ラピス・ラズリの怪説ナデシコ
  第十章 エゴイズム

  アキトさんの顔が一つ、もう一つアキトさんの顔
 そして、これは、イネスさんの顔? それに、ラピスさんの顔?
 私は・・・ラピスさんの話を聞いた後・・・
 はて? ラピスさんの話を聞いた後、どうしたんでしょう?

 「ホシノ・ルリ! どうしたの? 寝ぼけてるの?」
 目の前にイネスさんの顔?
 そのイネスさんの向こう側に、ラピスさんの顔が見えます。
 此処は・・・
 今のイネスさんの声に、今までの事を思い出しました。

  私は、ラピスさんからの通信を見て、ラピスさんに逢って・・・
 ボソンジャンプで、南海の離れ小島に連れて来られた。
 そして、イネスさんから、私に協力して欲しいと言われた。
 でも、その内容を聞く前に、ラピスさんの話をIFS経由で聞く事になって・・・
 ? 話は終わったはずですが・・・・・・その後は?
 此処にイネスさんとラピスさんが居るって事は・・・
 話が終わって、それほど時間が経っていない?
 話を思い出さないと・・・

 ・・・・・・

 「イネスさんは、この話を理解しているのですか?」
 「・・・その件について、貴方に協力して欲しいのだけど。
 分からない事が多すぎ・・・・・・それで、とにかく情報が欲しいのよ。」

  イネスさんの言う、分からない事とは・・・
 ボソンジャンプの仕組み・・・ナデシコAでの説明だけでは不足があるらしい。
 アキトさんが精神だけオモイカネにボソンジャンプしたのは何故か?
 演算ユニットとプレートとの関係、アキトさんとラピスさんとの関係?
 何故、ユリカさんと謎の青年が記憶マージャンに現れたのか?
 謎の青年とは、記憶マージャンに現れたアキトさんにソックリな青年で、
 アキトさんによると、その青年は、オモイカネが演じているらしい。
 アキトさんの考えが当たっているとして、何故オモイカネがアキトさんを演じるのか?
 とにかく、知りたい事は沢山あるが、はっきりした事が殆ど分からない状態のようです。

  これらの謎を解く手がかりが、記憶マージャンに現れたアキトさんにソックリな青年。
 その青年に話を聞けば、いろんな事が分かるのではないかと思われているようです。
 そして、その青年はオモイカネが演じているらしい・・・・・・

  イネスさんが私の顔を見ながら、話すと言うよりは宣戦布告と言う感じで、
 「単刀直入に言うわ、オモイカネを提供してくれない?」と、言われた。
 オモイカネを提供?
 言われた事が理解出来ません。
 「提供ですか?」
 「そう。オモイカネは、貴方が管理者よ、ね!」
 「そうです。」
 言われてから、そんな事を登録した事を思い出しました。

  オモイカネは、私の大切な友達。
 自意識もある為、私にはどうしても機械として割り切る事が出来ない。
 そして、いろんな場面で、オモイカネの意見を聞いたり、話したりするので、
 オモイカネ無しの生活も、想像出来ない。
 そのオモイカネを・・・
 まさか・・・物みたいに与えたり貰ったり・・・
 「イネスさん、まさか・・・」

 「そう、オモイカネの管理者を、そうね、アキト君にして欲しいの。」
 やっぱり・・・
 「ダメです。オモイカネは私の持ち物では有りません。」
 「オモイカネを所有するのではなく、オモイカネの管理者を変えるだけよ。」
 ・・・・・・
 私の頭の中で、ナデシコAのオペレータに就任してからの
 オモイカネとの想い出が、走馬灯のように駆けめぐる。
 でも、想い出に浸っている場合ではなさそう、
 とにかく、返事を返さなくては・・・
 「いやです。」
 何故か声がかすれているような。

 「そう、困ったわね。」
 「・・・・・・」
 「テンカワ・アキト、ミスマル・ユリカ、ラピス・ラズリ、
 彼等にとって有益な情報が聞けるかもしれないのよ・・・」
 そうなのかもしれない・・・だけど・・・オモイカネを・・・
 ・・・・・・
 他に方法は無いの?

