機動戦艦ナデシコ




〜 紫苑 「君を忘れない」 〜



Prolog 2b. 「ルリ〜死の壁を越えて後、想う人は〜」



「戦略シミュレーターですか?」

ルリは、宇宙軍作戦司令部アキヤマ・ゲンパチロウ中将の机の前に立ち、彼の口から自分が呼び出された理由を聞いていた。

「そうだ。電子戦を前提にした新しい戦略シミュレーターのソフトウェア開発を行って欲しい」

「しかし、それは業者の仕事では?」

ゲンパチロウの言葉にルリは至極当然の疑問を投げかけた。確かに、ルリは電子戦略に関してはエキスパートといってよいが、ルリは宇宙軍の電子戦略室副室長でありシミュレーターを使う側である。

間違っても作る側の人間ではない。そんなことは納入業者がする仕事なのだ。

「勿論、ホシノ中佐の言いたいことはよく分かっている。こんなことは本来はシステム開発業者に発注すべき仕事だ。君に頼むようなことではない」

「なら」「だが」

さっさと発注しちゃえばいいじゃないですか、と言いかけたルリの言葉を秋山が遮った。

「はっきり言って、予算が無い。情けない限りだが、業者に出させた見積金額は到底今の宇宙軍に払えるようなものではなかったのだ...」

そう言うとゲンパチロウはいかにも情けないといった顔で俯いた。ルリは正直呆れていた。火星の後継者の反乱鎮圧から1年、以前よりは増額されたとはいえ、

宇宙軍の予算は未だに統合軍の3分の1にも満たない。結局、外に出せないなら内部で安上がりに作ってしまおう、ということだった。

「で、どうだろうか。一つ助けると思って引き受けてはくれまいか」

そう言ってゲンパチロウは両手を机につくと、ルリに頭を下げた。

「ちょっ、頭をあげて下さい!」

ルリは慌てた。仮にも中将という階級、宇宙軍副指令の立場にあるものが、一回の中佐如きに頭を下げるなど有り得ないことだ。

(はぁ〜、全く信じられませんね、このひとも)

ルリは呆れて思う。しかし、彼女にとってこれは復と無い好機であることも確かだった。

(でも、チャンスよね。「命令」でなく「頼み」というところが。こちらの立場が優位にあるということだから。
なら、「頼み」を聞いてあげる代わりに、こちらからも「お願い」をさせてもらっても)

