ルリは厳しい叱責と罰金処分を受けた。
当然のことだ。
一歩間違えば、エステバリス隊は全滅していたかも知れない。
それが完全に自分のミスであることも、ルリは認めていた。

イネスからもきつく叱られた。
何しろ、あのイネスがずっと黙っているのだから、辛い。
その間中、反省と後悔に襲われ続け、精神的に参りそうになった頃、
『わかったわね』
の一言で終わった。
ネルガルからの処罰や始末書の嵐はどうということもなかったが、これは確実に効いた。

「何もイネスさんに叱られなくてもいいんじゃねーか」
リョーコらはそう言ってくれたが、ルリ自身が望んだこと。
それはルリがイネスやアキトを家族として認めたから。
いや、彼らの中に入りたかったからかも知れない。

ナデシコ中を謝罪に回った後。
ミナトからのプレゼントは洋服だった。
淡いピンク色のワンピースの襟と袖に白いレースで縁取りされたもの。
3人でルリの一式を揃えたようだ。

「ね、ルリルリ。それを着て見せたい人は誰なのかな?」
意地悪く尋ねるミナトに、不覚にもうろたえるルリ。
「い、いませんよ。別に」
「あっれ〜?おかしいなあ。いるはずなんだけどねえ」
「どうして言い切れるんですか」
にやり、と笑みを浮かべる。
嫌な予感がする。
「知りたい?」
困惑しながらも上辺は平静を装って首を縦に振る。
その様子を見たミナトは、1枚のデータディスクを取り出す。
「上演日は7月7日。出演はホシノ・ルリ、テンカワ・アキト。撮影はオモイカネ」
「!!!」
「アキトさん・・・」
ルリの声色までするミナト。
「いつの間に名前で呼ぶ仲になっちゃったのかな〜?」
「・・・イネスさんですね」
「さあ?どうかしらね」
ミナトは惚けてくすくす笑う。
憮然としながら、コミュニケを開く。

「イネスさん」
『あら、どうしたの』
「マスターディスク下さい」
『何のことかしら?』
「・・・惚けたって駄目です」
『あらあら、恐いこと』
「・・・オモイカネ、イネス・フレサンジュの私物に仕掛けた例のもの、起動させて」
《了解、ルリ》
その言葉を聞いて、初めて動揺を見せるイネス。

『ちょっと、何を起動させたの?!』
「何のことでしょう?」
『こら、ちょっと、・・・って、何よこの音・・・ああっ!』
がたがたと音がして、ウィンドウからイネスの姿が消える。
何事かと思って寄ってきたミナトが呼びかける。
「イネスさん?一体どうしたの?」
『ちょっと、ロッカーに細工したわねっ!開かないじゃない!ああっ私の分身が・・・こら、止めなさいってば!!』
取り乱すイネスに、冷然と言い放つ。
「マスターディスク下さい」
『わかった、わかったわよ!だから早く止めなさい!!ああっ私の説明7つ道具がっ!』
「オモイカネ、起動命令解除」

2人の様子を見たミナトはその後、決心する。
この2人を敵に回すのだけは止めよう、と。










「と、言う訳で」
「はあ?」
ユリカの声に、ブリッジクルーが全員で疑問の声を上げる。
「ユリカ、そこまで省略しちゃったら誰もわからないよ」
ジュンが説明を促すと、
「そっか。では、この後のナデシコの目標をお伝えします。場所はテニシアン島。目的は同地点の新型チュ−リップの調査。以上です」
「テニシアン島って、どこなんですか?」
「太平洋に浮かぶさんご礁の島ですな。周囲10Kmの小さな島ですが、先日ビッグバリアを破って侵入したチューリップが今までの・・・」
『リゾートだっ!』 
「海だっ!」
「きゃ〜水着どれにしよう!」
『てめーら、気合入れてくぜっ!』
「ねえねえ、リョーコ、ビーチバレー大会の組み合わせなんだけどさあ」
『皆さ〜ん、屋台の準備をしま〜す』
「ルリルリ、あんた肌白いんだから、これ使いなさい」
「何ですか、これ?」
「説明しましょう」
「げげっ!・・ね、イネスさん、今さっき医務室にいたはず・・・」
「ねえ、ジュン君、お留守番なんだけどさあ・・・」
「わかったよ・・・行動前に遊ぶ時間あげればいいんだろ・・・」
「なあ〜んだ、ジュン君も行きたいんだね!」
「うっ!そ、それは・・・」
『艦長、食堂も休業しちゃっていいかい?』
誰もプロスの説明を最後まで聞いていなかった。



