「先ずは再会を祝しましょう」
そう言ってイネスさんがカップを目線まで上げる。
「コーヒーだけどね」
子供みたいに悪戯っぽく笑う人です。
テンカワさんも、安心したのか頬を緩めてます。
こんなに無防備に笑うテンカワさんを、初めて見たような気がします。
でも。

「それより、どういうことなんですか?」
出されたコーヒーには手をつけていません。
私、少女ですから。
「ふう。報告通りなのね、ホシノ・ルリ。焦り過ぎると見えるはずのものも見えなくなるわよ」
「私の生き方です。それでも満足ですから」
テンカワさん、おろおろと私とイネスさんを交互に見つめるだけ。

「いいわ。では、アキトの話から始めた方が良さそうね。気づいていたんでしょう」
「はい」
「へ?」
間抜けな声ですね。
「相変わらずバカね、アキト。この子がどうして独りであなたの後を追ってきたか、考えればわかるじゃない」
「あ・・・」
言葉の内容と表情がまるで違います。
やはり、本当の姉弟なんでしょうか。
親が離婚したから姓が変わったとか、どっちかが養子に出されたとか。
違いますね。顔が全く似てませんから。
それに、姓だけじゃなく、『アキト』『イネス』では、ね。

テンカワさんの話を聞いて、さすがに私も驚いてしまいました。
もっとも、その後のイネスさんの話の方がもっと強烈でしたけど。










「俺、攻撃があった後、宇宙港のシェルターに行ったんだ・・・」
アキトが話し始める。
「でも、そこにもバッタが押し寄せてきて・・・もう駄目だと思った瞬間、姉さんに言われたこと思い出してさ。あの写真の場所、思い浮かべたんだ」
「写真の場所?」
ルリの問いにイネスが答える。
「日本のサセボ。そこにある公園の写真よ」

「で、そこで運良くサイゾウさんって言う定食屋の主人に拾われて、料理の修業しながら姉さんの行方を探してた。
そしたら半年くらい経って、アスカの人が来たんだ。姉さんが俺のこと頼んだ、ヒラヤマ課長だよ」
「約束は守ってくれたようね」
「そこで姉さんとの話を聞いて、俺、姉さんは生きてるって確信した。だからその後ハカタの研修所で諜報員の訓練して、火星に行ける日を待ったんだ。姉さんを探すために。
1年半かかったけど、ネルガルのスキャパレリ・プロジェクトが始まる情報を掴んだから、俺はナデシコに乗ることになった」
「ちょっと待って下さい」
ルリが止める。
「どうしていきなり地球に現れたんですか?」
「それは・・・」
戸惑うような表情のアキトに変わって、イネスが答える。
「後で私から話すわ。アキト、続けて」

「アスカの諜報部はネルガルより優秀だからね。自分で言うのも何だけど。で、スキャパレリ・プロジェクト内で一番早く火星に着くのがナデシコだったから、ナデシコにしたんだ。
と言うより、姉さんがアスカに渡したデータだけじゃナデシコ級作れなくって。さすがに重工部門の技術データはガードが堅くてね。で、手っ取り早くナデシコに乗っちゃえってとこなんだけどさ。
後はネルガルの情報部のデータ弄くって俺をスカウトしてもらえるように細工した。ただ、課長が2日後にはスカウトが来るって言った時はさすがに焦ったけどね」
そう言って笑う。
「で、一日で自分の背景叩き込んで、ナデシコに乗った。最初はこんなクルーで火星まで無事に行けるか不安だったけど、何か馴染んじゃって。まさかルリちゃんに・・・」
そう言ってルリへ目を向けるアキト。
心なしか赤く頬を染めるルリ。
(もしかして、あそこで会ってたこと、覚えていたのかな・・・)
そう思ったが、アキトは、
「疑われてるとは思わなかったけどね。だから冷たかったんだ、ルリちゃん」
期待を裏切られて僅かに表情を堅くするルリに、イネスは気づいたのかそっと微笑む。
(結局、覚えてなかったんだ・・・ばか)

急にむくれたようになるルリに慌てるアキト。
「い、いや、ルリちゃんの能力を侮ってるわけじゃないよ」
「ふふふ、アキト、そんなことで怒ってる訳じゃないわよ。ねえ、ルリちゃん」
そう言って微笑みを向けるイネスにまで赤くなるルリ。
「そ、それより、イネスさんの説明を・・・」
「うわあっ!駄目だ!ルリちゃんっ!」
「?!」
急に大声で叫ぶアキトをきょとんとした目で見る。
「その言葉は使っちゃいけ・・・うげっ!」
絶句したまま虚空を見つめるようなアキトの視線を追ったルリも、言葉を失う。

「い、一体、どこからそんなものを・・・」

イネスの背後には何時の間にか用意されたホワイトボードが、でん、と構えている。
「あら、基本よ」
そう言うと、書かれた年表を指す。
「さて、ルリちゃんは大丈夫としても、アキトは頭悪いから整理して『説明』してあげるわ。