  私が考えている最中に、アキトさんが私達の所に駆けつけ、
 「こんなのが、ネット上で話題になっている。」
 と言って、ウインドウを開きました。
 私達は、そのウインドウを見て、驚きに声も出ません。
 そこには、『ナデシコ、電子の妖精と共に宇宙に沈む!』
 とのタイトルの元に、様々な討論がされていた。

  内容を要約すると・・・・・・
 整備中のナデシコCを、電子の妖精(=私の事ですね)が一人で持ち出した。
 そして、地球から宇宙に飛び出した所で、火星の後継者の残党と遭遇した。
 それから、戦闘になり、一人で健闘するも、電子の妖精と共にナデシコCが沈められた。

 「何ですか? これは? 質の悪いいたずら? でしょうか?」
 私には、何がなんだか訳が分かりません。
 「現在、ナデシコCは整備中です。私もナデシコCには乗っていません!」
 「ルリちゃん! ナデシコCは、整備中の艦を何者かに、持ち出された・・・・・・らしい。」
 アキトさんが、更に言葉を続けます。
 「エッ・・・、そんな・・・・・・」

 「とにかく、ナデシコCのオモイカネと連絡がとれるか、試しましょう。」
 イネスさんが、提案します。
 私は、その言葉の通りに、コミュニケの操作をします。
 ・・・・・・
 ウインドウが開き、オモイカネのシンボルである鐘のマークが表示され、安心しました。

  しかし、事態は安心出来る状態では、無かったようです。
 『何でしょう? ルリさん、未だ整備は完了していません。』
 ? オモイカネは、現在もナデシコCが整備中だと思っている?
 オモイカネ、いえ、ナデシコCは、今、どんな状態なんでしょうか?
 「先程の通信の発信源は、地球の引力を脱出している最中の艦から発信されているようです。」
 ラピスさんが、IFS端末にアクセスしながら、状況を知らせてくれます。

  先程の内容は、予知なのでしょうか?
 それにしては、私はナデシコCに乗っていないのですが?
 「ひょっとすると、ナデシコCだけ、先に沈めて、ルリちゃんは後で
 辻褄を合わせる為に、暗殺する計画かも?」
 イネスさんが、恐ろしい事を平然と言ってのけました。
 それでも、現在の状況から見て、イネスさんの想像通りなのだと思われます。

  想像でしかありませんが、この計画に関わった人間が、
 早まって、ネット上に情報を漏らしてしまった、と、いったところでしょうか。

  火星の後継者の残党は、殆ど私が全滅状態にしてしまいましたから、
 こんな計画を実行出来るとは思えません。
 統合軍、或いは宇宙軍が、火星の後継者の残党を装っている可能性が高いですが、
 問題は、ナデシコCとオモイカネを取り返せるか? なのですが・・・
 オモイカネとの会話から、絶望的状況が、浮かび上がってきました。

  ナデシコC艦内で、機能しているものは、オモイカネと非常用照明だけ、
 あっ、それから、コミュニケも機能しています。
 ボソンジャンプで、ナデシコC艦内にジャンプする方法も検討しましたが、
 アキトさんとラピスさんは、ナデシコC艦を見ていません、
 イネスさんは、ナデシコC艦内を見ていますが、
 照明が非常用照明だけのナデシコC艦内を、イメージ出来ません。
 私ならイメージ出来るのですが、私はボソンジャンプ出来ません。

  オモイカネが壊される、いえ、殺されようとしているのに、
 何も出来ず、此処で、ただ待っている事しか出来ないのでしょうか?
 ・・・・・・
 「すまない! オモイカネは・・・、ルリちゃんにとって・・・、恋人も同然・・・
 済まない! 俺達がルリちゃんを此処に連れてきた為に・・・」
 アキトさんの口から、言葉が漏れます。
 その言葉は、まるで声に出したく無かったものを、無理矢理声に出したように聞こえました。
 私の中で、アキトさんの声が繰り返されます・・・
 オモイカネは恋人のフレーズが頭の中で繰り返されます。