テニシアン島。

南国の洋上にぽつんと浮かぶさんご礁の島。
所有はオセアニア政府。
リゾート地としての開発も一時計画されたが、大陸から遠く、空港を作るほどの広さもなかったため、開発の手を加えられずに放置されていた。
気温は年間平均で28度。
毎日のスコールが樹木を育て、狭いながらも原始の森林を残している。
肉食動物は存在せず、大陸に近ければ最高のリゾート地であっただろう。

新型チューリップの調査はどこへやら。
取り敢えず活動停止にあることもあり、ナデシコは短いバカンス。
ビーチバレー大会の開催に、浜茶屋の設営、パラソルの下で昼寝。
思い思いのリゾート気分を楽しむクルー。

北極海での戦闘から1ヶ月、休みなしに戦闘を続けてきたのだから、はしゃぎまわるのも無理はない。
その活躍のおかげで、地上のチューリップはほとんど消滅した。
後は新たに打ち込まれるものを排除していくだけだから、連合軍の守備隊だけでも大丈夫なはずなのだが、今回ナデシコが回されたのは、それが新型だったから、というだけに過ぎない。
これが終われば恐らく、月面奪回作戦に参加させられることを、皆雰囲気で感じ取っている。
どこへ行っても新参者。
スキャパレリ・プロジェクトからも外されて。
シャクヤク・カトレアのための人身御供。
危険な戦闘に逐次投入される。
神経の磨り減るような、いつ果てるとも知れない毎日。
それに耐えてきたのは、火星の生存者を助けることができたという満足感と、ナデシコのクルーで地球を守りたいという純粋な思い。
それからこんな、たまのばか騒ぎ。
だから、ネルガル社員であるプロスもゴートも何も言わない。
自分たちまで楽しんでいるのはどうかと思うが。

「いいんですよ。だからと言って私たちだけが気張ってもどうにもならないんですから」

・・・ごもっとも。

そんな中で、

「ねえねえ、ジュン君。ルリちゃんがいないね」
ジュンはユリカの水着姿に頬を染めながら答える。
「そう言えば・・・テンカワ君もいないな」
「説明しましょうか」
「うわわわ!」
「はれ〜?イネスさんいつの間に」
「アキト君とルリちゃんはナデシコに残ってるわ。チューリップの活動停止というのは熱源、核動力、電磁波、各種波動の活動が行われていないだけでいわば休火山みたいなもの。絶対に活動しないという保証はどこにもないわ。だから、オペレーターと警戒パイロットとして監視とナデシコの防御に当っているのね」
「そっか〜。偉いなあ、ルリちゃんって」
「2人ともそんなこと言ってなかったのにな・・・」
ユリカとジュンはてっきり一緒になって遊んでいると思っていた。
「あの子たち、2人とも天涯孤独の身だから、ナデシコ以外に帰るところがないのよ。だから、ナデシコを守りたいんでしょうね」
ユリカが小首を傾げるが、イネスにはそれが何の動作かわからなかった。
「じゃあ、後で交代してあげなきゃね、ジュン君」
「そうだね。調査開始までの間に僕達が戻ろうか」
「ありがとう、艦長、副長」
「何でイネスさんがお礼言うんですか?教えてもらった私達こそ感謝しなきゃいけないのに」
屈託のない笑顔を見せるユリカ。
「でも、チューリップについてはわかったことからちゃんと教えてくださいね。・・・簡潔に」
途中で口を開きかけたイネスを牽制するように付け加える。
「やるわね・・・艦長」
「艦長ですから」



