「ど、どうしたの?ルリちゃん・・・」
急に涙を流し始めたルリに慌てるアキト。

「え?私・・・どうかしてますか?」
「どうかしてるって・・・何で泣いてるの?」
自分が泣いてることを認識できなかったルリは驚く。
「・・・わかりません」
ついぞ使わない言葉を呟く。

(まだ、わからないわね。でも、そのうちわかるようになるわ・・・近いうちにね)
イネスは思う。
ネルガルでマシンチャイルドに関する研究報告を読んだ時は、やはりこんなやり方では欠陥品しか生まれないと思ったが、さほど気にしなかった。
今、目の前にその少女がいる。
感情を失ったわけではない。
感情表現が失われているだけだ。
時間は必要かも知れないが、そのうちに普通の女の子になっていくだろう。
そのことは確信しているイネスだった。





「落ち着いた?ルリちゃん」
「はい・・・・・すみませんでした」
消え入るような声で答える、ルリ。
そのルリに、アキトは、
「ルリちゃん、そこは謝るところじゃないよ。泣きたい時に泣くのは恥ずかしいことでも、悪いことでもないんだから」
「はい」
素直に答える自分が驚きだった。

「これからどうするんですか?」
自分にも聞く権利がある、と言われたことを思い出し、今後の彼らの方針は自分にも関係あるのではないかと思うルリ。
「私はネルガルに戻るわ」
「え?」
「姉さん?」
驚く2人を無視して先を続けるイネス。
「さっきも言ったけど、ネルガルからデータを全部取り返すまでは、ね。私にとってはテンカワ夫妻の形見みたいなものだから」
「実用化されていない情報もあるということですね」
「ご名答。ま、当然だけど。テンカワ夫妻は掛け値なしの天才よ。ネルガルのボンクラ科学者たちでは実用化まで後2、3年はかかるでしょうね」
「でも、姉さんが携わって、ナデシコは出航まで8年かかってるんだよな・・・」
アキトは聞こえないように呟いたつもりだったが、イネスの目が光る。
「アキト、その辺の事情をたっぷり『説明』してあげましょうか?」
こめかみを震わせながら、背後から怪しげな装置を取り出す。
「い、いえっ!すみませんっ!!」
引き攣った表情で固まるアキト。

「でも、それではこの戦争に勝てません」
ルリが助け舟を出す。
「そこが大事ね。さて、私はデータをどうするでしょう。

@抱き枕にして一緒に寝る
Aアキト専用お仕置き道具に使う
Bアスカに売り飛ばす

三択よ。アキトでも当る可能性があるわね」

「アキトでも、って・・・」
「Bばん」

「半分正解。答えは、『全ての企業に公開する』よ」
「え?」
「なるほど。そういうことですか」
驚くアキトと、納得するルリ。
「どうやらわかったのはルリちゃんだけね」
「え?どういうこと?」
「よし、ではせ・・・」
「説明します」
イネスの語尾を喰ってルリが話す。
どうやら、イネスの習性を掴んできたようだ。
恨めしそうな顔つきのイネスを気にする風もなく、アキトに『説明』する。

「これほどのオーバーテクノロジーですから、1社が独占するのは危険すぎます。とは言え、木星蜥蜴も同じような技術を用いてますから使わなければ地球は侵略されて、はいおしまい、です。ですから、公開して抑止力とする訳です。もちろん、それはあまりに危険な、例えばボソンジャンプなどは除いて、の話ですが」
「ホシノ・ルリ。まだまだ甘いわね」
「え?」
「ボソンジャンプも公開するわよ」

「ええっ?!」
多分、生まれて初めてだろう。
これほど大きな声で驚くのは。
アキトはそんなルリに呑まれて、呆然としている。
(さすがのルリちゃんも、姉さんには敵わないのか・・・まさに無敵の説明おばさん・・・)
「アキト」
「ひゃいっ!」
「あんた、今何か失礼なこと考えなかった?」
「ひ、ひえ、べつに・・・」
「それより、どうしてボソンジャンプまで公開するんですか」

「ふふふ。条件がついてなかったわね。ボソンジャンプは未解明な部分が多すぎる。もしかしたらアキト以外の人間でもできるかも知れないわ。その時ジャンプできる人間、ジャンパーとでも呼べばいいのかしら、彼らは各企業や軍、テロリストたちの標的になるわね。実験台としての。アキトだって、どこでばれるかわからないわ。だからこれも解明を進めて、万一、誰かが手にしたら一斉に全情報を公開する」
「絶対に秘密を秘密のままにさせないため・・・」
「そうよ。絶大な力を独占させてはならない。・・・小父さまたちも許してくれるわ・・・」
寂しげに呟く。
彼らが命を賭けて守った秘密だ。
できればこのまま明るみに出さず、葬ってやりたい。
けれど、そっとしておくことができないだろうということは既にわかっている。
イネスは葛藤していた。

