ナデシコはヨコスカドッグに入港して、整備と補給を受けています。
クルーは交代で休暇予定なんですが、ブリッジクルーはある程度の目途がたつまでお預け。
ま、私なんか休暇貰ってもどうせ部屋にいるだけなんだけど。

私たちが残っているのには、他にも理由があります。
補充クルーが到着するんです。
と、言うより、到着しました。
約1名を除いては。

整備班への補充クルー2名は既に艦長への搭乗挨拶を済ませ、整備班に配属されています。
補充は後1人。
戦闘班への『テンカワ・アキト』です。

「ねえ、ジュン君、テンカワさんって人待ってなきゃ駄目?」
艦長はさっきから副長に直訴中。
普通、直訴って下の人間が上の人間にするものなんだけどね。
「駄目に決まってるだろ。それに、テンカワが来たからって休みになるわけじゃないよ」
副長もさっきから同じ事言い続けてます。
ほんとに進歩ないよね。

基本的に整備中ここに残らなきゃならないのは、艦長・副長とネルガルのプロスペクターさん・保安担当のゴートさん。
後は通信士のメグミさんだけです。
オペレーターの私や操舵士のミナトさんはやることないんですよね。
ただ単に、補充クルーが挨拶に来るのを待ってるだけです。
私は別に構わないんですが、ミナトさんは早く街に出たいらしくって、さっきから苛々しています。
普段、ナデシコの良心と言われる人だけに、怒ると何するか想像つきません。
同姓同名さんだか、本人さんだか知らないけどテンカワさん。
早く来た方がいいですよ。

私はと言えば。
さっきからオモイカネにテンカワさんの記録を出させてます。
何となく本人ではないな、と思ったんですが、一応記録の準備はさせといて。
同姓同名さんじゃないかな、と思ったんですが、一応再会の挨拶のために復習。

もちろん、ウィンドウは最小表示で手元に隠してますから、誰に見られる心配もありません。
まあ、誰も私を気にしてないってのもあるんだけど。

艦長よりも高級取りの11歳。
何考えてるんだかわからない。
下手に何か言うと、冷酷極まりない返答があるだけ。
なら、話し掛けても無駄。

そんなところですね、私の評価って。
いつもはそれでも声を掛けてくる2人のうち。
ミナトさんは苛ついてそれどころじゃないし。
メグミさんは雑誌に夢中だし。



別に仕事がないだけでサボってるわけでもないから、普通に見ててもいいんだけど。
私のプライドってやつです。
少女であっても私、社会人ですから。
それに、こんな冴えない人の記録をためすがめつ眺めてるなんて知られるのはちょっと。
じゃあ、どんな男ならいいんだって言われても困るんですけどね。

《ルリ》
オモイカネが別のウィンドウでこっそりと報告してきます。
そう指示しておきましたから。
《テンカワ・アキト乗艦》
「そ。ありがとう、オモイカネ」
私もこっそり答えます。
《映しますか?》
「うん、お願い」

オモイカネが開いた艦内カメラのウィンドウを見て、私は正直、驚いてしまいました。
危うく声を出してしまいそうなほどに。

そこに映っていたのは、紛れもなく、正真正銘の、本物の、え、と、あと・・・
いえ、そんな言葉なんてどうでもいいんです。
それは少し老けてはいましたが、あの時の少年が青年になったことを確認させるものでした。















・・・・・・。

むかつきます。

はっきり言ってしまうと、最悪です。


第一印象=よくわかんない。

効能=オモイカネとの同調上昇剤。



第二印象=最低人間。

効能=ホシノ・ルリをむかつかせる。


以上。

おわり。

おわりにしたいけど、このむかつきは治りません。
ですから、少し整理してみましょう。
私の部屋なら安心して、さっきのブリッジでの様子も映せますし。

「オモイカネ」
《何でしょう、ルリ》
「さっきのブリッジでの様子をお願い」
《了解》



テンカワ・アキトが艦長ブリッジ後方の扉から入ってきます。
「テンカワ・アキト、エステバリスパイロットとして乗艦します。よろしくっス」
何だか砕けてるんだか、堅いんだかわからない挨拶をしています。
艦長も、
「はあ。よろしく」
間の抜けた返事ですね。
後でこの部分だけ送っといてあげましょうか。
少しはきりっとするんじゃないかな。

