2195年。
木星方面からその形状からチューリップと呼ばれる物体が飛来。
地球連合軍は、これを宇宙艦隊で一掃しようとしたが、チューリップから無限に排出される艦隊の重力波でビーム兵器を捻じ曲げられ、無人兵器への攻撃も悉く無効化され、敗北。
この火星大戦において、提督フクベ・ジンは旗艦ガイオウの突入により大気圏に侵入するチューリップの軌道変更に成功。
しかし、それはユートピアコロニーに墜落し、連合軍、民間人ともに多数の死者を出すという結果を招いた。

政府及び連合軍は最終防衛ラインを地球圏に限定。見捨てられた火星にはその後もチューリップが打ち込まれ、他のコロニーにも襲いかかり、入植者は全滅した。

その後、敵『木星蜥蜴』は月にまで侵攻。
地球上にもチューリップが打ち込まれ、無人兵器(バッタ・ジョロ)による攻撃を抑えるだけで精一杯となるが、第1次火星大戦以後の無人兵器は人間を襲わず、民間人への被害は軽微であった。

2196年、6月。
敗退を重ねる連合軍に対し、地球圏最大の企業グループ「ネルガル」の重工部門が日本のサセボドッグにて、かねてから研究中であった民間所属の戦艦を就航させる。
その名は「ナデシコ」。
グラビティブラストとディストーションフィールドを装備し、相転移エンジンを搭載した最新鋭戦艦であり、出航時、襲来した無人兵器を一撃でなぎ倒すという華々しいデビューを飾った。










「・・・何言ってんだか」
あ、思わず声に出してしまいました。
私の左で、操舵手のハルカ・ミナトさんがこっちを見ています。

「どうしたの?ルリルリ」
ミナトさん、何度も言ってるんですが、その「ルリルリ」って止めてください。
こっちが恥ずかしいです。
とりあえず、何でもありませんって言っておきましょう。
他の方々は、まったく私の独り言に反応しません。
ま、当然よね。

あいつに何言ったって、まともな返事なんて返ってこない。

そう思ってるんでしょう。
ナデシコが出航してからもう9ヶ月。
その間、私が状況報告以外でした発言と言ったら、

「別に」
「何でもありません」
「ばか」

くらい。
別に、嫌がらせでやってるわけでも、何も考えてないからってわけでもないんだけど。

億劫なのよね、ナデシコのクルーと話すのって。
ナデシコのクルー以外でも同じだけど。
みなさん、それで私のこと感情に乏しいとか思ってるみたいだけど、別にそういうわけでもない。

私だって、人並みの感情くらい持ち合わせてる。
ただ、それを表面に出すのが面倒なだけ。
ほーんと、皆、よくきゃあきゃあ騒げるわよね。
特に。
ミスマル・ユリカ艦長。

就任の挨拶が、「ぶい」。
そんでもって。
発進命令が「みなさ〜ん、張り切って行きましょうっ!」。
その後も、用もないのに喋ること喋ること。
笑ったり怒ったり拗ねてみたり。
よく疲れないよね。

まあ、それでも連合大首席は伊達じゃないみたいで、戦闘時の指示が的確だからいいけど。

他のブリッジクルーも似たり寄ったり。
まるで小学校。
唯一、まともな人が、さっきのミナトさん。

ほとんどの人が私に話し掛けるの諦めちゃってるのに、この人と、右側の通信士のメグミさんだけは未だによく話し掛けてきます。
正直、うざい時もあるけど。
この2人って、打たれ強いのか無神経なのか。
当の本人の私でさえ感心しちゃいます。

