「それではテンカワさん、アスカの件についてはあなた独りしか知らない、と、こう仰るのですね」
「・・・そうです」
「あなたには損害賠償請求をしなければなりません。また、産業スパイは現行法下では刑事処罰の対象となります」
「わかってます」
軽く溜息をつくと、背後に声をかける。
「どうしますか?艦長」
「え、でも、テンカワさんはナデシコを救ってくれたんですよ?そんな犯罪者みたいな扱いは・・・」
「そうですなあ。・・・テンカワさん」
アキトは黙って視線だけを向ける。
「アスカには一体どのくらいの情報を?」
「教えるわけにはいかない」
「ナデシコの存亡に関わることは?」
「答えられない」
「アスカの目的は?」
「知らない」

同じような質問と、これも同じような答えが繰り返される。
押し問答が終わった後、プロスはユリカへ向き直って言う。
「証拠がありません。また、彼がどうして自分からばらしたのか、明白な動機も認められませんな」
「え?じゃあ・・・」
「ですが、無罪放免というわけにも参りません。取り敢えずは事実関係が掴めるまで謹慎ということで、いかがでしょう?」
「う〜ん・・・テンカワさん、よろしいですか?」
アキトは答えない。
「テンカワさんなら、ここを抜け出ることなんて朝飯前なんでしょうなあ」
プロスが意味ありげに呟くが、アキトは真面目な表情で答える。
「逃げたりしませんから、ご心配なく」
「じゃあ、テンカワさん、しばらく辛抱していてくださいね」










人気のなくなった気密室。

『わた・・・・って・・・』

『・・・・・しよ!』



「?!」
アキトは跳ね起きる。
何時の間にか眠ってしまったらしい。
「夢・・・見なくなったと思ってたのに。遺跡に行けるようになったからか?」
アキトの独り言は、静謐に吸い込まれていった。










ブリッジは重い雰囲気に包まれていた。
「俄かには信じられないけど・・・確かにこの目で見たからね・・・」
ジュンがまだ信じられないという表情で言う。
「人間が瞬間移動するなんてありえないよ・・・」
「でも、メグちゃんも見たでしょ」
「そうですけど・・・」
「それより、アキト君の方よね。問題は」
「・・・騙してたなんて、ひどいですよね」
(そういうことじゃないんだけどね)
ミナトはそっと呟く。

彼女にとってはネルガルの利益がどうであろうと知ったことではない。
企業間の争いに興味はない、というより、それらに飽きてナデシコに乗ったのだ。
そのことをここでまた見せ付けられるのは嫌だったが、だからこそそれらから離れた見方をしていた。
「仲間だって思ってたのに・・・」
メグミの一言がクルーの大半の意見だろう。
イネスやルリに疑いがかけられていないのは幸いだが。
「でも、別に私たちが危ない目に合わされたわけじゃないよ、メグちゃん」
「だが、スパイ行為には違いありませんよ」
上からジュンが加わる。
「でも、そんなにネルガルに義理感じる必要ってあるのかなあ。私は別にネルガルのためにナデシコに乗ったわけじゃないし」
「それはそうだけど・・・今まで何もなかったことが、今後の保証にはなりませんよ」
「ですよね。もしナデシコの通信とか傍受されてて、今後の作戦内容とか敵に流されてたりしたら・・・」
「メグちゃんは通信してて傍受された感じがしたの?」
「いえ、それはないですけど・・・」
「アキト君がナデシコに危機を招くことをするように見える?」
「でも・・・」
メグミもジュンも、完全に納得した様子はない。
(これは思ったより大変かもよ、ルリルリ)
ミナトは心の中で、そう思った。



「しっかし、テンカワの奴がなあ・・・」
「まあ、彼には彼の事情もあるでしょ」
「うーん、戦友が実は裏切り者だった・・・こんなの使い古されちゃって使えないよお」
「何だと!燃える展開じゃねーか!仲間に裏切られたヒーロー!くううう、燃えてきたぜ!」
「いいよな、お前は。単純ばかでよ」



