後編

未来の為に


そして新しき未来へ…




後編




「ルリ…ごめん…」


落下して行く夜天光の中で、己の不甲斐なさを呪いながら、ルリに詫びをいれるアキト。

だが、彼の声がルリに届く事は無い。



「いやぁぁぁぁぁぁ!! アキト!! 駄目ぇぇぇぇぇぇぇ!!!! 」



普段のルリからは、想像できない程の悲鳴を上げながら、モニターに映る夜天光に向かって手を伸ばす。

しかし、その手はアキトに届く事は無かった・・・












その時、動きが止まっていたバッタ達が動きだし、落下して行く夜天光に向かってゆく。



「なんだ? おい、ハーリー。ハッキングしてるのに、何でバッタ達が動いているんだよ?…って、

 何で俺のエステが動かないんだ? 」




突然、動き出したバッタ達とは反対に、サブロウタのエステだけでなく、リョーコやライオンシックルズのエステも

全く動かなくなってしまった。


「おいおい、何で動かねーんだ? こら、ハーリーおめー何やってんだ? 相手が違うだろうが!! 」


全く反応を示さないエステのコクピットで、リョーコは激しくコントローラーを動かしつづけながら

ハーリーに向かって叫びつづけた。







「ハーリー君、一体どうしたの? 」 

「わかんないんです。 さっきから、オモイカネは全く反応は示さないし…」


ナデシコ艦内でも、通信系統や操縦系統も反応が鈍くなりつつ、オモイカネの絵と一緒に『休憩中』と書かれたモニターが

宙を舞っていた。



「ハーリー君、敵の船からのハッキングじゃないのか? 」


ジュンが、部下に原因の究明を指示する傍ら、ハーリーに問う。 過去に、オモイカネが暴走した事は一度だけあるが

その時とは、全く状況が違う。 目の前で戦っているのは、火星の後継者の筈だからだ。


「しょうがないか…ハーリー君、オモイカネとナデシコを切り離す準備をするから、準備して」



そう言うと、ユリカはマスターキーを取り出す。 このナデシコには、マスターキーによって、オモイカネをナデシコの

コントロールから一時的に切り離し、普段は機能していないサブAIでナデシコを運用する事が可能だ。

そのサブAIは、外との通信機能などは一切備えていない、言うなれば外部からのハッキングにより、

オモイカネが支配された時を考慮して搭載されていた。




「分かりました。 オモイカネ、ごめんな」


全く答えないオモイカネに、ハーリーは誤りながら作業に没頭する。 

そんなユリカとハーリーをよそに、ジュンが部下に指示を出した後から急に黙り込んでいたのだが

ナデシコを復旧させる事で頭がいっぱいだった為に、ジュンの様子に気付く者はいなかった。


「オモイカネをハッキング出来るほどの、オペレーター・・・・まさか、ルリちゃんか? 」









『イネス』

「あら? 遅かったわね? アカツキ君から連絡あった時は、何事かと思ったけど収穫は? 」

『ああ、問題無い。 無事に任務は完了した』



一人、医務室で何もする事無く、外を見つめていたイネスの前に、ツキオミの顔が映し出されていた。


『どう言う事だ? 貴方もツキオミとグルだったのか? 』


決して大きくないコミュニケのモニターに、ツキオミの横からゴートが割り込んできた。

強引に割り込んできた為、ゴートの顔がモニター全面に映しだされている。



「貴方もいたのね? けど、私は何も知らないわよ。 ツキオミ君から連絡があったら、迎えに行って欲しいって
 
 アカツキ君に頼まれただけよ。 何をしに研究所にいったかまでは、聞いてないわよ」


『だが、どうやって? 私や部下はジャンパーではないぞ? 』


詰め寄るように、さらにアップになるゴートの顔。


「そうねぇ…ツキオミ君だけなら、そのつもりだったんだけど、どうしようかしら? 」

『保護した者だけでも回収してもらえれば良い。 この二人がいなければ、後は我々だけで、どうにでもなる』


