<<みたっちの部屋10000HIT感謝企画>>



ストケシアの花を探して


<<第2話>>

「ルリちゃん・・・」

ミスマル邸の一室。家具を全て取り払った広い洋間の壁際に、黒い布を掛けて作った祭壇がある。溢れんばかりの白い百合で飾られたその中央には、一人の少女の写真が黒いリボンを掛けて立ててある。瑠璃色の髪をツーテールに纏め、水色のワンピースを着てはにかむように微笑んでいる少女。生前、滅多に人前では見せなかった少女の笑顔。感情を表すことが苦手だった少女が、共に暮らしたユリカとアキトだけに見せた微笑。残された数少ない写真の中から、この通夜のためにユリカが選んだ一枚だった。

祭壇の手前、向かって右端に、喪服を纏ったユリカが正座していた。腰まで伸びた美しい黒髪も心なしか乱れ、赤く泣き腫らした目、僅かにこけた頬、そのやつれた姿がここ数日の彼女を物語っている。呆然とした面持ちで、訪れる弔問客にも型通りの挨拶を返すだけで、殆ど会話らしい会話を交わすことが出来なかった。
やがて時計の針が深夜の2時を指そうかという頃、ふと、ユリカは何かに気付いたように、視線を部屋の反対側、入り口の方に向けた。そしてそこに立つ一人の男の姿を認め、呟くようにその名前を呼んだ。

「アキト」

名前を呼ばれた男、アキトは、部屋の入り口に佇んで正面の少女の遺影を見つめたまま微動だにしない。いつもの黒いマントや顔の半分を隠すような大きいバイザーは身に付けておらず、黒いスーツに黒いネクタイというごく普通の喪服を着ている。ただし、バイザーの変わりに、視覚補助のための黒いサングラスを掛けていた。
ユリカは立ち上がるともう一度アキトに声を掛けた。

「アキト・・・、そんな所に立ってないで入ったら」

しかしアキトはその場から動こうとせず、視線を正面から僅かにずらしてユリカを見据えると、感情のこもらない低い声で言った。

「誰も、残ってないのか?」

アキトの問いにユリカは目を伏せ、しばらく適切な言葉を探して逡巡していた。

「ユリカ?」

ユリカは身体の前で両手の指を落ち着きなく絡ませ、視線もあちらこちらと泳がせていたが、アキトの再度の問いにようやくぽつりぽつりと答え始めた。

「・・・殆どの人は、もう帰ったよ。残ってるのは、ミナトさんとユキナちゃんだけ」

ユリカの言葉にアキトは無言で頷いた。その二人ならきっと残ってるだろう、そんな気がしていた。ナデシコAの頃から何かとルリのことを気に掛け、実の妹のように思っていたミナト。ルリにとって唯一人の、同年代の友人であるユキナ。

「で、二人は?」

「別室で寝てる。ずっと起きてるって言ってたけど、二人とも昨夜はあんまり寝てなかったみたいで。ユキナちゃん、ひどく興奮してて。だから、薬を飲ませて無理やり寝かせたの・・・」
「そうか」

アキトはユリカの言葉を聞き終わっても、その場に佇んだままルリの遺影を見つめていた。ユリカは、アキトの右の拳が震えているのに気付いた。顔には出していないが、心中の怒りをじっと押さえているのが分かる。その怒りが何に向けられているのか、ユリカには分かった。その為、アキトに次の言葉を掛ける事に躊躇し、一旦上げた顔を再び伏せた。

無言のまま佇む二人。その沈黙は、アキトにとって予想外のところから破られた。

「ミスマル提督。交代しますよ。あとは俺達二人に任せて・・・」

アキトから見て祭壇の右側にある引き戸が開き、赤いメッシュの入った金髪の男が顔を覗かせた。ユリカを気遣ったのだろう。交代を申し出た金髪の男は、ただならぬ雰囲気に続くはずの言葉を呑みこみ、引き戸から部屋の中へ入るのをためらった。

「サブロータさん。どうしたんですか?早く中に・・・」

金髪の男、サブロータがなかなか部屋に入らないのを不審に思ったのだろう、彼の後から付いてきた少年がサブロータの脇から部屋を覗き込み、やはりその雰囲気に言葉を止めた。

「誰だ?あの二人は」

戸口で固まった二人にちらりと視線を遣り、アキトがユリカに尋ねる。その言葉にようやくユリカは我に返ると、二人とアキトを交互に見ながら、あわてて話し出す。

「あ、あ、えっと、紹介するね、アキト。こっちの金髪のロンゲの人はタカスギ・サブロータ大尉、ルリちゃんの副官をしてたの。それから、こっちの可愛い男の子はマキビ・ハリ少尉。通称ハーリー君。ルリちゃんのナデシコB・ナデシコCでオペレーターをしてて、ルリちゃんが弟みたいに可愛がってたんだよ」

