感動の「再会」。そして熱い「抱擁」。

二人を結ぶ赤い糸。それは決して切れることなく・・・

って、この関係。

思いっきり誰かさんが裏で糸を引いてると思うのは、気のせいかしら?





機動戦艦ナデシコ

  〜 紫苑 「君を忘れない」 〜



Phase 2.「赤い糸」







静まり返ったブリッジ。固唾を飲むクルー。そして、固く抱き合う二人。

「ん、おっほん」

プロスペクターの咳払いが静寂を破った。

「えー、大変良い雰囲気の所申し訳ありませんが、そろそろこちらに戻ってきていただけませんか」

プロスの言葉に慌てて離れる二人。お互い頬を赤く染め俯いてしまう。そんな二人の様子をニヤニヤして見ているミナト・メグミ・ラピス。

「お二人にはこのままドクターの所へ行って頂きます。ラピスさん、ルリさんの分のフォローをお願いできますかな」

ラピスが頷くのを見ると、プロスは二人をドアの方へ促す。ブリッジを出る際、ルリはふと視線を感じて振り向くと、ラピスがルリに向かって親指を立てた右手を突き出して笑いながらウィンクした。

ルリはそれを見て再び頬を赤らめ、アキトの前に立って逃げるようにブリッジを出て行く。それを追うようにアキトもブリッジを出た。

「では、私も少々用事がありますので。後はよろしくお願いします」

そう言うとプロスもブリッジから出て行った。後に残された三人。ミナトとメグミは先程のアキトとルリの抱擁をネタにお喋りを始める。間に挟まったラピスは、我関せずと言った風でオモイカネの火器管制系統の調整を始めたが、ふと何を思ったかウィンドウを一つ立ち上げる。





黙ったまま医務室に向かう二人。ルリは俯き、アキトはルリの後姿をぼんやりと眺めながら歩く。

(綺麗だ・・・)

アキトの視線はルリの抜けるように白い首筋から襟足にかけて注がれている。アキトが見つめているうちに、ほんのりとその白い首筋が桜色に染まる。

(熱いです・・・)

ルリはアキトの視線を項に感じて、恥ずかしさと見つめられる嬉しさで体中が熱くなるのを感じていた。頬が熱い。頬だけじゃない、首筋も、喉の奥も・・・。





「あらあら、ルリルリッたら真っ赤になっちゃって」

ラピスの前に開いたウィンドウを見を乗り出すようにして眺めていたミナトが言う。

「ほんとですね〜。ルリちゃんたら可愛い♪」

ミナトの反対側から覗き込んでいたメグミも、茶化すように言う。

二人の間で、ラピスはオモイカネのコンソールに手を置いたまま、口元に微かに笑みを浮かべながらウィンドウを見ている。

三人が見ているウィンドウには、アキトとルリの様子が映し出されていた。





覗かれてるとは知らない二人。程なくブリッジのあるフロアから医務室のあるフロアに向かうエレベーターの前にたどり着いた。

相変わらず無言のまま、エレベーターの前で立ち止まるルリ。わずかに距離を置いてアキトも立ち止まる。

ルリが下へ向かうボタンを押す。アキトの視線が項から指先に移る。ほっそりとした白い指先。しっかり手入れのされた形の良いピンク色の爪。

エレベーターの到着を告げるチャイムが鳴る。アキトははっと我に帰ると、目を逸らして俯き、一つ咳払いをする。その様子を背中で感じ、ルリも自分の動揺を隠すように小さく一つ咳払いをした。

ドアが開き、ルリは平静を装ってゆっくりとエレベーターに乗る。同じく勤めて冷静に、その後に続くアキト。エレベーターのドアが閉じた。



エレベーターの中で二人は並んで立っている。

(・・・)

アキトは隣に立つルリを見ないように真っ直ぐ前を見て立っていた。見ればルリと目を合わせてしまいそうで。目を合わせれば自分の考えが見透かされてしまいそうで。

(・・・)