声は聞こえど、顔は見えないツキオミの言葉にイネスは苦笑するしかなかった。


「分かったわ。 詳しい話は後で聞くけど、ゴートにも説明しなさいね? 本当は私が説明したいんだけど…」

『分かった。 すまないな、貴方の仕事を奪って』


結局、コミュニケが閉じられるまでツキオミの顔が見える事は無かった。








オモイカネとハーリーによる、ハッキングによって停止していたバッタ達は、再び動き出したかと思うと

落下して行く夜天光へ向かってゆく。



「え・・? 」


未だ、涙が止まらぬ瞳でモニターを見つめるルリにも、何が起きているか理解できなかった。

さっきから何度も、バッタ達のコントロールを取り戻そうとしたのだが全く受けつけなかったのだが

命令を受けつけなかったバッタ達は、ルリの意思を感じ取ったように夜天光を受けとめる。



「アキト! アキト! 聞こえますか!? 」


機能が回復したと思ったルリは、再度アキトに呼びかけるが、意識が無いのか機能が回復してないのか、全く応答がなかった。

どちらなのか、全く分からないルリは再び冷静さを欠いたように、手を落ち着き無く動かしながら機能を復旧させようとする。



その時、正面にあったモニターに昔見慣れた映像が映し出された。

今のルリにとっては、懐かしくもあり思い出すと、今も胸を締め付ける大事な思い出を・・・・



「オモイカネ?・・・・・」





「・・・・・・・・う・・・・・・バッタとステルンクーゲル? ルリなのか? 」


アキトの乗る夜天光を、バッタとステルンクーゲルはまるで壊れ物を扱うように、大事に抱えながらゆっくりと地面に着地する。

まだ、自分が助けられたとは気付かないアキトの前にも、ルリと同じ映像が映し出された。



「オモイカネ・・・」


呟くように、声を出すアキト。

モニターには、『久し振り! 会いたかった!』とオモイカネが映し出されていた。











「ハーリー君、オモイカネはどう? 」

『はい、今の所大人しいですよ。 所で、誰なんですか? 救出された人って? 』



モニター越しに映る、ハーリーはユリカの後ろに隠れている人物達を、好奇心から覗きこもうとするが

それを、先程からゴートのでかい体で阻止されていた。 ゴートがわざとやっているかは不明だが・・・





「イネスさん、この子達は? 」


ユリカは、イネスが連れてきた少女と赤ん坊を見比べながら尋ねる。 二人が普通の人間で無い事は一目瞭然ではあるが

何故、イネスが所長である研究所からさらう様に連れてきたのか、分からなかった。



「私に黙って、ニシマの奴がさらってきたらしいわ。 まあ、詳しい事は知らないけど、そこの人に聞いてみたら? 」


イネスが指を差す方向には、先程到着したツキオミとゴートがラピスとムツミを眺めていた。



「ゴートさん、ツキオミさん。 この子は? 」


ユリカと共に、医務室に来たジュンが質問する。 ジュン達は、ラピスとも初対面の為か二人を物珍しそうに

眺めていた。



「こっちは、ラピス・ラズリだ。 この赤ん坊は私も知らん。 ツキオミそろそろ説明してくれるか? 」

「ふむ・・・この赤ん坊を見て気付かんのか? 未だに? 」


詰め寄るゴートを避けるように、後ろに回りこむツキオミの言葉に、ユリカ、ゴート、イネス、ジュンは

二人の顔を至近距離から無言で見つめた。


その行動に、ラピスは少し顔を引きつらせながらムツミを守るように抱きかかえるが、ムツミはその異様な大人達に

臆していないのか、昔のルリに性格が似ているのか、全く泣き声を上げなかった。 



「ふ〜ん。 この子って、ラピスちゃんに似てるね? 姉妹なんですか? 」

「まさか。 ラピスには、姉妹はいないわよ。 そう言えば、アキト君はどうしたの? ラピス」

「え!? アキトを知ってるの? ラピスちゃん!? 」 


