「これは?!」
驚きを浮かべるルリ。
「大丈夫だから。しっかり握って、離さないでね」










真っ白い空間。
蛍光灯の射すような光ではなく、包み込むような柔らかい光。
微かに青みを帯びた白い光が、暖かく感じられる。
時間も距離も感じられない光の中。

沢山の人の意思。
想い。



「ここは・・・」
呆然として辺りを見回すルリ。
知ってる。
この場所は・・・。


「火星極冠の古代遺跡。初めて出会った場所だよ、ルリちゃん」

ルリの背中から声がかかる。


じゃあ・・・。
「覚えていたんですね」
背を向けたままで、ルリは抑えた声で呟く。

「・・・ああ。最初に見た時から、わかっていたよ」

「!どうして?!どうして教えてくれなかったんですかっ?!」
ルリの瞳は驚きから怒りに変わっている。
そのままアキトに詰め寄る、ルリ。

「アキト、さん・・・?」
アキトを見た瞬間、声を失う。

そこには、アキトが立っている。
変わらない微笑を浮かべて。
そう、何も変わらないアキトがいる筈だった。
ただ、瞳の色を除いては。

「その、目は・・・?」
黙ってルリの目の前に手を伸ばし、掌を広げる。
「コンタクト?」
「そう。父さんたちが俺にナノマシンを注入した時、瞳の色が金になっちゃったんだ。ルリちゃんと同じ色にね」
「それは・・・」
「最初からそうならよかったんだけど、急に変わるのは変だろ?だからコンタクトで誤魔化してたんだ。本当はナノマシンで色を変えればいいんだろうけど、どんな副作用があるかわからなかったから」

「どうして黙っていたんですか?」
ルリが再び尋ねる。
「ルリちゃんを危険な目に合わせたくなかった」
「そんなの、かっこつけてます」
「・・・そうだね。かっこつけてるよね。でも」

「ルリちゃんも、同じ瞳なんだよ」

ルリの表情が固まる。
アキトの言葉の意味するところがわかったから。
金の瞳。
ネルガルの研究所でも他にはいなかった。
自分だけが違う瞳が嫌だった時もあった。
とても幼い頃に。

そしてアキトはボソンジャンパー。
ボソンジャンプは未知の技術。
物体をイメージ先に跳ばせる技術。
応用すれば、戦争にとってこれ以上ないくらい有用な武器。

「じゃあ、私も・・・」
声を震わせる。
「そう、姉さんの検査結果が出たんだ。ルリちゃん、君の瞳は遺伝子改造のせいじゃない。俺と同じナノマシンが入ってるからなんだよ」
「そんな・・・」
「ホシノ研究員。君の養父は俺の父さんと同じ研究所にいたんだ」
ルリは言葉が出ない。
「父さんたちが殺された後、研究員も大幅に入れ替えられた。そしてホシノ研究員はネルガル本社へ主任として異動した」
アキトは淡々と説明していく。

恐らく知らない間に持ち出してしまったナノマシンを、誤ってルリに打ってしまったのだろう。
その後の古代遺跡研究に全く関わっていないことから、彼が知っていたとは考えられない。
古代遺跡で会ったのは、ルリがジャンパーだったから。

「姉さんはルリちゃんの目を見た時に直感した。だからあの時、わざとその部分を省いたんだ」
「アキトさんも気づいていたんですか?」
「いや。俺はわからなかったよ。わからない振りをしようとしていたのかも知れない。こんな力、持っていても不幸になるだけだから。ルリちゃんがそうだなんて考えたくなかった・・・」
力なく肩を落とす。
「では、どうして今頃・・・」
「昼間の奴だよ」
「え?あのゲキガンガーみたいなのですか?」
「そう。ネルガルはボソンジャンプに気づいたらしいんだ」
「火星遺跡の調査・・・」
「そう。今現在、進んでいないとは言え火星の遺跡はネルガルが軍と一緒に共同研究してるよね。火星に打ち込まれたチューリップも調査しているだろうし、ボース粒子の存在に気が付くのは」
「時間の問題、ってことですね」
アキトの語尾を喰って、ルリが言う。
「多分、遺跡の解析作業でボース粒子の存在を知るでしょうね」
「うん」

少しの沈黙。

「前にルリちゃんも聞いたよね。俺がジャンプする時のボース粒子が、チューリップからも検出されるんだって」
「はい。だからチューリップは無人兵器の母艦ではなく、ゲートだと」
「そしてそこにカキツバタが呑み込まれた」
アキトの口調がやや暗くなる。
それを払拭するかのように、
「C.C.やチューリップが、俺のジャンプする時に出すフィールドの代わりになる。そして、バッタやジョロとカキツバタは無人か有人かの違いがあるけど、共通する点もある」
「・・・ディストーションフィールド・・・」
「うん、それなら、カキツバタの皆もまだ生きてる可能性があるってことだよね」
凄く低い確率ですけど、と言いかけたが、ルリは口を閉じる。
アキトを落胆させるような言葉は言いたくない。
それを言ってしまう自分も嫌だから。

「でも、それが昼間のゲキガンガーとどう関係するんですか?」
ルリの質問に、アキトは頭を掻く。
「それがね・・・まだ聞いてないんだ」
溜息をつくルリ。
(やっぱりアキトさんって、どこか抜けてるかも・・・)