ルリもアキトを見ないように、少し俯き気味に立っていた。やはり、アキトの方を見れば目が合ってしまいそうな気がして。目が合えば、自分が抑えられないような気がして。

二人にとって長く重苦しい時間が過ぎていく。これ以上は耐え切れない、互いにそう思ったと同時に目的のフロアに到着したことを告げるチャイムが鳴った。

「・・・ふう」

どちらからともなく小さく溜息を付いてエレベーターを降りる。そして、互いの溜息につい相手の顔を見てしまった。

「・・・」

吸い込まれるように互いに歩み寄る。激しく打ち続ける鼓動が相手に聞こえる程に、相手から聞こえる程に、二人の距離が近づく。

そっとルリの肩を包むように手を置くアキト。ルリは静かに目を閉じ、心もち頤を上に向ける。ゆっくり近づく二人の唇・・・。

「はい、そこまで」

突然二人の間に割り込むように開くコミュニケのウィンドウ。映るのは意味ありげに笑みを浮かべている金髪の麗人、イネス・フレサンジュ。

「貴方達がラブラブなのは分かったから、さっさといらっしゃい。早く来ないと説明5割増しにするわよ」

そう言ってウィンドウが閉じる。イネスの残した言葉に頬が引き攣る二人。

「・・・行くか」

「そうですね・・・」

二人は小さな溜息を残して医務室へと歩き出した。





「だ〜!」

思わず仰け反り、手を額に当てて声をあげるミナト。

「あ〜ん、いいとこだったのに〜」

メグミもデスクに突っ伏している。

「・・・イネス、ナイス」

ラピスだけは変わらぬ様子で、オモイカネの調整作業を進めながらウィンドウに向かって小さく呟く。そして二人が医務室に入ったのを確認するとウィンドウを閉じる。

「あん、何で閉じちゃうの、ラピラピ」

ミナトが少し甘ったるい声で抗議する。メグミも同意見のようで、しきりに頷いてラピスを見ている。

「プライバシーの侵害」

ラピスは二人を見比べた後、視線をコンソールに戻してぼそっと答える。

「・・・さんざん覗き見しておいて、今更プライバシーも無いんじゃない?」

苦笑しながら言うミナト。ラピスはミナトの方に振り向くと、にやりと悪戯っぽい笑みを浮かべて答える。

「じゃあ、イネスの『説明』、聞きたい?」

「うっ」

ミナトとメグミが青ざめる。三日前、自己紹介と称して行われたイネスの「研究発表会」に3時間付きあわされ、その日全く仕事にならず寝てからも夢にまで見てうなされたことは、二人の記憶にまだ新しい。

「や、やっぱり覗きなんていけないわよね」

「さ、さあ、お仕事の続き続き。ほら、ラピちゃんも」

二人は慌てて席に戻ると、メグミは緊急通信マニュアルの確認を始め、ミナトは大気圏内での相転移エンジン稼動シミュレーターを立ち上げる。

(・・・ルリ姉の言ってた通り)