イネスの口から、アキトという単語が出るとユリカはラピスの肩を掴み、恐ろしいとも言える形相で

ラピスを問い詰める。


「・・・・・・あ・・・・の・・・しゃべ・・・れ・・ない・・・」


ラピスは、そう言うだけで精一杯だった。 そのラピスの腕の中で、ムツミも大きく揺さぶられているのだが

泣く事もせずに、ユリカを物珍しそうに見つめていた。 




「アキト・・・・あの赤ん坊は、まさか、ゴートさん・・・」

「ああ・・・・あの金色の瞳・・・銀色の髪の毛・・・まさしく、マシンチャイルドの血を引いている証だ」


ゴートとジュンの脳裏には、嫌な予感がしていた。

そして、その言葉を聞いたユリカとイネスは。


「まさか・・・アキトとラピスちゃんの・・・? 」

「な、何言ってるのよ? 確かに、アキト君にはそんな趣味があると言う疑惑はあったけど・・・いくら何でも・・」


ユリカ達は、想像しては逝けない事を想像してしまったようだ。 その影響か、ジュンの顔は真っ赤になり、

ゴートの顔も心なしか真っ赤になり、ユリカとイネスは頭を抱えてしまった。




「お前達・・・・本当に、ナデシコの人間だな・・・」


呆れたように、つぶやく事しか出来ないツキオミであった。


その時、ラピスが何かを思い出したようにイネスに近づいてきた。


「イネス、聞きたい事があるんだけど・・・・」

「何? ラピス」








「くそっ、あいつらは何をしていたんだ!? 」


吐き捨てるように喋りながら、研究所を出てくるニシマ。 その両手には研究資料だろうか、沢山のディスクがあった。




「イネスの手引きか?・・・・まあ、研究は何処でも出来るから、良しとしますか」

そう言いながら、ニシマは駐車場へと向かってゆく。 既に、他の研究所の所員達も我先にと逃げ出しているが、

誰もニシマの事など気にせずに、逃げ出していた。







「オモイカネ・・・貴方が、アキトを助けてくれたのね・・・ありがとう」



ルリと再開できたのが、オモイカネはよほど嬉しいのか、喜びを最大限に表すようにモニターには

『気にしないで』や『ハーリーは、僕がまだ動ける事に気付いていないよ』など、色々な文字が踊っている。



「アキトは? オモイカネ、アキトは無事なの? 」


内心、オモイカネと再会できて嬉しかったが、本来の目的を思い出すとオモイカネに問いかける。

ルリの言葉に、オモイカネは『あっちにいったよ』と表示されたモニターと一緒に研究所の方を拡大した映像を見せる。






「赤ん坊を研究できなかったのは惜しかったが、まあ・・・この研究を確保出来ただけでも良しとするか」


そう言うと、ニシマは車を動かそうとキーをいれる。 だが、そのキーが回る事は無かった。



「久し振りだね、テンカワ・アキト君」

「生きていたか・・・ヤマサキ。 貴様の研究欲しさに軍が助けたという事か・・・」

「懐かしいねぇ、その名前で呼ばれるのは、君に撃たれて以来だよ」



銃を向けるアキトに気にする事無く、ヤマサキは車を降りてくる。 


「君には、私の研究の重要さが分かっていない様だねぇ? ボソンジャンプはこれからの人類にとって

 とても重要な物になっているんだよ? 多少の犠牲は、目を瞑るしかないんだよ。 それだけの価値はあるという事が 

 まだ、理解できないのかね? 」


まるで、生徒に講義をするような口調でヤマサキはアキトに話す。 



「確かにな・・・ボソンジャンプはこれからの人類にとって、重要な物だろう・・・だが、貴様ら火星の後継者が

 してきた事は、ボソンジャンプの独占だっただろうが? いまさら、そんな綺麗事で誰が納得する?

 例え・・・・世間の奴らが全員納得したとしても、俺は・・・・実験台にされた皆は許さない!! 」



「まあ・・・そうだろうねぇ。 で、私を殺すのかね? せっかく手に入れた幸せを不意にしてまで?