「イネスさんも大変ね」
「あら、聞いてたの」
「ふふ。私が言おうと思ってたんだけどね」
「おやおや、あんた達も知ってたのかい?なら、あたしが言う必要なかったかね」
「ホウメイさん」
「揃いも揃って、あの子たちの心配ばっかりしてたみたいね」
「ははは、まあ、艦長が知ったんならもう大丈夫だろ。あっちでのんびりするかい?」
「そうね。イネスさんは?」
「ふふふ。こんなこともあろうかと用意してきたイネス謹製『Hyper Suntan Cream』、使う?」
「い、いえ・・・遠慮しとくわ・・・何か赤黒いし・・・」
「ドクター、あんた・・・ルリ坊の話通りだねえ・・・」





「ルリちゃん、本当にここはいいよ。俺がエステで巡回するからさ」
「いいんです。テンカワさんこそ、遊んできてください」
さっきから同じやり取りが続いている。
アキトとしては、ルリにも皆と同じように楽しんできてもらいたいのだが、ルリは聞かない。
理由は大体わかっている。
イネスの言っていた、『チューリップの完全停止はあり得ない』に反応してのことだ。
そうは言っても、自動迎撃システムがあるし、浜辺に並べてあるエステバリスもエネルギーライン有効圏内なのだから、突然活動を開始しても簡単にナデシコが落とされる筈はない。
それでも不安なのだろう。
ようやく見つけた自分の居場所、仲間を守りたいという気持がルリの姿から伝わってくる。

「困ったなあ・・・どう言ったらわかってくれるんだい?」
「テンカワさんこそ。ナデシコは私独りでも動かせることは知っているはずです」
アキトは溜息をつく。
この半年での環境変化があまりにも急激だったせいか、ルリの変わり方が極端だ。
悪いことではないのだが、思いつめすぎている気もする。
『鉄は熱い内に打て、が基本よ。若いんだから多少のギャップは成長する内に吸収されてしまうわ』
イネスはそう言って笑うが、アキトは心配で仕方ない。
けれど、今ここで押し問答していてもルリが素直に遊びに行くとは思えない。
(まあ、仕方ないのかな・・・)

知識でしか知らなかった人間行動や感情というものを、実際に触りながら確認している状態なのだろう。暗闇を手探りで進むようなものだから、ギャップもある。
それが「ばか」と言う台詞に繋がるんだろうし、その言葉は次第に減ってきている。
それはルリが人間がどういう生物で、どんな感情を持ち、それによってどういう行動をとるのかを確実に自分の中で経験として消化してきている証拠だと思う。
知識と経験の摺り合わせがルリに感情を取り込ませ、新く吸収したものをすぐに使っていく。
初めて知った言葉を使いたがる子供のようなものなのかも知れない。
うまく使いこなせない感情は消化不良を起こし、悪い形で噴出してしまう。
先月のミスはその一つではないか。
だとしたら、イネスの言葉にも一理ある。

「わかったよ。じゃあさ、調査が終わったら、皆と交代ってことで許可貰うからさ。2人で遊びに行こうか」
「え?」
ルリがぼうっとアキトを見つめる。
「嫌かい?」
「いえ。嫌じゃないです」
「そう、良かった。あ、でも俺水着なんて持ってないな。ルリちゃんは?」
「私は一応ありますけど・・・」
「そうかあ。ナデシコに乗るのがこんなに長くなると思わなかったからなあ」
「こんなにいい加減な戦艦だとも思わなかったけど」
ルリの言葉に視線を合わせて、2人同時に笑う。

「そうだね。ネルガルもすごい賭けに出たもんだよなあ」
ひとしきり笑い合った後、ルリがふと真面目な表情で尋ねる。
「アスカでは戦艦作っていないんですか?」
「やってるよ。姉さんが渡した資料と、俺が流してる情報で。この間の報告の時、もうちょっとかかるみたいなこと言ってたけど」
「どんな戦艦なんでしょう」
「う〜ん・・・古代遺跡の技術についてはまだネルガルに追いつけないからなあ。インダストリーも軍需産業では後発だし、できてもナデシコ級でそれ以上は難しいんじゃないかなあ」
「そうでしょうね・・・・・・。」

