アキトはルリを探して艦内を歩き回っていた。



だが、艦内の何処にもルリの姿が見当たらず。

コミュニケを使ってみたが、ルリのコミュニケにも繋がらない。

そればかりか、ルリの居場所までもが表示されなかった。


どうやらルリがオモイカネに頼んでアキトからの通信を拒否させ。

また、自分の居場所も分からないようにしたらしい。


仕方なくアキトは、隈無く艦内中を歩き回りルリを探す。

ブリッジに展望室、バーチャル・ルームやトレーニング・ルーム等を見て回る。

そしてアキトは行く先々で、出会う人達にルリを見なかったかを聞いて歩く。






ただ己の心の中に生まれた焦燥感に突き動かされるままに・・・。






その心の中に生まれた痛みの本当の意味にも気付かずに・・・。















機動戦艦ナデシコ騒動記  〜気が付けば〜










●第二日目・後編












アキトは今、ルリを探して格納庫にやって来ていた。


そこには、全クルーが休暇中のはずなのに、何故か整備班の人達がエステパリスの整
備をしている。

ここのドックに寄港して、ナデシコには十分な補給物資が搬入された。

搬入物資の中にはエステなどの交換部品等も入っている。

そこで、この際だから消耗の激しい部品は出航する前に交換してしまおうと、いうこ
とで。
ウリバタケ率いる整備班達は急遽エステの部品交換を行っていたのだ。


休みを返上してまでするあたり、流石は自分達の仕事に誇りを持つウリバタケ達。

まさに、整備士の鑑だ。


・・・・・本当はプロスから与えられた、昨夜の一件での罰だったりする。

・・・・・もちろん、勤務手当は付かない・・・ただ働きだ。


その中にいた整備班長のウリバタケに近づきアキトは呼ぶ。

「ウリバタケさん!」

アキトの呼びかけに振り向くウリバタケ。

振り向いてアキトの姿を確かめると。

「あー、何だアキトかぁ。

  俺ぁ、今ちょっと急がしいんだがなぁ」

こちらを向き不機嫌そうに言うウリバタケ。・・・予定外の仕事で機嫌が悪い。

それでも、アキトはウリバタケに聞く。

「すみません・・・ルリちゃんを見なかったですか?」

ウリバタケに向けたその顔は、普段のアキトには見られない程の真剣な表情であった。

アキトの何時にない思い詰めた真剣な顔つきに、ちょっと驚きながらもウリバタケは
答えた。
「あ、ああ、ルリルリなら・・・」

そう言って格納庫の隅を指差そうとしてウリバタケは、そこにルリがいないことに気
が付いた。

実は、ルリは少し前には格納庫に来ていた。

あまりに珍しいことにウリバタケ達は驚いていたが。

ルリの様子が、何か何時もと違う感じがして声を掛けづらく。

ルリの方も、ただ整備班達の作業を遠くから眺めているだけでだったので。

ウリバタケ達も部品交換作業で忙しかった為、ルリをそのままそっとしておいたのだ。


さっきまで居たはずのルリの姿が無い事に首を捻るウリバタケ。

「あれ?おかしいなぁ・・・さっきまで、そこに」

ウリバタケはルリが何処に行ったのか他の整備班達に聞いた。

「おーい!誰かルリルリが何処行ったか、知っているヤツぁいないかぁ!」