「テンカワがねえ・・・」
「ウリさんはどう思ってるんだい?」
「ま、多分ホウメイさんと同じじゃねーかな」
「ふーん、じゃ、まあ少なくとも2人は信じてるってわけかい」
「そういうこったな。本当の悪人ならルリルリがあんなに懐くわけがねーからな。それによ、イネスさんがあいつの安全を最優先に考えていたのも、ナデシコが沈んでもあいつだけは助けたいって意味じゃねえし」
「何かあったのかい?」
「あ、そうか、いや北極海での作戦の前にある装置をつけてくれって頼まれたんだがな。さっきの説明で正式な名前がわかった・・・」
「C.C.かい?」
「ああ。それの射出装置をテンカワのエステにつけてくれって。今考えるとあれを北極海の前につけときゃあんなことにはならなかったんだろうなあ」
「さすがに冷たかったろうからね」
「まあ、な。あれが2人が自分たちの安全だけを考えてとった行動だとはどうしても思えないしな」
「あたしゃ聞いてなかったけどさ。言ったんだろ?」
「『ナデシコを守りたい』ってやつか?」
「ありゃ、あいつの本心だよ」
「そういうこった。だからここは何とかしないとな」
「そうさね。だが、問題はテンカワだねえ・・・」
「そうだなあ。ルリルリやイネスさんを庇ってるんだろうが、あのばかが」
「仕方ない。あたしらが一肌脱ぐしかないかね」
「ルリルリのために、な」










「まあ、いいでしょう。ルリさんでは仕方ありませんな」
プロスが、『仕方がない』とは程遠い表情で明るく言う。
「ただ、まだ月宙域の制空権は確保してませんから、いつ戦闘があるかわかりません。なるべく早目にブリッジへお戻り下さいよ」
「はい」
そう言うとルリはアキトが軟禁されている気密室のドアを開けた。

「アキトさん」
「ルリちゃん?」
視線が合わさり、薄暗い部屋の真中で佇む2人。

2人とも黙ったまま見つめ合う。
ルリはどう聞けばいいのか、アキトはどう言えばいいのか、考え込む。

沈黙を破ったのはルリだった。
「アキトさん、どうしてアスカのことまで言ったんですか?」
「・・・・・・」
「私のこと、黙ってたのはどうしてですか」
「・・・・・・」
アキトは答えられなくなる。
ルリの言葉に怒気が感じられたからだ。
誰にも相談せずに決めたことを怒っているのか。
「黙ってないで答えてください」

「・・・アキトさんにとって、私は何なんですか」
「ルリちゃん・・・」
ルリの眼が悲しそうに揺れるのを見て、アキトは口を開く。
「・・・俺はただ、目の前のものを守りたかった・・・」
「答えになってません」
「そうだね。何でアスカのこと言ったか・・・でも、俺にもよくわからないんだ」
アキトの表情は偽っていない。
「何でかな・・・もしかしたら、隠し続けることに疲れたのかも知れない。ネルガルの思い通りにことを運ばせたくないけど、アスカ自体への忠誠心があるわけじゃない。諜報部の皆にはよくしてもらったし、それは感謝してるんだけど・・・」
「その場の勢いってことですか」
苦笑する。
「そうかも知れない。何だか、ナデシコに乗ってると、あ、俺ここにいていいのかなって気になっちゃって・・・クルーに甘えたのかな。もしかしたら、こんな俺でも受け入れてもらえるかも知れない、皆が助けてくれるかも知れないって」

ルリにもそれはよくわかる。
最初の1年はルリ自身が閉じ篭っていたせいもあるが、研究所が戦艦に変わっただけだった。
けれど火星から戻った後は、クルーの連帯感が強まり、皆が自分らしさを見せるようになった。

およそ戦艦らしくないナデシコの雰囲気は、いい方に肩の力を抜けさせる。
特にアキトが乗艦してから、ルリにとっての「家」になったくらいなのだから。
「わかりました」
ルリの言葉に安心するでもなく、表情を変えないアキト。
「でも、もしナデシコを降ろされたらどうするんですか?」
「・・・そうだな。もうアスカにも戻れないし・・・コックでもやって違約金返済ってとこかな」
調子よく言うアキトにルリの怒りが爆発する。
「よくそんなコト言えますね!私を守ってくれるって言ったのは嘘だったんですかっ?!」










