かジャンプを成功させる要素が必要かも知れません。
どんな人間ならジャンプに耐えられるのか、それはこれからの研究次第なんですが。
アキトさんや、もしかしたら私のように、媒介なしで跳べるのは例外中の例外。
だとすれば、そんなジャンプをナノマシン処理していないイネスさんにさせるわけにはいきません。
戦闘でやったように、エステをC.C.によるジャンプフィールドで包んでも、生身の人間ではどうなるかわかりませんし。
さて、どうしましょうか。
どうしても私とイネスさんが乗るスペースはエステに作れそうにないですね。
ただ・・・。
い、いえ、これは止めておきましょう。
アキトさんの膝に乗るなんて、そんな嬉し、いえ、恥ずかしいことはさすがにちょっと。
でも、エステ以外に宇宙空間で動けて戦闘もできるものなんてナデシコにはないし。
それに、恥ずかしがってる場合じゃありません。
これからの人生が懸ってるんですから。

とはいえ・・・。
エステのパイロットとコンソールまでの距離って短いですし。
もし私がここに入ったら、相当くっつかな・・・い・・・と・・・。

・・・・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・いいかも。
って、何考えてるんですか、私っ!
そうじゃありません。そんなこと考えてる場合じゃないんですってば。

はあ。それにしても、本当にどうしましょう。










「わかりました。署名した方は全員この決意でいると考えて宜しいんですね」
プロスが確認する。
その場にいるもので頷かないクルーはいない。
「私たちは確かにネルガルと契約をしました。でも、それはネルガルの利益の為に、ではなく、木星蜥蜴という正体不明の侵略者から大事なもの、それは人それぞれですが、それを守るために乗ったんです。テンカワさんも同じです。ナデシコを妨害するどころか、パイロットとして命を賭けて守ってくれています。なら、私たちもそれに答えたい」
じっと耳を傾けていたプロスが静かに尋ねる。
「艦長、あなたにとってナデシコとは何なんですか?」
「大事なものです。私たちが自分らしくあるために」
きっぱりと答えるユリカ。
背後のクルーも黙って頷く。
そこには静かにだが、相手を圧倒する決意があった。

「・・・わかりました」
そう言うと、プロスは徐にペンを手にする。
そして、署名の最後に自分の名を書き入れる。
『ネルガル会長室所属・ナデシコ担当プロスペクター』

「本名でなくて申し訳ないのですが、これは契約時の署名と同じものですから」
呆気にとられているクルーに向かって言う。
「どうなさったんですか、皆さん?そんなに意外でしたかねえ」
苦笑するプロスに、ホウメイが応じる。
「ははは、プロスさんがもったいつけるからだろ?」
「はあ、ま、儀式みたいなものってことで」

「で、でも、いいんですか?ネルガルには・・・」
立ち直ったユリカが聞く。
「何がですか?」
「いや、だからよ、あんただって解雇されちまうだろう?」
「そ、そうだぜ。反逆になるんだからよ」
「ああ、そのことですか」
笑って答えると、そのまま署名をユリカに返して、
「大丈夫です。社には報告していませんから」
「ええっ?!」
驚くクルーに、
「こうなると思っていましたからね。最初に言ったじゃないですか。私は既に覚悟しておりましたから、皆さんの行動の方が予想よりも遅かったですね」
「どうしてですか?プロスさん」
ユリカの問いがその場の全員を代弁していた。
「私も人形じゃありませんから。スカウトの私が言うのも何ですが、ナデシコというのは変な船でしてね、火星へ行ってからこっち、ルリさんに限らず皆さん全員がようやく私の思った通りの人たちだったって確信してから、私もどうやら染まってしまったようですよ」

「テンカワさんが言ってましたね。まずはこの戦争に勝たなきゃいけない、ネルガルだアスカだって会社の利益で喧嘩してる場合じゃない、木星蜥蜴の目的も火星の極冠遺跡だと。でもそんなものは本当はどうでもいいんだと」
プロスはアキトの台詞をなぞる。
「自分のために戦う。戦争を終わらせるためとか、地球のためとかでなく、自分と、自分の大切なもののために戦う、と。艦長も仰いましたよね。それが人によって違ってもいいんだと。私もそう思いますよ。今の私はナデシコが大切なものです。そこから不祥事を出すわけにはいきませんかんらな、はい」
「素直じゃないね」
ホウメイの呟きは敢えて無視する。
「まあ、そういうわけですから、テンカワさんを早く軟禁から解放してあげなくてはなりませんな」
「そうだな、ルリルリにも知らせてやらないとな」
ウリバタケが何かから解放されたような声を出した時、コミュニケで聞いていたミナトやメグミは既にブリッジを飛び出していた。