ついでだから紹介しちゃうと、
艦長にまた雑務を押し付けられておたおたしてるのが副長。
アオイ・ジュンさん。
あ、艦長遊びにいっちゃいましたね。

慌てて艦長追っかけてる眼鏡の人がプロスペクターさん。
本名じゃないけど、別にそれで問題があるわけでもないし。
ナデシコの監査役。

で、その様子を苦々しげに見ている大きい人が、戦闘アドバイザーのゴート・ホーリーさん。
『堀井 豪人』って言うんだって。変なの。
ま、いいけど。

後は私。
ホシノ・ルリ、オペレーター。

これだけ。
こんな少人数で戦艦1隻切り盛りしろって言うんだから、ネルガルも結構強引よね。
それでもここまで生き残ってきたのは、ナデシコの中枢コンピューター「オモイカネ」のおかげ。
膨大な戦闘時のデータ処理を高速で行うスーパーAI。
私がネルガルに買われたのも、結局はこのオモイカネとアクセスして大量のフィードバックに耐えられるIFS保持者を作り出すため。
それもどうでもいいことなのよね。
とりあえず、私が死ななくても済むようにお仕事してください、ってことだけ。
艦長、泣き真似したってプロスさんは誤魔化せませんよ。

とまあ、ブリッジメンバーと雰囲気だけ見ても、ナデシコが戦艦としていかに異常なフネかわかるってモノよね。
今はそれに輪をかけてひどい状態。

初戦はさっきのビデオニュースの通りなんだけど、華々しかったのはそこだけ。
最初の勝利で連合軍に目をつけられてしまったナデシコは、その後軍とネルガルが所属を巡って堂堂巡りの大論争。
折り合いつくまで遊ばせておく訳には行かないってことで、ナデシコは激戦区をあっちへ行ったりこっちへ来たりの渡り鳥。
目標がないとクルーの士気が下がるのも当然ということで。
ナデシコが沈まない程度には気合入ってるんだけど、転戦に継ぐ転戦でクルーの注意力も限界ぎりぎりだし、パイロットの皆さんもかなりきちゃってます。
おまけに木星蜥蜴にも学習機能が備わっているのか、艦隊行動をとってもナデシコを集中攻撃。

肉体的な疲労は休暇を取ればいいんですが、精神的疲労はどうしようもなくて。

かなりだらけちゃって、ちょっと危険な状態。
私も、少女のままで死ぬなんて嫌ですから、ちょくちょく軍のコンピューターをハッキングして進展状況を調べているんですが、全く進展する様子もありません。
こんなことやっていて、ナデシコが沈んじゃったら元も子もないのに、軍の面子だとか企業の体面だとか色々な思惑やらがあるみたい。
難しいものです。

艦長も遊んでばかりいないで、この状況を打開するような案を出して欲しいんだけど。





今日も今日とて、ナデシコは激戦区の渡り鳥。
リョーコさん、ヤマダさんの2人は奮戦していますが、多勢に無勢。
1機1機はそれこそ「ヤラレキャラ」で、ネルガルの誇る高機動兵器エステバリスのサンドバックぐらいにしかならないんだけど、あまりにも数が多すぎます。

『おら!まとめてかかってきやがれ!』
『わーはっはっはっはっ!正義の鉄槌を受けてみろ!ゲキガン・パーンチ!』

さすがにこの「枯れナデシコ」で最も士気の高いお2人だけあって、やる気は凄いけど。

「ヤマダ機、完全に包囲されました」
そう、マンネリ化した報告をすると、艦長もやれやれといった表情でいつものように指示を出します。
「イズミさん、ヒカルさんを援護に出して下さい。グラビティブラスト広域放射、敵戦力が減少したところでエステを下げ、防衛ラインをナデシコの1200メートル先まで下げてください」
「了解」
メグミさんがエステバリス隊に指示を通達します。
同時にイズミさんとヒカルさんが出撃していきます。
ちらっと見たら、やっぱりうんざりした顔してるし。
そりゃそうよね。
午前7時に戦闘が始まって現在午後5時。
その間波状攻撃の合間を縫って交代で出撃して、やっと休んでた所なのに援護出撃じゃあね。
イズミ・ヒカル組だったら連携プレーにナデシコからの援護射撃を織り交ぜるから、撃墜数は少ないけど援護の必要性もあまりない。
でも、リョーコ・ヤマダ組の場合、ヤマダさんが1人で突っ走っちゃうから毎回援護出撃しなきゃならない。
ほーんと、ばか。