2169年、イネス・フレサンジュ地球のフランスで生まれる。
2173年、第12期殖民団としてフレサンジュ家、テンカワ家が火星に移住。
2175年、テンカワ博士が極冠遺跡の解明チームを結成し、ネルガルの資金で研究開始。
2178年、テンカワ・アキトが誕生。
2180年、テンカワ博士、遺跡で未知のナノマシンを発見
2182年、テンカワ・アキトの体内にインプラントされる。
2183年、火星でクーデター発生。テンカワ夫妻は暴動に巻き込まれて死亡
2184年、イネス・フレサンジュ大学卒業。火星の大学院へ入学。
2185年、ホシノ・ルリ誕生。詳細は不明。
2186年、イネス・フレサンジュ、ネルガル入社。オリンポス研究所へ配属。
2188年、相転移エンジンを備えた戦艦の建造計画が始まる。」

イネスは言葉を切る。
故意に外した部分もあるのだが。

「極冠遺跡というのは?」
ルリが尋ねる。聞いたことのない名だ。
「火星北極冠にある、古代火星人の遺跡よ。相転移エンジンやグラビティブラスト、そしてディストーションフィールド。こんなものを現在の科学力で作れると思う?」
「そうですね・・・」
好奇心を刺激されたのか、ルリの目が微かに輝く。
「未知のナノマシンって・・・」
「それは全くの『未知』よ。どんな原理なのか、それはわからない。ただ、効果はわかっているわ」
「え?それは?」
ルリの質問には答えず、アキトを見る。
「姉さん・・・それは・・・」
不安がるアキトから目を外し、今度はルリを見据える。
「ルリちゃん、ここからの話は本来私とアキト以外には知られたくない話。アキトの身に危険が迫るから。でも、あなたには実は聞く権利がある。どうしてだか、それは言えないけれど。ただ、現時点ではこのことを口外した場合、あなたたちの安全を100%保証することはできない。その覚悟で聞けるかしら?」

本気だ。
根拠などなくても、そう確信させる迫力で聞いている。
(この人は・・・本当のことを言ってる・・・)
だが、ここで引き下がるつもりはなかった。
何より、自分にも聞く権利があるという。
権利をただで手放すつもりはない。

「聞きます」
はっきりと言い切るルリに、笑顔を見せる。
アキトは、ルリにも関係があると聞いて怪訝な顔つきをしたが、イネスに促されて立ち上がる。

「じゃあ、ルリちゃん。いいかい?」
アキトはそう言って立ち上がると、
「・・・ジャンプ」

一瞬で掻き消える。
慌てて立ち上がるルリをイネスが抑える。
「落ち着きなさい、そこよ」
イネスが指さしたドアが開く。
「え?・・・ええっ?!」
現れたのはアキトだった。
「そんな・・・どうして・・・?」
言葉が出ない。

「ボソンジャンプよ」
「ぼそんじゃんぷ?」
鸚鵡返しに聞き返すルリ。
瞳はまだ大きく見開かれたままだ。
「そうだよ。俺は自分のイメージした場所に自由に移動できるんだ。火星から地球へ行ったのも、これのおかげだよ」
「え・・・じゃあ、知っていて・・・」
「いや、あの時はまだ知らなかったんだ。アスカにもまだ知られていない。使いようによっては強力な武器になる力だからね。俺が知ったのも、姉さんから貰ったフィルムにあったからなんだ」
「フィルム・・・って、サセボの、ですか?」
「そう。映像フィルムになんで静止画入れてるんだろう、って不思議に思ったからさ。ナデシコに乗ってからセイヤさんに工具借りて、分解したんだ」
「ウリバタケさんから・・・」
「あんまりソフトで細工してもアキトじゃ気が付かないと思ったから、原始的に手紙を入れといたのよ」
イネスが笑う。

「あっ!」
小さく叫ぶルリに、アキトが気づく。
「あっちゃあ・・・やっぱりばれてたのか・・・」
「オモイカネでもわからなかった・・・人造湖に急に現れたのはこれだったんですか」
「う〜ん、どうしても捜索隊を撒く事ができなくて・・・」
「ちょっと、アキト。あんたはまたどうしてそういう軽率なことを!」
どん、とテーブル代わりの木箱を叩くイネス。
「大丈夫ですよ。誰も気がついていませんから。・・・オモイカネ」
《ルリ?今どこに?》
コミュニケでオモイカネを呼び出す。
「後で話します。テンカワ機の今日の行動記録でさっきの解析不能な移動記録は削除して、別のを捏造しておいて。それから・・・良いって言うまで通信は繋げないで」
《了解》