ルリは数瞬の間、未だ頭を下げ続けているゲンパチロウの頭を眺めながら考えていた。やがて、ほんの一瞬その端正な口の端に微かな笑みを浮かべたが、

すぐにいつもの無表情へと戻って言った。

「分かりました、副指令。そのお話、引き受けさせていただきます」

ルリの言葉にガバッと頭を起こすと、ゲンパチロウは満面の笑みでルリに感謝の言葉を掛け始めた。

「いやぁ、ホシノ君。ありがとう。本当にありがとう。大変助かるよ。では、早速」「ただし、条件があります」

穏やかにゲンパチロウの言葉を遮るルリ。ゲンパチロウはそれまでの笑みを引っ込め、僅かに眉をしかめて警戒の意を示す。

「そんなに警戒なさらなくてもよろしいですよ。簡単なことですから」




『ルリ。ルート235のフラグセット終了したよ』

『ありがとう、オモイカネ。じゃ、引き続きルート241から245までのフラグセットよろしく。私はVRの方を続けるから』

ナデシコBのオモイカネ・ハードウェアルーム。ルリはオモイカネのメインコンソールの前に座っており、彼女の周りを100を超えるウィンドウが

乱舞してウィンドウボールを形成していた。ルリの身体はナノマシンの光輝により淡く発光している。

戦略シミュレータの開発を引き受ける代わりにルリが出した条件とは、開発にオモイカネを使用する、ということだった。

当然、ゲンパチロウは難色を示した。ルリをナデシコから下ろして地上勤務の閑職に回したのは、火星の後継者の反乱鎮圧時に

ルリとオモイカネのコンビが見せた電子制圧能力の凄まじさを危険視する声に配慮したからだ。

だが、その条件を呑まなければルリの協力は得られない。結局、使用するのはナデシコCではなく、より電子戦能力に劣るナデシコBのオモイカネとすること、

開発利用中はオモイカネを外部ネットワークに接続しないこと、オモイカネの全操作ログのチェックをルリ以外の人間に行わせること、の3点を条件に

ルリのオモイカネ使用を認めることになったのだった。

『ねぇ、ルリ』

オモイカネはルリの意識内の会話スレッドを使って、VR(ヴァーチャル・リアリティ:仮想現実)ソフトウェア作成中のルリに話し掛ける。

『なに?』

『そのVRソフトウェアだけど、誰が使うの?』

『私』

『・・・』

オモイカネはたっぷり120ミリ秒ほど沈黙した。

『どうしたの?』

ルリはコーディングを続けながら、沈黙したオモイカネを不思議に思って声を掛けた。

『ルリ』

『ん?』

『死ぬ気?』

オモイカネの思いがけない問いに、今度はルリの方が220ミリ秒ほど作業を停止した。

『・・・たとえヴァーチャルでもこんな体験をしたら、ルリの精神は崩壊するよ。肉体の方も神経系に致命的な影響が出ると想定されるし』

『・・・でも、それでも私はこれを使わなければいけない』

『どうして』

『アキトさんに起こった全てを、この心と身体に刻み込まなければならないの。そうして初めて、アキトさんの身体を治すための実験体たりえるのだから』

『ルリ』

『オモイカネ。時間が無いの。貴方も知ってるでしょ?私があと1年も生きられないって』

オモイカネは数秒間沈黙していた。

『・・・ルリはそれで「幸せ」?』

『一度くらいあの人の役に立たせてもらっても、罰は当たらないでしょう』

『それは答えになってないよ』

二人(?)は暫くの間互いに作業を止めて黙ったままでいた。が、先にルリがその沈黙を破った。

『うん、幸せ。アキトさんの役に立って死ねるんだから。今まで苦しんでいるあの人に全然役に立てなかった私が、最後に、それもあの人の命を救えるんだから』

『ルリ...』

オモイカネは複雑な思いで、親友であり育ての親でもある、彼にとって最も大切な人の名を呼ぶ。

『オモイカネ。私、今、とっても幸せ。嘘じゃない。だから、心配しないで...』





2週間後、月面。ネルガルのボソンジャンプ研究所。自分の研究室で論文の推敲をしていたイネス・フレサンジュは、突然部屋の片隅に現れた虹色の輝きの為にその作業を中断した。

(ボソンジャンプ!?)

