<<みたっちの部屋10000HIT感謝企画>>


ストケシアの花を探して


<<第1話>>

「本当にここでいいのか?ラピス」

ユーチャリスのブリッジ。索敵ウィンドウに映る情報を見ながら、アキトがラピスに尋ねる。

「うん。間違いない。ここがエリナから連絡のあった宙域」

抑揚の少ない声でラピスが答える。アキトはちらっとラピスを見やり、再びウィンドウに目を落とす。

「・・・しかし、『奴ら』の艦隊なんてどこにもいないが。いるのは、・・・宇宙軍の戦艦が2隻?」

アキトは索敵範囲を最大にした結果捕捉した2隻の戦艦について情報を確認する。

「ナデシコか・・・」

識別信号から判明した2隻の戦艦の名前。ナデシコBとナデシコC。

(さて、どうするかな・・・)

アキトは迷った。エリナが秘匿回線を使用して伝えてきた情報−火星の後継者の艦隊が集結している−に従って来てみれば、いる筈の敵艦隊は欠片も無く、代わりにいたのが2隻のナデシコ。

誰が乗っているか分かりきっているだけに、こちらの存在は出来るだけ知られたくない。

「ラピス、一旦、月のドックへ」「アキト、なんか様子が変だよ」

帰還を指示しようとするアキトの言葉をラピスが遮る。

「変?」

訝しげに尋ねるアキトに、ラピスは無表情のまま目の前にウィンドウを二つ開いてアキトの方へ押す。ゆっくり飛んでくるウィンドを自分の前で止め、中を見て驚くアキト。

そこには元は火星の後継者の艦隊だったと思われる戦艦や機動兵器の残骸と、黒煙を上げて漂うナデシコCが映っていた。

「な!どういうことだ、これは!ラピス、ナデシコBの方は!?」

予想外の状況に驚き、思わず大声を出すアキト。が、ラピスは相変わらず無表情のままウィンドウを一つアキトに回す。そこには無傷のナデシコBが映っていた。

「・・・アキト、通信傍受した」

ラピスはそう言うと、アキトの返事を待たずに受信ウィンドウを三つ開く。それぞれのウィンドウに映し出されるジュン、ユリカ、そしてルリ。

「!」

映し出されたルリの姿に息を呑むアキト。そして、もう聞くことも無いと思っていた懐かしい声、ユリカの声が流れてきた。


「ルリちゃん、早く脱出して!!」

宇宙軍提督服に身を包んだミスマル・ユリカが、ナデシコBのブリッジで叫ぶ。

ブリッジ中央の空間に浮かぶ二つのウィンドウ。一つには満身創痍、そこかしこから黒煙を吹き上げるナデシコCが映る。そしてもう一つのウィンドウには、ナデシコC艦長のホシノ・ルリ。