「何スか?班長」
格納庫で整備班が集まって、ウリバタケを囲んでいる。
そのうちの1人が疑問の声を上げる。
「古臭いっスねえ・・・」
「うるせーな、いいからやれっ!お前ら、このままでいいのか?!」
ウリバタケの怒声に、いつもなら慌てて行動する整備班が、今日は黙り込んでいる。

一様にうな垂れる整備班に、ウリバタケが態度を改める。
「まあ、強制はしねーよ。置いとくから、自分で考えな」
そう言うと、一通り班員を見渡して、格納庫を後にした。










「ごめん、ルリちゃん。ふざけてる場合じゃなかったよね」
ルリの感情が収まってから、アキトが静かに言う。
「何か、俺、ルリちゃんを怒らせてばかりだね」
「・・・アキトさんが曖昧だからです」
「そうだね。だから、もう曖昧にはしたくないんだ」

(私が言いたいのはそんなことじゃありません・・・)
そうルリは思うが、口にせず、アキトを見る。










「ジュン君、協力してくれるかな?」
ユリカの言葉に、ジュンは躊躇う。
「仲間のために、かい?」
「うん」
「・・・でも、彼は本当に仲間と言える?」
「テンカワさんは、家族を守りたかっただけだよ」
ユリカの言葉に、少し訝しげな表情を向ける。
「家族・・・イネスさんのことか。でも、それすら隠してたじゃないか」
もっともな意見だろう。
経歴詐称はともかく、義理の姉とも言えるイネスとの関係を隠していた理由もわからないし、それが余計に不信感を募らせる。
「あの人たちも辛かったんじゃないかな・・・」
思い出すように呟くユリカの言葉に、ジュンは乗せられてしまっていた。
「え?」
「テニシアン島でね」
予想外の地名をいきなり持ち出す。
話題の転換についていけないジュンを、敢えて無視して進める。

「イネスさんが『2人とも天涯孤独だから』って言ってたんだ。ルリちゃんはわかるけど、テンカワさんはサセボにおじいさん達がいるはずだよね?本当に私たちに隠し通したくてやってるんだったら、そういう言葉の1つ1つにまで神経使ってるはずだよ」
「・・・・・・・・・」
少しだけ思い出す時間を与えると、余裕は与えずに一気に言い募る。
「私たちに隠していることが、あの人たちにとっても辛いことだったんだよ、きっと。それにナデシコが大切な場所で、気を許していたからこそうっかり口が滑ったんだと思う。本当に敵対視しているのなら、絶対に気を許したりしないよ」
「ユリカ・・・」
「何か理由があって、私たちに隠さなきゃならなかった、でも、隠していることに罪悪感を感じていた。そしてナデシコは本当は全てを話して安心したい場所だった。それだけでいいじゃない。私たちがまず信じてあげようよ。そしたらきっと・・・」
「わかったよ、ユリカ」
途中で遮って、ユリカに笑顔を見せるジュン。
「そうだね。ユリカはそういう艦長だったね」
「じゃあ・・・」
ユリカもようやく笑顔を見せた。
「で、僕はどうすればいい?」










「降ろされないよ」
「え?」
「これで俺のボソンジャンプが明らかになったから」
「・・・あ」
「ネルガルは俺を解雇はしない。最悪、生体ボソンジャンプ実験に使われるだろうけど」
「そんな、それを避けるために隠してきたんじゃないですか」
ルリは興奮で気づかなかったのだ。
ネルガルが降って湧いたような幸運、つまりはボソンジャンプ解明のためのモルモットを手放すはずがないということを。

そして、アキトは決めていた。
もしそうなったら、どんな反動があろうと、ボソンジャンプで逃げ切ってやろうと。
ボソンジャンプ研究の目が自分に向いている限り、他のジャンパーにさほどの危険は降りかからないだろう。
カキツバタも木星蜥蜴もチューリップを介している。
アキトだけが特別なのだから。
痕跡を残し、捕捉されるぎりぎりまで待ってジャンプ。
これを繰り返せば、ネルガルやその他の研究機関の眼を自分に向け続けさせることができる。
それは、イネスに告げた決意とそう変わらない結果になるはずだ。

