「う〜ん・・・」
アキトは悩んでいる。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・決めた」

そう言うと、勢いよく立ち上がり、自室を出る。










「はあ・・・」
ルリは溜息をつく。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・どうしよう」

小1時間悩んだ末、ミナトの部屋のチャイムを押す。










「ふう・・・」
イネスは決めかねていた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・やっぱりこれしかないわね」

イネスは怪しげな瓶を手に、医務室を後にする。










「どうしたの、ルリルリ。私の部屋に来るなんて珍しいじゃない」
「はい・・・ちょっとお話が・・・」
「いいわよ、じゃ、入って」
ミナトに誘われるままに部屋へ入ると、テーブルの前にきちんと座る。
「ちょっと待っててね」

少し経って、ミナトがテーブルに紅茶やらケーキやらをずらりと並べる。
完全に長期戦を予測した用意のようだ。
「あの・・・?」
「ん?なあに、ルリルリ」
「これは・・・」
「ああ、ちゃんと地球で買ったとっておきのダージリンよ。そこらの安いお茶葉じゃないから安心して。それにこのケーキはねえ、ホウメイさんのお墨付きを貰ったの。私、こう見えてもお菓子作りは得意なんだ〜。美味しいから食べてみて」
「いえ、そういうことではなくて・・・」
「ん?」
ミナトの嬉しそうな顔を見て、何も言えなくなるルリ。
仕方なくケーキや紅茶に手をつける。

そのまま他愛のない話(もちろんミナトが一方的に話すだけ)で1時間が経った頃。

「で?今日は何の話かな?」
不意にルリの動きが止まる。
本当は一大決心をしてチャイムを鳴らしたのだが、どうしても話し出せなくて、ずるずると先延ばしにしてしまったのだ。
やっぱり今度にしよう、と思っていた矢先に核心に迫られてしまった。
「・・・・・・」
黙るルリを優しく見つめるミナト。

ミナトには、どうしてルリが来たか、凡その予想はついていた。
伊達にホウメイやイネスと作戦を練っていたわけではない。
ホウメイからは3日に1度のチキンライスの日の様子を、イネスからはアキトに関する情報を流してもらって、こういう日が来るのに備えていたのだ。
自分のことは放って置いても、ルリが気になるらしい。
恐るべし、ミナト。

「アキト君のことでしょう」
黙ったままのルリが反応する。
それでもまだ、口を開かない。
「妹、じゃ嫌?」

ルリの食事を作ったり、一緒にブリッジに来る時には手を繋いできたり、アキトがルリを妹のように可愛がっていることは、ナデシコの誰もが知っている。
19歳のアキトが、12歳のルリと何かあるとは誰も思わないし、契約書(既にないようなものなのだが)に違反しているわけでもないので、取り立てて苦情を言う人もいない。
ルリが変わり始めたのも、アキトが来てからだということもわかっているので、クルーは皆その状況を歓迎している。
一部、整備班などの恨みを買っているという事実もあるが。

「・・・・・・」
ルリは俯いたまま、膝の上で握り締めた自分の手を見ているだけだ。
焦らないように、ミナトは慎重に話し掛ける。
「ルリルリの気持ちを整理してみよっか」




「あれ?ルリちゃん、いないのかな・・・?」
アキトはルリの部屋に来ていた。
呼び鈴を鳴らしても、反応がない。
今日はこの時間帯は勤務でないはずなのだが。

「う〜ん、・・・後でまた来るか」





「そっか。ルリルリが最近元気なかったのは、それか」
ミナトの問い掛けにぽつぽつと話すルリ。
2時間ほどそれが続いた後、問題を整理したミナトが言った。
「でも、ルリルリも成長したんだね。私たちが手を貸す必要もないくらいに」
最初は本当に人形そのものだったルリ。
感情をどこかに置き忘れてきたような、無表情。
いや、感情そのものを最初から持っていなかったくらいの。
それが、アキトに出会って、本当の少女になったようだ。

『アキトさんが気になるんです・・・』
まさかミナトも、そんな言葉がルリの口から聞けるとは思っていなかった。
それがミナトの予期していた感情なのかどうか、本人は気がついていないし考えてもいないだろうが、恐らくミナトの想像通りであろう。
ルリが自分で自分の気持ちに気づいたことに、嬉しいような寂しいような複雑な感情が湧いたが、それは自分で整理する問題。
今、ルリの不安の方が差し迫った問題だ。

さすがにこればかりは、ルリも自分で処理しきれなかったらしい。
それも当然だろう。
ミナトも、そう言えば、その問題があったわよね、と思ったくらいだ。
2人ともルリの気持ちばかりを考えていて、現実の問題をなおざりにしていた。
「難しいね・・・」
「・・・・・・」
「アキト君にとっては、ルリルリは確かに妹かも知れない。でも、もう妹は嫌なんでしょう?」
「・・・嫌なわけじゃありません。でも・・・」
「うん、ちゃんと女の子として見て欲しいよね」
「・・・・・・はい」
「やっぱり、ルリルリはアキト君のこと、好きなのね」
流れの中でさりげなく言ったつもりだったが、ぴたりとルリの言葉が止まる。
(あちゃ・・・早すぎたかな?)

