アキトはアスカ本社で報告を終えると、サセボへ戻った。
イネスはヒラヤマと話があるらしく、トウキョウに残った。

ナデシコは整備中のため、クルーのほとんどが休暇を取って自宅に戻るか、遊びに出ている。
「帰ってきてもしょうがなかったかな」
イネスとトウキョウに残っていれば良かったかも知れない。
そう思ったアキトが、帰って来てよかったと思ったのは、居住区でルリを見かけてからだった。

「ルリちゃん」
「あ、テンカワさん。ちょうど良かったです」
「ん?」
ルリはいつもの制服、アキトはジーンズに大き目の紺のシャツという軽装である。
通路で向かい合ったまま、ルリが尋ねる。

「テンカワさん、ブリッジで最初に会ったとき、どうして眉をひそめたりしたんですか」

(しまった・・・)
内心でうめく。
ブリッジでの挨拶の時、ルリを見てすぐにわかったからなのだが、今ルリを覚えていたことを話すのはまずい。
アキトは昨日のイネスとの会話を思い出す。


『いい?ルリちゃんにはまだあなたが気づいていると感ずかせちゃ駄目よ』
『どうして?そりゃ最初はスパイって気づかれちゃまずいから黙ってたけど、もう話してもいいんじゃない?』
『はあ。まったく。火星の地下で話を合わせてきたから少しは賢くなったのかと思ったのに。それに、諜報部で何を教育してもらったのよ。やっぱりアキトはアキトね』
『・・・・・・』
『あなたが13歳の時、遺跡で会ったってことは、何を意味するの?』
『あっ・・・そうか・・・ルリちゃんもジャンパーの可能性が・・・』
『その通りよ。もしかしたら、って推測の域を出ないけど、ほぼ確実でしょうね。ルリちゃんのナノマシンを調べないとはっきりとは言えないけど。だから本人に気づかせてはだめ。記憶が連動すればするほど何かの拍子にジャンプする確率が高くなるんだから。何も知らなければ、彼女は普通の女の子のまま過ごせるかも知れないわ』
『わかったよ、姉さん』


頭を掻きながらルリの視線を外し、何とか言い訳を考える。

「あ・・・それは、その・・えっと・・・」
(やばい・・・適当な理由が思い浮かばない・・・)
ルリのことだから、「さあ、何のこと?」とすっとぼけてみても、証拠映像やら表情と筋肉、神経と心理の関係の説明くらいしそうだ。
「あのう・・・」
ルリの表情が強張っていくのがわかる。
「どうしても言わなきゃだめ?」
「どうしても言いたくなければいいですけど。オモイカネ、テンカワさんの部屋・・・」
「うっ・・・わかったよ・・・」
うな垂れるアキト。
(あ、そうか。別に無理に考え出す必要ないじゃん)
心中で万歳する。
が。
こんなことを言っていいのだろうか、と思い悩む。
病気ではないかと疑われる可能性もある。
それでも事実は事実なのだから仕方がない。
そう諦めはするのだが、やはりルリの目をまっすぐに見れない。

しばし百面相をしながら悩んだ後、ようやく口を開く。
「そのう・・・ルリちゃんがあんまりきれいだったもんだから一瞬呆然としちゃって・・・」
「はい?」
「いや、だから、こんな可愛い子が乗ってるなんてって・・・」
「可愛い?誰のことですか?」
「う〜ん、ルリちゃんあんまり自分を意識したことないだろう」
ルリが考え込むような顔つきになる。
「ルリちゃんってね、一般的な女の子で考えても目を引くほど可愛いんだよ?で、まあ可愛いとかは別としても、そんな子を戦艦に乗せるネルガルって何なんだよ、って思ったから」
最初に見たとき、一瞬空白の時間が生まれたのは、その通り。

あとは。
同情。
そうかも知れない。

アキトは思う。
でも、単なる同情ではない。
偶然かも知れないが、遺跡で唯一出会った少女なのだから、思い入れも違う。
同情だけで終わらなかったと思う。
それからアキトが思ったのは。
守ってあげなくちゃいけない、ということ。
アキトが過去に出会った人々は、もういない。
生きていればイネスが唯一、過去のアキトを知る人間だ。
全くの赤の他人とは思えない。
その子が、死ぬ可能性が最も高い任務で火星へ向かう戦艦にいる。
だから、自分が守ってやらねば、そう思った。