ラピスはちらっと横目で二人の様子を見て、くすりと小さく笑った。

「ばかばっか」





「来たわね、じゃあ二人ともそこに掛けて」

イネスはアキトとルリに椅子を勧めると、嬉しそうに緑色のベレー帽を被りホワイトボードの前に立つ。それを見た二人の顔からは血の気が失せていく。

「では」

言葉を切って二人を見るイネス。アキトとルリは蛇に睨まれた蛙のように微動だにしない。

「説明しましょう!!」

『なぜなにナデシコ〜!』『わーい!みんな集まれ−!』二人の頭の中に同じ懐かしいイメージが湧きあがった。



「まず、例の夢の正体からね」

「知ってるんですか!?」

いきなり核心を突こうとするイネスにアキトとルリは驚いて口を挟んだ。が、イネスの一睨みで口を噤む。

「質問は後で。で、あの夢だけど、あれは未来、正確にはルリちゃんの方は2196年から2203年までの7年間の未来の記憶。そしてアキト君の方は2196年から2223年までの27年間の未来の記憶ね。
未来の記憶、と言っても、貴方達自身の未来と言う訳じゃないわ。あの記憶を生きたテンカワ・アキト、ホシノ・ルリと、貴方達は別人だから。
そもそも、貴方達だけじゃなくてこの世界そのものがあの記憶の中の世界とは別物。この世界は、未来のオモイカネが計算した結果を遺跡に送り込んで作り出した、あの時代にはあり得ない『過去』。
そして未来で死んだテンカワ・アキトとホシノ・ルリのナノマシン補助脳のメモリーの電圧状態を貴方達のナノマシンの補助脳にボソンジャンプさせた。
結果、貴方達のナノマシン補助脳に書き込まれた記録が、睡眠中に大脳皮質の記憶野へと流れ込んで夢という形で認識されるようになった。
なぜオモイカネがそんなことをしたかと言えば、それは未来のホシノ・ルリの今際の際の想いに起因する。すなわち、『今ならアキトさんの一番になれたのに』という想い。
その想いを実現するためにオモイカネは約20年間、レトロスペクトが発する先進波により吸収される遅延波の組み合わせを宇宙規模で計算し続けたのよ」

イネスの怒涛の説明が続く中、アキトの意識は心に浮かんだ一つの疑念に捕らわれていた。

あの夢は未来の自分の記憶。でもそれはこの自分の物ではなく、自分の意志に関係なく補助脳に書き込まれたもの。なら、その夢から生まれたルリへのこの想いは?

(・・・この想いは作り物、ニセモノだというのか!?)

眉間に皺を寄せてホワイトボードのフレームの辺りを凝視するアキトを横目で見ながら、ルリの表情も険しくなる。

ルリはイネスの説明を受ける前から気付いていた。自分のアキトへの想いがあの夢から生み出された何か不自然なもの、自分の意志とは関係のない所で生まれた想いであると。

(きっと今、アキトさんも私が抱いたのと同じ気持ちに悩んでる・・・)

この想いは「本物」なのだろうか。夢の中でしか会ったことの無い異性に対して抱く、あまりに熱い想い。その不自然さへの疑念と、まだ見ぬアキトへの狂おしい程の想いの間で引き裂かれそうになった心。

(でも、アキトさんの姿を見て、声を聞いて、匂いを吸い込んで、温もりを感じて、分かった。この想いは、本物)

ルリはアキトを見つめる。彼の場合、順序が逆になってしまった。多分、あの抱擁の中で感じたことも全てニセモノではないか、という疑念に襲われているだろう。なら、その疑念を拭い去る方法はただ一つ。



「で、<<説明>>が<<説明>>で<<説明>>だから」

イネスは超対象性やら吸収理論やらについて延々と説明を続けている。

「そういう訳で<<説明>>が<<説明>>な訳よ。なにか質問、あるかしら」

「いろいろあるが、とりあえず」

アキトは眉間に皺を寄せたまま鋭い目をイネスに向けた。

「ルリの寿命はどうなってる?」

その言葉にルリもイネスを見る。イネスは二人の視線を動じることなく受け止めると、不敵な笑みを浮かべて答えた。

「私が同じ過ちを繰り返すと思う?だとしたら心外ね。ご心配なく。ルリちゃんには5年前、遺伝子欠陥を補正する手術を私自らの手で施してあるわ。少なくとも平均寿命までは生きられると思ってもらって間違いないわよ」

イネスの言葉にほっと溜息をもらすアキト。ルリはその様子をちらっと横目で見ると、すぐにイネスに視線を戻して口を開く。

「ひとつ、いいですか?」

「何?ルリちゃん」

ルリの瞳に次に出てくる言葉を予感したのか、イネスは若干身構える。

「イネスさん、それに多分ラピスも。二人とも、あの世界からやって来たんですね?ボソンジャンプで。時間を逆行して」

「なっ」

アキトはルリの言葉に驚いて目を見開く。イネスは、しかし、うろたえた様子も見せずに問い返す。

「なぜそう思うの?」

対するルリも少し目を細め、無表情に答える。

「この5年間、確かにイネスさんは私とアキトさんの夢について分析してきました。補助脳のメモリーをダウンロードしたりもしたようでしたし。でも、それだけで先程聞いたような結論を導き出すのは、いくらイネスさんが天才でも無理があります。
そして決定的なのは、さっき私の寿命について訊いたアキトさんに答えて、イネスさん、こう言いましたよね。『私が同じ過ちを繰り返すと思う?』って」

