アキトは焦っていた。

(あれは・・・ルリちゃんだ。顔を見るまで気づかなかったなんて)

事前に渡された資料に、乗員名簿はあった。
もちろん目を通してもいた。
それなのに、例の空間に行けなかったこともあってか、その記憶をすっかり忘れていたのだ。
ルリがアキトに気づいたら、経歴詐称がばれるのは時間の問題だろう。
アスカの諜報部がいかに優秀といえど、アキトに関する全ての資料を改竄できる筈もない。
そんなことができるのは、それこそルリとオモイカネだけだ。
自己進化機能に人格形成機能まで備わったスーパーAIと、先天性IFS強化に加え、ネルガルがその技術の粋を集めて作りあげたIQ160の天才児が相手では、いくらなんでも分が悪い。

(これはマズイことになったな・・・)

こんなことになるのなら、多少無理してでも名前も詐称しておくんだった。
これまでの任務ではもちろん偽名を用いていたが、今回は地球への帰投がいつになるか判らないほどの長期任務である。
まだ諜報部員としては駆け出しのアキトでは、どんなところでぼろが出るか判らない。



『カクテルパーティ効果って言ってな』
『はあ』
『人間、自分の名前だけはどんなに騒がしい場所でも聞き分けるそうだ』
『はあ。で、それが?』
『お前も訓練は受けたがな、実は長期に渡って偽名を使い続けることは相当難しいんだ。しかも今回のように始終一緒に暮らすとなると、ばれる確率も高い。かと言ってお前の経歴をそのままにしておくと、テンカワ博士の息子であることが明らかだからな』
『それで、名前だけはそのままってことっスか』
『そうだ。それほど激しい諜報活動を行うわけではないからな。気も緩んでしまうだろう。それなら始めから危険度の高い部分は変更せずに行くさ』
『信用ありませんね』
『過信は禁物だぞ』
『わかりました。課長のおっしゃる通りですね』
『今更かもしれんが、経歴には気を付けろよ』
『経歴もそのままにすれば良かったじゃないですか』
『なあ・・・お前、本気で言ってるのか』
『冗談ですよ。火星から地球に来た経緯を知られても答えられませんからね』
『そうだな。自分でもわからないんだから、ネルガルがどう調べたってわかる筈もないんだが、あらぬ疑いを掛けられると面倒だしな』
『そうですね。今度はネルガルにスカウトされたりして』
『ははは、そうしたらどうする、テンカワ』
『行くわけないでしょ。あんな会社に』
『その悪感情も気を付けろよ』
『ええ、大丈夫ですよ。父さんたちのことは証拠もないし、姉さんについては多分、自分の意志で残ったんじゃないかと思うから』
『イネス女史は必ずお前が見つけろ。状況を伝えておかないと大変なことになるからな』
『わかってます』

ヒラヤマの言うことももっともだと思って、本名を使って乗り込んだのだが、ルリに出会ってしまっては、何もかも無駄になってしまう。


幸いにも、ルリはアキトに気づいていないようだ。
急いでアスカに連絡を取る必要もない。
当面は大人しくしていれば問題はないだろう。

そう決心するものの、何となく落ち着かないアキト。
こんな気分がナデシコに乗ってから、ずっと続いている。


他のクルー、特に戦闘要員とはシミュレーションやフォーメーションの打ち合わせ等ですぐにコミュニケーションが取れるようになった。
ネルガルがその腕前だけで採用したという情報通り、人格面では一癖も二癖もある連中だが、戦闘技術は確かに一流だ。
アキトも研修所で相当鍛えたし、4人とも反射神経ではアキトには遠く及ばない。だが、実戦経験というか勘というか。
1対1のシミュレーションでの対戦成績は64戦34勝。
特に、ゲキガン・パンチやら、ゲキガン・シュートやら、訳のわからない攻撃でアキトを惑わせるヤマダ・ジロウとの対戦では25戦25敗である。
男のような口調で喋るスバル・リョーコとは、11戦6勝。
後の2人、アマノ・ヒカルとマキ・イズミとは1対1で負けることはない。
が、リョーコ・ヒカル・イズミのどれかが組む、2対2の戦闘では、彼女たちは圧倒的な強さを見せる。
逆にヤマダは連携プレーが全くできないため、彼と組むと勝利したことがない。