すぐに遺跡で会った少女だとわかって眉をひそめてしまったのだから、直接の理由にはならないのだが、どうやら誤魔化せたらしい。

しかし、それを確認しようとルリに視線を流すと、ルリは赤くなって俯いている。
「?・・・ルリちゃん?」
「な、何でしょう、テンカワさん」
「いや、何でしょうって言われても・・・」
アキトは困惑する。
こんな子だったっけ?と思って、しげしげと目の前の、今までのルリと似ても似つかない表情をしている少女を眺める。

しばらく俯いていたルリは急に顔を上げると、焦点の定まらない目をしてまくしたてる。
「そ、それならいいんですよ。ええ、まったく問題ありませんから。まあ、テンカワさんにそういう趣味があったことは皆さんには内緒に・・・」
とんでもない台詞を言うルリを慌てて遮るアキト。
「ちょ、ちょっと、ルリちゃん!そういう趣味って、俺は単に一般的な見解をだね・・・」
ルリはまるで聞いていない。
アキトがそこにいることすら忘れているかのようだ。

「ああ、そうそう、イネスさんにも勿論内緒ですよね。そうですね。テンカワさん、そんなに慌てなくても大丈夫ですよ。私、こう見えても少女漫画とかで結構勉強したんですから。こんなシーンも見慣れてます。ええ、大丈夫なんです。それで、何の話でしたっけ?あ、テンカワさんがどうして眉をひそめたりしたのかっていう話でしたね。すみません、ちょっと話が飛んじゃって。でも、話が飛んでしまったのはテンカワさんが悪いんですよ。そんな病気だとは知りませんでしたから。あ、私、ネルガル付属病院を紹介できますけど、あそこ精神科もありますから。よろしかったら・・・って、また話がそれていますね。ちゃんと戻さなくてはいけません。それで、そのことはもういいんです。問題ありません。問題はテンカワさんご自身にあるようですから、やはりここはお独りで、いえ、イネスさんが心理学の博士号を持っているんですから、イネスさんに先ずは相談してみるべきでしょう。ええ、それがいいです。と言うわけで、私は失礼しますね」

マシンガンのように一方的に話し終わると、ルリは通路を自室へと向かった。
後には唖然として見送るアキトの姿があった。










「やれやれ・・・」
どうやらルリには妙なところで誤解されたままのようだが、それを言いふらすようなこともしないだろう。
そう考えて、落ち着くまでは放って置こうと決めたアキトは部屋に戻っていた。

静かな艦内の、静かな部屋で目を閉じると、色々な考えが頭を巡る。

イネスのこと。
『プロスさんが残って欲しいみたいだから、まあ、気が向いたら戻るわ』
そう言っていたが、ルリのナノマシン検査のこともある。
明日にでも連絡を入れて、ナデシコに乗ってもらった方がいいだろう。

ナデシコクルーのこと。
ちゃらんぽらんな所はあるが、さすがに腕は一流だ。
このままナデシコで戦っても、シャクヤクやカキツバタと互角か、それ以上の戦果を挙げられるだろう。
彼らを騙すのは気が引けるが、ボソンジャンプのことを知らせるわけにはいかない。
アキト自身、このナデシコが気に入っている。
このまま彼らと一緒に戦って、戦争を終わらせられればいい。

戦争のこと。
戦争を終わらせる。
最も望ましいのは、和平。
でも、それは同じ人間同士で初めて可能になる選択肢だ。
正体不明の無人兵器を相手にできることではない。
ならば、今自分にできることは一つ。
大事なものを守ることだけだ。
火星での悲劇を繰り返させないために。

(火星、か・・・)
アキトの脳裏に浮かぶのは、火星で助けられなかった人たち。
自分の腕が届かなかった少年。
そして。
(あれは、一体何だったんだろう・・・)
自分がとりわけそういったことに敏感であるとは思わないが、擬視感は普通に生活している中でも多くはないが、偶にはあった。
だから、それほど気にしていなかったが。
(夢にも出てくるあの子。何の意味があるんだろうか)
少年を救えなかった時に出てきたこと。
それが関係するのだろうか。

アキトは頭を大きく振ると、今までの考えを吹き飛ばす。
今、そのことを思い悩んでも、答えは出ない。
自分が今できることを、やればいい。

人はその時、そのポジションで全力を尽くすことが一番大事だ、とアキトは思う。
イネスやルリ、ナデシコのクルー、地球の人たち、火星の生存者。
これら全てをたった独りで守ることなどできやしない。
けれども、自分の周りにいる人たちを守ることはアキトでもできる。
これはアキトの決意。