そんなこんなで何とか戦闘区域を抜け出して一休み。
敵さんのチューリップも撃破したし、後は連合艦隊の旧式戦艦でも掃討戦くらいはできるだろうってプロスさんの案により、艦長命令で撤退。
連合軍の皆さん、後はよろしく。
皆さんほっとしたというより、早く休みたいって顔に書いてあります。
でもね。
今回は、じゃあすぐにお休み、ってわけには行かないみたい。

「艦長、ナデシコの今後について重要なお知らせがあります」
戦線離脱直後、プロスさんがそう言って艦長を引っ張ってってしまいました。
艦長も休みたかったみたいで、何かぶーぶー言ってましたが、副長のアオイさんに諭されて仕方なくついてって。
ブリッジへ帰って来た時は別人みたいにきりりと引き締まった顔してました。
あんな顔、ナデシコへ来て初めて見ます。
「メグミちゃん、艦内放送の準備してください。全員へ通達」
「はい」
メグミさんが全員のコミュニケを送信オンリーで強制接続し、艦内放送も用意します。
一体どんな話なんだろう、と興味を持っている人は・・・いませんね。
早く終わらせてくれって感じです。

「皆さん、艦長のミスマル・ユリカです」
それでも凛とした声で始める艦長のいつもと違う雰囲気に、少し全員が緊張します。

「これからのお話はこのナデシコの今後についての重要なお話です。戦闘後で疲れていると思いますが、よく聞いてください」
艦長、少しためます。
こういうところは良くわかってる人なんです。

全員のコミュニケが、艦長の次の言葉を待ってます。
「これよりナデシコは、スキャパレリ・プロジェクトの一端を担い、軍との共同戦線を一時離脱、火星へ向かいます」

『火星ぃ〜?』
『スキャ・・・なんだって?』
『今更何しに行くんだよ。敵の勢力下じゃねーのか?』
もちろんコミュニケは送信のみの一方通行ですから、声は聞こえてきません。
オモイカネが私のウィンドウにだけ文字表示してくれているんです。

「詳細は12時間の休憩後、各班長に説明します。各班長は明朝0700時にブリーフィング・ルームへ集合してください」
これで目標ができたわけだから、少しは皆気合入るのかな。
戦闘終了直後よりは、緊張した面持ちです。
ただ戦うだけよりましかなって感じなんでしょうね。

「明日1100時にヨコスカ・ドッグへ入港。補給と補充を終えた後、火星へ向けて出航します。
1週間の準備期間を予定していますので、各班でローテーションを組み、交代で休暇を取って下さい。各班の班長は勤務シフトを明朝0730までにアオイ副長へ提出、決済を受けるように。
尚、下艦に際してはヨコスカエリアのみとし・・・・・・プロスさん、これやっぱ言わなきゃだめですか〜?」
困り顔の艦長に、プロスさんが笑顔で、しかしぴしゃりと言い放ちます。
「だめです」
「はあ・・・ええっと、ネルガルの社員として節度ある行動を心がけ、公園その他の公共施設へ入場する際は・・・」
以下省略、と。
だらだらと小学校の夏休み前の注意事項みたいな内容が続いてます。
クルーもうんざりした顔をしていますが、まあ、儀式みたいなものです。
これが終われば休みが取れると、一応お行儀よく聞いてるみたい。
私はほとんど聞いてなかったんだけど、

「・・・補充人員は整備班に2名、アサクラ・ミツサダさんとハマモト・ヨウジさん、戦闘班に1名、テンカワ・アキトさんの合計3名が乗艦します。各班長は・・・」

とくん。



え?


艦長?

今何て言いました?