ウリバタケの問い掛けに整備班達の中から声が返ってくる。

「そういえば、ちょっと前位に出ていくのを見ましたよ」

アキトはそれを聞くと、ガックリと肩を落とし気落ちした様子だ。


それを見てウリバタケは怪訝そうに考えた。


ウリバタケは、アキトが酔っぱらってルリを抱き枕にした事は既に知っている。

その事でプロスから怒られたウリバタケ達である。

だが、あの事はルリ自身がアキトを庇い弁護したと聞いた。

それにより、アキトに対する周りの誤解(容疑)も解けたのだ。

ルリも、そこまでアキトを庇い弁護したりするのだから。

アキトに対して、別に怒りや恨み辛みは無いとは思う。

それなのに、ルリは何やらアキトを避けているみたいだ。

アキトにしても、思い詰めた顔をして・・・。

どうやらルリを追い掛けているらしいが、その理由がよく分からない。


そう思ったからこそ、ウリバタケはアキトに聞く。

「おいアキト、お前、ルリルリにまだ他に何かしたのか?」

「いや・・・ちょっと」

アキトはウリバタケの問いに曖昧に答えた。

「・・・それじゃ、ウリバタケさん・・・失礼しました・・・・・」

アキトはウリバタケにそう言うと、格納庫から出て行こうとする。


ウリバタケは出て行くアキトに声をかけるが、

「おい!アキ・ト・・って・・・・・まったく」

その前にアキトは急いで格納庫を出ていった。


アキトが出ていった後、ウリバタケの頭の中には、ある疑惑が湧き起こってきている。

(・・・・・まさか・・あいつ・・・ルリルリを・・・)

整備班達の中にも、何やらアキトとウリバタケのやり取りを見聞きして、ヒソヒソ話
をする者達がいた。


・・・・・後に、アキトのこの行動が『ある』ことに信憑性を持たせてしまう事となる。















その頃、ルリはオモイカネを使ってアキトの所在位置を常に把握。

アキトが近づいてくると、すり抜ける様に避けて逃げていた。



格納庫から出た後も、ただ目的も無く艦内通路を歩くルリ。

ルリはちょっと疲れたのか、ちょうど近かった食堂の扉を潜り中に入る。


中に入ると食堂は閑散としていた。

食堂勤務のクルー達にも休暇が与えられた為に休業に近い状態だ。

なお、ナデシコ・クルー達は現在のところ食事を主にドック内の食堂か、その周辺の
店で摂っている。

中に入ったルリは一番隅のテーブルに座った。

座ると同時に力の無い小さな溜息を吐き、その目も下に伏せて全体的に元気が無い。

顔付きも何時もとは違い何だか辛そうな、思い詰めた感じが表情に滲み出ていた。

ポツンとテーブルに着いて座っているルリの姿は、今にも消えてしまいそうな感じで
ある。

少しの間、ルリがそうしていると食堂の扉が前触れもなく開いた。

ルリは身体をビクンと振るわせて慌てて扉の方を向く。

その扉から入ってきたのは、ハルカ・ミナトであった。

ミナトの姿を見たルリは少しホッとした様な感じで身体の力を抜く。

しかし今の自分の状態を悟られまいと思ったのか、いつもの無表情な顔になった。


顔をミナトの方に向けたまま、ルリは考える。


(・・・ミナトさん、一体何をしに・・・・・私に何か用でも?)


