・・・・・ふぅ。・・・・・・はぁ(ぽ)。

未来から過去へ、生を、死を、全てを超えて結ばれた二人・・・

もう、誰にも邪魔はさせません。そう、もう誰にも。

でも、オモイカネ。どうせなら戦争なんて無い、もっと違った世界にはできなかったの?





機動戦艦ナデシコ

  〜 紫苑 「君を忘れない」 〜



Chapter 3.「出航」







「そうだな、やっぱりこれが精一杯だったんじゃないかな」

翌朝、ルリの疑問に、朝食のトーストを齧りながらアキトが答えた。

「精一杯、ですか?」

ルリは小首を傾げ、視線をテーブルに乗ったコーヒーカップに落とす。

「うん。難しいことは良く分からないけどさ。歴史を作り変えるわけだから、とんでもないほど大きな修正が必要なんだと思う。で、オモイカネがこの世界を作るのに使った時間じゃ、この程度しか変えられなかったんじゃないか」

アキトの言葉にルリは考え込んだ。20年。オモイカネが遺跡に干渉してこの世界を作るのに掛けた時間。それが短いのか長いのか、ルリには分からない。

だが、その結果がこの世界なら、やはり短かったのではないか。確かにそう思える。

『ルリの幸せが僕の幸せ』

オモイカネはそう言った。そしてそのルリの幸せのためにこの世界を作ったのだ。なのに・・・。

「まさか・・・」

ふと、ルリの脳裏に一つの可能性が浮かんだ。

(私が望んだ?この世界を・・・)

ルリの形の良い眉根に微かに皺が寄り、懸命に「未来」の記憶を辿る。

(そう、確かに望んだ。もう一度「あの」ナデシコに乗りたいと・・・)

「どうした?」

思いつめたようなルリルリの呟きを耳聡く聞きとめると、アキトはコーヒーカップを唇から離してルリを見る。

「いえ、なんでもありません」

ルリは微かに微笑んで首を振った。アキトには、その笑みが作り笑いであることがすぐに分かったが、何となくルリの考えが分かるような気がして何も言わなかった。

アキトは立ち上がると、食べ終わった食器を手にテーブルをぐるっと回り込んでルリの後ろを通りざま、髪をそっと撫でてキッチンに向かった。



「ところでアキトさん」

朝食後、ルリは制服のネクタイを締めながら、流し台で朝食の後片付けをしているアキトに声を掛けた。

「ん、なんだい?」

アキトは流しに向かい、皿を洗う手を休めずに答える。

ルリは一瞬躊躇して小さく息を吐く。できれば触れずにすませたいこと。でも、決して避けて通ることのできないこと。

数秒後、意を決してアキトの方に近づきながら、ルリは言った。

「今日は、「あの人」の乗艦日です」

ガチャ!

アキトの手が滑り、洗っていた皿が流しの中に落ちて大きな音を立てた。

「・・・やっぱり、気になりますか」

アキトが振り向くと、いつの間にかルリがすぐ後ろに立って覗き込むようにアキトを見つめていた。大きく見開いた瞳が潤み、肩が小刻みに震えている。

ルリにとっても、アキトにとっても大事な家族であった女性。あの未来で、ルリが命がけでその元にアキトを帰そうとした相手。だが今となっては・・・。

アキトは優しく包み込むようにルリを抱き締めると、耳元で囁く。

「気にならない、と言ったら嘘になるけど」

ルリの頤を指でそっと上向かせ、少し潤んだ金色の瞳に優しく微笑みかける。

「でも、今の俺にはルリだけだよ」

そう言って、目を閉じたルリの唇に、静かに自分の唇を合わせた。





その頃、イネス・フレサンジュの研究室もといナデシコ医務室。

ラピス・ラズリがイネスと向かい合わせに座ってミカンを頬張っていた。二人の間には一つのウィンドウが開いており、廊下を歩く軍人風の男が二人、映し出されている。

「これが、例のキノコ?」

ラピスがミカンを頬張ったまま、ウィンドウに映ったマッシュルームヘアの男を指差す。

「ええ、そうよ。」

イネスもミカンを口に運びながら、ウィンドウの向こうに座るラピスに頷く。

ラピスはじっとその男を見つめた。ネルガルのデータベースに残っていた記録を思い出す。キノコ。本名ムネタケ・サダアキ。

前の歴史ではナデシコA乗っ取りを指揮して失敗。ナデシコの大気圏脱出時のドサクサに紛れて脱走。脱走時にヤマダ・ジロウ殺害の疑惑あり・・・。

「ラピス、もう少しボリューム上げて。何か話してるわ」

ウィンドウに顔を寄せて聞き耳を立てているイネス。ラピスは無言で頷くと、オモイカネにボリュームを上げるように頼んだ。すると、それまで聞き取れなかったウィンドウ内の男達の会話が、二人にも聞こえるようになった。