そして、テンカワは副長やネルガルの方々に挨拶すると、艦長たちの第1フロアから下りて来ます。
ミナトさん、やっと来たことで機嫌直したみたいですね。
「アキト君、でいいかしら?」
「いいっスよ。階級なんてないんだし」
結構フレンドリーです。
俗に言う、『いい感じ』ってやつです。
「あ、あたしもミナトでいいわよ」

次は私です。
メグミさんとは乗艦時に通信で挨拶してましたから、後回しにしたんでしょう。
私は。
何でコンソール凝視してるんですか?私。
ま、いいです。
次、問題のシーンですね。

「え、と、テンカワ・アキトっス。よろしく」
上を見ない私に躊躇ってるようです。
「ルリルリ?」
気にしたミナトさんが声を掛けたので、ようやく私も顔を上げます。


「オモイカネ、ここでストップ」
《はい、ルリ》
少し落ち着きましょう。
もしかして見間違いだったかも知れませんし。
こういう時はやっぱり、深呼吸ですね。

すー
はー

おっけーです。
「オモイカネ、スタート」


「ホシノ・ルリ、オペレーターです」
丁寧語まで使ってあげたんですよ。ちゃんと。
なのに。

やっぱりですね。

あの人ときたら。

一瞬驚いた表情をしますが、すぐに眉をしかめます。

・・・・・・この表情、ほんっとにむかつきます。

一応、表情を戻して、
「あ、じゃ、ルリちゃん、でいいのかな。よろしくね」

全然よくありません。
問題です。
訴訟の用意があります。
よろしくもありません。

私も何とか表情を変えずにその場を終わらせましたが、次のメグミさんへの挨拶はミナトさんと同じ表情でやってます。

「私のことも、メグミ、でいいですからね」
心なしか、メグミさん、嬉しそうです。
これも問題です。
そう言えば最初の頃、『格好いい人、いるかと思ったのにな』なんて言ってました。
だから、これを格好いいと判断したんでしょうか。

大問題です。
いえ、戦艦に乗る意識問題を挙げてるわけじゃありません。
こんな締まりのないおちゃらけた顔をそう考える、メグミさんの美意識の問題です。
私、これでも英才教育受けてきました。
その中には、古今東西の美術に触れ、美的感覚を高めるものも入ってます。

その私が。
こんなのを格好いいと思う人と、席を並べて仕事するわけにはいきません。
ええ、それはもう絶対に。


とにかく、最低の再会です。
さん付けなんて冗談じゃないってくらい。
でもまあ、私もそこまで子供じゃないから、お仕事の間くらいはさん付けしてあげるけど。


「オモイカネ。あれは本当に記録の『テンカワ・アキト』と同一人物?」
《ルリの記憶が正しければ、骨格に成長によるズレが認められますが、確かに同一人物です》
「そう」

ふう。

なら、考えられることは2つよね。

テンカワ・アキトは、忘れてしまっている。
更に、私が乗っていることに不快感を覚えている。

忘れてしまっていることはいいとしても。
「オモイカネ。私が乗っていることで不快感を生じる可能性が高い順に、原因をリストアップ」
《前提となる相手の条件を教えてください》
「20歳・男。後は過去のデータから拾って」
《了解》

子供が乗っているとでも思ったのかな。
少なくとも私のIQはナデシコの誰より高いんだけど。
それとも、『タイプじゃない』って、あれかな?
それだったら、こっちこそメーワク。
相手の意思と関わりなく自分の美意識だけで、異性を判別するなんて、公正じゃない。
第一、例えそうだとしても、職場の人間関係を考えれば表面に出すべきことじゃないわよね。
11歳の少女にもわかることが理解できてないんでしょうか。
社会人としての意識に欠けますね。
いえ、それ以前に人間としてどうでしょうか。

《ルリ》
「どうしたの。用意できた?」
《情報に不確定因子があります。条件分岐に重大な齟齬を起こす可能性あり》
「へ?」
私にしては珍しく、頓狂な声をあげてしまった。
「何のこと?履歴データについて?」
《はい。予想されるのはテンカワ・アキトの存在の不確定、若しくはデータの改竄》
「データがおかしいということ?はっきり言って。オモイカネ」
ちょっと苛ついてます。私。
オモイカネまで変になっちゃって。