トレードマークのツーテールも右側は髪留めを失って無造作に垂れ、顔の同じ側を血染めの包帯で覆っている。

「何してるの!ルリちゃん、早く!!」

再びユリカが叫ぶ。しかし、ルリは悲しげな微笑を浮かべ静かに首を横に振った。

「どうして!?そのままじゃルリちゃん、死んじゃうよ!」

必死の形相でルリに問うユリカ。

「任務ですから」

小さく、しかしはっきりとした声で答えるルリ。その返答にユリカは絶句した。

「任務って・・・」

「任務は任務です。連合宇宙軍総司令から、ナデシコC艦長ホシノ・ルリ中佐への。そうですね?アオイ中佐」

ルリはやや皮肉気な調子で、話をナデシコBの新艦長アオイ・ジュン中佐に振る。

「・・・ああ、そうだ。ナデシコC単艦による火星の後継者残党の掃討。ワンマンオペレーティング試験も兼ねるため、同乗クルーは無し」

目を伏せ、重苦しい口調でジュンが答えた。それを聞いて目を剥いたユリカがジュンの襟元に掴みかかる。

「どういうこと、ジュン君!何、それ!そんなムチャクチャな任務なんて、ある筈ないじゃない!」

ジュンは襟元を掴まれたまま、ユリカから目を逸らして唇を噛む。

「ジュン君!黙ってないで何とか言ってよ!」

押し黙るジュンに業を煮やし、激しくジュンを揺さぶるユリカ。その様子にルリは小さく溜息をつくと、ジュンの代わりに言葉を継いだ。

「・・・ユリカさん、それじゃアオイさん、話したくても話せませんよ」

「だって」

ユリカはしぶしぶ手を止めると、ルリの映るウィンドウに向き直る。ルリは一瞬ジュンを見やり、ジュンの目に承諾の意を読み取るとユリカに事の次第を語り出した。

「時間がありませんから、手短にお話します。2ヶ月前、司令部付きの閑職に回されていた私は、突然ミスマル総司令に呼び出されました」




「これが、任務、ですか?」

連合宇宙軍総司令執務室。どっしりとした黒塗りの執務机を挟みミスマル・コウイチロウ総司令と向かい合って立ち、手渡された命令書に一通り目を通したルリが尋ねる。

「そうだ」

コウイチロウは眉根を寄せ、自慢のカイゼル髭の先を撫でながら低い声で答える。

ルリはその顔をわずかに細めた目で見つめ、一層冷ややかな声でコウイチロウに問う。

「私に、死ね、そう仰ってるんですね?」

ルリの氷の視線に晒され、いつもの冗談なら決まり悪そうに目を逸らすであろうコウイチロウ。しかし今日はその視線を正面から受け止めると、決意の表情で重苦しく頷く。

ルリはその様子に並々ならぬ事態を感じ取り、それ以上コウイチロウを責めるのを止めると、もう一度命令書に目を落とした。

『ナデシコC単艦による火星の後継者残党艦隊の掃討。ワンマンオペレーティング試験も兼ね、搭乗者はホシノ・ルリ中佐のみ』

この時点で既に有り得ない命令なのだが、更に続きがあった。

『・・・敵艦隊の殲滅後も、ナデシコC及びホシノ中佐の帰還を認めず。尚、この任務に対してホシノ中佐に拒否権は存在しない。但し、以下の条項については地球連合政府として・・・』

(一体、こんな命令がどこから・・・)

「統合軍、ですか?」

ルリが命令の出所について問う。

一体、死ぬことそのものに恐怖を感じはしない。そのように作られたのだから。だが、6年前のナデシコに乗る前の自分ならともかく、今のルリは人の命令で訳もわからぬまま命を捨てる気などさらさら無い。そもそもこんな命令など有り得ない。任務を遂行後も帰還を許さないなどという命令など。

コウイチロウはゆっくり頭を振ると、視線を机に落として呟くように答えた。

「地球連合政府および地球連合議会の総意、だ」

その答えにルリの表情が曇る。

「そうですか・・・」

いつかこういう日が来る。予想はしていた。あの火星圏全体の電子制圧、それが現地球連合政府・議会に関わる権力欲の権化達にどのような影響を与えるか。
コウイチロウやムネタケ・ヨシサダ参謀を始めとする宇宙軍首脳も、彼らの敵意を少しでも逸らそうと、ルリを艦隊勤務からはずし司令部付きの閑職に据えたのだ。
またルリもできるだけ目立たぬように、与えられた殆ど雑務といってもいい仕事を黙々とこなす日々を送っていた。
だが、結局その努力は無駄に終わった。