ミナトは先程、通路でルリの姿を見かけたが、何だか元気の無い様子に心配になった。

それで自分もルリに話をする為に食堂に入ってきたのだ。

実は今朝の一件以来、ルリの様子が少しおかしかったのにミナトは薄々気付いていた。


食堂に入ったミナトは、中を一望してルリの姿を見付けると、静かにルリの傍まで歩
いていく。
ルリの座るテーブルまで行くと、ミナトは自分もルリの対面に座った。

そして、黙ったままルリの目を真っ直ぐに見つめる。

ルリもミナトの目を見返していたが、その目は今のルリの心の中を表すかの如く僅か
ながら揺れていた。
暫く、そうしていたが耐えきれなくなったのか目を伏せるルリ。

ミナトはルリの様子から、どうも何か悩み事でも抱えているらしいと見当をつけてい
た。


ミナトは目を伏せたルリに静かに優しく話しかけた。

「ルリルリ、何か悩みがあるでしょう?」

ミナトの問い掛けにルリは、肩をほんの少しだけピクッと反応させる。

「・・・悩み事なら、お姉さんに話してみなさい」

それでも目を伏せたままのルリに、ミナトは更に言う。

「ルリルリ、悩みはねぇ、一人で抱えていても解決しないのよぉ

  誰かに話した方が気も楽になるし、それに・・・・・

  ルリルリの悩み事を解決する為の相談にも乗ってあげられるわ」

そこで一旦言葉を切り、ミナトは続ける。

「だからルリルリ、お姉さんに話してご覧なさい・・・」

ミナトの言葉にルリは、伏せていた目を上げてミナトを見ると口を開きかけた。

だが、ルリが口を開く前に突然コミュニケが鳴る。

鳴ったのはルリのコミュニケだ。

ルリは自分のコミュニケが鳴ると慌てて椅子から立ち上がり、食堂の出口に向かって走
り出した。
ミナトは何が何だか訳が分からずも、椅子から立ち上がるとルリを呼び止めようとす
る。
「ちょっと!ルリルリ!!どうし・・・・・」