《テンカワ・アキトの履歴データを表示します》
ふーん、『百聞は一見に如かず』ってこと?
いいわよ、見てあげるから。

《テンカワ・アキトの公式な履歴について。
2178年、火星、ユートピアコロニー生まれ。
2184年、両親を交通事故で亡くし、サセボシティの祖父母に預けられる。
サセボ第3中学校卒業後、IFS処理を受け、パイロット養成学校入学。
2194年に卒業し、株式会社極東空輸に入社。パイロットとして勤務。
2197年、ナデシコに乗艦するため、退社。》

「2184年にサセボへ?6歳の時ってこと?」
《そうなります、ルリ》
「おかしいじゃない。私が会った時は中学生くらいだったのに」
確か、そこは火星になるんじゃないかって言ってた。
それは、自分がユートピアコロニーから来たからだって。
なら、その時はユートピアコロニーに住んでいた筈。

「オモイカネ、ユートピアコロニーの住民データを検索。2190年で」
私が出会った年。
その時のデータになければ・・・
《該当者、なし》
じゃあ、
《ルリの記憶違いでは?》
「オモイカネ、私の記憶力は知ってるでしょ。1週間後に会話を記録したのに、その1週間で私が記憶違いをする可能性は?」
《0.00000016%です》
「どこのデータを調べたの?」
《地球政府移民局のデータベースです》
そんなところのデータを改竄するなんて簡単なはず。
改竄ができないようなところを調べなければ、本当のデータなんて出てこない。
あり得るのは・・・

「2190年の火星企業を調べて」
《検索・・・終了。3283社です》
「そこのデータベースにアクセスできる?」
《可能です。100%網羅するのに28時間が必要。ルリがサポートすれば84分に短縮できます》
「わかった。ブリッジに誰かいる?」
《整備中で夜勤担当はいません》
「そうね」





割とあっさり。

現在時刻は夜の11時。
残留組も皆、寝てるみたい。宇宙空間と違って地球上では夜と昼の感覚がはっきりするのかな。
私もちょっと眠いです。
でも。

発見。
3283社ある企業のデータベースは緩いのもあればセキュリティがちがちのもある。
やっぱり、というかネルガルだけはオモイカネでも苦手なのね。
それでも『テンカワ・アキト』の名前が3件。
本当はもっとあったんだろうけど、どうやら改竄したみたい。
でも、やっぱり漏れてるデータはあった。
個人データの流出なんて、商業が生まれてからずっと変わらない問題なのよね。

全てのデータを照らし合わせると、

《テンカワ・アキトの改竄前履歴。
2178年、火星、ユートピアコロニー生まれ。》

ここまでは同じ。

《2185年、両親をクーデターによる宇宙港爆発事故で亡くす。
同年、ユートピアコロニーAブロックの孤児院に預けられる。
2191年、イネス・フレサンジュという女性に引き取られる。
2195年、第一次火星大戦のコロニー全滅時に行方不明。》



やっぱり、あの人はテンカワ・アキトだった。
あの時出会った人。


どうしてデータを改竄する必要があったのか。
そもそも、ユートピアコロニーからどうやって生きて地球に来れたのか。
どうしてそこまでしてナデシコに乗る必要があったのか。

疑問が増えただけ。
それに、経歴を詐称している問題もあるし。
「どうしよう、オモイカネ」
《ルリの考えのままに》
「あなたはネルガルのコンピューターじゃないの?」
《人格を形成したのはルリ、あなたです》

どうしよう。
でも、テンカワさんをいきなり突き出す気にもなれないし。
・・・・・・・


「オモイカネ」
《はい》
「ログを抹消。テンカワさんの本当のデータは私の個人ファイルへ。管理者キーと私の個人パス使って最高レベルで封印して」
《了解》

取り敢えず、テンカワさんの目的を調べなければなりません。
それがナデシコの安全に関わるものだったら、迷うことなく通報しましょう。
今は、それしかできないし。

ふう。

ほんとに問題の多い人です。










機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome




04 Investigation and the appearing problem

ナデシコは全ての準備を終え、出航する。
目的は火星。スキャパレリプロジェクトの遂行のために。











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《あとがき》

くはあっ
「ふたあ〜つ」



b83yrの感想

アキト君、いきなりルリに疑われてますな
ルリの微妙な心理がなかなか(笑)

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