しばらく俯いていたかと思うと、ゆっくり顔をあげる。
が、視線はミナトに向いていない。
「・・・・・・はい。そう、かも知れません」

ミナトは驚いた。
自分からふってはみたものの、そう言った感情に対しここまで素直に認めるルリに。
「・・・よかったね、ルリルリ」
ルリはミナトの言葉に、わからないという風に首を僅かに傾げる。
そんな仕草も以前とは違って見えるのは、ミナトの欲目ではないだろう。

「でも、そうね、問題はアキト君か・・・」
アキトはどう思っているのか。
イネスからのアキト情報では、彼の女性に関する嗜好は正常な男子のものだということだ。
つまり、所謂『ロリコン』ではないということ。
で、ルリは一体どの範疇に入るのか。
これまた、イネスのデータライブラリ(何故、そんなデータが、とミナトが疑問に思ったことは置いておいて)からの一般定義からは、際どいラインだった。




『まあ、そんなのは関係ないと思うんだけど』
そう言うミナトに、イネスも微笑みで返す。
『あなたの依頼で一応カウンセリングはしたけどね。まさか本当に気になってるわけじゃないでしょ』
『う〜ん、何て言うのかな、イネスさんの言う通り、私はアキト君がルリルリを好きであったとしてもロリコンだなんて思わないけどね。アキト君が気にするんじゃないかと思うのよね』
『なるほど。彼、変に常識とやらにこだわるみたいね。おまけにナデシコクルーのすちゃらかさ加減がやたらとそのことを強調してるしね』
イネスが言ったのは、特に戦闘班の同僚、ヒカルのことだ。
同人誌を作っていたという経歴から、ナデシコに乗艦してからもどうやって時間を捻り出しているのか、漫画を描き続けている。
それ自体は問題ないのだが。
『どうやら戦闘班はそのテの話が好きみたいね』
内容が百合や薔薇などが咲き散らされそうなものばかりなのだ。
趣味でやっていることであるし、特に契約で禁じられているようなことでもないので、プロスも対応に苦慮しているらしい。
『そうなのよね〜。何か妙に意識しちゃってるみたいなのよ』
戦闘後の格納庫で、ウリバタケとヒカルのダブル攻撃を喰らい、空ろな眼をしながら『俺は正常なんだ・・・俺は・・・』と呟いているアキトを、ミナトは見たことがある。
人を好きになるのに、年齢など関係ないと思ってルリを応援しているミナトとしては、余計なことをしないで欲しいのだが。
『あんまり周囲で騒がれすぎると、本当の気持ちに気付かなくなっちゃうじゃない。それが心配なのよね』
と言うのがミナトの本音。
例えアキトがルリを好きになったところで、彼がルリの年相応の外見だけに惹かれたとは考えられない。
(もしアキト君がロリコンだとしたら、ナデシコに乗艦してこれだけ時間が経っているのに何らのアクションを起こしていないことの説明がつかないしね・・・)
『そうね。全くもってあなたの言う通りよ。ま、それ以前に彼にその気(ケ)はないけどね』
『・・・私、何も言ってないけど・・・』
『言ってはいないけど、思ったじゃない、説明、って』
さらりと言うイネスに、言い知れぬ恐怖を覚えて早々に退散したミナトだった。





(そんなことはどうでもいいとして、問題は確かにアキト君の気持ちよね・・・)
ミナトは無理やりイネス(とホワイトボード)の残像を振り切る。
現在までのところ、アキトがルリに妹として以上の感情を持っていると示せる行動は見られていない。
血の繋がった家族でない以上、一般的な『兄妹』の感情とも違うのだろうが。

ミナトが思考に耽ってしまったせいで居心地が悪くなったのか、ルリは視線を泳がせながら両手でカップを掴んで口元へ運ぶ。
すっかり冷めてしまった4杯目の紅茶では、味も不味いだろうに。
そんな姿も、ミナトからすれば思わず抱きしめたくなるほどなのだが、それはあくまでも女性同士の話。
ミナトの知る限りの男とちょっと異なるアキトの気持ちは、さすがのミナトでも想像ができない。
それでも、確実にわかっていること。
アキトがルリを変えた事実。
ならば、どんな結果になろうと、ルリにとってこの初恋前とも言える気持ちは悪いことではない。
だからミナトは焦らず、ゆっくりとルリを応援していこうと思う。