「そうだね、姉さん。父さんたちは科学者だから、その父さんたちの考えを最もよく受け継いでるのは俺なんかじゃない、姉さんなんだから」

「ありがとう、アキト」

「イネスさん」
不意にルリがイネスへ水を向ける。
「なに?」
「私は、どう関係があるんですか?」
「それは・・・時が来たら話すわ」
ルリは完全に納得はしなかった。
が、イネスの表情から、これ以上の詮索は無意味だと考え、追求を断念する。
黙り込んだ2人に、アキトが話しかける。
「ところで、これからはどうするんだ?」

「取り敢えずナデシコへ行きましょうか?探し回ってるんじゃない?」










「あの・・・テンカワさん」
「何?ルリちゃん」
「ごめんなさい。疑ったりして」
「え?いや、そんなことはいいよ。気にしてないから」
「でも、テンカワさん」
「ん?」
「もうちょっと部屋、片付けた方がいいですよ」
「へ?もしかして、俺の部屋・・・」
「はい。怪しかったので監視してました。さっきプロテクトかけましたけど」
「・・・・・・・・・はあ」










ナデシコは久しぶりの活気に湧いていた。
生存者発見の報告もなく、その上テンカワ機が、続いて出て行ったルリの探索車までもが連絡を断ち、心配していた矢先に、2人から生存者発見の報告があったのだ。

生存者は133名。
代表としてネルガル火星開発部所属のイネス・フレサンジュ博士がナデシコにやって来た。

「あなたは!」
プロスが絶句する。
「お久しぶりね、プロスペクターさん」
「覚えて頂いていて光栄ですよ、ドクター。あなたが生きてらっしゃったとは、それだけで他のどんな資源やデータにも勝りますから」
「ほえ〜?そんなに凄い人なんですかあ?」
ユリカが間の抜けた声で聞く。
「この方を知らない科学者はいませんよ、艦長。15歳で連合理工大学、18で大学院を出て応用物理学、航空宇宙工学、心理学、医学、生化学、その他合計8つの博士号をお持ちの天才ですから」
「ひええ〜」
ユリカ、ジュン、メグミが驚きの声を上げる。
「そしてこのナデシコの設計者でもあります」


アキトとルリはこっそりと話し合う。
「・・・単なる説明おばさんでもありますよね」
「・・・そうだね」

そんなルリを不思議そうに見つめるミナト。

「で、この人数はナデシコに収容しきれないわね」
イネスが言うと、
「後3日ほどで、シャクヤク、カキツバタ、コスモスが到着する。連合軍の艦隊も5日後には火星宙域に入る」
ゴートが答える。
「そう。じゃあ、戦争になるわね」
「そうですなあ。連合軍の艦隊は刺激してしまうでしょうなあ」
「その前に脱出できないの?」
「はあ。分散すれば我が社のナデシコ級艦隊に収容できます」
「なら、戦闘が終わるまではそうして頂戴。それが一番安全なんじゃなくて?」
「そうですな。艦長、よろしいですかな?」
「はい、もちろんです。メグミさん、至急艦隊に連絡を。イネスさんはどうします?」
ユリカの問いは当然ながらイネスに向けられたものだが、横から答えたのはプロスだった。
「ドクターはこのナデシコにいていただくというのはいかがでしょう。医療班の手も足りませんし」
「ふふ。変わらないわね、プロスペクターさん。切り札は最後まで取っておくものだしね」
「いえいえ、私は決してそんなつもりでは・・・」
「いいわよ。私はナデシコに残るわ。どうせ戦闘前には火星を脱出するんでしょう」
「はい。ナデシコは一足先に地球へ戻ります。ナデシコに与えられた指令はスキャパレリ・プロジェクト遂行のための先行偵察をせよ、ですからね」
「艦長、あなたも中々なものね」
「ふふっ。命令を素早く完遂して帰還、報告。基本ですから」

「・・・あの、ルリちゃん、聞いていいかな」
「何ですか」
「どういうことかな」
「つまりですね、大規模な戦闘に巻き込まれる前にさっさと逃げましょう。そういうことです。先行偵察せよ、を先行偵察だけせよ、にすりかえちゃおうってことですね」
「へー。艦長って頭いいんだな」
「テンカワさん・・・本当に諜報部員なんですか」