そこまで聞くと、イネスは軽く両手を挙げて降参の意を示した。

「ふう、迂闊だったわね。アキト君だけなら気付かれなかったのに」

そして指示棒を持ち直すと再び不敵な笑みを浮かべる。その笑顔に引き攣るアキトとルリ。

「では、説明しましょう!」

結局、禁断の引き金を引いた形になってしまった二人。このあとたっぷり3時間に渡ってイネスとラピスが逆行してきた顛末を聞かされることになる。

ぐったりと疲れきった二人が開放されて医務室を出た頃には、もうすっかり外は宵闇に包まれていた。





医務室を出てルリの案内で自分の部屋の前に来たアキト。ふとドアの横にあるネームプレートを見て固まってしまう。

「・・・あの、ルリ?」

「なんですか?アキトさん」

カードキーをスロットに通そうとしていた手を止め、ルリは振り返って答える。

「いや、さすがにまずくないか?これは」

そう言ってアキトはネームプレートを指差す。そこには『テンカワ・アキト』『ホシノ・ルリ』の2枚のネームプレートが上下に並んでいる。

「・・・嫌ですか?アキトさんは」

ルリはそう言うと不安げに上目遣いでアキトを見る。

(うっ、そんな目で見られたら・・・)

「い、嫌なわけ、ない、ぞ」

照れて真っ赤になりながら言うアキト。アキトの言葉にルリは顔を輝かせる。

「じゃあ、とにかく入りましょう。お腹も空きましたし、ご飯作りますね」

そう言ってカードキーをスロットに通す。ドアが開き中に入る二人。

アキトは部屋の中を見回す。入って右手奥にキッチンスペース。その手前にバスとトイレ。正面から左手にかけてリビングスペース、壁際には机が二つ並んでいる。そして左手奥には・・・。

(なぜダブル!?)

再び固まるアキト。

「アキトさん、ありあわせですけどいいですか?それとも食堂に行きます?」

ルリはキッチンに立ち、アキトに尋ねる。アキトはその声にはっとしてキッチンの方を見る。そしてエプロンの紐を腰の所で結びかけた手を止めてこちらを見ているルリと目が合い、また固まる。

(・・・いい)

「アキトさん?」

アキトの様子にルリが小首を傾げる。

「あ、う、うん。せっかくだから、ルリの料理、食べたいな、なんて、はは」

慌てて答えるアキト。ルリはその様子に訝しげに小首を傾げつつもエプロンの紐をしっかりと結び、シンクに向きながら言った。

「・・・本当にありあわせですよ」







「アキトさん、配膳、手伝ってくれます?」

ルリがキッチンからアキトを呼ぶ。アキトはというと、リビングスペースに置かれたテーブルの前にぼうっと座っている。その頭の中では、部屋の奥のダブルベッドと先刻のルリのエプロン姿が交互に去来して離れない。

「アキトさん?」

返事が無いのを不思議に思い、もう一度アキトを呼ぶルリ。その声に弾かれたように立ち上がるアキト。

「あ、な、何だ?」

「・・・配膳、手伝って欲しいんですけど」

「あ、御免。すぐやる」

アキトは慌ててキッチンに向かう。

「アキトさん、さっきから何か変ですよ」

ルリは盛り付けの済んだ皿をアキトに手渡しながら言う。アキトは皿を受け取り、足早にテーブルに向かう。そしてキッチンに戻ってきて、照れたように頬を人差し指で掻きながら言う。

