昨日のお昼に早めに食堂へ行ったのが悪かったのかも知れません。



ナデシコは戦闘体制に入っています。

「ねえ、ルリルリ」
ミナトさんが私に話し掛けてきますが。
「何ですか」
「何怒ってるの?」
「私別に怒ってなんかいません」
「そ、そう・・・?」

そうです。
だって、怒る理由なんか見当たりません。
別にいつもと同じ。
いたって健康だし、オモイカネとのリンクも好調。
何も問題ありません。

ちゃんとブリッジや艦内の把握もしてますよ。
だから、ほら、
「ありますよ」
そう言ってメグミさんとプロスさんに、地球上のチューリップ分布図を出してあげます。



それにしても。
やっぱり何か気分はよくないです。
具合が悪い、とはちょっと違います。
原因は昨日の食堂。



3日に1度のチキンライスの日だからって、浮かれてたんでしょうか。
ちょっと早めに着いて、先に食券を買います。
ナデシコ食堂のメニューには「チキンライス」はありません。
だけど、清算はIDカードで行いますので、現金だけ渡すわけにはいかないんです。
私が買うのはエビピラフの食券。
値段が同じだから、これを買って渡すようにしています。
食券をホウメイさんに渡すとからかわれてしまいました。
「悪いね、テンカワがいなくってさ」
「別に・・・食券は誰に渡しても同じですから」
「そうかい?じゃあ、預かっておこうかね」

ま、確かにちょっとがっかりしましたけど。
テンカワさんはまだ来ません。
食券は渡してありますので、取り敢えずいつもの席で待つことにします。

ホウメイさんにからかわれなくたって、いい加減、私にだってわかっています。
テンカワさんに作ってもらえるもが嬉しいこと。
家族の料理って、やっぱり特別。
そりゃ、ホウメイさんの方が腕がいいってことくらいわかってます。
でも、やっぱり違うんです。
どこが、と言われても困るんですけどね。

待つこと5分。
私以外には生活班と整備班の方が5、6人いる程度です。
背の低い私でも入口が良く見えました。
テンカワさんです。
・・・エプロンつけたまま歩いてきたんですか。
よっぽど好きなんですね。
そう言えばこの間、制服を黄色い主計班のものにして欲しいって言って、プロスさんを絶句させてましたし。
だったら最初からコックさんとして乗れば良かったのに。
結局、猛スピードで却下されてましたけど。
あ、今日はミナトさんも私と同じシフトでしたね。
急いで来たから置いてっちゃったみたい。

何か、仲いいんですね。
すぐ厨房に行けばいいのに。
どうしてミナトさんが食券買うの待ってるんでしょう。
テンカワさん、顔にやけてますよ。
だらしないです。
私、お腹空いてるんですから早く作ってください。
お客を蔑ろにするなんて、一流のやることではありません。

私はお腹が空いて苛々してきちゃいました。
にやけて話しているテンカワさんの締まりのない表情を見ると、倍増です。
増量サービス中です。

声、掛けようかな、と思った瞬間。
ミナトさんがテンカワさんの肩に両手をかけて、・・・ほっぺにキス?

・・・は・・・破廉恥な!
食事とはそもそも神聖なものなんですよ。
「木守り」にしても「収穫祭」にしても、食への感謝抜きには語れないはずです。
それを、何なんですか、あの人たちは。
ここは食事するための場所ですよ。
TPOも弁えないようだから、あんなだらしないにやけ顔になるんです。

「あっれ〜?ルリルリ、来てたんだ。休憩取ろうとしたらいないから、お手洗いでも行ったのかと思って私ちょっと待っちゃったよ」
ミナトさん、大人の余裕ってやつですか?
あんなことは日常のちょっとした出来事に過ぎないんですね。
でも。

「ミナトさん、私も子供じゃありませんから、それが悪いとは言いませんよ。でも、契約書は守らなければいけないと思うんです」
そう、契約書にはちゃんと書いてあります。
『社員間の男女交際は禁止いたしませんが、風紀維持のため、お互いの接触は手を繋ぐ以上の事は禁止とします』
って。
「え?ルリルリ?どうしたの。熱でもあるのかしら」
そうですか。とぼけますか。
別に構いません。私が見なかったことにすればいいだけですから。
ミナトさんはナデシコに乗ったときから何くれとなく面倒を見てくれました。
そりゃ、最初の頃は正直うざいと思ってましたけど。
それでも、これくらいの恩返しはちゃんとしますよ。
私、社会人ですから。