イネスは事情が異なるようだ。





「あっれ〜?まだルリちゃん帰ってきてないんだ」
再び、ルリの部屋。
アキトは2回目の空振りに頭を捻る。
そこへ。

「あら、アキト。こんなとこでどうしたの?」
「あ、姉・・・イネスさん。いや、ルリちゃんが最近元気なかったから・・・」
「ふふ、大丈夫よ。オモイカネには言い聞かせてあるし、誰もいないわ」
「あ、そう?で、元気付けてあげなきゃな、と」
「ふーん。それはいいけど」
「なに?」
「多分、無理ね」
「どうして?」
「アキトだから」
「・・・はあ?」
「ま、それより当分ルリちゃんは戻らないわよ。だから先に私の用件を済ませたいんだけど」
「用件?俺に?」
「そう。これが済めば多分ルリちゃんの元気も戻るわよ」
「そうなの?・・・いや、やめとくよ」
「どうして?」
「どうしてって・・・その瓶は何だよ?」
「栄養剤」
「・・・・・・」
「・・・アキト」
「・・・なに」
「黙って来なさい」
イネスが奥の手(単なる実力行使)を出す。
「ちょっと待て!何で単なる栄養剤がそんな色してんだ?!・・・うわっ!何だこれっ!」
逃げ腰で走り出そうとしたアキトに覆い被さる網。
「アキトには原始的な武器でも効くのよね。どう、イネス謹製『強力トリモチ付電磁ネット』は」
「おいっ!トリモチついてんなら電気はいらんだろーが!」
「ああ、無理に破ろうとすると・・・」
「うぎゃあああああ!!」
「高圧電流が流れるから・・・って遅いか」
不敵な笑みを浮かべて、医務室へ運ぶイネス。
誰ということもなく呟く。
「大丈夫よ。死なない程度に抑えてあるから」





「・・・・・・姉さん」
「なあに?」
「これは・・・どういうことかな?」
「うふふ。実験」
「いや、そおーじゃなくって!何の実験しようってんだ?!」
診察台に拘束具で縛り付けられたまま、アキトが叫ぶ。
「こうでもしないとあなたは本当のこと言わないでしょう」
「何だよ、本当のことって」
「ルリちゃんへの気持ち」
何の装飾もなく、ズバッと核心へ切り込むイネス。
「ちょ、ちょっと、何でそこにルリちゃんが出てくるんだ!」
慌てるアキトにイネスが向き直る。
「時間がないのよ」
急に真剣な顔つきになるイネスに、アキトもただならぬ気配を感じる。
「・・・どういうこと?」
「真剣に答えるわね」
「もちろん」
イネスはアキトの拘束具を外し、椅子に腰掛ける。

「アスカのヒラヤマさんから連絡が来たわ。アトモ社でボソンジャンプ実験が始まったと」
「アトモ社・・・?」
「アキトは知らないでしょうね。ネルガル傘下で、表向きは材質関係の研究所よ」
「でも、ネルガル傘下だったら俺も知ってるはず・・・」
「アスカの諜報部を騙すなんて、ネルガルも頑張ったみたいね。ヒラヤマさん自ら調査して4ヶ月かかってようやく突き止めたそうよ」
「課長が出て4ヶ月も・・・」
「で、潜入調査の末、ようやく全貌を突き止めた。それが」
「ボソンジャンプ実験」
「そう。第1次火星大戦では連合軍はほぼ全滅して戦闘ログの回収すら困難だった。地球上ではジョロやバッタなどの無人兵器しか出てこなかった。だから気が付かなかったけど、第2次火星大戦で艦隊が続々とチューリップから出てくる。それを目撃すれば疑問も湧くわね」
イネスが舌打ちしそうな表情で言う。
「それに、カキツバタも飲み込まれてるしね」
アキトにも、『時間がない』という意味はわかった。
ネルガルがボソンジャンプに気づいている。
極冠遺跡はまだ触れられていないが、生体ボソンジャンプも当然研究されることになるだろう。