「ボソンジャンプはね」
静寂を破るアキト。
「イメージが大事だから、無意識のうちにってのはあまりないんだ」
ルリは黙って耳を傾ける。
「だから、ルリちゃんも自分のことに気がつかなければジャンプしない。そうすればボース粒子も出ないから、誰かに気づかれることもない。だから黙ってたんだけど」
「ネルガルが気づいた以上は、研究が進んで手遅れになる前に教えておこうということですか」
アキトは首を縦に振ると続ける。
「いきなり他人から知らされるよりは、俺たちから聞いておいた方がショックも少ないだろうと思って」
「・・・そうですね。ショックはショックですけど」
「・・・・・」
「でも、教えてもらえて、嬉しいです。私も、家族に入れてもらえたみたいで」
「何言ってるんだよ、ルリちゃん。そんなことは前に言ったじゃないか」
「そうですね。・・・・・・なら、もう1つ教えてください」
「いいよ。何?」
ルリは考える。
ここで否定されたらどうしよう。
離れるのは嫌だ。
でも、知らないままでいるのは不安で押し潰されそうになる。

目を伏せて、胸を押さえる。
鼓動が早い。
不安と焦燥が繰り返しルリを襲う。
思考はループに嵌る。
でも。



「アキトさん。・・・・・・ずっとナデシコにいてくれますか?」

しばらくの静寂。

アキトは悩む。
確かにアキトはアスカの諜報部員である。
ヒラヤマにもよくしてもらった恩がある。
彼がいなければイネスにも、そしてこうしてルリに会うこともなかった。
けれど、ネルガルはともかく、今はナデシコを去りたくない。
その思いも事実だ。
最初はつかず離れず、適当な距離を測りながらクルーと接していた。
けれども、半年も同じ艦で寝起きを共にすると、愛着が湧く。
ただ一緒にいるのではなく、生死を共にした仲間なら尚更だ。
それに。

ナデシコはルリにとってもいい環境ではないかと思う。

ミスマル・ユリカ、アオイ・ジュン。
この2人はさり気なくルリを気遣ってくれている。
ハルカ・ミナト、メグミ・レイナード。
アキトが乗る前から、ルリを見守ってくれた2人。
ホウメイさんやセイヤさん。
パイロットの皆。
ネルガルのプロスペクタ−にゴート。
今のナデシコに、誰1人ルリを特別視する人間はいない。
以前はルリ自身が閉じ篭っていたが、その時ですらルリが思っているほど嫌がられていたことはない。
ただ、扱い難い子だな、そう感じていただけだ。
けれでも、今は、ルリに声をかけることを躊躇うクルーはいないし、ルリも格段に明るくなった。
このままルリだけをナデシコに置いていければいいのだが。

『アキトが降りたら、あの子も降りるんじゃないの?』
イネスはアキトよりも人間の感情に敏感だ。
精神科医、セラピストとしても優秀だから、人の心がわかるということはないが、表情や仕草から大雑把な行動予測はとれる。

そのイネスの言葉を無視できないし、何よりアキトもナデシコに残りたい。
問題はアスカが許さないだろうということ。
アスカに籍を置いたままナデシコに居続ければ、クルーを裏切っていることになる。
ナデシコに乗ったままアスカの籍を抜ければ、会社への背信行為になる。
同時にヒラヤマや諜報部の仲間を裏切ることにもなる。
最近のアキトはこの葛藤に苦しんでいた。


ルリは不安に飲み込まれそうになっていた。
アキトが悩むのはわかる。
けれど、どうしてもアキトやイネスと離れるのは嫌なのだ。

これほど強い感情に、彼女は出会ったことがなかった。
それだけにその想いは純粋で、一途だ。


悩みに悩んだ末、アキトが出した答えは。

「・・・ナデシコにいられるかどうかは、わからない」

ルリは目の前が真っ暗になったような気がした。
完全な否定ではない。
だが、希望の見える答えでもない。

それでも必死に理性を保つと、アキトを見つめる。
金の双眸が不安に揺れる。

「でも、これだけは約束するよ」

「ルリちゃんを置いていったりはしない。必ず一緒にいるよ」



「・・・充分です。アキトさん」
ルリもナデシコにはいたい。
でも、それ以上に、「家族」と呼んでくれた人たちといたい。
そんなルリには充分な答えだった。今は。

「ルリちゃんもやっと名前で呼んでくれるようになったしね」
「え?・・・あっ」
そう言えばさっきからずっと、「アキトさん」と呼んでいる。
ミナトに冷やかされたこと思い出して、思わず赤面する。
「どうしたの?ルリちゃん」
「い、いえっ!何でもありませんっ!」
必要以上に強く否定するルリを、アキトは不思議そうに眺めていた。










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




17 It is the fact for which it was prepared.

ナデシコはオーストラリア西方の洋上から飛び立つ。
行き先は、月。







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《あとがき》

「だから」
は?
「私とアキトさんのらぶらぶはどうしたんです」
・・・・・・やらないって言ったじゃ・・・

さく。
 

b83yrの感想

やっぱり、ルリとアキトって一緒にいるのが似合うんだよなあ、理屈抜きに

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