『・・トは・・に・・・・いの?』



アキトは目覚めた。
「う、ん・・・・6時か・・・」
いつも鳴る前に起きてしまうため、本来の機能を果たせずにいる目覚まし時計のスイッチを切る。
今日も彼は役目を果たす機会を失ったようだ。

「それにしても、なあ・・・」
姉の朝食と、出かける用意をしながら、アキトの思考はいつもの夢に飛んでいた。
目覚し時計が役割を果たせないでいる主要な原因はこの夢にある。
ほぼ毎日見る夢だが、内容は微妙に違っているらしい。
『らしい』というのは、アキト自身が全く覚えていないからだ。
忘れてしまうのが夢、なのはわかっているが、それにしても欠片くらい覚えていてもいいだろうに。
そう思うのだが、覚えていないものは覚えていないのだから仕方がない。
特に悪夢というわけでもないし、かといっていい夢のような気もしないから、どちらでもないのかそれとも交互に見ているのかだろう。
「まあ、しょうがないよな」
それがアキトの処世術。
自分の思い通りにいかないことは、『仕方ない』、逃げているのかも知れないし、諦めなのかも知れない。
それが原因で周りに流されていくことが多々あっても、アキトにとってはそれも仕方のないこと。
最終的に行き着くところが『諦念』もしくは『神頼み』であることも、承知の上。



朝の仕事全てを終えると、自室で出勤の準備をしているイネスに玄関先から大声で叫ぶ。
「先に行くよ、姉さん」

2195年、火星ユートピアコロニー。
中央ブロック人造湖の南にある、居住用Bブロックにアキトは住んでいた。
両親とは幼い頃に死別し孤児院で暮らしていたが、13歳の時にイネスが迎えに来てくれて、それから今まで一緒に暮らしている。
両親が健在だった頃から隣に住んでいて、研究所勤めで留守がちな両親に代わって面倒を見てくれていたイネスが、ネルガル・オリンポス研究所からユートピアコロニーにある開発部へ異動になったからだった。

イネスがどんな研究に携わっているのか、アキトは知らない。
18歳で博士号をいくつも持っていたイネスの仕事内容など、中学校を出てすぐに農業プラントで働いているアキトが聞いてもわからないから、聞いていないだけだ。

それに、基本的にはアキトに甘いイネスだが、困った癖もある。

やたらと説明が長い。

それだけは昔から変わっていなかった。
コックになりたかったアキトが、料理学校の学費を貯めるために中学校を出たら働く、と言った時も高校へ通うことの必要性から始まって、『そもそも教育とは・・・』だの、『人格形成における集団生活については・・・』だの、果ては古代地球のギリシャ哲学まで持ち出して、延々8時間に渡る説教を喰らった。
研究内容を聞いたら、恐らくただでは済まない。
アキトの本能がそう告げたせいもある。

珍しいことに、イネスもあまりそのことには触れないので、そのままだったのだ。

「アキト、ちょっと待ちなさい」
いつも通りに声を掛け、いつも通りに「いってらっしゃい」と言われることを予想していたアキトは、玄関まで来たイネスに、不思議そうな目を向ける。
「姉さん、時間がないんだけど・・・」
そう言いかけたアキトの口は途中で閉じられた。
イネスの表情がいつになく真面目だ。
空気を読むのに鈍感なアキトもつい、黙ってしまう。

「アキト、よく聞いてちょうだい」
イネスが表情を変えずに話し始める。
「あなた、今日は5時まで仕事だったわね」
「うん。そうだけど」
「その後は?」
「え、今日はまっすぐ帰るよ。店の方は今日から3連休だから」
農業プラントでの仕事が終わった後、アキトは週に4日、市民タワーにある洋食屋でバイトしている。
本当は料理の仕事を中心にしたかったのだが、料理学校を出たてのアキトでは給料などたかが知れている。
高級取りとは言え、中学から面倒を見てくれているイネスに少しでも恩返しをしたいし、せめて食い扶持くらいは自分で稼ぐために、割のいい農業プラントでの仕事を選んだのだ。
もちろん、いつかは自分の店を持ちたいし、コックへの夢もあるので、バイトで洋食屋に通っているのだ。

「そう。私が今日から1週間、オリンポス研究所へ出張することは言ったわよね」
「うん。一体どうしたんだよ、姉さん」
アキトの質問には答えず、イネスが厳しい口調になる。
「いい、アキト。何も聞かずにこれから言うことを絶対に守るって約束して」
イネスの真剣な眼差しに疑問は湧くが、黙って頷く。
「これから1週間、何か起こった時は自分の安全を最優先すること」
「何かって・・・」
「黙って聞きなさい。それから、危険になったらこの場所を思い浮かべて」
そう言ってイネスが手渡したのは、どこかの公園のフィルムだった。