その日のチキンライスは、味なんてわかりませんでした。










いよいよ作戦行動開始です。
視界・磁界ともにコンディションは最悪。
とてもじゃないけど戦闘空域の状況なんて把握できません。

来年、2198年はちょうど11年周期の黒点極大期。
運が悪いよね。昨日太陽爆発が報告されたから、急始型磁気嵐が到着する前に片付けたいんだけど。
あと5時間で終わらせてくださいね、艦長。

チューリップの場所は予め調査されていますが、動く物体の位置トレースは、ナデシコからではとても無理。
仕方ないので先行エステからの情報を基に、戦闘マップをタイムリーに更新していきます。
策敵プローブを出したいとこだけど、防御するだけじゃなくてチューリップを撃破しなきゃならない今は、洋上に浮かべたプローブを追い抜いちゃうから。
ベストな判断。
さすがに連合大首席です。
が。
オモイカネの策敵システムが使えない以上、私は敵機位置捕捉と艦内制御、それから防御システムも把握しなければいけませんから、結構忙しい。
メグミさんと艦長はそれらの分析と指示。
加えて木星蜥蜴ときたら、新兵器まで投入してくれちゃって。
まあ、新兵器のデータ収集と分析はイネスさんが絶対にやってるはずですが。
新情報を独り占めすれば説明の機会が増えますからね。

それでもこんな状況でヤマダさんとリョーコさんはさすがです。
既に敵機動兵器の50%以上を撃墜。
まあ、趣味悪いピンクのエステもいくらか撃ち落してるみたいですけど。
オモイカネと違って頭の悪い無人兵器のことです。
弾幕張れば、中には飛び込んでくるばかもいるでしょうし。

「無人兵器群に発射した後、すぐに充填。タイミングは任せます。エステの回避を忘れないでね」
流氷と岩礁の密集地帯、視界はほぼゼロ、レーダー使用不能、ほとんど人力で戦わなければならないナデシコでは仕方のない判断です。
エステの現在位置を最も早く的確に得られるのは、通信士のメグミさんですが、グラビティブラストの発射操作ができるのはオペレーターの私です。
ここは即断のための状況把握を優先させようとした艦長が、私に発射権限を委譲します。

ブリッジが多忙を極めている間にも、戦況は目まぐるしく変転します。
ヤマダさんが相も変わらず『ゲキガン・なんたら』って叫んでは突撃。
リョーコさんもど突き合いに燃え上がってます。
2人とも闇雲に戦っているわけではなく、ちゃんとナデシコの射線軸上に敵を集めています。
そろそろ、ですか。

「敵無人兵器、60%壊滅。残り40%へのグラビティブラスト、発射」

「えっ?!ちょっと待っ」
メグミさんが叫んで腰を浮かせていますが。

『うおおおおおおっ?!』
『何だっ?!』
ヤマダさんとリョーコさん叫ぶ声が聞こえてきます。
でも、メグミさんはそれを無視?

「アキトさん!アキトさんっ!」

えっ?!

アキトさん?

慌ててみてみると、射線はテンカワ機を表す光点を飲み込んでます。


え?これって・・・
私がテンカワさんを・・・撃った・・・?
そんな・・・















気が付いたら、イネスさんが私を覗き込んでいました。
「気が付いた?ホシノ・ルリ」
まだはっきりしません。
一体どうして・・・。

あっ!

「イネスさん!アキトさんがっ!」
「ちょっと、まだ寝てなきゃだめよ、あなたのナノマシンは繊細なんだから・・・」
「私のナノマシンなんてどうでもいいんですっ!アキトさんがっ!」
「落ち着きなさい」

イネスさん・・・?
アキトさんが心配じゃないんですか?

「ルリちゃん、アキトはどうして身分を偽ってるんだっけ?」

そんなっ、今は「そんな問答やってる場合じゃないですっ!私のせいでアキトさんが・・・」
あ、駄目です。
もう抑えきれません。
胸が熱くなって。
涙が出そう。

「ほら、答えて」
「・・・せ・生体ボソン・・じゃ、ジャンプができるから・・・」
言葉がちゃんと出ない。
「そうね、生体ボソンジャンプができるのよ。まあ、原理がわかってないから、あの子も多用はしないけどね。こんな生死がかかっている瞬間なら仕方ないんじゃない?」

え?