ミナトの声がルリの背中に当たる前に、ルリは扉の向こうに消えてしまった。


ルリが出て行った後の扉を見つめていたミナトはどうしたものかと考える。

そのミナトの後ろからイキなり声がかかった。

「困ったもんだねぇ」

その声に驚くミナト、今まで人はいないものと思っていたのだ。


慌てて振り向くと、そこにはこの食堂で料理長をしているホウメイがいた。

驚いた顔のままのミナトにホウメイは苦笑して言った。

「何を、そんなに驚いてるんだい?」

ホウメイの言葉に我に返り、ミナトは聞く。

「・・・ホウメイさん、何時からいたのぉ」

ミナトの疑問にホウメイは笑いながら答えた。
  
「あたしは最初からいたさ。ルリ坊が食堂に入ってきた時には奥にいたけどね。

  まあ、あたしもルリ坊に声をかけようと思ったけど様子が変だったから
ね。
  ルリ坊をそっとしておいたのさ」

ホウメイの答えを聞き、ミナトはルリの事を思い出す。

「ルリルリを追いかけなくちゃ・・・あの子、何か思い悩んでる・・・・・」

ミナトがそこまで言った時、食堂の扉が開いて一人の人物が入ってくる。


入ってきたのは二人がよく知る人物、アキトだった。









アキトはルリの姿をなかなか捉える事が出来ないことに焦燥感だけが募っていき。

次に探す場所として食堂の前までやって来た。

そして急ぎ食堂の扉を抜けて中に入ったアキトは、食堂内を見回してルリを探す。


そこで二人の人物、ミナトとホウメイと目が合う。


アキトは二人の元に急いで行き、焦った様子で聞いた。

「ホウメイさん!ミナトさん!ルリちゃんを見ませんでしたか!」

切羽詰まった真剣な様子のアキトに、ホウメイとミナトは顔を見合わせる。

「ルリ坊なら、さっきまでいたんだけどねえ・・・」

ホウメイの言葉にアキトはまたしても肩を落とす。

「そうですか・・・・・何処にいったのか知りませんか?」

アキトは二人に聞いてみた。

「ルリ坊の行き場所かい?・・・分かんないねえ。

  何せ、慌てて出ていったからねえ」

ホウメイの言葉にアキトは気落ちして。

「・・・・・俺、ルリちゃんを探さないといけないんで・・・これで」

そう言って食堂から出て行く為に出口の方を向いたアキトを、それまで黙っていたミ
ナトが呼び止めた。
「ちょっと!待ちなさいよぉアキト君!」

ミナトの呼びかけに振り返るアキト。

そのアキトを睨み付けてミナトはアキトの傍までいく。

アキトの前に立つとミナトは睨み付けたまま口を開いた。

「あんた!ルリルリに何かしたの!」

「・・・・・何かって・・・」

アキトは言葉を濁してハッキリ答えられない。

「ルリルリね、今朝の一件の後から様子が変だったわ。

  あの一件ではルリルリと何も無かったと分かったけど。

  それから、あの子の様子が変なのはどういう事なのぉ!」

ミナトの詰問にアキトは項垂れて黙っている。

「アキト君!知ってる事があるなら言いなさいよぉ!」

ミナトの剣幕と、その向こうにいるホウメイの無言の圧力を感じて、アキトは観念し
たのか話し出した。
「・・・・・傷つけたんです・・・」

静かにひとこと言った後に、アキトはミナトの詰問に、自分がルリを傷つけたかも知
れないことを話しだす。

あれから釈放された後、ユリカ達と通路を歩いていてルリに出会った事・・・。

その時、自分と目が合うとルリが走って逃げてしまった事・・・。

原因は昨夜の事しか、自分には思い当たらない事・・・。


きっと昨夜の事にショックを受けて、傷つけてしまったのではと、考えた事・・・。

「俺が・・・ルリちゃんを傷つけたんです・・・・・」

ミナトはアキトの懺悔とも言える告白を聞きながら、内心首を捻っていた。


今朝の一件の時には、ルリは低血圧から脱すると、直ぐにミナトにアキトは無実だと
訴えた。
ミナトはあんな真剣なルリを見るのは初めてである。

そしてアキトを弁護する為、急いでプロス達の元に行ったのだ。

ルリがあの事で傷ついているなら、アキトの弁護をあんなに一生懸命になってするだ
ろうか。


ミナトはアキトに確認の為に聞いた。

「ねえ、アキト君・・・ちょっと聞くけど。

  アキト君は、あれ以外の事をルリルリにしてないでしょうね?」

ミナトの問いにアキトは真剣になって言う。

「俺は、ルリちゃんに他には何もしてません!」

アキトの答えを聞きミナトは少し考える。

考えながらも、ミナトの女の勘が言っていた。

(これは・・・もしかして・・・・・)

だからこそ、ミナトは確認の為にもう一度聞く。

「アキト君・・・一つ聞くけど。

  あなた、今朝の時ルリルリの寝顔を見たわよねぇ?」

ミナトの質問の意味が分からなかったが、正直に答えるアキト。

「え?・・・・・はい」

アキトの返事を聞き、更に聞くミナト。

「その時、ルリルリの寝顔は苦しそうだった?それとも、嫌そうだった?」

ミナトからルリの寝顔はどうだったかを聞かれ、アキトはあの時のルリの寝顔を思い
出していた。
自分の腕の中で安らかに眠るルリの寝顔を・・・。

「ルリちゃんの寝顔・・・・・。  いえ・・・穏やかで、安らかな寝顔でした」

アキトの答えを聞き、ミナトは頷いた。

何故なら、自分もそう感じたからだ。

あの時は自分も頭に血が上っていたが、今思い出してみるとルリの寝顔はとても穏や
かであった。
嫌いでイヤな相手なら、そこまで穏やかで安らかな寝顔をするだろうか・・・。