「あのさ、姉さん」
「なに?」
ブリッジでの話し合いも終わり、生存者救出の目途がついたところで、アキトは気になっていたことを切り出した。
「夢って、覚えてないのが普通?」
現状と無関係な質問に、さすがのイネスも戸惑う。
「何の話?」
我ながら唐突で変な質問だとは思うが、ここで聞いておかないときっかけがない。
そう思ったアキトは、頭を掻きながら、
「うん、いや、地球にいた時は見なかったんだけどさ、火星に住んでた時と、それから今火星に戻ってきてからよく夢見るんだよね。どんな夢か、って言われても全く覚えてないんだけどさ」
イネスはじっとアキトの眼を見つめる。
こげ茶色の瞳の奥を覗き込むような視線に、アキトは途端に居心地の悪さを感じる。
(やっぱ、変かなあ・・・)
が、イネスもまた、無関係なことを切り出した。
「アキト、やっぱりナノマシン式にする?」
「へ?」
何のことかわからず、間の抜けた返事を返す。
「眼よ」
「え、ああ、いや・・・だって危ないんだろ?」
「ま、そうね」
「ならいいよ、このままで」
「そう。・・・で、夢なんて気にする必要ないわ。覚えているかどうかなんてね」
突然話を戻す。
イネスらしくない話題の飛び方に、アキトは動揺しつつ原因を考える。
迎えに来るまで説明できなかったフラストレーションが溜まっているのか、と。
そんなアキトをよそに、イネスは続ける。
「それよりも、火星でしか見ないてことの方が重要なんじゃないかしら?もしかしたらナノマシンが関係しているのかも知れないし・・・どんな夢なの、・・・って覚えてないのよね」
「うん」
アキトは済まなそうに答える。
別段、アキトのせいではないのだが。
「なら、今はどうにもならないわね。まあ、その内研究してみましょう」
イネスの『研究』に、言い知れぬ不安を覚えるアキト。
「あ、アキト、後でルリちゃんに医務室に来るように言ってくれないかしら?勤務が終わってからでいいから」
さっさと医務室に向かったイネスの後ろ姿を見送りながら、アキトはまだ不安と戦っていた。
「どうして『調べる』って言わないんだ?」










医務室の荷が片付いた後、イネスはルリを呼び出した。
「何の用ですか、イネスさん」
「まあ、座ったら?お茶でも淹れるわ」
イネスはそう言うとルリを残して奥の自室に消えた。

しばらくして、事務用のデスクに2つの湯呑が置かれる。
「お待たせ。テーブルがないからここに置くわね」
(確か、お茶っていってたような気がしますが・・・)
ルリの前に置かれたのは、ホットミルクだった。
いぶかしげな視線に気づいたのか、
「あなたはこっちの方がいいんじゃなくて?」
「はい、それは。で、用件は」
「あなたに少しアキトのことを知っておいて貰いたいと思ってね」
「どうして私が、テンカワさんのことを聞いておかなければならないんですか?」
「疑いは晴れたようだけど、まだ完全に信用しきれていないでしょう」
「そんなことはありませんよ。・・・まだ隠していることがあるなら、別ですが」
(7年前のことかな・・・)

ルリの思いとは別に、話し始める。
「あなたのことだから多分、アキトが孤児院に入れられた、って事実しか確認してないんじゃないかしら?」
「はい、事実確認ができれば十分ですから」
あくまでも無表情を崩さずに返す。
「アキトは、何かが欲しいって言ったことはなかったわ。普通の子供の暮らしも、欲しいものも、家族も、どんなに頑張っても手に入らなかった。どうにもできないなら最初から望まない方がいい、そう思ったんでしょう。そんなあの子がたった一つだけ手に入れたものが、コックになるという夢。でも、本当に望んでいるのは、家族」
「そんな話が私にどう関係すると・・・」
イネスの意図がよくわからない。
アキトの過去は、疑いが晴れた時点で、それほど問題ではない。
問題はこれからのことの方だ。

だから尋ねたのだが、イネスはそれには明確に答えなかった。
「あなたがどう思っているか知らないけど、アキトはあなたのことを大切に思っているわ。お互いに家族のないもの同士、だしね」
抗議しようと、口を開きかけたルリを手で制して、
「同情なんかじゃないわよ。もっと大事な問題。それはいずれアキトから聞くこともあるかも知れないけど。あなたにはそんな気持ちは迷惑かしら?」
「別に。仕事に支障が出なければ関係ありません」
軽く溜息をつくイネス。安堵なのか、悲嘆なのかは判断できないが。
「あなたらしいわね。ま、もし問題ないようだったら、少しあの子につきあってやって欲しいと思ってね」
いまいちよくイネスの言う内容がわからないルリは、返事もせずにじっと見返す。
けれど、イネスの表情からは、言ったこと以上の内容は読み取れない。
ルリ以上の辛酸を嘗めてきたイネスの、心中を読み取れるはずもない。
詮索の無意味さを悟って、仕方なくルリは同意する。
「わかりました。特に問題はないようですし」

(そのうち、か。大丈夫よ、あなたは変れるわ・・・)
イネスの言葉は胸のうちにしまいこまれた。










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




09 Survivors are discovered.

3日後、火星の生存者を守るために乗艦させたシャクヤク・カキツバタ・コスモス。
ナデシコは地球への帰途についた。










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《あとがき》

「どうしてこんなことに・・・」
「さ、行きましょう。ユリカさんの許へ」
「は、ハーリー、助け・・・」



b83yrの感想

いや、ハーリーに助けを求めても(苦笑)

なんか、こういうユリカって良いです
ルリも普通の女の子になって欲しいですよね、本当に

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