ブリッジクルーとも、概ね良好な関係を保っている。
特に通信士のメグミ・レイナードは、空き時間に艦内を案内してくれたり、何かと親切にしてくれる。
アオイ・ジュン副長は、その何事にも真摯な態度に好感が持てるし、艦長のミスマル・ユリカは時々煩いが、戦闘時の指揮能力は安心できる。
ただ、まだ小競り合い程度の戦闘しか行っていないので、艦隊相手の大規模戦闘での実力はアキト自身が経験していないが、データを見る限りでは安心できそうだ。

問題はやはり、ホシノ・ルリである。
(嫌われてるのかなあ・・・)
そう、アキトが思うくらいに冷たい。
ヤマダが言うには、
「ああ、あいつはいつもあんなだぜ。ま、ガキだからしょうがねえって」
他のクルーからもそんなことを言われたが、ミナトが言っていたことが気になる。


「アキト君、あなた、あの子に何かしたの?」
「え?いえ、何もしてないっスよ」
「そう?でも、その割にはルリルリの反応が、アキト君にだけ異常に冷たくない?」
「う〜ん、それなんっスけど、俺も正直困ってるんですよね。この間の戦闘の時なんか、『前、危ないです』って言ってくるのはいいんだけど、そのコミュニケを透過しないで目の前に出されちゃって・・・」
「よく生きてたわね・・・」
「ええ・・・まったく。奇跡としか思えないんですけどね」
しみじみと語る2人。
ふと、ミナトが、
「アキト君自身はどうなの?ルリルリのこと」
「どうって・・・仲間ですよ」
「そうじゃなくって、その、何と言うか・・・」
急に口篭もるミナト。
アキトには何となく想像できた。
「確かに、他のクルーからはあんまり良く思われてないみたいですね。でも、俺は本当はルリちゃんって感情もある、普通の女の子だと思ってますよ。それを表に表せないだけで」
ミナトが嬉しそうに言う。
「ありがとう、アキト君。私もちょっと心配してるんだけどね、あの子、実際は感情豊かなのよ。まあ、アキト君にはそれがマイナス面で働いてるみたいだけど・・・」
「大丈夫っスよ。本当に死ぬような目に会わされることもない、だろうし・・・多分・・・」
アキトが苦笑しながら答える。
実際に死ぬような目に会わされたのだから、言葉に力はないが。
「でも、ネルガルも何であんな子を戦闘に出すんですかね」
これはアキトの本心だ。
そのおかげで自分の身分が明るみに出る可能性まであるのだから。
けれど、そのことを除いたとしても、ネルガルのやり方には納得できない。
本来ならば、あの年頃だったら地球でもっと普通の幸せな生活を送っているべきなのに。

もちろん、自分がアスカの諜報部員であるということも、反ネルガル感情に関わってはいるだろう。
両親がネルガルに暗殺された可能性があることも知っている。
イネスがネルガルに勤めていたこともあって、それまでは悪感情を持ったことなどなかったのだが、ルリがオペレーションしている姿を見ると、胸が痛む。
「ありがとう、アキト君。ルリルリのことわかってくれて」
心底嬉しそうに、ミナトが言う。
「いや、俺こそ、ミナトさんがブリッジにいてくれてよかったと思ってるんスよ。俺、ブリッジになんてそうそういないし、ルリちゃんのこと守ってやれないから」
照れながらアキトが視線を逸らす。
多少、罪の意識を感じないでもない。
だが、ナデシコを危険に晒すような諜報活動をしているわけではない。
アキト自身はただ火星に行きたいだけで、ナデシコの行動と能力、それにネルガルの動向を時々アスカに報告すれば良いだけなのだから。

そう、M-8622、『スキャパレリ・プロジェクト』の情報を。
ナデシコを巡って連合軍とネルガルが揉め、そのせいで発動が遅れていたが、その間にナデシコ級「シャクヤク」「カキツバタ」それにドッグ艦として「コスモス」を建造、確実に遂行できる体制を整えた。
そして先月、スキャパレリ・プロジェクト発動。
ナデシコを凌駕する機動性と火力を持つ「シャクヤク」「カキツバタ」を中核とし、万全を期すためにナデシコを火星に先行させる。
安全性で言えば後発のどちらかに乗れば良かったのだが、ヒラヤマの言う通り、アキトが真っ先にイネスを見つけなければならないし、アキト自身が少しでも早くイネスを探したいという思いでナデシコに乗ったのだ。
ルリが乗っていたのは誤算だったが。

ナデシコが得た火星の情報を細大漏らさずに報告する。
別に、ナデシコやネルガルの行動を妨害するわけではない。
アキト自身が生き残るためにも、ナデシコを守る努力はする。