「いや、その、何か緊張しちゃって。部屋の中で女の子と二人きりなんて、初めてだから」

そんなアキトに少し驚き、そして少し安心したように、ルリはくすり、と可愛らしく笑うとアキトに次の皿を渡し、自分もスープ皿を手に持ってテーブルに向かった。

「いただきます」

「どうぞ、お口に合わないかもしれませんけど」

メニューはチキンライスにほうれん草のソテー、キャベツとベーコンのコンソメスープ。お互いはにかみながら言葉を交わし、チキンライスを一口食べる。

「うん、おいしい」

アキトはチキンライスを頬張りながらにこりと笑う。そしてよく味わって飲み込むと、スープをすすり、ソテーに箸を伸ばす。

「うん、このソテーをいいね。スープはすこし胡椒が効き過ぎてるかんじがするけど」

「よかった」

ルリは本当に美味しそうに食べるアキトに安心して自分も箸を進める。お互いの生い立ち、近況などを話しながら、初めての夕食の時間は穏やかに過ぎていった。





「後片付けは俺がするよ。ルリは休んでていいから」

食後のコーヒーを飲み終わるとアキトは食器を片付け始めた。ルリも慌てて立ち上がる。

「え、私も片付けます」

「いいから、そのぐらいやらせてよ、ね」

アキトは食器を手に取ろうとするルリを笑顔で制すると、皿を重ねて鼻歌交じりにキッチンに歩いていく。ルリはその後姿を少し困った表情で見ていたが、すぐに立ち上がるとバスルームに向かう。

「じゃあ、私、先にお風呂に入らせてもらいますね」

「え!?」

そう言うとルリはバスルームに続く脱衣所に消える。アキトは食器を洗う手を止めて、呆然と脱衣所のドアを見つめている。やがてそのドアの奥からシャワーの音が聞こえてくる。

(・・・シャワー)

その音に思わず全裸でシャワーを浴びるルリの姿を思い浮かべてしまうアキト。蛇口から湯を出しっぱなしにしたまま、ぼうっとシンクの前に立っている。そのうちシャワーの音が止まる。

アキトははっと我に返ると、雑念を追い出すように首を激しく横に振り、慌てて食器洗いを再開した。

(何考えてんだ、俺。大体、この想いはもしかしたら俺の本心じゃないかもしれないのに)

アキトは再び湧き上がってきた疑念に捕らわれていった。



「アキトさん、お風呂空きましたよ」

アキトが夕食の片付けを終わり、備え付けのデスクの前に一人座って考えに沈んでいると、後ろからルリの声が聞こえた。

「ああ、今入る・・・」

アキトは立ち上がりながら振り向いて、そこに立つルリに目を奪われた。

透き通るような白い肌をほんのりと桜色に染め、バスタオルを一枚身体に巻き、小首を傾げて別のタオルで濡れた髪から水気を取っている。

「・・・何ですか?」

ルリは髪の水気を取る手を止めて、小首を傾げたままアキトを見つめる。アキトはその姿に更に硬直してしまう。

「?」

ルリはアキトが動かないのを不思議に思って更に近づこうとして、アキトの視線に気付いてこちらも動きを止めてしまった。恥ずかしさに体中が紅潮する。

「あ、あの、恥ずかしいですから、あんまり見ないで下さい・・・」

俯いてルリが言う。

「え?あ、ご、ごめん。お風呂、だったよね。じゃ、入ってくるから」

弾かれたようにアキトは脱衣所に向かって足早に立ち去る。ルリは俯いたまましばらく立っていたが、静かに顔を上げてベッドに視線を移す。

「恥ずかしがってたら、駄目よね」

ルリはそう自分に言い聞かせるとベッドの脇に立ち、ぱさっとタオルを床に落とすとシーツとベッドの間に滑り込んだ。



「・・・ルリ?」

アキトはパジャマ代わりのトレーナーとジャージのズボンを履いてバスルームから出ると、ルリを探して部屋の中を見回した。すると、少し膨らんだベッドシーツの向こうからルリが顔だけをひょこりと覗かせ、手招きをした。