「ナデシコ級戦艦にはオペレーターが必ず必要になるわ。けれど、そうそうマシンチャイルドなんて量産できるものではない。だからシャクヤクやカトレアは5人のオペレーターがついているそうだけど、カキツバタは違うわ」
「えっ?!じゃあ、ルリちゃん以外にも遺伝子操作されている子が・・・」
「もちろん乗ってるわ。マキビ・ハリ。10歳よ」
「そんな子供まで・・・」
アキトは怒りを必死に抑えていた。
ネルガルは純粋に戦争に勝ちたいと思っているわけではない。主たる目的は極冠遺跡の技術独占だ。
もちろん、地球が侵略されれば商売どころではないから、勝ちたいとは思っているだろう。
だが、5人のオペレーターで代用できるなら、そうすればいいはずだ。
マシンチャイルドの経済的利益が、念頭に置かれているのは間違いない。
「それどころか、今でもマシンチャイルドの生産は続けられている」
イネスは続ける。
今は感情に流されている場合ではない。
「当然、彼らも気づくわね。何故ホシノ・ルリだけが表面的に違いが現れたのか。更にもし、万が一カキツバタが無事に戻ってきたら・・・」

(もし、ではないわね。カキツバタは必ず生還する。『私』の計画も狂いだしたわね・・・・・・まあ、最初から大分狂ってはいたけど)

アキトは不安を隠せない。
もし、イネスの言う通り、カキツバタが無事に戻ったら。
マシンチャイルドが乗っている船、独りだけ違う金の瞳、生体ボソンジャンプ。
様々な可能性と道筋が浮かぶ。
最後に行き着くのは。

人体実験。

「まったく、計画通りにはいかないわね。まあ、私も迂闊だったけど」
「それで?俺に何を聞きたいんだよ」
勤めて冷静に聞こうとするが、単に感情のない言葉になる。
「目の前の子を守りきれる?」
「それは、もちろん・・・」
「ちょっと待って」
アキトが怪訝な顔をする。
「わかってないわね。ボソンジャンプ研究が公表されなければ、一生守らなければならないのよ」
「・・・・・・?」
「妹、としてだけであなたの一生はかけられないでしょう」
アキトにはまだわかっていない。
「あなたに好きな人でもできたらどうするの?結婚してルリちゃんを引き取るとでも?或いはルリちゃんに好きな人ができたら?」
「え、そ、それは・・・」
「もちろん、あなたたちの気持ちを無視しようとしているのではないわ。あくまで可能性の問題として、分岐に合わせた対策を作るつもりでいるけど。ただ、一番守りやすいかたちが存在するのならば、そしてもしそれが全員の望むものであるならば、最高の状況でしょう」
「そ、そりゃそうだけど・・・」

うろたえるアキトを、今日のイネスは許さない。
「あなたはホシノ・ルリを愛しているの?」
アキトも真剣になる。
逃げたり、誤魔化せる状況にないことはよくわかっている。

「俺は・・・・・・」










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




19 The breakdown of a plan

2197年10月22日。全ての運命を変えるものが現れる。








 

次話へ進む

Mono〜の部屋// らいるさんの部屋// 投稿作品の部屋// トップ2


《あとがき》

アキトの『ロリコン』疑惑が頭から離れなくて。
この回結構苦労してたんですけど、b83yrさんから頂いたメールがアドバイスになりました。
感謝してます。ほんとに。

それにしても。
「何ですか」
あのですね、最近≪あとがき≫で私やられっぱなしじゃないですか。
「それは自業自得だと思いますが・・・まあ、確かに事実ですね」
で、このままじゃ身がもたないんで、瑠璃さんに代わって頂けないかとb83yrさんに交渉し・・・!



すみませんでした、ルリ様。
下僕めが悪うございました。
「わかればいいんですよ。いちファンとしての気持ちと作者の立場とをごちゃまぜにしないようにしてくださいね」
・・・・・・。
「そうそう、それと、b83yrさん」

≪・・・ルリ、それは人体には危険すぎます≫
「煩いですよ、オモイカネ。・・・まさか、本気で承諾したりしませんよね?そうですよね?(にやり)」
 

b83yrの感想

なんか、リクエストがあるみたいなんで(笑)
b83yrの『瑠璃とルリ』から一寸呼んで見ましょう

瑠璃さ〜ん、呼ばれてますけど

「はい、私もらいるさんのSS読ませていただきました」
で、どうします?
「すいません、私にも色々とやる事があるので、交代する訳には、それと・・・・」
「そちらの私もあまりらいるさんを酷い目にあわせないで下さいね、私もらいるさんのSSの続きを楽しみにしてますから(にっこり)」
う〜む、人妻の余裕って奴か、しかし、人妻がヒロインって珍しいかもしれん(笑)


「でも・・・ロリコン疑惑ですか・・・・こちらのアキトさんもその事では随分悩んだようです、実は私もなんですけど」
あの、所で前から気になってたんですけど、アキト君と何時頃からそういう関係に?
「秘密です、アキトさんの名誉の事もありますから(ちょっと赤)」
う〜む、アキト君・・・・

次話へ進む

Mono〜の部屋// らいるさんの部屋// 投稿作品の部屋// トップ2



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送