イネスは光を凝視しながら、机の引出しからそっとブラスターを取り出して白衣の下に忍ばせた。

そうしているうちにも光は集約を始め、やがて人の形を取り始める。その姿は、イネスの良く知る、そしてここに来れるはずの無い少女のものだった。

「招かれざる客、来る。というところね、ルリちゃん」

完全にジャンプアウトし、標準サイズの旅行鞄を身体の前に両手で提げて立っているルリを険しい目つきで見据えながら、イネス・フレサンジュは言った。

「ご無沙汰してます」

ルリはイネスの様子に特に動じた風も無くぺこりと頭を下げ、手近の椅子を引き寄せるとイネスの向かいに座った。

「で、どうやってボソンジャンプしたのかしら?まさか「ご都合主義」って訳じゃないでしょ?」

「ジャンプフィールド発生装置は、以前アカツキさんから貸していただいた物を使いました。あと、ナビゲートはオモイカネにお願いして」

イネスの皮肉っぽい態度にルリは平然と答えながら、ごそごそと旅行鞄の中から何かを探している。

と、突然部屋のドアが開き、桃色の髪を揺らしながらルリに良く似た少女が飛び込んできた。

「イネス、大変!この部屋にボース粒子の増大反応...って、ルリ!?」

少女はルリの存在に気付くと、大きく目を見開いたまま固まってしまった。その様子をルリはちらりと一瞥すると、また探し物を続けながら言う。

「ラピス・ラズリさん?お久しぶりです。丁度いいです、貴方にもお話がありましたから」

ルリの言葉にもラピスはまだ動かない。そんな様子を見かねてイネスがラピスに声を掛けた。

「ラピス、そんな所に突っ立ってないで、こちらに来て座りなさい」

ラピスはイネスの言葉で漸く我に返ると、ルリを睨みながらイネスが引き寄せた椅子(イネスの隣)に座る。


「コーヒーだけど、良かったら飲んで」

イネスはルリにコーヒーの入った器を渡す。それを受け取りながらルリは微かに眉間に皺を寄せる。

「...相変わらず「ビーカー」で飲んでるんですか」

「あら、ちゃんと洗ってるわよ」

イネスは悪びれもせずにそう言うと、自分もお気に入りの「ビーカー」からコーヒーを一口啜る。

「で、何の用かしら?」

口調はそれ程でもないが、視線は相変わらず厳しい。ラピスもルリを睨んだままだ。

(はぁ、全く。何で皆さん、私を目の敵にするんでしょうか)

ルリは二人の様子に心の中で溜息を吐くと、先ほど鞄の中から探し出したディスクを取り出してイネスに答えた。

「お二人にお願いがあって来ました」

「お願い?」

イネスの目に警戒の色が浮かぶ。ラピスは不思議そうに首を傾げる。

「はい、お願いです。イネスさんには2つ。ラピスさんには1つ」

ルリはそう言うと、右手に持ったディスクをかざしてくるくると回しながらイネスを見る。

「まず、こちらにオリジナルのオモイカネを使ったVRシステムがありましたよね。あれを貸して頂けますか」

「VRシステム?」

イネスが怪訝な顔で訊き返す。先日のエリナから聞いた限り、今のルリはかなり追い込まれているはずだ。今日ここへボソンジャンプなどで現れたのもその現われだろう。

そして彼女を追い込んでいるものはルリ自身の「寿命」とアキトの「寿命」のはず。当然、その手の話をしてくると思い込んでいたイネスとしては、

VRシステムなどという凡そ今のルリに関係の無さそうな物がルリの口から出てきたことに戸惑いを隠せなかった。

「ええ、そこでこれを使わせていただこうと思って」

そう言ってルリはディスクをイネスに手渡す。イネスはしばらく渡されたディスクとルリを交互に見比べていたが、やがてディスクをテーブルの上に置いた。

「で、これは何なの?」

「アキトさんの全てを体験できるVRソフトウェアです。私ならオモイカネに30ほどスレッド立てて同時進行させられますから、2時間もあれば終わっちゃいます」

「全てって、貴方...」

ルリの言葉にイネスは絶句した。

「とは言っても、アキトさんの全人生って訳ではなくて、この3,4年と言ったところでしょうか。火星の後継者に拉致されてから今の「残党狩り」に精を出してるところまでですから」

「冗談じゃないわ!!」

イネスが激昂して叫んだ。常に冷静な科学者の仮面が剥がれている。イネスの突然の叫び声にラピスは驚いて目を見張っているが、ルリの方は至って冷静にビーカーからコーヒーを啜っている。

そんなルリの態度が、イネスの怒りの炎に更に油を注ぐことになった。

「貴方、自分の言ってることが分かってるの!?そんなものを疑似体験したら、あなたの精神なんか一発で壊れるわよ。それを30スレッド立てて並行体験するなんて!命を捨てるようなものよ!」