さて、困りました。
アキトさんのエステバリスのコックピットを覗きこみながら、私は考えます。
どう考えてみても、3人が乗るには私がアキトさんの膝に乗るしかありません。
そうです、どう考えても、です。
シートの後ろに狭くても2人分の空間はあるじゃないか、という声はこの際無視です。
どのくらいの逃避行になるかわからないのですから、あまり息苦しい状況でいるのは精神衛生上もよくないからです。

これしかないですね。
後は重力波変換ができなくなりますから、安全なところに潜伏できるまでのバッテリーを用意しなくてはなりませんか。
これはオモイカネで補給班のデータをいじっておけば済む問題です。
それから、食料や武器弾薬、医薬品にオモイカネのバックアップデータなど、用意しなければならないのは沢山あります。


でも。
こうやって細かい部分まで考えると、やはり何となく寂しいのかな?
複雑な感情が湧きます。

ナデシコを離れる、ということが現実味を帯びて私に迫ってくるから。
出航、初戦闘、ルーティンワークを淡々とこなした日々。
ばかばっかなクルー、何でも屋で渡り鳥してたナデシコ。
どうでもよかった私。
それでも話しかけてきたミナトさん、メグミさん。
能天気だけど締めるとこで締める艦長。
フォローばっかの副長、声、ほとんど聞いたことないゴートさん。
いつも電卓はじいてたプロスさん、唯一の友達だったオモイカネ。

それから。
再編成、補充クルー、火星、アキトさんとイネスさん。
初めて知った家族。
変わってく私。どうでもよくなくなった私。
好きっていう感情を経験したこと。
妹じゃ嫌って思った私。


ナデシコがなければ、ナデシコのオペレーターじゃなかったら、私はマシンチャイルドのままネルガルに言われる通りに動いていたんでしょうね。
やっぱり、ナデシコにはいたいです。

「ルリルリ!」
「ルリちゃん!」
あ、どうしたんでしょうか。
「どうしたんですか、お2人とも」
息切らせてますが。
「探しちゃったよ、ルリちゃん!こんなとこにいたなんて・・・」
肩で息しながらメグミさんが言いますが、
「コミュニケ、使わなかったんですか?」
コミュニケには通信意外にも様々な機能があります。生体活動チェックも行っていますので、これを着けていれば、居場所はもちろん、生死の確認までできるはずです。

「ああっ!」
「もう〜メグちゃん、おっちょこちょいなんだから・・・」
「ミナトさんだって、走ってきたじゃないですか〜」
それはいいんですけど、何でしょう。
私、これから忙しいんですが。
「そんなことしてる場合じゃないよ、ルリちゃん。テンカワさんが無罪放免だって!」
アキトさんが?
「皆が署名して嘆願書出したんだよ。クルー全員、ルリちゃんとイネスさん以外の211名、全員署名して。テンカワさんの処分取り消さなきゃ全員降りるって書いて」
「え?・・・211名って・・・」
「プロスさんも署名したのよ。それにね、ネルガル本社には報告してないって」
それは・・・。
つまり?
アキトさんが今まで通りってこと?
「ほら、早く伝えてあげなよ。ルリルリから教えてあげなきゃ」
ミナトさんが私の手を掴んで格納庫の入り口まで引っ張ってって、
「頑張れ、ルリルリ」
私はお礼を言うのも忘れて、走り出していました。










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




22 Separation with Nadesico, recollections to overflow

独立愚連隊ナデシコ。ネルガルに消極的な反旗をこっそり翻して、次の作戦へ。








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《あとがき》

・・・もはやTV版再構成じゃないな。
 

b83yrの感想

でもまあ、最初にほんの少し代えるだけで、その後の展開って連鎖的に変化していくものだし
ある程度連載が進めば、TVとは全然違うオリジナル色が強くなるのは仕方ないのでは

でもやっぱ、『ナデシコ』って感じだよなあ、この雰囲気

今回は、感想ゲストキャラは・・・・・って・・・・えっ、イネスさん(汗)
イネスさんっ、何そこで説明の準備してるんですかっ説明長くなるから駄目っていったのにっ(汗)
え〜、私は急用が出来たので、これにて失礼しますっ(汗)
「あっ、ちょっと私の説明聞きなさいよ〜〜〜」
と後を追っていくイネス・・・・・・

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