「助かったよ。ルリちゃん」
まだ怒っているイネスに辟易したアキトが謝意を表す。
「いえ・・・別に。それより」
「・・・まったくもう、やっぱり諜報部なんか向かないわね・・・はあ。やっぱりクリムゾンにしておけばよかったかしら・・・びしばし鍛えてくれそうだし・・・。いえ、それともマーベリックの方が・・・ああ、でもあそこの企業体質じゃあ・・・」
「あの〜、もしも〜し」
「わかってるわよ。アキト、続きは後でたっぷりやるわよ」
「・・・はい」
ようやく気を取り直したイネスが、先を続ける。
「で、肝心な部分。この技術はまだ未解明な部分が多いわ。テンカワ夫妻が研究していたのも、実はこれが中心だったの。ただ、これを知った時ネルガルがどうするか想像ついたから、研究所員にも公表しなかった」
「なら、どうしてイネスさんが?」
「ネルガルが、テンカワ博士が何かを隠しているのに気が付いたのよ。身の危険を感じた夫妻はその頃地球にいた私の元へ極秘に資料を全部送ったの。私がそれを受け取った時には、もう・・・」

「アキトの体内にボソンジャンプのナノマシンを埋め込んだのも、ネルガルに知られないためよ。解明されればされたで良し、アキト自身が危険に晒されることはなくなる。もちろん、このナノマシンを取り出すことはできないから、解明されない以上、息子の体内にあるまま誰にも知られずに葬り去られる技術。アキトが知らなかったのも、そのため・・・」
「本当は父さんたちは、俺にも知られたくなかった。もし俺がジャンプして、それがばれたら色んな組織から狙われることは目に見えていたから。そういうことなんだろ?」
「そうよ」

イネスの説明は続く。
「・・・私はネルガルを憎んだ。テンカワ夫妻は私にとっても両親みたいなもの。81年に私の親が交通事故で死んだ後、私の面倒を見てくれて、ネルガルの企みに気付いてからは大学の学費まで出して私を地球に避難させた・・・」
アキトとルリは黙ってイネスの言葉を聞き続ける。
手紙にはこうあったのだ。
『アキトは私たちと一緒に死ぬかもしれない。それならそれでいい。酷い親かも知れないが、このナノマシンの与える影響は大きすぎる。誰にも知られずにアキトと共に葬り去られるのなら、それも仕方ないだろう。だが、君まで巻き込みたくはなかった。無理やり地球に行かせた私たちを恨んでいるかもしれないが、もし、アキトが生きていたら、見守ってやってくれないだろうか』



重苦しい空気がしばらく続き、
「だから、私は地球の大学院へ進まずに火星へ戻ってきた。ネルガルが奪い去ったテンカワ夫妻の研究データを取り戻すために。ボソンジャンプについては無傷で済んだけど、相転移エンジンなどの資料はさすがに他の研究員もいたし、隠せなかった」

「木星蜥蜴の襲撃は予測してなかたけれど、木星での怪しい電波等は受信していたわ。何が起こるかわからない状態だったけれど、備えあれば憂い無し、ってことでアキトにジャンプをさせようと思ったのよ」
我ながら無理のある話だとは思う。
だが、今彼らに真実を明かすことはできない。
どんな事態が起こり得るのか、あのイネスにさえ想像つかなかったことだから。
幸い、2人は話に夢中になっているようだ。
特に疑問を感じていない。

「だから、取り敢えずそれに対抗できる戦力を作るために、ナデシコの設計には協力したの。おかげでアキトが無事に火星へ戻れたんだから、私の選択は間違ってなかったみたいね」
アキトは何か言いたそうに口を開きかけるが、イネスの目線で止められる。
「後はアキトの安全と、その後のことを考えて、アスカのヒラヤマさんと接触したって訳。私だってこのまま火星で朽ち果てるのはちょっと、ね」










私、どうしちゃったんでしょう。
こんな気分は初めて。

この人たちは。
自分のことを考えてない。
他人のこと、大事な人のことだけを考えてる。

自分は木星蜥蜴の襲撃で死ぬかもしれないのに、テンカワさんを逃がすことだけを考えてたイネスさん。
そのイネスさんを助けるために、諜報部員になってまでナデシコに乗り込んだテンカワさん。
きっと凄い努力したんだと思う。
軍人さんだったゴートさんと、格闘訓練でいい勝負するくらいだから。

自分や、自分の子供が死ぬかも知れない状況で、他人であるイネスさんだけを地球に行かせたテンカワさんの両親。
その人たちの思いに報いるために、地球でのエリートコースを捨てて危険な火星まで戻ったイネスさん。

私は。
自分が死にたくないってことしか考えてなかった。
テンカワさんを監視したのも、ナデシコのためなんかじゃない。
ただ、私自身が死にたくなかったから。

やだ・・・何だろう。
何も見えなくなっちゃいました。










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




08 Only one fact and much truth

過去を明らかにすることは、次の未来を作り出すため。
ルリは痛む胸を堪えて尋ねる。













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《あとがき》

「しくしく・・・」
「おっハーリー、どうした?また艦長にふられたか?」
「サブロータさん、丁度よかったです。相談があるのですが」
「へえ。艦長が相談なんて珍しいっすね。うん、どんと来い、っすよ」
「ほんとですか!」
「えっ?・・・あ、いや、その・・・」
「どんと来いって言いましたよね(にやり)。実は・・・」

ぷす。
 

b83yrの感想

そうか、『また』なのか(苦笑)

イネスさん、まだ色々と秘密を隠していそうですね

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