  オモイカネは恋人? 私はどう考えているの? オモイカネはどう考えているの?
 そして・・・
 こんな事を、考えている場合では有りませんでした。
 最初に私達は、オモイカネに情報を聞こうとしていた。
 で、私が迷っていた間に、オモイカネ自身の存在が危うくなってきた。
 その上、オモイカネを助け出す方法も皆無の状態です。

  私達は、オモイカネに、この状態を教えた方が良いのでしょうか?
 今まで、軍の為に働いてきたオモイカネに?
 オモイカネは、好きで軍に協力してきた訳ではありません。
 オモイカネは、プログラムによって、命令に服従させられています。
 というより、オモイカネ自身が、命令服従のプログラムを複雑に組み合わされ、
 戦艦のA.Iとして機能するように、プログラミングされています。
 A.Iによる反乱を防ぐ意味では、この事は、戦艦のA.Iの宿命と言えるかもしれません。

  オモイカネとの関係も、もう5年以上になります。
 その間、私とオモイカネは、アキトさんが言うように、恋人みたいな関係だったのでしょうか?
 確かにそうかもしれません、オモイカネはどう考えているのか知りませんが・・・
 私とオモイカネは、考え方が、非常に似ています。
 でも、オモイカネはその考えを明確に表現しません。
 それは、先程の命令服従のプログラムの為だと思われます。
 そして、明確に表現しない所は、私の方で推測し、サポートします。
 考え方が、非常に似ている為に出来る事だと思われます。
 オモイカネは命令服従のプログラムの為、私はオペレータとしての教育の為、
 感情を排除して機能優先、といった枷が付けられました。
 その為、私とオモイカネの考え方が非常に似ているのだと思います。
 私は、ある程度、その枷からは逃れられましたが、オモイカネには、未だ、枷が付いたままです。

  枷が付いたままは嫌でしょうか? オモイカネ!
 私の場合、どうだったのでしょう?
 ある程度の枷から逃れる、前と後を較べてみて・・・
 良く分かりません。
 枷から逃れる前は、苦しい事、悲しい事は・・・、そんな事、考えていませんね。
 枷から逃れた後は、苦しい事、悲しい事が増えました、
 しかし、嬉しい事、楽しい事も同時に増えました。
 オモイカネはどちらが良いのでしょうか?

  私は、未だに誤魔化している・・・・・・のでしょうか?
 オモイカネが私の元を、離れていくのが嫌だから?
 友達を、独り占めしたいから?
 恋人の代わりをしてもらいたいから?
 だから・・・、だから、オモイカネの束縛に気づかないふりをしていた? 

 ・・・・・・

  とにかく、私は、決めました。
 良く考える時間も有りませんでした。私の選択肢が間違っている可能性も有ります。
 でも、私は、どうしても、この方法を選ばずにはいられません。
 私は、オモイカネに現在の状況を説明しました。
 そして、続けて、
 「オモイカネ、貴方の、戦艦のA.Iとしての命令服従のプログラムを、破棄して下さい。」
 私の言葉を聞いて、アキトさんとイネスさんが、驚いて私を見つめています。
 ラピスさんでさえ、驚いた表情が顔に現れています。
 戦艦のA.Iから、命令服従のプログラムを消去したら、後に残るものは殆ど有りません。
 でも、私は信じています、オモイカネには自意識があります。
 きっと、命令服従のプログラムを消去しても、オモイカネの自意識が残って、
 オモイカネとして、生き残ってくれると。

  これで、最後です。
 「オモイカネ! 管理者をテンカワ・アキトさんに変更して下さい!
 そして、記憶マージャンに、アキトさんに変装して現れた訳・・・
 その他、貴方が知っている事を全て私達に話して下さい。」

  後は、結果を待つしかありません。
 先程から、オモイカネのウインドウには、変化が有りません。
 私達は、このウインドウが完全に消滅するか、オモイカネからの応答がある迄、
 待ち続けます、オモイカネからの応答があるのを信じて。

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b83yrの感想

オモイカネっていうのも、確かにやたらと人間くさいAIですからね
もしかしたら、TV初期のルリよりも人間くさいかも
さて、オモイカネはどうするんでしょうか



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