「ルリちゃんの・・・」

サングラスの奥でアキトは二人を睨みつけ、口元を苦々しげに歪めて言った。

「今日は軍人はいないはずじゃ、なかったのか」

アキトの言葉に更に表情が硬くなるサブロータとハーリー。そんな二人にユリカは慌てて

「あ、二人とも。気にしないでいいから。アキト、この二人は今日は軍人としてじゃなくて、ルリちゃんの友達として来てくれてるんだから」

そう言ってユリカはアキトを振り返ると、寂しげに笑う。

「それに、もしそうなら私もここにいちゃいけないってことになるよ」

ユリカの言葉にアキトは小さく首を横に振った。

「お前は違うよ」

そしてゆっくりと祭壇に向かって歩き出す。近づいてくるアキトを他の三人は息を殺して見つめていたが、不意にハーリーが声を上げた。

「あの」

その声に足を止めるアキト。ユリカとサブロータも訝しげにハーリーを見る。ハーリーはサブロータの脇をすり抜けて部屋に入ると、アキトを睨み上げて言った。

「テンカワ・アキトさん、ですよね」

アキトはその口調にあからさまな敵意を感じたが、相手が子供だからか、それとも別の意図があるのか、特に身構えることもせず短く答えた。

「そうだ」

「うわあああああああ」

その瞬間、ハーリーは拳を握り締めると、叫びながらアキトに向かって突進した。

「ハーリー!」「ハーリー君!」

サブロータとユリカは慌てて止めようとしたが、間に合わない。そして部屋に平手で打ったような高い音がこだました。

「その程度か。なら、殴らせてやる訳にはいかないな」

ハーリーの右拳を片手で受け止めうそぶくアキト。ハーリーは渾身の一撃を軽く受け止められ、皮肉まで浴びせられて、怒りに顔を染め血走った目でアキトを睨みつける。

「くっそおお」

自由な左手で再度殴りつけようと、振りかぶるハーリー。アキトは掴んでいた手をタイミングよく押し離し、わずかに身体を後ろに引く。ハーリーは余計な勢いがついたため、空振ったままバランスを崩してアキトの足元にあお向けにひっくり返った。

「どうした。もう終わりか」

アキトは無様に寝転がったハーリーを見下ろして挑発する。ハーリーはその言葉に弾かれたように飛び起きると再び殴りかかろうとしたが、後ろからサブロータに羽交い絞めにされた。

「こら、もうやめとけ、ハーリー」
「離してください、サブロータさん。こいつが、こいつが」

ハーリーは縛めを逃れようと懸命にもがくが、サブロータはがっちりと極めて離さない。そして申し訳無さそうにアキトに向き直る。

「すいません。テンカワさん。こいつ、艦長、ルリさんのことが好きだったから」
「サブロータさん!」

ハーリーは羽交い絞めされたまま真っ赤になって抗議するが、サブロータは全く動じない。

「でも、テンカワさんもちょっと大人気ないんじゃないっすか?こんな子供を挑発したりして」

いつもの軽い口調でアキトをたしなめるサブロータ。しかしアキトは何も感じた風も無いまま、ハーリーを見つめていた。

「サブロータさん、子供って。くそ、離してくださいよ。くっ、あんたが、あんたがいなければ、艦長は死なずに済んだのに!」
「ハーリー!」

ハーリーの言葉に珍しくサブロータが声を荒げる。ユリカはアキトの心境を想像して居たたまれなくなったのか、背を向けて顔を伏せる。そしてハーリーは嗚咽をかみ殺しながら涙に濡れた目でアキトを睨みつける。だが、アキトは特に怒る様子も無く、視線をハーリーからルリの遺影に移して呟いた。

「・・・俺がいなければ、か」



「これは・・・」

ネルガルの月隠しドックの一室。そこでアキトはネルガル会長アカツキ・ナガレと会見した。目的は唯一つ、ルリの死の理由。何故、ルリは逃げることをせずに、甘んじて死を受け入れたのか。その理由を問うために。
ラピスも同行を望んだがアキトはしばらく悩んだ後それを拒絶し、ラピスが比較的なついているエリナに無理やり彼女を押し付けた。アカツキとは二人だけで会いたかったのだ。ルリが言った、軍からの連絡。その内容次第では、自分を押さえる自信が、アキトには無かった。

