はあ・・・。
無様です。
みっともない、って言った方がいいのかな。
冷静無比な天才少女が、みっともなくも取り乱してしまいました。
どうしてでしょう。
テンカワさんの言葉を聞いたら、心拍数が上がって、発熱したみたいです。

まずいです。

やばいです。

冗談じゃない、って感じです。


ずっと前に出会って。
それから、記録で会い続けて。
このナデシコで再会して。

火星に着くまでは、怪しい人としか思わなかったはずなのに。

火星であの人の「家族」に会った。
やっぱり変な人だったけど、何だかとても暖かい人。
テンカワさんとイネスさんが一緒にいると、こっちまで暖かく感じる。
初めて手を繋いだ時のテンカワさんの手。
あの暖かさみたい。

あの人たちは強いです。
普通で考えたら辛い境遇なのに、力を合わせて生きていこうとしている。
私ときたら。
結局、臆病なんですね。

他人のことなんてどうでもいいっていうのは、ただ逃げてるだけ。
自分に構わないで欲しいっていうのは、閉じこもってるだけ。

強がってはみるんだけど、どこか根っこが欠けてるから最後まで強がり通せない。
折れるくらいなら最初から強がらなきゃいいのに、それもできない。
本当はどこかで期待しているんですね。
欲しくて欲しくて仕方ないのに、与えてくれようとする人が現れると、そっぽ向いて、
『私、そんなんじゃない』

これじゃあ、確かに単なる扱いづらい少女です。
何だかな。暗いですね、私ってば。


ふう。
反省だけなら猿でもできるってどっかで聞いたな。
でも、しないよりマシだと思う。










ようやく落ち着いてきた頭で考えると、テンカワさんの言葉は納得いきません。
何が『可愛い』なんですか。
失礼です。
そう言えば、大概の女性は言いくるめられるとでも思ってるんでしょうか。
だとしたら、救いようのないばかよね。
だいいち、外見を誉められたって仕方ない。
だからなに、で終わり。
見た目なんて自分ではどうしようもないもの。

それに、11歳の少女に何てこと言うんでしょうね、あの人は。
犯罪、ですよね。
11歳じゃなくたって、これって立派なせくはらだと思います。
物理的力を加えなければせくはらにならないと思っているとしたら、相当な時代錯誤です。
それとも、1000年以上前の古典みたいに、私を手懐けて大人になるのを待とうとでも言うんでしょうか。
でも、それって結局は病気です。
学習したとき気持ち悪くなったから、それ以来あの話のタイトル聞くのも嫌です。
テンカワさんが同じこと考えてるとしたら、それはもうおかしいです。
狂ってます。
正気の沙汰とは思えません。
粉飾された空疎な言葉で取り繕って、やってることは性犯罪。

そんなの、私は嫌です。
テンカワさんの言葉は少女に対する挑戦と受け取っていいんでしょうか。
それならそれで、私は断固戦うべきです。
それはもう、徹底抗戦です。


あ。
誰かが来たみたい。
といっても、今のナデシコには私とテンカワさんしかいないんだっけ。

「ルリちゃん、いないの?」
ほら、ね。
インターホンからテンカワさんの声。

「ちょっと待って下さい」
何の用だろ。

「あ、ルリちゃん。ごめんね、休んでた?」
「いえ、平気です。何か用ですか?」
やっぱり素気ない返事を返す私。
でも、テンカワさんは気を悪くした様子もありません。
この人ってば、どこか抜けてるのかな。
「ん。ルリちゃん、最近何食べた?」

・・・は?
突然何を言い出すんでしょう。この人。
私はてっきりさっきの私の態度についてかと思って、用意していたのに。
計画だいなし。

「別に、自動販売機で買ってましたけど」
当たり前よね。
ナデシコ食堂だって、今は臨時休業中。
誰かが残ってるなんて思わないもの。
「そっか。じゃあさ、今日は一緒に食べない?」
・・・え?
「どうしてですか?」
食事なんて、どこで誰と食べたって同じなんだけど。
「うん、俺、ルリちゃんにご馳走しようかと思って」
それはいいんですけど、どうして?
私、何かしたっけな。
訳わからないこと一方的に喋って、勝手に去ってっただけのような気がするんだけど。
それで、どうしてこういう展開になるわけ?
テンカワさんの頭の構造って、どうなってるのかな。

