「どこだ!どこにいるんだ!・・・姉さん・・・」

ナデシコが火星に到達してから、既に8日。
ナデシコは生存者の発見と策敵を行っている。
スキャパレリ・プロジェクトの概要は聞かされていたが、主題であるネルガル研究施設からのデータと資源の回収は後発するシャクヤクとカキツバタが行う。
あくまでもネルガルはナデシコを捨て駒にするつもりらしい。
それでもナデシコクルーの士気は高かった。

ネルガルの企業目的に従事するくらいなら、その建前のために動く方がいい。
全員がそう思っている。
企業資産のためではなく、火星の人々のため。
ナデシコクルーの特質をネルガルも見抜いていたのだろうか。
その目標のために彼らは結束し、火星宙域、大気圏降下後の猛攻を退け、点在するコロニー周辺のチューリップを悉く焼き払い、生存者の発見に全力を傾けている。

5つあるコロニーのうち、既に2つは捜索し尽くした。
『し尽くした』と言っても、既に建造物などは崩壊されつくしており、地表を舐めるように捜索するくらいのものであったのだが。
報告を聞くたびに重い空気が漂ったが、次こそは、そういう想いで3つ目のユートピアコロニーへとやってきたのだった。

これまでの捜索で、動力のあるものは全て動かなくされていた。
木星蜥蜴が襲うものが人間ではなく、動力源のある機械類であることを証明するものだった。
が、いくら人間を襲わないとは言え、ライフラインまで断たれては生存は難しい。
餓死した人、シェルターの空調を破壊されて窒息死した人、崩れたビルの下敷きになった人・・・。
様々な死を見せ付けられて、女性クルーの中には倒れた者もいた。
捜索隊は精神的にも肉体的にも強靭でなければ務まらない。
戦闘班・保安部が中心となって、エステバリスと揚陸艇「ヒナギク」で20名の捜索隊を編成して、生存者発見の任務に当っている。

人気のない町、いや廃墟と言うべきか。
かつて家族で暮らしたブロック。
小学校の跡。
孤児院。
笑顔を取り戻した中学時代。
イネスと暮らしたマンション。
市民タワー。

懐かしい筈の土地は、全てが見知らぬ場所に変貌していた。
木星蜥蜴への強い復讐心が胸中に渦巻く。
が、今は感傷に浸ったり怒りをぶちまけている場合ではない。



オリンポス研は見る影もなかった。
動くものは時折崩れる瓦礫程度、といった有様だった。
土壌の悪い火星では、死体は腐乱せずに乾燥していく。
大気の乾燥が甚だしく、猛烈な勢いで死体の水分を蒸発させる。
原型が判別しにくいほどのものもあったが、死体の中にイネスはいなかった。
狙われやすいことは理解していたのだろう、恐らく木星蜥蜴の大攻勢前に脱出し、騒乱が収まった頃にどこかへ移動したのではないだろうか。
それならば、ユートピアコロニーのどこかにいるはずだ。

宇宙港の地下シェルター。
アキトはエステバリスを降りて、ヒビだらけの障壁に手をかける。
瞬間、がらがらと音をたてて崩れ落ち、砂埃を舞わせる。
呆然とその様を眺めるアキトの表情には苦悩も悲壮もない。
ただ、『誰も守れなかった』という自分への怒りが体を震わせる。

ここには生存者の跡はなさそうだ。
むろん、イネスもいないだろう。
だが、アキトはゆっくりと瓦礫を踏みしだいて奥へ向かう。
地下、といっても既に剥き出しとなって、空中の砂で赤っぽい太陽が隅々まで照らす。
灰燼と化した空間の隅が、アキトの視線を引きつける。
走り出したアキトの足元で濛々と砂埃が舞い上がる。
立ち止まったアキトは跪くと、両手で瓦礫を払いのけ始める。
次々と放り出された瓦礫の下から出てきたのは。
半分ミイラ化した、あの少年だった。
顔などは全くわからない。
けれど、一瞬だけだったけれども、確認したあの少年の顔、服、体。

刹那、抑えていた後悔と悲しみが体の奥から湧きあがる。
「ごめん・・・守れなくて・・・」
少年の遺体を抱きしめたまま、アキトは呟き続ける。

慣れない。
慣れるわけがない。
例え諜報部員としての訓練を受けたと言っても、それはアキトにとって手段でしかない。
火星に来るための。
人の『死』を、自分が守りきれなかった『生』を、冷徹に受け止められない。
まだ、今は。