『電子の妖精はもはや不要。その能力、百害あって一利なし』

それが地球連合政府および連合議会の下した結論だった。その裏には、ルリの能力に対する恐怖があることは明白だった。

「狡兎死して良狗煮らる、というわけですか」

ルリの皮肉にも、もはやコウイチロウは答えない。両手を執務机の上で組み、俯いたまま黙っている。

ルリは三たび命令書に目を通す。そして命令書の最後の一節に目を留めると、何度も慎重に読み返す。

「・・・総司令。この最後の部分、『但し、以下の条項については地球連合政府として』云々というところですが、これは確かなのでしょうか」

ルリの問いにコウイチロウは顔を上げた。

「連合政府が確かに保証するそうだ」

コウイチロウの答えにルリはゆっくり頷く。そしてもう一つ重要なことを確認する。

「その手続きの完了を、私が出撃前に確認することは可能でしょうか」
「ルリ君」

コウイチロウはルリの顔を見る。そこに見たのは父親に対して必死に縋るような少女の瞳。

「・・・分かった。このミスマル・コウイチロウ、この命に代えても君の出撃前に全ての手続きを終わらせて見せる」

厳しい表情でコウイチロウが決意を表す。そのにルリの相好が緩む。

「ありがとうございます、おじ様」

「ルリ君・・・」

ルリのあまりに儚げな、それでいて幸福そうな笑みに、コウイチロウは思わず立ち上がって声を掛けた。

「でも駄目ですよ、『こんなこと』に命を掛けたりしないで下さい。総司令の命は私なんかよりずっと重いんですから」

ルリはそう言うと、命令書を制服の胸ポケットに入れ、居住いを正してコウイチロウに最敬礼をした。

「ホシノ・ルリ中佐。ナデシコC単艦にて火星の後継者残存艦隊を掃討します!」




「そんな・・・」

ユリカはあまりのことに絶句した。

連合政府と連合議会がルリの存在を否定した。それはある意味、「世界」がルリを否定したといってよい。そしてその理不尽な決定を受け入れ、ルリを単身死地に追いやった自分の父。ルリを我が子のように、いや、時として実の娘である自分に対して以上に溺愛していたあの父が、よりによってルリの死刑宣告を行う役を担ったのだ。

ユリカは思考を止めたかのように、人形のように呆然と立ち尽くしていた。

そこへ、突然、一つのウィンドウが開いた。

「ルリちゃん!バカなことは止めるんだ!」

「アキト!?」

ウィンドウの中に現れた黒尽くめの男の声に、ユリカは思わず反応した。

誰よりも会いたかった、最愛の男の声。そして、今はまだ会えないと心に誓った男の声。
自分を救うために、理不尽な正義をかざす者どもに復讐するために、男がどれほどの傷をその身体と心に刻んできたかを知ってしまった為に。
今の自分では、とてもその傷を癒せないから。崩れ落ちそうなその心を、とても支えきれないから。

「来てしまったんですね・・・アキトさん」

ルリは悲しげに呟く。その瞳に強い思いを秘めたまま。

「話は聞いた!ともかく、早く脱出するんだ!」

アキトが声を荒げて叫ぶ。だが、ルリはただ、首を横に振るだけ。

「軍に戻れなければ、ここへ、俺の所へ来ればいい。どの道、俺は犯罪者だ。俺が拉致したことに」「駄目です!」

アキトの言葉をルリが遮った。

驚き、言葉に詰まるアキトの顔をウィンドウの中に見つめながら、ルリは涙がこぼれそうになるのを必死に堪えていた。

嬉しかった。心の底から嬉しかった。
『俺の所へ来い』
幾度、その言葉を願ったことか。あの、墓地での別れ以来、追いかけることも出来ず、ただひたすらその無事を祈り、帰ってきてくれることを願い、ネットに潜って彼の障害になりそうな情報を消去しながら。
適わぬ思いと知りながら、ユリカへの罪悪感に苛まれながら、それでも幾度となくその言葉が彼の口から告げられることを夢見て。
たとえ同情でもいい。ユリカの代わりでも構わない。アキトと一緒にいられること、それが、ルリの唯一つの願いだったのだから。

だが、運命はあまりにも無情だった。あれほど願ったその言葉を、ルリは今、受け入れることができなかった。

「駄目なんですよ、アキトさん。私はここで、死ななければいけないんです」

「何言ってるの、ルリちゃん。そんな理由、どこにも無い!誰が何言おうと、ルリちゃんが死ななきゃならない理由なんて、絶対無いよ!アキト、アキト、お願い、ルリちゃんを、ルリちゃんを助けて!!」