私がそんなことを考えてると、テンカワさん、沈黙は暗黙の了解とばかりに独りで納得して、
「じゃ、夕方迎えに来るよ」
そういって爽やかな笑顔を残して去っていきました。
爽やかであればいいってもんじゃないと思いますよ、テンカワさん。










ま、いいけど。
私たちは小洒落たレストラン・・・にはいません。
いつものナデシコ食堂で、私はぼんやり料理を待っています。


特に断る理由はないし、ジャンクフードにも飽きてきていたので、取り敢えず誘いに乗った私。
要人警護システムは把握してるし、ナデシコの構造も私の方がよく知っていますから、何かあったらすぐに逃げられます。
それらをチェックした上で、夕方を待ってました。
やってきたテンカワさんは、私を見ると、
「あ、着替えてなかったんだ」
そう言えば制服のままだったことに初めて気が付く私。
外食するのにこれじゃあまずいよね。
着替えます、って言おうとしたら、
「普段のままの方がいいもんね、じゃ、行こうか」
そう言ったテンカワさんも、考えてみれば制服のままです。
差し出された手を見えない振りして聞きます。
「どこに行くんですか?」
「ナデシコ食堂だよ」
がっかりした様子もない所からすると、私の先走りすぎでしょうかね。
ま、それならそれでいいとして、なんでナデシコ食堂なんでしょう。
「言ってなかったっけ?俺、コック志望なんだよ?」
そう言えば聞いたような気もします。

「今日は久しぶりに腕によりをかけて作るからさ。ルリちゃん、何かリクエストある?」
厨房のカウンター越しに声を掛けてくるテンカワさん。
赤い戦闘班の制服の上から、どこから持ち出したのかエプロンをかけて張り切ってます。
「別に。何でもいいです。主食以外なら」

実際、ナデシコに来るまではまともな食事をした覚えってあんまりありません。
研究所にいた頃は栄養食品ばかり食べてました。
食堂はありましたけど、研究員だらけなので行くのも嫌だったんです。
ナデシコに来てからも始めのうちは、自動販売機で売ってるジャンクフードばかり食べてたんですが、艦長やミナトさんといったブリッジクルーが、
『行ってみなよ、ルリちゃん。ここの食堂っておいしんだよ!』
『ルリルリ、あんたもっとちゃんとした食事採らないとだめよ。成長期なんだから』
とか言っちゃって、私を半ば強引に食堂へ連れて行くものだから、そのうちに少しはまともな食事を採るようになってきました。
ナデシコは戦艦ですが、民間所属らしいというか何と言うか、レクリエーションルームや大浴場、バーチャルルームにこの食堂など、一般的な戦艦にはあり得ないところがてんこ盛りです。
このナデシコ食堂の料理長はホウメイさん。
他の部署と同じように腕は一流です。
あんまり煩くされないし、ツボを心得た人で、私が困っている時にタイミングよく手助けしてくれる、ここで唯一の良識です。
通ってるうちに私にも好き嫌いができて。
やっぱりどうしても主食には慣れません。
お魚とかは好きなんだけど。
特に、ジャンクフードに慣れすぎたせいか、何の味もない食パンだけ食べるっていうのはもう絶対的に駄目です。

「う〜ん、ご飯やパン、麺類ってことかな・・・でもそれだとたんぱく質が・・・」
何事かを悩みだすテンカワさん。
真剣です。
むしろ戦闘の時よりも。
少しして、考えがまとまったみたい。
「よし、決めた。ルリちゃん、ちょっと待っててね」
そう言い残すと厨房で調理を始めます。
特にやることもないので、ぼんやりとその姿を見ている私。

楽しそう。
ものすっごく。
傍から見ててもはっきりわかるくらい。
真剣に悩んでたことといい、この様子といい、本当に食事に誘っただけみたい。
ちょっと悪いことしちゃったかな。
反省は必要です。次へのステップのためにも。