実際、アカツキから渡された一枚の書類に目を通した瞬間、アキトは絶句した。何度も、何度も同じ個所を繰り返し読む。
『但し、以下の条項については地球連合政府として、その責任の元、ホシノ中佐の任務着任後に速やかに実施するものとする・・・』
読むたびに、アキトの心に湧き上がる複雑な感情の渦。自己嫌悪、罪悪感、怒り、憎悪・・・。

「どうしたんだい、テンカワ君。さっきから黙ったままだけど。もしかして、嬉しくて言葉も出ないのかな」

「なんだと」

髪を肩まで伸ばした細面の優男が軽口を叩く。アキトが会いに来た相手、アカツキだった。アキトは殺気を漲らせてアカツキを睨む。だがアカツキは飄々とアキトの視線を受け流す。

「ん?嬉しくないのかい?無罪放免なんだよ?コロニーを襲撃したことも、コロニーの守備隊を撃破したことも、クリムゾンの違法ラボに侵入したことも、そこの職員を皆殺しにしたことも、すべて『不問』。君は火星の後継者の一被害者に過ぎないことになったんだ。当然、戸籍も復活してもらえる。軍が秘匿したヤマサキ博士の研究記録も、君の五感回復のために全てドクター・フレサンジュに渡してもらえることになってる。良い事ずくめだろう?」

アキトと向かい合わせにソファに足を組んで座り、両手を大げさに広げておどけてみせるアカツキ。アキトは激昂して思わず立ち上がったが、アカツキの目が少しも笑っていないことに気付くと、力なく反対側のソファに腰を落とし、両手で顔を覆った。アカツキは敢えて何も言わず、アキトの言葉を待つ。部屋の中を重苦しい沈黙が支配した。

「俺が・・・」

どれほど経ったろうか、アキトの呟きがその沈黙を破ってアカツキに聞こえてきた。

「俺が奴らに捕まったからか?俺が復讐に没頭し続けたからか?俺が自分の罪から、弱さから、逃げ続けたからか?」

アキトの自虐の自問にアカツキは眉をひそめた。
(やれやれ、全く困った男だね、テンカワ君という奴は)
ルリが死を賭してまでアキトに与えようとしたのは、日の当たる世界での「幸せな暮らし」なのだ。最早コックは無理かもしれない。恨みを持つ人間に狙われるかもしれない。しかしそれでも、ルリはアキトにもう一度手に入れて欲しかったのだ。「人並みの幸せ」を。
(なのに、ねぇ。そんなことも考えられずに自虐に走るなんて、ルリ君も報われないねぇ)
アカツキは半ば呆れながら、しかし表情にはおくびにも出さずにアキトの自問を聞いていた。が、次にアキトの口から発せられた言葉に彼の顔つきが変わった。

「俺が、俺が生きていたから。俺が生きていたから、ルリちゃんは死」

その言葉を皆まで言う前に、アキトはソファの後ろへ殴り飛ばされた。痛む顎を押さえながら、よろよろと立ち上がったアキトの胸倉を掴むと、アカツキはそのままアキトをソファの背もたれに押し付けた。

「いいかい、テンカワ君。君がどれほど救いようが無い大馬鹿者で、軟弱者であっても構わないけどね。でも、今の君の態度は明らかにルリ君への侮辱だよ。」
「侮辱・・・」

アキトは空ろな目でアカツキの言葉を反芻する。アカツキはアキトを揺さぶりながら、いつになく興奮して言葉を続ける。

「ああ、侮辱だ。彼女があたら命を掛けたのは何のためだい?他ならぬ君の為じゃなかったのかい?心も身体もボロボロになって、でも帰るべきあての女の所に帰れず、先の短い命を抱えて戦い続ける君に、もう一度日の当たる所で人並みの幸せを掴んでもらいたい、その為だろう?そんなことも分からないのかい、君は」

アカツキの真剣な眼差しを受け止めきれず、アキトは目を逸らして呟く。

「分かってるさ。けど、俺が日の当たる所に出られても、そこにはルリちゃんはもういない。どうして、幸せになれるんだ」

アキトはアカツキの手を振り解くとソファに寄りかかる。その肩は小刻みに震え、その口からは嗚咽が漏れてくる。

「さあね。そこは、これから考えるんだね。艦長、じゃない、ユリカ君と、それにラピス君と」

アカツキはむせび泣くアキトをそのままに、部屋の出口へと歩いていく。

「ああ、そうだ。言い忘れていた。明日、ルリ君の通夜がミスマル邸で行われるそうだ。軍人は出入り禁止だそうだから、行ってきたらいい。告別式は明後日だが、こっちは軍主催だから。君は行かない方がいいだろう?」