そんなアキトの姿を、捜索隊に加わっていたリョーコが見つめていた。


「テンカワ」
少年を抱いたまま、肩を震わせるアキトに、そっと近づいたリョーコが声をかける。
ゆっくりと振り向いたアキトは、泣いてはいなかった。
ただ、見たこともない暗さを湛えた瞳が気になる。
「お前のせいじゃねーよ」
一瞬、気づかれたのかと思って、密かに身構えるアキト。
が、リョーコはそんなアキトの心情を露ほども疑わず、続ける。
「誰のせいでもねえ。ただ来るのが遅すぎただけだ」
どうやらアキトの呟きまでは聞こえていなかったらしい。
艦長やルリでなかったことにほっとしながら、少年をそっと地面に横たえ、立ち上がる。

「ありがとう、リョーコさん」
「ば、ばかやろうっ、礼なんて言われるこっちゃねーよ」
改まって礼を言われたことに照れて赤くなるリョーコに、微笑んで、
「いや、そう言って貰えて、少し気が楽になるよ」
リョーコは頭を掻いて赤くなっていたが、不意にくるっと背を向けて怒鳴るように言う。
「さ、行くぞテンカワ。まだ探してねーとこ沢山あるんだからよ」
アキトも力強く頷くと、後を追ってエステへ向かった。





「結局、成果はなし、ですか・・・」
帰還したヒナギクの保安部の報告に、ユリカが力なく言う。
「今のところは、ですよ。艦長」
プロスが慰めるように言うが、ブリッジクルーはうな垂れたままだ。
独り変わらないルリは、コンソールに手を置いて集中している。
彼女にとって、火星の生存者に対しては、それほどの思い入れがあるわけではない。
人の生死なんて、運命の要素が少なからず入るものなんだから、死んじゃった人は、それはそれでしょうがない、と考えて割り切っている。
だからと言って、火星の入植者の生死なんてどうでもいい、と思っているわけではない。
助けられる人は助けてあげたいし、死んでいたって構わない、とも思っていない。

だからこそ、感情に流されてる暇があったら捜索をすればいい。
そう考えている。
その態度は、端から見たら冷たいものに思われるかも知れない。
だが、それに対して自分の考えを説明しようとも思わないし、そう思いたければ思っていればいい。
感情論に真っ向から向き合うつもりなんて毛頭ない。

(・・・これは?)
超音波ソナーが地中での異常を伝える。
ナデシコは各種ソナー、センサーを最大にして捜索を行っている。
本来ならこれらのレーダー探知は通信士の職域に入るのだが、同時に策敵も怠れないため、今はルリ、ミナト、メグミの3人で全ての測定機器を分担している。
「オモイカネ」
《はい、ルリ》
「ユートピアコロニーの破壊予測マップと、測定対象の位置を照合して」
《了解》
コロニー崩壊前のマップから攻撃の方位・種類・予測される破壊後の状況・大気状況からの風化速度・重力影響による崩落などの、考え得る全ての進捗をシミュレーションして、現在のユートピアコロニーの状況を予測する。
そのマップに先ほどの異常反響を照合させれば、自然進行した結果か、人工的なものであるかがわかるはずだ。

《ルリ》
「できたの?オモイカネ」
《ユートピアコロニー崩壊後人工的に作られたものである可能性53.78%です》
「・・・そう。ありがとう」
微妙な数字だ。
オモイカネは『作られた』と言ったが、かなり広い空間に小さな点がぽつんとある感じだ。
それがオモイカネの言うように人間が『作った』空調機の類のものであればいい。
が、もしかしたら識別できない敵の無人兵器かも知れない。

ルリが判断に悩んでいると、再びオモイカネのメッセージウィンドウが小さく開く。
《ルリ。テンカワ機が先ほどの地下へ進行中》
「?!」
レーダーを見れば、アキトのエステが微速で向かっている。
恐らく警戒しながらだろうが、周囲に他のエステはいない。

「え?どうしてそんな所に・・・」
《不明です。急に現れました》
単独行動を採るテンカワ機。
不意に嫌な予感がして、ルリは立ち上がる。

「?!ど、どうしたの?ルリルリ」
驚くミナトに顔を向けると、
「ミナトさん、しばらく空けていいですか?私も出ます」
「え?」
「ちょ、ちょっと、ルリちゃん?」
メグミも策敵レーダーから目を離してルリを凝視する。
それらを意図的に無視すると、頭上の第1フロアへコミュニケを繋げ、一気に説明する。
「艦長、ソナーに反応ありました。探索車をお借りします。あれの操作は私でないとできませんので。操縦は私のIFSでも可能ですからご心配なく」
「へ?る、ルリちゃん・・・いいけど・・・」
呆気に取られたユリカやジュン、プロスを尻目に、ルリはブリッジを飛び出していた。