ユリカが身を乗り出してルリに、そしてアキトに訴える。アキトも、ユリカに言われるまでも無くルリを救出するために次の手を打つ。

「ラピス、ジャンプナビゲーションシステム起動。目標はナデシコCブリッジだ」

「・・・アキト、ナデシコCの前方、距離500に敵艦隊出現。数およそ50。」

「なに!」

ラピスがブリッジ中央の空間に索敵ウィンドウを拡大表示する。

「くそ!まだ生き残りがいたのか。ラピス、まだか?」

アキトは索敵ウィンドウに毒づくと、ラピスにナビゲーションシステムの状況を尋ねる。

「もう演算終了してる。ジャンプフィールドを展開すればいつでも、えっ」

「どうした!?」

アキトに答えていたラピスの口から小さな驚きの声が上がる。つられてアキトも聞き返し、ラピスが座るオペレーター席に向かう。

「・・・そんな、ルリ」

ラピスの口から漏れる言葉。不審に思ったアキトがコンソールを覗き込むと、そこにはブラックアウトしたウィンドウと、その中を飛び回るデフォルメされたルリの顔アイコン。

「な!?まさか、掌握されたのか!?」

「きゃあっ」

その時、ナデシコB側の通信ウィンドウからユリカの悲鳴が聞こえた。思わず目を上げたアキトが見たのは、ルリとオモイカネのアイコンが乱舞するナデシコBのブリッジだった。