 私の研究に協力してくれるなら、悪いようにはしないよ? 君の前の奥さんとも生活できるようにしてあげるけど? 」


既に、アキトの銃はヤマサキの頭部に密着している。 しかし、ヤマサキは未だ自分の方が有利と思っているのか

微動だにしない。



「守って見せるさ・・・今度は決して失敗しない・・・・」


その言葉と同時に、駐車場に銃声が響き渡る。 そしてアキトの周りには、血の水溜りが出来ていた。

その水溜りの中心にいるヤマサキの顔は、真っ赤に染まり表情は良く見えない。 

だが、そのヤマサキの表情は満足げな物に、アキトには見えた。


「結局、貴様は火星の後継者の思想には興味無かったんだな・・・」












「おい、銃声が聞こえなかったか? 」



脱出装置を使い、動かなくなったエステから何とか這い出してきたリョーコとサブロウタ達は、ナデシコに向かって歩いていた。

丁度、ナデシコに到着しようとした時、銃声がリョーコの耳には届いた。


「聞こえたかぁ〜? お前らは? 」

「聞こえたような気もしますし、聞こえなかったような気も・・・」


「おめーら・・・・・それでも俺の部下かぁ!? 些細な音でも聞き逃したら、戦場では生き延びねぇ―ぞ!! 」


「って言われてもなぁ・・・」

「って言われても、ですよねぇ・・・・」



怒鳴りつけるリョーコに、サブロウタとライオンシックルズの面々は、困った顔をするしか出来なかった。



「おめーらなぁ・・・良し! 行って確かめてくる! 」

「ちょ、ちょっと、リョーコ中尉〜〜! 」



突然、研究所に向かって駆け出してゆくリョーコを慌ててサブロウタは後を追う。


「おい! おめーらは、艦長にこの事を報告しろ! 後、念には念で武器ももってこいよ! 」

「了解! 」












『艦長! リョーコさんが研究所に向かっていったそうです。 何でも、銃声が聞こえたとか言って・・・

 サブロウタさんが後を追いましたけど、どうしますか? 』



未だ、興奮冷め遣らぬと言った状況の医務室にハーリーの通信が入る。



「え・・・・? それって、本当? リョーコさんは大した武器は持っていないはずだし・・・」 


「我々が手伝おうか? なあ、ゴート? 」

「そうだな・・研究所の事は、さっき進入したばかりの我々が道案内した方が良いな」


そう言うと、ゴ−トとツキオミはテーブルに置いてあった銃器を身にまとう。


「お願いします。 ゴートさん、ツキオミさん」


「ま、彼女の事だから死ぬ事は無いと思うけどね。 これ以上艦長の大事な人を失わせたくないしね。 頼んだわよ? 」

「イネスさん・・・」



「まあ、まかせておけ」

「私だ。 すぐに研究上に向かうぞ。 準備をしろ」


ユリカ達に答えるツキオミの横で、ゴートは別室で待機していた部下に命令を出す。



「気をつけて、二人とも」

医務室を出ていく二人に、ジュンも声をかける。 何故か、その腕にはムツミがいるが・・・










「気をつけろ。 研究所にはもう殆ど人間はいないはずだ。 その研究所で銃声が聞こえたと言う事は

 何か厄介な事があったかもしれん」 


駆け足で、研究所に向かってゆくゴートはツキオミと部下に言い聞かせるように話す。



「まあ、そうだな」


そのゴートに対して、ツキオミは特に警戒してないのか銃を構える事無く走っている。


その時、研究所の方からこちらに向かってくる人影が見えた。




「やはりか・・・」

「な・・・まさか、知っていたのか? ツキオミ? 」

その人影に驚いているゴートとは対照的に、ツキオミは笑みを浮かべていた。



人影は3つあり、その内二人はリョーコとサブロウタだった。 何故かリョーコはサブロウタに寄り掛かるように

歩いている。



「テンカワ・・・生きていたのか」


徐々にこちらに向かってくる、アキトに対して、ゴートはそう呟く事しか出来なかった。







『ここには、来るな・・・そこで待っているんだ』


アキトのいきなり入ってきた通信に、ルリは驚きを上げる。 どうやら、オモイカネのハッキングは完全に解除されているようだ。


「アキト、どう言う意味ですか? ムツミは? ラピスは見つかったんですか? 」


しかし、ルリの言葉にアキトは全く答え様としない。 そればかりか、先程の通信も音声のみだった。

そのアキトの声の他にも、何か聞こえていたような気がしたルリは、今度はボリュームを上げて再生させてみる。。




『おい! ・・・・今まで、何処に・・・たんだ? ユリカが・・・心配・・・るのか、・・・・いるのか? 』

『ちょっと、ちょ・・。 んなに興奮・・・・くても良いじゃないっすか。 ・・・も逃げるつもり・・・・ですし』



アキトとは、離れているのだろうか、ボリュームを最大にしても少し聞き取り取りにくかったが、

その声は、ルリには聞き覚えのある人物の声だった。 その事により、アキトが何処に向かっているのか察しがつく。



「ナデシコに向かっている・・・・ムツミもあそこに・・? 」