けれど、生死を共にするクルーを騙しているのも確かだ。
特に、ミナトのようにルリを気にしてくれている人を騙すのは良心が痛む。

「ま、あたしの方でもそれとなく聞いてみるわ。でもあの子アキト君と話すことを嫌がってる風でもないから、見かけたら声かけてあげてね」



ルリの件は、原因がわからない限り、どうにもならないのだから、ここはもうミナトが原因を突き止めてくれるのを待つしかない。

アキトの意識は本当の目的に飛ぶ。

「姉さん・・・生きていてくれ・・・」
地球に着いてから、あの夢を見ない。
それがアキトの心身にどんな影響を与えていたのかわからないが、夜眠れずに過ごすことが多くなったことの遠因なのだろうか。
日常でなくなった生活。
見なくなった夢。
もちろん、眠れぬ夜の直接の原因は、イネス。
冷たい言い方をすれば、ルリのことはあくまで思い出の問題だ。
確かにあの空間で唯一出会った少女と言う点で、彼の中で特別な位置を占めている。
だが、それは単なる思い出。

今のアキトにとって切実なのは、イネスの安否である。
赤ん坊の頃から、アキトの面倒を見てくれた、大切な人。
いつだったか、母が笑って、
『あなたのおしめだって、変えたのはアイちゃんよ』
と言っていた。
イネスの頭文字を取って『アイちゃん』と呼んでいたのは、アキトの両親だけだったが。

両親が死んで、孤児院に引き取られた時も、最後まで反対して引き取るとまで言ってくれた人。
その時のイネスも両親を病気で亡くして天涯孤独になっていたにも関わらず。
いや、だからこそなのかも知れないが。
『アキト、私一生懸命勉強して早く社会にでるからね。できる限り早く迎えに来るから、その時まで待ってて!』
その言葉の通り、翌年には大学を卒業、大学院へ進み、ネルガルの研究所に入社した。
けれど、配属先がオリンポス研究所だったことと、まだアキトの面倒を見れるほど余裕がなかったため、引き取れなかった。
それでも毎年異動願いを出し続け、アキトが13歳の時に孤児院まで迎えに来た。
『ごめんね、アキト。待たせたわね』
アキトが泣いたのは、両親が死んだ時以外ではあの時だけだ。

そして、第1次火星大戦の前に。
アキトを助けるための手を打って、地球へ来てからも困らないようにできる限りの根回しをしてくれていた。

だから、自分も戦う。
イネスを助けるためなら、迷わない。
大事な姉であり。
母である人を。
その一心で辛い訓練にも耐えてきたのだから。

暗い部屋で、写真を見つめながら、アキトは眠れぬ夜を何度も過ごす。
そして、その度に決意を繰り返し口にする。

「姉さん・・・必ず助けるよ。今度は俺がきっと・・・」










『姉さん・・・必ず助けるよ。今度は俺がきっと・・・』
静かな部屋に、音声だけが流れる。
開かれているウィンドウも暗く、そこに誰がどういう状態で映っているのか判別するのがやっとのくらいだ。
《ルリ》
オモイカネも遠慮して小さく表示したのだが、小さい音に集中していたルリは飛び上がるほどに驚く。
「な、何ですか」
《艦内規約第32条4項に違反しますが》
「緊急事態ですから。オペレーター契約第8条に則って、ナデシコの危機予防に関する権限を行使しているんです」
《しかし、テンカワ・アキトの危険性についてはルリの記憶という曖昧なものしか証拠となりませんが》
「経歴詐称は重大な契約違反です。それが証拠になるでしょう」
オモイカネは完全に納得した訳ではないようだったが、取り敢えずルリの言うことに不備はない。
あまりにも先走りすぎている感も否めないが。
《了解しました。監視を続行します》

ルリの部屋に、再び静けさが戻る。










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




05 Night which cannot sleep・・・Akito's situation

アキトは眠れぬ夜を過ごす。
火星の大地を踏む日まで、あと10日。













 

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《あとがき》

ぷはあっ!
「みいい〜つ」

とりあえず、3本まとめて推敲。
やれやれ、ここまで話が動かないこと動かないこと。
「まったくです。私とアキトさんの新婚性活はどうなっているんですか」
「は?また、そんな近い古された言葉を・・・?!」

≪・・・自主規制いたします。ルリのお仕置きが終わるまでお待ちください≫

「さて、次回です。『Monochrome第6話、ルリとアキトの激甘性活』をお楽しみに」
(そ、そんな予定はないのに・・・ぱた)

 

b83yrの感想

う〜む、人の良い諜報員だ
アキトらしいが(笑)

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