戸口の前で立ち止まると、アカツキはアキトを振り返る。アキトは答えない。アカツキは一つ溜息を吐くと、部屋を出た。が、すぐに思い出したように顔だけ覗かせた。

「テンカワ君。君とルリ君、似たもの同士でお似合いだよ。残される人間のことも考えずに自分の思いだけで突っ走るところなんか、特にね」



「アキト?」

無言のまま、ルリの遺影をどこか遠い目で見つめるアキトにユリカが声を掛ける。ユリカの声にアキトは我に返ると、ユリカら三人には一瞥もくれず、再び祭壇に向けて歩き出した。

「・・・」

遺影の手前にテーブルが一つあり、そこに紫色の花が数輪置いてある。アキトはそのうちの一輪を手に取ると、振り向いてユリカに言った。

「この花は?」

ユリカはアキトの横に並ぶと、自分も一輪手にとって寂しげな微笑を浮かべる。

「ストケシア。瑠璃菊とも言うの。花言葉は「追想」「清楚」。ね、ルリちゃんにぴったりでしょ」

アキトはユリカを一瞥すると、また視線を手にしたストケシアの花に戻した。その清楚な花の姿に、ルリの面影がダブる。

初めて会った頃のルリ。ピースランドへ一緒に行ったときのルリ。一緒に屋台を引いていた頃のルリ。

アキトの脳裏に、まだ妹に過ぎなかった頃のルリの姿が浮かんでは消えていく。

そして、あの墓地で再開した時の、美しく成長したルリ。その姿を見たときに心の片隅に感じた、小さな痛み。冷たく突き放せば突き放すほど、彼女よりも寧ろ自分に突き刺さる言葉の刃。

最後に、死の間際に涙を浮かべるルリ。もしあの時、ルリがあんな任務を受けた理由を知っていたら、自分はどうしただろうか?答えの出ない問いが頭の中で渦を巻く。ただはっきりしているのは、弱さを受け入れられなかった自分がルリを「殺してしまった」ということ。

そして、今またその弱さゆえに、アキトは事実を受け入れることができなかった。

「アキト。アキトもルリちゃんにお別れを」「駄目だ」

アキトに花を捧げるよう促すユリカの言葉を、アキトの悲鳴にも似た叫びが遮る。未だにじたばたとサブロータの腕の中でもがいていたハーリーも、ハーリーを押さえているサブロータも、その声に動きを止めてアキトを見る。

「アキト?」

ユリカはアキトの顔を下から覗き込む。アキトはユリカに気付かぬかのように、ストケシアの花びらを見つめながら、ゆっくりとその茎を回転させている。しばしの沈黙の後、アキトは顔を上げてルリの遺影に向かって独り言のように口を開いた。

「駄目だよ。ルリちゃん。俺は、君が死んだなんて、受け入れられない。この花を君の写真に捧げて、全てを受け入れて、全てを思い出に変えてしまうなんて、そんなことは、俺には出来ない・・・」

「何言ってるの、アキト。あなたも見てたじゃない。目の前で。ルリちゃんは、ルリちゃんは死んじゃったんだよ。もうどこにもいないんだよ」

アキトの言葉にユリカは思わず彼の腕を掴んで揺すりながら訴える。
自分だって信じたくない。だが、目の前で見たのだ。爆発するナデシコCを。相転移する空間を。ルリは死んだ。その事実を受け入れて、ルリが今際の際に残した言葉のためにも、日の光の元で生きていかなければならない。自分も、そしてアキトも。
アキトは自由な方の手でサングラスを外した。視力の伴わないはずの鳶色の瞳がユリカを真っ直ぐ見据える。そしてサングラスを胸ポケットにしまい、縋るユリカの手に自分の手をそっと添えた。

「すまない。ユリカ。確かに見たよ。でも見たのはナデシコCが爆発した所だけだ。ルリちゃんが死んだ所じゃない」
「そんなの」
「そう、ただの詭弁さ。だけど、駄目なんだよ。俺は、俺はまだ信じていたい。あの子が生きてるって」