それから。
ルリのこと。

本当に最初は同情だった。
けれど、生い立ちを聞くに従って、それは変わっていった。
初めて遺跡で会った時にも、言葉も表情も少ない子だとは思った。
それは実験体だったから。
でも、感情がないわけじゃないし、人形でもない。
彼女は人間だ。
火星でイネスの話に興味を持ったときの瞳の輝き、さっきの動揺、全て彼女が人間であることの証明。
クルーは単に扱い難い子だとしか思っていないが、ミナトはちゃんとルリの本質を見抜いている。
イネスが乗れば、イネスも彼女の情操を掘り起こしてくれるだろう。
11歳まで人間らしい扱いを受けてこなかった少女。
アキトが唯一遺跡で出会えた少女。
ジャンパーの可能性を持つ少女。
宇宙港地下シェルターでの悲劇。
もう、あんな悲劇は繰り返さない。
どんなことがあっても守ってみせる。


アキトは、何故ルリをこんなにも守りたいと切望しているのか、その原因に自分では気づいていない。


しばらく考えに耽っていたアキトが、不意にがばっと跳ね起きる。
「そう言えば、ルリちゃん・・・誰もいないナデシコでどうやって生活してるんだ?」

そう呟いた彼は、何事かを案じて、制服に着替えると部屋を出て行った。










「で?お話とは?」
アスカ・コーポレーション本社。
アスカ・インダストリーやテクノロジーなどの本社機能も入居している巨大なビルの一室で、会長室内務部調査課課長ヒラヤマとイネスは向かい合っていた。
「まずは改めて御礼を言わせて頂くわ。アキトを見守ってくれてありがとう」
「いや、礼を言われるようなことは・・・」
そわそわしながらヒラヤマが言う。
「いえ、あなたは契約以上のことをしてくれたわ。復讐に燃えて戦闘に命をかけてもおかしくなかったのに、以前と変わらない、他人のことばかり気にかける優しいアキトのままだった」
イネスが柔らかく微笑む。
「いや、それはまあ・・・テンカワを木星蜥蜴への復讐鬼にしても貴女が喜ぶとは思えなかったからな・・・」
その世界では最高と称えられる、アスカの諜報部員を束ねる課長にしては人間臭さを見せるヒラヤマ。
その様子を黙って見ていたイネスが口を開く。
「ここからが本題なんだけど・・・」
空気が変わる。
それを感じてヒラヤマも表情を戻す。

「ここまでは私の予想通り事が運ばれたわ。火星への木星蜥蜴の攻撃、ナデシコ級戦艦の建造、ネルガルと連合軍の和解と協調、そして火星の奪還」
「ナデシコは地球へ戻り、地球・月面の掃討戦を行うことも、ですかな」
どうして知っているのか。
最初に会った時にも聞いてみたのだが、何も教えてもらえなかった。
アキトと再会を果たした今なら、とも思うが、恐らくそれでもイネスは話さないだろう。

「ええ、その通りよ。問題はこれから。木星蜥蜴の目的は恐らく火星遺跡の奪取。けれど、正体までは私にもわからない。そしてチューリップはボソンジャンプの出入り口。木星蜥蜴はこのボソンジャンプを完全なものにしようとしていると思われるわ」
ヒラヤマが大きく息を吐く。
「ボソンジャンプ、か。実際凄いものだな。この目で見るまでは信じられなかったが・・・」
身を乗り出して、真顔でイネスに問う。
「だが、いいんですか?俺にこんなことを話してしまって。アスカが技術を独占しようと企めば・・・」
「それはないわね」
ぴしゃりとイネスが言い切る。
拍子抜けしたように目を見開くヒラヤマ。
「ボソンジャンプのことをここまで知っているのは私と、亡くなったテンカワ夫妻、それからアキトとルリちゃん、それにあなた。この中で口外する可能性のある人間はいないわ」
「随分買い被られているな。どうして俺がアスカに報告しないと?」
「アキトのIFSよ」
短く答えるイネスに、ヒラヤマは全てを見透かされているような気がして苦笑する。

「あなたがアスカの企業利益を追い求めるだけの人間だったら、アキトのIFSが他人と違うことに気づいた時に、上に報告して極秘にでも研究しているはずよ。でもアキトのIFSが弄られた痕跡は皆無だった」
「ははは、全てお見通し、ですか。貴女には勝てないな」
「それでもあなたがボソンジャンプを口外しようとしたら、その時は私があなたを殺すもの」
にこやかにぶっそうなことを言うイネス。
「それほどまでに隠すべき技術」
「そうね。あなたにもわかっているでしょう。あれの軍事利用がどんな事態を引き起こすか」
「そうだな。当然、テンカワもあらゆる組織に狙われ、生きてはいられまい・・・」
考えながらソファにもたれ、深々と体を沈める。
「私はアキトを守るためなら手段を選ばないわ。あの子はたった独りの、血は繋がっていないけれど、私の大事な弟だから。あの子が生き延びられるなら、私の命なんてくれてやるわ」
「確かに、貴女の命と引き換えというくらいなら、誰も手出しできないでしょうな。俺にも無理そうだ」
両手を挙げて、お手上げのジェスチャーをする。
「しかし・・・テンカワめ・・・羨ましい奴だ・・・」
小さく呟いたヒラヤマの声は、イネスにははっきりと聞き取れなかった。
「何?」
「いや、何でも。それで、本題はまだでしょう」