「え・・・アキトが? 本当に・・アキトなの? 」


ゴートの報告を受けたユリカは、信じられ無いと言った表情をするだけで、今の状況を受け入れられないようだ。


「ユリカ! しっかりするんだ! 君はアキトに会いたかったんじゃないのか? そんな顔をしてたらアキトも悲しむよ? 」

「ジュン君・・・だって、今まで何も連絡よこさなかったのに・・・・どうして突然・・・」


「それは、君が聞いたら良いじゃないか? 僕も一緒に行くから、行こうよ」

「うん・・・」


弱々しく答えるユリカを支えながら、ジュンはユリカと共に医務室を出ていった。



「私も行く」

「どうやら、アキト君は貴方が目的みたいね。 じゃあ、私達も行きましょうか」


ついで、イネスとラピスもアキトの元へと向かっていった。







「アキト!! てめーどう言うつもりだ!? 何で、答えね―んだよ!! 」


ナデシコのすぐ傍で、リョーコはアキトに大きな声で怒鳴りつけていた。

本来は、アキトをナデシコの中で尋問しようとしたのだが、アキトはそこから先は一歩も動こうとしなかった。

その為、リョーコはここで尋問を開始したのだが、その声の大きさゆえ、ナデシコのクルーの中には直接その場を

見ようと降りてくるものまでいた。 

その中には、既にハーリーもいるが。 




アキトの胸倉を掴むリョーコに対して、アキトは先程から何も答えようとしなかった。 まるで、口が利けないかのように。

だが、徐々に場の雰囲気が悪くなっているのを見かねたのか、口を開いた。



「ツキオミ、ラピスとムツミは無事か? 」

「ん? ああ、無事だ。 イネスが言うには、何もされていないとの事だ。 安心しろ」

「そうか・・・じゃあ、連れてきてもらえるか? 」


「こらっ! 俺を無視するなぁ!! 」


やっとで口を開いたと思ったら、リョーコを無視してツキオミと会話をするアキトに、切れかかるリョーコ。








だが、リョーコが今まさに切れてしまおうとした時、木蓮の駆逐艦の方から、一機の量産型エステバリスが近づいてきた。



「・・・・・・・やっぱり、来たか・・・」


アキトは、エステバリスの姿を確認すると、諦めのようなため息をして見せた。

そして、エステはアキトの請う方へと着陸した。 そのコクピットのハッチが開くと、リョーコ達ナデシコクルーは

大きな驚きの声を上げた。



「ルリ!?」

「艦長!? どうして、ここにいるんですか? それにその格好・・・」


全身黒尽くめの格好をしていても、その髪の色までは黒くしてない為、誰もがルリと一目で判断した。

特に、ハーリーはルリの元へと駆け寄ろうとしたが、アキトがルリを守るように、立ちはだかる。

その表情は、ルリの傍に近づくのを明らかに嫌っているものだった。

また、ルリも勢いよく飛び出してきたものの、ナデシコクルーを見てしまったからかアキトの後ろに隠れるようにして

ナデシコクルーの呼びかけに全く答えようとしなかった。。




「ルリ、何で来たんだ? こうなる事はわかっていただろう? 」

「でも・・・・ムツミが・・・・」



ルリの言葉に、アキトは何も言わずにルリの手を握り締めた。 

その光景に、リョーコは嫌な予感が脳裏をよぎった。


「アキト・・・おめーがルリを連れていったのか?・・・」





「アキト・・・・ルリちゃん・・・・生きていたんだね・・・」




「・・・・・・ 」

「どう・・・して、ユリカさんが・・・」


「ユリカ・・・あの・・アキトとルリが生きてたんだよ・・・よ、良かったな・・・・・・」



「はいはい、そんな事言う状況じゃないでしょ? ここは、あの3人にまかせましょうや」



そう言うと、サブロウタはリョーコを引きずるようにユリカよりも後ろの方へと下がっていった。

そして、下がったサブロウタ達と入れ違いでラピスがムツミを抱えて、アキトの元へと駆け寄っていく。。



「ムツミ!! 」

「ラピス、大丈夫だったか? 」

「うん、ムツミも大丈夫だよ」



優しくラピスの頭をなでるアキト。 その横では、ムツミを抱きしめるルリの姿がある。 そのルリの瞳には

涙があふれていたが、抱きしめられているムツミは、ルリと会えて嬉しいのかしきりに、無表情でルリの顔を触っていた。




「ルリちゃん・・・」


二人の、まるで夫婦のような姿を見て、微笑むユリカ。 しかし、その笑顔は無理やり作った物であるのは、

ユリカの瞳から大粒の涙があふれている事から、誰の目にも明らかであった。


徐々に、ユリカがアキト達に近づいてゆく。 それに会わせて、アキトも自分の方からユリカの方へと近づいていった。


「アキト・・・・」


ルリには、アキトが今から何をユリカに言おうとするのか分からなかった。 だが、アキトはユリカの事は愛しているはずだ。

そう思うと、ルリはユリカとの再会を素直に喜べなかった。 

アキトが再び、ユリカの元に戻ると言ったら? 今までの、アキトとの生活は全て無くなってしまうのだろうか?