ミナトは自分の中の確信を深める。

後は、ルリ本人に確認するだけだ。


ミナトが一人得心している間に、アキトは食堂から出ていこうとする。

「それじゃ、俺は・・・これで」

だが、それをまたミナトが呼び止める。

「待ちなさい!」

呼び止められたアキトは再びミナトの方を向いて聞く。

「何ですか?俺、早くルリちゃんを探さないと・・・」

そう言ったアキトにミナトは問いかける。

「アキト君、ルリルリを追い掛けてどうするつもり?」

「だから、ルリちゃんに謝ろうと・・・」

ミナトはアキトの、その言葉を聞いて諭すように言う。

「アキト君はルリルリに謝れば、それで気が済むかも知れないけど、ルリルリの気持
ちはどうなるのぉ」
「・・・・・ルリちゃんの気持ち・・・」

ミナトからルリの気持ちについて言われて、戸惑いを見せるアキト。

その様子を窺いながらミナトは続ける。

「ルリルリはアキト君に会いたくなくて、逃げているのよぉ。

  それをアキト君が、無理にルリルリに会って謝っても。

  それで、ルリルリに対して誠実に謝ったと言える?」

「・・・・・それは・・・」

アキトはミナトから言われて考え込んだ。


ミナトにはどうやら何か考えがあるようだ。

「だからねアキト君、私がルリルリに会って話を聞いてみてあげるわ。

  ルリルリも私だったら会ってくれるだろうし・・・。

  もし、それでルリルリがアキト君と会っても良いとなったら。

  私がアキト君に連絡を入れるから・・・そうしなさい」


「・・・・・・・・・・」


どうするべきか悩んでいるアキトに、それまで成り行きを見守っていたホウメイが言
う。
「テンカワ、そうしな。ミナトなら悪いようにはしないさぁね」

自分の師匠であるホウメイの言葉に、アキトはミナトに頼ることにした。

「ミナトさん、よろしくお願いします!」

ミナトに対して頭を下げて頼むアキト。


アキト自身、ミナトに言われて焦燥感に駆られ自分が焦っていたのを感じた。

これでルリと仲直りできるなら、人に頼るのも一つの手だと割り切ったアキト。


アキトが頭を下げる頼む前でミナトは告げる。

「それじゃ明日、ルリルリに会ってみるわぁ」

ミナトのその言葉を聞き、今すぐにでもと思っていたアキトは聞き返す。

「えっ、明日スか?」

・・・まだ、焦りは抜けきっていないようだ。


ミナトは、アキトに説明するような感じで答える。

「そうよぉ、ルリルリだって一晩もたてば、少しは気持ちが落ち着いてるでしょう」

ミナトの言葉に、少し考えてアキトは了承した。

「・・・・・分かりました」

ミナトはアキトから了承の返事を聞くと、食堂から出ていく為に扉に向かう。

出入り口の扉のところでミナトは立ち止まり、アキトの方を振り向いて言った。

「アキト君も今日は大人しくしてるのよぉ」

しっかりアキトにクギを差してから、食堂から出ていくミナト。


ミナトの出ていった後、アキトは自分も部屋に戻る為か食堂を出ていこうとする。

そのアキトに、今度はホウメイが声をかけた。

「テンカワ、あたしからも一つ言っとくよ」

ホウメイから声をかけられて、黙って振り向くアキト。


振り向いたアキトにホウメイは真剣な表情をして言った。

「テンカワ、あんたはルリ坊の事をまだ子供だと思ってるかも知れないけどねぇ。

  あの子だってね、一人の女の子なんだよ。それだけは、おぼえておきな」

「・・・・・はい」

ホウメイの言葉にアキトは返事を返して食堂から出ていった。


アキトの出ていった扉を見つめ、ホウメイは呟く。

「・・・やれやれ、本当に分かってるのかねぇ」

ホウメイはやれやれといった感じで肩を揺すり、食堂の奥に戻っていった。













そしてその日、各々がそれぞれの思いを胸にして夜を迎える。













≪  アキト  ≫





アキトは自分の部屋で物思いに更けていた。


ベットに横になりはしたものの、ずっと眠れずにいるアキト。

・・・部屋の明かりは点けたままだ。

ベットの上で仰向けになり、両手を頭の後ろに組んで天井を見つめている。

今、天井を見つめ続けるアキトの頭の中に浮かぶのはルリの事ばかり・・・。

初めて出会ってから、今までの事を思いだしていた。



ナデシコで初めてルリに出会った時・・・。

(無表情で感情を表さない、まるで人形のような感じだったルリちゃん・・・)


オモイカネが暴走した時・・・。

(俺を信じて頼ってくれたのが、嬉しかった。
  
  それと、終わった後のルリちゃんの、あの微笑みが今も心に残る・・・)


ピースランドに一緒に護衛として付いていった時・・・。

(ルリちゃんがピースランドのお姫様だったのには驚いたな・・・。

  そして、彼女の生まれ育った研究施設跡では・・・俺はあの時、ルリちゃん
を心から守りたいと思った・・・)


そこまで考えた時、アキトは苦痛でも受けたかの様に表情が歪む。

守りたいと思ったルリの心を傷つけ、嫌われたとの思いが胸の痛みとなって襲うのか。

アキトは両手を頭の後ろに組んだまま、ベットの左側に寝返りを打つ。

その時、アキトの目にベットの上でキラリと光る一筋の光が目に入った。

思わず、その一筋の光に手を伸ばして指で摘み上げる。

それを目の前に持ってきて凝視するアキト。


(・・・これは?・・・・・ルリちゃんの・・髪の毛?)