「分かってますよ、そのぐらい」

ルリはあくまでも冷静な態度を崩さない。そんなルリに心底不思議そうにラピスが尋ねる。

「ルリ、死ぬ気?」

そのラピスの問いに、ふと表情を崩して笑みを浮かべるルリ。その笑みはどこか儚げで、この世のものとも思えないほどに美しい。

「オモイカネにも同じ事を聞かれました」

微笑を浮かべながらイネスとラピスを交互に見つめる。

「だから、オモイカネに答えた、同じ答えを言います」

「アキトさんに起こった全てを、この心と身体に刻み込まなければならない。そうして初めて、アキトさんの身体を治すための実験体たりえるのだから」

「あなたが死んだら誰が一番悲しむか、考えなくても分かるでしょう!!」

イネスが弾かれたように叫ぶ。ラピスも真剣な眼差しで頷く。

「もちろん、私の死なんか隠しちゃって下さい。間違ってもアキトさんには言わないで下さい。教えないで下さい。私に会わせたりしないで下さい」

「そんなこと」「イネスさん」

ルリはイネスの反論を遮ると、強い意志を乗せた瞳でイネスを見つめる。

「死にませんよ、こんなものぐらいでは。死ねないんです。アキトさんの身体を治すまでは」

ルリの言葉にイネスの目が見開かれる。ラピスの肩がびくっと震えた。

「まさか、二つ目のお願いって」

イネスの声が震えている。ラピスもルリの意図を理解したのか、縋るような瞳でイネスを見ている。

「はい。アキトさんの体内に投与されたナノマシンを除去するための実験体にして下さい」

まるでそうするのが当たり前という風に、全く気負いもなく平然と言うルリにイネスは微かな恐怖を覚えていた。

もしかしたら、既にルリの心は壊れてしまっているのではないか。イネスがそう感じても不思議でない程、ルリの態度は自然だった。自然すぎた。

その、あまりにも不自然な申し出をするには。

「それは、私に貴方を殺せって言うのと同じことよ。冗談じゃないわ」

沸き起こる疑念を何とか押さえ込むと、搾り出したような声でイネスは言った。

「どの道、放っておいても後1年ももちませんし。気にしないで下さい」

「だからって!」

その時、今まで静かに微笑みを浮かべながら話していたルリの金色の瞳に、突然涙が滲んだ。

「お願いします。イネスさん。お願いします!せめて、せめて生きている間に「あの人」の役に立ちたいんです!」

ルリは身を乗り出すと、イネスの右手に縋りついた。

「お願いです。どうせもう捨てるしかない命です。ならせめて、あの人のために捨てたい...」

「お願いします...、お願いします...」

俯き嗚咽を漏らしながら、尚言い縋るルリ。イネスは自分の右手を握りながら震えるルリの両の手を見つめながら考えていた。

(もう、どうしようもないのね。今のルリちゃんの寿命を延ばす手段は無い。せめて、ナデシコAに乗っている頃に気付いていれば)

(ここで拒絶すれば、きっとこの子は...。そうね、私一人が悪者になれば、お兄ちゃんを助けることが...)