さすがはコックさん(見習だったらしいけど)だけあって、手際がいいです。
調理補助員が手伝ってる姿も見ていますが、それより手早いんじゃないかな。
鼻歌を歌いながら次々と作り上げていきます。



「お待たせ」
出された料理を見て、私はちょっと顔をしかめる。
子エビのカクテルサラダ、かぼちゃのスープ、いさきでしょうか、白身魚の香草焼き。
この辺りはいいんだけど。
特に香草焼きは好物ですから。

メインがどうしてチキンライスなんでしょうか。
ご飯ものは駄目って言ったのに、聞いてなかったんですか?

「まあ、食べてみて。俺、これだけは自信あるんだ」
にこやかに魚を小皿に取り分けながら、ソースをかけて私の前に置いて言います。
それがこのチキンライスを指すのは明白なんですが。
まあ、折角の好意ですし、頂きましょうか。










「ごちそうさまでした」
2人一緒に声を合わせます。
テンカワさんはとっても嬉しそうな表情で私を見ています。
ちょっと気恥ずかしくなって、それを取り繕うように、
「おいしかったです。チキンライス」
お世辞じゃなく。
本当に美味しかったんです。
ある意味、驚きです。

「そう!よかった。パンが嫌いなのはジャンクフードのせいじゃないかと思ってたんだけどね。麺類はほとんど食べたことないだろ?食わず嫌いだと思うから、本当においしいものをホウメイさんが作ってくれるよ」

確かにその通りですね。
麺類は最初から敬遠してました。
じゃあ、今度頼んでみましょうか。
「でも、じゃあ、ご飯はなんでだろうって。定食で食べてるはずだから喰わず嫌いってこともないだろうし。炒飯やピラフも駄目なんだろ?」
「はい。そうですね」
「それは多分油のせいかなって思うんだけど、白米はきっとおかずばっかり先に食べちゃってから手をつけるから、味がないのが嫌だって感じてるんだと思うよ。今度は一緒に食べてごらんよ」

なるほど、そうですか。
それは・・・言い返せませんね。
「でも、そんなこと教えながら食事するのも何かと思ったからチキンライスにしたんだ」
「どうしてチキンライスなんですか」
「特別な料理だから、かな。油もほとんど感じなかっただろ?特別すぎて、火星でバイトしてた時もそれだけは作らなかったんだ。ルリちゃんが初めてのお客さんだよ」
笑顔で言われると、ますます変な気持ちになっちゃいます。
この人って、本当に善意だけでこんなアクション起こしてるんでしょうか。
それとも、私が人を信用しなさ過ぎるのかな。
「どうして特別なんですか」
少しテンカワさんの表情が翳ったような気がします。
「うん。これね、研究で忙しかった母さんが作ってくれたものなんだ。多分、他にもあったんだろうけど、俺、これが一番好きでね。唯一味を覚えてたもんだからさ」
「そんな大事な料理を私なんかに出して、いいんですか」
こんな無表情で料理の味なんて大してわからない少女に出したって、勿体無いだけな気がするから。

すると、テンカワさんはちょっと怒ったような顔で、
「ルリちゃん」
私も身構えてしまいます。
何だろう。何か悪いこと言ったかな。
「約束してくれないかな。もう二度と『私なんか』って言わないって」
「え?」
「駄目だよ、そんな言葉使っちゃ。・・・ルリちゃん、よく『ばか』って言うよね。いい言葉とは思わないけど、それはルリちゃんもわかって言ってるし、本気でそう思ってるわけじゃないことは毎回微妙に言い方が違うからわかるよ。でもね」
また、真面目な顔してます。
私はじっと次の言葉を待ちます。何だかとても大切なことのような気がするから。
「『私なんか』って言った時のルリちゃん、本気でそう思ってた。昼間もそうだったけど、ルリちゃんは自分のことよくわかってないよ」
「そんなことありません。私、ちゃんとそういう教育も受けてきました」
ちょっとむっとして答えます。
どうしてテンカワさんに私のことがわかるって言うの。