『なかなか居住性の良さそうな艦じゃな』

ムネタケの隣を歩く老人が、辺りを見回しながら言う。かなりの高齢で、帽子からはみ出た髪も長く伸ばした髭も真っ白だ。

『しかしあまり住み心地がいいのも考え物ですわ、フクベ提督。まがりなりにも戦艦なんですから』

ムネタケは老人を一顧だにせずそう言うと鼻を鳴らした。が、フクベと呼ばれた老人の方はムネタケの高慢な態度を特に気にする様子もなく、飄々と歩いている。

二人はしばらく無言で歩いていたが、やがてフクベが口を開いた。

『ふむ。しかし、おぬしはどうしてこの艦に乗ることを承諾したのかな?出世に結びつくとは思えんのだがな』

その言葉にムネタケはちらりとフクベを見る。そしてやはり横目で自分を見るフクベと目が合い、慌てて視線を前方に戻して答える。

『ミスマル提督たっての依頼ですから。上官の命令に素直に従うことも重要なポイントです』

『そう言えば娘が乗るんだったな、艦長として』

ムネタケの答えに小さく相槌を打ちながらフクベが言う。連合宇宙軍極東支部提督ミスマル・コウイチロウ。その娘は連合大学を主席で卒業の才媛。

『連合大学主席も戦略シミュレーション無敗もどこまでが本当のことだか』

ムネタケはまた鼻を鳴らして肩をすくめた。その様子にフクベは悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。

『その台詞、おぬしが言うとなかなか説得力があるな』

『おそれいりますわ』

ムネタケはフクベの言葉にむっとした表情を浮かべると、後はブリッジまで始終無言だった。その横で、フクベは誰にともなく呟いた。

『・・・七光、か』



「そう。そう言えば今日だったわね、「彼女」が乗る日は」

ウィンドウから目を離し、天井を見上げながらイネスがポツリと呟く。ラピスはウィンドウを閉じると不機嫌そうに眉根を寄せ、半分ほど残っていたミカンを一度に口に放り込んだ。

「あら、ご機嫌斜めね」

「・・・むぅ〜」

(はあ。この子、まだ許せないのね。ユリカさんのことを)

その金色の瞳に暗い怒りを宿すラピスを見ながら、イネスは逆行する前のこと、アキトがユリカの元を去って行方をくらませた時のことを思い出す。



『どうして?どうしてアキトがいなくなっちゃったの?』

『アキトはユリカとなら幸せになれるんじゃなかったの?』

『・・・ひどいよ。ルリ姉、浮かばれないよ。アキトも、やっと幸せになれると思ったのに』

『許さない。絶対に許さない。ルリ姉の代わりにユリカが死ねばよかったんだ!』

大きく見開いた瞳から零れ落ちる涙を拭おうともせず、悲しみと怒りに身を震わせるラピス。初めて感情を迸らせる彼女にイネスは何も言えず、ただ抱き締めてあげるだけだった。