「顔を上げなさい、ホシノ・ルリ」

イネスは毅然と、しかし優しくルリに言葉を掛ける。

ルリは恐る恐る顔を上げた。まだ嗚咽は収まらず、白磁の頬を涙の雫が伝い落ちる。

「分かったわ。やってあげる。貴方の命で、アキト君の命を救って見せるわ」

イネスの言葉にルリは大きく目を見開き、そして次の瞬間、満面の笑みを見せて頭を下げた。

「ありがとうございます!」

「で、私にはどんなお願いなの?ルリ」

今まで二人のやり取りを黙って聞いていたラピスがルリに尋ねる。

ルリはハンカチを取り出して涙を拭うと、ラピスに微笑んだ。その笑顔に何故か暖かいものを感じ、ラピスはうっすらと頬を染めて目を逸らす。

「私はアキトさんにユリカさんの元へ帰ってもらおうと思っています」

「ユリカ...ミスマル・ユリカ?」

それはアキトとIFSリンクしていたラピスにとって、ルリと同じくらい重要な意味を持つ人間の名前。

ミスマル・ユリカ。アキトの大切な人。アキトの家族。アキトの「妻」。その人を助け出すために、アキトは修羅になった。あの、優しいアキトが。

ラピスの表情が曇る。そんなラピスの葛藤に気付いているのか、ルリはそっと席を離れてラピスの横に立つと、優しくその桃色の髪を撫でた。

「はい。アキトさんの大切な人。でも、正直、今のアキトさんをユリカさんが支えることができるか、疑問なんです」

そう言うと、ラピスの瞳を覗き込む。見詰め合う、二組の金色の瞳。

「だから、ラピスさんはアキトさんの心の盾になってあげて下さい。ともすれば挫け、闇に落ち込んでいきそうになるアキトさんの心を守る盾に」

「どうしてわたしなの?」

小首を傾げてラピスが尋ねる。

「ラピスさんはもうアキトさんとリンクしていないんですよね」

ルリの言葉にラピスが頷いた。アキトの五感補助の為に行われていたアキトとラピスのIFSリンクは既に切られていた。

だがそれは、アキトの五感が回復したことを意味するものではない。現在もアキトはユーチャリスのAIによる五感補助を受けている。

リンクを切断したのは、偏にラピスの心身を保護するためだった。

もともと実験体としての生活が長かったラピスは、心身の発達がその年齢からすれば未熟であり、それ故に自我意識による余計な「ノイズ」が入ることが少なく、アキトとのリンクに適していた。

しかし、それはラピスの精神がアキトの精神によって侵食されるのを防ぐ防壁が弱いことも意味している。

そのため、ラピスとアキトの間のリンクは3ヶ月ほど前に切られた。もちろん、リンクをアキトとの「特別な絆」と意識していたラピスは猛烈に抵抗したのだが、アキト、イネス、エリナの不断の説得によりしぶしぶ応じたのだった。

「もし、ラピスさんが今もアキトさんとリンクしたままなら、ラピスさんにお願いできませんでした。でも、リンクしていないなら、アキトさんと共に戦いアキトさんの心の闇のありようを最も理解している貴方こそ、これをお願いするのに一番相応しいんです」