「ここは?」
「地球の、サセボよ」
「どうしてこんな所を・・・」
「時間がないのよ。今は説明できないわ」
「・・・・・・」
「決して私のことを心配したりしないで。そこだけを思い浮かべるのよ」
アキトはフィルムとイネスを交互に見ながら言う。
「無理だよ。姉さんの言うようなことが仮にあったとして、この家や姉さんのことを考えないで、こんな知りもしない所のことを思うなんて・・・」
イネスはアキトの言葉に少しだけ口調を優しくする。
「それでもやるの。私は絶対に大丈夫だから。・・・約束できるわね」
アキトは黙ったままだ。
「お願いよ、アキト。私を信じてちょうだい」
イネスの度重なる懇願に、ようやくアキトも決心する。
「わかった、約束するよ。でも何もなかったら、ちゃんと帰ってから説明してくれるよね?」
「ふふ。ちゃあんと『説明』してあげるわよ。詳しく、丁寧にね」
「え・・・いや、なるべく簡単に頼みたいなあ・・・」
いつもの不適な笑顔に、アキトが失言に気づく。
「ま、いいわ。気をつけていってらっしゃい」
「ああ、行って来ます」

閉まったドアを見つめながら、独り玄関に残されたイネスが呟く。
「・・・何故サセボか、ってことを知ったら、あの子どう思うかしら・・・?」










それから2日間、何事も起こらずアキトの生活も普段通りだった。
イネスとの約束が気になったが、このまま何もなければ5日後には帰ってきて理由を話してくれる。
考えたところでどうにもならないので、アキトはさほど悩まずに3日目も農業プラントへ働きに出ていた。

だが、アキトの知らないところで事態は動き始めていたのだ。





「木星からの敵はまっすぐに火星に向かっています。大気圏突入後、予想到達地点は同南極!」
火星衛星軌道上、宇宙軍主力艦隊旗艦「ガイオウ」のメインブリッジで、オペレーターが報告する。
ブリッジ各所に展開されているスクリーンの1つに、落花生のような巨大な物体が映し出される。
同時に別のスクリーンが開き、艦隊との位置相関図が表示される。

それらを見つめながら、ブリッジ最上層でフクベ・ジン提督が重々しく口を開く。
「敵の目的が侵略である事は明白である。奴を火星に降ろしてはならん。各艦射程に入ったら撃ちまくれ!」
「チューリップなおも前進、射程距離到達まであと20秒」
フクベの指示と重なるように、新たな報告。
同時にスクリーン上のチューリップと呼ばれた物体に放電が走り、前方部が6つに裂けて開き始める。
艦隊が攻撃の準備を整える中、次々とその口から戦艦が出現する。
「どうしてあんなに・・・」
クルーの誰かが呟くが、眼前の敵を叩くことが急務だ。
戦場での長考は命に関わる。
原因究明を後回しにして、全艦隊が攻撃準備を終える。

「てーーッ!」
フクベの叫びと共に、宇宙軍から青白い光が眩い束となって、木星艦隊に襲いかかる。
一瞬遅れて放たれた木星艦隊からの黄色い光線と激突。

「我が方のビーム、全てねじ曲げられました!!」
ガイオウの周囲で爆発が連鎖し、次々と撃沈されていく。
「グラビティブラスト・・・」
苦々しげに歯噛みするフクベ。
その目は爆散する味方艦隊ではなく、前方の木星艦隊を睨みつけている。
「敵 チューリップから多数の機動兵器射出!!」
艦隊に続き、黄色い小型兵器が無数に排出される。
「パルスレーザー斉射!!」
いち早く反応したのは、フクベの背後に控えていた副提督だった。
命令に素早く反応した攻撃も、薄く光る膜によって弾かれる。
その間にも、僚艦は次々に敵艦隊からのグラビティブラストと、機動兵器の餌食となっていく。
既に勢力比を表すスクリーンは、宇宙軍艦隊が見るも無残な姿になっていることを表している。
「チューリップ、衛星軌道に侵入!!あと60秒で火星南極点に到達!」
「総員退避!本艦をぶつける!」
最早全滅は免れないことを悟ったフクベは、最優先事項の遂行を決断する。
苦しげな表情で叫ぶと、艦橋部が切り離され、ガイオウは摩擦熱で赤くなりながら、チューリップへ向かう。

最後の任務を遂行したガイオウはチューリップの落下進路を僅かに変えることに成功し、有終の美を飾った、ように思えた。

切り離されたブリッジでは、最後の瞬間までチューリップをスクリーンに映し続けている。
「地球どうなるんでしょう・・・」
副提督がフクベに、どうでもいいような投げやりな口調で言う。
フクベは答えない。
その視線は一点を見つめ、手がわなわなと震えている。
様子がおかしい事に気づいた副提督は、フクベの視線を追ってはっとなった。

進路予想表示を凝視する。
「・・・ばかな・・・」
愕然として、うめく。

予想進路を表す赤い矢印は、ユートピアコロニーを指していた。





時折、頭上から鈍い振動音が響き、ぱらぱらとコンクリートの欠片が落ちてくる。
批難した住民は恐怖に震え、ここかしこから微かなすすり泣きや、家族を呼ぶ叫び声が聞こえる。
(どうなってるんだ・・・)
アキトもこの宇宙港地下のシェルターに退避していた。