「・・・ブリッジに行く」

誰にともなくぼそっと言うと、ラピスは回想に耽るイネスをそのままに医務室のドアに向かった。

「ラピス」

イネスははっとして立ち上がると、ドアを開けて出て行こうとするラピスを呼び止めた。

「なに?」

出て行こうとして立ち止まり、暗い瞳のまま振り向いて尋ねるラピス。

「・・・ユリカさんのことは」

「もし」

ラピスは強い調子でイネスの言葉を遮る。思わず言葉を切るイネス。

「もし、こちらのユリカがアキトとルリ姉の邪魔をするなら、ユリカは私の敵」

そう言うとラピスは踵を返して部屋を出て行った。その様子にイネスは深い溜息を一つ吐いた。

医務室を出てブリッジに向かいながら、小さくラピスは呟いた。

「・・・敵は、殲滅するのみ」



一台の乗用車がサセボ市内をドックへ向けて疾走している。トランクのドアは半開きで積荷がはみ出し、車内も後部座席は荷物で完全に埋まっている。

運転席では女性のように綺麗な顔立ちの青年がハンドルを握り、助手席に座る女性に話し掛けている。

「ユリカ、やっぱり荷物積みすぎだよ」

「え〜、だって何ヶ月も戦艦に乗ってるんだよ?このくらい必要だよ」

ユリカと呼ばれた女性は、我侭を指摘された幼児のように、ぷうと頬を膨らませ唇を突き出す。

「そうかなあ」

「そうだよ。ジュン君の荷物が少なすぎるの」

ジュンと呼ばれた青年は運転しながら首を傾げる。制限速度を軽く30キロオーバーしているのだが、気にする様子もない。

「ともかく、ジュン君急いで!遅刻しちゃう!!」

「まだ大丈夫だよ。十分間に合うさ」

ジュンは耳元で大声を出すユリカに顔色一つ変えずに答える。

「でも、そんなに時間が気になるならもっと早く荷物をまとめなよ。ぎりぎりまで持っていく服を選んだりして。どうせ艦内じゃ制服しか着ないのに」

少し不機嫌そうに話すジュン。ユリカはその言葉に頬を赤く染める。

「だって、久しぶりアキトに会えるんだもん。やっぱり好きな人には綺麗な自分を見て欲しいし」

そう言って両手を頬に当て、いやんいやんと身をよじる。

「・・・またアキトかい?」

ますます不機嫌になるジュン。だがユリカは全くジュンの様子に気付くふうもなく、ひたすら自分の世界に浸りながら。

「だって、アキトは私の王子様だもん♪きゃっ」

「王子様って」

ほ〜っと見るような目でとうとうとアキトのことを語るユリカ。

アキトが如何に格好いい男であるか。

アキトがどんなにか自分を大切に思っていたか。

アキトが自分を如何に危険から守ってくれたか。

アキトが。

アキトが。

アキトが。

ひたすら、アキトのことを惚気るユリカ。だが、ジュンはその惚気を聞き流しながら、ネルガルから乗員名簿と共に渡された資料のことを思い出していた。

その資料には、テンカワ・アキトとホシノ・ルリの特殊な関係について書かれていた。

(ユリカにも渡されてるはずなのに。読んでないのか?)