「ルリちゃん、どういうこと!敵が来てるんだよ!!」

ユリカは突然のルリによるシステム掌握に驚きながら問いただす。それに対し、ルリはあくまで冷静さを失わずに答える。

「こちらへ来られるのは困りますから。それに、敵艦隊も同時に掌握してますから問題無しです。第1陣には梃子摺りましたが、第2陣の防壁が第1陣と同じ物でしたので」

「ルリちゃん、いい加減にしろ!早く掌握を解くんだ!!」

興奮して叫ぶアキト。顔にナノマシンの光跡が走る。だが、ルリはアキトを一瞥しただけでジュンの方を向き、冷ややかな視線を送る。

「それにしても、よほど私を殺したいようですね?地球の偉い方たちは。よりによって軍が開発した最新の電子攻勢防壁を敵に提供するなんて」

「ええっ」

ルリの言葉に驚くユリカ。ジュンは厳しい表情のまま無言で拳を握り締める。

「その様子だと、アオイさんもご存知だったんですね」
「・・・知っていた。なぜなら、彼らにこの電子防壁を送ったのは僕だからね」
「ジュン君!」

ジュンの言葉にユリカが驚き、ジュンに詰め寄る。いつもなら気後れするジュンだが、今はユリカも目に入らない様子で、虚空を凝視し、独り言のように呟く。

「ここに来たのも、ホシノ中佐の死とナデシコCの沈没を確認するため。それが、僕達ナデシコBクルーに課せられた『任務』だよ」

「ジュン、貴様!」

アキトが激昂し、ウィンドウ越しにも分かるような凄まじい殺気を撒き散らす。ユリカは放心し、ただ首をふらふらと横に振る。

「しかたないんだ。任務を拒否すれば、僕はともかく、ナデシコBのクルー全員が軍事法廷に立たされ、何らかの罪に問われることになる。そんなことは、僕にはできない!」

ジュンは立ち上がると激情を伴った瞳でアキトを見返した。

「ジュン・・・」

「僕の立場は君やユリカとは違うんだ。ホシノ君一人の命とナデシコBクルー全員の命を天秤に掛ければ、迷うことなくナデシコBクルーの命の方が重い」

アキトはジュンの気持ちを察して沈黙した。ユリカは未だ放心状態から醒めないでいる。

「僕だって、好き好んでこんな任務を受けた訳じゃない!なんで、なんで」「もういいです、アオイさん」

興奮のあまり言葉に詰まったジュンをルリが止める。

「すみません、アオイさん。あなたがどんな思いでこの場にいるのか、分かっていた筈なのにあんな皮肉を言ったりして」

そう言ってルリはぺこりと頭を下げた。ジュンは力なくシートに腰を落とすと、左手で目を隠す。

「君が謝ることはないよ、ホシノ君。ただ、何も力になれない自分が・・・」

そこまで言うと、今まで懸命に抑えてきた感情が漏れ出すように、ジュンの口から嗚咽が漏れ始めた。

「・・・アキト。ジャンプは?ルリちゃんの所にジャンプで行けないの!?」

今まで放心状態だったユリカがようやく正気を取り戻しアキトに尋ねる。だが、アキトは首を横に振った。

「俺はナデシコCのブリッジを知らない。だからイメージングできないんだ。ジャンプナビゲーションシステムが使えれば跳べるんだが、今はルリちゃんに掌握されて使えない」

忌々しげにルリに掌握されたコンソールウィンドウを見ながらアキトが答える。その横で懸命にシステム掌握を解除しようとしているラピス。だが、ルリの防御は堅く、さすがのラピスも打つ手が無い状態だった。

「そんな・・・もう、どうにもならないの?」

力なく呟くユリカ。その時、ルリの映っていたウィンドウがブラックアウトし「SOUND ONLY」の表示が現れる。

「ルリちゃん!?」
「どうしたんだ、ルリちゃん!?」

アキトとユリカが同時に叫ぶ。そこに、変わらず冷静なルリの声が聞こえる。

「ご心配なく。僅かな範囲とは言え、これ以上ブリッジを映してアキトさんが無理やりジャンプしてこられては困りますから、映像を切らせて貰っただけです」

「ルリちゃん・・・」

アキトは拳を握り締める。
自分は、また大切な人間を助けることができないのか?かけがえの無い存在を失わなければならないのか?

「ルリちゃん、何故だ?何故、俺と一緒に行けないんだ?何年も放って置いて、今更こんなこと言う資格も無いかもしれないけど、俺は、一緒にいるくらいなら死を選びたくなるほどに、ルリちゃんに嫌われてしまったのかい?」

アキトはルリに寂しげに語りかける。その言葉を聞いたルリが、初めて感情を顕わに叫ぶ。

「そんなこと、私がアキトさんを嫌いになるなんて、そんなことある訳ないじゃないですか!」

「じゃあ、何故!」

負けじとアキトも苛立ちを隠せずに叫ぶ。そこへユリカが割り込む。

「ルリちゃん、もしかして私に遠慮してるの?だったら、そんなこと気にしないで。私、ルリちゃんに嫉妬したりしないから」
「ば、バカ、ユリカ、何言ってるんだ」

ユリカの言葉にまるで昔に戻ったように慌てるアキト。

「アキト、黙ってて。ね、ルリちゃん。私に遠慮することなんかないから、アキトの所に行って。そして生き延びて。お願い」

ユリカは諭すような、縋るような思いで言葉を紡ぐ。

「ユリカさん・・・。ありがとうございます。でも、アキトさんのところへ行けないのは、他に理由があるんです」
「だから、一体どうして!」

再びアキトが叫ぶ。

「理由は、アカツキさんにでも聞いてください。多分、今ごろは軍から報告が行ってるでしょうから」
「アカツキに!?軍から?どういうことなんだよ!」

ルリの言葉に更に苛立ちを募らせアキトが怒鳴る。ユリカは通信士の所へ行き宇宙軍司令部に連絡を取ろうとするが、ルリにより通信が制限されており連絡が取れない。

「ラピス、アカツキのホットラインに繋いでくれ!」
「だめ、アキト。ナデシコB・C以外との通信が制限されてる」

ラピスの答えにアキトはコンソールに拳を叩きつける。

「ルリちゃん!頼むから、頼むから俺の、俺達の願いを聞いてくれ!お願いだ!」

「・・・もうお別れの時が来たようです」

懇願するアキトに、感情を押し殺したルリの声が聞こえてきた。

「お別れって・・・」

絶句するアキト。目を大きく見開き呆然と立ち尽くすユリカ。

「今から言うのは私の遺言です。まず、アキトさん」

『遺言』。その耳を疑う言葉にアキトは声も出せない。

「ユリカさんの元へ帰ってあげてください。もうアキトさんは十分苦しみました。これからは、ユリカさんとラピスさんと3人で幸せに暮らしてください」

「・・・できる訳が無いよ。知ってるだろ、俺は犯罪者だ。超A級テロリストだよ」

ルリの言葉にアキトがうめくように言う。

「大丈夫ですよ、アキトさん。アキトさんはもう犯罪者なんかじゃありませんから」
「?それはどういう・・・」
「ユリカさん」

アキトの問いに答えないまま、ルリはユリカに語りかける。

「アキトさんをしっかり受け止めて下さいね。以前お伝えしたように、アキトさんは身体にも心にも酷い傷を負っています。その傷を癒してあげられるのは、アキトさんが愛しているユリカさん、貴方だけなんです」