ルリには気になっていることがある。
アキトはアスカの社員だ。
ナデシコ級の戦艦が建造されればこれ以上ナデシコに乗っている理由はない。
アスカでも、実戦経験のあるパイロットは欲しいだろう。
当然、帰還命令が出されるはずだ。
アキト自身、ネルガルを嫌っているし、出来るのならアスカの戦艦に乗りたいだろう。
むろん、ネルガルのように民間所有のまま戦場へ、というほどの余裕はないから、戦艦に乗るというよりテストパイロットとしてアスカに戻るというかたちになるのだろうが。

口ごもったまま再びコンソールに目を落とすルリ。
どうしたのかな、と思いながらも、敢えて聞き出そうとはしない。
オペレーターシートから離れ、正面の窓から外の景色に見入るアキト。
島影が霞んで見える。
細かい地形まではわからないが、西側に突出した岬の向こうに浜辺があるはずだ。


「テンカワさんは、どうして戦ってるんですか?」
ルリが尋ねる。
彼女にとって一番聞きたいことが沢山あるのは、アキトのことだ。
自分にとって最も理解しやすい対象であり、また、理解を助けてくれるのがアキトとイネスだから。

「守りたいから」
「何を、ですか?」
「自分が今見える範囲のものすべてを。何でもできるなんてあり得ないから、せめて自分の腕の広さのものだけは守りたい。それだけだよ」

アキトは地下シェルターの少年を思い出す。
守れたはずだった。
自分の腕が届くはずだった。
けれど、火星で彼の死を、彼の身体そのもので確認させられただけだった。
掴めるものは、今度はきっと離さない。
必ず守って見せる。
それは、
「ナデシコが今の俺に守れる範囲のすべてだから」
「でも、本来ならアスカの社員じゃないですか」

言ってから後悔する。
アキトにはナデシコにいてもらいたい。
出来れば、戦争が続く限り、ナデシコで一緒に戦っていたい。
戦争が終わればイネスとの生活に戻るのだろう。
その時がきたらどうなるかわからないが、少なくとも今は、それはどうしようもないことだと思っている。
でも、今、アキトとイネスにナデシコを離れて欲しくはない。
それなのに、つい事実を淡々と確認してしまう自分が恨めしい。

「そうだね」
窓の外をみつめたまま、呟くアキトに、ルリは不安を隠せない。
自分の方を向いていないことがせめてもの救いだ。
見られたらきっとまた、心配させてしまう。

アキトは黙って景色を眺める。
戦争中であることが信じられないくらいの穏やかな風景だ。
海面は静かに波立ち、太陽は明るく降り注いでいる。
ナデシコのブレードに反射する光が強い。
ふと、遺跡であった時のことを思い出す。

あの時から、ルリはアキトの中で確かに大きな存在ではあった。
それは、いつでもルリのことを考えるとか、そんなことではなく、もっと大きな問題としてアキトの心に残っていた。
遺跡で初めて出会った人間だから。
いや、もっと言えば、ルリ以外の生物が遺跡に入ってきたことはない。
原因はわからない。
何かの意味があるのかどうかもわからない。
けれど、あそこで出会ったことは必ず何かの意味があると信じていた。
だからこそ、ルリを覚えていたのだし、あまり変わらなかったとは言え、成長途上にあったルリを見た瞬間に識別できたのだ。

アキトが口を開こうとした瞬間、

《前方のチューリップより振動を確認。内部で核反応によると思われるエネルギー反応が起こっています》
オモイカネが警告を発する。









機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




15 The changing world

「そう。もう時間はないみたいね」
イネスの呟きは誰にも聞き取られなかった。







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《あとがき》

イネスさんの日焼け止め。
いい(注:この場合、怪しいという意味で)ネーミングが思いつかなかった(泣)。
『すっごい日焼け止め』って、そのまんまだなあ・・・。

  

b83yrの感想

やっぱ、たとえルリであろうと、不味い事をした時には不味い事をしたと言ってやらないとね
私はルリ派だけど、その辺のエコヒイキはしたくないし
さて、『成長ゆえの不安定さ』が出てきたルリはこれからどうなっていくのか

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