「そう、教育を受けてきたよね。だからルリちゃんは頭いいよ。知識だけで言ったら俺よりずっと沢山持ってると思う。だけど、自分のことや他人のこと、人間って知識だけじゃ理解できないし、その人がどんな人かなんてわからないと思うんだ。それは色んな人に出会って、経験して少しずつわかっていくものだよ。だから、ルリちゃんにそんな言葉は使って欲しくないんだ」
「・・・子供扱いしないで下さい」
「気に障ったらごめんね。でも、俺、ルリちゃんにはルリちゃんの年だからこそ経験できること、いっぱい知って欲しいんだ。ナデシコにだって200人以上の人が乗ってる。皆お茶らけていっつもばかばっかりやってるみたいに見えるけど、少なくともルリちゃんより生きてるから、色んな経験して、本当は心の中で色んなこと考えてる。そういう人たちともっと話して、触れ合っていけばきっとこれまで以上に色んなことが見えてくると思うんだ」
「私にもっと勉強しろって言ってるんですか」
これでもナデシコの誰より多くのことを学んできたと思う。
ただ、言葉に力がないのは、それが知識に過ぎないってことを認めてしまっているから。

テンカワさんは笑って答えます。
「そういうことじゃないよ。人と付き合ってくのにそこまで考えてたら大変だよ。ただ、ルリちゃんが変なところで自信ないように思えたから」
そう、自信なんてない。
大人ぶってるのは、ハリボテの鎧を身に付けているだけに過ぎない。
私が自信持てることと言ったら、経験に基づかない表面的な知識量と、オモイカネとのオペレーションくらい。
わかってはいたんだけど、目をつぶってきた。
だからどうすればいいの、って思ってたから。
誰も、オモイカネすらもどうすればいいかなんて教えてくれない。
だったら誰も気づかないで、私に気づかせないでって祈ってた。

「いっぱい経験すれば、自然と色んなことが見えてくるよ。・・・ルリちゃん、君は誰?」
「はい?」
テンカワさんの意図するところがわからなくて、思わず見返してしまいます。
相変わらず微笑んだまま、もう一度繰り返すテンカワさん。
「ルリちゃんが答えられる範囲でいいよ。ルリちゃんは誰?」
咄嗟に出てきた私の返事。
「私・・・。ホシノ・ルリ。IFS強化体質。自己進化型高度AIのオペレーター・・・」
「違うよ。ルリちゃんはただの11歳の女の子。それだけだよ」

声が出ません。
今、声を出したら何か他のものまで溢れてしまいそうで。

「ルリちゃんはただの女の子なんだから。戦艦のオペレーターなんて副次的なものなんだから。仕事以外ではもっと他のクルーに甘えていいんだよ。皆、ルリちゃんの家族になりたいって思ってるんだから」
『家族』に最も縁遠い私、テンカワさん、イネスさん。
きっとテンカワさんとイネスさんもそうやって本当の家族になっていったんですね。

ずるいです。
経験者に言われちゃったら返す言葉なんてありません。

「家族・・・」
「そう、少なくとも姉さんと俺は、ルリちゃんに全てを話したときからルリちゃんのこと家族だと思ってるよ。だからルリちゃんを守りたい、ルリちゃんのために何かしてあげたい。それはきっと他のクルーだって同じだと思うよ」

どこまでも無防備に優しいテンカワさんの言葉に、ただ頷くことしかできませんでした。
初めて大好きな料理ができた日。
そう、このときからホシノ・ルリは変わっていったのかも知れません。










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




12 "My favorite"

イネスはナデシコに戻った。
新しい家族を守り通すために。









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《あとがき》

そう言えば、アキトが赤い戦闘班の制服着てるのって、想像できないなあ。
って、自分で書いといて何言ってるんだか。

b83yrの感想

確かに、アキトのイメージって何も言われないと黄色アキトだ
こういう、『ルリだって普通の少女なんだ』って所を見せてくれるのが、ルリ×アキトの話の好きな所なんですよね

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