「ルリちゃん・・・」

「そしてラピスさんを。アキトさんの五感を支えて、アキトさんと共に戦い続けてきたあの子を、優しく抱きとめてあげてください」

「ルリ?」

自分の名前が挙がったことに驚くラピス。火星で一度IFSリンクを通じて話して以来、殆ど交流らしい交流も無かったが、ラピスはルリに嫌われていると思っていた。現にあの時、火星で接触した時にはルリの心にどす黒い感情を感じたはずだった。なのに、今。ルリは自分をユリカに託そうとしている。アキトと共に。何故?

疑問に思うラピスの心の中に、IFSを通してルリの心が伝わってきた。

『ラピスさん。ごめんなさい。貴方には迷惑かもしれない。でも、きっとユリカさんには今のアキトさんを支えるのは荷が重いと思うから。だから、貴方もユリカさんと一緒にアキトさんを支えてください』
『ルリ』

ラピスはリンクを通してルリの心に触れた。そこで感じたのは、無念の思い。できれば自分が支えたい。支えきれないかもしれない、けど、たとえ心が砕けても、最後までアキトの役に立ちたい。でも、それができない無念。決して死を諦観などしていない、激しい生への未練。それでも死ななければならないという、葛藤。

今まで感じたことの無い激しい感情に圧倒されながら、その中に自分と同じ心、何よりもアキトを大切に思う心を感じ取り、ラピスは小さく頷く。

『いいよ、ルリ。ユリカと一緒にアキトを大事にする』
『ありがとう、ラピスさん』

ルリの心から安堵の念と、ラピスに対する温かい思いが伝わってくる。その思いの心地よさに、ラピスはアキトから感じるものと同じ温もりを感じていた。
(ルリ。温かい。アキトと同じ。・・・だめ、死んじゃだめ)

「ナデシコC、動き出しました。微速前進!」

今まで息を潜めるようにして、僅かに生き残るセンサー類を見ていたナデシコBのオペレーターが叫ぶ。

「だめ!ルリちゃん!アキト、ルリちゃんを行かせちゃ駄目!お願い、止めて!ルリちゃんを止めてー!!」

ルリの意図に気付いたユリカが絶叫する。

「ラピス、まだか!?」

アキトがラピスを急き立てる。ラピスは答えず、額に汗を浮かべながら懸命にルリの掌握を解こうとするが、全く歯が立たない。

ユリカ・アキト・ラピスの3人が足掻く中、ブラックアウトしていたウィンドウに再びルリの姿が映る。

「ルリちゃん!!」「やめろ、ルリちゃん!!」「ルリ、だめ」

口々にルリを止めようとウィンドウに向かって叫ぶ3人。そんな3人を見つめ、ルリは静かに微笑む。

「さようなら。アキトさん、ユリカさん、ラピスさん。それとアオイさん、ありがとうございました。ユキナさん、ミナトさんによろしく・・・」

そしてルリのウィンドウが閉じる。閉じる瞬間、アキトだけが気付いていた。ルリの左眼から涙が一筋零れるのを。

「行くな、ルリちゃん!・・・ルリーーー!!」

ウィンドウの中で遠ざかっていくナデシコCに手を伸ばすアキト。だが、当然手が届く訳も無く、無情にも遠ざかり小さくなっていくナデシコC。


「ナデシコC。敵艦隊中央まで進入」

オペレーターの声がナデシコBのブリッジに響く。ユリカは顔を両手で覆ってすすり泣き、ジュンは映像を食い入るように見つめている。

そして、ナデシコCは最後の時を迎えた。

ブリッジ中央に浮かぶウィンドウの中、何度か小爆発を繰り返した後、機関部から大爆発を起こすナデシコC。そして広がる虹色の相転移空間が火星の後継者の艦隊・機動兵器群を飲み込んでいく。