アキトは一瞬躊躇したが、ルリの顔が再びシーツの向こうに消えたのを見て意を決してベッドに近づく。

「ルリ」

アキトはベッドの脇に立つと、背を向けているルリに呼び掛ける。が、ルリは背を向けたまま動かない。

「ルリ、俺、床で寝るからさ、じゃあ、お休み」

そう言ってアキトはベッドから離れようとしたが、ルリの声に呼び止められる。

「待ってください・・・」

ベッドを振り返ったアキトは、こちらを見つめるルリと目が合った。吸い込まれるような金色の瞳。

「お話がありますから、ベッドに入ってください」

「えっと、このままじゃ駄目?」

アキトは目を逸らして頬を掻きながら尋ねる。

「・・・ベッドに入ってください」

ルリは小さな、しかしはっきりとした声で答える。

「でも」「入ってください」

尚も抵抗しようとするアキトに、今度は有無を言わさないような強い調子で促すルリ。アキトは諦めたように溜息を一つ吐くと、ベッドの端に潜り込む。

「もっとこっちに来てください」

ルリの、少し拗ねたような声にアキトは困惑した。いくらダブルベッドでも、これ以上近づけばルリの体温を意識せずにはいられなくなる。そうなれば、とても自分の劣情を押さえつける自身が無い。

「いや、話ならこれでもできるから」

アキトは最後の抵抗を試みる。が、ルリの次の言葉に呆気なくその試みも無駄に終わった。

「じゃあ、私が移動します」「えっ」

もぞもぞとルリが動いてアキトの隣へ身体を寄せる。アキトを見つめるルリ。その潤んだ瞳にアキトの鼓動が高まる。

「アキトさん・・・」

ルリはアキトの名を呼ぶと、そのままその胸に顔を埋め、手を広い背中に回して身体を密着させる。

「!」

アキトはこの時初めてルリが何も身に付けていないことに気付いた。あわててルリを引き離そうとする。

「ル、ルリ。な、何を」

「動かないで下さい!」

ルリは強い口調で言うと、アキトの背中に回した手に力を込める。ルリの髪からシャンプーやリンスの香りに混じって、ほんのりと甘い香りがアキトの鼻をくすぐる。

「感じてください、私を。今、ここにいる私を。夢なんかじゃない、生きている私を」

ルリはそう言うと顔を上げてアキトを見つめる。潤み、妖しく光る瞳、上気した頬、艶やかなピンク色の唇。その一つ一つが、アキトの心にその存在を問い掛けてくる。

私はここにいる。記憶などではない、誰かに作られたものでもない、確かに生きて、貴方を求めている。

気が付けばアキトもルリの背中に手を回し、その銀糸のような髪の中に顔を埋めていた。

そう、ルリはここにいる。俺の求めるものは、全て、この手の中にある。今更、何を迷うことがあるだろう・・・。

アキトはベッドの枕元にある照明のスイッチに手を伸ばすと、部屋の明かりを落とした。ルリはそっとアキトから身体を離し、恥ずかしそうに俯いて言う。

「あの、私、なにもかも初めてですから、・・・」

アキトはそっとルリの頤に人差し指を当てて顔を上げさせ、微笑んで答える。

「大丈夫、優しくするよ」

ルリははにかむように微笑むと、そっと目を閉じた。





夜の帳がドックを包み、雲間から時折、月が顔を覗かせる。



二人の初めての夜は、今、始まったばかり。





<<後書き>>



ふう〜、今回は難産でした。皆様、お楽しみいただけたでしょうか(笑)。

タイトルが予告と変わってしまいましたが、まあ、ご愛嬌ということで<マテ。

ラブラブ度200%増し(当社比)のアキトとルリでした。

え〜、この「初めての夜」の続きは、近々18禁の方で公開予定です(笑)。少々お待ちを。

では、今回はこの辺で。お疲れ様でした〜。


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<<予告>>

「みなさ〜ん、私が艦長の、ミスマルユリカで〜す。ぶい!」

「またバカ?」

Next Phase : Chapter 3. 「出航」

Next Character

 Yurika Misumaru




b83yrの感想

ルリの寿命問題、あっさりとクリアと♪

まあ、オモイカネがルリを幸せにする為にわざわざ作りあげた世界なわけだし

さて、次はユリカ登場ですか

はたして、みたっちさんがユリカをどう扱うのかに期待してます

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