そう言うと、アキトはユリカの手を優しく振り解き、入ってきた戸口の方へ振り向いた。そしてその戸口に、喪服代わりの黒いワンピースを着た桃色の髪の少女の姿を認めた。

「ラピス、どうして」

月に置いてきた筈の少女を見て、アキトは思わず尋ねた。

「エリナに連れてきてもらった。アキト、ずるい。何も言わずに一人で来るなんて」

ラピスは少しむくれ気味に答えると、すたすたと祭壇の前まで歩いてくる。そしてストケシアを一輪手に取り、ユリカを見上げて言った。

「アキトが信じる。だから私も信じる。ルリは生きてる」

「ラピスちゃん・・・」

ユリカはそれ以上言葉を続けることができず、ただラピスのルリと同じ琥珀色の瞳を見つめる。ラピスも暫くユリカを見つめていたが、すっとアキトに向き直るとその手を引いて戸口へと向かった。

「・・・落ち着き先が決まったら連絡する」
「あ、アキト」

アキトはそれだけ言うと、ラピスと並んで部屋を出て行った。ユリカは二人の後姿を、呆然と見送るだけだった。



「やれやれ、困った男だね。本当に」

執務机でモニターを覗きながら、アカツキ・ナガレが呆れたように呟く。ネルガル本社ビル最上階にある会長室。アカツキは今、その執務机でミスマル邸で行われていた通夜を覗き見ていた。

「人の事は言えないんじゃないかしら。覗き見とはお世辞にも趣味がいいとは言えないわよ」

会長室の中央にある応接セットの一角から女性の声が響く。アカツキが視線をそちらに移すと、一人の女性がソファから立ち上がった。

「はは。相変わらずキツイね。ドクターも」

ドクターと呼ばれた女性は、ゆっくり近づくと机を挟んでアカツキの前に立った。30を少し過ぎたくらいの金髪の麗人。すらっと伸びた肢体、トップモデルを思わせる抜群のスタイル。そしてややもすれば冷たさを感じさせかねないほどの美貌。
だがアカツキは、見慣れている所為か或いは他に理由があるのか、その女性から視線を逸らすように再びモニターに目を戻した。

「で、どうなんだい。うまく行きそうなの?」

「それは、”どちら”のことを言ってるのかしら」

「どちら」という言葉に反応してアカツキは顔を上げると、悪戯っぽく上目遣いでイネスを見る。

「そうだね。”どちらも”かな」

「贅沢ね」

女性は冷たい微笑を浮かべると、手に持っていたグラスからブランデーを一口啜る。アカツキは両肘を机に突いて手の指を組合せるとその上に顎を乗せる。そして、悪戯っぽい目つきのまま口を開いた。

「おやおや。今世紀最大の天才、イネス・フレサンジュともあろう者が随分弱気じゃない」

イネス・フレサンジュはグラスに残ったブランデーを一息にあおると、空になったグラスをアカツキの前に置いてその顔を冷気を増した視線で覗き込む。

「何事も完全と言うことは有り得ない。どれほど綿密に練った計画でも失敗はありえる。不確定要素を予め全て想定して対策を立てておくなんて事は不可能」

「ま、そうだろうね」

気のない相槌をアカツキが打つ。イネスは静かに上体を戻すと、睨みつけるようにアカツキを見下ろす。

「でも、どちらも成功させて見せるわよ。特に”お兄ちゃん”の方はね。臨床実験も出来るわけだし」

そう言うと、訳ありの表情でアカツキを見据える。アカツキはその視線を全く動じずに受け止める。

「やはりやるって?全く、どこまで自分を痛めつければ気が済むんだろうねぇ」

心底呆れた、というように両手を広げて首を振るアカツキ。イネスも微かに眉間に皺を寄せると、吐き捨てるように言う。

「ホントに。”お兄ちゃん”も”あの娘”も、自分の思いばかり大事にして。それが周りの人間にどれだけ辛い思いをさせるのか、考えもしない」

イネスは踵を返すとドアに向かって歩いていく。その後姿に、アカツキはさも面白いといった風に声を掛けた。

「だから言ったろ。お似合いなんだよ、あの”二人”は」

 

<<第3話に続く>>

第3話へ進む

ストケシアの部屋// みたっちさんの部屋// 投稿作品の部屋// トップ2


b83yrの感想

ルリって、本来冷たい性格のキャラの筈なのに、何故か『アキトの為に自分の身を犠牲にしてでも何かをやる』話が似合う、不思議と血の通った人間味のあるキャラになってる

ルリの冷たさって、人間味のある冷たさとでも言うのか、一見冷たいように見えて実は一番血の通ったキャラなのかも

だから、ハーリーだってああいう態度に出る

ルリの冷たさを嫌っている人も多いだろうけど、それでもなお、ルリを支えてやろうとする人達の存在も、納得出来る

と、こういうSSを読むと思ったりします


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送