『テンカワ・アキト』って、あの『テンカワ・アキト』?
あ、と、過剰に反応することはないですよね。
同姓同名なんて、山ほどいるんだから。
ミナトさんが何か言いたげだけど、ここは無視。

でも。
『テンカワ・アキト』
懐かしい名前です。
ネルガルに買われてちょっと。
研究と実験に追われる毎日の中で、いきなり飛び込んだ空間。
白い、光と男の子。
あの人が確か、テンカワ・アキトって言ってた。
研究所の人間の名前なんてほとんど覚えてないけど、あの人の名前だけは覚えてる。
どうしてだか忘れられない光景になって、ずっと私の中に残っている。

日常の中の非日常、だからかな。
あの時戻ってきた私を見て、誰も安心はしやしなかったけど、さすがにまずいと思ったんでしょう。
青い石、チューリップ・クリスタルの研究は行われなかった。
そりゃ、そうよね。
私を買うのに莫大なお金払って、研究費用だってバカにならないのにどこ行っちゃうかわからない研究なんてできないもの。
必然的に私があそこへ行く機会は二度となく。

このまま忘れちゃうと思っていたんだけど、ますます細かく思い出せるようになってしまった。
夢に出てくるくらいなら問題ないって思ってたんだけど、ふとした時に、例えば実験中とかに思い出してしまうもんだから、困っちゃって。
そう言えば無神経そうな顔してるもんね、なんて思ってるうちは良かったんだけど、研究データにも影響が現れてきたから私もさすがに文句言いたくなった。
『テンカワさん、無神経すぎです』
出てくるにしても、TPOってのを考えて欲しいものです。
でも、言える相手はいるんだかいないんだか、変な空間の中。
仕方がないから一緒に研究開発されてたオモイカネと、テンカワさんの記録を作って。
やばいな、って予感がある時はそれを見てから実験に入ることにしたら、これが大成功。
ただ、誤算もあったけどね。
日に何回かはその記録を見ないと落ち着かなくなっちゃった。

ほんと、無神経な人です。
もう私に関わらないでって感じなんだけど、既に諦めの境地。
実験にも悪い影響は与えないみたいだし、むしろ好影響だったから薬の一種みたいなもんなんだ、て思ってほとんど毎日テンカワさんの記録見てる私。

それはナデシコに乗ってからも変わらず、オモイカネも変に人間的になっちゃって、最近では色々な背景合成して『遊園地バージョン』だの『ピクニックバージョン』だのを作る始末。
ばかばっかのナデシコに影響されたのかな。

・・・・・・私としてはピクニックバージョンが好き。


・・・こ、こほん。

あれから7年経ってるから、今はもう大人になってるのかな。
私は全然変わってないんだけど。多分。
ちょっと髪を伸ばしたくらい。
テンカワさんは・・・あの時で13か14歳くらいだったから・・・19か20歳になっちゃってるんだ。
変わっちゃったんだろうな。


・・あ、でもあの『テンカワ・アキト』とは限らないんだっけ。

うん、まあ、オモイカネとの同調率も上がることだし、あの『テンカワ・アキト』だったらまた私とオモイカネのために役立って頂きましょう。
オモイカネ、乗艦日時には録画の準備、しといてね。

機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome

02 Cruise with spiritless,inertia

ルリに芽生えたのは好奇心か、それとも。







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《あとがき》

《あとがき》、じゃなあああいっ!
すみません、前話でフクベ提督が『グラビティブラストか・・・』とか堂々と言ってくれちゃってますけど、あの時点でグラビティブラストという名称はありません。
作者のミスです・・・。
今後、十分注意しますのでお許しください。

ええっと、2196年の6月出航は、TVとは違います。
実際は確か10月でしたっけ?
知らなかったんで勝手に決めちゃったんですけど、半分書き終えてから知ったので、仕方なくそのままにしておきました。
で、改めて9ヶ月後の2197年3月から始まります。
何だかぐずぐずと話が進まないんですが、できれば暖かい目で見守ってやってください。
って、ああっ!ものを投げないで!
 
 

b83yrの感想

ナデシコって実は公式設定にも結構矛盾を感じる所があったりするんですよねえ、これが(苦笑)
私なんかは、その辺りの矛盾を少しでも解消する為にわざと細かい日付には触れないで逃げてますが(笑)

アキトの覚えていない夢がここで繋がってきそうですね
ヤマダやリョーコが実に「らしい」ですし(笑)
さて、アキトが絡んで来た時、はたしてユリカはどう出るのか

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