ルリは決して、ユリカを嫌ってはいない。 しかし、アキトの心は? 自分に向いていた心が再び、昔のような

妹のようなものに戻ってしまったら? そう考えるだけで、ルリは体の奥から震えが沸きあがり、ムツミを抱きしめる力が

強くなってしまう。





「娘を助けてもらってすまない。 あんた達には、迷惑をかけたな」

「・・・アキト? 」


ユリカに向かって頭を下げるアキトに、ユリカは何をどう言ったら言いか分からなかった。

しかも、その口調は、まるで初めて会った人間に対しての言葉だ。 

後方で、事の成り行きを見守っていたリョーコ達も、アキトの言葉を聞いて唖然とするしかなかった。



「あいつ・・・何言ってるんだよ? ユリカの事を忘れちまったのかよ・・・」


思わず、ユリカの元へと行こうとするリョーコを、サブロウタは黙って動きを制した。


「サブロウタ・・・おめー・・・」






「あ・・・あの・・・あの赤ちゃんは? 」


アキトの他人行儀な対応に、顔を強張らせながらもユリカは話を進めようとする。




「ああ・・・・俺と妻の自慢の娘だ。 まだ、言葉は喋れないがな」


「そう・・・ですか・・・」



「アキト・・・」


アキトのユリカのへの言葉・・・・ルリには、ユリカを否定しているように聞こえる。

そう、自分との生活を選んだ事を、ユリカに伝えているようだった。




アキトが、ルリの方を見ながら『妻』と言った時、ユリカはアキトが何を言いたいのか、分かってしまった。

それは、決して分かりたくない事ではあったが。



「赤ちゃん・・・もう・・手放したら駄目ですよ?・・・」

「ああ・・気をつけるよ。 それじゃあ、俺達はこれで失礼する。 皆には本当に世話になったな」


一度、ユリカに対して頭を下げると、アキトはルリの元へと向かってゆく。


「あ、あの・・・」

「なんだ? 」


名残惜しいように、ユリカがアキトを呼びとめる。 その顔はユリカには似合わないほど悲痛なものであった。



「・・・不躾な質問で申し訳ありませんが・・・・何処かで・・・合った事はございませんか? 」

「いや・・・多分気のせいだろう・・・」

「そうですか・・・では、お気をつけて・・・後の処理は私達にお任せ下さい・・・・」


そう言うと、ユリカはナデシコの方へと逃げるように駆け出していった。







「あ、艦長〜〜、ルリさんはどうするんですか? 」


ハーリー達ナデシコクルーを、無視してナデシコに向かって行くユリカを呼びとめようとするハーリーの頭を

サブロウタが抑えつけるように、掴む。



「馬鹿か? あれを見てまだそんな事言えるのか? ほんっとうに、お前は子供だな・・・」

「何言ってるんですか? ルリさんが無事だったんですよ? それに、僕の事は関係無いじゃないですか!? 」


ハーリーは、ルリに駆け寄ろうとするが呆れながらも、手を離そうとしないサブロウタにそのまま

反対方向のナデシコの方へと引きずられて行く。


「俺には、前艦長のホシノ・ルリ少佐なんて見えないよ。 ったく、いい加減気付けよな。

 あの男が、なんであんな態度を取っているか・・・手遅れなんだよ・・・・」






「ふう・・・とんでもない再会ね・・・まさか、ここまで進んでいたなんてね? ジュン君は気付いていたの? 」

「いえ、僕が再会した時は、そんな様子は見えませんでしたから。 会わせるべきじゃなかったかな・・・」


イネスの言葉に、ジュンは視線を落としながら答える。 以前、再会した時のルリとアキトの様子から

恋人のような関係であったのは、何となく察しはついていたが、子供まで出来ていたとは思っていなった。


「ま、慰めるのは、私に任せてもらうわね。 同じ人に振られたもの同士だし・・・何とかなる筈ね」