「い、いやー!!!」

ユリカがあらん限りの声を張り上げ、そのまま失神して崩れ落ちる。ジュンは放心したまま、一声も発せず艦長席に沈み込む。


「が、があああー!!!」

ユーチャリスのブリッジにアキトの獣のような叫び声がこだました。床に蹲り、握り締めた拳が血に染まるのも気付かぬまま、何度も何度も床を殴りつづけるアキト。

「・・・ユーチャリス、全機能回復」

感情のこもらない口調でラピスが告げる。その金色の瞳からは、生まれて初めての真珠の煌きが零れ落ちた。

「対象宙域に金属反応無し。生命反応、無し」

ナデシコBのオペレーターがジュンに告げる。その声にジュンは漸く顔を上げると、生気のない声で命令する。

「ナデシコB、反転。帰還する」

「アキト」

去っていくナデシコBを見ながら、ラピスはアキトに声を掛ける。だが、アキトは返事をしない。血だらけの自分の手を空ろな目でぼうっと見つめ、何かをぶつぶつ呟いている。

その様子をラピスはじっと見つめていたが、やがて立ち上がるとアキトの横に立った。そして

ぱちん

ラピスの平手がアキトの頬を打った。何が起こったのか分からず、叩かれた頬を押さえてラピスを見るアキト。
ラピスはアキトの両頬に自分の両手を添え、相変わらずの抑揚に乏しい口調で言う。

「アカツキのところに行く。ルリの死んだ訳を聞きに。そうだね、アキト」

アキトはしばらく口をぽかんと開けてラピスを見つめていたが、ようやくラピスの言葉を呑みこめたのか、はっと我に帰るとラピスを抱き締めた。

「ありがとう。ラピス」

ラピスは目を閉じ、気持ちよさそうにアキトの胸に頬を寄せる。アキトはラピスの桃色の髪を撫でながら視線を眼前のウィンドウに広がる漆黒の宇宙に向けた。

「そうだ。『あの子』が死んだ理由、俺はそれを聞かなければ・・・」

やがてユーチャリスは虹色の輝きと共に姿を消した。月へ。ルリの死の理由を求めて。

<<第2話に続く>>

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<<後書き>>

こんにちは、皆様。みたっちです。

タイトルにも書きましたが、このSSは「みたっちの部屋10000HIT感謝企画」という、私の勝手な企画の下に書かれたものです。
ちょっと大げさな言い方ですが、私がこの半年で書いてきた作品の総決算というべきものにしたいと思っています。

で、いきなりルリが死んでしまいましたが、きちんと「ハッピーエンド」にするつもりですので、どうかご寛恕願いたく(汗)。
全3話の予定です。どうか、よろしくお付き合い願いたく。

では、第2話の後書きでまたお会いしましょう。


b83yrの感想

うふふふふふ、みたっちさん、駄目ですよおぉぉぉぉぉちゃんとハッピーエンドにしてくれないとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、でないとルリ殺し作家の汚名を与えちゃいますようぉぉぉぉぉぉ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ・・・・

とまあ、冗談はこれぐらいにして<本当に冗談か?(にやり)

過ぎた力は、大抵の場合人を不幸にするもの

劇ナデアフターで、ルリの力を恐れられて・・・なんて話は結構ありますしね

こういう話の場合、「食材が何か?」の問題じゃなくて「同じ食材をどう料理するか?」の問題になりますな

さて、いきなりルリが死んでしまっているようですが、この後どうなるのか?

それと、後書きでハッピーエンドになりますと言ってますが、これって難しい問題があるんですよね

こういう話の場合

「先にハッピーエンドになると言っておいてくれないと、この後見る気がしない」

って人と

「そう言うところは、後書きでは言って欲しくない、『解らないからこそ』楽しめるんだ」

って人に別れてしまうんで

第2話へ進む

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