「あ・・・」

私は辛うじて泣くのを堪えてイネスさんを見ます。
視界がぼやけてイネスさんがどんな表情してるのかもわからないけど。

「さすがに緊急だったからイメージがうまくできなかったみたいね。C.C.もなかったから、エステを置き去りにして自分だけ脱出、出たのは海上。救助が早くて助かったわ」
「え?・・・じゃあ・・・」
「今が夏でよかった、ってところね。それでもあの水温だったから、ちょっと危険だったけど」
そう言うと、立ち上がって隣りの研究室のドアを開けます。

そこに立っていたのは。

「アキトさん・・・」

「戦闘の方は艦長と副長があなたの代理をちゃんとこなしてくれたわ。アキトの体も大丈夫よ。ナノマシンに影響は見られないし」
「ごめんね、ルリちゃん。心配させちゃって」
アキトさんが申し訳なさそうに小さく言います。
この人は、ほんとにもう。
どうしてこんな時まで人の心配ばっかり・・・。

「さて、じゃ、私は研究に戻るわよ」
イネスさん・・・ここは医務室で研究室じゃないんですけど。

イネスさんが奥に消えると、私とテンカワさんだけが残されました。
ちょっと居心地わるい。
今更ながら取り乱したのが何だか恥ずかしくなる。
テンカワさんの方を見ないで、黙っていると、

「ルリちゃん。誕生日、おめでとう」
はい?

「今日が12歳の誕生日だよね。昨日ミナトさんから聞いてさ。それで、これ・・・」
テンカワさんがポケットから取り出したのは、小さな箱。
白い包装紙で丁寧に包んで、ピンクのリボンが掛けてあります。

「俺、知らなくてさ。昨日食堂でミナトさんが教えてくれたんだ。それで、セイヤさんから工具とか借りて、ミナトさんに材料貰って。ルリちゃんをびっくりさせるために、こっそりやろうって言われてさ」
「え?じゃあ・・・」
私はそこで言葉を失ってしまいました。
食堂での、あれは。
私がいることに気づいた、ミナトさんの内緒話?
耳に口を寄せれば、ミナトさん側にいた私から見れば・・・。

つまり?

私の見間違い。
単なる勘違い。

ばかだな、私。
途中で言葉を切った私を、続きを待つように見つめるテンカワさんの視線から逃れるようにして、私はきれいに包みを剥がします。

中に入っていたのは、一対のイヤリング。
小さなピンク色の石が大きいのと小さいのと2つずつあしらってあります。

「ルリちゃん、おめかしする服とかアクセサリーとか持ってないってミナトさんから言われて。7月7日の誕生石はローズクオーツなんだって」
照れながらあらぬ方を向いて言います。
私はと言えば。
もう、頭が混乱しちゃって、何が何だか。

「あとね、これは姉さんから」
そう言って取り出したのは、今度は大きめの箱。
目が合うと、テンカワさん、開けてみてって視線で促します。
そっちは一足の靴が入っていました。
深い赤のパンプス。
「後でミナトさんの所にも寄ってってね」
悪戯っぽく笑うテンカワさん。

きっと私、もう真っ赤になってると思います。
こんな時、何て言えばいいんだろう。
やっぱり知識でしかしらない人間って、本番に弱いな。
そんなこと考えながら、初めての言葉を、ほんとに小さく呟きます。

「ありがとう」

ちゃんと聞こえたかな。

それから。
これは聞こえないように。

「私・・・家族になれますか?」










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




14 Happy Birthday

ルリは気づかなかったが。
「オモイカネ。どう?」
《遺漏はありませんよ。ドクター》








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《あとがき》

まあ、2197年ですから。
靴をあげることに抵抗もなくなってるんじゃないかと。

そりゃまあ、言い逃れですけどね。
・・・だって、いろんなSSで「おお!」と思うようなプレゼントって、出尽くしちゃってるんだからしょうがないじゃないかあっ!(開き直り)

 

b83yrの感想

誕生日ネタか・・・私も思いつかない・・
戦争じゃ能力も大切だけどそれ以上に『感情』が重いウェートを占める事がありますからね
『人間らしさ』って、時に一番危険な事も


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