「そんな悲しい決意なんて嫌です」
ルリが縋るような瞳をする。
「ルリちゃんは姉さんが信用できない?」
笑って答える。
自己犠牲を掲げるほど腐り切ってはいない。
そんな自己満足に浸るつもりもない。
「姉さんが公表するまでの時間が稼げればいいんだよ。それにね」
必要もないのに、声を潜める。
「どうせ俺がいなければ研究はできない。でも俺はボソンジャンプで逃げまくる。そこで、姉さんになら研究させてもいいって言ってやればいいんだ。そうすれば姉さんの安全も確保できる。なんたって、ボソンジャンプ研究ができる唯一の科学者になるわけだからね」
「でも、ネルガル以外の企業や軍が・・・」
「独占できる気でいるんだよ?ネルガルが全力で守るさ」
アキトはにやっと笑う。
その顔を見て、ルリも初めて微笑みを浮かべて言った。
「アキトさんって結構狡賢いんですね」
アキトは頭を書きながら白状する。
「いや、これ考えたの、姉さんなんだ」
ついにくすくすと笑いながら、
「くすっ。アキトさんがそんなに頭いいなんて思ってませんよ」
「・・・そりゃあないよ。ルリちゃん」










アキトが軟禁されてから3日後。
プロスの部屋のドアがノックされる。
「どうぞ」
椅子に座ったまま訪問者を迎えるプロス。
ユリカらブリッジクルーと整備班長ウリバタケを先頭に。
パイロット4人と主計班をホウメイが引き連れている。
その後ろにも生活班や設備班、補給班など各班長の姿も見える。
総勢で30人を超える人数が事務室兼用のプロスの部屋に入りきれず、通路にまで溢れている。
ナデシコに不似合いな真面目な表情で、ユリカが代表して進み出る。
「プロスさん」
プロスはにこやかに応じた。

「お待ちしてましたよ。私の予想より遅かったですね」










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




21 Deception and distrust

月面ドッグへ入港するカキツバタのブリッジ。
「もうすぐクリスマスなんですね、艦長」
「そうだなあ、宇宙にいると季節感がなくてつい忘れてしまうな。そうだ、ハーリー、お前にもプレゼントが届くと思うぞ」
「ええっ?!本当ですか?」
「まあ、楽しみにしてろよ」








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《あとがき》

・・・・・・?
結局、佳境なんでしょうか?

「ばか」



《追加あとがき》

言われる前に暴露。
戦闘シーンで、位置を0-4-1だのなんだの言ってますが、何のことやらわかりません(笑)。
戦闘というもの自体に詳しくないので、どこぞのアニメかなんかで言ってた台詞を流用しているだけです。
ご存知の方、いらっしゃいましたら教えてください。
それから。
タイトルの英語・・・わやくちゃです(汗)。
私も、翻訳サイトで適当に訳してるだけなので。こちらも英語に詳しい方、・・・教えて〜〜(錯乱)
こんないい加減でいいんだろーか?なんて思いつつ・・・では、また。

b83yrの感想

ちなみに、私も英語は全然わからん、翻訳サイトに頼りっぱなし(涙)

しかし、ユリカって、アキトを追いかけないと良い艦長だよなあ
イネスさんもなかなかの策士のようで

で、今回のゲストキャラは、何故かハーリー君(笑)
「えっ、僕ですか?」
だってほら、瑠璃さんとアキト君は色々と忙しいみたいだし、こっちじゃハーリー君へのクリスマスプレゼントもあるみたいだしね
それに・・・
「それに、なんです?」
「瑠璃とルリ」の方じゃ出番あるかどうかすら解からんから、こういう所ぐらい出してみようかと
「出番なしって・・・・ううっ、どうせ僕の扱いなんて(T_T)」
瑠璃さん、ハーリー君にも優しいんだよねえ、『弟』どまりだけど
厳しい時もあるけど、『弟』の成長を願えばこそだし
「弟を強調しないで下さい(T_T)」
それに、もしかしたら出番ない方が幸せかもよ
「なんでです?僕だって出番ぐらい欲しいです」
仮に出番があったにしても、私はハーリー君を虐めたりしないけど、瑠璃さんとアキト君の仲の良さを見せつけられるだけだぞ、テンカワ・ルリのファンサイトの管理人のSSなんだから

「・・・・・・・・出番なくてもい〜です(涙)」

あっ、ふと気がついたけど、また感想になってない・・・


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