目の前に見覚えの無い光景が広がる。

見たことの無い場所、見たことの無い人、そして見たことの無い「フネ」。

知らないはずのそれらを、でも、「知っている」。

どこか遠いところから流れ込んでくる、そんな感じのする「記憶」。

(ああ、またいつもの『夢』だ...)

その『夢』を眺めながら、頭の片隅で彼は呟く。

そう、それは彼にとって「いつもの『夢』」。

IFSを付けてから10年、欠かすことなく見続けた、

切なく、悲しく、懐かしい、あの『夢』。



機動戦艦ナデシコ


〜 紫苑 「君を忘れない」 〜



Prolog 1. 「アキト」



空を薄らとピンク色に染めながら、遠くの山並みの向こうに夕日が沈もうとしている。

その弱い光を受けて、大気中のナノマシンが微かに煌めいている。

男はテラスに置いたロッキングチェアーに深々と身を沈め、見慣れているはずのその光景を、

まるで初めて見たかのような感動を覚えつつ眺めていた。

「アキト」

男の後ろ、テラスから家の中へ入る戸口に立っている女性が声を掛ける。

「うん?どうした、ラピス」

アキトと呼ばれた男は夕暮れを眺める視線を移すことなく、女性に声を返す。

「そろそろ寒くなる。日が沈む前に中に入った方がいい」

20年前から変わらない、抑揚の少ない口調。そして、ゆっくりアキトの傍らに立ち、

横たわる彼の身体を起こそうとする。

「いや、もう少しこうしていたい」

珍しくアキトに拒否され、ラピスは微かに眉をひそめた。



アキトがユリカの元を去り、開拓移民団に紛れて火星に来てから20年が経つ。

その間、彼はユリカや嘗てのナデシコの仲間達はもちろん、エリナ・イネス・ラピスといった

『Prince of Darkness』を支えた者達とさえも接触を絶っていた。

唯一アカツキにだけは月一回の定時連絡メールを送っていたが、それも簡単な近況報告を一方的に送るだけで

アカツキからのメールには一切返信をして来なかった。

住んでいる場所も「火星」というだけで、どこのコロニーにどういう名前でいるのかさえ不明。

プロスペクターがネルガルのSSを使ってアキトの行方を調べることをアカツキに進言したが、

予想に反して彼はそれを認めなかった。

「いいんじゃない。一人になりたいっていってるんだから。それに、律儀に連絡はくれてるんだからさ。

無理やり居所探ってるのがばれたらメールさえ送ってこなくなっちゃうよ?」

それは唯一の親友と互いに思うアカツキの、アキトへの思いやりだったろうか。

ところが、ほんの1ヶ月ほど前、いつもの定時連絡メールにいつもと違う内容、アキトからアカツキへの

依頼が書かれていた。

『ラピスとイネスに連絡が取りたい。連絡先を教えて欲しい』

その一行にアカツキは一瞬驚愕し、やがていつもの皮肉な笑みを口の端に浮かべたが、すぐに首を振って難しい顔になった。

そしてすぐに二人にアキトからの定時連絡メールを転送すると、椅子に深々と状態を沈めて両手を胸の前で組み静かに息を吐いた。

「もうそろそろ、ということかい?テンカワ君...」

そう呟くとアカツキは手を組んだまま、じっと天井を見つめていた。



それから一週間後、ラピスとイネスはアキトの家にいた。

「まったく、なんでこんな状態になるまでほっとけるのかしらね」

イネスはアキトの健康状態をチェックすると、半ば呆れ半ば怒りながらアキトに言った。

「なんとか手足はまだ動くからな」

そんなイネスの声にも動じることなく、他人事のようにアキトは言う。が、

「アキト、ルリが聞いたら怒るよ?」

「うっ」

ラピスの一言で絶句するアキト。

「ほんと。冷たくお兄ちゃんを睨んで、『わたしは死にたがる人のために命をあげたんじゃありません』とかって言いそうね」

イネスもそう言って頷く。

アキトは少し怒ったように、しかし照れくさそうにしながら

「だから、お前たちを呼んだんじゃないか。本当はこのまま誰にも知られずにひっそり朽ち果てようって思ってたんだ。

でも、やっぱりそれじゃルリに申し訳ないって思ったから、ルリの遺言を何一つ守れないようじゃ、あの世で顔向けできないって

そう思ったから」

「で、ほとんど死にかけになってから私たちを呼んだわけね。全く、意地っ張りのところは変わらないわね」

イネスは苦笑した。

「ふん、ほっとけ」

アキトも僅かに笑みを見せる。が、ラピスがぼそっと呟いた言葉にその笑みはひきつったまま固まった。

「顔向けって、アキトは地獄行きだから、ルリには会えない...」

「ラピス...」

イネスも心なしか口元が引きつっていた。



それから一ヶ月、イネスとラピスはアキトの家に泊まりこんでアキトの治療と生活の補助をしていた。

しかし、イネスの能力とラピスの献身を以ってしても、既にアキトの健康は取り戻せないところまで悪化していた。

今では殆ど寝たきりの状態だったが、意識はまだはっきりしている。

「すまない、ラピス。少し一人にしてくれないか」

アキトは傍らに立つラピスを見上げながら言った。その瞳には、有無を言わせない力が込められていた。

「...分かった。でも、日が沈んだら中に入れるから」

ラピスはそう言うとテラスの戸口まで戻り、もう一度振り向いてアキトを一瞥して家の中に入っていった。

気配でラピスが家の中に入ったことを確認すると、アキトは上着の胸ポケットから一枚の古びた写真を取り出した。

「ルリ...」

そこには照れくさそうに頭を掻くアキトと、その隣で頬をほんのり赤く染めて少し俯き加減に視線を向けている

13歳のルリが写っていた。

「ふう...」

しばらく写真を見つめた後、アキトは小さく溜息を吐くと静かに目を閉じた。

(疲れた。)

アキトは思う。

(本当に、疲れた。)

(ルリ...、ラピスの言う通り、俺は死んでも君には会えないのかな...)