青銀の輝きを持つ一筋の光・・・それは、ルリの髪の毛だった。


今朝から色々とあって、ベットのシーツ等はクリーニングに出さずにそのままにして
いた。
アキトは指に摘んだそのルリの髪の毛を眺めながら考える。


(今朝、ルリちゃんはこのベットで寝てたんだよな・・・俺の腕の中で・・・・・)


アキトは今朝の事を思い出す。

自分の腕の中にあったルリの温もりと、穏やかな寝顔を・・・。

そのルリの温もりを思い出して、アキトの胸の奥に生まれる空洞。

・・・それは、寂しさ。

アキトは今、自分の腕の中にルリの温もりが無いことに、言いようのない寂しさを感
じていた。


寂しさを感じながらも、ベット上で再び仰向けになるアキト。

仰向けになり天井に伸ばした両腕を見ながら、アキトはその腕に抱き締めていたルリ
の感触を思い出す。

(・・・・・ルリちゃんの身体・・・小さかったな・・・)


更に、自分の胸に顔を預けて、この腕の中に収まって眠っていたルリの寝顔を思い出
すアキト。

(あの可愛い寝顔・・・本当はもっと見ていたかったな・・・)


だが、そこでアキトは今考えた事を振り払う様に目を瞑る。

(・・・・・俺は何を考えてるんだ・・・)