「お願いします。 僕には、何を言ってやれば良いか分かりませんから・・・」


「そうね・・後で説明して上げるわね? あ、ツキオミ君、後で詳しく説明してね? 皆には、私から説明するから」


「・・・・・分かった・・・・」


イネスの不適な笑みに、小さく返答したツキオミ。 イネスの説明の長さを自覚しているツキオミは

説明したら、さっさと逃げようと決意をこっそりと固めていた。






「ルリ・・・帰ろう・・・」

「アキト・・・どうして、どうして・・・ユリカさんにあんな事を・・・」


泣きながら、問いかけるルリをアキトは優しく抱きしめる。


「俺は、今でもユリカを愛していると思う・・・でも、俺が今一番大切にしたいのは・・・

 ルリと一緒にいる生活なんだ。 昔には、もう戻れないよ・・・いまさら」


「アキト・・・」


ルリはそう言うと、アキトの気持ちを再度、確認するように手を握り返した。

この時、ルリとアキトの間でムツミは苦しそうにしていたが、泣く事もせずに只じっと我慢していた。

まるで、ルリの心中を察しているように。




ごめんなさい、ユリカさん。 ごめんなさい・・・・・・・貴方を傷つけてしまって・・・




そして、小さく呪文を唱えるように、ユリカへの詫びの言葉を呟くルリ。

そんなルリを不思議そうに見つめるラピス。


「ルリ、何が悲しいの? ムツミも帰って来たんだよ? 」


「いえ・・・ナデシコに懐かしい人がいたから・・」

「いつか、ラピスにも話してあげるよ」


泣きながら答えるルリと、まだ納得がいかないのか怪訝な表情を見せるラピスを抱きしめると、アキトは小さく呟いた。









「じゃあ、行こうか」

「はい、アキト」

「あ、アキト。 帰ったらで良いから、お願いがあるの」

「なんだ? ラピス」



「私も赤ちゃん欲しいから、手伝って」




「は?」

「な、何言ってるんです・・・ラピス」


突然、ラピスらしくない台詞を吐くラピスに、二人は固まってしまう。


「イネスから聞いたの。 好きな人同士が協力したら、赤ちゃんは出来るって。 私はアキトが好きだから・・・駄目?

 アキトは私の事は嫌いなの? 」 


アキトの答えが気になるのか、少し怯えた表情を見せるラピス。 既に、ラピスも少女と言うよりも女性に近くなっているとは言え

ラピスは、まだその手の知識は詳しくない。


二人は、今ここにいないイネスに対して、よけいな知識をよけいな時に植え付けた事を激しく恨む事となった。





「ラピスの事は、好きだよ。でもな・・・まだ・・その何て言うか・・とりあえず、帰ってからな。 その話は・・・な? 」


何とか、この場を切りぬけようとするアキトの慌てふためいた表情を見て、ルリはこの場に来てから、初めて笑みを浮かべた。



「結局・・・私達は、いつまでたってもナデシコの人間なんですね・・・・」



「アキト、何でここで話してくれないの? ねえ、教えてよ」

「・・・・ルリ、ジャンプするぞ! 」

「はい、アキト」




アキトは、ラピスの質問から逃げるように、二人を抱えて光の中へ消えていった。

その光の中、ルリはナデシコクルーに対して軽く会釈をした。





さようなら・・・・私の思い出・・・さようなら、ナデシコの皆・・・さようなら・・・ごめんなさい、ユリカさん・・・





後編・完



どうも、KANKOです・・・・え〜〜まだ続きます・・・

長くなってしまい、エピローグは後日UPになりますので、しばしお待ち下さい。

ちゃんとした後書きも、次回で。

では、これにて。


次話へ進む

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