ジュンは未だに自分の世界から帰ってこないユリカをちらっと見ると一つ溜息を吐き、ドックへ向けて更にスピードをあげるのだった。





『ラピス・ラズリ、ブリッジ・イン』

ブリッジ中央の空間に開いたウィンドウに文字が躍る。同時にオペレーターブリッジのドアが開き、ラピスが足早に入ってくる。

「おはよう、ラピス。遅かったですね」

メインオペレーター席に座ったルリがラピスに声を掛ける。

「おはよう、ルリ姉。ちょっとイネスの所に行ってたから」

ラピスはそう答えると、サブオペレーター席についてIFSパネルに手を置く。

『IFSリンク開始。リンクレベル5』

ラピスの手の甲のタトゥが虹色に輝き始め、金色の瞳の中にナノマシンの活性化を示す光が浮かぶ。

「ラピス。機関周りのチェックは終了しています。私は通信系統のチェックを行いますから、貴方は火器管制系統のチェックをお願い」

ルリもIFSパネルに手を置きながらラピスに指示を出す。

「OK」

ラピスは呟くように答えると、オモイカネと共に火器管制系統のチェックを始めた。

『・・・ルリ姉』

殆どのチェックを終えたラピスがオモイカネを通じたIFSリンクを使ってルリに話し掛ける。

『なんです?ラピス』

同じくリンクを通して答えるルリ。

『来たよ、奴らが』

ラピスの言葉とほぼ同時に、けたたましいサイレンがナデシコ艦内に鳴り響く。

「どうやらお客様のようね」

コマンダーブリッジでプロスペクター、ゴート・ホーリーといったネルガル社員組と今後の予定について確認していたムネタケが、サイレンの音に天井を見上げて呟く。

「あれ?お昼のチャイム変わりました?」

オペレーターブリッジではメグミがミナトに見当違いの質問をしていた。

「え?でもお昼まだだよ?」

ミナトが答えると、横でルリが冷ややかな視線を送りながら二人に言う。

「敵襲です」

続いてラピスが畳み掛ける。

「艦内警戒態勢Bへ移行。メグミ、アナウンスよろしく!」

「えっ、えっ」

メグミは慌てながらも、マニュアル通りに艦内警戒態勢の移行をアナウンスする。

「で、艦長は?」

ムネタケがプロスに聞く。艦長が居なくても警戒態勢ぐらいは取れる。だが、反撃なり艦を動かすなりといったことをするためには、起動キーを持つ艦長の存在が不可欠だ。

「はあ。予定では間もなく到着の筈なのですが」

ハンカチで額の汗を拭いながらプロスが答える。そのとき、ブリッジ中央の空間に特大ウィンドウが開いた。

『艦長ミスマル・ユリカ、ブリッジ・イン』

そしてコマンダーデッキのドアが開き、艦長服に身を包んだユリカと仕官服のジュンが入ってきた。

ユリカは真っ直ぐ艦長席に向かって歩き、オペレート卓の前まで来ると満面の笑顔を浮かべて立ち止まった。

「みなさ〜ん、私が艦長のミスマル・ユリカで〜す、ぶいっ!」

「ぶい〜!?」

ユリカの挨拶にブリッジ中から声が上がる。そんな中、ルリは一人、懐かしそうにユリカを見つめ口元を綻ばせる。

しかしラピスはユリカの挨拶に口元を引き攣らせ、誰にも聞こえないようにぼそっと呟いた。

「やっぱり、バカ」






<<次回予告>>



襲いくる砲弾の雨。死んでゆく兵士達。

戦いの中、初めて死を自分のものとして感じ、震える戦士。

初陣の興奮の中、聞いた声は未来からの幻聴なのか。

アキトの心を闇が飲み込んでいく。



次回、紫苑 〜君を忘れない〜 『初陣』



心を覆う憎しみの闇を、切り裂け、ナデシコ!






<<後書き>>



大変遅くなりました。紫苑第3話をお送りします。

更新まで間が空いたくせに、結構短いです。すいません。丁度きりが良かったので。

さて、今回のポイントはずばり「予告」です(マテ。



こんな作者ですが、これからもどうぞよろしくお願いします。

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b83yrの感想

『戦略シミュレーション無敗』

これって、確かにあまりにも嘘っぽいんですよねえ、せめて、『戦略シミュレーションで優秀な成績を収めた』ぐらいなら、いいんだけど

戦いには、『運』の要素がどうやったって入ってくるんだから、『無敗』なんてことはありえない事だし

ユリカ派の人達が、『連合大学主席、戦略シミュレーション無敗』を根拠に『ユリカは本当は優秀なんだ』って主張しても、『本編のあまりにも嘘っぽい設定』のせいで、かえってユリカは本当は優秀なんだって言い分に、『?』が付いちゃうんですよ

『根拠の方がおかしくないか?』って

ユリカを扱う場合、本編の設定をそのまま使うと、かえって嘘っぽさを強調してしまうから困る、だから、私の場合はあえて本編の設定無視することも多いし

ラピスがユリカを嫌っているのは、あの時にユリカには何も出来なかったろうから不条理って言えば不条理ではあるんですが・・・

でも、不条理だからユリカを嫌うのはおかしいって事にはならないですな

ラピスだって、ユリカはアキトを幸せにしてくれると思えばこそ、アキトと別れたんだろうから、『アキトを幸せにしてくれなかったユリカ』っていうのは、たとえどんな理由で、ユリカにはどうしようもない事だったのだとしても、失望感からユリカを嫌う理由になりえる

『ユリカを嫌うのは不条理なのは、ラピス自身も解っている、でも、それでもユリカを許せない』

ラピスがこういう気持になるのは、あり得ることだし

『王子様』なユリカは、確かにユリカらしいユリカではあるんですが・・・でも、そのユリカらしさは、『ユリカをヒロインの位置から叩き落した』『らしさ』でもあるという・・・・

ユリカっていうのは、物語の自然な流れを考えていくと、ユリカヘイトにする気が無くてもユリカヘイト物っぽくなってしまう、困ったキャラなんですよねえ、ほんと・・・

そうそう・・

前話のラストの続きが、し〜のHPにアップされてるんで、興味があってまだ見ていない人はどうぞ(にやり)

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