アキトは、それ以上考える事をやめた。


いや、本当は怖かったのかも知れない。

引き返せなくなるような気がして・・・。


部屋の照明を落とし、布団を頭から被り寝ようとするアキト。

全ては明日、アキトはそう思い無理矢理眠りについた。





アキトは気付かない。


嫌われたと思った時に感じた心の痛みが何であったのか。

・・・・・それは、罪悪感だけでは無かった。

何故、あれ程までに焦燥感に駆られ、ルリの姿を追い求め探したのか。

・・・・・大切なものを失うことへの恐れ。

ルリの温もりが無い事に感じた、その寂しさが何なのか。

・・・・・無意識に温もりを・・・ルリを求めている心。



アキトは気付かない。

それとも、ただ気付かない振りをしているのか。



自分の心が既に、ルリに捕らわれてしまっている事に・・・・・。














≪  ルリ  ≫





アキトがベットの上で物思いに沈んでいる頃。

艦内の別の部屋では、もう一人物思いに沈んでいる人物がいた。



明かりを落とした薄暗い、家具らしいものが殆ど無い部屋。

壁際に備えられたベットの上には小さな影が一つ。

影の正体は、この部屋の主のホシノ・ルリだった。

パジャマに着替えてツイン・テールの髪も降ろしている。

ベットの上に座って、揃えた両膝を胸元に引き寄せ両手で抱え、足のつま先をボンヤ
リと見つめるルリ。
身動ぎ一つしないその姿は、あまりに小さく儚く見えた。



今、そのルリの頭の中は一人の人物の事で一杯になっていた。


『テンカワ・アキト』・・・今、ルリの心を悩ませている人物。


昨日までは、悩む事は無かった。

例え心の奥底に、本人が気付かない淡い想いが存在していたとしても・・・。

だが、昨夜の事が全てを一変させてしまった。

アキトの腕の中で、その温もりに包まれて眠った時に感じた安らぎ。

それは、研究所で生まれ育ったルリが初めて知った人の温もりであり、心からの安ら
ぎであった。

全てはあれが切っ掛け・・・。


あのアキトの温もりがルリの心の中に変化をもたらした。

その変化である、ルリの中に芽生えた想いが、ルリ自身を苦しめる。


・・・・・その想いに、気付いてしまったが故に。


ルリは自分の足のつま先を見詰めながら思い返す。

プロス達に連行されたアキトを弁護する為に、取調室に入った時に気付いた事。

目の前の、アキトの顔を真っ直ぐに見れない事に・・・。


アキトの顔を見ると鼓動が早鐘を打ち、訳も分からず感情が乱れる。

自分が自分でなくなる様でアキトの傍に居るのが怖い。

それなのに、彼の傍に居たいと思う。

この時は、その感情が何であるのか知らなかった。


あの時も・・・・・。


アキトがユリカ達に囲まれて談笑する姿を見たとき、胸が締め付けられる様に痛かっ
た。
そしてアキトと目が合った時、その場にいるのが苦しくて耐えられなくて逃げ出した。

その時に自分の中に生まれた、胸の奥で締め付ける様な痛み。

訳も分からず、何故か悲しかった、何故か心が痛かった。


アキトから逃げ回っていたあの時、ルリの心の中では。


(・・・テンカワさんの・・・傍に居たい・・・・・)


それでも、もう一つの心が・・・。


(・・・怖い・・・テンカワさんに会うのが・・・・・)


二つの心がせめぎ合い、戸惑いと混乱の中で、ただアキトから逃げるしか出来なかっ
た。
アキトを避けるように逃げ回っていた自分・・・その所為で。


(もしかしたら、テンカワさんに嫌われたかも・・・)


そう思うと、自分の心は更に苦しくなった。


そこまで考えて、ルリはベット上で自分の両膝の上に頭を乗せて俯く。

今のルリは、自分の中の持て余している感情が何であるのか気付いていた。

そして、自分の中の想いに気付いてしまったから、なお胸が苦しい。

どんなに主張しても自分が、まだ子供であると言う事実。

それが、この想いが報われるはずがないと告げていたから。

そう思うと、胸を締め付ける苦しみは増すばかりであった。



それでも、一度気付いてしまった想いはもう消せない。




ルリはアキトの名を小さく呟く。


「テンカワさん・・・・・」


アキトの名を呟き、まるでそれに縋るかの様に、昨夜のあの温もり、あの鼓動の音を
思い出すルリ。
でも、ここにはあのアキトの温もりも、あの生命を感じさせた鼓動の音も無い。

その所為なのか、心なしか部屋の中が寒く感じる。


ルリは両膝を自分の胸元に引き寄せ、まるで寒さから身を守るかの様に身体を縮込ま
せた。

感じるはずの無い寒さに震えながら、ルリは誰にも聞き取れない様な声で呟く。



「・・・テンカワさんの・・・・・・・・・・・・・・・ばか・・・」



その呟きは、知らなければ、気付かなければ良かったとの思いからなのか・・・。


それとも、今ここにアキトが居ないことに対してなのか・・・。







テンカワ・アキトとホシノ・ルリ・・・。



二人が自らの想いに悩み苦しんでいる中、二日目の夜はただ過ぎていく。













明日という日を迎える為に・・・・・。










第三日目前編へ続く

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●あとがき


今回は『第二日目・後編』でした。

この話では次の段階へのステップアップの為に、アキト君とルリちゃんの心理描写を
少し入れてます。
それが上手くいったかどうかは分かりませんが・・・。


次回からは、アキト君とルリちゃんが急接近していきます(笑)

それに伴い、タイトルに『騒動記』と付いているようにナデシコ内が騒がしくなって
いきますので。

主に被害を被るのは・・・・・・・・・・アキト君?



次回は『第三日目・前編』です。



b83yrの感想

こういう、『恋愛の過程』がしっかりと描写されてる話ってやっぱり良いです

さあ、次回は急接近だ♪



第三日目前編へ続く

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