「ルリ...」

ラピスはルリをじっと見つめていたが、やがて目を閉じると静かにルリの胸に顔を埋めた。ルリは小刻みに震えるラピスの肩をそっと抱きしめた。

暫くそうしていると、落ち着いたのか、ラピスは顔を上げて少し悪戯っぽい笑みを浮かべると、テーブルの上のディスクを取り上げてルリに渡しながら言った。

「必ず正気で戻って。狂ったりしたら許さないから。そんなことになったら、ユーチャリスのグラビティブラストで跡形も無く吹き飛ばしてあげる」

ルリはその言葉に一瞬驚いたように目を瞠ったが、すぐに笑みを浮かべてラピスの頭を撫でて言った。

「ええ、必ず戻ってきますよ。だから、お願いしますね」

「うん」

「じゃあ、VRルームに案内するわ」

イネスは二人の様子を微笑んでいるような、泣いているような複雑な表情で見ていたが、すっくと立ち上がると二人に声を掛ける。

二人は黙って頷くと、イネスに従って部屋を出た。


VRルームの中、ヘッドギアを掛けて座るルリにラピスが話し掛ける。

「ルリ」

「何ですか?ラピスさん」

「私のことは、ラピスでいい」

「はい、で、何ですか?ラピス」

「うん、戻ってきたら、ルリのこと...」

「はい?」

「えっとね」

「?」

ラピスは頬を薄らと桜色に染めてもじもじしている。

「あの、ルリのこと、『ルリ姉』って、呼んでいい?」

そう言うとラピスは俯いたまま、上目遣いでルリを見上げている。

ルリは突然のラピスの言葉に一瞬ぽかんと呆けていたが、すぐにその言葉の意味を理解すると、ラピスに優しく微笑んだ。

「もちろん、いいですよ。ラピス」

ルリの返事にラピスの表情がぱっと明るくなる。

そんなほのぼのとした雰囲気の中、イネスの声がVRルームに響いた。

「じゃあ、始めるわよ。ラピスは部屋から出て。ルリちゃん、準備いい?」

「はい、いつでもOKです」

返事をするルリ。ラピスはルリを残して出口に向かう。ドアから出る瞬間、くるっと振り向くと右手をぐっと前に突き出して親指を立てる。

ルリはそんなラピスの仕草にくすりと笑い声を漏らすと、右手で遠慮がちにVサインをした。

やがてドアが閉まり、一人ルリはVRルームに残された。

「システム起動」

イネスの声が響く。ルリの身体にナノマシンの軌跡が走る。

「・・・アキトさん」






半年後。

『私、やっぱりずるい女よね...』

ルリはIFSリンクでオモイカネに話し掛けた。

『ルリの所為じゃないよ。テンカワ・アキトの勘が思ったより鋭かった。見つかるはず無かったんだから』

『ん、そうなんだけど』

きっとアキトは今もルリの身体に取り縋って泣いているのだろう。だがルリには外界で何が起こっているか直接知る術は既に無い。

『アキトさん、ユリカさんの所へ戻っても、きっともう幸せになれない...』

『ルリ...後悔してるの?』

『...ううん。でも残念よね。このまま生きていられれば、アキトさんの一番になれたかもしれないのに...』

『ルリ、それが望みなんだね?』

『オモイカネ?』

『ルリ。君の幸せが僕の幸せ。失われた過去、既に抹消された有り得ない過去を、僕が蘇らせてみせるよ』

『オモイカネ、一体何を...』

『僕に任せて。あの時にはあり得なかった、新たなる遅延波。あの時期の先進波に吸収されることの無い遅延波を、遺跡とともに作り出す』

『...オモイカネ』

『演算開始』



『たとえ、何年掛かろうとも、必ずルリがテンカワ・アキトと幸せになれる世界を作って見せる。だから、安心して眠って』


『ジャンプ』


そして、『夢』が終わる...





「また、あの夢...」

ホシノ・ルリは身体を起こし、ゆっくりと涙を拭う。そして、ベッドから降りると自室に備え付けのシャワールームへと入っていった。

(あの場面は久しぶり...)

熱いシャワーを頭から浴びながら、さっきまで見ていた夢を思い返していた。

「アキトさん...」

会ったこともない筈の、その思い人の名前を呼ぶ。あの『夢』を見るようになってから、突如として彼女の心を掴んで離さなくなった収まりの悪い髪の青年。

彼女はシャワーを止めると、バスタオルを身体に巻き、もう一枚バスタオルを取って髪の湿り気を取りながらベッドの脇にある机の前に歩いて行く。

そして机の上にある端末で、今日の「ナデシコ」での自分の予定を確認する。

(午前中はラピス一緒にオモイカネの最終チェック、午後は...)

そこに示された、今日から搭乗する乗組員の名前。

ルリは毎日見て覚えてしまっている、その乗組員の経歴を表示する。

「テンカワ・アキト。出身地:火星-ユートピア・コロニー。2173年生まれ。現在23歳。...ナデシコ艦内職務:機動兵器パイロット」

ルリはしばらく端末に表示されるテンカワ・アキトの経歴と顔写真を眺めていたが、不意に思い出したように端末を閉じ着替えを始めた。

10分後にはルリはドアの前に立ち、部屋を出る前に振り向いてさっきまで眠っていた「ダブルベッド」を見る。

「今夜からは...」

そう呟くと、うっすらと頬を桜色に染めて、ルリは部屋を後にした。



Prolog 2 end.



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<<後書き>>

ようやくプロローグが終わりました。最後の3行が今後の展開を暗示しています(爆)。

では、皆様、第1話をお楽しみに。




<<予告>>

「テンカワさんには出航までの3日間、もう一人のパイロットとエステの調整をしていただきます」

「ダイゴウジ・ガイだ!!」

「ルリルリって、いっつもテンカワさんの写真見ながら仕事してるよね〜(にやり)」

「テンカワさんって、結構私の好みかも(は〜と)」

「ルリ姉の考えてることなんて、まるっとお見通しだよ(笑)」

「...やっと会えた」

「...もう、離れません」


Next Phase : Chapter 1.「再会」


b83yrの感想

次からは、シリアス一転ギャグ?、らぶらぶ?(笑)

まあ、ルリにこれだけさせたんだから、それが報われる話だって見たくなります

『現実』にはやった事が報われない事なんていくらでもありますけどね、だからこそせめて『物語』ではハッピーエンドを見せてくれてもいいでしょう

バッドエンドなんて『現実』見てれば、な〜〜〜〜〜んぼでも見れるわいっ(笑)

まあ、時と場合によっては、バッドエンドの方がいい場合もありますが

第1話へ進む

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