アキトのエステは、農業プラント近くの干上がった人造湖の給水口から地下へ進んでいった。
すぐに広い空間に出、アキトはエステを降りる。
足元には塵芥が積もっていない。
空調が効いている証拠だ。
だとすると、生存者が身を潜めている可能性もある。
胸を躍らせるアキトだったが、1年半の諜報員教育は活きていた。

『いいか、敵地で孤立した人間を救出する際、最も危険なのが救うべき人間に攻撃されることだ』

教官の言葉が甦る。
長期間、敵の攻撃を警戒してきた人間の猜疑心は極限まで上り詰めている。
味方かどうかを判別する前に銃弾を打ち込んでくる可能性が高い。

アキトは操縦席の下から短銃を取り出すと、遮蔽物を確認しながら慎重に進む。
民間船であるナデシコでは、銃器類は厳重に管理されている。
このような場合でも、銃器は渡されない。
建前はわかるのだが、それでは表面的な捜索しかできない。
アキトは乗船する時に、愛用の銃を分解して色々な電気製品に埋め込んできた。
ナデシコの中では不要だったが、今回はそれを組み立てなおして携行している。

一通り確認すると、アキトは銃を下ろす。
緊張感が緩むのと、生存者確認が不発に終わったことの両方の思いが複雑に絡む。
その時。
















「遅かったわね、アキト」











アキトの時間が止まる。

確認するのが恐いような、早く見たいような気分で立ち竦む。

ゆっくりと、動いていることを自分でも確認できないような感覚で振り向く。


「・・・姉さん・・・」
搾り出すような声で口篭もる。
イネスは防塵用のローブを外し、マントを脱ぐ。
下からは白衣姿のイネスが表れる。

「ふふ。ナデシコが来たみたいだから、もしかしてアキトが乗ってるんじゃないかと思って。どう?懐かしい格好でしょう」

まるで数日振りであるかのように、事も無げに言うイネスの目も、潤んでいる。

「姉さん・・・生きて・・・」
それだけ言うと、アキトはがっくりと腰を落とす。
銃を構えていた手にも力が入らない。
体中から気力が抜けきったように肩を落とし、それでも瞳はイネスを捉え続けている。
目を離した一瞬に、イネスの姿が消えてしまうのではないかと脅える如くに。


ゆっくりと歩み寄るイネス。

アキトの前で歩を止め、膝を立ててアキトを覗き込む。
もう、アキトの視界はぼやけきって、イネスが滲んでよく見えない。
「姉さん・・・会いたかった・・・」

「私もよ。アキト・・・やっと会えたわね・・・」

イネスはゆっくりとアキトの頭を抱きかかえる。
その途端、堪え切れなかったものがアキトの頬に光る。
イネスはそんなアキトを抱いたまま、そっと呟く。

(・・・今度こそ・・・)










「で、そちらのお嬢さんは誰かしら?」
一体どのくらいの時が流れたのか、ようやく落ち着いたアキトを離して、イネスが尋ねる。

「えっ?!」
驚いて振り向いたアキトの目が、エステの傍に佇んでいる少女を捉えた。
ゆっくりとエステの影から出る。

「ルリちゃん・・・」
「そう・・・。ホシノ・ルリね?」
「!!どうして私の名前を?」
金の瞳に動揺を走らせるルリ。
「ふふ。私はネルガルの上級研究員よ。あなたのことはその能力まで把握しているわ」
「そう、ですか・・・」
「ま、2人とも、こっちへいらっしゃい。ナデシコへ行く前に話でもしましょう」










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




07 Reunion, a hug, and the shaking heart

1877年、ジョバンニ・スキャパレリは火星の溝を「Canali」と呼んだ。
パーシヴァル・ローウェルはそこに生命体を置いた。
1990年、ブッシュ大統領は「2019年までに火星に星条旗を立てる」と誇らかに宣言。
人々を魅了して止まない、火星。

その地下で、全てを知っていたイネスが話し始める。








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《あとがき》

「ちょっと、ルリちゃん!」
「何ですか?正妻予定だったユリカさん」
「ぐ・・・た、たしかに婚姻届を出してないのは認めるけど・・・」
「で、現正妻のこの『テンカワ・ルリ』に何か?」
「あっ!あのねえ、いきなりグラビティブラスト撃つって、どうなのよ?!」
「はあ、それはハーリー君の仕業では?オモイカネの戦闘ログ、見てみます?」
「か、艦長・・・ひどい・・・」



《あとあとがき》
感想が来た〜♪
嬉しいものですね〜
 
 

b83yrの感想

おっ、感想がきましたか、やっぱ来ると嬉しいものです
しかし、後書きの方で別のドラマが展開されそうな(苦笑)

火星の惨状って本編ではあっさりと流されているけど、実際には酷いものですよね
『戦争』で全滅させられているんだから

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