『エレベーター、地上に出る』

(え?)

アキトの脳裏にナデシコAに乗っていた頃のルリの思い出が現れては消える。

『アキトさんの思いが負けるはずがない!』

(ルリ?)

それは自ら封じて久しい、懐かしい記憶。

『テンカワさんの思い込み、素敵です』

(これって...)

『ばかばっか』

(ははっ、そういえば口癖だったんだよな。)

『プリンセスにはナイト、お姫様には騎士が付き物、ということです』

(...ナイト、か。結局俺はなれなかったな。)

『突然ですが、歌います』

(まさか、あれが俺のことを歌った歌だなんてな...ずっと気付かなかった。鈍いと言われても仕方ないか)

『そういうわけですから、よろしくお願いします』

(まったくユリカの奴、本当にルリのことを考えてたのか?でも、まあ、そのお陰でルリと一緒に暮らせたんだから、って

俺って何を...)

『ぴ〜ひゃらら〜』

(なかなか上手くならなかったけど、可愛かったよな...チャルメラを吹いてたルリ)

『どうして教えてくれなかったんですか、生きてるって』

(まったく、今更だよな。あの時はああするのが一番いいと思ってたのに、今は後悔ばかりだ...)

『それ、かっこつけてます』

(違うんだよって、違わないよな。どう考えてもただのカッコつけだよな。「生きた証、受け取って欲しい」なんて)

『アキトさん、お願いが2つ、あります』

(ごめん、ルリ。俺、どっちも守れなかったよ...)

『世界中の誰もが許さないとしても、私が許します。』

(ありがとう...でもね)

『私の命を掛けて』

(生きていて欲しかった。生きていて欲しかったんだよ。許してくれなくてもよかったんだ。生きていてさえくれたら)

『もう、一度、生ま、れ、変わっ、て、逢、えた、ら』

(...約束するよ。もう一度生まれ変わって逢えたら...)

『ア、キ、トさ、んの、いち、ばんに、なり...』

(ルリを、ルリだけを愛して生きるよ。必ず)

(だから、だから、せめてもう一度、せめて...)



『アキト、ルリによろしく』

『今度こそ、幸せになって、お兄ちゃん』

ゆっくりと意識が遠のいていく感覚の中、アキトはそんな声を聞いたような気がした。



そして、『夢』が終わる...




「また、あの夢か...」

テンカワ・アキトは身体を起こし、ゆっくりと涙を拭う。そして、ベッドから降りると自室に備え付けのシャワールームへと

入っていった。

(あの場面は久しぶりに見たな...)

熱いシャワーを頭から浴びながら、さっきまで見ていた夢を思い返していた。

「ルリ...」

会ったこともない筈の、その思い人の名前を呼ぶ。あの『夢』を見るようになってから、突如として彼の心を掴んで離さなくなった

金色の瞳の少女。

彼はシャワーを止めると、タオルで身体を拭きながらベッドの脇にある机の前に歩いていった。

机の上の端末で、昨日プロスペクタ−が教えていった「ナデシコ」の乗員名簿にアクセスする。

『一応、誤りがないかどうか、ご自身の欄を確認しておいてください。」

そう言っていたのを思い出したからだが、もう一つ別の目的もあった。

検索機能で自分の名前を検索すると、すぐに自分の見慣れた経歴が表示された。

「テンカワ・アキト。出身地:火星-ユートピア・コロニー。2173年生まれ。現在23歳。...

 ナデシコ艦内職務:機動兵器パイロット」

自分の経歴に問題ないことを確認すると、もう一人の経歴を検索する。

「ホシノ・ルリ。出身地:地球-スェーデン。2180年生まれ。現在16歳。...ナデシコ艦内職務:メインオペレーター」

アキトはしばらく端末に表示されるホシノルリの経歴を眺めていたが、不意に思い出したように端末を閉じ着替えを始めた。

15分後にはアキトは住み慣れた部屋を後にして、新しい職場であり住まいである場所へ向けて出発した。

「彼女」のいる場所、「ナデシコ」へ向けて。



Prolog 1 end.


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<<後書き>>

始まってしまいました(笑)。とりあえず、短編2本の20年後から始まってますので、できればそちらも読んで頂ければ、と。

次はルリPartになります。では、皆様、次のお話で会いましょう♪


(予告)

「彼はもう、あなた達と『家族ごっこ』をする気はないの」

「オモイカネを使ってスレッドを30も立てれば2時間でアキトさんに起こった全てを体験できる、VRソフトです」

「あなたが死んだら誰が一番悲しむか、考えなくても分かるでしょう!!」

「一度くらい、あの人の役に立たせてもらっても罰はあたらないでしょう」

Next Phase:

Prolog 2 「ルリ」




b83yrの感想

みたっちさんの新連載、『ゼフィランサス』『Gimnaster Savatieri』の続きだそうです

気になってるのは、ゼフィランサスの話だとルリって『最初に』与えられた寿命ですら20年しかない

こっちの連載だと、それはどうなるのでしょうか?

アキトも『夢』でその事を知っているのなら、いったいどうするのかな?と

ちなみに、この手の質問には感想への返答ではなくて、『連載の内容の中で』答えて欲しかったりして

こういう時って、『感想への返答でも良いから早くどうなのか教えて欲しい』って人と『連載の内容の中に組み込んで話を盛り上げて欲しい』って人に別れるんですよね

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