プラントでいつものようにトラクターを使っていたら、空気が震え始めた。
不思議に思って空を見上げたアキトの目に入ったのは、真っ赤に燃えながらこちらへ向かってくる巨大な物体だった。
(逃げなきゃ・・・)
直感的に悟ったアキトは、トラクターの拡声器で周辺に危機を告げると最寄のシェルターを目指したのだ。
ユートピアコロニー中央部の南西に広がる農業プラントから最も近いのは、そこから北に位置する宇宙港だった。
トラクターでは速度が出ない。
避難を呼びかけながらもアキトは管理棟を目指し、止めてあった配達用スクーターに飛び乗ると右手の強化IFSをフル稼動させた。

もの凄いスピードで宇宙港に向かう途中、背後から光を感じて振り向くと、コロニーの東部が爆発して燃え上がっていた。
恐怖に襲われて何が起きたのかを考える暇もなくそのままスクーターを走らせ、このシェルターに逃げ込んだのだ。


「本部!本部」
近くでは宇宙港警備部隊の兵士が通信機に向かって叫んでいる。
何事が起こったのか、地下からは地上の様子が窺い知れないが、この有様では恐らく地獄絵図が広げられているのだろう。
(姉さん・・・無事でいてくれよ・・・)
アキトはイネスのいるオリンポスの様子が知りたかった。
が、軍の無線が通じない状況で、外部への連絡は取りようもない。
アキトにはただ祈ることしかできなかった。

「外はどうなってんだよ!」
「救援はこないのか!?」
悲鳴や怒号が飛び交う中、シェルターの入口付近から一際大きな振動と音が鳴り響く。
悲鳴と動揺が波紋のように広がり、全員がわれ先にと奥へ逃げ出す。
その人波に押され、倒される人も出るが、誰もが自分の安全しか考えられない。
攻撃されるよりもひどい惨状が繰り広げられ、パニック状態に更に輪をかける。
「どけよっ!」
「助けてーー!」
「やめて!押さないで!家の子がーーっ!!」
「止めろ!パニックになるな!」

冷静に静めようとする声も挙がるが、群集心理の奔流を留めることはできない。
アキトも制止しようとするが、その流れに飲み込まれていく。
倒れないようにするだけで精一杯だ。
足元に時々、柔らかい感触があるが、それを確認することすらできない。

ふと視界が倒れそうになる小学生くらいの少年を捉える。
慌てて抱え上げようとするが、伸ばした腕の寸前で男の子の体が沈む。

「!!」
その先を予測して青ざめる。
必死に立ち止まろうとするが、背後から襲いかかる人波がそれを許さない。
そして。


擬視感。

赤い目。

『お・・ちゃん、で・・・・!』

脳裏で反響する言葉。


眩暈を感じて、ふらつくアキトを現実に引き戻したのは。

足元から湧き上がる悲痛な断末魔の叫び。
一瞬だけ見えた少年の目。

「やめろおーーーっ!!!」
泣きながら叫ぶアキトの声も、うねりにすい込まれていく。

大半が反対側のドアへ集まった時。

!!!!!

耳を劈くような大音響と振動に、一瞬、目を閉じて体を硬くする。

不意の静寂に目を開けると。

脅えて立ち止まる男の背中と、その向こうに見えたのは。

焼け爛れた死体の山。
瓦礫からのぞく腕や足。
引きちぎれ、飛ばされた足が、赤い断面を見せて転がる。
大きく崩れた防護障壁。
闇に光る無数の赤い明滅。
血と焼け焦げた肉の異臭が嗅覚を麻痺させ、思考が停止する。

背後からも人波は押し寄せず、半数以下に減ったシェルターの全員が、呼吸も忘れて眼前の地獄をただ見つめている。

(姉さん・・・)
ようやく動くようになった頭で思い浮かべる。
日常風景が一瞬だけ脳裏をよぎる。


イネス、プラント、店・・・

孤児院、宇宙港、事故・・・

光、銀髪、少女・・・

草原、自転車、写真・・・


赤い明滅が点灯に変わり、一段と強烈になる。

(姉さん・・・サセボ・・・)
アキトが思った瞬間、赤い光で視界が一杯になり、意識が途切れた。

機動戦艦ナデシコ
another side

Monochrome

01 A jump and next・・・

そして、シーン火星一時閉幕。舞台は地球へと移る。














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《あとがき》

あの激戦の中で、ブリッジだけ切り離して生還するってどうなんだろう。
なので、提督・副提督、ここでいきなり退場です(笑)。

このSS、モノローグと交互で進みます。
ですから次はモノローグで。


b83yrの感想
良いですよね、こういう地道な努力のアキトって
アキトって情けないオタク扱いされる事も多いけど、本来は、地道に自分の夢をかなえようとする普通の人なんだから
イネスさんの説明も相変らず長そうだし(笑)
 
シェルターに避難しようとする人達のパニックは現実の戦争ならいくらでも起こり得る事ですからねぇ
それに、『撤退戦の難しさ』を考えれば、提督、副提督がここでいきなり退場なのも不自然な事じゃないし
では、らいるさん投稿ありがとうございました
 




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