イネスは資料を取り出して、ヒラヤマの目の前に広げる。
「これは・・・テンカワに渡したものと同じやつですか・・・」
資料の数値に目を落としたまま、ヒラヤマが尋ねる。
「そう。万が一のことを考えてお願いしたんだけど、ユートピア・コロニーで使っちゃったわ」
「え?」
「エステをジャンプさせたのよ」
狐につままれたようなヒラヤマに、説明する。
「専門的な話は省くわね。遺跡やチューリップを組成する物質、C.C(チューリップ・クリスタル)と呼ばれるものだけど、アキト以外でもこれを媒体にすればジャンプが可能。無論、チューリップのような大掛かりな装置も必要ないわ」
驚いて顔を上げるヒラヤマ。
「但し、誰でもと言う訳ではないわ。それに、どこに飛ばされるのかもわからない。できるという事実とそれらの原理の解明は別のこと。だから、今のままでの軍事利用は無理ね」
「ああ、いや、そんな訳ではないのだが・・・」
勘違いされたと思ったのか、ヒラヤマが慌てて表情を崩す。
そんなヒラヤマを無視して、先を急ぐ。
「ネルガルや連合軍だってバカじゃないから、チューリップの解明は進めているでしょう。このままでは早晩、人体以外のボソンジャンプなら可能になってしまうかもしれない。いえ、木星蜥蜴は実際にそれを行っているわ」
「待てよ・・・あなたの言い方からすると、木星蜥蜴も実は裏に人間、いや、生命体がいる可能性が高いわけか」
ヒラヤマが思い当たって、声を大きくする。
「そうね。奴らが遺跡を狙ってくるのは、遺跡の技術が欲しいから以外にないわ。もし、生体ボソンジャンプに成功しているのなら、今更遺跡を執拗に狙う必要はないし、生命体がいないのなら、ボソンジャンプ自体には成功しているのだから、遺跡を狙う地球人を妨害しているということになる」
「が、地球人がボソンジャンプの技術を手に入れたとしても例えば別次元の宇宙であるならば、こちらから仕掛けない限り安全なはず・・・なのに、敢えて攻撃を向こうから仕掛けてきたということは・・・こちらが技術を手にすれば必ず相見える可能性が高いということ・・・」
「ヒューマニズム、おかしな話だけど木星蜥蜴は人間を直接は襲わない、いえ、襲わなくなった」
「・・・無人兵器そのものに人道主義はあるはずがない・・・それに・・・襲わなくなったのは技術の進歩・・・」
「それも、遺跡の」
「チューリップが木星から飛ばされて来たのは、事実・・・」
「遺跡を狙う目的は何?」
「・・・ボソンジャンプ・・・古代技術・・・」
「彼らには出口が必要。チューリップという」
「生体・・・?いや、無人だからこそ・・・だが、テンカワなら・・・」
「彼らの頼る技術は私たちと同じ。先史火星遺跡」
「遺跡の確保・・・ヒューマニズム・・・無人・・・ボソンジャンプの出口・・・テンカワの単独ジャンプ・・・」
しばらく考え込んでいたヒラヤマが、
「すると・・・」
ちらり、と不安げにイネスを覗う。

「そう、木星蜥蜴の正体は、恐らく人間・・・」










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




11 A momentary rest and a little changes…Akito

青年は少しずつ、己の意思を固めていく。












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《あとがき》

今までのは、あとがきって言えるのだろうか。
うーむ・・・。
さて、ようやく10話の峠を越え、11話目。
まあ折角地球に戻ったんだし、色んなところに行ってもらいますか。

・・・それ以前に、ルリの言ってることって理不尽だよなあ・・・アキト、抵抗しろよ・・・。


 

b83yrの感想

今までの後書きはショートコントだと思ってました(笑)

本編の方は、イネスさん命かけてるな
ルリへのアキトの態度は・・・まあ、あんなものでしょう(苦笑)

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